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『J・G・バラード短編全集1 時の声』(J.G.バラード、柳下毅一郎:監修、浅倉久志他:翻訳) [読書(SF)]

「二十一世紀の神話創造者」(柳下毅一郎)より
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 偉大な作家は数多い。だが、重要な作家は数少ない。J・G・バラードは二十世紀でもっとも偉大な作家ではないかもしれない。だが、彼が二十世紀においても指折りの重要な作家として名を挙げられるのはまちがいないだろう。バラードは二十世紀に生きる我々の生について書いた。我々の生のかたちは何に規定されているのか、未来のそれはいかなるかたちを取るのか。半世紀におよぶ作家生活の中で、バラードはその内容もスタイルもラディカルに変化させてきたが、問題意識はつねに変わらなかった。
(中略)
 メディアとテクノロジーに支配された現代人にとっての「自然」。それを問うことこそが二十世紀文学たるSFの意味だとバラードは考えていたし、だからバラードは二十世紀でもっとも重要な作家となりえたのである。
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単行本p.411、413


「序文」(マーティン・エイミス、柳下毅一郎:翻訳)より
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彼はくりかえし同じ疑問に立ち戻る。現代の状況は我々の精神にどんな影響を与えるのか?――ハイウェイの運動彫刻、空港の建築物、ショッピング・モールという文化、蔓延するポルノグラフィー、そして自分では理解できないテクノロジーへの依存。バラードは仮の答えとして「倒錯行為」を提出する。それはさまざまなかたちをとるが、そのすべてが(バラードはバラードであるから)極端な病理である。伝統的SFから距離を取りはじめたとき、自分は外宇宙を拒否して「内宇宙」を選んだのだと述べた。内宇宙こそ彼の縄張りだった。
(中略)
 J・G・バラードは二十世紀のもっとも独創的英国作家として記憶されることになるかもしれない。独創性の度合いを論じるのは無粋というものだろう(それはゼロか一かのどちらかなのだから)。だがバラードはなぜか独創的に独創的だった。彼はよく、作家というのは一人だけのチームなのだと言っていた(だから読者のサポートが必要なのだ)。だが彼は同時に一人だけのジャンルでもあった。彼は並ぶ者なき唯我独尊の存在だった。彼のような者は、わずかでも似た者も、どこにもいなかった。
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単行本p.9、12


 ニュー・ウェーブ運動を牽引し、SF界に革命を起こした鬼才。J.G.バラードの全短編を執筆順に収録する全5巻の短編全集、その第1巻。1956年のデビュー作から1961年の作品まで主に50年代に書かれた15編を収録。単行本(東京創元社)出版は2016年9月です。


[収録作品]

『プリマ・ベラドンナ』
『エスケープメント』
『集中都市』
『ヴィーナスはほほえむ』
『マンホール69』
『トラック12』
『待ち受ける場所』
『最後の秒読み』
『音響清掃』
『恐怖地帯』
『時間都市』
『時の声』
『ゴダードの最後の世界』
『スターズのスタジオ5号』
『深淵』


『プリマ・ベラドンナ』
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「ばか、わからんのか、あの女は詩的で、創発的で、原初の黙示の海からまっすぐにやってきた生物だ。おそらく女神かもしれん」
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単行本p.16

 テクノロジーと芸術と倦怠が支配する砂漠のリゾート、ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの最初の作品。白昼夢のような魅惑的な女性、手を出してひどい目にあう語り手、歌う植物、暴走する芸術。最初からどうにもこうにもバラードとしかいいようのないデビュー短編。


『エスケープメント』
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「聞いてくれ! これまで二時間、同じ十五分が繰り返されるという事態が続いているんだ。時計は九時から九時十五分の間を行ったり来たりしている」
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単行本p.42

 TVのクソ番組を見ていた主人公は、同じシーンが何度も繰り返し放映されていることに気づく。最初は放送事故かと思ったが、ループしているのは時間そのものだった……。時間ループものの先駆的作品ですが、何しろループ間隔が極端に短いので、じたばたしてもすぐにまたTVの前に戻されて同じ番組を永遠に繰り返し観るはめになるという地獄。しかし、では現代の私たちの生活は、彼が陥った窮地とどこが異なるのでしょうか。


『集中都市』
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「この部屋を例にとろう。20×15×10フィートだ。その縦・横・高さを無限に拡張するんだ。なにができる?」
「再開発だ」
「無限にだよ!」
「機能しない空間だ」
「それで?」フランツが辛抱強く訊いた。
「その考え自体がばかげてる」
「なぜ?」
「存在できないからだ」
――――
単行本p.62

 何千階層もの巨大構造物の内部に存在する都市、それはありとあらゆる方向と高さに広がり、すべての空間を占めている。飛行を夢見る主人公は、この都市の「外」を目指して旅に出るが……。都市生活者の世界観を極端にした作品で、後の『ハイ・ライズ』の原点というか、『BLAME!』(弐瓶勉)のようなメガストラクチャーもの。


