So-net無料ブログ作成
検索選択
メッセージを送る

『Together さ。』(モモンガ・コンプレックス、珍しいキノコ舞踊団) [ダンス]

 「しっかりと自分の尻で立つ!」(座ってるー 座ってるー)

 2014年6月29日は、私たち夫婦と姪の三名で東京芸術劇場シアターイーストに行って、モモコン(モモンガ・コンプレックス)とキノコ(珍しいキノコ舞踊団)のコラボ公演を鑑賞しました。

 モモコンから4名、キノコから6名、総計10名が踊る4本立て公演です。モモコンの白神ももこさんがキノコダンサーズに振り付けた作品が『Free 草原に立つ』、キノコの伊藤千枝さんがモモンガダンサーズに振り付けた作品が『健康的ピープル』、それぞれ上演時間は30分ほど。

 10分の休憩をはさんで、モモコンとキノコそれぞれ15分ほどの作品が配置され、全部で上演時間90分(+休憩10分+プレトーク20分)という意外に体力を消耗する2時間。

 伊藤千枝さんを別にすれば、今回の珍しいキノコ舞踊団の出演者は若いメンバー。それが白神ももこさんの振り付けで踊るということで、『Free 草原に立つ』はまっさら新鮮な印象です。体育会系のノリが何だかおかしい。

 続く『健康的ピープル』は、振り付けはもとより音楽が伊藤千枝さん製作ということで、リズムがリズムが頭ぐらぐらしてくるイキオイまみれの爆走感。全力で踊らせ体力しぼり取った挙げ句にガールズトークさせるとか、最初はともかくとして疲労困憊したところでもう一度自己紹介させるとか、鬼のような振り付けに拍手喝采。

 休憩後の『モモコン Works』では、ももこ蠅があれこれやったり、バレエっぽい端正なダンスを披露したりしつつ、最後の『キノコ Works』では伊藤千枝さんがソロで踊り、続いてキノコの軽快な群舞(これ、何度観ても興奮する名作)、という具合にサービスたっぷり。

 最後はモモンガとキノコが全員で踊りながらカーテンコール3回という豪華なエンディング、で終わりかと思うと、一天にわかにかき曇り、轟きわたる電光雷鳴、叩きつけるゲリラ豪雨もすさまじく、東京芸術劇場が滝に包まれるというサプライズ演出が。

[キャスト]

振付: 白神ももこ、伊藤千枝
出演: 
 モモンガ・コンプレックス
  北川結、臼井梨恵、夕田智恵、白神ももこ
 珍しいキノコ舞踊団
  茶木真由美、矢嶋里美、岡里蓉子、仁科幸、田路紅瑠美、伊藤千枝


『SFマガジン2014年8月号 特集:PSYCHO-PASS サイコパス』 [読書(SF)]

 SFマガジン2014年8月号は、アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』の特集号ということで、吉上亮さんによる外伝ノベライズの〈前篇〉が掲載されました。

『PSYCHO-PASS LEGEND 無窮花(ムグンファ)〈前篇〉』(吉上亮)

 「なかったんだよ、俺の故郷なんてとっくの昔に、消えてた」(SFマガジン2014年8月号p.52)

 槙島聖護の相棒として暗躍した凄腕ハッカー、チェ・グソンの過去と、その出生の秘密が明かされる外伝。対日工作員として潜入工作を進めていたグソンが、祖国である朝鮮人民共和国(南を併合した統一半島国家)に戻るシーケンスから始まり、人民蜂起による同族殺戮の嵐吹き荒れる平壌から負傷した妹を連れて脱出を試みるという展開に。凄惨なシーンが多いので要注意。

 「グソンは沈黙のまま走り続けた。けっして振り向かなかった。国境脱出のときと同じように。違いは守らなければならない相手がいること。そして、この遁走の果てに、帰りつく故郷があるという保障が何一つ存在しないであろうこと」(SFマガジン2014年8月号p.36)

 なお、今回掲載された〈前篇〉には槙島聖護は登場しません。おそらく9月号に掲載される〈後篇〉では、日本に逃げ延びたグソンが槙島聖護と出会うシーンが書かれることでしょう。


タグ:SFマガジン

『活字狂想曲』(倉阪鬼一郎) [読書(随筆)]

 「これは、まったく向いていない会社勤めを11年間続けた、ある現実不適応者の記録である」(Kindle版No.5)

