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『ねこのほそみち 春夏秋冬にゃー』(堀本裕樹、ねこまき:漫画) [読書(教養)]


――――
 この連載は、猫を詠んだ俳句を僕が選び、その句に僕が解説を書き、同時進行でねこまきさんがマンガを描くという趣向でした。二人のコラボレーションではあるのだけれど、僕は僕で勝手に解説を書いて、ねこまきさんはねこまきさんで自由にマンガを描くというスタイルを貫いたのです。その連載スタイルがいっそうコラボレーションの妙味を生み出したのではないかと思っています。
――――


 四季折々の猫を詠んだ俳句から88句を選び、それぞれに解説とマンガを付けた猫好きのための句集。単行本(さくら舎)出版は2016年4月です。

 見開き右側のページに俳句とその解説、左側ページにマンガ、という体裁で次々と名句が紹介されます。選ばれているのはいずれも「猫」を詠んだ句で、猫飼いなら「猫の行動から感じる季節感」あるある満載。マンガは「まめねこ」シリーズなどで猫好きの心をとらえているねこまきさん。

 季節ごとに、一句ずつ抜き出してみます。


[春]

恋猫の恋する猫で押し通す    永田耕衣

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「なんで恋で、こんなにボロボロになんなきゃいけないのよ。かわいそうに」
――――


[夏]

猫の尻見せられてゐる大暑かな    仙田洋子

――――
 夏の季語である「大暑」は、陽暦でいうと七月二十三日ごろにあたり、めちゃくちゃ暑い日でもあるのだ。
 そんな日に猫がすり寄ってきて、「ほれほれ」とお尻を向けてきて、「好きやで、あんさんのこと、ほんま好きやで」とすり寄ってきたら、いくら飼い主でも思わず、「あんたの好きなんはわかったから。暑いねん!」と叫び出したくなるだろう。
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[秋]

黒猫にアリバイのなき夜長かな    矢野玲奈

――――
 飼い主にこっぴどく怒られた黒猫にとっては、秋の夜は長すぎる。夜長に拗ねる黒猫はかわいい。
――――


[冬]

炬燵よりおろかな猫の尻が見ゆ    平井照敏

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とにかく悪事がばれていないと思いつつ炬燵に入った。だが、そのぴょんと出たお尻が何もかも物語っている。おろかで、やっぱりかわいい猫のお尻である。
――――


[新年]

去年今年肥満は猫に及びけり    今枝立青

――――
 さらに寝正月ともなると、肥満はますます及びそうである。食べては炬燵で一緒に寝そうだ。
――――


 親しみやすい解説と、愛らしい猫マンガが、こんな感じでついています。結論としては、「春夏秋冬、どの季節でも、猫はかわいい」ということに尽きます。
 他に、個人的に気に入ったその他の猫句をいくつか挙げておきます。


猫の毛の暗く過ぎたり螢籠(ほたるかご)    石田波郷

小春日の猫に鯰のごとき顔    飯田龍太

暑き日や先づ猫が邪魔夫が邪魔    上野さち子

蚊柱に猫が片手を入れにけり    鈴木鷹夫



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『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(ピーター・トライアス、中原尚哉:翻訳) [読書(SF)]


――――
「だれでもだれかを失ってるよ。でも戦争が終わってアメリカが負けたという事実に変わりはないんだ」
「戦争ははじまったばかりさ。黙って死を受けいれるつもりはない」
(中略)
「時間が解決するわ。凶暴な殺し屋だって、平和が続けばきっと変わる」
「どんなふうに?」
――――
新書版p.32、33


 枢軸側の勝利による第二次世界大戦の終結から40年後。日本合衆国「USJ」となった旧アメリカは、国民に天皇崇拝を強制し過酷な言論弾圧を行っていた。悪名たかい特別高等警察(特高)の職員である昭子は、「アメリカが第二次世界大戦に勝利した世界」という設定の国賊的ゲームを取り締まるべく、検閲局員のベンと共に、開発者の行方を追っていたが……。21世紀の『高い城の男』(P.K.ディック)として書かれた歴史改変SF。文庫版(上下巻)および新書版(早川書房)出版は2016年10月、Kindle版配信は2016年10月です。


――――
 本書『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』は、改変歴史SFとしても、巨大ロボットアクションとしても、スリリングな謀略サスペンスとしても、ジャパネスク風味のポストサイバーパンクSFとしても、『一九八四年』的な監視社会を描くディストピア小説としても、極限状況を浮き彫りにする戦争文学としても、胸を打つ人間ドラマとしてもすばらしい。年間ベスト級どころか、このさき長く読み継がれる小説になるだろう。
――――
新書版p.367


 カバーイラストを見て「インチキ日本を舞台にした巨大ロボット戦闘アクション小説」を期待して読むと、肩すかしを食らうでしょう。どちらかと言えば、グロテスクな悪夢的ディストピアを舞台に展開するバディもの、という側面が強い作品です。

 物語の中心となるのは、検閲局に勤めるベン(紅巧)と特高課員である昭子。二人はある捜査のために手を組みます。しかし、かたくなな態度を崩さない昭子と、マイペースなベンとでは、どうにも相性が悪くて。


