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『季節のない街』(Co.山田うん) [ダンス]

 2017年03月26日は、夫婦で世田谷パブリックシアターに行って、Co.山田うん公演を鑑賞しました。2012年に世田谷パブリックシアターで初演された作品の再演です。出演者は20名(山田うんさんを含むカンパニーメンバー18名+マレーシアのダンサー2名が客演)、上演時間は70分です。

 『季節のない街』(山本周五郎)が原作ですが、残念ながら未読。映画『どですかでん』(黒澤明監督)も、さらには2012年の初演も観ておらず、恥ずかしながら予備知識ゼロで観ました。


[キャスト他]

振付・演出: 山田うん

出演: 荒悠平、飯森沙百合、伊藤知奈美、川合ロン、河内優太郎、木原浩太、小山まさし、酒井直之、城俊彦、西田祥子、西山友貴、長谷川暢、広末知沙、三田瑶子、山口将太朗、山崎眞結、山下彩子、山田うん、
Fauzi Amirudin、Jabar Laura


 ベートーヴェンの第九が流れるなか、舞台上で首倒立している出演者たち。薄暗いので何だか異様な生物がコロニーを作っているようでちょっと不気味です。少しずつ孵化してゆくのですが、これまたエイリアンの幼生体がうごめいているようで怖い。やがて怒濤の群舞になだれ込み、歓喜の歌を背景にどどーっとはじけてゆきます。冒頭から度肝を抜かれるようなウェイブの連打、圧巻です。

 唐突に群舞は中断され、舞台は貧民街となります。いい加減にトタン板を打ちつけた建物(キャスター付きで移動可。ときどき賑やかに動かされ、それは山車にも、移動式舞台にも、電車にも見えてきます)。派手で安っぽい服が何枚もかけられていたり。たぶん捨てられていたのを拾ってきたんだろうなあという生活用品が並び、水道や電気などインフラは整備されていません。

 このよどんだ空気ただようスラム街を背景に、出演者たちがてんでばらばらに動きます。脈絡なく綺麗なダンスを踊ったり、いさかいを起こしたり、飲んだくれたり、暴力ふるったり、鍋など叩いて音を鳴らしたり。

 ときどき、唐突に祝祭的な群舞が勃発して、二列に並んだ出演者たちが建物からどどどどと走り出てきたりしてカッコいいのですが、全体的には閉塞感が強く、息苦しさを覚えます。美しいバレエの動きでも、爆発的な群舞でも、それが終わればまたスラムのよどんだ空気に戻ってしまう。

 個人的に印象的だったのは川合ロンさんの動き。何か不穏なことを口にしようとする女性に走り寄っては口をふさいだり、山田うんさんと取っ組み合いの喧嘩をしたり、何だか目が離せません。

 観客の期待通り中断された群舞を再開してくれるラストは、まるで貧困やら暴力やらすべてをなぎ倒す鉄砲水のよう。冒頭の群舞とはまた異なる激しさ、勢いを感じさせてくれました。



タグ:山田うん
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『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』(宮澤伊織) [読書(SF)]


――――
 空は青く、鳥の影もなく、草むらを吹き渡る風が肌寒い。
 知らない相手と二人きり、未知の場所へと踏み込んでいく。
 枯れた色の草原をひらひらした服装で歩く女。CMかなんかで、そういう映像を見たことがある気がする。
 ……何やってんだろ私。ここどこだろ。
 振り向かずに歩いていく鳥子の背中を見ていたら、心細くなってきた。
――――
Kindle版No.422


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア妖怪が出没している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作短篇集。文庫版(早川書房)出版は2017年2月、Kindle版配信は2017年2月です。


