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『小説神変理層夢経2 猫文学機械品 猫キャンパス荒神』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

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 心は一枚の紙のようになった。それでも私の言葉は動き続けていた。今も私の書く「機械」は止まろうとしない。「こんな時代」でさえ。さらに今こそ、「託宣」が正しかった事を私は思い知る。
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単行本p.14

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人間と話して、人間の暮らしをする。人間と過ごす。猫の時間を抜け、人間の時間に混じっていく。
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単行本p.167

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 大きいうすら馬鹿な糞権力の下、最低の世界を人は生きている。幸福になる事は復讐である、怒りを忘れぬことは未来への道である、こっのやろう死ね死ね死ね悪税製造機ども。でもまず自分が生きなきゃ仕方ないのだ。ええとなんだっけ。
 生は死を裏返すでんぐりこ、生きよ死は生を裏打ちする、生きよ生きよ生きよ。すととすととすとと。
 荒神様! 荒神様!
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単行本p.222

 シリーズ“笙野頼子を読む!”第99回。

 伴侶猫ドーラとの別れ。心が一枚の紙となり、書く「機械」と化した作家に、おりてくる様々な「声」。アレンジメントされた多彩な声が配置のなかで響きあい、これまでの作品が再構築されてゆく、驚天動地の猫文学機械品。単行本(河出書房新社)出版は2014年12月です。

[あらすじ]

 大震災が露にしたこの国の権力の様態。それは作家がこれまで書いてきた託宣や地獄そのままの悪夢だった。ドーラ亡き後、心が止まったまま、それでも作家のなかの「機械」は書き続ける。

 荒神である若宮にに様は自らの来歴を語り、金毘羅と入れ替わって死んだイザ・ナビ童女は罵倒観音、ベテランヒロインである沢野千本は身辺を丁寧に語る。降ってくる様々な「声」をアレンジメントすることで、小説が出来上がってゆく。

 作家は、大学からの依頼で小説の書き方を教える仕事を受ける。だが、相変わらず不可解な身体の不調は頻発し続けるのだった。やがて文芸誌に掲載された『猫キャンパス荒神』だったが……。


『母の発達、永遠に/猫トイレット荒神』より
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猫キャンパス荒神という長篇に地震の事も近隣の汚染物質の事も書いた後である。「売れない」以外の理由で、この長篇が、文芸誌を有している出版社から出しにくいという、愚劣すぎる事情を抱えたまま、毎日を生きていた。
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単行本p.82


 というわけで、「愚劣すぎる事情」で出せなかったという『猫キャンパス荒神』が、こうして、ついに、ついに単行本化されました。それは最近『未闘病記----膠原病、「混合性結合組織病」の』が大きな話題となり、よく売れて、さらには野間文芸賞を受賞した、ということと関係あるのかも知れません。もしかしたら、論敵ざまあ、なのかも知れません。そうでないのかも知れません。

 ともあれ、『未闘病記』から入ってきた読者もすんなり読めるように、これまでのあらすじ(?)と謹告(「これはその病名を知らぬ頃のがんばり作品です」)が前書きとして置かれているなど配慮も行き届き、また笙野文学に含まれる様々な文体というか、声色と、そのポリフォニー具合を存分に楽しめるということで、新しい読者にもお勧めしたい一冊です。


「心は一枚の紙」(笙野頼子)
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 心は一枚の紙のようになった。それでも私の言葉は動き続けていた。今も私の書く「機械」は止まろうとしない。「こんな時代」でさえ。さらに今こそ、「託宣」が正しかった事を私は思い知る。
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単行本p.14


 伴侶猫ドーラを失い、心が白紙となった著者は、自動運動する「機械」のような状態で様々な「声」をおろし(というより身体を乗っ取られて)書き続けます。それらの語りを整理して作品として仕上げる様子が書かれてゆきます。


