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『猫の客』(平出隆) [読書(小説・詩)]

 澄んだ筆致で切々と書かれた猫との出会いと別れ。読後に深い余韻が残る素晴らしい猫小説です。単行本出版は2001年9月。

 世間がバブル景気に浮かれていたあの時代、作者をモデルにしているとおぼしき語り手とその妻は、広い庭のある屋敷の離れに借家住まいをしています。その庭にやってくる猫が、いつしか語り手の家に出入りするようになり、次第に心の交流が生まれてくるのです。近所の家で飼われている猫なので、抱いたり触ったりはしないで、ただ餌をやり寝床を用意して一緒に遊ぶだけ。

 まるで楽園にいるかのように感じられた猫との交流の日々ですが、やがて地価高騰のため相続税が払えなくなった家主のお婆さんは、庭と屋敷を売り払う決心をします。店子である語り手夫妻は出て行かなければなりません。当然、猫とも別れることになります。

 自分の猫ではない、よそのうちの飼い猫、あくまで「客」として訪ねてきてくれるだけの猫。バブル景気による地価高騰という、自分とも、猫とも、家主とも、何の関係もないものによって、何よりも大切になった「猫の客」に二度と会えなくなる。その無念さ。

 やがてやってくる悲しい結末に、読者は強く胸を打たれることになります。

 猫の描写、庭の描写が見事で、読んでいて五感が刺激される小説です。神秘的にも感じられる猫のたたずまい、どんなに心を許していても人間には決して触れることが出来ない崇高なものを秘めた自然としての猫を、ここまで鮮やかに表現してのけた小説は稀ではないでしょうか。

 そして、そういったかけがえのない大切なものを奪い、全てを無にしてしまうバブル景気という不条理。何もかも更地にならされ、ただ白い雪が降り積もってゆくだけというシーンからは、とてつもない喪失感、無常感が伝わってきます。「あの時代」の虚しさ、空疎さ、それを猫と対比して描き出すことも、本作のテーマの一つなのだろうと思います。

 ページをめくる毎に猫や自然の生き生きとした鮮烈な描写に胸踊らせ、読後に深い余韻にひたる。これは猫小説としても、あの時代をとらえた小説としても、出色の出来ばえです。もっと早く読めばよかった。

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