 文字校正係として就職した著者を待ち受けていたのは、理不尽がまかり通る不可解な日本のカイシャ生活だった。爆笑ものの校正ネタを折り込みながら、会社の不条理をえぐった一冊。その電子書籍版をKindle Paperwhiteで読みました。単行本(時事通信社)出版は1999年3月、文庫版(幻冬舎)出版は2002年8月、Kindle版(幻冬舎)配信は2014年6月です。

 「客観的に見れば、著者が勤めていたのは極めて良心的な会社だった。著者が耐えがたかったのは、せんじつめれば会社組織一般と日本的世間であり、モデルとなった会社および善良な人々ではないことをお断りしておきたい」(Kindle版No.19)

 平成元年から始まって10年ほど同人誌に発表され続けた怒りと爆笑の会社員エッセイです。社内で起きる変な出来事、不可解な人々、とんでもないトラブルなどが、面白おかしく書かれています。

 QC活動、提案制度、指差呼称、朝礼、ラジオ体操、親睦会、社員旅行。自称「現実不適応者」である著者は、こういった会社員につきもののプチファシズム儀式を嫌悪します。逃げ回ります。

 「要するに私は、学校だの会社だのといった自ら選んだわけではない人間関係にべたべたまとわりつかれるのが、ひたすらうっとうしくて嫌なだけなのである」(Kindle版No.1953)

 「同僚が親しげに軽い調子で話しかけてきた。ここで合わせたら元の木阿弥になる。のみならず、QC、レク・リーダー、提案委員、社内報の編集、チャレンジスクール、幹事、研修、スポーツ大会、朝礼の号令、部長の引っ越し……と、カイシャが堰を切って押し寄せてくる」(Kindle版No.956)

 著者が嫌悪するのは、会社の慣習だけではありません。周囲にいる人々も、著者にかかればボロクソに言われます。たぶん、本当にボロクソなんでしょうけど。

 「子会社に来る人はだいたいが落ちこぼれで、しかも本人はそれを認めたがらないという屈折した人間が多い。(中略)部下を偉そうにこきつかい、自分はデスクに足を投げ出して競馬新聞を読んでいる。遅くまで残業させ、いちばん遅い者に自分のタイムカードを押させる。ほとんどタコ部屋の棟梁である」(Kindle版No.1730)

 「どこをどう切っても「ただのバカ」という人間がこれでもかこれでもかと出てくる。世の中がいかに「ただのバカ」によって支えられているかがしみじみと感得される」(Kindle版No.1515)

 「人間がミスをする動物というのは自明のことだと思われるが、偉い人にはそういうことがわからない。(中略)三年半もバカどもと同じ空気を吸っていると、いろいろと耐えがたいことがある。(中略)まことに衆愚は度しがたい」(Kindle版No.99、123、1752)

 こうして不満を鬱積していった著者は、ときおり小噴火を繰り返しながら、ついに大噴火を起こして課長に暴言吐いて辞めることに。

 「化猫のほうは部下を叱っているという頭、こちらはあいにく「どうしてろくに漢字も文章も書けないバカにこんなことを言われなきゃならんのか」という考え、どんどん泥沼にはまるばかりである」(Kindle版No.2545)

 著者にとってはもちろんのこと、同僚や上司にとっても、そりゃ会社辞めて物書きになって正解だと、しみじみ納得してしまいます。

 さて、ひたすら憤懣と鬱屈を吐き出したような内容であるにも関わらず本書の読後感がそれほど暗くないのは、随所に登場する校正作業トラブル実例があまりにも可笑しいから。

 例えば、自動車メーカーの印刷物。「世界初」と書くべきところを「世男初」と誤植して、校正がそれを見逃してしまった。営業が顧客のところにとんでいって、「ひとつここは「せおとこはつ」ではなく、「セダンはつ」と読ませてみては?」(Kindle版No.164)と前向き提案。もちろん駄目でした。

 マレーシアの首都が「クアララルンプール」と一文字多かったので、「ラ」の字を丸で囲んで抹消指示を赤入れしたところ、「クアトルツメラルンプール」と印字されてきた件。

 「百メーター走るごとに」というチラシの文言。メーターでは田舎臭すぎるので「メートル」にすべしという判断から、「ター」を丸で囲んで「トル」に直すよう指示を赤入れしたところ、「紙の上に百匹の羊が残された」(Kindle版No.1231)

 「ある店の案内に「五月五日まで無休」というネームが入った。これを「無料」で行ってしまい、その後誰も気がつかず、たった一文字のために七十万部が紙くずとなった」(Kindle版No.188)

