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『ブラッグ 無差別殺人株式会社』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


――――
「殺し請け負いの会社──もっとも表向きは、人材派遣会社の看板をかかげていますがね」
「まあ、殺しのための人材派遣と考えれば、不当表示にはならないかと思いますが」須藤が笑いながら言いそえた。(中略)
「人にはいろいろな素質がある。計算の素質、音楽の素質、料理の素質。
 われわれの場合は、命令によって人を殺せる素質です。そういう素質を持った者が、うちの会社には集まっているんです」
――――
Kindle版No.914、943


 何の理由もない無差別殺人から、依頼により実行される暗殺まで、殺しの総合請け負い会社「ブラッグ」。社員はみんな殺し屋。今日も誰かが社員に殺され、殺した社員も別の社員に粛清される。究極のブラック企業をえがくミステリ連作短篇集。文庫版(実業之日本社)出版は2014年4月、Kindle版配信は2014年8月です。


――――
「殺し屋の会社だなんて。そんな会社があってたまるか」
「あら、どうしてですか?」友子は首をかしげた。
「いろいろな会社があるじゃないですか。人を助ける会社、人をだます会社、人を売り買いする会社。殺し屋の会社があったってふしぎはありません」
――――
Kindle版No.1220


 星新一さんのショートショートに「社員全員が泥棒」という盗賊会社の話がありましたが、こちらはさらにエスカレートした「社員全員が殺し屋」という殺人会社が登場します。これが本当のブラック企業、というたちの悪い冗談みたいな設定ですが、それを大真面目に書いてしまう。殺し屋ですのよ。

 これまでも「超常現象に見せかけた事件だけを担当する専門捜査官」とか「一度に何十人もの探偵を投入して無理やり物量で解決する探偵社」とか、荒唐無稽なのにどこか変なリアリティの境界をついてくるような設定で一部読者を喜ばせてきた手際は健在です。

 どの話も読者の予想を裏切る展開が待っているミステリ作品なのですが、何しろ人が(しばしば無意味に)殺されるわけで、倫理も正義もへったくれもなく、かといってピカレスクロマン的な爽快感があるわけでもないし、後味が悪いこと悪いこと。殺し屋たちの活躍を描く悪漢小説だと思って読んではいけません。


[収録作品]

『kill 1 三人とも』
  ショートショート『二種類』
『kill 2 惨劇のあとで』
  ショートショート『一億円捨てる』
『kill 3 しゃべるのやめたらしぬ』
  ショートショート『丑の刻サービス』
『kill 4 違う違う』
  ショートショート『わかっていない標的』
『kill 5 入社試験』
  ショートショート『わかっている標的』
『kill 6 夜の散歩』
  ショートショート『ラッキーアイテム』
『kill 7 反社長派全員処刑』
  ショートショート『轢断』
『kill 8 虐殺慰安旅行』


『kill 1 三人とも』
――――
「順序が逆だ。殺人犯だから逮捕されたんじゃなく、逮捕されたことで殺人犯になってしまったんだ」
「馬鹿な。そんなことってあるか」
――――
Kindle版No.309

 資産家が誘拐された。容疑者は三人。誰もが動機を持ち、そして何かを隠している。誰が真犯人なのかを確かめるために、警察はある人物の助言に従って簡単なテストを試みるが……。ごく定型的なミステリだと思って読んでいると、いきなり背後に回り込まれて刺される導入作品。


『kill 2 惨劇のあとで』
――――
「命令ですからね。上から言われれば、多少気のすすまないことでもやらざるをえない。誰だってそうなんじゃないですか?」
「でも──いくら何でも!」
「そう、いくら何でも、たったそれだけの理由で大虐殺をひきおこすなどとは、誰も思わない。だからやるんです。つまりそれが会社の、なんと言いますか、理念みたいなもので──」
――――
Kindle版No.595

 ライフル乱射による大量殺人が発生。たまたま現場に居合わせた女性は命からがら逃げ出して助かったが……。会社の業務として事務的に無差別大量殺人をやるという常軌を逸した犯人との対決の行方は。