――――
「ねえ、こうしようよ。お昼休みは仕事を忘れる」
「なぜだ」
「しばしの休息はだれだって必要さ」
「皇国の敵は休まない。われわれにも休息はない」
(中略)
「僕が非協力的だったらきみは撃つだろう」
「国賊であればすべて撃つ」
――――
新書版p.78、97


――――
「陛下を裏切るくらいなら潔く死ぬ」
「きみが死んでも皇国の利益にはならないよ」
「貴様は生きていてすら皇国の利益にならん」
「僕は皇国一の忠士だ」
(中略)
 昭子は憤慨した。
「貴様は上司から厄介者とみなされているんだぞ。仕事に無頓着だと。同僚からも多くの指摘が寄せられている。仕事が遅い、欠勤が多い、勤務態度が不適切」
「職業倫理に欠けることは否定しないよ。遊ぶほうが好きだということも」
「無能力は極刑に値する罪だ」
――――
新書版p.144、145


 読んでいて声が聞こえてくる、声優の見当さえつく、ような感じです。

 まあバディものなので、何者かに命を狙われたり、当局から反逆の疑いをかけられて追われるはめになったりするうちに、次第に互いの力量を認めあってゆく二人。

 そしてUSJが持つ非人道的でおぞましい側面を目の当たりにして、それまで狂信的愛国者として振る舞っていた昭子の言動も少しずつ変化してゆきます。


――――
「なぜそんなことをするんだ」
「世の中の厄介事はすべて退屈が原因なんだよ」
「根絶すべき皇国の敵は多いな。あたしは退屈など理解できん」
「だれもが強い大義を持って生きているわけじゃないんだよ」
「落胆しないのか?」
「僕が?」
「貴様たち軍人はサンディエゴで多くの血を流したのに、生き残った者たちがつくった世界はこれだぞ」
「そんなふうに考えたことはなかったな」
「USJをもっといい国にしなくてはならん」
 皮肉かと思ってベンは曖昧に笑ったが、昭子の表情は真剣だった。
――――
新書版p.240、


 しかし、特高、反乱組織、ヤクザ、もう誰も彼もが敵に回って、二人はさんざん酷い目に合うはめになります。ばんばん拷問されるし。全体的に猟奇的悪夢感が強く、残虐で非道な場面も多いので、苦手な方は注意した方がよいかも知れません。

 「メカ」と呼ばれる巨大ロボット兵器が登場しますが、活躍するシーンは少なめ。ただ、「ナチスのバイオメカ戦車との肉弾戦」とか、「皇国軍のエースパイロット率いる八機の精鋭メカ部隊に包囲され、たった一機で大立ち回り」とか、燃えるシチュエーションを狙ってくるのが憎いところ。


――――
「どないしてほしい、おっさん?」久地樂は口のなかをいっぱいにしたまま訊いた。
「第十五というと、たしか小笠原知事の直属大隊だね」ベンは言った。
「伊東の名は聞いたことがある。最強の一人といわれる女性メカパイロットだ」昭子が言った。
「その看板に偽りがないか、もうすぐわかるで」久地樂は言った。
「どんな選択肢がある?」ベンは久地樂に訊いた。
「戦うか、逃げるか。まあ実質、選択肢はないな。逃げようてしてもやられる」
「しかしメカ八機を相手にはできないだろう」
「ベルト締めとき」
――――
新書版p.307


 戦前戦中の暗い世相、そこに混入されたトンデモニッポンやアニメニッポン、いやますディストピア感。ディックの『高い城の男』とはかなり雰囲気が違う、というかまったく別の作品という印象なので、“原典”を未読の方が読んでも大丈夫です。



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『よいひかり』(三角みづ紀) [読書(小説・詩)]


――――
どれほどの言語があって
どれほどの感情があるのか
途方に暮れながら
言葉はどこで産まれたのか
とりとめなく 考えながら
鞄にしのばせた詩集を開く

二階建てバスの二階の二列目に座って
彼が 沈黙している
寝坊しなかったから
機嫌がわるいのかも
わたしが話しかけて
言葉は はじまって
だれもがこうやって
言葉を 産んでいく
――――
『二階建てバス』より


 「自分という存在が息をひそめてようやく、あたり一面に詩があふれていることに気づく」。滞在先での生活を静かに書きとめてゆくような詩集。単行本(ナナロク社)出版は2016年8月です。


――――
 台所で詩を書くことが多い。急ぎのしめきりがない早朝に、食事をしてから食器を洗う。台所の磨り硝子からさしこむ陽光を眺めつづけて、さみしいくらい感情というものがなくなったときに詩が湧き出る。とびきり心が揺さぶられたときではなく、自分という存在が沈黙したときに詩を書いているのだろう。自分という存在が息をひそめてようやく、あたり一面に詩があふれていることに気づくのだと考えて、生活や日常の詩集をつくりたいと思った。
――――
『あとがき』より


 強い意志と覚悟を持って言葉に斬りかかるような詩集もあれば、ふと湧き出た小さな感慨を静かに書きとめたような詩集もあります。これは後者。朝も、夜も、あたりに詩の気配が満ちる気配をとらえます。