 「特に鬼門なのがダイヤモンドをはじめとする宝飾類のカタログで、商品の金額が高いから誤植がすぐに致命傷となる。2.0カラットと0.2カラットを間違えてトラック三台分が飛んだり、鑑定書と鑑別書の一字違いで八百万が消えたり、大事故が多い」(Kindle版No.783)

 人ごとなのでつい笑ってしまいます。人ごとと言えば、業界のあちこちの仕事ぶりを紹介するコーナーがあって、ここも相当に……いや笑えないよこれは。

 「S社(浅草橋)。はっきり言って下手である。来年のカレンダーを発注すると、今年のカレンダーを作ってきたりする。危なくてしょうがない。ただし、「無理がきく」という取り柄がある。短納期の因業な仕事は、この写植屋にたたきこむのが慣習となっている。最も残業が多い印刷業界の、下請けの、無理がきくことだけが取り柄の写植屋が、どのような労働生活を送っているか、読者はあまり想像したくないだろう。教えてあげる。(以下略)」(Kindle版No.302)

 というわけで、日本の会社生活に嫌々ながら合わせて生きている方も、結局耐えられずに辞めてしまった人も、最初から会社員になる気のない方も、それぞれに楽しんで読むことが出来る会社員エッセイです。

 会社の朝礼で号令をかける係をやるのが好きという方、毎日いくつも改善提案書を書いてモチベーションを高めているという方などは、読んでもイライラするばかりだと思われますので、ビジネス本とか、もっと仕事の役にたつ本を読むことをお勧めします。


『短歌ください』(穂村弘) [読書(小説・詩)]

 「好きでしょ、蛇口。だって飛びでているとこが三つもあるし、光っているわ」(陣崎草子・女・31歳)

 「総務課の田中は夢をつかみ次第戻る予定となっております」(辻井竜一・男・29歳)

 「少しだけネイルが剥げる原因はいつもシャワーだよシャワー土下座しろ!」(古賀たかえ・女・30歳)

 「ダ・ヴィンチ」誌上にて募集された、読者投稿による短歌の数々と、歌人の穂村弘さんによる選評を収録した一冊。その電子書籍版をKindle Paperwhiteで読みました。文庫版(角川書店)出版は2014年6月、Kindle版配信は2014年6月です。

 「短歌を募集します。短歌は五・七・五・七・七の形式をもつ日本の伝統的な定型詩です。俳句とちがって季語は入れなくて大丈夫。送って戴いた短歌を御紹介しながら、言葉や表現について考えてみたいと思います。初心者歓迎なので是非挑戦してください」(Kindle版No.35)

 「ダ・ヴィンチ」の読者から寄せられた短歌が、選評と共に掲載されています。作者は「名前・性別・年齢」という形で記されていますが、連載が続くにつれて同じ作者の年齢が上がってゆくあたり、生々しい。

 個人歌集と違って出来や作風は様々ですが、やはり何人か、個人的な好みを直撃する作品を作ってくる人がいて、自然と名前を覚えてしまいます。例えば、陣崎草子さん。

 「好きでしょ、蛇口。だって飛びでているとこが三つもあるし、光っているわ」(陣崎草子・女・31歳)

 「海亀の目は何故あんなおそろしい 人をやめてしまいたくなる」(陣崎草子・女・31歳)

 「どうせ死ぬ こんなオシャレな雑貨やらインテリアやら永遠めいて」(陣崎草子・女・31歳)

 「朝食のベーコンはぜる罪深い第五日曜(戦車の目覚め)」(陣崎草子・女・31歳)

 「目の前のコップがびっくりするくらい光ってて、今日犬が出てった」
(陣崎草子・女・32歳)

 とにかく「あ、これは凄い、好み、ツボ」と思ったら陣崎草子さんの作品であることが多くて。いいなあ。ちょっと怖いなあ。

 陣崎さんの作品に比べると、あっけらかんとした明るさで心をつかんでくるのがチヲさんの作品。

 「ちょっとまてそのタイミングじゃないでしょう八宝菜のうずらのたまご」(チヲ・女・25歳)

 「殺傷力ナンバーワンはこの方です! キーボード所属エンターキーさん!」(チヲ・女・26歳)

 なるほど、と思うような着眼点が素敵。思わず笑ってしまいます。

 男性では、伊藤真也さんの作品が現代の抒情を的確にとらえていて、心に染みます。

 「底冷えのする屋上につま立ちて瞼とじればペヤングの匂い」(伊藤真也・男・35歳)

