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『あとは野となれ大和撫子』(宮内悠介) [読書(小説・詩)]

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「男どもは、尻尾を巻いて逃げたってこと」
 答えて、アイシャは無表情にテラスの柵に寄りかかった。(中略)
 議員たちが逃げた理由は明らかだ。
 まず、自分たちの国軍はあてにならない。そして、図体の大きいCISは意思決定が遅い。平和維持軍が派兵されるよりも前に、皆殺しになると踏んだわけだ。
(中略)
「こんな状況だから、誰も矢面に立とうとはしない。それで、しょうがないから、国家をやることにしようかなと」
 まるでバンドか何かを結成するみたいに言う。
(中略)
 なんだか大変なことになってきたぞ。
 手元の難民申請に眼を落とした。まさか、こんなに早く友情が試されることになろうとは。
「これより、この部屋に臨時政府を樹立する」
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単行本p.57、70、71


 中央アジア、アラル海が干上がって出来た塩の沙漠。そこに創られた小国アラルスタンで政変が起きた。大統領は暗殺され、イスラム原理主義運動のゲリラ組織が首都に迫るなか、政治家たちは無責任にも我先に国外逃亡してしまう。この危機に立ち上がったのは、後宮の少女たち。複雑に利害が入り組む中央アジアの政治情勢のなか、逃げ場のない彼女たちはすべてを賭けて国家運営に挑む。次々と話題作を放つ著者による最新長篇。単行本(角川書店)出版は2017年4月、Kindle版配信は2017年4月です。


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 まもなく風が吹いた。
 沙漠であるのに、潮の香りがふわりと皆を包み、過ぎ去っていく。まるで、かつてここにあった海の幽霊が、月とともに満ち、ふたたび引いていったように。
 この国の名は、アラルスタン。――かつて、アラル海と呼ばれた場所だ。
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単行本p.377


 「二十世紀最大の環境破壊」と呼ばれるアラル海の消滅。だが、残された塩の沙漠に、新たな国が創られた。それがアラルスタンである。迫害されている少数民族や難民を積極的に受け入れることで、きわどい安定と国家承認を得ている国。一歩間違えればあっという間に蹂躙される運命にある小国。

 カザフスタン、ウズペキスタン、トルクメニスタン、そしてロシア。周辺国との複雑な利害関係と地政学的バランスを巧みに活かし、現実に存在する場所に架空の国を作り上げてしまう手際が見事です。

 都市景観、生活習慣、衣装などがリアルに書き込まれ、まるで実在する国を舞台にした歴史小説(設定は現代ですが)を読んでいるような感触を味わえます。それに、何といっても、登場する料理がどれも美味しそう。

 物語の主要登場人物となるのは、タジキスタン内戦の難民、アフガン紛争から逃れてきたハザーラ人、迫害されるヤズディ教徒、チェチェン紛争で家族を殺された娘、ODAのため現地入りしていた両親を空爆で失った日系少女など、いずれも悲惨な境遇を生き延びてアラルスタンの後宮に拾われた少女たち。

 他にゆくあてもなく、この国を背負って生きてゆくしかない少女たちが、自分の居場所と明日を守るために奮闘する物語です。


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 アイシャを中心に雛鳥が立ち上がり、瓦解寸前のこの国をなんとか統治しようとしている。
 だが、若造の正義が事態を悪化させるさまを、これまで幾度も、ウズマは目にしてきた。アイシャたちは、圧倒的に経験が不足している。学はあっても、人間を知らないのだ。
 最初は、何もできないだろうと思った。
 流れを変えたのは――おそらく、ナツキの存在だ。
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単行本p.186


 取り残された後宮の少女たちが臨時政府を樹立。というか、ほぼ生贄の羊という立場を押しつけられる。だが、アイシャをリーダーとする後宮の少女たちは、この機会を逃さず、本気で国家運営に挑む覚悟を固めてゆく。

 流れで国防大臣に任命されてしまった少女ナツキは、まずは首都に進軍してくるイスラム原理主義運動のゲリラ兵を撃退しなければならない。

 「言っておくが俺たちの軍は本当に弱いぜ」と言い放ってしまう国軍の大佐。

 「このイーゴリ、武器商人である前に吟遊詩人です。そのことを、お忘れになってもらっては困りますな」などとうそぶく謎のロシア人。

 若者たちの奮闘を冷やかに見ている後宮の年配者。

 どうせ事態が最悪の展開になるまで待ってから「人道上の危機」を口実に介入して国を奪おうとするに違いない周辺国家。

 誰も何もあてに出来ない状況で、あらゆる手を尽くし首都攻防戦に備えるナツキ。


――――
 本当はわからない。戦況がどうなるかも、その結果、自分がどう感じるのかも。自分の介入のせいで、大佐やあの若い兵士が落命したらどう思うか。背負いこむなというほうが、土台無理だ。考えはじめると、暗澹としてくる。
 が、口が勝手に応えた。
「やることはやった。あとは野となれよ」
「その意気」
 アイシャが地図上に右手を置いた。数名が、すかさずその上に右手を重ねる。向かいのジャミラもそれに倣った。次々に、手が重ねられていく。
 体育会系だ。
 おずおずと、ナツキは最後にぽんと手を載せる。
――――
単行本p.105


 というわけで、『ヨハネスブルグの天使たち』から4年。国家とは何かというテーマを痛快エンターティメント長篇として一気に読ませてしまう力量に感服しました。後半、次から次へと畳みかけてくる展開もすごい。

 女の子たちが戦争や政治をやる話、というので避けている方には、むしろ『コンタクト・ゾーン』(篠田節子)だと思って読んで頂ければ。個人的に、最近の著者の活躍ぶりを見ていると篠田節子さんを連想するのです。



タグ:宮内悠介
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