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『コンタクト CONTACT』(フィリップ・ドゥクフレ振付、カンパニーDCA) [ダンス]



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「ファウスト!」「マルガレーテ!」
「コン!」「タクト!」
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 2016年10月30日は夫婦で彩の国さいたま芸術劇場に行ってフィリップ・ドゥクフレの新作公演を鑑賞しました。14名のダンサーと2名のミュージシャンによる100分の作品です。

 過去作品のハイライトシーンから構成された『パノラマ』を2014年に上演してからはや2年、待望の新作がついにやってきました。ゲーテ『ファウスト』を下敷きに、ピナ・バウシュ『コンタクトホーフ』へのオマージュをこめて制作されたという作品です。

 終幕近くになって各自ばらばらなドレスを着た男女が一列に並んで踊るシーンがあり、それが『コンタクトホーフ』っぽいと言えばそうですが、別に『コンタクトホーフ』をなぞるわけではなく、それをいうなら『ファウスト』のストーリーをなぞるわけでもなく、いつもの通り「奇妙な夢」を具現化したような舞台になっています。

 指先ダンスから、吊りを使ったエアリアル(空中サーカス)まで。古めかしいミュージカル風ダンス、キャバレーショーダンス、セマー風旋回舞踊、ウェストサイドストーリー風乱闘まで。様々なダンスと奇天烈な場面がどんどん投入され、笑えないショートコントで間をつないでゆくという構成。

 舞台上の様子をライブ撮影して背景に投影したり、それをまた遅延いれつつ何度もコピーして重ねることで万華鏡のような効果を出したりと、めまぐるしい限り。

 次にどんなシーンが飛び出るか予想がつかず、最後まで驚き、楽しめる舞台です。



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『SFマガジン2016年12月号 VR/AR特集』(ケン・リュウ、他) [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2016年12月号には、VR/AR特集として、仮想現実や拡張現実を扱った短篇5篇が掲載されました。また、新・航空宇宙軍史、製造人間ウトセラ、裏世界ピクニック、それぞれのシリーズ最新作も掲載されました。


『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』(柴田勝家)
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 中国南部、雲南省とベトナム、ラオスにまたがるところに、VRのヘッドセットをつけて暮らす、少数民族スー族の自治区がある。
 彼らは生まれた直後にヘッドセットをつけられ、仮想のVR世界の中で人生を送る。(中略)彼らにとってはVR空間こそが現実であって、現実世界というものは我々にとっての夢と同様のものに過ぎない。
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SFマガジン2016年12月号p.25、29

 仮想空間のなかで生きる人々の文化と世界観を紹介する、v文化人類学SF。


『シミュラクラ』(ケン・リュウ、古沢嘉通:翻訳)
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 父は、現実を捕捉し、時を止め、記憶を保存する事業に携わっていると主張している。だが、かかるテクノロジーの実際の魅力が、現実を捕捉することにあったためしはない。(中略)現実を凍結させたいという願望は、現実を避けることなのだ。
 シミュラクラはこうした傾向の最新かつ最悪の具現化だ。
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SFマガジン2016年12月号p.69

 仮想現実のなかで不倫をしていた父親を許せない娘。母が死んだとき、父を許し和解しようとしたのだが……。「仮想現実テクノロジーによる現実逃避という現実」に向き合った短篇。


『キャラクター選択』(ヒュー・ハウイー、大谷真弓:翻訳)
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「ゲームの目的はスコアを稼ぐことだって、わかってるよな?(中略)君は一点も取っていないじゃないか。そんなの……どうかしてる」
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SFマガジン2016年12月号p.78、79

 夫が留守の間、こっそりオンラインシューティングゲームをプレイしているのがばれた妻。夫はむしろ喜んで、プレイの様子を見せてくれと頼む。驚いたことに、それは一人も敵を殺すことなく激しい戦場を駆け抜けるという超高難度プレイだった。だが、最初のステージすらクリアしないで何度も何度も再挑戦してきた妻は、いったい何を目指しているのか。ラスト一行の皮肉が痛烈なゲーム小説。


『ノーレゾ』(ジェフ・ヌーン、金子浩:翻訳)
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電波塔の森から、毎日、毎夜、四六時中、世界が放送されてる。おれは発信し、受信して、一体となってる。想像してみろ、亀裂も、輝点も、ひび割れも、汚れもないおれを。(中略)もっとピクセルが必要 そうとも もっとピクセルが必要、もっともっとピクセルが……
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SFマガジン2016年12月号p.87、88

