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『あかむらさき』(小川三郎) [読書(小説・詩)]

――――
新月の光を浴びながら
人間的な感情など
どこかに行ってしまった様子のあなたは
自分の小魚を食べ尽くし
私の指にまで
手を出そうとするので
あまいキスをし
また海へ行こうというと
しょんぼりとうなずいたのだ。
――――
『秋夜』より


 2017年7月9日は、夫婦で江戸東京博物館に行って、詩の同人誌即売会「第21回 ポエケット」に参加しました。そこで購入したものです。あかむらさきのカバーにタイトルと目次を印刷し、その上からオレンジのカバーを(タイトルだけ見えるように)かぶせた手作り感あふれる装幀。八篇を収録した詩集です。発行は2017年7月9日。

 リズミカルな散文のような作品が並びます。奇妙なシチュエーション、どこかしんみりとした味わい。奇妙な味のショートショートとして読むことも出来そうです。


――――
どこかのじじいが
私の最後を見て
口を開けていた。
なにか意見を言いたいらしかったが
私は私の最後を遂げていただけで
なにかを訴えたいわけではなかった。

最近の若者たちは
私の最後など興味がないようで
いくら苦しいうめき声を上げようと
平然と横断歩道を渡っていく。
腕組みなんかして
なんとも偉そうだ。

私は最後をいったん停止して
自転車に乗ってもう一度手紙を出しに行った。
ポストの前でしばらく待ってみたが
やはり返事は来なかった。
――――
『路上にて』より


――――
穴の底には
穴以外には空しかなかった。
ここはもしかすると私が
ずっと来たかった場所ではなかったろうかと
しばらく考えたが
どうやらそうであるらしかった。

妙な違和感が穴にはあって
私はそこで寝そべって
空を眺めていたのだけれど
ときおり誰かが
穴の縁から覗き込んで
いぶかしげに底を見回してから
まだ誰もいない
とつぶやいて引っ込むのだった。
――――
『穴』より


 もしかして社会風刺かしらんと思わせつつとぼけた味わいで煙に巻いてしまう作品が個人的にお気に入りなのですが、不気味なシチュエーションでじわじわおびやかしてくるような作品も印象的だと思います。


――――
ふたりが挙げた手に応えるように
銀杏は身体全体でふたりに覆いかぶさった。
そのそばで両親だか他人だかが
その様子を見守っていた。

それは秋の午後
この季節には恒例の
微笑ましい光景として公園の端にあったわけだが
私にはやはり恐ろしいことのように見えた。

私はそのような決めごとになじめない。
どうにもこうにも
あってはならないことのような気がして仕方がない。
考えてみれば私は生まれてこの方
銀杏の樹に触れたことすらない。
――――
『銀杏』より


――――
部屋の外を
夜がすっぽりと包んでいた。
それは当たり前のことなのだと
いくら自分に言い聞かせても
駄目だった。

私は下着ではない。
私は下着にはなれない。
私は下着になるのがこわい。

下着は
少しずつ少しずつ乾きながら
鴨居の下にぶら下がっていた。
――――
『下着』より


 不安としんみりという相性悪そうな感情が無理なく一体化しているようで、最初に読んだときより後からじんわり気になってきます。


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