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『機械より人間らしくなれるか? AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる』(ブライアン・クリスチャン、吉田晋治:翻訳) [読書(教養)]

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チューリングテストについて書かれた実用書のほとんどが優れたボットの作り方に関する本で、あとは優れた審判員になる方法について書かれたものがごく少数あるだけだ。だが、優れたサクラになる方法について書かれた本はどこにもない。(中略)
究極の問いは、言うまでもなく、「人間らしいとはなにを意味するのか」というものになった。チューリングテストは、僕たち人間自身についてなにを教えてくれるのだろうか。
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文庫版p.37、39

 AI(人工知能)が「真に思考しているか否か」を判定するために行われるチューリングテスト。2009年の大会に参加した著者は、審判に自分が「人間らしい人間」であることをアピールすることで、AIを打ち負かそうとする。しかし、そもそも「人間らしさ」とは何なのか。どうやれば他人にそれを認めさせることが出来るのだろう。こうして、哲学的な問いとの格闘が始まった。

 人工知能との対比により人間らしさの本質を追求する異色の哲学書。単行本(草思社)出版は2012年5月、文庫版出版は2014年10月です。


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チューリングは、2000年までにコンピュータが五分間の会話で30パーセントの審判員を騙せるようになり、したがって「機械は考えることができると発言しても反論されなくなる」と予言した。
 チューリングの予言はいまだに実現していない。だがイギリスのレディングで開催された2008年の大会では、最上位のプログラムがこの30パーセントという基準をクリアするまであと一票に迫った。ブライトンで開催される2009年の大会こそが、ターニングポイントになる可能性があった。
 そして、僕はその大会に四人のサクラの一人として参加して、優秀なAIプログラムと頭と頭(頭とマザーボードと言うべきだろうか?)を突き合わせて対決しようとしているのだ。
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文庫版p.21


 審判がAIおよび人間と、文字情報だけの会話(チャット)を行い、相手がどちらであるか判定する。30パーセント以上の確率で「人間」だと「誤審」されたAIは、「真に思考している」ものと見なせる。これがチューリングテストの概要です。

 2009年の大会に人間として、つまり「サクラ」として出場することになった著者は、そのための準備に取り組みます。目標は、人間らしい人間として会話すること。


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この会話で僕に課せられている課題は、これまで僕に与えられたどんな課題よりも変わっている。
 審判員に僕が人間であると認めさせるのだ。
 幸いなことに、僕は本当に人間だ。だが残念なことに、その事実がどう役に立つかはわからない。(中略)
僕らは一体どうすれば----大会に限らず生活のなかでも----最も人間らしい人間になれるのだろうか。
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文庫版p.20、23


 こうして、人間らしさ、人間らしい会話、を求める思索が始まります。本書の大半は、この問いをめぐる様々なトピックに占められており、実のところチューリングテストの件はむしろ導入に過ぎません。

 アイデンティティの一貫性、身体性、芸術性、創造性、定跡から外れること、目的なしに実存すること、会話のタイミング、相手の発言を先読みして割り込むこと、相手が会話を続けられるように配慮すること、会話によって自ら変化してゆくこと。

 こうした論点が一つ一つ検討され、ナンパの定跡化からシャノンの情報理論まで、様々な話題が繰り出されてゆきます。そして、皮肉なことに、AIの発展こそが「人間とはなにか」を明らかにしつつある、ということが次第に分かってきます。


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コンピュータは、人間が人間らしくあるために必要なものをほとんど持っていないにもかかわらず、間違いなく人間しか持たないはずのものを持っているのだ。それも、人間よりも多く。僕ら人間は、これをどう判断すればよいのだろう。この事実は、人間の自我にどんな影響を与え、人間の自我からどんな影響を受けてきたのだろうか。(中略)
たぶん人間は、AI時代が幕を開けたいまになってようやく、人間自身を再び中心に置けるようになりはじめている。
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文庫版p.98、132


