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『日時計』(シャーリイ・ジャクスン、渡辺庸子:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


――――
「わたしたちはすでに、すべてのメッセージを受け取りました。それで、これはまだ、わかったばかりのことですが、宇宙人がやって来るのは――」
「宇宙人?」ハロラン夫人が小さくつぶやいた。
「宇宙人ですよ、土星からの。なぜ? あなた方だって――」
「いいえ、まったく」と、ハロラン夫人。
「とにかく、こちらの知るところでは、彼らがやって来るのは、八月の終わり頃になる予定です」
――――
単行本p.139


――――
「外の世界はね、ファンシー、屋敷を囲む塀の向こう側にぐるりと広がる世界は、本物じゃないの。内側にあるこの場所は本物。わたしたちは本物よ。でも、外側にあるものは、厚紙だの、プラスチックだので出来上がっているようなものでね。あちら側には、本物なんてなにひとつありゃしない。(中略)ある日、これこれの真実が世間の目に隠され続けているのは、それがみんなのためだからです、なんてことを聞かされたかと思うと、次の日には、その真実が隠され続けているのは、実はそれが本当に嘘だからです、と聞かされて、なのに、その次の日には――」
――――
単行本p.246


――――
「まだ足りないものがあるとしたら、それは、空からわたしたちを見おろす、チェシャ猫の頭だわね」ハロラン夫人はテラスの上から、今ではだいぶ自由に庭を動きまわっている大量の村人たちをながめた。そのなかにあって、日時計の姿は、そばへ見に寄る者がまるでいないため、すっきりとよく見通せた。うごめく人の波のなかで、それは小さな島のように、ぽつんと孤独に立っている。
(中略)
「ここにチェシャ猫がいたとしたら、ウィロー夫人は公爵夫人ってところかな」エセックスが面白がって言う。
「確か、公爵夫人はハートの女王の横っ面を叩いて、死刑を宣告されていたわね」ハロラン夫人は笑った。
「そいつらの首をはねてしまえ!」
――――
単行本p.277


 人里離れた土地に建てられた広大な屋敷に住んでいる、どこか奇妙で、どこか歪んでいて、互いに歯に衣着せぬ物言いでマウンティングに明け暮れる一族。そこに終末予言が降ってきた。近いうちに世界は滅び、屋敷にいる者だけが助かるというのだ。これまでの屋敷内権力闘争は、今や新世界の支配者をめぐる壮絶ないがみ合いへとスケールアップ。皮肉と風刺と辛辣なユーモアをたっぷり混ぜ込んだシャーリイ・ジャクソン流『不思議の国のアリス』。単行本(文遊社)出版は2016年1月です。


――――
この物語には友達になりたいと思える人物がひとりも出てきません。だれもかれもが自分第一で、自身の打算や愚かさを露呈しながら、相手に対してなんら配慮のないむき出しの感情を、時には悪意と呼んでさしつかえないものをぶつけます。けれどそれは、だれにとっても見覚えのある、自分のなかにも確かにある闇。それを、“不快”が“嫌悪”に変わるぎりぎりのラインを保ちながら、一定のユーモアを加えて「さあ、どうぞ」と読ませるシャーリイ・ジャクソンの手腕
――――
単行本p.329


 物語の舞台となるのは、ハロラン氏の広大な屋敷。といっても、ハロラン氏は身体が不自由な上にボケており、実権はハロラン夫人が握っています。思うがままに屋敷内恐怖政治を繰り広げるハロラン夫人。


――――
「これは今、わたしの屋敷だし、この先も、わたしの屋敷であり続ける。今の世界でも、次の世界でも、わたしはこの屋敷にある石ころひとつだって手放しはしない。このことは、全員の頭に叩きこんでおかないとね。それと、わたしは自分が手にした権力だって、一片たりとも手放す気はないんだってことも、いっしょに」
――――
単行本p.261


 遺産相続者であるハロラン夫人の一人息子ライオネルは“事故”で亡くなり、その妻のメリージェーンと幼い娘ファンシーはかなりの痛手を受けたところです。


――――
「あたしが突き落としてあげようか?」ファンシーが訊いた。「おばあちゃんがパパを突き落としたみたいに」
「ファンシー!」ミス・オグルビーが声をあげた。
「言いたいように言わせてあげて」メリージェーンが言った。「わたしだって、この子にはきちんと覚えていてほしいもの。さあ、ファンシー、もう一度、言ってごらんなさい」
「おばあちゃんがパパを殺した」ファンシーは素直にくり返した。「パパを階段から突き落として殺した。おばあちゃんがやった。そうでしょ?」
――――
単行本p.6