――――
生きているだけで
まなんでいるのに
そんなこと
子供のころから
知っているはずなのに
大人になったら
またたくまに忘れてしまう
生きているだけで
まなんでいること

ベッドに横たわって
今日の空をみている
薄い雲が
ゆったりと
流れていく
――――
『ノート』より


――――
路面電車が夜をかきわける音
パトカーが喧しく通過する音
ヒーターがあたためている音
それらを
手足まで
浸透させながら
かすかな灯りで
本を読む

いつのまにやら
眠りにおちても
かすかな灯りは
眠っていない部屋を照らしてる
真夜中に目覚めた ひとびとが
心細くならないように
かすかな灯りは
夜を照らしてる
――――
『間接照明』より



 不安や悲しみのなかにも、詩は、そこにあります。


――――
だれしもが
いってきます だけで
ただいま を失う日を
むかえる覚悟は必要かもしれなくて

帰るひと 帰らないひと
理由はさまざまだけれど
生まれたときから
片道切符を
握りしめている
産声をあげながら
小さなてのひらで
片道切符を
握りしめている
――――
『スープ』より


――――
改行のない言葉を受けとる
このメールには比喩はない

詩人だから
日常に比喩はいらない
わかりやすく
つたえてほしい

よろこびと
かなしみが
あいまって
膝をかかえて泣いてみる

静黙な夜
――――
『メール』より全文引用


 ここでの日々は、しかし永遠ではなく、いずれ滞在期間が終って帰国するときがやってきます。正しく終えるための生活を、詩として残します。


――――
ないものねだり。
ずっと こんな生活が
続けばよいのだけれど
わたしはただの通過者

人生のはじまりとおわりを
自分で決めるのは
むずかしいが
旅であったら
はじまりとおわりを
決めることができる

生まれて、死ぬこと
はじまり、おわること

幾度となく
生まれ変わるために
わたしは
わたしの町ではない町を進む
――――
『市場』より


――――
明日には離陸して
この町をはなれて
忘れてしまうかもしれないが
蛇口からもれだす水の感触は
しみついて

成長という文字が
あたまをよぎるも
あっけなく消えて
あたらしくおわる

流れた水が川にそそいで
海にかえって空から降る

だれしもが
絶え間なく
あっけなく消えて
あたらしくはじまる
――――
『シンク』より


 というわけで、日々の隙間でふと感じること、生活時間から切り離されたようなその一瞬、誰しも覚えがあるような感慨を、日常的な親しみ深い言葉で伝えてくれる愛しい詩集です。



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『馬引く男』(カニエ・ナハ) [読書(小説・詩)]



――――
最も古い地獄へと
加害の歴史について
耳があっても、
話に行くために
目が見えても、
誰かに聞くために
今から、そこへ向かう
――――


 読者を迷わせ、彷徨わせる構成の妙。繰り返される悲劇のイメージ。座間、波照間。そして馬。戦争をはじめとする悲劇を前に、言葉の覚悟を言葉にしたような詩集。単行本出版は2016年10月です。


――――
人類の歴史は
言葉だけ常に価値がない
あまりにも多く
それは裂け、失った
投影された、貧しいコンクリートが
受け入れることはない
ここを、
ここだけを通って、
遭遇する、ほんとうの現実
これが初めての
――――


 構成が特殊というか、読者を迷わせる工夫があちこちに仕掛けられている詩集です。

 まず詩集としての表題ページがない、目次がない、各作品の冒頭にタイトルがない、二部構成なのに第二部が欠落している、などなど。しかも各作品のあちこちに似た表現やモチーフが頻出し、読んでいて既視感に襲われまくる。もしや自分は、同じ一つの詩のなかをうろうろしているのではないか。何というか、彷徨っている、という強い感覚を覚えるようになっています。

 実のところ表題ページは途中にありますし、目次は最後に置かれているのですが、だからと言って安堵できません。詩の内容が不穏だからです。


――――
(私は一つだけ、とにかく、
 子供たちを、見つける。)
7月には橋の下で、
明け方、
夢を見て笑っていた。
家に触れた。その日、
下流で、
衣服の一部を
みつけた。
地面に抱かれて。
(私はここに滞在して、願っていたよ。
あなたが良かったという気持ちになることを、
待っていたよ。)
――――


 それから、馬のイメージ。それも痛めつけられ殺され焼かれたものたちのイメージが何度も重ねられ、どうしても戦争、迫害、抑圧の長い長い歴史が脳裏をかすめることに。


――――
百頭の馬が一万五千年
照らされるのを待って、淡々と
沈黙の中で、火と呼ばれるものを知らず
時間を持っていなかった
夜に
何も知らず
失った森で、異なる時間を開いて、
呼ばれている物語で
浄化する、たくさんの
祈りを食べて
残り一日泣いて
遠い火を聴いて
呼ばれている、同じ夢を見て
病んで
焼失する月に、あまねく
耳と目を失った
――――


――――
馬は
起きようとするたびに、
頭を打って
ほとんど死んで
死ぬことによって
否定する
否定することで告白する、
紛れもない歴史の途方もない巨大な消失点があって
それを通じて、初めて、見て、結果として、知る
あるひとつの単純な事実
それはあの5月の長いシーン、
内側から到来した言葉が
大量の血を連想させる
その外側から、断続的に征服されている
首を絞め、引き上げ、少しでも血を、架空の赤い、あの5月における、あまりにも
逆さまの私であることを、証して、明らかに断って、馬は、なにを意味するではなく、何か、ただ、
現実を保っている、
――――