 というわけで、「人間とはなにか」という哲学的、それどころか形而上学的にすら感じられる古い問題を、「数か月後に開催されるチューリングテストで、サクラとして優勝するために具体的にどんな戦術が有効か」という、この上なく実践的な問いとして追求した、異色の哲学書です。

 なお、AI技術やボットのアルゴリズムについては最小限しか書かれていないので、そちらに期待すると落胆することになります。

 では、チューリングテストにAIが合格する日はやってくるのでしょうか。シンギュラリティおやじ、レイ・カーツワイルは、そのときを2020年と想定しています。でも、ウィキペディアの「チューリングテスト」の項目を読むと、あっさりこう書かれていたり。

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2014年6月7日、ロンドンのテストに「13歳の少年」の設定で参加したロシアのスーパーコンピューターが、30%以上の確率で審査員らに人間と間違われて史上初めての「合格者」となった。
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Wikipedia日本語版より「チューリング・テスト」(2015年1月現在)


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『デザインを科学する 人はなぜその色や形に惹かれるのか?』(ポーポー・ポロダクション) [読書(教養)]

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 最近の多感な女子高生は日本地図を見て、「北海道と九州だったら、北海道のほうがかわいいよね」などという。彼女たちの「かわいい」という評価、その根拠はいったいなんなのか? 彼女たちはなにに対して「かわいい」といっているのか? その正体を探るのは非常に興味深い。本作では無謀にも、その根拠や認知するしくみを科学的なアプローチによってひも解いていきたいと考える。(中略)人がデザインから受けるイメージや、なにに対して魅力を感じるかを解明しようと挑戦している。
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Kindle版No.7

 人間はどんな色や形に好感を持つのか。どのような配置からどのような印象を受けるのか。心理学、脳生理学、感性工学などの知見も駆使して、デザインの客観的「根拠」を探ってゆく一冊。新書版(ソフトバンククリエイティブ)出版は2009年3月、Kindle版配信は2014年12月です。


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 私がこのようなことに挑戦したいと思ったのは、いまから20年ほど前、デザイン教育に対する不信感をもったときからである。理由のないデザインの理屈を「これはこういうものだ」と押しつける。自分では納得しないままそれを覚えていく。これでは人の豊かなデザインの感性は育たないと感じた。人の感覚を大事にしたいからこそ、デザインを科学的な見地から、理論的に積み上げたいと思った。(中略)
 それからデザインの現場に生きてきて、多くの人がデザインに対する可能性を狭くしているのに気がついた。「センス」という名のもとに、明確な理由もなくほかのデザインを批判している現場もあった。後世の優秀な人材を育てるためにも、デザインを科学的にアプローチすることが大事なのではないかと思った。
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Kindle版No.203、204


 デザインの善し悪し、デザインから人が受ける印象。そういった、個人差が強く、曖昧で、数値化しにくいものを、何とかして客観的な法則として整理する。本書はそんな無謀とも思える目標に挑戦したものです。全体は5つの章から構成されています。


「第1章 デザインの認知」
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人の認知システムには、いくつかのおもしろい傾向がある。(中略)私たちの見ている映像は、脳がつくりだしたイメージを見ていることになる。私たちはついつい見ているものが「真実」と思ってしまいがちだ。しかし、それは間違いである。
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Kindle版No.59、60


 第1章では、目の仕組みから脳における視覚情報の処理まで、色や形の認知メカニズムを解説した上で、デザインに関わる認知の「癖」を紹介してくれます。人間には色型タイプと形型タイプがいる、右視野より左視野が優先される、図と地の識別法則、ストループ効果、色や大きさの恒常性、文脈効果、などなど。


「第2章 認知とイメージ」
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色の組み合わせや形の組み合わせは、合う合わないという手法で決めてはいけない(中略)デザインを考える場合、どう組み合わせると合うのかを考えるのでなく、どう組み合わせると、どういうイメージを発信するか、それを考えるのが大事なのである。
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Kindle版No.78