 使用人であるエセックスとミス・オグルビーも、誰はばかることなく率直なご意見を口にするし。


――――
エセックスが嫌悪もあらわに言った。「ライオネルのやつ、自分はさっさと死ねてよかったと喜んでいるんじゃないのかな」
「口を慎んで」ミス・オグルビーがたしなめた。「話相手がわたしでも、自分たちは使用人だということを忘れないでちょうだい」
――――
単行本p.7


 そして独裁者ハロラン夫人に対して、選民思想を武器に権力闘争を挑んでやまないファニーおばさま。


――――
「あなたが低い身分の生まれであることを、みんな、忘れないようにしなくてはね」ファニーおばさまは、さらに続けた「この世には、あなたのような生い立ちの人がどう頑張っても入りこめない、高尚なる領域というものがあるの。(中略)だからこそ、あなたは自分より優位に立つのが、このわたくしであることを認めなければならないし、この屋敷は、並はずれた生を受けた人間が、その心の求めるままに、無抵抗で手に入れるべき場所なの」
――――
単行本p.61


 二人の娘を連れて屋敷にやってきたウィロー夫人が求めているのは、権力ではなく、金です。それと、自分の娘と結婚するくらい愚かな男。


――――
「この子たちときたら、まったく手に負えなくなっちゃって。親のあたしも否定しようがないくらい、たとえば、ジュリアは小賢しい顔をしているただの馬鹿だし、愛らしい顔のアラベラは――」
「すれっからし」と、ハロラン夫人。
「まあね、あたしは“売女”と言いたかったんだけど、ここはあなたの家だから、そっちに譲るわ。で、本題に入るけど、要は、お金が必要だってことなの。こう言うと、ほかのものには困ってないみたいに聞こえるけどね」
――――
単行本p.78


 そんな屋敷に飛び込んできた若い娘グロリア。


――――
「グロリア――わたしは王冠をかぶり続けていいかしら?」
「訊かれたから、答えますけど」グロリアは遠慮なく言った。「ハロラン夫人、今のあなたは、とんでもなく間抜けに見えると思います」
「なるほどね。ありがとう、グロリア。そうやって、わたしの気持ちになんの配慮もなく答えてくれて。それで思ったんだけど、まだ手遅れってわけじゃないだろうから、あなたはお父さまのところへ戻ったらどう?」
「それで父に、あなたは気の狂ったばあさんで、頭に冠をのっけた姿で夕食の席についていましたと、報告すればいいですか?」
――――
単行本p.267


 みんな少しは、如才なさとか、おべっかとか、社交辞令とか、そういうものを身につけた方が……と辟易するほど。闘鶏のような辛辣な皮肉とあてこすりの応酬が続きます。何しろ裏表というものがなく、とてつもなく正直で率直で、思ったことをそのまま口にする人ばかり。作者のコメントもまたそれに輪をかけて辛辣で、登場人物たちに対する情け容赦というものがありません。


――――
今のハロラン氏にとって間違いなく信じられるのは、その日その日にわかる、今日もまだ死んでいない、という事実くらいなものであり、そして、そのほかの者たちが信じているのは、それぞれにとって、確かなもの――たとえば権力、酒がもたらす慰め、金、だった。
――――
単行本p.52


 しかし、読み進むにつれて辛辣な会話にも慣れてくると、これが段々と気持ちよくなってきて、厭な登場人物たちに親しみがわいてくるのが奇妙なところ。

 そんな屋敷に終末予言が降ってきて、権力闘争上有利なので「信じるふり」をしていた登場人物たちが、次第に本気で世界の終わりを信じるようになってゆき、それにともなって何となく結託してゆく感じが素敵です。最後の方になると終わってほしくない、いや世界はともかく、この物語は終わってほしくないな、と感じるように。