『kill 3 しゃべるのやめたらしぬ』
――――
「しゃべるのをやめたら死ぬ?」
「おばあちゃんにとって、しゃべるのは息をすることと同じなんです。しゃべり続けている自分だけが生きている人間で、黙っているまわりの人たちは死んだ人間なんです」
――――
Kindle版No.744

 轢き逃げ事件のただ一人の目撃者である老婆は、一見無意味な言葉を絶え間なくしゃべり続けるという症状を患っており、警察も証言がとれず苦慮していた。だが、それこそが真犯人が彼女を見逃している理由でもあったのだ……。口封じのために命を狙ってくる犯人との攻防戦。最後に殺されるのは誰か。


『kill 4 違う違う』
――――
「どうも、さっきから話に食い違いがあるようですな」主任は首をかしげた。
「生徒さんの身が心配じゃないんですか」
「もちろん心配です。ただ同時に、犯人の身も心配なのです」
――――
Kindle版No.1106

 銃を持った男が女子生徒を人質に学校内に立てこもる。人質の身を案ずる警察。だが学校側が案じているのは、むしろ犯人の命だった……。ついに「ブラッグ」という会社名が明らかに。これまで事件の背後に見え隠れしていた会社がメインの舞台となってゆく後半に向けて、シリーズの転換点となる一篇。


『kill 5 入社試験』
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 この世界のどこにも自分の居場所などないと思っていたのに、ちゃんと用意されていたのだ。生きていればよいことがあるというのは本当だと春一は思った。ブラッグ社という救い主がいたのだ。春一は興奮してきた。早く入社して社長に会いたい。そのためには試験に合格しなければ。対立候補を蹴落として──春一は不意に立ち止まった。
 対立候補。ライバル。いったいどんな内容の試験なのか。
――――
Kindle版No.1426

 人を殺し放題で給料まで貰えるなんて、まるで俺のためにある会社だ。何としてもライバルを蹴落として(というか抹殺して)入社したい。ブラッグへの就職を希望する若者は入社試験の予行演習として残虐なホームレス狩りを繰り返すが……。ブラック企業に憧れる就活生が意識高いところを見せるために行う暴力犯罪という、ねじれきったブラックユーモア作品。


『kill 6 夜の散歩』
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“おかしなものです。同じ会社の二人が、一人の標的をめぐって、殺すか守るかの争いをしているなんて”
 彼女は急に恐怖を感じた。浅野の言うことは一から十まで荒唐無稽だが、どこか妙なリアリティがある。それが鋭い針のように、彼女の心臓を突き刺してきたのだ。
――――
Kindle版No.1804

 見知らぬ男に「あなたは狙撃手に狙われている。私のいうとおりに行動しないと死ぬ」と携帯電話で告げられた女。背後にあるのはブラッグの内紛。社長派と反社長派の対立がエスカレートして、ついに「何の理由もなくランダムに選ばれたターゲットを殺す」vs「それを阻止する」という派閥抗争に巻き込まれたのだ。えらい迷惑。とはいえ彼女の命をコマにしたプロの殺し屋同士のガチバトルは勝手に進んでゆくのだった。


『kill 7 反社長派全員処刑』
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 理想に燃える者たちが新天地を作る。いいことだ。しかしこのブラッグ社にしても、最初はそういう理想のために作られたのではなかったか。殺人衝動をおさえられない、この世では受け入れられない者たちの居場所を作るという大目的のために。
 それがいつしか腐敗し、社内は派閥争いと粛清に明け暮れるだけの、日本中どこででも見られる、ありふれた不毛な場になりさがってしまった。
――――
Kindle版No.2047

 どんどんエスカレートするブラッグ社内の派閥抗争。何しろ社員全員が殺しのエキスパートなので、ばんばん人死に。ついに社長ご決断、反社長派は皆殺しにしましょう。いやー、すべての社長の夢ですな。


『kill 8 虐殺慰安旅行』
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かすかに聞こえてくるのは──何十人もの悲鳴と絶叫、そして断末魔だった。ホテルに宿泊している百人のブラッグ社社員たちが、廊下や各部屋で殺し合っているのだ。
 正確には殺し合いではなく、一方的な虐殺だ。社長派の五十人が、かつての反社長派を殺して回っている。
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Kindle版No.2308