 第2章では「かわいい」「派手」「平凡」など人がデザインを見たときに受ける印象がどのようにして決まるのか、その法則を探ってゆきます。色のイメージ、配色から受けるイメージ、色と形の組み合わせから生ずるイメージ、などを具体的にまとめた後、応用として、ピクトグラム、道路標識、ロゴマーク、選挙ポスターなどを取り上げ、それぞれどのような狙いでデザインされているかを解説します。個人的には、選挙ポスターにおけるデザイン戦略の話が興味深かった。


「第3章 イメージの根拠を探る」
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 平面デザイン画を例に挙げて、アンケート調査による分析から「かわいい」「平凡な」「派手な」「お洒落な」という言語イメージとデザインの関係性を明らかにした。
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Kindle版No.


 あるデザインが、なぜ特定の印象を与えるのか。その根拠となる法則を様々なアンケート調査の結果から調べてゆきます。例えば、「かわいい」と感じる人が多いデザインには、以下のような共通の特徴があることが分かったそうです。

「図柄が整った形、整った配列をしている」
「図柄同士が重ならないほうがよい」
「図柄の大きさはさほど関係がない」
「特定の色よりはビビッド、ペールなどのトーンが重要」

 同様に「平凡」「派手」「お洒落」も分析してゆきます。曖昧な「センス」に頼らずにデザインを分析するための基本が分かります。


「第4章 人はなぜその色や形に惹かれるのか?」
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 デザインと人の好みの関係は簡単な方程式で表せるようなものではない。ところが細部や傾向に関しては、次第に明らかになっているものがある。たとえば、「人が好みやすい形状」「脳が大好きな形」などはわかってきている。(中略)
 ここではさまざまな研究結果やデザインの調査でわかってきた「人の好みとデザインの関係」について解説し、人が特定のデザインに魅了される法則について、色と形の視点からアプローチしていきたい。
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Kindle版No.144


 色の好みに関する性差や地域差、色彩調和による「心地好い色の組み合わせ」の法則、黄金比や白銀比といった形のバランス、「心地よい形状」の特徴、「脳がもっとも好む究極のデザイン」とはなにか。デザインと人の好みとの関係について探ってゆきます。


「第5章 デザインのパワー」
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最後の章では、いままで解説したさまざまなデザインの機能や、人の認知特性を応用したデザインを考える。
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Kindle版No.183


 記憶に残るデザインの法則、露出効果、ユーザビリティ効果、心地好いデザインのまとめ方、5種デザインの法則、シンプルなデザイン、視線の設計、そしてデザインに求められるもの。これまで解説してきた知見を用いて、どのようにして実際のデザインを作ってゆくかを考えます。


 というわけで、デザインの善し悪しをある程度まで客観的・定量的に考えるための基礎知識をまとめてくれた、デザイナー入門書、あるいはデザインの教科書というべき本です。

 デザイナーを目指す方はもちろん、身の回りにあふれている色彩と形の組み合わせにはどういう意図があるのか、なぜ特定の配色や形の組み合わせに好感を覚えるのか、どうしてグローバル企業のロゴはみんな青色なのか、そういったことが気になる方にお勧めです。


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『シングルマザーの貧困』(水無田気流) [読書(教養)]

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 今、「家族の現実」は大きく変わってきている。それにもかかわらず、「家族の理想像」は驚くほど変わっていない。家族問題は、あまりにも身近で見えにくい、明るい闇のようなものである。こうあるべきという理想像が煌々と明るく喧伝され、その陰で理想にそぐわない現実は「あり得ない」「例外的」なものと、消し飛ばされてしまう。その結果、多くの人々の生きた現実が見えにくくされていく。
 シングルマザーに凝縮して現れる日本社会の問題は、これらを開示して見せる現実の切断面といえる。
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Kindle版No.414


 経済的困窮、時間の圧倒的な不足、そして公的支援の不足。それなのに世間の目は厳しく、すぐに「自己責任論」をもって苛烈な非難を受ける。それはなぜなのか。

 様々なデータに基づいてシングルマザーが置かれている状況と構造を明確にし、少子化問題、労働雇用問題、福祉問題、ジェンダー問題など今日の日本社会が抱えている深刻な課題との関係性を明らかにしてゆく一冊。新書版(光文社)出版は2014年11月、Kindle版配信は2014年12月です。