 視覚インプラントによって誰もがプロジェクションマッピングされた現実を生きている時代。解像度こそ経済格差。もっと高い画素数を、より解像度の高い現実を、もっとピクセルを。貧しい者は低解像度現実を忘れるためにハイレゾドラッグに走る。だが全てを失ったとき、そこには編集もプロジェクションもされてないむき出しのノーレゾ現実が立ち現れる……。場面ごとの解像度に合わせて文体や表現が変わるなど、今や懐かしいサイバーパンク風の短篇。


『あなたの代わりはいない』(ニック・ウルヴェン、鳴庭真人:翻訳)
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「われわれが作られたのはたった一つのものを求めるため。真実の愛だ」
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SFマガジン2016年12月号p.106

 この世はすべて幻、人生は偽り。どんな豪華な料理も、唇をつけた途端に消え失せてしまう。でも、それなら愛は? 真実の愛も、手を触れれば消えてしまうの?
 永遠のハーレクインロマンスを繰り返す仮想世界を舞台としたベタ甘vロマンス短篇。


『航空宇宙軍戦略爆撃隊〈前篇〉』(谷甲州)
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 これは骨抜きではなく、悪質な手抜きだとさえ思った。行動計画に記されていたのは、現実を無視した作戦でしかなかった。それにもかかわらず行動計画の作成者は、作戦成功の可能性が非常に高いと評価していた。
 しかし原案を作成した早乙女大尉には、ただの誤魔化しとしか思えなかった。
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SFマガジン2016年12月号p.195

 第二次外惑星動乱を予想し、何年も前から警告していた航空宇宙軍の早乙女大尉。だが警告は無視され、作戦行動立案も骨抜きにされ、さらに非武装の探査船を急遽改造した特務艦イカロスの艦長を命じられる。SFマガジン2016年8月号に掲載された『イカロス軌道』に続く、新・航空宇宙軍史シリーズ最新作。


『最強人間は機嫌が悪い』(上遠野浩平)
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「彼は僕に用があると?」
「ええ。なんの用かはわかりません。我々としては、あなたには極力危険なことには関わってもらいたくないのですが――」
「仕方ないよ、世界最強の男がお呼びなんだからね。誰にも逆らえないさ」
 ウトセラはそう言って、くすくすと笑った。
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SFマガジン2016年12月号p.211

 世界中の軍事力を投入しても傷一つつけることのできない最強人間、フォルテッシモ。彼は各国の指導者たちを人質にした上で、統治機構の製造人間ウトセラを呼び出す。二人は微妙にいらだつ会話を続けるが……。SFマガジン2016年6月号に掲載された『双極人間は同情を嫌う』に続く、シリーズ最新作。


『裏世界ピクニック 八尺様サバイバル』(宮澤伊織)
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 困惑して目をしばたたいたとき、不意に、自分が掴んでいるのが鳥子の腕じゃないことに気付いた。
 八尺様だった。
 私は八尺様の生腕を掴んでいるのだ。
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SFマガジン2016年12月号p.228

 危ういところで「くねくね」を倒し、それぞれに特殊な力(見る能力、触る能力)を手に入れた二人。再び裏世界に向かった彼女たちが出会ったのは、一歩ごとにボルトを投げてはアノマリーの有無を確認しながら〈ゾーン〉を探査する、初代『S.T.A.L.K.E.R.』プレーヤーみたいな男だった。ようやく目的地にたどりついた三人を、「くねくね」に続く2ちゃん発ネットロア妖怪「八尺様」が襲う。SFマガジン2016年8月号に掲載された『裏世界ピクニック くねくねハンティング』(宮澤伊織)に続く、シリーズ最新作。



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『ラガド 煉獄の教室』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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「『ラガド』が警察を動かして再現をさせた目的は、もっとずっと別のところにあった。『緑色の鹿』を見つけたかったのです」
「緑色の鹿?」
「符丁です。あの凶行の数分間、あの現場ではなにかがおこっていた。なにかが存在したんです。『ラガド』にとっては喉から手が出るほど欲しいなにかが」
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単行本p.306


