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『屍者の帝国』(伊藤計劃)、『齢の泉』(ナンシー・クレス) [読書(SF)]

 SFマガジン2009年7月号には、伊藤計劃追悼として、執筆途中だった長編『屍者の帝国』の冒頭部分が掲載されたので読んでみました。

 舞台は、フランケンシュタイン博士が開発した「屍者に電気的な魂を吹き込んで蘇らせる」という技術が普及した19世紀のロンドン。医学生ジョン・H・ワトソン(後のワトソン博士)は、ヘルシング教授の紹介で英国諜報機関に勤めるマイクロフト・ホームズと出会います。彼から依頼された仕事とは・・・。というところで途切れています。うう、続きが読みたいけどもう決して読めない。

 残されたのは冒頭部分のみで、しかも原稿を提出してくれた河出書房の編集者によると「あくまで試し書きであり、完成した作品内には組み込まれない可能性もあった」とのことで、これだけでは長編がどのような作品になったのかは分かりません。

 しかし、パンチカードを使用して電気的プログラムを屍者に入力するシーンの力の入れようからして、『虐殺器官』や『ハーモニー』と同じく、外部から人為的に操作される精神、というテーマが重要になったであろうことは想像に難くありません。つくづく惜しい作家を亡くしたものです。

 他には、ナンシー・クレスの『齢の泉』が掲載されており、大して期待しないで読んだのですが、これが意外に楽しめました。若いころの恋人に再会するためにあらゆる試練を乗り越えて頑張る老人の話に、抗老化薬の秘密がからんでくるという作品。

 いかにもありがちな話ではあるのですが、巧みなストーリーテリングでぐいぐい読ませます。クライマックスの盛り上がりと、ラストの余韻がまた良くて、好印象を残してくれました。

 しかし、何だか最近「若いころの情熱にとり憑かれた老人」を書いたSFばかり読んでいるような気がします。

 何しろ、クラーク、ディッシュ、ベイリー、アッカーマン、ホセ・ファーマー、クライトン、バラード、栗本薫という具合に、昨年から今年にかけて大物が次々とお亡くなりになるし。

 これでは、かつて未来を夢見ていた若きSFファンも、すっかり過去を懐かしむオールドSFファンになってしまうというものですよ。これから「ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク」の第1巻を読んで、青春の思い出に涙ぐむことにします。


タグ:SFマガジン
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『ナンパを科学する -ヒトのふたつの性戦略』(坂口菊恵) [読書(サイエンス)]

 タイトルから「ナンパの成功率を上げるためのノウハウ本」を期待した人、「根拠薄弱な思いつきを面白おかしく語るだけの、進化論ぶって実はHな話題でオヤジをもてなすキャバクラ本」を警戒した人、どちらもハズレ。

 人間の性戦略に関するご自身の研究成果を、様々な先行研究とともに紹介してくれる硬派なサイエンス本です。進化心理学の仮説をどのようにして検証してゆくかという知見がぎっしり詰まっています。

 大学の学生たちを集めて、待合室に「たまたま」男女2人だけにして放置し、ずっと隠しカメラで言動を撮影するとか。

 様々な年齢や服装や容姿の女性に繁華街を歩いてもらい、その様子を撮影した映像を男性被験者に見せて「痴漢するとしたら」、「強姦するとしたら」、「ナンパするとしたら」、「ただ道を訪ねるとしたら」どの女性を選ぶかを答えさせたり。

 前夜に性行為のあった日とそうでない日、それぞれ朝に唾液を採取してホルモン分析したり。

 男性研究者にはちょっと真似できないと思われる、というか男が計画したらセクハラで訴えられそうな“真剣”な実証研究の数々。知的な意味でも下世話な意味でも、結果には大いに好奇心がうずくわけですが。

 結果は例えば次のようなグラフにまとめられています。内容を知りたい方はどうか本書をお読みください。

図3.3「セルフ・モニタリングの高さと恋人との親密度」

 付き合っている期間を横軸に、親密度を縦軸にとって、付き合い始めてから関係がぐぐっと深まってゆくスピードが女性のセルフ・モニタリング(外向性)によってどのように変わるかを示したグラフ。