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 シングルマザーの貧困問題は、日本の社会問題の集積点である。それは、就労・家族・社会保障制度の3分野にまたがる問題を凝縮したものといえる。
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Kindle版No.3


 「日本の社会問題の集積点」であるシングルマザーの貧困問題を軸に、日本の様々な社会問題に切り込んでゆきます。全体は序章と6つの章から構成されています。


「はじめに」
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日本では、子どものいる一般世帯の平均年収は高いものの、ひとり親世帯となると途端に貧困率が跳ね上がる。前者は貧困率が16% 弱であるのに対し、ひとり親世帯の貧困率は5割を超える。
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Kindle版No.6


 まず序章である「はじめに」では、シングルマザー世帯が置かれている厳しい状況を明らかにします。多くの統計データが示すその惨状。経済的困窮、公的支援の不足。それなのに世間の目は厳しく、すぐに「自己責任論」をもって苛烈な非難を受ける。

 いったい、なぜなのでしょうか。どうしてシングルマザーの困窮は「ないこと、真剣に考えなくてもよいこと」にされがちなのでしょうか。

 本書全体を通じた論点の多くがここにまとめられています。


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シングルマザーになった理由は8割が夫との離別であり、それゆえ「自己責任」とみなされがちである。ただ、その場合の選択とは積極的になされたものだろうか。(中略)
現実的には、多くのシングルマザーが「わがまま」で離婚したとは言い難い実態がある。母子の精神、健康、ときには生命すら脅かされての止むを得ない選択が少なくない。
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Kindle版No.25、30

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 この国は、「個人」には個性的な生き方を推奨しつつ、「家族」には「普通」の同化圧力をかけ続けている。このため、あえていえばシングルマザーは、「あってはならない」存在とされるのではないか。ゆえに、この国の社会環境のエアポケットに落ちやすい存在ともいえる。(中略)
 今日の社会では、あらゆる側面で自由競争が標榜される一方、実質的に女性が一人で子どもを産み育てる自由は乏しい。それは、この国の女性が本当の意味では「産む自由」を手にしてはいないことの証左ではないのか。
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Kindle版No.38、49


「第1章 シングルマザーの貧困問題」
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概算して、子どものいる8世帯に1世帯は、ひとり親世帯。この数値は、決して小さいものではないことが分かるだろう。(中略)
子どもの数も、世間で考えられる「両親揃った“普通の”家庭(=標準世帯)」も減っているのに、それに反比例して、シングルマザーに育てられる子どもは増加の一途を辿っているのである。
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Kindle版No.186、190


 第1章では、シングルマザー世帯の経済状況を確認してゆきます。それが決して「一部の特殊な世帯の話」ではなく、今日の日本が抱えている重大な、すぐにでも解決しなければならない大きな社会問題であることがはっきりと分かります。シングルマザーの貧困、それは子供の貧困へとつながり、貧困の世代連鎖を引き起しているのです。そしてその人数は増加の一途を辿っています。事態は深刻です。

 それなのに、この国を覆っている「母性神話」によって思考停止し、見ないよう考えないようにする私たち。こうしてシングルマザー貧困問題は「まるで見せしめのように放置されている」のです。


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母子世帯は、平均して一般世帯の36%程度の年収しかなく、さらに実際に働いて得ている収入は29%程度ということになる。(中略)経済的自立には、「働いて得た収入で食べていくことができる」ことが必須条件だが、これでは非常に厳しいと言わざるを得ない。
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Kindle版No.228、232

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子どものいる世帯の貧困率を示す「子どもの貧困率」は16.3%となり、過去最低を記録した。これは、子どもの6人に1人が貧困に陥っていることを示す数値である。(中略)何と日本の現役世代のひとり親世帯の貧困率は、30か国中最下位となっている。相対的貧困率で見れば、日本より深刻なはずのアメリカよりも10%以上も高い。
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Kindle版No.250、265