 いじめを苦に自殺した高校生。その父親が復讐のために刃物を手に教室に乗り込み、興奮のあまり錯乱状態に陥って無関係な生徒を刺殺してしまう。衝撃的ではあるが、事実関係にも動機にも疑いの余地はない殺人事件。だが、警察は現場となった教室の実物大モデルを作ってまで執拗に検証実験を繰り返す。背後には謎めいた国家機関の影が。いったい、この単純な事件に何が隠されているというのか。

 第13回日本ミステリー文学新人賞を受賞した両角長彦さんのデビュー作。単行本(光文社)出版は2010年2月、文庫版出版は2012年3月、Kindle版配信は2016年2月です。


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「このラガド機関が画期的な点は、『システムの超越性』にあります」
「システムの超越性? なんだそりゃ」
「必要に応じて司法、立法、行政、さらには警察、軍、マスコミ、あらゆる分野の命令系統のいかなる箇所にも自由に干渉できる権限をもつということです。
『ラガド』の命令とあれば、どの権力のどの部署でも無条件でしたがわざるをえない。日本の権力機構の場合絶対ありえないような、横断的な協力関係もとらなければならないのです。これほど高い自由度と干渉力を持つ国家機関が作られたのは、日本政府はじまって以来です」
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単行本p.144


 娘に自殺されアル中になった父親が、いじめの事実を認めない学校に復讐するために刃物を手に高校の教室に乱入。興奮のあまり錯乱状態となって無関係な生徒を刺殺してしまう。犯人、そして教室にいた生徒たちは、犯行当時の状況を詳しく思い出せない状態に陥っていた。

 非常に単純な事件に思えます。事実関係にも動機にも疑いの余地はなさそう。そもそもミステリに不可欠な「謎」に乏しい。容疑者が留置されている間に連続殺人でも起きるのかしらん、などと読者は予想しますが、そんなこともありません。

 むしろ謎なのは、警察の対応。容疑者の記憶を取り戻すために、犯行現場となった教室の実物大モデルを用意し、生徒役の警官を配置して、事件の再現実験を何度も繰り返すのです。なぜ、そこまでするのでしょうか。


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 記憶の混乱にみまわれているのは、加害者の日垣だけではなかった。被害者である2年4組の生徒たちもまたそうだった。
 事件直後の生徒たちは、無理もないことだが、全員がひどい興奮状態にあった。数時間たってから事情をきこうとしても、全員が「おぼえていない。わけがわからない」とくりかえすばかりだった。
 警察にとっては生徒たちがショックから立ち直るのをただ待っているわけにはいかなかった。この時間をつかって犯行の状況をたどる。“再現実験”のセットを組んで、日垣の記憶をよびおこすのだ。
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単行本p.45


 どうやら警察を背後で動かしているのは、謎の国家機関『ラガド』ということらしい。学園サスペンスミステリにイルミナティめいた秘密組織を出してくるなよ、と思いますが、これは作者の持ち味というものでしょう。後に書かれた作品では「超大国政府が支援していた」「霊界がサポートしていた」みたいな驚愕の真相を平気で繰り出してくるので個人的には慣れていますが、新人賞投稿作品でやってしまう胆力には驚かされます。

 しかし、それにしてもそんな強大な権力を持つ闇の組織がなんでまた高校生の刺殺事件に興味を持つのか。その謎を追うのは、この事件の「真相」を暴く特別番組を企画したTVプロデューサーと、学園理事長からもみ消しを命じられた秘書。動機が正反対で明らかに利害対立する二人が、何となく意気投合してしまい、協力して調査を進めることに。というわけでバディものに展開してゆきます。

 しかし、周囲をぐるぐる回っているようでなかなか辿り着けない真相。迫るタイムリミット。


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「現実をみつめろよ。甲田」石持はつめたい目で言った。「おれたちは負けたんだ」
「負けてない。おれはまだ負けた気がしない」
「そんなのは、あんたひとりの勝手な――」
「時間をくれ。1時間、いや30分でいい」甲田は必死だった。「なにかあるはずだ。いやあるんだ。逆転する方法が。なにかひっかかってるんだ。頭の中になにかが――」
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単行本p.241


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「なにが放送されるにせよ、茶番だ」盗聴者はつぶやいた。
「真相は誰にもわからない。なぜなら、誰もわかりたいとは思わない種類の真相だからだ」
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単行本p.301


