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『スペース金融道』(宮内悠介) [読書(SF)]

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(もう、こんな取り立ては勘弁してください)
(馬鹿言え。宇宙だろうと深海だろうと、核融合炉内だろうと零下190度の惑星だろうと取り立てる。それがうちのモットーだ)
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単行本p.9


 宇宙だろうと深海だろうと、核融合炉内だろうと零下190度の惑星だろうと、そこに債務者がいる限りどんなえげつない手を使ってでも返済させる。それが新星金融の取立て屋コンビの仕事だ。ただ問題なのは、情け容赦ない取り立てを企むのは上司のユーセフで、損を引くのはいつもぼくだということ。金融工学の暴走が巻き起こす騒動をコミカルに描いたユーモアSF連作短篇集。単行本(河出書房新社)出版は2016年8月、Kindle版配信は2016年9月です。


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(企業理念)
(はい。わたしたち新星金融は、多様なサービスを通じて人と経済をつなぎ、豊かな明るい未来の実現を目指します。期日を守ってニコニコ返済――)
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単行本p.8


 『アメリカ最後の実験』『彼女がエスパーだったころ』など様々な趣向の著書を矢継ぎ早に出して話題を集めている著者の最新作は、『ナニワ金融道』みたいな借金取り立てもの。「バクテリアだろうとエイリアンだろうと、返済さえしてくれるなら融資をする。そのかわり高い利子をいただきます」(単行本p.13)という街金に雇われた取り立て屋コンビが、様々なトラブルに巻き込まれるユーモアSF連作です。

 情け容赦ないもののどこか憎めない上司ユーセフ(イスラム教徒)、その部下にして優秀なプログラマー(元システム管理者)の「ぼく」、この二人が組んでばたばたするバディもの。ユーセフの大胆にしてえげつない取り立てによって、面倒を押しつけられたり、損を引かされたり、命の危険にさらされたりする「ぼく」が、頑張った挙げ句さらにひどい目に会う、というのが毎回のお約束。

 全体的に雰囲気はコミカルで、あちこちにギークなネタが散りばめられていて笑えますが、展開に必ず「通貨や金融というものが極度に抽象化・仮想化され物理現実から遊離したことで引き起こされる暴走」という興味深いプロットが含まれているのが印象的。現実に起きている様々な経済問題が、馬鹿SFの手法でもって、鋭く、知的に、風刺されます。


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 シリーズの途中で、コンピュータによる取引戦争、ビットコイン、そしてディープラーニングと、次々に現実が追いついてくるのは、恐ろしくも刺激的な作業でありました。
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単行本p.289


 全体は五つの短編から構成されています。


『スペース金融道』
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「秒あたりの取引回数が無尽蔵に増えた場合――価格の変動が限りなく光速に近づいたとき、量子金融工学はアインシュタインの相対性理論の影響を受ける」
 そして、とユーセフはつづける。
「それは起こった。おれたちの予測をはるかに上回る取引が発生した。さて、相対論の影響を受けるとは、何を意味するのか。ブラックホール解が出現する。金融商品の群れがシュヴァルツシルト半径を割りこむと、計算上、光すら抜け出せない地点が発生する」
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単行本p.50

 次々と正体を変えて逃げ続けるアンドロイド債務者。新星金融の取り立て屋コンビは大胆な取り立て作戦に打って出るが、その先に見つけたのは、十年前に起きた量子金融工学の暴走による経済破綻の真相だった。


『スペース地獄篇』
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「まあいい」ユーセフは立ち上がる。「どのみちおれたちの仕事は一つ。――取り立てだ」
 こうなると誰にも止められない。ぼくはユーセフとニュース映像を交互に見比べた。
「クライアントは仮想空間の住人ですよ」
「忘れたか」ユーセフは冷ややかに笑った。「宇宙だろうと深海だろうと、核融合炉内だろうと零下190度の惑星だろうと取り立てる。それがうちのモットーだ」
「相手は際限なく自己複製します」
「口座は一つだ」
「下手に刺激すると、いまこの場所に爆弾が落ちてきませんか」
「おれの部屋じゃない」
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単行本p.76

