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『夢みる葦笛』(上田早夕里) [読書(SF)]


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「私はその先を見てみたい。テクノロジーが人間を変える未来を。人間は道具を使うことで自分を拡張する。道具は人間の身体の一部なの。だとすれば、こうも言えるわよね。テクノロジーそのものも、人間の身体の一部なのだと」
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単行本p.234


 人間性はどこまで拡張できるのか、何を失えば人は人でなくなるのか。バイオホラーから宇宙探査まで、様々な環境やテクノロジーが人間性に与えるインパクトを探求する10篇を収録した短篇集。単行本(光文社)出版は2016年9月です。

 スケールの大きなハードSFからホラー、ファンタジーまで幅広いジャンルで活躍しながら、常に「人間とは何か」を問い続けている作家の最新短篇集。ホラーアンソロジー『異形コレクション』に書き下ろされた作品から、SFアンソロジー『SF宝石』に書き下ろされた作品まで、2009年から2015年に発表された粒揃いの10篇が集められています。

 科学やテクノロジーの最新情報を駆使しながら、人間の心に焦点を当てる作品が多く、ポストヒューマンSFに馴染みの薄い読者にもお勧めです。「オーシャンクロニクル・シリーズ」と共通の背景世界を舞台とした作品も含まれていますが、内容的に独立しており、他のシリーズ作品を読んでなくても問題ありません。


[収録作品]

『夢みる葦笛』
『眼神』
『完全なる脳髄』
『石繭』
『氷波』
『滑車の地』
『プテロス』
『楽園(パラディスス)』
『上海フランス租界祁斉路三二〇号』
『アステロイド・ツリーの彼方へ』


『夢みる葦笛』
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「私は争いや憎しみのない世界を見てみたい。いつまでも――とは言わない。一瞬の夢でいい。見てみたい」
「そんな世界はどこにもない。この先も現れない。世界はいつだって悪い冗談で満ちている。でも、だからって、そこに生きる価値がないわけじゃない」
「……昔、人間は一本の葦であると言った哲学者がいた。だったら人間は、一本の優れた葦笛にもなれるはずだと思わない?」
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単行本p.29

 街中にあふれる奇怪な異形生物。その「歌」は人々の心から憎しみを取り除き、癒してくれるのだった。それは、平和で穏やかなユートピアへの道なのか、それとも人間性の破壊なのか。人間の心に対する直接介入をめぐる葛藤を描くホラー短編。


『眼神』
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 呪術に必要なものは手順です。決められた通りの順番で、決められた物事を進めること。論理の筋道を通すことで、世界の形を変化させるのです。
 憑きものとは何か、浄化とは何かと、意味を突き詰める必要はありません。教えられた通りに手順を守れば、世界の有り様が、ドミノを倒すように連鎖的に姿を変えていく。
 それが呪術なのだと、修行の中で教えられたのでした。
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単行本p.56

 神の依代として選ばれた幼なじみを救うために、憑きもの落としの呪術を学ぶ語り手。だが、この世界に介入してくる「神」とはいったい何なのか、それをアルゴリズムによって「祓う」ことは何を意味しているのか。土俗ホラーと神テーマSFを融合させた作品。


『完全なる脳髄』
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「状況次第では、それまで親しくつき合っていた同胞すら倫理を無視して殺せる――。これは人間が人間であることの大きな条件だ」
「私は、そんなことのために脳みそを集めていたんじゃないぞ」
「はっ! じゃあ、なんのために集めていたのさ。まさかと思うが、天使のように清らかな心を得るために脳みそを欲していたわけじゃないよな。いいか。人間になるということは、悪をその本質として受け入れるということだ」
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単行本p.92

 未発達の脳を機械で補助することで人間のように思考するシム。語り手は、本当の人間になるために、他人の脳を集めようとする。体内に埋め込んだ多数の脳を連携させ、その上で「精神」を制約なしに走らせる。それで人間になれるはずだった。しかし、それは同時に人間であることの原罪もすべて引き受けるということだった。古典的「フランケンシュタイン」テーマに最新の脳科学を投入した作品。


『石繭』
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 では、その他の石に収められていた記憶は何なのだろう。大勢の名もなき人々の記憶なのか。誰かが手放した過去の記憶、もしかしたら死者の記憶、死者の思い出――。いや、友人の夢は私の脳が作り出した勝手な虚構かもしれない。あの石は人間の脳内に勝手に物語を生成しているだけで、すべては虚構内での出来事であり、本当にあったことなど何ひとつないのかもしれない。
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単行本p.103

 仕事に、いや人生に疲れた男が手に入れた、不思議な色とりどりの石。その中には様々な「記憶」が封じ込められていた。男は記憶と現実の境が分からなくなってゆく。甘くも苦いファンタジー作品。


『氷波』
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 広瀬氏は、地球が自転する音に耳を傾け、太陽から噴き出すプロミネンスを間近で見てみたいと本気で願うような人物だった。《この世界は、人間の感覚器官や主観を通じて表現されたとき、ただの自然的・社会的現象から芸術作品へと変貌を遂げる――》これが彼の信条だった。
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単行本p.117