 犯行のとき教室にいた生徒たちがどのように行動したのか。生徒全員の位置と動きを書き込んだ見取り図が付いています。付いているどころか、実に93枚!、平均して4ページ毎に1枚、見取り図が並んでいる様は壮観です。ですが、これが推理に必要なのかどうか。そもそも犯人も動機も分かっているのに「何」を推理すればいいのかもよく分からない。「あらゆる分野の命令系統のいかなる箇所にも自由に干渉できる権限をもつ謎の組織」の「動機」を推理しろと言われても……。

 というわけで、初手から両角長彦らしさ爆発という感じのデビュー作。個人的にはお気に入りの作風なんですが、はたして真面目なミステリ読者はどう受け止めたのでしょうか。



タグ:両角長彦
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『浮遊霊ブラジル』(津村記久子) [読書(小説・詩)]


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一日に何回も殺される前の週は、おとなしく小説を読んでいたのだが、一日に四〇〇ページのノルマを課せられた上に、すべての本の最後の数ページが破かれていた。それをわかった上で読まされたのだった。
(中略)
 そして今週は、十二時間交替ぐらいで私はさまざまな役割に成り代わって、いろいろな極限状態を追体験している。昨日の午前はJFKを暗殺したかと思うと、午後はジャック・ルビーに暗殺された。明日は、宇宙ステーションの外壁の修理をするらしい。カノッサでは屈辱的な経験もした。
(中略)
 今日の早くには、2006年W杯決勝のジダンになっていた。私は、自分の引退する試合がW杯の決勝という人類史上ありえないような花道で、マテラッツィに頭突きをした。あー頭突きするんだ、と知りながらした。思い出すだけでも、一瞬で胃潰瘍になりそうな気分になる。地獄に来てみて、いやだな、とか、しんどいな、とか、めんどくさいな、と思うことはしょっちゅうなのだが、この時はさすがに、よそ様の修羅場を消費しすぎました、と反省した。
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単行本p.72


 死んだ作家が地獄で受けるわりと面倒な刑罰。辛いとき悲しいとき落ち込んでいるときに限って他人から道を尋ねられるしょんぼり運命。西アイルランドに行けなかったのが心残りで浮遊霊となった男がなぜかブラジルに。奇抜なシチュエーションで人生あるあるをしみじみ描く七篇を収録した短篇集。単行本(文藝春秋社)出版は2016年10月です。


[収録作品]

『給水塔と亀』
『うどん屋のジェンダー、またはコルネさん』
『アイトール・ベラスコの新しい妻』
『地獄』
『運命』
『個性』
『浮遊霊ブラジル』


『給水塔と亀』
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 給水塔があったのだ。どこかは思い出せない。畑の中だったか、誰かの家の敷地の中だったか。私は、白群というのか、瓶覗というのか、美しい水色に塗装された、小学校よりも背の高いその威容に惹かれて、友達と遊ぶ合間に、彼らの目を盗んでいつも見上げていた。というか、給水塔だというのは、大人になってから知った。私は、ああいうものを建てたい、と漠然と思って、水周り関連に強いという建設会社に入社した。
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単行本p.12

 うどんの製麺所、給水塔、前の住人が残していった亀。故郷に戻ってきた男が、子供時代を過ごした様々な場所を再訪しつつ、暮らしてゆく決意をする。


『うどん屋のジェンダー、またはコルネさん』
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 静けさ。この話におけるうどん屋には、それが全くない。常駐している店主と思しきおやじが、超気さくという態で客に話しかけまくる店。この店主のトークも、店の売りの一つと考えて良い、と雑誌などにはある。(中略)結構こと細かい。その店はあっさりしたうどんを売っているのに、店主がこってりしている、という矛盾を抱えたまま繁盛していた。
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単行本p.26

 客にこと細かにうどんの蘊蓄を語るうどん屋のおやじ。そこで何度か見かけたコルネさん(仮名)は、いつもいつも仕事に疲れてぎりぎりな感じだった。一方、店主が話しかける相手は女性ばかりだということに気づく語り手。ちょっとした、いらっ、が積もり積もって、ついに爆発する瞬間がやってくる。


『アイトール・ベラスコの新しい妻』
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 私自身も無意識にそういうことに参加していたのか、していなかったのかについては定かではない。ただずっと、誰かを仲間外れにしたり、無視したり、教材を隠したりして青ざめさせるよりは、男子の誰それが五厘刈りにしてきたので頭を触らせて欲しい、だとか、誰々ちゃんの眼鏡の度が強そうなので掛けさせて欲しい、とか、そんなことにこだわっていいのは小二までだと頭ではわかっているが、今一度BCGの小さい正方形に並んだ二組の九つの跡が欲しいものだ、などと考えていた。特にBCGにはこだわりがあった。あれがあれば、自分は腕を眺めながらトイレで何時間でも過ごせそうな気がしていた。そして日替わりで、その理由を創作する。
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単行本p.54