図3.4「アプローチされる頻度を予測する要因」

 女性がナンパや痴漢に会うかどうかを予測するための要因(動きのぎこちなさ、社交性、服装など)が、それぞれの被害頻度に与える定量的な影響をまとめたチャート。

図4.3「女性による男性の顔に対する好みの生理周期による周期的変化」

 妊娠可能性が高い時期と低い時期で、男性の顔に対する好みがどのように変化するかを検証した結果を示すグラフ。

図4.6「性別・性的指向による男性顔に対する好みの違い」

 異性愛男性、ゲイ男性、異性愛女性、レズ女性、それぞれについて「短期的性行動(ゆきずりのセックス)」および「長期的関係(同棲や結婚)」を望む相手男性の顔の好みを分析した結果を示すグラフ。


 このくらいにしておきますが、「なぜナンパに会いやすい女性とそうでない女性がいるのか」、「男性のナンパ行動を誘発するのは女性の容姿か、行動か、服装か」、「どういう条件のときにどのような顔つきがモテるのか」といった割と俗っぽい疑問に、定量性と客観性と再現性を重んじる科学的手法でとりくんでゆく様は実に興味深いものがあります。またその結果が、見事に進化心理学の知見(性戦略理論)に沿っていることもまた驚きです。

 進化心理学に興味がある方、人間行動の研究手法に関心を持っている方、自分がなぜナンパなどの性被害に会いやすいのか疑問に思っている方、あと「色っぽい話題に対して美人科学者が相関分析やら対照実験やら数字がぎっしり詰まった表やらものすごく硬い手法で切り込んでゆくのを見るとはぁはぁ興奮する」という性癖をお持ちの方にもお勧めです。


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『見えない巨大水脈 地下水の科学』(日本地下水学会、井田徹治) [読書(サイエンス)]

 地球上にある水のうち、海水や氷床など人類が利用できない形で存在するものが99.3パーセント、利用できる水資源のうち河川や湖沼など目に見えるものがわずか0.01パーセント。残りの0.66パーセントが地下水であり、私たちの生活も文明も全てこれに依存しています。

 本書はこの「希少資源」である地下水について一般向けに解説してくれる一冊。地下水の平均寿命は600歳であること、オーストラリア大鑽井盆地の地下水の年齢は110万年以上であること、海水によって押し上げられた地下水の地下水面が盛り上がって「淡水レンズ」を構成すること、地下水脈を探すのに現在では電磁波を利用すること、など本書ではじめて知った事柄も多く、興味深く読めました。

 他にも、地下水の味わいがどのような成分によって生ずるのか、地下水の流速はどのくらいか、地下水を得るための探査技術と井戸掘削技術の紹介、消雪パイプなど地下水を利用する技術、そして地下水に関わる環境問題、すなわち地盤沈下、排水による地下水汚染、といったトピックが含まれています。

 そして最も重要なのは、地球温暖化が地下水資源に与える影響、地下水の枯渇によってどれほどの人々が死ぬことになるか、世界におけるコモンズ(共有資源)としての地下水保護の現状といったトピック。新聞などのニュースでしばしば取り上げられる「水問題」が、いかに大きく深刻な資源問題であるか、本書を通読することでよく分かりました。

 地下水について知りたい方、水資源問題に関する知見を深めたい方はもちろんのこと、ただおいしい水を飲みたいという方にも付録の水質チャート付き「日本の名水百選ガイド」がお勧めです。


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『サンデーとマガジン -創刊と死闘の15年』(大野茂) [読書(教養)]

「今から50年前。日本初の週刊少年誌が、2つ同時に創刊された。その名は「週刊少年サンデー」と「週刊少年マガジン」。奇しくも同じ発売日、編集部の人数も同じ13名だった。(中略)2つの週刊少年誌の競い合いがなかったら、現在の日本のマンガ文化の隆盛はなかったと言っても大袈裟ではない」(はじめに)

 というわけで、高度経済成長期を背景に、両誌が繰り広げた死闘とその背後にあるドラマに光を当てた一冊です。読んでいて血がたぎります。

 漫画家の争奪戦。王道を行くサンデー。怪獣グラビアと劇画で勝負をかけたマガジン。そこにSF作家やテレビプロデューサーなど、一癖も二癖もある印象的なキャラ、じゃなくて実在の人物がからんできて、それこそ劇画のようなドラマが展開されます。