 仮想空間にいる人工生命から借金を取り立てろ。新星金融の取り立て屋コンビの追い込みに対して、彼らはネットワークを乗っ取り、惑星規模の大規模サイバー攻撃を仕掛けてきた。近づく世界の崩壊。だが、そんなことで引いたらナメられる。街金はナメられたら終わりだ。地獄の底まで取り立てる。いや、言葉の綾じゃなく。


『スペース蜃気楼』
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「現実の為替市場は、取引をギャンブルと考える投機家にとって必ずしも快適ではない。通常、通貨の背景には国家による信用がある。だからこそ市場介入があるし、そして為替レートの裏には生身の生活がある。インフレやデフレの幅は、実世界の市場に依存する」
 ところが、とユーセフはつづける。
「ペソを発行したのは無一文者ときた。背景にあるのは国家どころか、たった三人分の飲み食いや睡眠だ。そして無一文者だから、取引を客同士にまかせるしかない。無一文者だから、市場に介入することもできない。極論するなら――信用のない貨幣こそが、投機家にとっては理想的な貨幣なんだ」
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単行本p.140

 ひょんなことからカジノ宇宙船に捕らわれた新星金融の取り立て屋コンビ。脱出するためにはシャトルの船賃が必要だが、何せ手元にお金がない。仕方なく臓器(もちろん「ぼく」の)をかたに借金をして博打を始めるが、潤沢な資金を持つ相手に対して勝ち目なし。万事休すか。いや、方法はある。ないものは作ればいいのだ。
 通貨や為替というものの虚構性をついた大胆な作戦、はたしてうまくゆくだろうか。


『スペース珊瑚礁』
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「株を買うというのは、本質的に奇妙な行為なんだ。たとえば、投機目的で絵を買うとしよう。絵は値段が下がることがあっても、少なくとも煙のように消えたりはしない。だが、あらゆる企業はいずれは倒産する。長い目で見れば、株の将来的な価値はゼロだ」
 そうすると、とユーセフは先をつづける。
「株価はいずれゼロになるという事実が、投機を妨げているという見かたができる。株式は企業の思惑を超えて売買されているのに、その企業が現実にそこにあるかないかごときによって左右される。売り買いをする側からすれば、自由ではないんだ」
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単行本p.217

 新星金融の取り立て屋コンビが向かったのは風光明媚な珊瑚礁。そこは脱税目的で自動生成されるペーパーカンパニーが大量に集まるタックスヘイヴンだった。物理現実とは何の関係もなく帳簿上は莫大な資金が蓄えられているこの場所で、テロ事件が発生。さらに無限に自己増殖するナノマシンがグレイグーな暴走を起こす。次から次へと降りかかるトラブルと災難。「ぼく」の明日はどっちだ。


『スペース決算期』
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「そこでだ。いま、わたしはモデルの精微化を考えている。貨幣そのものを、確率的な存在にするのだ。貨幣の量子論は、貨幣場の励起によって説明される。貨幣子はナノスケールでは粒子のように振る舞うが、波としては貨幣波となる」
 気の進まない様子だったユーセフが、ぴくりと眉を動かした。
「貨幣のありようそれ自体に手を加えるということか」
「然りだ」
「それで、おれにどうしろと?」
「モデル化に、きみの量子金融工学が必要になる。きみとて、闇金をつづける気は……」
 なぜだろう。
 不意に、憎たらしいこの男が遠くへいくように感じられた。
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単行本p.281

 債務者が連続殺人鬼に消された。謎の殺人者を追う新星金融の取り立て屋コンビだが、気がつくと「ぼく」は差別と排外主義を掲げる極右政党の党首に祭り上げられていたのだった。ネットに絶え間なく書き込まれる罵倒や煽り。だが意外なことに、スキャンダルが報道されるたびに上昇する支持率。トランプ旋風ふたたび。一方、ユーセフには大物政治家から声がかかる。街金の取り立て屋などやめて、金融工学の第一人者として新しい経済体制の創造に協力してほしい、と。政治に引き裂かれた(笑)二人は、ついにコンビ解消か?
 最終話。万物金融理論の夢、相対論通貨と量子通貨の統合は可能だろうか。



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