 土星の輪に生ずる巨大なうねり、その特大の「波」でサーフィンする感覚を味わいたい。外惑星領域で観測業務に従事しているAIたちに与えられた奇妙なミッション。そこには隠された目的があった。人工知能、主観的体験、芸術、それらの関係性を探求する宇宙SF。


『滑車の地』
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状況があまりよくないことは一瞬で見て取れた。もはや笑うしかないほどの無数の泥棲生物が、磁石に引きつけられる漆黒の流体のように昇ってくる。
 仲間の死骸を乗り越え、その血に染まりながら、泥棲生物は前進をやめなかった。冥海へ戻れば毒で死ぬだけだ。だから彼らは昇るしかない。上のどこかに生きる場所を探して。それは、本質的なところで、三村たちが飛行機を作った理由と同じだ。
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単行本p.169

 泥に覆われた惑星。人間は古代に立てられたという複数の塔に住み、塔から塔へと渡された炭素繊維ケーブルに滑車を取り付けて移動していた。だが泥に棲む凶暴な生物の侵入をくい止めることはどんどん困難になり、新天地を探すべく飛行機による空からの探査が計画される。パイロットとして選ばれたのは、そのために開発された人工生命の少女だった。人類の生存を賭けたミッションを、非人類に託すことは正しいのだろうか。様々な葛藤を抱えながら生き延びようと苦闘する人類の姿を描く異星環境SF。


『プテロス』
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 本当の意味で宇宙生物学者になるためには、科学者としての常識どころか、『人間であること』すら、捨てねばならない瞬間があるのかもしれない。
 その勇気はあるかと自問してみた。
 しばし躊躇ったのち、ある、と志雄は結論した。
 プテロスはそれを教えてくれたのだ。
 もう一度同じ体験をしたときには、恐れずに飛び込んでみろと。
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単行本p.199

 惑星を周回し永遠に吹き続ける暴風、スーパーローテーション。そのなかを一度も地上に降りることなく一生飛び続ける異星生物プテロス。プテロスの個体と「共生」することで惑星探査を進める科学者は、共生相手を理解しようと試みる。だが、人間は、人間のままで、根本的に異なる精神を「理解」し「コミュニケート」できるだろうか。ジャック・ヴァンス風の異星風景描写が印象的なコンタクトテーマSF。


『楽園(パラディスス)』
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 ミックスト・リアリティが〈現実〉の定義を変えれば変えるほど、私たちは、自分が最も望んでいるものの正体に気づく。〈現実〉の網の目からこぼれ落ちてしまうものこそが――決して手が届かぬそれこそが、人間を、様々な形で未来へと駆り立てているのだと。
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単行本p.235

 事故で死んでしまった恋人が残した人格データ。失意の語り手は、限りなく本人に近いはずの、そのシミュレートされた人格との会話を試みるが……。人にとって他者の人格や意識とは何であるかを追求するグレッグ・イーガン風SF。


『上海フランス租界祁斉路三二〇号』
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 見届けてくれ。君が人工的に作り出したこの歴史において、科学者たちがどう闘い、どうやって人間を守るのか。残酷な運命の果てには、もしかしたら、希望のかけらすら残らないかもしれない。けれども、そこには某かの意味があるはずだと――心の底から信じてくれ。
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単行本p.282

 日中戦争前夜の上海。日中共同で設立された上海自然科学研究所に務める一人の日本人科学者がいた。地球化学の専門家として研究に勤しむ一方、迫り来る戦争を回避すべく密かに和平工作に協力していた彼の前に、謎めいた青年が現れる。彼はこの先の歴史を具体的に「予言」するのだが……。科学は、真理は、政治や国境を越えて人々を救う力を持つのだろうか。科学という営みの意義を問うサイエンス・フィクション。


『アステロイド・ツリーの彼方へ』
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 メインベルト彗星から無数の微生物が宇宙空間へ撒き散らされるように、バニラもまた、アステロイド・ツリーの彼方、遥か遠くの惑星へ向けて旅立っていった。
 僕は、それを甘い感傷に彩られた記憶として心に留めるような――そんな人間にはなりたくないと思っている。
 生命とは何か、知性とは何か。
 その問いに対する好奇心と探究心を満たすために、僕たち人類が何をしたのか、いつまでも覚えておくつもりだ。
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単行本p.325

 テレプレゼンス技術により、地上にいながらにして宇宙探査が可能な時代。語り手は「宇宙探査機搭載用AIの世話」という仕事を引き受ける。見た目は猫そっくりの自律ロボット型AI「バニラ」と次第に打ち解けてゆく語り手だが、バニラという存在には隠された秘密があった……。SFを使って“人間とは何か”を問い続けてきた作家が、「人間はなぜ“人間とは何か”を問い続けるのか」を問う、人工知能テーマSF。

タグ:上田早夕里
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