 作中で登場人物たち自身も指摘している通り、『不思議の国のアリス』を彷彿とさせる雰囲気があります。心霊現象、終末予言、霊媒、UFOカルト、猟奇殺人(幼い娘による一家惨殺事件)といったオカルト要素も、シャーリイ・ジャクソン流ワンダーランドである屋敷に丸め込まれてしまい、すべてが不謹慎な浮かれ騒ぎに。

 というわけで、今まで翻訳されていなかったのが不思議なほど魅力的な作品です。『なんでもない一日 シャーリイ・ジャクスン短編集』と合わせて読むことをお勧めします。


『現代ニッポン詩(うた)日記』(四元康祐) [読書(小説・詩)]


――――
いつかここにも篝火が焚かれるだろう
便利さはすべて失われるだろう
飢えと寒さのなかで
あたしたちは初めて見つめるだろう
傷だらけの互いの素顔を
――――
『夜のコンビニ』より


 現代日本の社会問題をテーマにした詩篇やエッセイを散りばめた異色詩集。単行本(澪標)出版は2015年8月です。


――――
いまの私をそう云う詩に駆り立てているものは、最近の日本社会の現実そのものかもしれない。
 教育現場やいじめの問題であれ、TPPや普天間基地などの経済や軍事の話であれ、五年前十年前に書いた詩のテーマは些かも色褪せていない。むしろより尖鋭的な課題として私たちの前に立ちはだかっている。
――――
単行本p.121


 差別、テロ、虐待、派兵、移民、詐欺、株価。さまざまな世相や社会問題を、詩の言葉でえぐる詩集です。一部のパートは「エッセイ+詩」という形式で連載されたものもあり、一つの主題について異なる表現形式が響き合う様を見せてくれます。

 テロや戦争をテーマにした作品はこんな感じ。


――――
もういいよ
もう平和はいいよ
みてくれよ、この俺の有様
ぎりぎりなんだよもう
(中略)
一人一人の心のなかに
しずまりかえった砂漠がかくれている
派遣してくれよたったひとりで
戦わせてくれ 俺を
俺だけの空と
素手で
――――
『砂漠へ』より


――――
「外傷はなし。だが肺と肝臓が破裂している」
若い医師が担架のわたしの胸を覗き込んで
怒ったように呟いた
わたしは知っていた 生まれたときから
からだの奥に蝶が隠れていて
たったいまそれが目を覚ましたのだと
頭の上でヘリコプターが旋回を繰り返している
裸の胸のなかで蝶が翅をのばす
すると静けさが溢れだす
このしじまに耳を澄ましさえしたなら
憎しみは萎えただろう愛する勇気とともに
粉々のガラスが道路一面に輝いている
お母さん! お母さん!
ものすごく巨きい青い淵が近づいてくる
そして蝶が舞いあがった
――――
『胸のなかの蝶』


 ホモソでミソジィな男の世界にも、巧みに蹴りを入れてきます。


――――
ごらん、あそこに男がいるだろう
淋しそうに風に吹かれて
騙されちゃだめだよ
やつらはいつも群れているのさ
ひとりきりのときだって
――――
『男たち』より


――――
いま降りかかるのは冷たい雨粒
やがて激しい回転と下降がはじまるだろう
机上の黒いダイヤル式の電話が鳴り続けている
放っておきなさい 連中からの指令は
「勝ち残れ」いつもそれだけだ
――――
『執務室のゴジラ』


――――
「みろ、どんなにいい学校でたって
嘘をついたらこのざまだ。いいか、ヨシオ
人間正直が一番だぞ 澄みきった月のように
公明正大なのがもっとも尊いんだ」
父は赤い顔に満足そうな笑みをうかべて
ぐいっと麦焼酎をのんだ
「プライドってものがないのかしら、この人」
汚らわしいものをみる目つきで母が言った
ぼくはひとりでどきどきしていた
いつかぼくも裁かれる
恐ろしい秘密をみんなの前に暴かれて
裸で立ちすくむだろう 矢を放たれるだろう
それはもう全くたしかなことなのに
ぼくはまだぼくの罪をしらない
――――
『罪と罰』より