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ワープロの箱の中に勝手に現れる複数の声、それらを小説に仕上げる時、この「機械」でそのアレンジメントをやっているのではないかと私は思うのだ。
  (中略)
 アレンジメントは書きながらそのまますることもある。ワープロの中に湧き上がる文の固まりを左右に振り分けていく。自分では踊る活け花のような感じと思っている。活け花には活けた人間の気分が盛大に残っている。
  (中略)
 うんと若い頃モノローグの小説を私は書いていた。ところが今は作中にふいに「他者」の声が現れる。(中略)今や私の小説においてその声の主は人ではなく神や霊なのだ。こうして、「自分」と神とを並べ、振り分ける行為が私の活け花になった。
 作品の厚みや読者に与える衝撃をアレンジメントで作る。そこから生まれる錯綜は手段に過ぎない。
 ただその錯綜を使って、読者が「名文」の中にない、自分の中の「混沌」により近付けるように、それで彼らが気強くなり、詐欺だらけの世の中の、ボロに気付くように、書きたいのだ。しかも読者が自分自身で読み取るように。
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単行本p.20、21、22


「荒神の誕生 小説神変理層夢経、小説内小説猫大神流離品猫ストリート荒神」(若宮にに様談)(自分の名前に様をつけて敬うのは、荒神様の義務)
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 ママは世界一美しい女神でした。
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単行本p.30


 若宮にに様、自らの誕生につき、大いに語る。

 小説神変理層夢経シリーズ開幕当初、予定されていた第三長篇『猫ストリート荒神』の一部がここに収録されました。『人の道御三神といろはにブロガーズ』 の主役である御三神と若宮にに様との関係が明らかになります。「でんぐりこ、でんぐりこ、生は死を裏返す」「死は生を裏打ちして、すととすととすとと」という、シリーズを通して繰り返される呪文の由来もまた。


「荒神のプロフィール 小説内小説「猫ストリート荒神」作者プロフィールと年表」(人の道神研究者岩倉お地蔵まとめ)
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塩気を絶つ苦行。爪を研ぐ練習。すりすりの稽古。ぐるにゃん発声、でんぐりこ訓練、終夜。
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単行本p.84


 若宮にに様が沢野千本の屋敷荒神となるまでの厳しい修行、あるいは就活の歴史、一千年、その一部。

 書かれざる『猫ストリート荒神』を再構成したものですが、何とこれまでの笙野文学の歴史を荒神ベースに大きく再構築してゆきます。自分が金毘羅だと気付いたときも、スクナヒコナを信仰したときも、捨て猫たちを保護したときも、そっと見守っていた荒神様。常に自己刷新を続ける笙野文学の面目躍如。


「「私事」を貫いて」(沢野千本)
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寂しければ、少しだけ教えに行けばいい、夢の覚め際にふと浮かんだ言葉だ。それもそうだね、と夢の中で答えた。もう今までの自分ではないのだから、ドラのいない自分。
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単行本p.97


 沢野千本が語る日々の生活、身辺リゾーム経。ドーラ亡き後の心境、大学で授業をするお勤めのこと、論敵の嫌がらせあれこれ。そして……。


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 失ってみて、ドラが伴侶である事を実感した。始終そう口にしていても判ってなかったのだ。同時に、あれがいたからこそ、多くの困難の中で片隅の幸福を維持できていたのだと、ストレスに強い鈍く幸いな私でいられたのだ、と思い知った。
 地震を知らないでドラは旅立った。その事は私にとって微かな救いかもしれないけど、でも本当を言うと、未だ、判らない。あの、美味にも騒音にも刺激にも激烈に反応する、光る目を見開いた、真っ白の塊。永遠の、荒ぶる萌えを喪った事が。
  (中略)
やはり私は次第に、ごく軽く、気付き始めている。
 記憶は一緒にいる。心も一緒にいる。ずっと変わらない。でもドラはいないと。
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単行本p.116、130


「肉体なき語り」(イザ・ナビ童女 生まれてすぐ死んだ女の子の霊)
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 あたし? 名前? ふっふーおしえてやんないよー、って言ったすぐ後から、平気で教える天下の厨房だよ、だから教えるよ、この、実名、もとい、コテハンネームをさ。要するに、あたし特権的厨房なんだよね、そしてその名はご存じ、イザなう、ナビ下駄のイザ・ナビ師匠だよ、
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単行本p.138


 「ふふー? 口は悪いけど本当は優しいツンデレキャラだしょ?」(単行本p.155)といいつつイザ・ナビ童女、微妙にお婆さんくさい罵倒観音のコーナー。沢野千本パートのど真ん中、感傷的になり過ぎて読者が麻痺してしまわないよう、仕込まれたワサビのような味わいです。