熱血あり。

「大人の読者は、間違った記事でもちゃんと自分で訂正して理解して読んでくれる。でも、僕の読者は、誤ったことを伝えるとその子の人生を変えちまうことだってある。僕はいつもおびえてるんだ」(p.162より、一部変更)

笑いあり。

「あのね、マガジンとサンデーは、同じ大日本印刷で印刷してたの。ところが製本のミスで1回サンデーにね、『巨人の星』が載っちゃったことがあるんですよ。そのとき俺は、ああ、いいじゃないか、そのまま出せよって(笑)」(p.235)

ホラーあり。

「水木は、体をよじって腕のない左肩で紙を押さえ、ぐわっと見開いた眼は紙から数センチのところで、残った右手で執念を込めるようにして墓場の場面をコツコツとペンで点を打ちながら描いてゆくのである。点描する音はいつ果てることもなく続く・・・。内田は思わずゾッとして鳥肌が立った」(p.192)

友情あり。

「ふだんは、抜いた抜かれたと競い合う間柄ではあるが、サンデーとマガジン、方向性は違っても、ともに少年マンガ週刊誌に取り組む“同志”だという思いがあった。同じ日にスタートし、同じ苦労を味わった。それがライバルだ。酒場では二人の兄弟のような会話が交わされた。(中略)呂律のまわらない小西の歌を聴いているうちに、内田も無性に切ない気持ちになり、2人一緒に涙声で歌いながら夜道を行くのだった」(p.229、一部変更)

涙あり。

「僕たちの時代は、本当の意味でのマンガ編集者なんて誰もいなかった。小さい頃はマンガなんてほとんどなかったんだしさ。誰もが手探りの中から、事をなし遂げていったんだ」(p.309)

「同世代が死んでも悲しくない。だって、どうせ近いうち会うもの。だからお悔やみの言葉は言わない。誰かが思い出している限り、その人は生きているのと同じだしね」(p.308)


 ああ引用しているとキリがないのでこのくらいにしておきますが、とにかくまだマンガが子供だましの悪書とされPTAから糾弾された時代に、文字通り命を削ってマンガ文化の未来を創っていった編集部と漫画家の姿に、身体が震えるような感動と感謝の気持ちがわき上がってきます。これは、私が、あの時代にサンデーとマガジンを読んで育った子供だという世代的なものが大きいのかも知れませんが。

 あの時代に少年マンガで生きてきた人々にはもちろんのこと、ぜひ若いマンガファンにも読んでほしい一冊です。サンデーとマガジンの共同企画として本書を劇画化するといいんじゃないでしょうか。


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『テースト・オブ・苦虫4』(町田康) [読書(随筆)]

 シリーズ“町田康を読む!”第24回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。ひどく不快そうな、苦り切った表情のことを「苦虫をかみつぶしたような顔」と表現しますが、その苦虫とやらの味(テースト)、すなわち人生の辛苦をぼやく人気エッセイシリーズ4冊目。単行本出版は2007年5月です。

 これまでの3冊に比べると「ぼやき」の色合いが薄まって、旅行に行ったとかコンサートをやったとか自分の近況を面白おかしく描写したり、アホウな思いつきを大真面目に説明して見せたり、ごく自然にさらりと笑わせる落語のような芸風になっています。

 例えば「大阪に行って帰ってきたのでそのことを随筆に書きます」というあまりにも素直な書き出しがすでに妙な可笑しさを誘う『大阪の随筆』など、ただ新幹線に乗って大阪まで行ったというだけのエッセイですが、車中での心理描写(「みだらの窓口」というのを思いつく、ふと豚足のことが頭から離れなくなる、「半泣き奉行」という企画が閃く、などなど)が楽しくてついつい失笑してしまいます。

 他にも、ポジティブな人間になろうと努力しているうちにマイナス思考にずぶずぶはまって抜けられなくなる様を書いた『地獄のネガ』、太宰治のように苦悩することで名作を書こうと思って苦悩するものの苦悩するばかりでちっとも名作が書けない『苦悩の週鑑』など、お気に入りのエッセイが多数。

 当たり外れはありますが、これを毎週書いているのかと思うと感心する他はありません。


タグ:町田康
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