 まるでショートショートのような、ストーリー性を感じさせる作品も多く、それぞれ世相をえぐります。


――――
誰でもいい、殺したいんだ
と男が叫んだ
私たちは答えて云った
「ご来店有難うございます」

誰か俺を止めてくれよう
男は泣いていた
私たちは答えて云った
「ポイントカードは
お持ちですか?」

俺がここにいるってことに
誰一人気づいてくれない
男は呟いた
私たちは答えて云った
「一万円からで
よろしかったですか?」
そして深々と頭を下げた
絶叫を発しながら
駆け出してゆく男の背中に
――――
『秋葉原無差別連続殺傷事件』より


――――
父が石になった
朝、ふとんの上でごろりと
サッカーボールほどの大きさだがめちゃくちゃに重くて
家族総がかりでもびくとも動かなかった
石の表面は滑らかに黒光りしていて
よく見ると金属の粉々みたいなものが混じっていた

気丈な母は翌週から仕事を探しはじめたが
四十九日を迎える前の晩、風呂場で
マリアナ海溝になってしまった

そして今日フォークリフトが父を母に投げ込む
――――
『父鉱石』より


 新聞に連載されたものが大半なので、社会問題に対する風刺という得心しやすい作品が並んでいるのが特徴。添えられたエッセイが解説の役目を果たしていることもあり、四元康祐さんの入門書としてもお勧めです。



タグ:四元康祐

『くよくよマネジメント』(津村記久子) [読書(随筆)]


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わたしたちくよくよ族は、よく「自分はさばさばしていない、くよくよばかりしている」などと思い悩みます。また世の中の人々も、得てしてくよくよせずにさばさばしていることを評価します。しかし、くよくよしていることは本当に悪いことなのでしょうか。最近そのことをよく考えるのです。
――――
単行本p.7


 くよくよしてばかりだと本当に駄目なのかしらと、くよくよ悩み続ける、そんな皆さんの悩みについて津村記久子さんがくよくよと自信なさげに考えるエッセイ集。単行本(清流出版)出版は2016年5月です。


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 世の中は基本的に、善悪でも、上品か下品かでも、妥当かとうでないかでもなく、エネルギーの強いほうへと引きつけられるような気がします。弱いものが嫌いなのだ、とシビアなことを考えるようにもなりました。
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単行本p.54


 いつもくよくよ悩んでいる自分が嫌、という悩みを抱えている人は多いのですが、こういう悩みは考えても考えても堂々巡りに陥ってしまい、ますます悩むという悪循環になりがちです。かといってズバッと答えてくれる助言や人生相談を得ても、それで割り切れるような人じゃないから悩んでいるのだ、ということに。

 そんなとき、自分よりもっとくよくよしている人が、さらに深く、さらに執拗に、くよくよ悩み、次第に静かな怒りをたぎらせてゆく様を見ると、不思議と心が落ち着くもの。そんな読者のための一冊です。


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 すべてに対して神経質というわけではないのですが、ある特定の物事にとらわれやすい方です。いろいろなことが気になります。自転車置き場のおじさんがどうしてよく持ち場にいないのかということや、誰かがたまたまつっかかるような物言いをしてきたこと、飲食店でしゃべりすぎてしまった時の恥ずかしさや、理不尽な行列に並ばされたこと、十数年も前の出来事に対して、ああしていればよかった、と悔やむなど、気になると眠れません。なのに、注文した家具を組み立てずに放置していたり、枕元に読み終わっていない本を何冊も積み上げていたりします。どちらかというと、後者の方が処理しなければいけない問題です。
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単行本p.117


 わかる。


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 ちなみに、わたしにはけっこう短気なところがあって、すぐに人に腹を立てたりします。家にやってきて要領を得ない話で時間を奪おうとするセールスや、失礼な感じで道を訊いてきた人や、余計な蘊蓄を言ってサービスが達成できないかもしれないと予防線を張る窓口業務の人などに、わりとすぐに怒ります。以前はそのたびに、文句を分かち合う相手を探していたのですが、この数年はもうやらなくなりました。それはそれでストレスを増幅させるからです。
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単行本p.133


 わかる。


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愚痴を自分で言っているうちに、引っ込みがつかなくなってくる場合です。あ、引っ込みがつかなくなってるな、と自分で自覚できるうちはまだいいですが、気がつかないうちに、ストレスを増幅させていることもあります。もともと、それほど怒っていないことでも、誰かに伝えようと一所懸命しているうちに、自分で自分の話術にはまり、ささいな嫌なことが、生活を左右するむかつきに変わってしまうのです。
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単行本p.33


