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『ヒッキーヒッキーシェイク』(津原泰水) [読書(小説・詩)]


――――
「決まったな。君は才能に満ちている。君たちは実際に世界を救うよ、バグだらけのヒッキーズが」
――――
単行本p.199


 何年も自室に引きこもっている四人が、胡散くさいカウンセラーにあおられた挙げ句、互いに顔も合わせないままチーム「ヒッキーズ」を結成。奇妙なミッションに取り組むうちに、四人はそれぞれに自分の人生を見つけてゆく。『ブラバン』の津原泰水さんによるひきこもり青春小説。単行本(幻冬舎)出版は2016年5月、Kindle版配信は2016年5月です。


――――
「ワークショップか。その表現はいいね。なんだか善い事をしてるような気がしてくる。うん、インターネット上に人間を創出するワークショップだ」
「誰のための」
「君さ。あと三人のヒッキーを見繕っといたから、うまく力を合わせてくれ」
「ヒキコモリ同士で、力を?」竺原の弁とはいえ、さすがに耳を疑った。
「べつに全員がヒキコモったままでいいから。自己紹介なんかもしなくていいし。どうせ君らの現実は半分以上がインターネット空間のなかだ。そこでだけの話だよ」
「ちょっと……唐突すぎて、参加できるかどうか、したいかどうか、とにかく具体的に話を聞いてみないことには」
「どうせ君は参加するさ」
――――
単行本p.58


 ハッキング、アート、音楽。それぞれに才能を持ちながらも、他人や社会との折り合いをつけられず、ヒキコモリをしている四人。各人に接触したいかにも怪しいカウンセラーの口車に乗せられて、ヒキコモリだけのグループ「ヒッキーズ」を結成することに。

 ローズマリー、パセリ、セージ、タイム。互いにハンドルネームで呼び合うバーチャルな仲間たち。どこまで信用できるのか。というか信用できるやつがいるのか。互いに不信感に満ちたまま、とにかく最初の計画「アゲハ・プロジェクト」が始まった……。


――――
 ただ願わくば、アゲハ・プロジェクトの作業を貫徹し、すこしばかりの自信を得てからにしたかった――「なにをしている」と問われ「仲間たちのために絵を描いています」と云える程度の。(中略)仲間たち? 葵さんたちと接触できた嬉しさに、いま私、現実を忘れかけていた。あの陰険なローズマリーが仲間? 虫の死骸を送り付けてくるタイムが? 一言も信用できないJJや、その手下のようなセージが?
――――
単行本p.158


――――
ヒキコモリたちを言葉巧みに連携させるという単純なアイデアで、まんまとアゲハの幻影を生じさせつつある手腕には感嘆する。行き場を失っている自分がつい頼りたくなる人物でもあるが、ことさら危険な場所に踏み込んでいく無鉄砲さも、彼に対しては感じている。どこかの時点で俺は涙を呑んで踏み止まり、チームから離脱するべきかもしれない。
――――
単行本p.162


――――
なにか裏があるような気がするし、本来は気っ風のいい人間が、以前は露悪的にふるまっていたようにも思える。竺原の内心が、洋佑には未ださっぱりと分からない。
 気まぐれなお人好しか、狡猾な詐欺師か。常に疑念を懐きつつも、洋佑は彼を嫌いではない。
――――
単行本p.166


 あからさまに胡散臭く、まったく信用できないものの、どこか人を惹きつけるところがあるカウンセラーの巧みな煽りに乗せられて、「ネット上に人間を創出する」「新たなUMAを創り出す」といった妙なミッションに協力して取り組むメンバーたち。何となくの流れでチームを組んだ彼らは、しかし、自分が本当にやりたかったことに気づいてゆく。自信と覚悟が定まってゆく。


――――
「苦労を厭う気は……ありません。これは本当なんです。私は世の中に何かを遺したいんです」(中略)
 自分を直視しなくては、と芹香は痛感した。ほかの人生は無いのだ。
 ほかの人生は無いのだ!
――――
単行本p.