 海外のサッカー選手のゴシップを追っているうちに、そのスター選手の再婚相手が小学生のときの友達であることに気づく語り手。その子はクラスのボスに目をつけられ、ほぼ全員からいじめられていたのだった。他人を支配することに異様に執着する子、そんなことに興味のない子、見返してやると心に誓う子、彼らのその後の人生を鮮やかに対比してみせる短篇。


『地獄』
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最近は他の鬼もかよちゃんに打ち明け話をしに来るようになった。かよちゃんはうんうんと聞いてやり、適切な合いの手も入れるのだが、いいかげん疲れてきたという。鬼にもいろんな悩みがある。西園寺さんの、それは女が寂しさに任せていいようにあんたを利用しているだけ、と一瞬でわかるような悩みだとか、働いても働いても給料がなかなか上がらない、だとか、正直この仕事は向いていないような気がする、といった深刻なもの、野菜が高い、よく眠れない、本当は血の池地獄に勤めたかった、肩がこる、常に眠い、仕事はいいが家事はしたくない、など多岐にわたる。
(中略)
 悩みは悩みとして、合わない理由の説明について、あの人は元ヤンキーだから、とか、上司の愛人だったから、とか、鉄道研究会出身だから、など、それぞれの意外な過去に関する言及があった際に、かよちゃんは苦しむのだという。
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単行本p.83

 親友のかよちゃんと一緒に事故で死んでしまった作家。「物語消費しすぎ地獄」に落とされて、そこで様々な「物語」を追体験するというそれなりに過酷な刑罰を受けるはめに。一方、かよちゃんは「おしゃべり下衆野郎地獄」で「断しゃべ」の刑に苦しめられていた。しかも、仕事の悩みから不倫の泥沼まで、鬼たちが色々と悩み事を話すのでけっこう面倒。特に上司、じゃなかった担当鬼の恋愛相談が長く、連日のサービス残業だという。どこの職場も、じゃなかった地獄も、大変だなあ。


『運命』
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 ごめんなさい、と思った。私でいいはずがない。きっととろくさい個体が生まれる。なんとなくわかる。不幸ではないし、最終的にやるべきことの一つ二つは果たすのだけれど、回り道が多くて、とにかく他人の案内ばかりしている個体。
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単行本p.126

 受験に落ちて、病気で、絶望しているとき。異国の地で途方にくれているとき。恋人にふられて彷徨っているとき。なぜか赤の他人に道を尋ねられる。なんでよりによって私に声をかけるんだよ、このタイミングで。でも、思い起こしてみれば、自分はそういう運命にあるらしい。宇宙ステーションでは道に迷った宇宙人と遭遇するし、死んでしまったら三途の川はどちらでしょうかと亡者に尋ねられるし、思い起こせば生後二カ月のとき病院内で小児科の方向を尋ねられたのが、いやいや、それ以前に、卵子はどっちにあるか尋ねられたことが……。シリアスな話からどんどん無茶な方向にとんでゆく落語のような短篇。


『個性』
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 私は、ここ数日の板東さんの変わりように、ちょっと油断していられないものを感じていたのだが、秋吉君は、板東さんのTシャツを指さして、トラー、とのんきに喜んでいた。板東さんは、ぶすっとした顔で秋吉君をしばらく睨んでいたかと思うと、秋吉君の視界からトラを消すように、右向け右で私たちから離れ、背を向けて課題に取りかかった。
「トラが行っちゃったよ」
「トラじゃないよ、板東さんだよ」
「え、板東さんなのか」
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単行本p.135

 最近、板東さんの様子がちょっとおかしい。それまで無口で地味で目立たない子だったのに、いきなり変なTシャツ着てきたり、アフロのヅラをかぶったり。個性的というか、なんだそれ。どうやら同じ班の秋吉君の目にとまりたい、という動機でやっているようだが、秋吉君は秋吉君で、板東さんの姿がまったく見えないらしいのだ。どんなに個性的な外見にしても振り向いてもらえない、というより目撃されない、というかUMA扱い、いらだった板東さんはついに……。ちょっと変てこな青春小説。