 わかる。というか、「わかる」以外の言葉が出て来ない。

 誰かに悩みを話すこと自体がストレスを増幅させる、その上、その誰かがまた新たなストレスを与えてくる、という苦しみ。「悩みは人に話すと楽になるよ」などと言う人は、くよくよ族の静かな怒りを知らないのか。というか、知られないように怒ってるわけですが。


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 自分自身のコミュニケーション能力や、会話における耐久力(個人的には、傷つきすぎないことや、言葉の裏を読みすぎないでいられること)は、明らかに小学一年ぐらいの時をピークに下り坂であるように思えます。とりあえず女の子となら(時には男の子でも)誰とでも友達になれる、と信じていたあの頃に戻りたい、と切に思うこともあります。
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単行本p.97


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自分は他人に何でも言っていい、と思っている人が、世の中には一定数います。相手に対して不快だと思ったこと、納得できないことをそのまま口にして、相手の非を咎める形で相手を変えようとする人です。感じたことをそのまま言うのは、特に悪いことでもないのですが、困るのは、相手の悪いところを指摘したり、否定して変われと言うことを、一つの踏み込んだフランクなコミュニケーションととらえているところです。(中略)こちらをひどく非難して辟易させておいて、こちらがさっと目の前で気持ちのシャッターを下ろすと、さびしい一人遊びの下手な子供のようにまとわりついてきます。否定か取り込みかと距離が伸び縮みし、懐にもぐりこもうとばかりしてきます。そして、時間や、こちらの自尊心の欠片といったものを奪って持ち帰ります。
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単行本p.138


 というわけで、ここまで読んでイラっとした方には向いてない本だと思います。「わかる」という方が読むと、悩みが少しは軽くなるかも知れません。もちろん、二度寝シリーズなど著者のこれまでのエッセイ集が気に入った方にはお勧めです。


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 本書で記述されていることはほとんど、わたしがわたし自身に言い聞かせるようにして書いていることばかりで、(中略)この文を読んでくださっている方々よりも不器用なわたしのおろおろやくよくよの実態の報告が、少しでもみなさんの心の落ち着きの力になることがありましたら幸いです。
――――
単行本p.160、161



タグ:津村記久子

『戦場のコックたち』(深緑野分) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「馬鹿じゃねえのか、謎解き謎解きって……いい加減にしろよ。戦争中だぞ」
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単行本p.204


 第二次世界大戦のヨーロッパ戦線を戦いぬいた古参兵のなかに、風変わりな男たちがいた。未使用パラシュートを集める理由、消えた粉末卵事件、ドイツ軍の猛攻撃のさなかに起きた密室殺人、戦場をうろつき回る幽霊。死が「日常」である戦場で起きた「非日常」の謎に挑むコック兵たちの姿を通じ、戦争の狂気を描く連作短篇形式のミステリ。単行本(東京創元社)出版は2015年8月、Kindle版配信は2015年8月です。


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 僕らの任務は、隊員に糧食を配り、食材と時間と場所に余裕があるときは調理をし、食中毒にならないよう衛生指導しつつ、仲間たちの胃袋を管理すること。コックと言っても僕は中隊管理部付きだから、戦闘となれば銃を取り、普通の兵と一緒に前線で戦う。
――――
単行本p.17


 戦場で起きたささいな謎にコック兵たちのチームが挑むという、意表をついた設定の戦争ミステリです。普通のミステリで殺人が題材になるのは、それが異常で非日常的な事件だから。しかし、戦場ではそれが逆転して、死は日常的なものとなり、むしろ「不必要に思える日常的行動」こそが異常で好奇心を刺激する非日常的な謎となる、という仕掛けには新鮮な驚きがあります。

 前半はマッシュ風の戦場ユーモアミステリという印象ですが、後半になると戦場の悲惨さと狂気がクローズアップされ、読者が好感を持っていた登場人物があっさり死んだり心を病んだりして潰れてゆく様に胸が痛みます。物語が(そして戦況が)進むにつれて、それまでとれていた戦争とミステリのバランスが坂道を転がるように崩れてゆく手際も見事で、読者の涙腺もゆるむ劇的な展開に。

