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『ヴィジョンズ』(宮内悠介、円城塔、神林長平、長谷敏司、他、大森望:編集) [読書(SF)]


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 題名の『ヴィジョンズ』は、(中略)ハーラン・エリスン編の伝説的なオリジナル・アンソロジー『危険なヴィジョン』に由来する。(中略)物量ではそれに及ばないものの、本書に作品を寄せてくれた2010年代日本SF代表の精鋭七人も、読者の常識を打ち破る革新的なヴィジョンを提出する。
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単行本p.322


 認知や共感の拡張、物語が語られることの意味、人間性の起源、実在と情報の相互交換まで。不穏で刺激的な今日的ヴィジョンを引っさげ、エリスンの『危険なヴィジョン』に挑戦する書き下ろし日本SF短編アンソロジー。単行本(講談社)出版は2016年10月です。


[収録作品]

『星に願いを』(宮部みゆき)
『海の指』(飛浩隆)
『霧界』(木城ゆきと)
『アニマとエーファ』(宮内悠介)
『リアルタイムラジオ』(円城塔)
『あなたがわからない』(神林長平)
『震える犬』(長谷敏司)


『星に願いを』(宮部みゆき)
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まともに顔と顔が合う。人間だ。死んだ魚みたいな目玉だけど、人間だ。肩を掴まれ、じっとりと体温が伝わってくる。秋乃は全身を震わせて叫んだ。
「あたしに触らないで!」
 どうして怪物じゃないのよ。みんなみんな嫌な奴なのに、バカで性悪な人間たちばっかりなのに、どうしてそう視えないのよ。
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単行本p.43

 地球に不時着した異星生物との共生によって認知能力を拡張された少女。その視覚がとらえた、人間の本質を表したヴィジョンとは。SF極北に吹っ飛ばされる前の準備運動、現代の『20億の針』。


『海の指』(飛浩隆)
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〈海の指〉は、記憶していた過去の地球の建造物を、演奏によって描き出している。
 しかしそのとき、饗津の大地や建物、人々も変容を蒙ってしまうのだ。
〈霧〉の仕切りが取り払われ、饗津の町が灰洋に近い状態に陥り、そこに〈指〉が今まで見たこともないものを奏でる――描き出す。
 これが〈海の指〉だ。
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単行本p.73

 地球上のほとんどすべてが灰色の原形質の海「灰洋」に飲み込まれ、純粋な情報に変換され蓄積されてしまった時代。たち込める霧のなかで実在と情報の境界はあいまいになり、ときに情報に変換された古代の事物が実体化する。死んだ人間でさえも……。次々と繰り出される心ひかれる造語とともに驚異的なヴィジョンが繰り広げられる、現代の『ソラリス』。


『霧界』(木城ゆきと)
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この場所はあまりにも変だ
子供だってそれぐらいわかる
太陽も星も見えない灰色の空
僕とミカのほかにはなにも動くものがない退屈なところ
でも僕は意外とここが気に入っていた
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単行本p.105

 前述の『海の指』(飛浩隆)を原案としたコミック作品。といっても一部の名称やイメージが共通するだけで、ストーリーも登場人物も別。原案における陰惨なDVがほのぼのしたボーイ・ミーツ・ガールになっていたりして、それほど危険じゃないヴィジョン。


『アニマとエーファ』(宮内悠介)
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 彼女はなんらかの障害、あるいは業(カルマ)のようなものを抱えていた。
 だからこそ、エーファはぼくのような空っぽの人形を好み、ぼくのような人形の書く空っぽの話を好んだのかもしれない。
 でも、どうあれ――ぼくはなんのためにいるのか、なんの役に立つのかもわからない人形だ。そんなぼくを、十二歳の彼女は必要としてくれた。
 以来、ぼくは彼女のために物語を書くようになった。彼女を笑わせるために。あるいは、彼女の奥底の穴を埋めるために。
 こうして、ぼくたちは互いを映す鏡となった。
 誰よりも緊密で、何よりも空虚な一対の合わせ鏡に。
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単行本p.140

 消えゆく言語を守るために物語を書き続ける人形。心のない人形が紡ぎだす物語は、しかし人間の心を動かしてゆく。人が小説を読んで感動するのは、その背後にある心に共感するからなのだろうか。寓話を通して、人工知能が小説を生み出すことの意味を探求する作品。


『リアルタイムラジオ』(円城塔)
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僕たちとあなたの間に立っているのは語り手であり、その視点からすると、僕らは語り手という単一エージェントの設定パラメータと区別がつかない。こいつは多分、あなたたちがお話なるものを理解するとき、誰か一人の相手を語り手として想定してしまうという事情から生じる出来事だ。もしもあなたが、一斉に話しかけてくる十人を同時に相手できるのなら、お話と呼ばれるものは全く違った形をしていただろうし、僕もこんな姿をしていなかっただろうと思われる。
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単行本p.166

 クロックタイムが流れるこの世界の外側には、リアルタイムと呼ばれる認識不能な領域がある。そしてそこから流れてくるという「リアルタイムラジオ」。それは想像の力によって“データとしては存在してないもの”を感じることが出来る媒体、らしい。仮想空間に存在するデータ構造体を語り手に、様々なアイデアを惜しげもなくぶち込んで目眩を引き起こすしつつ最後は感傷的に泣かせるというこの名人芸、現代の『想像ラジオ』。


『あなたがわからない』(神林長平)
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 あなたは他人の心がわからない、とぼくに言うきみは、軽蔑したり非難していたわけではなかった。きみの研究目的は、まさしくぼくのそういう能力を――ぼくにすれば欠陥だったが――すべての人間に与えること、だったのだから、むしろぼくをうらやんで発した言葉だった。
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単行本p.194

 共感能力の欠如、他人の気持ちを読み取り適切に反応することが出来ない、つまり「場の空気」を読めない男と、脳神経系を操作することで共感能力を調整する研究を進めている女。二人の愛は、片方が急死したことで断ち切られてしまう。果たして人は他者を愛するのか、自分の心の中にある「他者のイメージ」を愛するのか、という問題に、巧妙なレトリックを駆使して迫ってゆく作品。


『震える犬』(長谷敏司)
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時間を過去に戻して原人の社会を取り戻すことはできない。だが、チンパンジーを人類のほうへ寄せてくることならできる。
 それは四百万年の間で何が起こったのか、化石資料では見えないものを探る試みだ。世界の二十もの拠点で、この総合知能研究プロジェクトが行われている。ステフたちコンゴ北東部を含めたアフリカ拠点では、チンパンジーにAR機器を移植し、乳児期にARで高度な知能トレーニングをさせている。チンプの知能を極限まで上げることによって、最初期の原人たちが知能の上昇に伴ってどう人間らしい行動を獲得していったかを探っているのだ。
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単行本p.231

 知能の向上が「人間らしい行動様式」を発達させた、という仮説を検証するための研究プロジェクトがコンゴ北東部で進められていた。AR(拡張現実)技術を用いて人為的に知能を向上させたチンパンジーたちの、群れにおける行動の変化を長期観察するのだ。だが現地の政治的な情勢によりプロジェクトは危機に陥る。チンパンジーと人間の行動、「暴力の連鎖と拡大」の起源と現状を対比しつつ、最後まで手に汗握る緊迫した展開が続き、ついにタイトルの意味が判明するラストシーンで泣かされる傑作。収録作品中で個人的に最も感銘を受けた中篇。



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