――――
 全員が間違っている。
 竺原に手を貸してしまったパセリやタイムも含めて、全員が罪人だ。もちろん自分も。
 なのに、なんなんだろう……涙が止まらない。バスケットボールの試合での自分への声援を、かたとき聖司は幻聴した。任せろ。必ずシュートを決めて見せる。
 俺は罪人かもしれないが、役立たずではない。(中略)
 恥ずかしいことなどどこにも無い。次に白雲さんと出逢えたなら、堂々と自己紹介しよう……僕はヒッキーズの一員ですと。気持ち悪いと嫌われたって構わない、でも存在は無視しないでほしい。そう正直に頼もう。
――――
単行本p.343


――――
「君なんぞに云われるまでもない。私は挫折したことがない。人生最後の一日まで、私は挫折しない。私の前にロックスミスはいないし、私に続くロックスミスも現れないだろう。セージ、記憶の破片の海でもがいている君に、プレゼントしたい言葉がある」
「拝聴します」
「自分を騙し続けろ」
――――
単行本p.353


 それぞれに傷つき引きこもっていた登場人物たちが、共同作業を経て次第に回復してゆく。騙されていると分かっていても、嘘だと知っていても、その嘘や詐欺に救われる物語。津原泰水さんといえばホラーやSFを連想するのですが、本作はむしろ『ブラバン』を思い出させるさわやかな青春小説です。



タグ:津原泰水
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『とうだい』(斉藤倫:文、小池アミイゴ:絵) [読書(小説・詩)]



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おおい
おおい
あらしに まけるな
とうだいは ここに いるぞ
――――


 渡り鳥が話してくれる異国の話を聞きながら、自分はどこにも行けないことに気づいた、生まれたての灯台。ここにいることの意味を考えさせる素敵な絵本。単行本(福音館書店)出版は2016年9月です。

 詩人の斉藤倫さんによる絵本です。淡い色調が印象的な絵を描いてくれたのは、小池アミイゴさん。

 斉藤倫さんが書いた子ども向けの本といえば『どろぼうのどろぼん』『せなか町から、ずっと』が話題になりましたが、いわゆる絵本としては『いぬはなく』に続く第二弾ということになるでしょうか。ちなみに前作の紹介はこちら。


  2010年04月05日の日記
  『いぬはなく』(斉藤倫)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2010-04-05


 さて本書は、とある岬にたったばかりの新しい灯台が主人公のお話です。毎晩せっせと働いていた灯台ですが、あるとき渡り鳥から聞いた遠い国の話に憧れ、しかし自分はどこにも行けないことに気づいて悲しみを覚えます。そんなある夜、激しい嵐がやってきて……。

 自分やその仕事についてそれまで内省したことがなかったのに、あるとき「ここに自分がいる」ことの意味が身にしみ入るように理解される、ということがあります。自分がここにいる、それだけで誰かの助けになっているかも知れない。気づいたときの喜びと感動、社会性の芽生えを、幼い読者に伝えてくれる素敵な絵本です。


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そりゃ そうさ まちがえっこない
きみが いつだって
おんなじ ばしょで ひかってるんだから
――――



タグ:絵本 斉藤倫
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『ベスト・ストーリーズⅢ カボチャ頭』(若島正:編、松田青子、他:翻訳) [読書(小説・詩)]


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 現在、《ニューヨーカー》は当初の週刊誌から年間47冊へと刊行形態を変えている。また、紙媒体のみならず、オンライン講読も可能で、アーカイヴで創刊号からのすべてのページを閲覧することもできる。名物編集長の個人的な嗜好が強く反映した雑誌から、時代の変化にも対応する雑誌へと姿を変えつつあるが、それでも《ニューヨーカー》が最も上質な小説と記事を掲載する雑誌だという定評には揺るぎがない。
――――
単行本p.427


 ここ90年間に《ニューヨーカー》誌に掲載された作品から選ばれた傑作を収録する短篇アンソロジーシリーズ。そのうち1990年代以降をカバーする第3巻です。単行本(早川書房)出版は2016年8月。

 ちなみに、1920年代から1950年代までをカバーする第1巻、1960年代から1980年代までをカバーする第2巻の単行本読了時の紹介はこちら。


  2016年04月11日の日記
  『ベスト・ストーリーズⅠ ぴょんぴょんウサギ球』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-04-11


  2016年05月18日の日記
  『ベスト・ストーリーズⅡ 蛇の靴』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-05-18


 第3巻になると、当たり前のことですが、今の作家、今の作品、という印象が強くなります。ミルハウザー、キャロル・オーツ、カレン・ラッセル、そしてモダンホラーの巨匠スティーヴン・キングも登場します。


[収録作品]