 ついに決行される殲滅作戦。阿鼻叫喚の慰安旅行。困ったのはブラッグに潜入している公安の覆面捜査官、どうすりゃいいの。そして大虐殺が終わったとき、ブラッグの秘密がついに明かされるのだった……。



タグ:両角長彦
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『羽虫群』(虫武一俊) [読書(小説・詩)]


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へろへろと焼きそばを食う地下二階男五人の二十三時に
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職歴に空白はあり空白を縮めて書けばいなくなるひと
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三十歳職歴なしと告げたとき面接官のはるかな吐息
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もうおれはこのひざを手に入れたから猫よあそこの日だまりはやる
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行き止まるたびになにかが咲いていてだんだん楽しくなるいきどまり
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 誰からも必要とされてない自分、誰ともうまく付き合えない自分。若いころの鬱屈とひねくれと寂しさ。社会に出て働くうちに、次第にそれらをやわらかく受け止められるようになってゆく様が共感を呼ぶ社会性歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2016年6月、Kindle版配信は2016年7月です。


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へろへろと焼きそばを食う地下二階男五人の二十三時に
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異性はおろか人に不慣れなおれのため開かれる指相撲大会
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いま高くはじいたコインのことをもう忘れてとびっきりのサムアップ
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 あ、こいつ駄目なやつ、いきなり判明。若い男は、自分が「他人からちやほやされない、それどころか関心すら持たれない」という事実に、うじうじ悩んで、そして悩んでいることを恥じている、そうに違いない(偏見)。


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なんとしてもこの世にとどまろうとしてつぱつぱ喘いでいる蛍光灯
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職歴に空白はあり空白を縮めて書けばいなくなるひと
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胸を張って出来ると言えることもなくシャツに缶コーヒーまたこぼす
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のど飴をのどがきれいなのに舐めて二十代最後の二月を終える
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 恋人はおらず、たぶん童貞。そのことでまたくよくよしたり。


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思いきってあなたの夢に出たけれどそこでもななめ向かいにすわる
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ラブホテルの名前が雑で内装はこのまま知らず死ぬことだろう
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唯一の男らしさが浴室の排水口を詰まらせている
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相聞歌からほど遠い人里のわけのわからん踊りを見ろよ
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 気持ちは分かる。けど、わざわざ歌に詠むというのは、ちょっと、キモいような気も。とはいえ、そろそろ仕事を見つけなければと焦りつつ、どうやったら就職できるのか分からない。焦燥感、期待と落胆。


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三十歳職歴なしと告げたとき面接官のはるかな吐息
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たぶんこの数分だけの関係で終わるのにおれの長所とか訊くな
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関西にドクターペッパーがないということを話して終わる面接
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なで肩がこっちを責めていかり肩が空ろに笑う面接だった
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 やがて職を見つけて社会人に。


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この先はお金の話しかないと気づいて口を急いでなめる
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さくらでんぶのでんぶは尻じゃないということを覚えて初日が終わる
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敵国の王子のようにほほ笑んで歓迎会をやり過ごす
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 仕事は決して楽じゃない、つらい。でもそれなりにがんばる。


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終業はだれにでも来てあかぎれはおれだけにあるインク工場
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吐きそうが口癖になる 吐きそうが同僚たちに広がっていく
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呼べば応えてくれる仕組みを当然と思うなよ頬に照る街明かり
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もう堪えきれなくなって駆け込んだ電車のつり革の赤いこと
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 仕事にも慣れてきて、つらさや、寂しさも、受け入れられるようになってゆく。ああ、成長したなあ、と。


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水を飲むことが憩いになっていて仕事は旅のひとつと思う
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二十一の小娘に頭を下げて謝りかたを教えてもらう
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あかぎれにアロンアルファを塗っている 国道だけが明るい町だ
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 やがて、色々あって、色々と大人になってゆくわけです。