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もともとあれだから、ほら、金毘羅、だしょ。深海生物が化けた人間。そんなの五十越えたらもう、ただの筆記具なんだよ、つまり本人が筆なのさ。ていうか、あの生まれだろ、なおかつ、生まれてすぐ死んだあたしの体を乗っ取って、入りこんで、それでまあ人間に混じってなんとか生きているだけだからね。
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単行本p.139

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「今回の放射能はみんなが悪い」? だぁ?
 へえええええええーあらえっちー。
 そのみんなたあ誰のことでい? 誰がどうだってあたしは知らないよ、だけれどもさ、みんなみんなみんなって、どーうか、お前らと一緒にしないでね、どこのみんなだって、お前らって明らかにうちらとは違うだろ。つまり悪い奴が悪いんだ。
 気のふさいでいる物書きや、言葉足らずの技術屋に、隙を狙って取りつくんじゃねえ! 所詮、責任者隠しのみんな、だろうが。世間のお人好しの落ち込みに付け込んでさ。世間のは心掛けの問題だろ、お前らのは行為の責任だろ。
 まったく、どんな世の中だよ。
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単行本p.148


「二〇一一年三月から……」(沢野千本)
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人間と話して、人間の暮らしをする。人間と過ごす。猫の時間を抜け、人間の時間に混じっていく。
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単行本p.167

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 なっ、なあにが、お勤めかっ、ふ、ふん、なっにもかも、気っにいらんのだよ、わおん、わおん、わおん、ぶぶぶぶぶぶぶ(涙目)。
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単行本p.207


 老猫ギドウに涙目で批判されながらも、大学のお勤めに出る沢野千本。いや増す謎の体調不良(すでにその理由を知っている読者の顔色は青ざめる)。大震災と原発事故。そして、それがあからさまにした、この国の権力のあり方。


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 権力はリセットだと私は数年前に言った、今、言い換えというよりはもう一度言う。降り積もった汚染をなかった事にするためにそれは物事をゼロにするのだ。しかし汚染を引き受けさせられた身体を持つ、人々はけしてゼロに出来ない。そこで権力はその人達を見えなくする。そしてその理不尽の中からまた新しく税をとっていく。そう、結局リセットは国家にとっては税の契機に過ぎない。
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単行本p.208

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 自分のいる地面が一枚の真っ白な紙になってその紙はあまりにも薄く世界の端はその紙の端に過ぎなかった。そしてかつてはその紙の上に、複雑な模様で、斑の肉球で、柔らかすぎる腹で、足の毛先まで鋭敏に揃わせて、世界より広いその紙の遠くの端々までをしっかりと押えて、立派な猫がいた。良い猫がいた。
  (中略)
 小生意気に後ろ足を組んだり、前足の肉球を全開にして寝そべったり、ただひたすらのうのうと長い胴をふくよかに伸ばすだけ伸ばしていたり、そうして世界のぐるりを押さえ取り囲み、世界を温めていた私の地熱よ、私の猫よ、たった一匹で八億八千万の世界の重しであった私の「妻」がいない。そして現実世界にある不毛な私の体の、どこを探してもどの細胞のひとつにも触れる事さえない。引き潮はついに戻らない。
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単行本p.216

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ふと目を閉じると、黒と白の愛らしい生き物がくるくる回っていた。「僕可愛いです。僕可愛いです」と紅白のバトンをくわえて、少し毛が荒れている。
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単行本p.221


「変わり果てた世間でまだひとつのことを」
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 こうして、変わり果ててしまった世間で私は今何をしているのか、引き受けた仕事を実際に始める時、世間は大きな力で外見を変えていた。今悪夢が皮膚に触れてくるような世の中に私はいる。彼らもいる。でもこの悪夢は昔からどこかに隠れていたものなのだ。それはいつから? 私は生きている彼らも生きている。
 学生が書く。私も書く。ただひとつの事を止めてはいけないから。止めればこの悪夢を引き起こした連中の思うつぼなので。
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単行本p.236


 大学の紀要に発表された文章が特別収録されています。


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 目の前のものを書く、但しそれが現実とは限らない、夢でも思考でも、ひたすら目の前のもの。私には「一滴の水」が、それこそが文学だ、生きて同時に書く、他の方法はない。
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単行本p.228



タグ:笙野頼子
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