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 日本では、女性には「母性」が備わっていてしかるべきという社会通念が強い。宗教が冠婚葬祭の儀礼以上の意味が希薄なこの国で、「母性神話」は最も強い「信仰」なのかもしれない。それゆえ、ある意味では人の道から外れること以上に、母の道から外れることに対して激しい非難の声があがる。
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Kindle版No.333

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母親を非難する人々の多くは、母親による安定した子育てという理想と、それが実現できない人々の現実との間に横たわる溝が見えない、ないしは見ようとしていない。(中略)
現実を覆い隠して余りあるほど、この国の母性神話は今なお根強いように見える。それは、シングルマザーのみならず、多くの女性を苦しめている。よき母たる理想像は、母親になるためのハードルを際限なく押し上げ、結果的に女性たちの不安や負担を増やし続けているからだ。
 一方、その不安を裏打ちするように、この国のシングルマザーの経済的貧困は、まるで見せしめのように放置されている。
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Kindle版No.379、382

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 今、「家族の現実」は大きく変わってきている。それにもかかわらず、「家族の理想像」は驚くほど変わっていない。家族問題は、あまりにも身近で見えにくい、明るい闇のようなものである。こうあるべきという理想像が煌々と明るく喧伝され、その陰で理想にそぐわない現実は「あり得ない」「例外的」なものと、消し飛ばされてしまう。その結果、多くの人々の生きた現実が見えにくくされていく。
 シングルマザーに凝縮して現れる日本社会の問題は、これらを開示して見せる現実の切断面といえる。
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Kindle版No.414


「第2章 離婚貧国・日本----豊かな国の貧しい社会政策」
「第3章 近代家族の矛盾」
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経済的により困窮している割合の高い母子世帯でも、養育費に関し取り決めをしているのは4割以下であり、受給している世帯は2割だが、4年を経過すると 16% を切ってしまう。しかも、そのことについて半数近くが誰にも相談していない
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Kindle版No.940


 第2章と第3章では、離婚によって生ずる不利益を主に母親に背負わせ、結果として経済的困窮状態に追いやっている日本の離婚をめぐる状況が明らかにされます。そして、またもや「家族の理想像」から外れた世帯に対する世間の冷たい目、そこから生ずる公的支援の欠如。

 現実から遊離した、家族/母親/女性の「理想像」への固執。その大きな歪みが、弱い立場に置かれた人々を容赦なく追い詰め、圧殺してゆく。結果として進む少子化により、社会全体の未来が蝕まれてゆく。希望が失われる。その悲惨な現実に、息を飲みます。


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若年層の経済状況に鑑みれば、若年層は知識不足で産めないのではない。端的に、経済的不安で産めないのである。(中略)
現状では、「問題なく機能する標準世帯」の理想像が、細やかな段階的支援のための視点を曇らせている。
 シングルマザー問題は、この視界不良から起こされている。
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Kindle版No.694、725

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 仮に抽象的に「理想像に固執するよりも、実態を直視し、不当な構造的な差別は是正すべき」と述べれば多くの人は賛成するだろう。だが、こと「家族」に関しては、このような合理的判断が退けられ、理想像や世間一般などを根拠に、ときに苛烈なまでの反発が見られる。
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Kindle版No.1075

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さまざまな統計データや調査から明らかになるのは、すでに破綻した家族像を守ること以上に、DVなどによる被害者を救済し、とりわけ弱い立場に置かれた子どもたちの生命・健康、そして教育をはじめとする環境を整えることのほうが、ずっと重要で緊急性も高いという点である。(中略)
社会政策は、何よりもまず子どもの生命と健康を第一に考えて組み上げるべきだ。親だから、家族だから、子どもを保護してしかるべきだという理想像は、現実の危機を見る目を曇らせている現状を考え直さねばならない。
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Kindle版No.631、668