『昔の恋人』(ウィリアム・トレヴァー)
『流されて』(アリス・マンロー)
『足下は泥だらけ』(アニー・プルー)
『百十一年後の運転手』(ミュリエル・スパーク)
『うたがわしきは罰せず』(トバイアス・ウルフ)
『スーパーゴートマン』(ジョナサン・レセム)
『気の合う二人』(ジョナサン・フランゼン)
『ハラド四世の治世に』(スティーヴン・ミルハウザー)
『満杯』(ジョン・アップダイク)
『カボチャ頭 ボスニアの大学院生の訪れを受けた未亡人の話』(ジョイス・キャロル・オーツ)
『共犯関係 離婚した弁護士の話』(ジュリアン・バーンズ)
『プレミアム・ハーモニー』(スティーヴン・キング)
『レニー・ユーニス』(ゲイリー・シュタインガート)
『悪しき交配』(カレン・ラッセル)


『流されて』(アリス・マンロー)
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 流感が猛威をふるっていようが、図書館をずっと開けておこうと決めたのはそのときだった。彼女は毎日、彼がきっと来ると思い、毎日、心の準備をした。日曜日は苦行だった。町役場に入ると、いつも彼が目の前のそこにいて、壁にもたれながら彼女がやってくるのを待っている、そんな気がした。そんな感じが強すぎて、影を人だと見間違えることもときどきあった。どうして幽霊を見たと思い込む人がいるのか、これでわかったように思った。
――――
単行本p.52

 田舎町で図書館司書をしている女性のところに、戦場から届いた便り。やがて彼女は、顔も知らないその若い兵士に恋をしていることに気づく。戦争が終わり、手紙の彼が会いに来ると期待して待ち続けるが、ついに彼はやって来ない。彼が事故死したことを後から知らされる彼女。それから時が流れ、ある日、年老いた彼女は、ついに彼に出会う。並行世界が交わる一瞬の出会いを抒情豊かに描いた傑作。


『スーパーゴートマン』(ジョナサン・レセム)
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 続く数年間、おれはスーパーゴートマンにはほとんど関心がなく、彼のことを考えもしなかった。コミューンの若者は、男も女も、当然のことながら彼を当たり前の存在と見ているようだった。おれたち子どもは、スーパーゴートマンが彼らにまじって、道端に捨てられていたドレッサーやソファやランプなどの家具を玄関口の階段から家のなかに運び込んだり、反原発やデイケアセンター支持のデモを呼びかけるポスターを電柱に貼ったり、コミューンのちっぽけな前庭の草むしりをしたりするところを見かけた。前庭は菜園にするのが目的だったのに、勝手に雑草がはびこるばかりか、おれたち子どもがゴミ捨て場に使って、アイスクリームの包み紙やソーダ水のビンだらけになっていた。
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単行本p.193

 近所にヒーローがやってきた。その名も「スーパーゴートマン」、ださっ。彼はコミューンでヒッピーたちと共同生活しながら、ゴミ拾いから市民運動まで色々やっていたが、勿論誰も気にかける者はいなかった。その後、語り手は人生の節目節目でスーパーゴートマンと出会うことになる。うら悲しいスーパーヒーローの活躍(?)をリアルに描く、どこか切ない物語。


『ハラド四世の治世に』(スティーヴン・ミルハウザー)
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いま自分は見えない極小の素材に相対しているけれども、不可視のものがレンズによって可視になっているという事実は動かない。見えないものから見えるものを引き出す魔術師のように他人には思えても、実のところは、あくまで見える世界において仕事をしているのだ。レンズが取り去られたとたんに不可視へと消えてしまう曖昧で捉えがたい世界ではあれ、自分がすぐ彼方に感じとっている純粋に不可視の領域とは雲泥の差である。仲介する硝子の力すらも逃れた、不可視の暗い王国に沈んだままでいる小さな品を作りたいと彼は焦がれた。
――――
単行本p.243

 ハラド四世の治世に活躍したひとりの細密工芸師。針の穴を通る宮殿、一本の髪の毛で隠せる庭園。驚異のミクロ彫刻を生み続けてきた彼は、ついに拡大鏡を使ってもなお見ることのかなわない極微の大作に挑む。埃よりも小さな不可視の領域において、王国そのものを完璧に複製した超細密彫刻を作り上げるのだ……。この世のことわりを逸脱して極限に挑むマッドアーティストの姿を描いた、個人的にお気に入りの一篇。


