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『テメレア戦記II 翡翠の玉座』(ナオミ・ノヴィク) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 19世紀初頭、ナポレオン戦争当時の英国を舞台に、テメレアと名付けられた龍とその乗り手であるローレンスが活躍する人気シリーズ、『テメレア戦記』の第2弾です。

 手堅い歴史小説に「人類は何千年にも渡ってドラゴンを飼い馴らし空軍戦力として活用している」という設定を持ち込んだ上で、もしも19世紀はじめに空軍が存在したとしたら、どのような戦術が編み出され、ナポレオン戦争はどのように推移しただろうか、という点についてきちんと考察してあり、知的なシミュレーション小説としても興味深く読めます。

 「歴史小説+仮想戦記+ドラゴンファンタジー」という離れ業を軽々とやってのけた上に、単純に「テメレア可愛い!」とキャラ小説として読んでも充分に楽しめるという、お勧めのシリーズです。

 第1作ではまだ子供だったテメレアも、本作では少年期。ドラゴンとしての威厳も、萌えキャラとしての魅力も増しており、「人間は卵を産まないの? じゃ赤ちゃんはどこからくるの?」というお約束質問で困らせたり、「ドラゴンは希少で強力だから大切にされているけど、本当の自由は与えられてないのだから奴隷と一緒じゃないの?」などと変に知恵がついてきて色々と面倒なことに。おそらく人間でいうと中学二年くらいと思われます。

 ストーリーは、中国(史実としては清王朝)から英国に対しテメレアの返還が要求され、皇帝と直接交渉するためにローレンスたちが中国側使節団と共に北京までの長い航海に出るというもの。ロンドンから南下して喜望峰を回りインド洋を横切って北京へと向かう、この大航海の行方が中心となります。

 特に中盤、ドラゴン輸送艦に次から次へと襲いかかる危機をテメレアとローレンスが乗り越えてゆく展開は、伝統的な海洋冒険小説。例えて言えば「ガンダムを輸送するホワイトベース」というところ。(どこが伝統的な海洋冒険小説なのか)

 龍が実在する19世紀の清をえがくことで、背景世界の奥行きと広さがぐんと増しており、これから欧州における戦争の推移や全世界規模の国際情勢を流麗に語るための布石を念入りに整えたという感触がします。第3作以降の展開が楽しみで仕方ありません。

『おはよう、水晶-おやすみ、水晶』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

シリーズ“笙野頼子を読む!”第45回。

 「ちくま」の連載が単行本にまとまりました。作者の日常生活のあれこれを題材にした長編小説です。『S倉迷妄通信』や『片づけない作家と西の天狗』 のような作品、と言えば何となくお分かりになるかと思います。

 猫との死別が書かれていることは分かっているので、もう読み始めた途端に辛くて悲しくて。最初の1/3くらいのところでちょっと挫折。

 しばらく待ってから覚悟を決めて一気に最後まで読み通しましたが、猫だけでなく色々と感情を揺さぶることが、美しく透徹した文章で切実につづられていて、読んでいて何度か涙が出てきました。こちらの心が弱っているせいかも知れません。

 作品そのものが水晶のようです。研ぎ澄まされた言葉の内に、猫、闘い、生活、愛、生命、祈り、様々なものが封じ込められ結晶となっています。地圧に潰されることなく静かに成長を続け、地質学的な時を経てなお本質を損なわれることなく存在する、そういう水晶のようです。

 他の作品だと、作中で提示された様々なことを、自分の実体験や実感で裏付けた上で把握しようとして、頭の中で思考のルービックキューブをがちゃがちゃ回しつつ、作品それ自体からは距離を置いて読むのですが、本作はそういう冷静な読み方が出来ませんでした。

 何といっても読書中の没入感がものすごく、語り手に同化したような感覚で文章に引きずり込まれます。そういう読み方はあまりよろしくないような気がするのですが、圧倒的な文章の力が、これを他人事として冷静に読むことを許してくれません。幻想シーンも、ありありと目に浮かぶというか、自分の記憶にまで紛れ込んできそうで。こわい。

 『だいにっほん三部作』や『萌神分魂譜』 をはじめとする他の多くの作品のテーマや、講演、エッセイ、などの断片も含まれており、ちょっとした「(最近の)笙野頼子入門書」と言ってもよいかと。

 90年代の頃の作品に近い感触もあり、細部はともかくとして全体としては近作の中では読みやすい作品だと思います。昔は読んでいたが最近遠ざかっているという方、『三冠小説集』を読んで気に入ったものの近作に戸惑っている方、笙野頼子は難解だという噂で避けている方、再入門あるいは手始めとして、まずは本書をお勧めします。

 なお、連載の最後の部分で、筑摩書房がとんでもない誤植をやらかしてくれたようです。具体的には、以下のページを参照して下さい。

[お詫びと訂正]おはよう、水晶――おやすみ、水晶
http://www.chikumashobo.co.jp/blog/news/entry/71/

 これから読む方は、上のページをプリントアウトして切り抜いて該当箇所に挟んでから読むことをお勧めします。

 しかし、救済をテーマとする小説のラストで、まさにそのセリフが「消される」というのは、いったいどういう皮肉なのか。それともヒトトンボの仕業でしょうか。筑摩書房には、修正した二刷を出してほしいものです。

タグ:笙野頼子

『綺譚集』(津原泰水) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 津原泰水さんの怪奇幻想短編集が文庫化されました。