「第4章 シングルマザーの「時間貧困」」
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 子育てにとって今が大切なときであることは分かっている。しかし、仕事をしなければ食べていけない……。綱引きのように心も体も揺れていく。(中略)
 まさに家計責任と家庭責任のジレンマといえる。なぜ日本社会では、ひとり親がその双方の責任を負うには、これほどまでに「時間が足りない」のだろうか。
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Kindle版No.1341


 第4章では、シングルマザーが置かれている「どうしようもなく時間的余裕がない」状況をつぶさに見てゆきます。それが「特別なものではなく、今後日本の雇用や家庭に頻出する問題の先取り」だということが明らかにされます。

 あらゆる労働者に、「育児、介護、看護など家族のケアワークに時間を割く必要性ができたら、たちまち経済的に困窮する」という甚大なリスクを押しつけ、それを見ないようにすることで成り立っている日本型雇用慣行。それはもちろんシングルマザーだけの問題ではなく、私の問題でもあり、あなたの問題でもあるのです。


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日本では今なお企業で主流労働者とされているのは、「妻にケアワークを丸投げ」で仕事に専念し得る男性社員である。その働き方を「基準」とすれば、シングルマザーはもとより、育児や介護など家族のケア負担を抱えた人材は、雇用市場で非常に不利となる。これは、現在日本の働き方が、家事・育児・介護などの家庭責任を、経済活動の「外部」として位置付けてきたことによる。
 このため、家庭責任と家計責任を双肩に負うシングルマザーは、二重の「時間貧困」に陥る。夫婦世帯ならば分担し協業しえる責任を、すべて担わねばならないからだ。
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Kindle版No.1229

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 よく言われる「女性の仕事と家事育児の両立」は、字句通り目指されるのであれば、それほど困難ではない。だが、現在の日本では、就労の場も家庭もそれぞれ無尽蔵に時間を要求する。ここで求められるのは、「会社人間になりながら家庭責任を全うすること」であるが、現実的にはそれは不可能である。このため、今なお女性が結婚や出産を機に正規雇用の職を辞する慣行は継続している。
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Kindle版No.1357

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現在の日本の雇用慣行では、被雇用者が育児、介護、看護など家族のケアワークに時間を割く必要性ができたら、たちまち従来型正規雇用の仕事はできなくなり、さらに非正規雇用に転換したら生活水準が保てない……というリスクを内包している。(中略)
シングルマザー世帯に見られるさまざまな不利益やニーズは決して特殊な家族形態に見られる特別なものではなく、今後日本の雇用や家庭に頻出する問題の先取りともいえる。
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Kindle版No.1387、1392


「第5章 選択的未婚の母」
「第6章 根強い日本の文化規範」
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 改めて思い知らされたのは、この国の家族規範の強固さである。それは、女性たち自身にも深く刻み込まれているため、客観的にながめること自体が困難だ。
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Kindle版No.1977


 第5章と第6章では、「まともな家族/生活は、こうあらねばならない。そこから外れた“変な”人たちは無視し、もし問題を起こせば自己責任論をもって徹底的に非難し排撃する。そうすることで結束を確認しあい安心する」という日本社会の規範が、どれほど私たちを生きづらくさせているか、シングルマザーの貧困問題を通して見えてくるその陰惨さが追求されます。


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 昨今、判で押したように言われる「女性のライフスタイルの多様化」だが、こと出産・育児に関しては驚くほど変化に乏しい。(中略)
 果たして、「多様化」の中身とは何か。さまざまな統計結果から明らかになるのは、「結婚しなくなってきた」ことと、「非正規雇用が増えた」こと、この2点に集約される。晩婚化・非婚化が進行し、かつ現在、女性の被雇用者は過半数が非正規雇用だ。この事実は、女性の人生の安心安定の礎が崩壊してきていることを意味する。
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Kindle版No.1695、1699