『プレミアム・ハーモニー』(スティーヴン・キング)
――――
「禁煙したら週40ドル浮くのよ。もっとかも」
(中略)
節約に非協力的なわけではない。前にもそれは言ったし、この先もまた言うだろうが、それで何になるだろう。馬の耳に念仏というやつだ。
「昔は一日二箱吸ってた」と彼は言う。「今は一日半箱以下にしてる」実際には、たいていの日はもっと吸っている。彼女はそれを知っているし、知られていることはレイも承知している。結婚してしばらくすれば、そうなるものだ。頭の重みが少しばかり増す。それから、ビズがまだ彼女に目を向けているのも見える。その犬に餌をやるのも、餌代を稼いでいるのも彼だが、犬は彼女のほうばかり見ている。ジャックラッセル犬は頭がいいと言われている。
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単行本p.326

 サブプライム住宅ローン危機のあおりで破産しかけている夫婦。二人の関係も次第にすさんでゆき、今やわずか数セントの出費をめぐって口喧嘩が絶えない。飼い犬までが妻の肩をもっているようで、夫の心はささくれている。そんなとき、降りかかってきた悲劇。じわじわと嫌な気持ちが高まってゆき、予想外の展開に悲しみが込み上げる一篇。


『悪しき交配』(カレン・ラッセル)
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 その土地は、まるでのし棒に伸ばされたように、平らに見えた。あらゆる側面、あらゆる方向に。ハイウェイ62号線から左右を見渡すと、蒸発した文明、砂漠の下に眠る消滅した城の幻を砂が映し出す。車のフロントガラス越しでは、どんな人間の目であろうと、モハーヴェ砂漠にそんな幻覚を交配させてもおかしくない。しかも、ダッジ・チャージャーに乗った娘と青年は飛び抜けて夢見がちだった。現実の岩から夢が噴き上がるかのように、蜃気楼が巨石群から立ち上がった。
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単行本p.389

 手に手を取って駆け落ちした若い夢見がちな二人。立ち寄った国立公園で彼女が植物の精と交配して、とり憑かれてしまったから、さあ大変。二人の間はこじれ、いさかいは絶えず、喧嘩と別れ話を繰り返し、それでも続く腐れ縁。二人の愛の力は緑の侵略者に打ち勝つことが出来るだろうか(笑)。B級ホラー風ラストまで異様なハイテンションで突っ走りまくるロードムービー奇想天外ロマンス小説。



タグ:松田青子
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『数学者たちの楽園 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち』(サイモン・シン、青木薫:翻訳) [読書(サイエンス)]


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 われわれの社会は、偉大な音楽家や小説家に対しては称賛を惜しまないし、それはそれで正しいことではある。だが、地味な数学者たちは、世間の話題にはまずのぼらない。数学が、文化の一部とみなされていないのは明らかだ。実際、数学は多くの人にとって恐怖の的であり、数学者はしばしばからかいの対象である。それにもかかわらず『ザ・シンプソンズ』と『フューチュラマ』の脚本家たちは、もう四半世紀にわたり、プライムタイムのテレビシリーズに複雑な数学のアイディアをもぐり込ませてきたのである。
――――
単行本p.373


 米国における国民的人気アニメ『ザ・シンプソンズ』。そのあちこちに、実はかなり高度な数学ネタが仕掛けられている。仕掛け人は、高学歴ナード(数学オタク)たちの集団だった。人気TVアニメに隠された数学ネタをとりあげて解説しつつ、それらを仕込んだ脚本家グループに取材した一冊です。単行本(新潮社)出版は2016年5月。


 フェルマーの最終定理、ビッグバン宇宙論、暗号、代替医療。魔法のような手際で読者の知的興奮をかき立てるサイエンス本を書いてきたサイモン・シン。その待望の最新刊は、何とアニメのネタ研究本というから驚きです。研究対象となるのは、主に『ザ・シンプソンズ』。アメリカの大衆文化に多大なる影響を与えた国民的TVアニメシリーズです。


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『ザ・シンプソンズ』もまた、32個のエミー賞を受賞し、台本のある作品としては史上もっとも長続きしているTVシリーズとなっている。『タイム』が発表した、20世紀を振り返る一連のレビューでは、『ザ・シンプソンズ』は最高のTVシリーズ、バート・シンプソンは世界でもっとも重要な100人のひとりに選ばれた。架空の人物でこのリストに上がったのは、バートただひとりである。2009年には、まだ放映中であるにもかかわらず、シンプソン家の面々が、TVキャラクターとしては初めて、アメリカの郵便切手に採用されるというかたちで歴史に名を残した。
――――
単行本p.372