 なにを意味するではなく、何か、ただ、現実を保っている、そんな馬とともに、静かな覚悟のようなもの立ち現れてきます。


――――
私の前にまるで物語として
人の山が
国の叙事詩の「その後」に積み上げられ、
そのようにして世界を去った、
その意志を話す、
話すために、
話しつづける
――――


――――
馬には、生の不安が
覚えていた、
植物としての恐れが
記憶が、徐々に
同じことを繰り返しながら
もう十分な長さ
彼は時々、話していたことを
覚えておくようになって

(あなた いつも遅いのね――)

私はそんな植物の図鑑を
この生を賭けて想像する。
――――


 そして「第二部 植物図鑑」へと続くのですが、前述したように、それは欠落しています。空白。そのまま「目次」にたどり着き、そこで「島」「馬」といった言葉の間に、「座間」や「波照間」といった地名を見出し、そして、米軍基地やいわゆる戦争マラリアのことを思い出すのです。



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『植民人喰い条約 ひょうすべの国』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

――――
 でも実際、それが、それがひょうすべなんだよ、それこそ、ひょうすべだ、そういう人はもう、ひょうすべに取りつかれているってこと、な。あなたは、ひょうすべです。
――――
単行本p.20


――――
ひとつの怒りがあれば、太陽は昇ります、米は育ちます、言語は永遠です。
――――
単行本p.182


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第108回。

 人喰い妖怪ひょうすべにひょうすべられる国にっほん、今やもう、だいにっほん。TPPを活用しまくるグローバル企業、媚びへつらい率先して民を喰わせる売国政権。きったない構造に飲み込まれ、命も、魂も、将来も、すべてを毟られ喰い殺されてゆくこの国で生きるしかない埴輪詩歌とその家族の命運は。『だいにっほん三部作』の前日譚にしてTPP批准後の惨状を描く渾身の力作、書店デモ。単行本(河出書房新社)出版は2016年11月です。


――――
 今度という今度は、どのメディアであっても、新刊の取材に来てくださる事はきっと難しいでしょう。宣伝がかけられない、ただ本がここにある。本の中でしか批判出来ない?
 書店の皆様、そう、稀にこの本を置いてくださる書店の皆様、たとえ一冊しか取り寄せなかったとしても、せめて、その一冊を書店の台に、立てて置いてください。プラカと思って……。
 TPPが国民皆保険を潰す危険性さえ、中央の大きいメディアでは堂々と言えない。言えるのはただ、本の中だけ、故に帯がプラカードと思ってデザインしています。
 これは書店デモ、です。そしてもし私が笑われる程このTPPが実はなんでもなかったとしたら、その方がむしろ私は幸福、安心です。それと同時に。
 これはこれで私の文学の危機感の行き着くところ、ここには、人類の未来にまで渡る問題点が小説という、自由な分野の必死さやフィクションの有利さで(当然デフォルメされて)綴られているのですから。
 どうぞよろしく、お願い申し上げます。
――――
単行本p.12


 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)および、それを生み出した、それが生み出す、社会構造を徹底的に批判した一冊です。TPPの背後にいるグローバル企業、その正体は人喰い妖怪「ひょうすべ」。


――――
 ひょうすべ、ひょうすべ?
 ねえ、ひょうすべの国になると、そこはどうなるの?
 うん、生命体がすべて、資源になる。誰も彼もがそこでは、人間も動物も男も女も……。
 地球レベルの巨大な脱水機にかけられ、血を絞られ死んでいく。それが地球九十九パーセントの運命になる。にっほんはいわばその先駆け、医療の壊滅に農業の崩壊、本土よりもっと、きついのは島部、いくつもが無人島になってしまう。むろん、全国どこだって身の回りのことも、全てひどくなる。水道の水は「飲みにくくなる」、学校給食には「何か入ってる」、国民の体格も平均寿命も「古き良き時代に」戻っていくんだよ。うちらはもう小作人でさえなくなってしまい、世界企業のための食材にされるんだ。機械に放り込まれ、ミイラになっていく。
 救急車を呼ぶだけで給料は吹っ飛ぶ。子供を産みたければローンを組むしかない。白内障の手術が受けられない老人の社会。どこの家でも目の見えない年寄りが泣いている。また車椅子を買うのに補助金を出せば「投資家との世界裁判」が「怖い怖い」、ほら「IMFガー」とお役所は言うだけで。たとえ老人でなくっても動けない人は、倒れ伏してしまう。動ける人さえも、ローン払えなくって道で寝ているから……賃金も待遇も坂を転げ落ちる。だってこれからは、……。
 水も食べ物も服もない国との競争になるからね。幼児まで働かされる世界と職の奪い合い。だけど世界的に行われる自由競争ってもの、それは搾取する側のひとり勝ちでしかない。
 要するにひょうすべはにっほん人の、よそより長い平均寿命を切り取って喰いたい。全部の子供の顔に涙の跡がなければ、気に入らない妖怪で。
――――
単行本p.96