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 率直に言って、この国の女性たちの置かれた雇用環境は貧困である。女性は非正規雇用者も多いが、年間を通じて給与所得がある者でも7割が年収300万円以下である。さらにこれまで述べてきたような、「子どもをもつと極端に拡大する男女の賃金格差」や、「出産・育児と就労の両立困難」および「第一子出産後の高い離職率」などに鑑みれば、多くの女性にとって、シングルマザーという生き方の選択が貧困に直結することは一目瞭然である。
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Kindle版No.1757

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 国際比較からみても高すぎる日本の母役割の基準は、多くの女性を苦しめている。そして、自らの不完全さに寛容になれなければ、自分を責め続けることとなる。(中略)
子どもをもつ女性の多くは、母親としてのあり方を自己のアイデンティティの拠り所としているが、一方で高すぎる「普通の母」役割との落差にも苦しんでいる。
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Kindle版No.2040、2042、

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政治家は日本の低出生率を「女性の怠惰と愛国心のなさ」のせいにし、ときに子どもを産まない女性は社会貢献していないとみなされ、公然と批判される。医療や教育関係者たちは子どもの病気や問題はそのほとんどが母親の無知や怠惰のせいにしている(中略)
公的な場における暴言がさして珍しくもないほど、日本社会の女性へのまなざしは旧態依然としている。日本で「家族」に関することがらを問う難しさは、ここに根差している。
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Kindle版No.2045、2069

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日本社会の大きな問題は、個人が旧来の性別分業型標準世帯から零れ落ちると、たちまち経済的にも時間的にも貧困に陥ることである。そのリスクは、誰にとっても他人事ではない。
 私たちは、「普通の家族」の価値が高騰している時代に生きている。それにもかかわらず、旧来の文化規範を強固に保持したまま、女性たちに就労も出産も子育ても望む言説があふれているようにみえる。
「女性活用」や「少子化対策」が叫ばれる昨今だが、その内実はまだまだ女性に過酷だ。あえていえば日本の女性たちは、完全には子どもを産む自由を獲得し得ていない。安定した職に就く男性の法律婚パートナーでなければ、実質的に子どもを産み育てることは極めて困難である。この問題をつきつめると、選択的未婚の母が極端に少なく、また離婚した女性の貧困リスクの高い日本社会の構造的背景にいきついた。
 シングルマザーの貧困は、日本社会の問題の集積点である、とかねてより思っていた。本書執筆にあたり、この事実をあらためて確信した。
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Kindle版No.2368


 というわけで、シングルマザーの貧困問題を軸に、日本の様々な社会問題が吹き出している病根に果敢に切り込んでゆく好著です。統計データに基づいた冷静な論調には大きな説得力があり、思わず身震いするような現実が迫ってきます。あらゆる人に読んでほしい、必読の一冊です。


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『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.3』(川口晴美:詩、芦田みゆき:写真、小宮山裕:デザイン) [読書(小説・詩)]

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この町で
  何か起こるというのですか
 いったい何があるというのでしょう
            この双花町に
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「詮索」より


 どことも知れぬ不可解な場所、双花町を訪れた「あなた」は、いつしか迷宮に足を踏み入れていることに気づく。長篇ミステリー詩と写真の幻想的コラボレーション、そのパート3。Kindle版(00-Planning Lab.)配信は2015年1月です。

 どこか不穏で心をざわめかせる写真と、幻想ミステリーのような謎めいた雰囲気の長編詩。二つの創作物が電子媒体の上で重なり合い、読者を否応なく双花町という名の迷宮へと引き込んでゆきます。


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あなたはそれを確かに見た。彼女とそう変わらない年頃の少女の死体。あなたは未だに少女の名も、少女がどのように殺されたのかも、知らない。おそらくこれからも知ることはない。
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「午睡の夢」より


 何者かに殺害され、つるされていた少女の謎。

 どこかに閉じ込められている少年の叫び。

 何かを埋めたらしい双子のサヤコとサヨコ。

 そして、あらゆるシーンに共通して登場する、向精神薬物らしき、秘密めいた銀色の錠剤。それは川沿いにある製薬工場で作られているのでしょうか。

 謎は解明されるどころか、いっそう混迷を深めてゆきます。なにげない風景や建物が写っているだけなのに、不穏な気配を濃厚に漂わせている写真を背景に、詩の言葉が、忍び寄るような恐怖をもたらします。


