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『蒲公英王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ』(ケン・リュウ、古沢嘉通:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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《蒲公英王朝記》は政治の話です。男や女が権力によって腐敗し、取り憑かれ、それでもなお正しいことをしようとする話です。(中略)これは成長物語でも、英雄の凱旋譚でも町の破壊の話でもありません。まったく異なる種類の話です。
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ケン・リュウ・インタビュウ「“シルクパンク”を描く」より
SFマガジン2016年8月号p.234、235


 群島を舞台に繰り広げられる「項羽と劉邦」。中国古代の楚漢戦争を下敷きに、竹と絹ベースの架空テクノロジーや癖の強い神々などを加え、生まれ変わったエピックファンタジー。堂々の開幕篇。単行本(早川書房)出版は2016年4月、Kindle版配信は2016年4月です。


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ぼくは、漢王朝の建国の物語、まさに東アジアの建国神話の一つを選びました。『楚漢戦争』というのですが、それは西洋にとって『イリアス』や『オデュッセイア』が建国神話であるように建国神話なのです。ぼくは、その話を選び、エピック・ファンタジイだったらどうなるだろうと想像し、そうして《蒲公英王朝記》の世界ができました。
(中略)
このような話は、多くの東アジアの文化にとって非常に深く浸透した原型的物語なのですが、西洋ファンタジイではあまり深く描かれたことがありません。多くのエピック・ファンタジイは、トールキンの影のもとで書かれており、そのトールキンもアングロ・サクソンの詩人の影のもとで作品をつくりました。(中略)こういう話には、ある種の方法で英雄の冒険を語ろうと心を砕いているところはありますが、二人の友人という観念(逆境にあるときは良い友であるのに、運が向いてきたとたん敵になってしまう)に焦点を当てる傾向はありません。ですが、東アジアの物語にはよくあるテーマなのです。
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ケン・リュウ・インタビュウ「“シルクパンク”を描く」より
SFマガジン2016年8月号p.231、232


 「項羽と劉邦」としてお馴染みの物語が、架空の群島世界を舞台にして語り直されます。人物造形の基本はそのままに、中原を群島に囲まれた大島に置き換え、櫂で漕ぐことで推進する飛行船など竹や絹をベースにした架空テクノロジー、マルチプレーヤーゲームに興じているような人間くさい神々、人類に匹敵する知能を持つ巨大海洋生物などの要素を加え、「項羽と劉邦」を知らない読者をも魅了するエピック・ファンタジイ小説になっています。


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中国の口承文学に由来するテクニックをたくさん使っています。そういう話を聞いて育ったので、とてもなじみがあるのです。キャラクターを紹介する方法は、明朝の小説を真似ています。キャラクター作りのテクニックは武侠小説から取っています。同時に比較もしたかったですし、読者にほかの叙事詩の伝統の気配も感じてほしかった。なので『イリアス』や「オデュッセイア』『失楽園』から借りた文彩や語りのテクニックもあります。たとえばアングロ・サクソン式のケニングや、口承叙事詩のような列記もあります。叙事詩の技法と伝統の練りに練った融合です。読者には知っているようで知らないという二つの感覚を同時に味わってもらえればと思います。
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ケン・リュウ・インタビュウ「“シルクパンク”を描く」より
SFマガジン2016年8月号p.234、235


 その最初の巻では、主役となる二人が出会い意気投合し、肩を並べて強大な帝国に対する叛乱軍を率いて戦うことになるまでが描かれます。

 項羽に相当する登場人物は、マタ・ジンドゥ。名家の出身で、シンボルは「菊」。


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この幼い男子は、ジンドゥ一族が何世代もかかって築いてきた気高い木の先端に咲いた、最後にしてもっとも聡明な菊の花なのだ。(中略)マタ・ジンドゥは、透明さと秩序を取り戻すのがおのれの運命だと信じていた。歴史の重みがあらゆるものを本来の場所に戻すのと同様に、必ず。
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Kindle版No.430、526


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わが芳しき香りが空を貫く。
明るい黄色の鎧がすべての目を囲む。
尊大な誇りをもって、一万の剣が振り回される。
諸王の誉れを守り、罪を浄めるために。
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Kindle版No.4121


 劉邦に相当する登場人物は、クニ・ガル。平民の出身で、シンボルは「蒲公英」。


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この若者はやかましく、ひどく下品な冗談を言いふらし、あらゆることに一家言があるふりを装っていた――恥を知らず、客をまわりに集めて、緊張をほぐし、楽しませることができた。いわば俗悪な吟遊詩人、法螺話の名手、即興の博奕場の舵取り役をひとつにしたような男だった。
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Kindle版No.598


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「この花は打ち負かすことができない――庭師が芝生から蒲公英を一掃して勝ったと思っても、雨が黄色い小さな花を連れ戻す。(中略)だけど、いちばん素敵なのは、土に生きる花でありながら、空を夢見ているところだ。蒲公英の種が風に運ばれるとき、その種はどんな入念な世話をされた薔薇や鬱金草や万寿菊よりも遠くへいき、より多くのものを目にするんだ」
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Kindle版No.4104、4108


 秩序と名誉を重んじ、世の乱れをただそうとする覇王マタ。常に面白いことを求め、どんな相手とも友達になれるトリックスターのクニ。どう考えても性格的に合わない二人が手を結び、帝国に立ち向かう叛乱軍のリーダーとして立ち上がります。二人は互いを気に入り、兄弟と呼び合っていますが、まあ何と申しましょうか、先は知れています。


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「貧しくて、かつかつの暮らしを送っているときは、兄弟のように親しい友人になるのは簡単だが、事態が良くなってくると、はるかに難しくなる」
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Kindle版No.2805


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「創造というものは、敵になる運命のものを友達にするのが好きみたいね」
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Kindle版No.936


 彼らを導くべき神々も、互いに足を引っ張り、いがみ合うことに忙しくて、色々と困ったことに。


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「われらが死すべき者たちを導いているのか、あるいは死すべき者たちがわれらを導いているのか、どちらなのでしょう」
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Kindle版No.1220


 この先どう展開するのかまったく予想がつかず(というのは建前で、もちろん私たちはよく知っているわけですが)、今後の巻が楽しみです。余談ですが、本書刊行と同時期に銀英伝の英訳版出版をスタートさせたハイカソルはかなりお気の毒なことになったなあと、個人的にはそう思います。



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