 命がけの言葉が胸にささってくる強烈な作品です。命がけ、というのは誇張ではなく、実際にTPP批准後には著者のような難病患者は「自己責任」と言われながら殺される恐れがあるから。


――――
 人喰い条約TPPに調印した人殺し政府の責任において、薬を奪われ、あるいは適正価格の薬を買うことが出来ず、ついにこの島国の薬価を掌で転がす事が出来るようになった世界企業のえらいさんたちの笑い転げる天が下で患者達は。
(中略)
最後には理性も意識も言葉も感覚も熱と痛みに奪われて彼らは殺されて行った。もとい、彼らというか、殆ど彼女ら、である。膠原病は女性に多い病気だった。ただ薬さえ飲んでいれば、専門職でも開業医でも看護師でも、純文学作家でもなんでもできる人々が、或いはたとえ社会的な労働をしていなくても、家事や介護や子育てという労働に一家を支えていた人々が、或いはもし両親の世話になっていたとしても愛されて愛されて一家の中心であった人々が、ていうか嫌われてても百まででも、生きたいだろ! 当然じゃないか! それが大馬鹿の読まず判で殺されていった。人喰い条約が喰っていったのだ。
(中略)
「当時からツイッターはあったんだよ、あの時TPP難病で検索してみたら、小さい小さい泣き声の『滝』が出来ていた。ぽつぽつといつまでも涙が垂れていた。言いたくても言えないよ体力も声も。クーデターするだけの体力が欲しいよ!(中略)だって国が終るだけじゃない。生活、ていうか、にんげん、ぜんぶ喰われるんだから。ていうか経済までが、このざまだよう」。
――――
単行本p.84、90


 でも米国の新大統領がTPPからの離脱を宣言したというし大丈夫じゃないの?
 いえいえ、1対1の自由貿易協定でTPPよりもっとえげつないことされるかも知れませんし、そもそもTPPは総仕上げというか今までやってきたこと今やっていることを効率的にやるための道具みたいなもので、そういう構造は誰にも逆らうことの出来ない勢いでだだーっと地球を飲み込んでゆくので。また権力はそういうのに調子こいて乗っかっちゃうので。


――――
 売りやすく一律ですぐ「壊れてくれる」、残った部品も使いまわしのできない大量販売のもの、それをまた価格競争し、値段をきりつめる、先のないレースを人類は生きていた。
 外国の酷使される安い労働力、それも時には児童労働をさらに値切って使う。為替相場をゼロコンマの単位で切り詰めながら、世界各地から材料を集めるしかないため、商売は世界規模のチェーン店しか残れなくなっていく。そこに雇われた人々は生涯の過労、安時給に苦しみ、フランチャイズをとっても、経営を始めても、厳しすぎる条件にすぐ破産する、県の市役所のどこに行っても、世界企業のロゴとコラボが躍っていた、萌エロ商法のために地元の嫌がる女子高生をモデルに差し出し、あるいは巨乳二次元で煽って痴漢に襲わせ、女性が怒れば経済効果を謳って開き直る。しかし、収益はよその企業がすべて外国へ持ち去るのである。とどめ、それに味方する政治家もタレントも、口では何を言っていても、反社会勢力から家を買っていたりして、恐れられていた。国中の景気が悪化するような体制を国がむしろ、支えていた、ひょうすべに民を喰わせる約束を守って……。
 にっほんは既に痩せこけた労働力の、世界、その一部分でしかなかった。
――――
単行本p.111


 でもでも、そういう「権力の暴走」を防ぐために民主主義が、立憲主義が、人権思想が、存在するんだよね。確かに、でも、この国における政治と統治の実態ときたら。


――――
「民主主義ってなんだ? それは決して本当の権力や責任者を責めないこと、そして弱くて普通の十人の中の九人がだまって一番弱いひとりを喰うことなんだねえ、またたまに少数派の自由という言葉がマスコミに乗っていたら、その少数派とはただ単に金持ちの事で、それは金をばらまくから多数を黙らせて味方に付けている」。
「何があってもにこにこして行列に並ぶ十人から一番弱いものが前に押し出されぱたっと倒れる、人喰いはそれを喰って帰る。立派な多数決だ。その九人の中からまた弱いものをうまく押し出したやつは褒美が貰える。ほら本土は沖縄を喰ってきた。大家族は嫁を喰ってきた。金持ちから税金を取らないで一番弱いやつが誰かを必死で探すんだよ。
――――
単行本p.85