 そんな人気TVアニメに、実はたくさんの数学ネタが仕込まれている、というのはびっくり。数学ネタといっても、ピタゴラスイッチとか、0655/2355とか、そういうレベルではありません。


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「今夜のシンプソンズは、記号ウムラウトと数eの提供でお送りいたしました。文字のeではなく、数のeです。これを底とする指数関数の微分は、それ自身になります」
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単行本p.250


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ゲスト出演する数として、メルセンヌ素数、完全数、ナルシシスト数が選ばれたのは、単に現実的な観客の数に近かったためだという。また、まず最初に頭に浮かんだのが、たまたまこれらの数だったという事情もある。
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単行本p.180


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「というわけで、y=r**3/3 だから、この曲線の変化率を正しく求めることができたら、みなさんはきっと笑うでしょう」
 すぐに、生徒全員が――ひとりを除いて――正解を得て笑い出した。先生は、ひとりだけ笑えずにいるバートに助け船を出そうと、黒板にいくつかヒントを書く。(中略)
「わからないの、バート? 微分係数 dy は、3r**2dr/3、つまり r**2drだから、rdrrってわけ」
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単行本p.33


――――
ベンダーが友人たちと図書室に座っていると、0101100101という血塗られた文字が壁に現れる。それを見たベンダーは、怖がるというよりもむしろ、意味がわからずに首をかしげる。ところがその数字の並びが鏡に映ったところを見ると――1010011010――になっているではないか。それを見たとたん、ベンダーは恐怖におののく。
 ベンダーが怖がった理由については何の説明もないが、二進記数法を知っている視聴者なら、このシーンの意味がわかっただろう。
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単行本p.300


 ちなみに個人的に最も気に入ったネタは、次の数式です。引用文中「x**12」は「xの12乗」を意味する表記だと見なして下さい。


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ホーマーの黒板に書かれた式の中で、数学的に一番面白いのは二つ目のものだ。

  3987**12 + 4365**12 = 4472**12

 一見したところでは、とくに問題があるようには思えない。しかし数学史を多少とも知っていれば、これは途方もない式だとわかるだろう。
(中略)
 この回が放映されてまもなく、コーエンはいたずらに気づいた視聴者はいないかと、ウェブ上の掲示板をパトロールしてみた。するとこんな書き込みがあった。「この式はフェルマーの最終定理を破っているようだ。電卓に入れてみたら、たしかに等式が成り立っている。どうなってるんだ?」
 世界のあちこちで数学者の卵たちが彼の作った数学のパラドックスに心を惹かれたかもしれないと思うと、コーエンはうれしかった。
――――
単行本p.74、84


 実際に電卓で検算して、衝撃を受けてみて下さい。脚本を担当したデーヴィッド・S・コーエンもすごいと思いますが、解説しているのが他ならぬ『フェルマーの最終定理』の著者サイモン・シンその人だというのもまたたまりません。

 こんなネタを仕込む脚本家たちは、いったいどういう連中なのか。サイモン・シンは彼らに密着取材してその姿を明らかにしてゆきます。


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『ザ・シンプソンズ』の第一シーズンを舞台裏で支えたのは、ロサンゼルスでもっとも頭の切れるコメディー脚本家8人からなるチームだった。彼らはこの作品の脚本に、ありとあらゆる知の領域から、洗練された概念を取り入れたいと考えていた。なかでも微分には、とくに高い優先度が与えられていた。というのも、8人のうち2人は、ナード(数学オタク)だったからだ。rdrrのジョークを考えたのはその2人なのだが、それだけでなく、『ザ・シンプソンズ』という作品そのものを、数学的なお笑いを視聴者に届ける手段に仕立て上げた立役者は、主としてこの2人なのである。
――――
単行本p.36