 全体は5つの章から構成されており、連作短篇形式の長篇ミステリということになります。


「第一章 ノルマンディ降下作戦」
――――
「ねえ、昼間も考えてたんだけど、あのパラシュートは、何に使うんだろうね? みんなはどう思う?」
 怪訝な顔をしたスパークとブライアンは、ライナスの奇行を知らないらしい。そこで僕は説明してやった。ライナスが予備のパラシュートを集めていたこと、譲ってくれた奴にはシードルを礼として渡していること、それから、どうしてこんなことをしているのか訊いてもはぐらかされたこと。
――――
単行本p.50

 ノルマンディ上陸作戦。ドイツ軍占領下にあるフランスへ強襲降下した連合軍パラシュート歩兵連隊の一員であるコック兵たちは、ごくささいな謎に気づく。戦場で未使用パラシュートを集めている仲間。彼はなぜそんなことをしているのか。ドイツ軍に包囲され熾烈な戦いを繰り広げている間も、人は食べなければならないし、謎があれば考えてしまう。むしろ自分の死について考えないために、彼らはこの小さな謎解きに挑むのだった。


「第二章 軍隊は胃袋で行進する」
――――
「何箱盗まれたんだ?」
「聞いて驚け、6600ポンド(約3トン)だ。箱数にして600箱が消失した」
「6600ポンドだって?」
 ディエゴが口笛を吹いた。
「すげえな、卵を食わないと死んじまう手品師でも現れたか?」
――――
単行本p.97

 前線に送られてきた補給物資が大量に消えるという事件が発生。消えたのは乾燥粉末卵ばかり600箱。とても食えたものじゃないゲロまず食材が消えたことをむしろ喜びつつも、コック兵たちは首をひねることに。誰が何の目的で、あんなクソを大量に盗んだのか。しかも見張りに気づかれることなく。


「第三章 ミソサザイと鷲」
――――
「アレン分隊長、ヤンセン夫妻の両手は、どちらも祈るように握られていたんです」
 何だって? 他のみんなもどよめいた――妻だけならば、夫が撃ったあとに両手を組んで握らせたのだと思う。しかし本人までとなると、こめかみを撃ち抜いた後、祈りのポーズをする余裕があったということになってしまう。あり得ない。
――――
単行本p.167

 マーケット・ガーデン作戦。地獄のハイウェイ。ドイツ軍の戦車と狙撃兵によって次々と命を落としてゆく仲間たち。そして拠点にしていた民家の地下室で撃たれた夫婦。もし他殺であれば、犯人は厳重な見張りを潜り抜けて密室に出入りしたことになる。ドイツ軍のスパイか、それとも裏切りか。銃声と砲撃、迫り来る戦車のキャタピラ音が響きわたるなか、彼らは謎に挑む他なかった。


「第四章 幽霊たち」
――――
「ああ。昨夜コロンネッロと会ったのは君だね? おそらく何かの誤解があったんだ。君が会ったのは別の人物だよ」
「なぜです? 確かに暗かったので顔は見ていませんが、はっきりと名乗られました」
 すると先任軍曹は深々と溜息をつき、静かだがはっきりと言った。
「だがそれはあり得ないんだ。コロンネッロは、二十二日に死んだから」
――――
単行本p.248

 バルジの戦い。凄惨な塹壕戦のさなか、兵士たちの間に噂が広まる。殺された兵士の幽霊が森の中を歩きまわっていると。夜中に響く謎の怪音。何日も前に死んだはずの兵士が目撃され、姿なき襲撃者に襲われ重傷を負う兵士が続出する。死屍累々となった血染めの雪原でいったい何が起きているのか。戦争の狂気が彼らを蝕んでゆく。


「第五章 戦いの終わり」
――――
 その様子を見て僕の頭にひとつの考えが浮かんだ。その考えは閃くなり、あっという間にはっきりとした輪郭を持った。これまでの出来事が、まるでパズルのピースのように繋がる。
――――
単行本p.285

 ドレスデン爆撃。ホロコースト。飢餓、虐殺、民間人同士の殺し合い。憎悪と狂気と血に塗り潰された地獄のなかで、語り手はついに一つの真実に辿り着く。ノルマンディに降下してから今日まで、ずっと目の前にあったのに気づかなかった恐ろしい秘密。彼は最後の任務に取りかかる。誰から命令されたのでもなく、誰を殺すのでもなく、ただ友人を助ける、そのためだけにすべてをかけるのだ。