 じゃあ何でマスコミはそういうことを報道しないの? やあやあ、そのへんのご事情については、みなさんよくご存じじゃあありませんか。


――――
 さあ、この国において? 表現の自由って何の事だろうね?
 高い大きい広告を出してそこで好きなだけちかんごうかんの推奨やレイシズムをやって、ポンスはその広告料でマスコミを買い取って、正しい情報を絶対に流させずに嘘をまき散らす、それが自由なのか? 芸術は「売れない」と追い詰めておいて反論出来ないように弾圧して行く、大声の自由かね? 同じことを蒸し返し低劣な嘘を吐きネットに沸いてたかり、デマの画像を作り、マイノリティを中傷して虐殺幇助を企む。
 ひょうすべは表現をする時にまず、相手に口輪をはめてから言いたい放題、すると本当の事や肝心の事は、すべて、マスコミの闇に消える。それは内部事情、それは世界企業の悪。「内部事情は下品だから禁止します」、「中立の意見だけ書いてください」、「具体名禁止」、「必ず両論並立」。
 こうして足元を照らしてはならぬという規則の中、我々は崖っぷちの夜道を歩かされる。一方だけの自由に支配されて。そこに報道はない、言論もない、芸術も真実も告発も表には出られない。いるのはただ、ひょうすべ、ひょうすべ。
 弱者を虐殺してアートと称する自由、金の集まるところにある差別を固定化するための自由、だんまりを維持するためだけそこにある自由。
――――
単行本p.98


 人が貶められ権利を奪われ殺されることに抵抗する力は、芸術、文学、表現の自由は、どうなったのでしょうか。


――――
 いつのまにかそれらは全部カギカッコを付けられ、すべて「二次元」と呼ばれるようになった。
 人間が殺され苛められているのに「またアニメたたきかよ、でも表現の自由だろ」とひょうすべはうそぶいた。
 逼迫した地方自治体は特区に遊廓を作り、そこで「二次元」をやった。そこの少女さんをかばうものたちは「もっと現実の実存女性の不幸に目を向けたら」などと言われてせせら笑われた。経済効率でスーツの「改良」競争が起こり、多くの少女さんがQOLの低下に大変苦しんだ。
 は? そんなもん弁護士が見たら絶対不当だと判る代物? だがそもそも政府が約束を破る事を、通常業務にしている国なのである。ていうか馬鹿丸出しの黒塗り条約にハンコついてそればっかりはくそ守る……世、界、最、低、国、で。
(中略)
 どんなひどい事でも「アート」ですむ、そんな世界の「秩序」が、守られていった。「表現がすべて」のひょうすべクオリティでは、痛いのも痒いのも腹減るのも全部、二次元だそうで、不眠労働も二次元、過労死も二次元。しかも遊廓の中ならつまり行われる仕事はすべて芸能・アート活動とされた。
(中略)
 女に仕事はなく、介護も家事も保育もただ働き、「少女をばんばん消費」するのだけが許された贅沢であり正義である国、百万家族に一家族位しか認められない程に少ない生活保護家庭が、外で十年振りに牛丼を食べていても殴り掛かるという、何もかもが「アート」な、にっほんであった。
――――
単行本p.122、153


 というような「架空の」国、にっほん。そこに生きる埴輪詩歌とその家族をめぐる小説です。設定としては「だいにっほん三部作」の前日譚に相当しますが、むしろ今の日本を反映させてニリューアルした「だいにっほん」という印象を受けます。

 全体は『ひょうすべの約束』『おばあちゃんのシラバス』『人喰いの国』という中短編三部作を中心に、それ以前に発表された『ひょうすべの菓子』『ひょうすべの嫁』を作中作のように位置付け、両者を『埴輪家の遺産』でつなぐ、という構造になっています。

 さらに前書き、導入として『ご挨拶』『こんにちは、これが、ひょうすべ、です』を配置、『後書き』を経て、2004年に発表された反戦デモ参加小説『姫と戦争と「庭の雀」』を収録するという、贅沢な一冊となっています。


目次
――――
『ご挨拶』

『1 こんにちは、これが、ひょうすべ、です
――TPP批准後、その施政方針のための記者会見』

『2 ひょうすべの約束』

『3 おばあちゃんのシラバス』

『4 人喰いの国』

『5 埴輪家の遺産』

『6 ひょうすべの菓子』

『7 ひょうすべの嫁』

『後書き
――どうせ私ら皆殺しにされるんですよ? でもね、なんとかして、避けられませんそれ? 無理?』

『姫と戦争と「庭の雀」』
――――


『ご挨拶』
――――
 IMFのお使い様、その名はTPP、開いて書けば環太平洋パートナーシップ協定、名分は一応、「自由貿易協定」。しかしその実体は、亡国人喰い条約。
 なぜかこの恐ろしいものを誰も報道しません、少ししか書きません、というよりも、どう考えても、……。
 メディアを上げて隠している。国民に何も、教えない? それは未来永劫の国あげての、国際的に逃げられぬ奴隷契約、内実までも黒塗りという悪魔の契約、どうしてマスコミは沈黙していたのだろう? どうして? どうして?
――――
単行本p.11

 「これは、書店デモ、です」「私の文学の危機感の行き着くところ」「人類の未来にまで渡る問題点が綴られている」。文学と、大手資本から独立した書店と、そしてもちろん読者に対する、力強い宣言と懸命のお願いが掲げられます。