 脚本家の一人一人に焦点が当てられますが、例えば前述の『フェルマーの最終定理』破りのデーヴィッド・S・コーエンはこう語ります。

――――
「わたしはパンケーキ数に関するこの論文を、指導教授で著名なコンピュータ科学者であるマヌエル・ブルムの指導のもとで書き、『離散応用数学』という専門誌に投稿した。(中略)論文が世に出たときには、わたしはもうずいぶん長いこと『ザ・シンプソンズ』の仕事をしていたし、ケン・キーラーもこのチームに雇われていた。そんなわけで研究論文がついに出たときには、抜き刷りを手にわたしはこう言った。“見てくれ、『離散応用数学』に論文が載ったよ”。みんなずいぶんビックリしてくれたが、ケン・キーラーは別だった。彼はこう言ったんだ。“そうかい、わたしは二カ月ほど前に、その雑誌に論文が載ったよ”」
 コーエンは苦笑いをしながら、嘆くように言った。
「『ザ・シンプソンズ』の脚本を書くようになってみたら、『離散応用数学』に論文が載った唯一の脚本家にもなれないとはね」
――――
単行本p.208


 一方、そのケン・キーラーの言葉。


――――
「大学院で過ごした期間は、自分がより良い脚本家になるために役立っていると思うんだ。まったく後悔はしていないね。ベンダーのシリアルナンバーを、数学史上の重要な数である1729にできただけでも、博士号を取った甲斐はあると思えるんだ。博士論文の指導教官がどう思うかは知らないけどね」
――――
単行本p.375


 なぜ、数学者がアニメ制作に入れ込むのか。別の脚本家は、その理由をこんな風に語っています。


――――
「実写ドラマは実験科学に似ている。役者たちは、それぞれの考えに沿って演技する。そうやって撮影されたシーンをつなげて、どうにか作品にするしかないんだ。一方、アニメは純粋数学に似ている。あるセリフにどんなニュアンスを含めるか、セリフ回しをどうするかまで、徹底的にコントロールできる。あらゆることがコントロール可能だ。アニメは数学者の宇宙なんだ」
――――
単行本p.100


 というわけで、日本ではいまひとつ知名度が低い『ザ・シンプソンズ』『フューチュラマ』の数学的側面に光を当てた異色のアニメ分析本。数学の面白ネタや、ギーク文化に興味がある方にお勧めします。



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『使い魔の日記(「群像」2016年10月号再掲)』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

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使い魔が使い魔である間、一切同情はされない。人間が持つような要求を持てば、ありうべからざる行為として危険視され、ひたすら凶兆のように扱われてしまう。飲み物は用事の間に自分の財布から買う。人間時代に持っていたものの殆どは神棚を祀っている家人に管理されているため、ポケットに隠し持った小銭だけが使い魔の人権を保証する事になる。「どこへも行くな」、「大きな金を持つな」、「全部報告しろ」という原則が使い魔にはあるが、そんな規則を全部守っていれば二月で死ぬ。
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群像2016年10月号p.478


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第106回。

 文芸誌「群像」2016年10月号に、創刊70周年記念として永久保存版「群像短篇名作選」が載りました。三島由紀夫『岬にての物語』(1946年11月号)から川上弘美『形見』(2014年2月号)まで、「群像」に掲載された作品から54篇を選んで一挙に掲載するという豪華企画。掲載作品リストについては後述します。

 笙野頼子さんの作品からは、群像1997年1月号に掲載された『使い魔の日記』が再掲。この短編は後に単行本『笙野頼子窯変小説集 時ノアゲアシ取り』に収録されています。ちなみに、単行本Kindle版読了時の紹介はこちら。


  2013年06月11日の日記
  『笙野頼子窯変小説集 時ノアゲアシ取り(電子書籍版)』(笙野頼子)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-06-11


 都会で独り暮らしをしていた語り手は、生まれ故郷に呼び戻され、土着蛇神の「使い魔」にされ、ひたすら酷使されることに。使い魔というか使いっぱしりというか。


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私は竜神以前にこのあたりに自然発生した、土着神が半分妖怪化した蛇神の下で、言われた事を、ただ泣き泣きやっているだけだ。百三日前、都会で普通に暮らしていたところへ、いきなり下ってきた指令に逆らえずに、こうして帰ってきた」
――――
群像2016年10月号p.480


――――
自分の命の火を、誰かが糸で外へ引っ張り出して操っていて、その糸の通りに動かないと殺されてしまう。こういう日は今までに何日もあった。こんな日を、「特に規制の強い日」と私は呼んでいる。
――――
群像2016年10月号p.477