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目の前に黒揚羽舞う朝がありあなたのなにを知ってるだろう
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もうおれはこのひざを手に入れたから猫よあそこの日だまりはやる
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生命を宿すあなたの手を引いて左京区百万遍交差点
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行き止まるたびになにかが咲いていてだんだん楽しくなるいきどまり
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 というような若人の成長を歌集から勝手に読み取るのは邪道で失礼かも知れませんが、どうにも他人事とは思えなくて、ついつい共感を込めて想像してしまいます。



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『伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ』(ヘンリー・カットナー、フリッツ・ライバー、フレデリック・ポール、他、伊藤典夫:翻訳) [読書(SF)]

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 本書は、そうした若き日の伊藤さんが〈S-Fマガジン〉のために選りすぐって訳した傑作中短篇から、時間・次元テーマを中心に精選したアンソロジーで、伊藤さんの輝かしき功績を顕彰する「伊藤典夫翻訳SF傑作選」の一巻として構想された。また、お気付きの方もいるだろうが、伊藤さん自身が厳選した『冷たい方程式』の続巻の性格も合わせ持つ。
――――
文庫版p.420


 親の理解をこえた存在へと成長してゆく子供たち、同じ一日を永遠に繰り返す街、世界全体の時間逆行、場所によって時間の流れが極端に異なる世界、露出度の高い美女vs緑色の巨大アメーバなど、40年代から60年代にかけて書かれ伊藤典夫さんが翻訳したSF短篇傑作選。文庫版(早川書房)出版は2016年11月、Kindle版配信は2017年3月です。


[収録作品]

『ボロゴーヴはミムジイ』(ルイス・パジェット)
『子どもの部屋』(レイモンド・F.ジョーンズ)
『虚影の街』(フレデリック・ポール)
『ハッピー・エンド』(ヘンリー・カットナー)
『若くならない男(フリッツ・ライバー)』
『旅人の憩い』(デイヴィッド・I.マッスン)
『思考の谺』(ジョン・ブラナー)


『ボロゴーヴはミムジイ』(ルイス・パジェット)
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 人間本位の見かたをすれば、パラダインのまちがいは、そのおもちゃを即座に捨ててしまわなかったことにあった。彼はその意味に気づかず、気づいたときには、状況はかなりのところまで進んでいた。
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文庫版p.30

 未来人がタイムマシンの実験でうっかり過去に送った知育玩具。それを拾った幼い兄妹は、遊んでいるうちに親の理解をこえた高次元認識力を持つ超人へと成長してゆく……。

 「子供が“大人には見えない友だち”に感化され、人間には入れない異世界へと連れ去られてしまう」というホラー作品によくあるプロットのSF版ですが、最後の最後にタイトルの意味が判明するあたりの仕掛けに感心させられます。著者はヘンリー・カットナーの別名義。


『子どもの部屋』(レイモンド・F.ジョーンズ)
――――
「これを、おまえはどう考える? 本筋のほかに象徴的な物語のあるのがわかるか?」
「うん。ぼくらが、普通の人とは違うといってるんだよ。この先を読めば、ほかの仲間がいるところへ行く方法がわかるんだ。そうじゃなかったら、読めないはずなんだ。パパが読めるとわかったときは嬉しかったよ。同じ仲間なんだもの」
――――
文庫版p.86

 たわいない子供向きの本に隠された情報に気づいた父親。特定の能力を持つ者だけが読み取れるその隠れメッセージによって、幼い息子は「仲間たち」からの連絡を受けとっていたのだ。やがて彼らから「人類の存亡をかけた戦いのために息子の力が必要」と告げられるのだが……。

 友だち少ないSF少年にとって「自分は選ばれた能力者で、いつか仲間に出会って大きな使命に目覚め、このつまらない世界から抜け出して活躍することになるんだ」というのは共通信念。それを親の視点から描いた作品で、『幼年期の終わり』(アーサー・C・クラーク)を連想させるところがあります。


『虚影の街』(フレデリック・ポール)
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「だろうとも。そして目を覚ましたときには、朝だった。きみは、おもしろいものを見せてやろうといいだした。そして、ぼくといっしょに外へ出ると、新聞を買ったんだ。日付は、六月十五日となっていた」
「六月十五日? だが、それは今日じゃないか! その、つまり――」
「そうだよ。いつも、今日なんだ!」
 呑みこむには時間がかかった。
――――
文庫版p.170

