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『ピンポン』(パク・ミンギュ、斎藤真理子:翻訳) [読書(小説・詩)]

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 目と目の間、すなわち眉間でスイングは終わる。ひじの角度は90度、ラケットの角度は85度を維持する。スイングには腰がついてこなければならず、腰の回転は脚から始まる。動作は、水が流れるように連続していなくてはならない。これがスマッシュだ――目を閉じて僕はずっと卓球に熱中した。汗が流れはじめた。汗がもたらす空気と皮膚の間の潤滑作用を感じながら、僕は何度も自分のフォームを整えた。可能なかぎり完成させよう。ハレー彗星が来たら、このラケットで最高のレシーブを返すんだ――と僕は思った。それが僕にできるベストだったから。
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単行本p.149


 かつて恐竜界の命運をかけてイグアノドンが熱戦を繰り広げて以来の卓球勝負。この試合に勝てば人類をアンインストールするか否かの決定権を君たちに与えよう。凄惨ないじめを受けてきた二人の中学生は、地球に着床した巨大ピンボン玉の中で、ハルキゲニアからそう告げられる。それが、彼らの、初の、公式の、試合だった……。

 デビューするや韓国の文学賞を総なめ、日本でも第一短篇集『カステラ』が第1回日本翻訳大賞を受賞したベストセラー作家、パク・ミンギュのぶっ飛び青春卓球小説。単行本(白水社)出版は2017年5月です。


 他人を蹴落とさなければ生き残れない競争社会、拡大してゆく一方の格差、苛烈なルッキズム。シリアスな社会問題をテーマにしながら、街を襲撃する巨大ダイオウイカや異星文明とファーストコンタクトするヤクルトおばさんを平気で登場させる作風で、読者の感傷と感傷を刺激してやまないパク・ミンギュ。既刊の翻訳書は二冊ありますが、どちらも圧巻の面白さ。紹介はこちら。


  2015年05月29日の日記
  『カステラ』(パク・ミンギュ、ヒョン・ジェフン:翻訳、斎藤真理子:翻訳)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-05-29


  2015年07月31日の日記
  『亡き王女のためのパヴァーヌ』(パク・ミンギュ、吉原育子:翻訳)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-07-31


 翻訳三冊目となる本書は、何とこれが青春卓球小説。主役となるのは、「釘」「モアイ」という二人の中学生です。釘が語り手となります。


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 モアイと僕はワンセットだ。ワンセットで目をつけられ、ワンセットで呼び出され、ワンセットで殴られる。殴られる場所は特に決まってない。教室で、トイレで、屋上で、それからまさにこの原っぱで毎日殴られている。いつからかモアイも僕もそれを自分の日課と思うようになった。あんまり良い日課じゃないけどさ、それ以外の日課があったことないから良いとも悪いとも思わない。まあ、生きるってこんなもんなのかなって感じ。
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単行本p.10


 殴られ、パシリにされ、金をみつぎ、また殴られ、侮辱され、徹底的な服従を強いられる二人。逃げようともしないのは、いじめは学校にだけあるのではなく、世の中すべてそういう仕組みで回っていて、自分たちは一生そこから抜けられない、と知っているから。


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 世の中を率いていくのは2パーセントの人間だ。

 担当の先生が口癖みたいにそう言ってたけど、ほんとだよねと思う。チスを見てると、そういう人間が確かに存在するんだってわかる。出馬して、演説して、人を抜擢し、ルールを決める――なるほど、納得だ。これだけ人間がいっぱいいたら、誰かが動かさなくちゃいけないわけだもんな。認めるしかない、残りの98パーセントがだまされたり言いなりになったり、命令された通りに動くしかないなんてことは――だってそれ自体、彼らが社会の動力だってことを意味するんだから。問題はまさに僕みたいな人間だ。僕やモアイみたいな人間だ。そもそも、

 データがない。生命力がないから動力にもならない。人員に数えられてないわけではなく、閉め出されてもいないが、自分の考えを表現したこともなければ同意したこともない。それでもこうして生きている。僕らはいったい、

