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『国境とJK』(尾久守侑) [読書(小説・詩)]


――――
眠りから目覚めるといつも灰色のつめたい教室にいる。名前をうしな
ったわたしたちは蠟のように固まった臙脂の制服をきて、なにも語ら
なかった。昨日から新たにうごかなくなった制服姿が三つあることを
なんとなくで察知して、心もち身体を近づけ合う。国境の街、寒波と
感染症の閉ざしたこの街でわたしたちは名前をうしなった。
(ここにおいていこう)
わたしたちの誰かが呟くと、誰かが立ち上がり、教室の扉をひらく。
廊下にもたくさん動かなくなった制服がおちていて、でもわたしたち
は歩いていく、きめていた。わたしたちは今日、国境をめざす。
――――
『国境とJK』より


 仲間の死体をまたぎ越し、傷つき血を流しながら戦場を歩き続ける。女子高生という苛烈な試練を生き延びようと必死にもがく若者たちの姿を描く青春詩集。単行本(思潮社)出版は2016年11月です。


――――
海の家がいきおいよく燃えている。反射してちらちらひかる海面と、
沖へにげていくこどもたち。炎はかれらをつつんで水平線へと一直線
にのびる道になる。やっぱり息がしろい、雪だ、燃えるこどもに粉雪
がふる。そう、わかっていた。渚でいちばんかなしい物語が、いまか
ら始まるなんてことは。
――――
『ナギイチ』より


 今の日本で女子高生をやっているのは、戦場に身を置いているようなもの。傷つけられ、心を殺されながら、それでも歩いてゆくしかない彼女たちの、痛々しい姿。あっちにも、こっちにも、戦死者と難民ばかりがあふれて。


――――
ポニーテールをほどいて
急行を待つ、たとえば下北沢駅に流れる
発着のメロディ、それから
忘れないでほしい。このリボンのネイビー
わたしは、決して伝わることのない
開戦のしらせを家族と
友達全員にメールで送って
携帯をホームから投げ捨てた
線路にもたれた液晶の表示する
04:48
たたかうための電車に
いま、のるところだった
――――
『透明な戦争』より


――――
あんなに明るい子だったのにね
こわいわね
おばさんたちの世間話だけが
すぐ横を通り過ぎて
いない人の話をしているのだと知れた
それで窓にならんだ顔がいっせいに
色々に変な表情をして
秋になった
校庭に、色のないセーラー服が
いくつも脱ぎすてられていて
それに触ったら、どうなるかしれないと
よけながら校舎の入り口に歩いた
――――
『YUKI NO ASA』より


 その頃、同年代の男子は何を考えているのでしょうか。


――――
 みらいとは湾岸に輝くヨコハマの、かはたれどきを彩るショコラのあじ
に似て苦く、むかし壊れたワーゲンを走らせるとよがるようにして波打つ。
きみにあいたいというのはほんとう? FMラジオはうそしか云わないか
ら、過去につながる交通情報をブロックして十年さかのぼる。
――――
『84.7』より


――――
雨宿りをする
二年前、出会った日のきみがいた
雨があがって
蟬が鳴いて
潮の匂いがむっとたちこめる
ふたりむきあったまま
ソニーのヘッドホンを外すと
外気に染み渡っていく夏のメロディ
県道を挟んでぼくらはもう
別々の海街にいた
――――
『海街』より


――――
           きみは。僕の背中に摑まって、ライダースジ
ャケットに乱反射する海を後部座席からみていたね。あのころ二百キ
ロで世界を置き去りにしながら捨てた新品のNOKIAは今でも遺失
物係と通話中のままで、だから僕はときどき訛りのない言葉できみに
話しかけてみる。もしもし、僕は何をわすれたのでしょうか……
――――
『コールドゲーム』より


 うん、まあ、男子高生の世界だわな。この年代の男女差というか溝というか生きる過酷さ切実さの違い。詩集全体が、その対比を強調するような構成に仕組まれているような気がします。そして戦場離脱後の、絶望的な距離感。


――――
 眠りつづけていると東京の喧騒が溶けてくる感覚がある。ここは都
心からは少し離れた郊外だけれど、雨のよるの渋谷の映像がきらりき
らりと、よくみえる万華鏡のように脳内を去来することが、ときたま
あった。どしゃぶりのハチ公前から、TSUTAYAにむかって歩いて
いくさやかさん。よくみると泣いていた。空が灰色だった。考えてみ
れば雨の日にあまり空は見ない。信号機をつっきって、ハイドロプレ
ーニング現象で魔法のようなうごきをみせるプリウスが、ゆっくりと
交差点に侵入していく。飲み込まれていくさやかさんは、来月二十三
になるはずだった。足元に転がった傘の花柄は妙に明るい。そこでま
たねむりに戻り、朝になる。
 白血病のこどもが、ぴゅーと指笛をふいてふざけている日曜日、お
昼の病棟。さやかさんはもう来ない。目をあかく腫らしたさやかさん
が、あの日、なにを考えて渋谷にいたのかをずっと考えているけれど、
ぜんぜんわからない。とてもかなしいけれど涙もでない。海のみえな
い病棟で、わたしはわたしのなかにもある潮の満ち引きに共鳴してい
た。
――――
『ナショナルセンター』より


――――
 答えはわかっていたけれど、冷たい歩道橋をかけぬけて時間ぴったりに
タイムカードを通した呼吸停止の五秒前、バイト先のコーヒーの匂いがし
みついたセーターに透明なメッセージがとどいて俺を貫通していく夕方が
おわり、じりりと鳴った目覚ましを叩き壊して起電力ゼロでむかう一限は
自主休講でちょっと可愛いコンビニ店員しかもう見えない。これから寝る
のにレッドブル買ったわ。と意味のないつぶやきを放ってサークル棟でだ
らつきながら一日がはじまって、おわっていく。明日もどうせはじまって
おわって、あさっても、無難なシャツにバーガンディのニットを合わせて
暖房をきってアパートを出て同じ道をチャリではしる、たぶん。
――――
『Sugar Campus』より


 というわけで、生き延びることが出来なかった者たちのことを思う詩集。そうでない者たちは、何であれ、みな幸せになればいいと思う。


――――
医者になってから、高校生のころはヲタクだからと見向きもしてくれ
なかったような女子がすきですなどと言いながら平気で近づいて来る
ようになったし、そのせいでかつてヲタクだった同僚はバーベキュー
とか花火とか、およそ縁のなかった世界の表側で活躍している。かわ
いい女の子を毎晩部屋に連れ込んで、それでいてしっかり者の育ちの
いい彼女は別にいて、週末に映画をみにいったりドライブをしたりし
ている。表側の世界は華やかだなあ、キラキラしているものしかなく
て、ヲタクはひとりもいないそんな世界が現実にはあるなんてこと、
いや、知ってたけど。
――――
『ヲタクになれなかった君たちへ』より



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