 たまたま地下室で眠り込んでしまい、翌朝目覚めた語り手は、今日も昨日と同じ日であることに気づく。この街の住人は、毎晩寝ている間に記憶を消去され、同じ六月十五日を毎日毎日くり返しているらしい。だが、誰が、何の目的で、こんな大掛かりな陰謀を進めているのか。

 いわゆる時間ループものですが、物理的な現象ではなく、人為的な記憶リセットによる社会的ループを扱っています。真相が分かったと思って油断していると、最後の最後にとんでもない設定が明かされ、堂々たる馬鹿SFであることが判明するという……。


『ハッピー・エンド』(ヘンリー・カットナー)
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 おれがほしいのは、と彼は思った。健康と名声と富だ。それが手にはいったら身を固め、気苦労も心配も忘れて、一生を幸福に暮らすんだ。ハッピー・エンドさ。
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文庫版p.222

 未来からやってきたロボット(猫型ではありません)から渡された「解決ボタン」。それは、何かトラブルに巻き込まれたときに押すと、未来人の心を読み取って解決策を知ることが出来るという便利なひみつ道具。しかしそのために、未来から送り込まれてきた刺客アンドロイドに追いかけ回されることに。

 冒頭に「語り手は大金を手に入れて一生を幸福に暮らしました」というハッピー・エンドを明示してしまうという大胆な構成。それじゃあサスペンスが台無しだろう、と思いつつ最後まで読んで、この仕掛けによって思考誘導されていたことに気づくという、読者をひっかける手口が冴えた作品。またもやヘンリー・カットナー。


『若くならない男(フリッツ・ライバー)』
――――
 わたしたちの人生はすべて忘却と収束から成っている。子どもが母親に吸いこまれるように、偉大な思想も天才の心にのみこまれてゆく。はじめ、それはいたるところにある。空気のようにわたしたちを包んでいる。つぎに、それは狭まりはじめる。知る人の数が減る。やがて、ひとりの大人物が現われ、それを自分の中にとりこみ、秘密にしてしまう。あとには、なにか価値あるものが失われたという、いらだたしい確信が残るだけ。
(中略)
 わたしたちのすることも、みなこれと同じだ。住まいは新しくなり、わたしたちはそれを解体し、材料を石切り場や鉱山に、森や畑にこっそりしまいこむ。衣服は新しくなり、わたしたちはそれを脱ぎ捨てる。わたしたち自身も若くなり、忘れ、盲いた目で母をさがし求める。
――――
文庫版p.244

 時間は巻き戻り、歴史は反転し、文明は次々と消えてゆく。人々は、墓から掘り起こされることで生まれ、どんどん若くなり、やがて赤ん坊に戻って母親に吸収されて一生を終える。だが、語り手だけは例外。若くならないまま、何千年も生き続け、文明の痕跡が消えてゆく歴史を目撃し続けるのだった。

 時間反転ものの嚆矢とされる短篇だそうで、ストレートな表現が素朴な感動を呼びます。個人的に、『旅人の憩い』(デイヴィッド・I・マッスン)の次に気に入った作品。


『旅人の憩い』(デイヴィッド・I・マッスン)
――――
〈敵〉を見たものはいない。〈戦争〉が、いつ、どのように始まったか知るものもない。情報や通信は、意味をなさないほど困難なのだ。〈境界〉附近とそのかなたで、〈時間〉がどうなっているのか、だれひとり知るものはない。
――――
文庫版p.280

 〈境界〉に近づくほど時間集束が激しくなり、離れれば時間の流れがゆるやかになる世界。〈境界〉をはさんで激しい戦争が続いており、銃後の土地で数十年も生活している間に、前線ではわずか数分しか時間が経過しないのだ。敵の総攻撃が迫るなか、突如退役させられた語り手は、時間傾斜を下って麓の町で民間人として暮らすことになったが……。

 「場所によって時間が流れる速度が極端に異なる世界」というSFアイデアを軸に、前線と銃後の意識乖離を重ねた作品。文章そのものの密度や緊迫感に差をつけることで時間集束の効果を表現してのけるなど非常にスタイリッシュ。ラストの風刺にも強烈なものがあり、本書収録作品中で個人的に最もお気に入り。