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だから魚臭くなるの。だから裏庭に埋めなければならない。いいえ。裏の空地に。埋められなければならない。鱗も頭も内臓も骨も血も。誰にも見つからずに。夜。そうです風の強い晩でした。シャベルはサヤコが担ぎました。ええサヨコではなくサヤコが。
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「原因」より


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僕をここから出して。お父さん。逃がしてください。
お父さん。おねがい。
  (中略)
こわい。はやくはやくはやくお父さん助けに来てお願い。
でも、もしかして、ねぇ、どうしよう、僕の手紙は、本当にお父さんに届いているの?
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「紙を折る」「紙を返す」より


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ドアを開けるとこぢんまりした浴槽は縁まで銀色の粒に満たされていて、そこに死体のように浸かっていた身体があなたに向かってゆっくりと目を開く。立ち上がった裸身は魚のようにびっしりと鱗に覆われ……いや、そう見えたのは銀色の錠剤が肌に隙間なく付着しているせいだ。
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「午睡の夢」より


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         こわいですか
ご安心なさい
    双花町があなたを隠すでしょう

 もう

    あなたは
  どこにも
見つからない

こわいですか
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「詮索」より


タグ:川口晴美
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『リアルリアリティ』(矢内原美邦、ニブロール) [ダンス]

 2015年1月25日は夫婦でシアタートラムに行って、矢内原美邦さんの新作公演を鑑賞しました。ニブロールの『リアルリアリティ』、四人のダンサーが踊る1時間の舞台です。

 それぞれ二畳くらいの大きさの、真っ白いパネルが7枚ほど立てられ、舞台を囲んでいます。パネルは片面の下半分が格子状になっており、ところどころ部分的に塞がれていて、ここに映像を投影するとでこぼこに歪んで変な立体感が生じます。

 それらの背後には、家具や雑貨を積み上げて作られた山。

 白いパネルに様々な角度から映像が投影されると、パネル、床、劇場の壁までが映像空間に包まれてしまいます。最前列で観たので、視界の大半が動画で占められることが多く、いかにもニブロールらしい「小さなオブジェクトが大量に降り注ぎ、吹雪のように舞う」シーンなど、見当識失調を起こして3D酔いのような感じに。

 出演者たちは、こうした映像のなかで、あるいは映像がなくなった殺風景な白い空間で、孤独、いらだち、拒絶感などを感じさせるダンスを踊ります。ダンサー同士のコンタクトは少なく、それも非友好的なものばかり。ますます痛々しい感じが強まります。控えめながら、切実さを漂わせるダンスです。

 最終場面では、背景だとばかり思っていた家具や雑貨の「山」の上に矢内原美邦さんご本人が登場し、積み上げられた家具や雑貨を次から次へと床に落としてゆきます。無表情に、淡々と、自傷行為のように。机の端にそっと置いたマグカップを次の瞬間あっさり払い落としたり。

 落ちたものはすべて数メートル下の床に叩きつけられますが、その箇所はパネルで隠されて見えません。がしゃんっ、じゃらんっ、ばごんっ、ぱしーっん、ごんっ、どんっ、ぐわしゃっ、がんっ。落とされたものが床に激突する破壊的なノイズが背景音となり、何もかも「壊れゆく」感覚が強まります。その騒音が痛々しい。

 ものを舞台中にまき散らして、一つ一つ丁寧に片づけて、再びまき散らす。そんな不毛な行為をえんえん続けるといった、陰鬱というか無常というか、生きている実感が得られない虚しさや自傷とか破壊衝動を連想させる、そういうシーンが続く作品です。これが現代日本における本当のリアリティなのかも知れません。

[キャスト]

振付: 矢内原美邦 
出演: 鶴見未穂子、森井淳、石垣文子、小山衣美


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