 「一秒でもいいから早く帰ってきて ふえるわかめがすごいことなの」(伊藤真也・男・35歳)

 「大丈夫、お前はやれる」拒否された10円玉をきつくねじ込む」(伊藤真也・男・36歳)

 晴家渡さんの、情けなーい感じの作品もお気に入り。

 「一度二度三度四度とエアコンの温度を下げて駄目になってく」(晴家渡・男・26歳)

 「たっぷりと砂糖をいれたヨーグルト鈍い爆発音が聞こえた」(晴家渡・男・26歳)

 「飼っている猫がこっちを見ています僕は将来有望ですか」(ハレヤワタル・男・28歳)

 怒っている、あるいは苛立っている女性、を歌った作品には、何だか共感するものが多いです。たぶん、小賢しくひねったり正当化したりせずストレートに表明しているところに惹かれるのだと思われ。

 「君じゃなく苦手な上司の口癖が移ってしまう Enterを押す」(都季・女・22歳)

 「とりあえずトイレに籠城しておこう。困らないもん。困るがいいさ。」(彩子・女・33歳)

 「少しだけネイルが剥げる原因はいつもシャワーだよシャワー土下座しろ!」(古賀たかえ・女・30歳)

 「スイッチの仕組みがすべて分かるまで君はホテルで落ち着きがない」(麻倉遥・女・27歳)

 「毛を刈ったプードル怖いという彼にあれは唐揚げと思えと伝えた」(モ花・女・27歳)

 他に、皮肉なユーモアを感じさせる作品が割と好み。

 「総務課の田中は夢をつかみ次第戻る予定となっております」(辻井竜一・男・29歳)

 「母さんは池に消えてた物干竿かついで祖母が走らなければ」(やすたけまり・女・47歳)

 「空間の歪みを通って蟹は来る来たら直ぐ車に轢かれる」(ナツ・メドウ・男・37歳)

 「唐突に話題変えるの癖ですか? それとも遠隔操作されてる?」(やましろひでゆき・男・44歳)

 「ちんちんを股にはさんで「女」ってやるのは日本の男だけなの」(日野寛子・女・33歳)

 最後の作品については、選者が「まあ、実際には世界中の「男」がやってるのかもしれませんが……、それはそれで怖ろしい光景」(Kindle版No.1432)と評していたり。

 「読者から短歌を募集する企画を考えたとき、不安な気持ちがあった。いくら自分が張り切ったところで、そもそもいい作品が集まらなかったら、どうにもならない。だが、実際に始めてみて驚いた。衝撃的な歌が次々に寄せられたからだ」(Kindle版No.1851)


タグ:穂村弘

『ポエムに万歳!』(小田嶋隆) [読書(随筆)]

 「ポエムは、詩ではない。散文でもない。手紙文でも声明文でも記事文でもルポルタージュでもない。(中略)志半ばにして、道を踏み外して脱線してしまった文章の断片が、用紙の上に(あるいは液晶画面の上に)定着すると「ポエム」になる。私は、そのように考えている」(Kindle版No.152)

 「書き手が冷静さを失っていたり、逆に、本当の気持ちを隠そうとしてまわりくどい書き方をしていたりすると、そこにポエムが現出する。最も典型的な例では、青年誌の水着グラビアページが、ポエムの黄金郷だ」(Kindle版No.159)

 役人の作文に、政府広報に、マンションの宣伝に、女優のブログに、そしてトイレに掛けられているカレンダーに。私たちの身の回りに臆面もなく溢れている意味不明で恥ずかしいあの言葉たち。「ポエム」の謎を追求する一冊、その電子書籍版をKindle Paperwhiteで読みました。単行本(新潮社)出版は2013年12月、Kindle版配信は2014年6月です。

 「本書が、完全な書物になるためには、執筆者の心痛と、編集者の蓄積疲労と、読者の歩み寄りが、幸福な形で鼎足しなければならないということだ。実態に即して言い直すと、読者になるはずの貴殿は、あらかじめ、最初の1ページ目を開く前から、わくわくしているべきだということだ。(中略)できれば、読む前に、感動しながら、読み進めてほしい。それこそがポエムの要諦だ」(Kindle版No.28)

 初手から「読者の歩み寄り」を要請するオダジマさんが今回ねちねちとからむのは、世にあふれる「ポエム」。あれ、いったい何なの。

 まずは、ポエマー界の巨匠について。

 「相田みつをの詩は、そのあまりにも平易な言い回しと、どこまでも凡庸な観察で人の心を打つ。(中略)いや、悪口を言っているのではない。私自身、心を打たれたから、こう言っている。あれは、人の心を打つのだ」(Kindle版No.339)

