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『作家と楽しむ古典』(池澤夏樹、伊藤比呂美、森見登美彦、町田康、小池昌代) [読書(随筆)]

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 あたしはこう見えてすごくまじめなんですよね。『日本霊異記』を訳しているとき、アメリカやヨーロッパで日本文学を研究している友人たちの顔がしきりによぎっていました。ああいう人たちに、景戒さんの姿勢や心意気がちゃんと伝わる現代語訳にしたかったんです。だから、一字一句、まじめに、ニュートラルに、置き換えました。(中略)
そうやって、ボロボロになりながらつくり上げた現代語訳です。出版を記念して、池澤夏樹さんと町田康さんとあたしが朗読する会があったんです。あたしはその前日くらいにやっと本を見たところだから、他の人の訳文見てなかった。つまり『宇治拾遺物語』は、まず、耳から、町田康さんの声で入ってきた。腰が抜けましたね。「やっぱ瘤いこう、瘤」「マジじゃね?」とあり、いやぁ感動した。自分のまじめさ、馬鹿正直に逐語訳した自分が情けなくなった。といって町田さん、荒唐無稽な訳ではない。まじめにきちんと原文に沿っている。しかもそのときの会場が原宿で、若い人ばかりで、みんな町田康目当てで、町田さんの、抑えた読み方に若い人たちがバンバン反応していく。町田さんもそれにビシビシ応えていく。それを見ちゃったあたしは半年くらいショックが抜けなくて、しばらく「町田コロス!」って思ってました。町田康の『宇治拾遺物語』を読めたことは、あたしの長い文学生活で一、二を争う衝撃でした。
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単行本p.53、63


 シリーズ“町田康を読む!”第56回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、池澤夏樹さんの編集による『日本文学全集』の古典現代語訳を担当した作家たちによる連続講義を書籍化した一冊。単行本(河出書房新社)出版は2017年1月です。

 本書で扱われている古典の現代語訳のうち、個人的に読んでいたのは第08巻に収録されている『日本霊異記/発心集』(伊藤比呂美:現代語訳)と『宇治拾遺物語』(町田康:現代語訳)だけです。ちなみに単行本読了時の紹介はこちら。


2016年02月16日の日記
『日本霊異記/発心集(日本文学全集08収録)』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-02-16

2016年02月18日の日記
『宇治拾遺物語(日本文学全集08収録)』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-02-18


 本書は、前述の二名を含む五名の古典現代語訳担当作家による連続講演を書籍化したもの。それぞれの現代語訳を読んだ方はもちろんのこと、人気作家のエッセイアンソロジーとして読むことも出来ます。


古事記
『日本文学の特徴のすべてがここにある』(池澤夏樹)
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 日本人の心性は、『古事記』の昔からあったのだと思います。やまとごころ、もののあわれ、無常観、日本文学の特徴とされるものは、すべて『古事記』に見つけることができます。日本文学は、それを洗練させながら、連綿と伝えるいとなみでありました。
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単行本p.36

 成立過程、編集、速度と文体、といった様々な観点から『古事記』を語ります。天皇礼賛の書という評価は正しいか、各国の神話との比較、そして古事記に表れた日本人の心性、といった話題が次々と。


日本霊異記・発心集
『日本の文学はすべて仏教文学』(伊藤比呂美)
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 どの話でもそうなんです。先ほどの「邪淫の縁」だと、セックスで死んだ二人の話の後に、背骨の柔らかい男は自分の口でマスターベーションするものだなんて言ってる。それを読んだあたしたちは、なるほど! なんて全然思わないですよね。(中略)
 景戒さんは、背が低くて、なんだかキュートで、頭がよくて、セックスが好きで、好きだってことを平気で言える、いい男でした。そんな人が考えたことですから、奇妙なコメントにも何か目的があったはず……。
 それで行きついたのが、仏教です。
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単行本p.66

 エロ満載、あるがままの人間の業を描いた仏教説話集『日本霊異記』について、そして日本文学は仏教とどのように関わってきたのか、思い入れたっぷりに語ります。
「みんな、町田さんのばっかり読んでるみたいですけど、あたしのもじっくり読んでくださいね。百年後にも残るクラシカルな訳、をしたつもりですから」(単行本p.64)


竹取物語
『僕が書いたような物語』(森見登美彦)
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『美女と竹林』というタイトル、この美女はやはりかぐや姫をイメージしていました。それに僕がデビューしてから今まで書いてきた小説には、片思いをして右往左往するアホな男たちが多かったです。『竹取物語』から千年の時がたっているとは思えないほど同じですね。
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単行本p.103

 キャラクターを立てる工夫、和歌をどうやって現代語に訳すか、など『竹取物語』の翻訳にあたって工夫したところを解説してくれます。


宇治拾遺物語
『みんなで訳そう宇治拾遺』(町田康)
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 破格な翻訳です。でも、ただ形を壊そうとか、元の話を裏切ってやろうとか、とにかくむちゃくちゃやればいいとかいうわけではないんです。原文を読んで、おもしろい、楽しい、なんでこうなるの? と思った気持ちがやっぱり大事です。そして自分で訳してみて、この訳文ええやんけ、とおもしろがれる気持ちが大事です。単なる破壊じゃあ、なかなか楽しくできませんから。
 けっこう遊べます。やれと言われてやった仕事ですけど、『宇治拾遺物語』の翻訳はおもしろいばっかりでした。こんなんで金もらえるんやったら一生これやるわ、と思いましたね。
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単行本p.144

 話題沸騰、伊藤比呂美さんをして「町田コロス!」と言わせた名訳はどのようにして出来上がったのか。実際に翻訳してみよう、ということで、様々なコツを伝授してくれます。


百人一首
『現代に生きる和歌』(小池昌代)
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 このように和歌はいろいろな解釈ができるものですから、踏み分けて、踏み分けて、奥に入っていくときりがない。でも、いろいろ知って、たくさん読んだ後に、また素直な気持ちで一首に帰ってくる。すると前よりも、もっと耳が立ってくる。
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単行本p.161

 百人一首から六首をとりあげ、その解釈の試みを通して、和歌の「きりもない奥の深さ」と「微妙なところでの受け取り方の変化」を解説します。



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