『思考の谺』(ジョン・ブラナー)
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 ほかに雑誌が一冊、首をかしげながら、彼女はそれをとりあげ、眉根を寄せてそのけばけばしい表紙を見つめた。SF雑誌だ。だから、目をさましたとき、不死鳥反応のことを思いだしたのだ――その現象の解説がなかにのっている。
 いったい、どうしてこんなものに金をつかったのだろう? 二シリングもの大金を!
――――
文庫版p.292

 スラム街の安アパートで記憶の混乱に苦しむ女。なぜか自分のものではないはずの記憶がフラッシュバックしてくるのだ。しかもその記憶は、どう考えても地球ではない惑星で人間ではない生物が体験したものとしか考えられない。なぜそんな記憶が自分の中にあるのか。理由が分からないまま、彼女は謎の追手から逃げることになるが……。

 露出度が高い美女と緑色の巨大アメーバが出てくる古めかしいパルプSFプロット、その伝統に忠実な中篇。パロディ? 風刺? いや本気です。



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『瀬戸際レモン』(蒼井杏) [読書(小説・詩)]


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この世からいちばん小さくなる形選んで眠る猫とわたくし
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めすばとが歩いて逃げるおすばとがふくらんで追う ねむたいベンチ
――――
てのひらにはしり書きするはるじおんとひめじょおんとを見分けて生きる
――――
ティッシューを二枚ずつひく腕時計の中のクォーツ見てみたかったな
――――
キッチンの換気扇がまだまわってる気がする気がする気がする
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 他人から見ればどうということもないささやかなドラマや決意を、ときに繰り返しのリズムに乗せて、あくまで生真面目に表明する、けなげな歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2016年6月、Kindle版配信は2016年7月です。


 まずは、猫を詠んだ短歌が素敵だと、個人的にそう思うのです。


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百までをとなえつつわたし猫になる なーに、なーさん、なーし、なーご
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この世からいちばん小さくなる形選んで眠る猫とわたくし
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ようやくにおわってゆきますひちゃひちゃとひらたいみずをのんでいる猫
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 「なーし、なーご」とか「この世からいちばん小さくなる形」とか「ひらたいみず」とか、猫みをおそう感覚が素晴らしいのです。そして、生活のなかでふと気づくどうでもいいような小さな小さなドラマを生真面目に詠むところも素敵。


――――
ティッシューを二枚ずつひく腕時計の中のクォーツ見てみたかったな
――――

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ガスコンロの正しい青がうつくしいわたしはなんてはなうたでしょう
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――――
めすばとが歩いて逃げるおすばとがふくらんで追う ねむたいベンチ
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寒気団のぶつかるところでお砂糖はおいくつですかとたずねています
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――――
透明なふたの十字にストローをさしてこおりをしずめつづけて
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 「腕時計の中のクォーツ見てみたかった」「わたしはなんてはなうた」「おすばとがふくらんで追う」といった、妙に実感と共感をいだかせる表現が好き。他にも、これまた他人からすればどうでもいい感じのささいな決意をあくまで生真面目に詠む作品も、そのけなげさが心に残ります。


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てのひらにはしり書きするはるじおんとひめじょおんとを見分けて生きる
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あるていどわりきらなくては。マヨネーズぬきでおねがいしますたこやき
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つかったあとも、この紙ケースにいれておく。そういう風にみずいろに生きる。
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 事情はよく分からないながらも、わたし生き方を変えるの、とか謎の思い詰めがうかがえます。意外に技巧にこだわるところもあって、例えばコンタクトレンズの「形」に見立てた次の作品とか。


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コンタクトレンズ)をこする)あのひとが)きらい)だとかもう)言えない)のです。
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 他には、言葉の繰り返しのリズムにすべてを賭けたような作品。