『1 こんにちは、これが、ひょうすべ、です
――TPP批准後、その施政方針のための記者会見』
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「おおこれは素晴らしい、あなた方日本人これで十分本当に好きなだけ、未来永劫食べられるようになりましたよ、ではこれから起こる事をただ、黙っていてくださいねえ、そして、なんでもないと、民草に思い込ませれば、それでいいんです、未来永劫」。
(中略)
 一生口の中に血の味がします。それであなたたちの年収に五百万円がプラスされます。ね、おいしいでしょ。そのミックスジュース。
 それは、……開いた格差で生まれなくなった赤子の泣き声、沖縄百四十万人の七十年積もった汗と涙、農業二百万人の飢餓と漂流、日本語で報道や文学をやって、告発に努力した人々の舌、今から干物にされる難病患者の痛みとうめき声、膠原病だけでも七十万人以上はいる、またその他の無論、ガンでも白内障でも糖尿病でも、医療が受けられなくて苦しむ人々のあがきと消えた寿命。
 企業のロゴが入った紙コップの中で、火が燃えていた、悲鳴が上がっていた。またその一番底の方から小さく、こんな声がした「本土では、こんなことまで、していたんですねえ」
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単行本p.31、40

 不景気でこれでは食べていけないと嘆いていたそこそこ裕福な方々が「未来永劫、食べられるようにしますよ」という甘言に乗ってサインした、ひょうすべとの契約。さあ、国民がどんどん食べられちゃう。まあ、そうなったら、騙された、知らなかった、最初から私は反対していた、などと被害者面で言いながら、ひょうすべのおこぼれにあずかったり、ついでに弱いやつらを踏みつけたり出来るだろうし、どう転んでも損はないじょー。そんなこんなで条約批准。


『2 ひょうすべの約束』
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 このひょうすべ、本人たちは表現の自由をすべて守ると言っていますが、守るのはただひとごろし(ヘイトスピーチ)の自由とちかんごうかん(少女虐待や女性差別賞賛)の自由だけでした。そしてそれ以外については一切、何もしませんでした。だって、政府は人間が自由に口をきく権利を、もうすべて奪っていましたから。
(中略)
 昔日本という国があった時は、つまり国は、「オレの勝手だろ」と言って「家の中の事を好きに出来た」ものです。なのにひょうすべは今や要するに、「ハンコついただろうが? 勝手に出来ねえよ約束約束!」って怒ってくるのです。じゃ、自国を自国の勝手にする事が出来ない国? それ植民地かも? ていうかハンコついたの誰? と私は思いました。するとそれは、選挙の約束を破った当時の総理でした。よその国の人民も必死で反対していたのに、そんな契約を、我がにっほんは調整に回ってまでやってのけたのです。
 まあそこから批准というものをしなければ良かったのですが、とどめに彼らは国を、民を、少女を売りました。
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単行本p.47、50

 「このにっほんでは上は下との約束ならば破ってよい、事になっている。だって批准直前のここにおいて、首相は公約を約束と呼び、それを「新たな価値判断」で破ったと称していたではないか?」(単行本p.110)。国民との約束はいくらでも破るくせに、ひょうすべとの約束は嬉々として(ときに被害者面で)守り、国民が困窮して死んで行くのを黙殺する政権。要するにここは植民地。人喰い条約で植民地を売っただけ。

 そんな国に生きる埴輪詩歌は、女人国ウラミズモに移民するチャンスを手にしながら、それを諦めることに。


『3 おばあちゃんのシラバス』
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 詩歌が行けなくなってしまった大学の授業を、かわりに自分が出来るだけ教えようと豊子は言いはじめた。「でも最初の一年はまあ、それ自体がシラバスみたいなものってことさね、つまり何を習うのかを教えるのさ」、でもそう言ったころの彼女はもう、減薬を自己流でするという自殺行為を、余儀なくされていた。
(中略)
医師達も追い詰められながらぎりぎりまでは、薬価の安い間に処方箋を加減し、渡せるだけ患者に薬を渡そうとした。しかしそうすれば逮捕される世の中になった。誰もその事を報道しなかった。そう、すべては人喰いのえじきである。
 だって、……こども、たべもの、くすり、ことば、そう、ことばまでもなのだよ。世界企業が、マスコミを完全に掌握してしまったからね。元々世界最低な腑抜けのマスコミはむしろ、安心しきって被害者面で統制されていた。にっほん政府は大喜びでIMFガー、を繰り返し、悪逆非道の限りを尽くしていた。
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単行本p.79

 生活困窮で大学に行けなくなってしまった詩歌に、祖母の埴輪豊子は「どうしてこんな時代になったかを自分の体験からせめて理解しようよ」(単行本p.81)と言って大学レベルの教育をしてくれる。だがそれは、わずか一年しか続かなかった。難病を抱えた豊子は、詩歌にとって最も大切な人は、ひょうすべに喰われてしまったのだ。薬さえ手に入れば生きられたのに。高い教養も、深い知恵も、輝くような気高さも、経済効率に貢献しない、数字に換算されないものはすべて無価値とされる国で、ただ消費されてしまったのだ。


『4 人喰いの国』
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 かつて難民を助けようともしなかったこの国家から、政府と大企業だけが外国に移転され、生き延びるでしょう。彼らは安全な先進国に暫定政府を置き、そこからだいにっほんの生きた少女を売りつづけ国を売りつづけます。そしてあなたの国土とだいにっほん政府は昔と変わらず、実に何の関係もないまま、売られ、売り飛ばされるだけの時間軸を辿るのです。
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単行本p.181