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私が所属している神棚の本宮にあたるところからどんどん指令が来ていた。指令は頭の中にたちまち発生して、ひとつの用をしている後ろからすぐ別の用事が言い渡され、おまけに実際にしている動作のひとつひとつに釈明を求められ訂正を要求される。いくつもの用を一度にしていると一ヵ月先の仕事について段取りを言えと迫って来る。
――――
群像2016年10月号p.477


 人間としての尊厳などかるーく無視され、すごい抑圧を受けながら、細々とした雑用から、「道端に生えてくる生首を片付けておく」といったえぐい仕事まで何でもやらされ、小突き回される日々。部分的にはどこかユーモラスな印象も受けるものの、人が死んでゆく、あるいは人でないものに変容してゆく、そういうイメージがつきまとい、けっこうしんどい話です。

 なお、本作が発表されたのは1996年12月。この年に笙野頼子さんの母親が亡くなっています。年譜によると「五月、母が腺癌のため入院。帰郷して昼間看病し、夜に執筆する生活で10キロ近く痩せる。(中略)九月、母死去」(『幽界森娘異聞』講談社文芸文庫版p.326)とあり、このときの看病生活のハードさ、周囲からの抑圧のすごさと虐げられっぷりについては他作品に書かれていますが、まさにその渦中で執筆されたと思しき本作にも色濃く反映されているように思います。


「群像短篇名作選」収録作品リスト

三島由紀夫「岬にての物語」(1946年11月号)
太宰 治「トカトントン」(1947年1月号)
原民喜「鎮魂歌」(1949年8月号)
大岡昇平「ユー・アー・ヘヴィ」(1953年5月号)
安岡章太郎「悪い仲間」(1953年6月号)
庄野潤三「プールサイド小景」(1954年12月号)
吉行淳之介「焔の中」(1955年4月号)
圓地文子「家のいのち」(1956年9月号)
室生犀星「火の魚」(1959年10月号)
島尾敏雄「離脱」(1960年4月号)
倉橋由美子「囚人」(1960年9月号)
正宗白鳥「リー兄さん」(1961年10月号)
佐多稲子「水」(1962年5月号)
森茉莉「気違ひマリア」(1967年12月号)
深沢七郎「妖術的過去」(1968年3月号)
小沼丹「懐中時計」(1968年6月号)
河野多惠子「骨の肉」(1969年3月号)
瀬戸内晴美「蘭を焼く」(1969年6月号)
三浦哲郎「拳銃」(1975年1月号)
吉村昭「メロンと鳩」(1976年2月号)
富岡多恵子「立切れ」(1976年11月号)
林 京子「空罐」(1977年3月号)
藤枝静男「悲しいだけ」(1977年10月号)
小島信夫「返信」(1981年10月号)
大江健三郎「無垢の歌、経験の歌」(1982年7月号)
後藤明生「ピラミッドトーク」(1986年5月号)
大庭みな子「鮭苺の入江」(1986年10月号)
丸谷才一「樹影譚」(1987年4月号)
津島佑子「ジャッカ・ドフニ――夏の家」(1987年5月号)
色川武大「路上」(1987年6月号)
山田詠美「唇から蝶」(1993年1月号)
多和田葉子「ゴットハルト鉄道」(1995年11月号)
笙野頼子「使い魔の日記」(1997年1月号)
小川国夫「星月夜」(1998年1月号)
稲葉真弓「七千日」(1998年2月号)
保坂和志「生きる歓び」(1999年10月号)
辻原登「父、断章」(2001年7月号)
黒井千次「丸の内」(2003年1月号)
村田喜代子「鯉浄土」(2005年6月号)
角田光代「ロック母」(2005年12月号)
古井由吉「白暗淵」(2006年9月号)
小川洋子「ひよこトラック」(2006年10月号)
竹西寛子「五十鈴川の鴨」(2006年10月号)
堀江敏幸「方向指示」(2006年10月号)
町田康 「ホワイトハッピー・ご覧のスポン」(2006年10月号)
松浦寿輝「川」(2009年1月号)
本谷有希子「アウトサイド」(2012年3月号)
川上未映子「お花畑自身」(2012年4月号)
長野まゆみ「45°」(2012年5月号)
筒井康隆「大盗庶幾」(2012年12月号)
津村記久子「台所の停戦」(2012年12月号)
滝口悠生「かまち」(2013年4月号)
藤野可織「アイデンティティ」(2013年8月号)
川上弘美「形見」(2014年2月号)



タグ:笙野頼子
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