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それが夢だったのですねこでまりの白く白く白く白く白
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キッチンの換気扇がまだまわってる気がする気がする気がする
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むしのいい夢だったこと豆をむくひとつぶひとつぶひとつぶひとつぶ
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もりあがる指の血を吸うわたくしの鼓動がじゃまでじゃまでじゃまでじゃま
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 こんな感じで、どの作品からもどこかけなげに懸命に詠んでいるような気配が感じられて、とてもキュートな印象を受ける歌集です。



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『おばちゃんたちのいるところ』(松田青子) [読書(小説・詩)]


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「えっ、これ技なん!?」
「そうやで、うちの努力の成果や」
「おばちゃん、もうこれで十分すごいで」
「いやや、こんなん普通やん。なんもおもんない。あんたも、うちが来たとき、思ったやろ? なんもおもんないって。何普通に来とんねんって。うちはな、もっとおどろおどろしくて、あの人の心に一生の傷を残すような、そういう技がいいねん」
「えー」
――――
単行本p.21


「わたしたち、もののけになりましょう」
 ちゃんと仕事できるのに、してるのに、有能なのに、なぜか世の中仕切っている仕事できないおやじから、なめられ、軽んじられ、貶められ、踏みにじられている人々。彼らを助けるのは、有名どころから無名新人まで、様々な亡霊もののけ妖怪変化狐狸おばちゃん。理不尽と抑圧とミソジニーあふれる現代社会をいちぬけ、自分の技と能力を活かして元気いっぱい働くおばちゃんたちの痛快お仕事小説連作短篇集。単行本(中央公論新社)出版は2016年12月です。


――――
 クズハにはいつも近道が見える。だから、先が見えた。自分がいくらがんばったところで、どこかで必ず道を阻まれる。歴史が、社会の状況が、様々な数字が、それを証明している。教科書とにらめっこしている間は、近道は近道のままだが、そこに外的な要因が加わったら、クズハにはどうしようもない。太刀打ちしようがない。太刀打ちしようがないということも、歴史が、社会の状況が、様々な数字が、証明済みだった。
――――
単行本p.110


 社会からドロップアウトした(ときには死んでしまった)有能な人材を集めては、虐げられている人々を密かに助けてくれる謎会社。そこで好き勝手に楽しく働いている社員たちの活躍を描く連作短篇集です。

 お菊、お岩、お七などの有名人から、シングルマザーを助ける子育て幽霊、おばちゃんになった座敷童、愛人への当てつけで首くくったおばちゃん、競争社会になじめないどこかぼんやりした若者、律儀にちゃんと仕事するおじさん(いるよ、もちろん)まで、様々な登場人物が、疲れた人々を支えてくれる、明るく痛快なお仕事小説集。日本死ね、から、日本もういい勝手にそこで死んでろこっちは好きに生きる仕事する、へ。言祝ぎパワーあふれる17篇。


[収録作品]

『みがきをかける』
『牡丹柄の灯籠』
『ひなちゃん』
『悋気しい』
『おばちゃんたちのいるところ』
『愛してた』
『クズハの一生』
『彼女ができること』
『燃えているのは心』
『私のスーパーパワー』
『最後のお迎え』
『「チーム・更科」』
『休戦日』
『楽しそう』
『エノキの一生』
『菊枝の青春』
『下りない』


『みがきをかける』
――――
 おばちゃんの言う通りだった。つるつるだったらなんだっていうんだ。なにも、なんにも変わらない、そんなんじゃ。ばかだ。ばかだ。ばかだ。なに勝手なこと言って。なにが、もう一人の子への気持ちが大きくなった、だ。どうやって測ってん。そんで私もなに、あっそうなんだ、仕方ないね、とか言ってんの。ちゃんと怒れよ。よく考えたらおかしいことばっかだったのに、我慢ばっかして、なんか、私、洗脳されてたんやろか。そいつにじゃなくて、もっとなんか大きなものに。
――――
単行本p.26、

 男にふられた「反省」で、女子力みがきに専念している女。そこに、愛人に捨てられ当てつけに首をくくったおばちゃんが、ごく普通にやってくる。あほかあんた、残された唯一の野生を捨ててどないすんねん、そこは清姫やろ。女に対する抑圧も、この世とあの世の境も、おばちゃんパワーでぶち破る短篇。


