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『ビラヴド』(トニ・モリスン) [読書(小説・詩)]

 米国のノーベル文学賞作家トニ・モリスンの作品を、なるべく原著の発表順に読んでゆくシリーズ“トニ・モリスンを読む!”。今回は彼女の第五長篇を読んでみました。ピューリッツァー賞を受賞し、後に作者にノーベル文学賞をもたらした、彼女の代表作の一つです。

 原著の出版は1987年。集英社文庫版の出版は1998年12月、私が読んだハヤカワepi文庫版の出版は2009年12月です。

 これまで黒人コミュニティの物語と文化を内側から書いてきた作者ですが、本作ではついに奴隷制度が取り扱われます。あまりの非道、あまりの酷さゆえに、恥辱の歴史として米国が忘れ去ろうとしている奴隷制度の悲劇に、読者は正面から向き合うことを求められます。それなりの覚悟を持って読むべき物語です。

 主人公となるのはかつて逃亡奴隷だった女性。彼女は自分の子供である赤子を殺したせいで黒人コミュニティから孤立しています。死んだ赤子は騒霊となって主人公とその娘が住んでいる家にとりつき、二人を苦しめ続けています。そこに、かつての奴隷仲間である男性がやってきて、赤子の霊を追い払います。

 こうして過去を振り捨てて愛と家庭を取り戻すことが出来るかのように思えた三名ですが、やがてビラブド(愛されし者)と名乗る謎の若い女性がやってきて家に住み着きます。その名は、主人公が殺した後で手に入れた赤子の名前そのものでした。果たして彼女は赤子の霊が実体化した存在なのでしょうか。そして、主人公が全てをかけて愛した子供(ビラブド)を自らの手で殺さなければならなかったのはなぜなのでしょうか。

 ビラブドの正体が何であれ、彼女は過去の、奴隷として死んでいった人々の象徴として扱われます。彼女の存在に触発され、様々な登場人物たちの過去が次々と蘇ってきます。奴隷制度のもとで家畜同然に扱われ、家族も愛も自分自身でさえも全てを奪われた人生、その言語に絶する苦難と辛苦の物語が、一つまた一つと語られてゆきます。

 物語は時系列順に、直線的に語られることはありません。各人の体験は断片的にしか語られず、しかも断片は作品全体に渡って注意深くまき散らされています。読者は、その断片を拾い集め、足りない部分は想像力で補って、それぞれの物語を再構築してゆかねばなりません。

 このような巧みな叙述法により、読者は物語を受動的に受け流すことが許されず、自分なりに再構築した、というか主体的に参加した出来事として、この恐ろしい、悲惨な物語の数々に向き合わされることになります。

 暗く陰惨な作品ですが、最後の最後に待ち構えていた決定的な破局は、黒人コミュニティの力によって防がれます。コミュニティに助けられ、受け入れられ、そして癒しと再生への希望がかすかに見えたところで小説は幕を下ろします。過去を忘れるのではなく、それを受け入れ乗り越えてゆこうとする人々の苦難の物語は、読後に深い感動を呼び起こします。

 忘れることで救われようとした登場人物たちが、ビラブドのせいで蘇った過去にとりつかれ破滅に向かってゆく姿は、奴隷制度の時代をあえて忘れ去り、語るまいとしている米国の現状に重なります。本当に人種対立を克服するために必要なのは、過去を忘れ、語らないことなのでしょうか。それは結局、過去の亡霊を呼び覚まし、それにとりつかれ復讐されるという結果を招くだけではないでしょうか。

 本書は米国を舞台とした黒人の歴史を扱ったものですが、そのテーマは私たちにとっても他人事ではないと思います。忌まわしい過去の歴史を忘れ去りなかったことにすることで解決したことにする社会は、いずれは繰り返し蘇ってくる過去にとりつかれ復讐され続けることになるのでしょう。


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コメント 2

syun

「ビラヴド」取っ付きにくそうなのでどうしようかと迷ってたんですが、馬場さんのブログ読んで沸々と興味が湧いてきました。
『すべてを書かない』作家の凄さ・怖さってありますよね。

あと「青い目」の論評も聞いてみたいんですが・・・。記事検索でなかったので。
by syun (2010-12-31 00:20) 

馬場秀和

返事が遅れてすいません。
『ビラヴド』は確かに取っつきにくい小説ですが、きちんと読めば、読了後に激しいまでの充実感を味わうことが出来ますよ。

>記事検索でなかったので。

記事の最後についている「タグ:トニ・モリスン」を押してみて下さい。トニ・モリスン関連の日記がリストアップされます。

by 馬場秀和 (2011-01-02 23:05) 

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