 ホラー色の強い作品、幻想的な作品、猟奇的な作品、そしてユーモア作品に至るまで、作者の様々な持ち味を堪能できる15篇を収録しています。

 全体を通じて死、というか屍体のイメージにとりつかれており、そのインパクトに気をとられているうちに、気がつくと幻想世界に引きずり込まれていた、そんな身震いするような読後感が得られます。作品によってはかなり強烈で、現実感を取り戻すのにしばらくかかるかも知れません。

 個人的に好きなのは、『夜のジャミラ』や『玄い森の底から』のように死者が語る恐ろしい作品。それと『アクアポリス』や『脛骨』のような奇妙で感傷的な青春小説(長編『ブラバン』を思い出します)。

 さらに、筒井康隆風の『聖戦の記録』、ホラー作家である牧野修さんをおちょくり倒した『隣のマキノさん』といった、ブラックユーモア作品のとぼけた味も捨てがたい。

 かなり癖が強い作風なので好みが分かるだろうとは思いますが、何というか、波長の合う人ならハマるに違いありません。なお、文庫版には石堂藍さんの気合が入った解説が付いています。

[収録作]

『天使解体』
『サイレン』
『夜のジャミラ』
『赤假面傳』
『玄い森の奥から』
『アクアポリス』
『脛骨』
『聖戦の記録』
『黄昏抜歯』
『約束』
『安珠の水』
『アルバトロス』
『古傷と太陽』
『ドービニィの庭で』
『隣のマキノさん』

タグ:津原泰水

『感情の本質、唯一絶対の他者(「Panic Americana vol.13」掲載)』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

シリーズ“笙野頼子を読む!”第44回。

 笙野頼子さんの新刊『おはよう、水晶-おやすみ、水晶』を読んでいるのですが、ちょっとこう、個人的事情で色々と心が弱っているせいもあってか、読んでいてつらくて悲しくてしかたなく、とりあえずこちらを先に読むことにしました。

 今年の6月3日に笙野頼子さんが慶應義塾大学で行なった講演の講演録で、慶應義塾大学巽ゼミの年刊誌『Panic Americana vol.13』に掲載されています。

 先日読んだ『海底八幡宮』(「すばる」2008年10月号掲載)のなかで、この講演について「六月は都心の大学で行なった。論争原稿の題名を勝手に変え敵方に便宜を図った教授のいる学校である」(同号p.114)と言及していたので、おそらく論争について話をしたのだろうと思っていたのですが。

 読んでみると、論争関連の話は最後にボーナスとして触れているだけで、講演自体は自作解題がメインです。扱われているのは『萌神分魂譜』。それから論争がらみで『水晶内制度』と『だいにっほん、おんたこめいわく史』を取り上げて解説してくれます。

 『萌神分魂譜』は、一部を朗読してはその箇所について解説するという繰り返しで授業を進めており、ものすごく分かりやすくなっています。何を表現しようとしているのか、さらにはその箇所の執筆時にどういうことを考えていたかなど著者でないと語れないことまで踏み込んで解説してくれて、本当にありがたいことです。

 なお、講演録では、著作権保護のためか自作朗読部分は省略され、(p006,8行目~)のように該当箇所が示されているだけなので、手元にテキストを置いて参照しながら読み進めることをお勧めします。

 『水晶内制度』と『だいにっほん、おんたこめいわく史』については、それがフェミニズム(というか女善男悪と決めつけるだけの似非フェミ)小説だという批判に反論する形で解説されています。『だいにっほん』については、少女演技指導(by ごず&めず)シーンを朗読するというサービスっぷり。

 さらに、論争年表(ここ3年分)、おんたこ合評(群像2006年2月号)紹介(笙野頼子作成)、が付録として付いており、驚くほど充実した内容。笙野頼子さんの読者なら、これはもう読まねばならぬと思います。

 読後、猛烈に『萌神分魂譜』を再読したくなったのですが、いやいや、まずは『水晶』を読まなければ。

『Panic Americana』Vol.13の申し込みは、以下のページからどうぞ。

慶應義塾大学巽ゼミ公式ホームページ
http://web.mita.keio.ac.jp/~tatsumi/

タグ:笙野頼子

『テースト・オブ・苦虫1』(町田康) [読書(随筆)]

 シリーズ“町田康を読む!”第12回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、人気エッセイシリーズの第一弾。単行本出版は2002年11月。私が読んだ文庫版は2007年11月に出版されています。

 ひどく不快そうな、苦り切った表情のことを「苦虫をかみつぶしたような」と表現しますが、その“苦虫”とやらの味(テースト)をえがく連作エッセイです。

 理不尽な目に会ったり、あなどられたり、嫌なことを言われたり、単に世の中や自分のあれこれが気に触って堪らなかったり、そういうときの気分。あるいは、そういうくさくさを晴らすために部屋の中で暴れ往来で踊って(実際にやったというわけではなくそういう想像でストレス発散して)、ふと我に返ったときのしょんぼりした気分。そのとき「口の中にひろがる苦虫の味」、テースト・オブ・苦虫。

 『実録・外道の条件』を読んだときも思いましたが、こういうのを書かせると町田康さんはべらぼうに上手い。

 というわけで、いつものようにテンション高い文章で読者をひっぱり回してくれます。読んでいて、共感したり、思わず吹き出したり、しみじみと人生の味をかみしめたり。ついつい1篇、また1篇、という感じで、途中で止めることが出来ません。実に面白い。人気シリーズになったのもよく分かります。

 中には、いかにも「締め切りに追われて必死に文章をひねり出している」という感じがひしひしとする作品もありますが、それもまたライヴ感というか、グルーブというか。楽しい。


町田康を語る言葉コレクション

「真っすぐに筋の通ったところのある熱い人」(田島貴男)

    文庫版『テースト・オブ・苦虫1』解説より

タグ:町田康