『ヴィーナスはほほえむ』
――――
成長率は加速度的だった。わたしたちは新芽が出るのを見まもった。筋交いの一つが丸く曲がるのといっしょに、小さい節こぶがクロームの鱗を破って顔をのぞかせた。一分たらずでそれは長さ一インチの若枝に育ち、太さを増し、曲がりはじめ、五分後には一人前の声量を持った十二インチの長さの音響コアに成長した。
――――
単行本p.85

 ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの一編。例によって美人芸術家が創った音響彫刻が暴走して、音楽を撒き散らしながら加速度的に成長してゆく。ありがちなモンスター映画の筋立てにテクノロジーと芸術と美人をぶち込んでバラード化した作品。


『マンホール69』
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「人はどこまで自分自身に耐えられるのでしょうか? ひょっとすると、自分自身であるというショックを克服するために、人は一日八時間の休息を必要としているのかもしれません」
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単行本p.100

 脳の外科処置により睡眠を不要にする画期的な施術。その臨床実験に参加した被験者たちは、経過観察のために閉ざされた部屋で過ごしていたが……。人工不眠により人生を実質的に何十年も伸ばすというアイデアを扱った作品ですが、その副作用の主観描写(部屋の壁が四方から迫ってきて天井までの高さのマンホールに閉じ込められる、とか)が強迫的で神経症的で、強いインパクトがあります。


『トラック12』
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「三十秒間のリピート、四百マイクロセンス、増幅率は千倍。確かに、このトラックには少しばかり編集を加えてある。それは認めよう。だが、それでも、美しい音がこれほどまでに不快になりうるとは、何とも驚くべきことだ。これが何の音か、君には絶対に想像がつかないだろう」
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単行本p.130

 細胞分裂の音、空中を落下する針の空気摩擦音など、極端に微少な音を録音して拡大する「音の顕微鏡」、マイクロソニック。この技術を研究している科学者のもとを訪問した主人公は、実は科学者の妻と不倫関係にあった。「さえない理系男が、妻を寝取った相手に自分の研究分野の最新テクノロジーを用いた復讐を企てる」というミステリにありがちなプロットですが、マイクロソニックの描写が官能的で、生理的にぞわぞわする感覚を味わえます。


『待ち受ける場所』
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一万年、十万年、数え切れない千年紀がわたしの目の前をかすむ光となって通り過ぎてゆき、星々と銀河が玉虫色の瀑布となり、飛行と探査のきらめく軌道と絡みあった。
 わたしは深層時間に入っていった。
――――
単行本p.161

 荒涼とした辺境惑星で発見された異星人のモニュメント。その謎に挑む主人公は、「深層時間」と呼ばれる幻想の宇宙論的タイムスケールに放り出される。太陽系外の惑星を舞台にした宇宙SFですが、終焉を待ち受ける奇妙な場所と白昼夢的時間、というバラードらしいイメージにあふれた作品。


『最後の秒読み』
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そんなばかなことがあるわけない――日記とふたつの死とのあいだに関連など存在するはずがない。紙に記された鉛筆の跡は、気まぐれに引かれた黒鉛の曲線であって、それが表している観念は、わたしの心のなかにだけ存在するのだ。
 しかし、疑いと推論を検証する方法が目の前にぶらさがっているとあっては、避けるわけにはいかなかった。
――――
単行本p.174

 ターゲットの名前をノートに記入すれば、その人物は描写した通りに死ぬ。完全無欠な暗殺能力を手に入れた主人公は、保身のために次々と遠隔殺人を繰り返すが……。時間ループ、メガストラクチャー、人工不眠など、今でも人気のある題材の先駆的作品を書いていた初期バラードですが、50年代に『デスノート』を書いていたというのは初めて知りました。


『音響清掃』
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少なくとも、悪夢を見るということは、マダム・ジョコンダがまだ正気を失っていない証拠だ。彼女を崇拝しきっているマンゴンは、彼女に幻滅するとは思えない。毎晩、その日の仕事がすむと、彼はウェスト・サイドからさびれたF街のはずれにあるガード式交差点の下の打ち捨てられた放送局まではるばる音響トラックを運転してくるのだった。そして無料で、第二スタジオにしつらえられているマダム・ジョコンダの部屋を掃除するふりをしつづける。
――――
単行本p.186

 今や打ち捨てられた放送局に住みつきドラッグと妄想に溺れている往年の名歌手マダム・ジョコンダ。彼女の崇拝者である男は、建物に「染みついた」残響を消去するソノヴァック(音響真空掃除機)を使って、彼女の頭の中にしかない「音」を清掃してやる毎日を送っていたが……。

 かつての栄光を忘れられない元セレブの妄執と共犯者となる崇拝者。『サンセット大通り』のバリエーションですが、超音波音楽(耳には聴こえないが音楽を聴いた感動だけを圧縮して伝える技術)、音響清掃(壁や天井に染みついた音響断片を吸い込んで除去する掃除機)、音響処理場(音響清掃された音屑を集めて無害化する処理施設)などの異形の音響テクノロジーによる悪夢的サウンドスケープが何とも印象的な作品。