 「感動は、受け手の心が弱っている時に訪れることの多い体験だ。(中略)万全な体調ならば、何言ってやがんだ、バカにしやがって、とあざ笑っているような言葉にも、こちらが虚脱している状態だと思わず感動してしまうわけで、相田みつをの「ポエム」をトイレに置いたのは、まことに卓抜な着眼点だったと申し上げねばならない」(Kindle版No.350)

 東京オリンピック誘致の広告についても、「ポエム」として評価します。

 「驚くべき臆面の無さだ。五輪競技そのものへの言及はゼロ。なんというリスペクトの欠如。ただただ経済効果への期待を喧伝している。そして説教。繰り返される「ニッポン」という軽佻な国家意識。なにより、こんなものをうっかり公開してしまった自己省察の欠如が痛々しい」(Kindle版No.573)

 本書には「ポエム」の実例がいくつも引用されているのですが、これを書き写したオダジマさんは立派(あるいは厚顔)だと感心ひとしきり。私には無理。

 他に、反原発デモ(の動員形態)、電子メール(のスパム化)、ネット(の誹謗中傷)、体罰問題(の対応不手際)、高齢者(の犯罪)、など昨今話題となった時事ネタについて、主にぶつくさ文句をつけてゆきます。特にネットまわりのあれこれについては、自身も痛い目にあっているらしく、やたらと辛辣な言葉が。

 「彼らは、何事であれ落ち着いた表情で「たいしたことではない」と言っていれば、専門家っぽく見えると考えている。が、結果が悪い側に転んだとしても、決して責任を取らない」(Kindle版No.1117)

 「もともと、われわれは「リンチ」が好きなのだ。わたくしども近現代の日本人は、悪いヤツを吊し上げ、責め立てて、その悪党が苦しむ姿を見物するのが、大好きなのである。ネットは、そうしたもともとわれわれの中にある処罰感情を、カジュアルに刺激し、効率的に宣伝し、爆発的に増幅させる機能を持っている」(Kindle版No.1127)

 「私のもとに中傷メールを寄越すのは、何であれ、攻撃材料があれば良いと考えている連中で、彼らは私が何回否定したところで、「オダジマの犯行」を糾弾するページを何度でも造り直すに決まっているからだ。そして、それらをはじめて見る新しい読者は、毎日のように生まれていて、その彼らのうちの何割かが私に抗議のメールを送ってくるわけだ」(Kindle版No.1187)

 他に、オダジマさんが気に食わないのは、ファッションにこだわる若い女性、大衆メディア、人気政治家、そして団塊世代。30年前から変わってないので、もう安心の偏屈ブランドです。

 「森ガールの皆さんは、ぜひ20歳で卒業するように。法律で禁止できると良いのだが」(Kindle版No.1473)

 「メディアの現場は、事件や事実を「狩る」ことの非効率を嫌って、いつしかニュースを「養殖」する方向に進化したのである」(Kindle版No.1520)

 「硬直した組織は、自らの問題を認識しない。臭い足を持ったオヤジがそれに気づこうとしないのと同じだ。彼は、問題を靴下のせいにする。でなければ、臭いと言った人間の鼻を殴る」(Kindle版No.1698)

 「団塊の不品行はいつも隠蔽される。でもって、ニュースの背景は団塊向けに読み替えられ、放送原稿は団塊の耳に心地良い響きを奏でるようにリアレンジされ、最終的には、いつも団塊だけがマトモな人間であるかのようなプロパガンダに着地する」(Kindle版No.1927)

 「強気で無反省で自分が一番だと思っているニュータイプの老人たち。「新老人」という言い方は、ちょっと気味が悪いが、でも、老人デビューする彼らのために何らかのレッテルは必要だと思う。団塊老人。団老。老塊。老衆。高齢山脈。マス爺」(Kindle版No.1952)

 まあ、個人的にも、「団塊世代(男)だけがマトモな人間である」というプロパガンダを流すことがメディアの主目的になっていると感じることは多々あります。でも、改めて指摘されてもぜんぜん嬉しくない。

 というわけで、ポエムから団塊まで、臆面のない恥知らずの主流意識というものについてオダジマさんがひたすら愚痴る、読者を疲弊させる一冊です。


タグ:小田嶋隆