 何なんだろう?
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単行本p.16


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夢があるとしたら

 平凡に生きることだ。いじめにあわず、誰にも迷惑かけずに、多数のふりの世の中を渡っていくことだ。常に一定の適当な順位を保って、人間ならまあそうなるでしょぐらいの悩み(個人的な)に陥ったら打ち明けられる程度の友だちがいて、卒業して、目につかない程度に道を歩いたり電車を乗り換えたりして、努力して、勤勉して、何よりも世論に従い、世論を聞き、世論を作り、めんどくさくない奴として世の中に通り、適当な職場でも見つけられれば感謝する。感謝するということを知っていて、信仰を持ったり、偶然にホームショッピングですごく良いものを発見するとか購買するとか消費するとかして、適当な時点で免許を取り、ある日突然職場の大切な同僚がおしかけてきたら5分、たったの5分でできるカルビチムでもてなすこともでき、君もまったくなあ、かなんか言いながらみんなを満足させてさしあげられる人物、僕もそんな人になりたい、でもそんな人になったら、

 幸せなんだろうか?
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単行本p.31


 中学生にして社会に絶望しきっている、あるいはいかにも中学生らしい人生観、そんな諦めのなかで毎日ただ殴られている二人の前に、突然あらわれた白いピンポン玉。二人は謎の老人の指導を受け、原っぱに置かれた謎の卓球台で練習にのめりこんでゆきます。


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自分のラケットを持つということはね、いってみれば初めて自分の意見を持つってことなんだよ。僕みたいなタイプの人間にとってそれは確実に刺激的な言葉だ。
(中略)
 意見を、持っても、いいですか? ラケットを振りながら僕はつぶやいた。ブン、ブン、想像するだけでもラケットが風を切る音が耳元をかすめるようだ。広い原っぱのような眠りが目の前に広がりはじめ、ラケットを握った僕は原っぱの卓球台の前に立っていた。意見を持っても、いいですか?
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単行本p.42、43


 で、まあ、普通の熱血スポーツ小説なら、二人は卓球を通じて自尊心と勇気を取り戻し、いじめっ子と絶縁して、試合に出る決意を、みたいな熱い展開になるのでしょうけど、そこはパク・ミンギュ。主人公は負け犬が集う「ハレー彗星を待ち望む人々の会」への入会を許され、レシーブを練習しながらハレー彗星が地球に激突して世界が滅びるのを待つ、という展開。しかし、実際に地球に落ちてきたのは、月よりも巨大なピンポン玉でした。そして明かされる真実。


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決定、って、どうやって、ですか? もちろん卓球で決めるのさ。良いか悪いかは別にして、君らはこれから、人類の代表と試合をしなくちゃいけないんだよ。人類代表って……じゃあこれ、人類関係のことなんですか? そのものだよ。人類をインストールしたままにしておくのか、アンインストールするのか。その決定が勝利者にゆだねられているんだよ。何でそんな決め方しなくちゃいけないんですかね?

 それだけのことがあるから

 そうなってるのさ。
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単行本p.198


 で、まあ、普通のジュブナイル小説なら、平凡な中学生である主人公が人類を救うことになるのでしょうけど、そこはパク・ミンギュ。人類なんて総体じゃなくて、世界から「あちゃー」された者たちを代表して「あちゃー」されない連中に挑む、という展開。


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よく聞いてね釘、ここに来てから僕、ずーっとそのこと考えてたんだ。どうして僕らなんだ? って。答えは出そうにない。でも、僕なりの結論はこうなんだ。何だい?

 君と僕は、世界に「あちゃー」された人間なんだよ。

 他に理由がある? 僕らが対戦する人類の代表っていうのは、いってみれば人類が絶対に「あちゃー」しない人たちだよ。ワン・リーチンとかティモ・ボルみたいな選手たち……そんな選手の名前を人類が「あちゃー」するはずないじゃん? つまりピンポンというものは、僕の考えでは、人類がうっかり「あちゃー」しちゃったものと、絶対「あちゃー」されないものとの戦争なんだ。
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単行本p.210


 勝ち組、多数派、めんどくさくない奴として世の中に通る連中。そんな「あちゃー」されない人類代表なら、勝ってもアンインストールするはずがないから、そもそも人類大丈夫。そう思ったとき、なぜか読者の腹の底からわき上がってくる「ふざけんな、やれ、行け、倒せ、アンインストールしちまえ」という怒り。

 「ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン」が4ページにまたがってひたすら続く壮絶なラリーの果て、はたして二人は勝つことが出来るのか。人類を「あちゃー」してやれるのか。何でハルキゲニアはウインドウズ98を使っているのか。

 というわけで、明るい絶望に貫かれた奇妙な青春卓球小説としか。卓球のラリーを模したリズム感あふれる文章、次から次へと挿入される妙な挿話、超常的なことが当たり前のようにまかり通ってしまう裏返しのリアリズム。『カステラ』が気に入った方には文句なくお勧めです。


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