 経済的に破綻してゆくだいにっほん。父も家も商売も何もかも失い、収入の途絶えた埴輪家。追い詰められた詩歌は、やむなくヤリテ見習いとして火星人少女遊廓に勤めることに。そこで出会った火星人落語の名手、木綿造。やがて結婚した二人の間には、木綿助といぶきという二人の子供が生まれる。

 こうして、埴輪家の物語は「だいにっほん三部作」へと続いてゆく。ただし、埴輪木綿助も、埴輪いぶきも、「だいにっほん三部作」に登場した時点ですでに死者。埴輪家の人々はすべて喰われ尽くされたのです。そして全てが手遅れになってから届いた一通の手紙。


『5 埴輪家の遺産』
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 女人国にさえ行けば、確実に開花したであろうこの天才少女を、「沼際の噛みつき亀」と呼ばれる高齢の女性作家は、可愛がりつつ細かく、欠点も指摘、たびたび彼女の人生の聞き役ともなった。
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単行本p.187

 『ひょうすべの約束』に始まる三部作より前に文芸誌に掲載された二篇のひょうすべ短編を、いわば作中作としてとりこみます。『ひょうすべの菓子』の作者は埴輪詩歌、『ひょうすべの嫁』の作者は詩歌と親交のあった作家、ということに。

 「だいにっほん三部作」の読者は、この作家の名前が「笙野頼子」であること、後に埴輪いぶきが彼女の講義を聞きにゆく、つまり「笙野頼子」は親子二代に渡って指導することになる、ということを思い出して、胸に迫るものが。


『6 ひょうすべの菓子』
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 四年からひょうすべが怖くなって六年で二万人に五人ひょうすべの子を産む、この国の女の子の普通の生活です。私は火星人なので完全に平均的とは言えないけどほぼこんなものです。ひょうすべの嫁にならないだけでもありがたい、と親は言いますが、その一方産んでしまうことは地球人より確率低くても起こり得るのです。
 しりながら、ひょうすべのかし、やかされて、わがみひとりが、わがみひとりで。
 ぞーん、ぞーん、ぞーん。
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単行本p.223

 TPP批准後、子供たちが食べるお菓子にはひみつの粉が入っていて、二万人に五人が十二歳でひょうすべを産んで殺される。でも大人たちはみんな何も教えてくれない。子供の視点から語られる、原発事故(の被害隠し)のイメージ濃厚なひょうすべ怪談。ぞーん。


『7 ひょうすべの嫁』
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ひょうすべの嫁は、そうならなかった女を全部、出来るだけ残忍な方法で殺すしかなくなる。(中略)どんなに権勢を揮い、次々と虫ケラのように殺し尽くしても、ひょうすべの嫁の心はけして安らがない。恐怖の中にいる。また絶望もしている。
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単行本p.228

 ひょうすべの嫁になるしかない女、ひょうすべの嫁に殺される女、ひょうすべの嫁の骨の粉を混ぜた菓子を食べひょうすべの子を産む女。社会的に囲い込まれ共食いさせられるような女の絶望と怒りから生じたような妖怪「ひょうすべ」が初登場する、怖い怖ーい短編。


『後書き
――どうせ私ら皆殺しにされるんですよ? でもね、なんとかして、避けられませんそれ? 無理?』
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 堤未果氏、中野剛志氏、山田正彦氏、お三方の新書とネットにある内田聖子氏の情報(=ツイート)だけで、私は十分にこれを書けた。だって私ったら「社会性のない」「豊かなおとなの文学ではない」「ちまちました」私小説・SF作家だもの、だいにっほんシリーズの作者だもの。幻視し続けた何十年目の先に、まさにこの人喰い条約があったわけで。けーっ、いやな、こったっ! けどあまりに「自然過ぎ」、たちまち納得した。
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単行本p.250

 TPPについてより詳しく知りたい方、ここに参考文献が挙げられています。


『姫と戦争と「庭の雀」』
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 宮沢賢治的に「どってこどってこ」と行進するかと思ったらそうでもなかった。藤枝静男的に「でんでこでんでこ」になるかというとやはり人間とは違う。なんだか淡々と行進した。短い距離なので楽であった。姫ノ宮で集会をしてから夜なので花火をやった。姫は内気そうだが割りときれいな人で、そんなに若くはなかったが子供のようだった。沢山いた子供は「殺された」と言った。
 ふん、結局それじゃ「庭の雀」は書けなかったのかだって・違う・だから・これが。
 モマエラに読ませる「庭の雀」なのダ。
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単行本p.273

 S倉在住作家のところに、派兵反対集会のビラが届く。「へ、純文学ですか。社会や政治とは無縁の、それこそ庭の雀とか、瑣末な私事を書いて悦に入ってる」と揶揄される純文学は、はたして反戦デモをどのように書くのか。

 初出は「新潮」2004年6月号。その後2005年5月出版の『文学2005』(講談社)にも収録され、さらに集英社刊「コレクション 戦争×文学」の第四巻『9・11 変容する戦争』にも収録されたにも関わらず、「自分の本に入れそびっていた」「今やっと、自分でもその「値打ち」が判った」この作品を「ぶれない追加として収録する」(すべて単行本p.251)とのこと。

 「書店デモ」としてデザインされた本書の末尾を飾るにふさわしい短編。


タグ:笙野頼子
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