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『モーヴ色のあめふる』(佐藤弓生) [読書(小説・詩)]

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感触は足が忘れるだろうけどごめんなさいごめんなさいみみず
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霽月になめくじたちがなめにくるこよいわたしはこんなに茸
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またも春、月の地層にさかしまのハルキゲニアはうたっているか
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 SFと怪談と奇妙な味の三種混合ワクチン。怖くて、謎めいていて、しかもどこか妙におかしい、魅惑の歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2015年6月です。


 個人的に、佐藤弓生さんの短歌には「隠れSF」を感じてしまうのですが、他の読者はどうなんでしょうか。例えば、次のような作品。


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産む雨の地表に届くことなきをかなしまず美の女神にあれば
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 金星の硫酸雨を詠んでいる、としか思えないのです、私には。しかも、そんなSFテイストをこっそり隠して目配せしている気配まで感じて、そこに味わいがあるなあ、SFは秘してこそだなあ、などと勝手に思ったり。


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薔薇十四、五本をくるむ〈溶融〉の文字あたらしい新聞紙にて
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 こちらも、原発事故が題材なのでしょうが、むしろ終末SFの雰囲気が漂っていると感じます。

 月を題材にした歌が百首収録されていますが、そのなかにもSFテイストがあちこちに。


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有史よりつわものどもの腕や脚あまたうずめて月の裏側
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またも春、月の地層にさかしまのハルキゲニアはうたっているか
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されこうべひとつをのこし月面の静かの海にしずかなる椅子
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ひさかたの月探査機のあしあとの鳥のごときを思えばわらう
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月光に削がれ削がれていつの日かいなくなるときわたしはきれい
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 一方で、怪談派も負けてはいません。いや別に勝負してないけど。


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縊死、墜死、溺死、轢死を語りたり夕餉の皿に取り分くるごと
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そのとき人は生きているのだ ひとは、と口ひらくとき卵食うとき
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ふるさとの蠅の多さを語りつつ青年が割る〈かもめの玉子〉
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顔たちが壁にほほえむトレーラーハウスのむくろ残して夏は
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人は血で 本はインクで汚したらわたしのものになってくれますか
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日くれて四方(よも)はくらく いつよりか宝石(いし)を眼窩に嵌めた人びと
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まんまるな月ほどいては編みなおす手のやさしくてたれか死ぬ秋
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 怖いかといえばこわい。でも、どちらかといえば奇妙な味わいが先に立つような気がします。これがバイオホラー系になると、どちらかといえばブラックユーモア。


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感触は足が忘れるだろうけどごめんなさいごめんなさいみみず
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いのちもつ紐の気配に今宵わが素足の間(あい)をごきぶりゆけり
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土くれがにおう廊下の暗闇にドアノブことごとくかたつむり
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暗闇を泳ぐ生きものだったからまこをなくしたのねペニスは
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霽月になめくじたちがなめにくるこよいわたしはこんなに茸
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 というわけで、SFと怪談と奇妙な味という、個人的に惹かれてやまないものたちが、こう、ぎゅーっと詰まったような魅惑的な歌集です。とてもいい。


タグ:佐藤弓生
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