『恐怖地帯』
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 催眠術にかかったように、ラーセンも男の顔をじっとみつめた。まちがいなく見覚えがある。丸い顔、神経質そうな目、濃すぎる口ひげ。ついに男の顔をはっきり見ることができて、この世のだれよりも、知りすぎるほど知っている男だと気がついた。
 男は彼自身だったのだ。
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単行本p.238

 ドッペルゲンガーを見てしまう男。精神科医に相談するが、症状は悪化してゆき、ついに何人もの分身を同時に目撃するようになる。精神科医は荒治療を提案するが……。典型的な分身ホラー。


『時間都市』
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これほど多くの時計が存在するとは想像もしていなかった。いたるところにびっしりと設置された時計の数はあまりに多く、互いに重なり合って見分けるのも難しい個所さえある。盤面は赤や青、黄、緑など様々な色に塗られていた。大半に四本か五本の針がついていて、メインの針はすべて十二時一分で止まっているが、それ以外の針は様々な位置にある。位置はどうやら色によって決まっているようだ。
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単行本p.266

 計時行為および時計所持が違法となった時代。密かに時計を手に入れた少年がその魅力にとりつかれ、時計と時間省がすべてを支配していた時代の「時間都市」の廃墟に足を踏み入れる。そこには、時計修理人である老人がいた。

 時間に追われ、それこそ時計の歯車のように生きる、強迫神経症めいた都市生活を神話的に扱った作品。六年後にハーラン・エリスンが書く『「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった』と比べると、その印象の違いに驚かされます。


『時の声』
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コルドレンは椅子に戻ると、募集品の列を眺めながら、物音一つたてずにすわっていた。半分眠りながらも、定期的に体を起してシャッターからさしこむ光を調節し、これから何カ月か考えることになる、さまざまなことを考えた。パワーズと彼の奇怪な曼陀羅のことを、マーキュリイ・セヴンとその乗員たちの月の白い庭園への旅行のことを、そしてオリオンから来た青い人々のこと、彼らが話したという遠い島宇宙の――今では大宇宙の無数の死の中で永遠に消え去ってしまった遠い島宇宙の、黄金の太陽の下にある古い美しい世界のことを。
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単行本p.314

 今や遺伝子そのものの寿命が尽きつつあった。異様な突然変異を続ける動植物たち。昏睡状態から覚めない患者の多発。宇宙からは終焉までの秒読みと推測される信号が送られ続け、水のないプールの底には謎めいた曼陀羅が描かれる。

 迫り来る終焉の気配。残された空白時間を白昼夢のように過ごす人々。筋の通った説明もなく、終末に抗うどころか対処するという発想すらなく、病的に充足したような静かな破滅の風景。まったくのバラードとしか言いようのない初期代表作。


『ゴダードの最後の世界』
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このミクロの世界は完璧で、絶対的な現実感にあふれ、まさに現実の街そのものといえる。
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単行本p.329

 平凡な都市生活者である男が金庫の中に隠してある箱。その中には男が住んでいる街そのもののジオラマがある。そこでは極微の住民たちが現実の街と同じように生活しているのだ。次第にジオラマと現実との区別は曖昧になり、シンクロしてゆくが……。ミクロコスモスと現実世界との同期、反転を扱った作品。


『スターズのスタジオ5号』
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 ヴァーミリオン・サンズでの一夏のあいだ、毎晩のように、美しい隣人の作る奇怪な詩が、スターズのスタジオ5号から砂漠を渡ってわたしのところへ漂ってきた。ちぎれた色テープの綛が、ばらばらになった蜘蛛の巣のように、砂の上でほどけていく。夜通し、それらのテープはバルコニーの下にある控え壁のまわりではためき、バルコニーの手摺にからみつき、そして朝になってわたしに掃き捨てられる頃には、別荘の南面へ鮮やかな桜桃色のブーゲンヴィリアのように垂れさがるのだった。
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単行本p.345

 魅惑的な美人詩人が書いた詩の断片が、大量の色テープに印刷され砂漠の上を舞い飛ぶ。自動的に詩を作りだす機械は打ち壊され、詩的霊感は増殖してゆく。テクノロジーにより暴走する芸術というこれまでの路線から、逆方向へ暴走する文学を描いたヴァーミリオン・サンズのシリーズの一編。


『深淵』
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「海はわれわれの共通記憶だ」と彼はしばしばホリデイにいった。「海を干上がらせることで、われわれは故意に自分たちの過去を抹消し、かなりの程度まで自分らしさを消し去ったのだ。それも、きみが立ち去るべき理由だよ。海がなければ、生命は維持できない。われわれは記憶の亡霊と変わらなくなってしまう」
――――
単行本p.395

 環境破壊により干上がってしまった海。人々が宇宙へと脱出してゆくなか、地球に留まることを選んだ男。彼は地球最後の魚を見つけるが……。海を人類の集合的無意識に見立て、その枯渇による内世界の変容を描くという、いかにもバラードらしい作品。



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