 そして戦争が終わる。だが、人生はまだ終わらない。


――――
 さて、どうやって生きる? これだけ巨大な動乱が起きた後、世界はどこへ転がっていくのか? 日々の平凡な暮らしに戻っていけるのだろうか?
 憎しみの渦も、飢えに苦しむ顔も、友人の死も見て、僕ら自身の手は血で汚れ、殺し尽くしておいて。
――――
単行本p.278


 凄惨な物語ですが、意外にも読後感は爽やかめなので安心して下さい。



『短歌ください 君の脱け殻篇』(穂村弘) [読書(小説・詩)]


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君が好き剛力彩芽よりも好き剛力彩芽はその次に好き
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カレー好き昨日も食べたカレー好き今日は餃子明日はカレー
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犬の真似するからみてて空はまだ灰色だからわたしをみてて
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カバーなく超能力の開発本読むOLと終点まで行く
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マンホールにひとりひとつのぬいぐるみ置いてこの星だいすきだった
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 「ダ・ヴィンチ」誌上にて募集された、読者投稿による短歌の数々と、歌人の穂村弘さんによる選評を収録したシリーズ第三弾。単行本(角川書店)出版は2016年3月です。

 連載の第61回から第90回までと特別篇2つをまとめたものになります。ちなみにこれまでのシリーズ紹介はこちら。


  2016年03月30日の日記
  『短歌ください その二』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-03-30


  2014年06月25日の日記
  『短歌ください』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-06-25


 作品は「本」「コンビニ」「忍者」といった毎回指定されるテーマに沿ったものと、自由枠とに分かれています。


 まず今回は、徹底した技巧派というか、短歌形式を使ったパズル的な作品が目につきました。

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(7×7+4÷2)÷3=17
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「SAKE AND TEARS AND MAN AND WOMAN」歌うEIGO KAWASHIMA
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 前者の数式は、これが短歌形式だということに気づくのは難しそう。念のため答えは「かっこなな/かけるななたす/よんわるに/かっことじわる/さんはじゅうなな」ですが、数式としても計算が合っていればさらに素晴らしかったのにと無茶を言いたくなります。後者は短歌形式に気づくかという以前にまず河島英五を知ってる歳かどうかが問われます。


 続いて、選者も思わず突っ込んでしまう底抜け感のある作品。

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おすすめの本を聞かれておすすめの本と検索窓に打ち込む
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    選評より「ロボット的なまでのデクノボー感」

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君が好き剛力彩芽よりも好き剛力彩芽はその次に好き
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    選評より「突き抜けた馬鹿っぽさ」

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一日に三回ドトールに行ったじぶんのことをだめだとおもう
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    書評より「最も無色透明で純度の高い「だめ」さ」


 穂村弘さんにデクノボーと評される名誉、などと思いつつ作者名を見ると、これが木下龍也さんなので、やっぱすごい人はいつもすごいなと。他にも木下龍也さんの作品はどれも素晴らしいです。


 続いて、「あるある」「ありそう」「ないけどみんな心の中でありそうだと思ってるよね」という作品。

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カレー好き昨日も食べたカレー好き今日は餃子明日はカレー
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うわ やばい 取っ手に指が入らない ここ高級な珈琲屋じゃん
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笑いつつ「これ、ほんもの?」と指で押す。
サンプルだって信じてたから
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うつくしく笑う遺影の片隅に小さく「写真はイメージです」
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教師から自由課題の注意事項「血液による作画は禁止」
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「このほうが本気でやるでしょこいつらも」
溶けるティッシュのてるてるぼうず
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風の午後『完全自殺マニュアル』の延滞者ふと返却に来る
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 そして、必死さ、切実さ、切羽詰まってる感あふれる作品。

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犬の真似するからみてて空はまだ灰色だからわたしをみてて
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カバーなく超能力の開発本読むOLと終点まで行く
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ひらがなのさくせんしれいしょがとどくさいねんしょうのへいしのために
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家中の鉛筆を折り尽くしたと話すあなたが育てるうさぎ
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マンホールにひとりひとつのぬいぐるみ置いてこの星だいすきだった
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縁日でお面を買ったその日から兄がみるみる狂っていった
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タグ:穂村弘