『浮遊霊ブラジル』
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私は漠然とした不安を感じ始めていた。私は、なんとしてでもアラン諸島に行かなければ、あの世へ行くことはできないのだ、ということに気付いたのは、だいたいこの頃だった。ロナウドさんを始め、周囲の人々にアラン諸島へ向かう気配はまったくなく、私は途方に暮れて日々を過ごすようになっていた。
――――
単行本p.170

 西アイルランド、アラン諸島への旅行を楽しみにしているうちに死んで浮遊霊となってしまった語り手。アラン諸島に行かない限り成仏できないので、とりあえず何とかして他人に憑依してアラン諸島を目指そうとするも、ただ憑依するだけで相手を操ることは出来ないもので、まったくどうしようもない。だが、ときまさにリオ五輪。何とかブラジルまで辿り着けば、選手村にアラン諸島出身者がいるかも知れない。人から人へと憑依しながら遠い異国の地を目指す浮遊霊のもどかしい冒険譚。



タグ:津村記久子
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『シカク』(井手茂太、斉藤美音子、イデビアンクルー) [ダンス]

 2016年10月22日は、夫婦でにしすがも創造舎に行って井手茂太さん率いるイデビアンクルーの新作公演を鑑賞しました。Aキャスト版(女性4名)、Bキャスト版(男性4名)という二つのバージョンがあり、私たちが観たのはAキャスト版、つまり女性4名が踊る1時間の舞台です。


[キャスト他]

振付・演出: 井手茂太
出演
  Aキャスト: 斉藤美音子、依田朋子、宮下今日子、福島彩子
  Bキャスト: 小山達也、中村達哉、松之木天辺、井手茂太
音楽: ASA-CHANG&巡礼


 中央の広い部屋、それを四つの小部屋が囲むような配置になっている、4LDKの住居見取り図のような舞台。実際にあるのは床だけで壁は存在しないのですが、建物の中で起きている日常生活をこっそり見ているという設定らしく、壁を通り抜けるようなことは原則しません。

 登場する4名はどうやらこの共同住宅に引っ越してきたという設定らしく、部屋や窓の外の景色をしげしげと観察する、掃除機をかけ始める、中央の大きな部屋(共同で使う広間らしい)をうろついて他の部屋の様子を窺う、など色々な動きが繰り広げられます。各人が自分の部屋で寝転がったり、夢遊病で徘徊したり、荷物を取りに裏口に回ったり。

 だらしない部屋着を着て「自室」でくつろいでいたりと、衣装は地味。斉藤美音子さんだけは真っ赤なチュニックに星条旗柄のスパッツという、かなり派手というか変な格好していますが、何しろ何事にもこだわらないように見えるので、観客含め誰も気にしません。

 ささいな諍いから意地になって他人をぐいぐい押しやるうちに何かラインダンスになったり、それが面白いのでメンバー変えてまたやったり。ごく日常的な動きから、本来の意義が失われて動きそのものが独立し、ダンスになってゆく様がステキです。4名が同時多発的にあたふた走り回る(玄関を出て家の裏手に回って窓から手を振ったり、トイレの前で入る順番を譲り合ったり)動きを何度も繰り返すシーンは圧巻。

 人間関係の微妙な齟齬、という表現は、さすがのイデビアンクルーです。例えば共同広間のテーブル一つに、椅子は三つ。一人だけ椅子がなくて仲間外れになった斉藤美音子さん。ここで椅子とりゲームが始まるのかなと思うと、いきなり寿司屋さんごっこに移行して一人だけ立っている気まずさを強引に解消してしまう、とか。

 ダンスシーンのすっとぼけた動きはたまらなく魅力的です。実際には二畳くらいしかない狭い「小部屋」で、互いにぶつからないよう、壁も抜けないようにしながら、4名が激しく踊るシーンは忘れがたいものがあります。完璧にタイミングを合わせた緻密な振付なのに、誰もが好き勝手に自分だけのすっとんきょーダンスを踊っているように感じられるという、この凄さ。

 わたしたちが観たのはAキャストだけですが、終演後、あのシーン、このシチュエーション、井手茂太さんが踊ったらこんな感じか、いやこうか、と頭の中で色々と想像して、両キャストのチケットを確保しておくべきだったと軽く後悔しました。



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