『牡丹柄の灯籠』
――――
目の前では露子と米子が引き続きわいわいやっている。灯籠を買っても地獄、買わなくても地獄だ。
 はは、と新三郎は気づけば笑っていた。心から笑ったのはずいぶん久しぶりな気がした。いざとなったら、ここまでやっていいんだな。いや駄目だけど、ここまでやっても良かったんだ。そう思ったら、思わぬことに目の奥が熱くなってきたので、新三郎は歯を食いしばった。
――――
単行本p.47

 理不尽なリストラにあっても、聞き分けよく、常識的に、大人の態度で、受け入れて泣き寝入りしている男。そこにやってきた営業の二人組が、目茶苦茶強引に牡丹灯籠を売りつけてくる。そのなりふりかまわさ、社会常識などてんで無視するやり方に、ついつい妙な感動を覚えて、気がつけば朝。とりあえず戸口にお札を貼ったけど、結界の効果があるかは疑問。何しろ常識が通用しない女たちだから。とても楽しそうに仕事してるから。


『おばちゃんたちのいるところ』
――――
 今の茂には、そのいろんなことがちゃんと心に迫ってこなかった。外に出れば、大通りに一列に植えられている桜の花が満開で、余計に世界の輪郭をぼやかしていた。あいまいなのが、はっきりしないのが、茂の心にとってはやさしい時期だった。新しい生活をはじめた友人たちと、茂はほとんど連絡を取り合っていなかった。彼らの言動から何かしたフレッシュさを、前向きさを感じるたびに、それが自分に突き刺さるような気がした。これからの自分へのダメージを最小限にしたかった。職場と家の往復で、日々はただただ過ぎていった。
――――
単行本p.93

 競争社会から脱落し、さらに母親が愛人に捨てられ当てつけに首をくくったこともあって、うつ状態に陥った青年。でも何の仕事をしているのかよく分からない謎会社で働くようになってから、少しずつ少しずつ、回復してゆく。絵本『かいじゅうたちのいるところ』を読んでいた少年が、『おばちゃんたちのいるところ』にたどり着くまでの物語。


『クズハの一生』
――――
 かわいそうに。
 横を歩いている暗い顔から脱皮しつつある青年に対して、クズハは同情の念を禁じ得ない。
 こんな世の中に放り出されて。
 クズハがOLをしていたときと、社会はだいぶ変化した。今では、男でさえ正社員になるのが難しいらしい。悪い意味で、平等になった。女が上がらず、男が下がってきた。かつては女にしか見えなかったはずの天井が、この青年にも見えていることがクズハにはわかった。
 ねえ、驚いている? 話と違うって思った? でもねえ、女たちは小さな頃からずっと、その天井が見えてたの。見えなかったことなんて一度もないの。でも、皆それでも生きてきたし、なんとかなるわよ。
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単行本p.120

 あまりに有能で頭が良いため、幼い頃から女の人生どの程度しか許されないのかはっきり見えてしまったクズハ。適当に就職して、男が安心して侮れる程度に無能に働いて、無難な男と結婚して、あるとき突然気づく。自分の正体はキツネだった、葛葉稲荷だった、これまでずっと人間に化けて暮らしていたのだ、と。謎会社でばりばり働いている茂の上司の過去をえがく短篇。


『楽しそう』
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 会社には生きている人間と死んでいる人間が同じくらいの割合で働いている。その中間の特殊な人たちも少しいる。(中略)
 会社にいて思うのは、俺のはじめの妻とかまさにそうだけど、死んだやつの方が元気だよな、ってことだ。生きている人間には、何かあると死ぬっていう大きな制限がある。死ぬ肉体を持っているって、ものすごく窮屈だ。そのうえ、社会なんてものもあるから、さらに窮屈で、俺、人間ってかわいそうだと心底思う。
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単行本p.191、192

 男だから男だからと甘やかされ、ろくに何もしないまま死んだ男、その最初の妻、後妻。何の因果か、三人は同じ謎会社に採用され謎仕事。でも生きてたときより、社会的常識とやらにとらわれてがんがん抑圧されていたときより、ずっと楽しい。俺だって、本当はちゃんと仕事したかったんだよ。



タグ:松田青子
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