――――
 私が〈裏側〉を見つけたのは、ほんの一カ月ほど前のことだ。
 実話怪談の現場を追いかけて、私はいわゆる心霊スポット的な場所を調べていた。もともと高校のころから廃墟探検の真似事が好きだったから、フィールドワークと称して怪しい場所に潜り込んでいたのだ。まあ厳密には不法侵入なんだけど、ともかくその最中に、この廃屋の中で見つけたのだ。あり得ない草原に続く扉を。
(中略)
 その存在を見つけて以来、〈裏側〉は私のすべてだった。だって、誰でもそうなるでしょう。生きていると感じるあらゆる面倒くささ、しがらみ、お節介から逃げられる、自分だけの秘密の世界を見つけたら、みんなそっち行きたくなるでしょう。
 そうでもないのかな。
――――
Kindle版No.168、302


 『神々の歩法』で第6回創元SF短編賞を受賞した著者による連作短篇集です。

 タイトルから分かる通り、人類の理解を超えた未知領域〈ゾーン〉を探索する〈ストーカー〉たちの姿を描いた『路傍のピクニック』(ストルガツキー兄弟)がベースになっています。とはいえ、個人的にはむしろゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』(続編もいくつか製作されたが、やはり初代が素晴らしい)の雰囲気がうまく再現されているのが嬉しい。

 感心させられるのは、そこに「くねくね」「八尺様」などのネットロア(主にネットで流布される都市伝説)をからめた設定。自分から踏みこんでゆかない限り巻き込まれない〈ゾーン〉と違って、日常の隙間からふと異世界に入り込んでしまうネット怪談を巧みに活用し、さらに主人公を若い女性二人組にすることで、わくわくする感じと怖さを絶妙にミックスしています。


「ファイル1 くねくねハンティング」
――――
「くねくねだっけ、あれ、狩りに行こ」
「ハアァ?!?」
 さすがに大声を出してしまった。
 あの見るだけで発狂する気持ち悪いやつを、狩る?
 馬鹿じゃないのかこの女。
――――
Kindle版No.270

 裏世界を探索していた紙越空魚は、「くねくね」に遭遇して死にかけていたところを仁科鳥子と名乗る女性に救われる。表世界で再会した鳥子から「くねくね狩りに行こ」と軽いノリで誘われた空魚は、ごねつつも結局は押し切られた形で裏世界に再侵入するが……。空魚と鳥子、主役二人の出会いとコンビ結成を描く第一話。果たして二人は見るだけで、いや認識するだけで発狂するとされる「くねくね」を倒すことが出来るのか。


「ファイル2 八尺様サバイバル」
――――
「空魚、ダメだよ!」
 背後から呼びかけられて、私ははたと動きを止めた。
「何やってんの! 近付いたらまずいって!」
 呼びかける声は、鳥子のものだ。でも、なんで後ろから?
 前にいるはずなのに──
 困惑して目をしばたたいたとき、不意に、自分が摑んでいるのが鳥子の腕じゃないことに気付いた。
 八尺様だった。
 私は八尺様の生腕を摑んでいるのだ。
――――
Kindle版No.1093

 それぞれ「見る」力と「触る」力を手に入れ、再び裏世界へ入った二人は、同じく裏世界を探索する謎の男に出会う。前方にボルトを投げてアノマリーの有無を確認しながら一歩一歩進んでゆく、原典に忠実な〈ストーカー〉。彼らはネットロア妖怪「八尺様」に遭遇するが……。


「ファイル3 ステーション・フェブラリー」
――――
 正直に言うと、私は少なからず感動していた。ある種の聖地巡礼みたいな感覚というか……。くねくねや八尺様との遭遇とはわけが違う。あれらは確かにネットロアで語られる怪異に酷似してはいたものの、向こうから名乗ってきたわけじゃない。でもこれは違う。なんと言ってもちゃんと「きさらぎ」って書かれてる。存在しないはずの駅なのに、ほんとにあったんだ! という感慨に襲われてしまうのも無理ないだろう。
 とはいえ、こんな形で出くわすなんて、完全に予想を超えていた。存在しないはずのきさらぎ駅は、在日米軍海兵隊の野営地になっていたからだ。
――――
Kindle版No.1526

 危険極まりない夜の裏世界に放り出され、恐ろしい化け物と遭遇した二人が逃げ込んだ先には、2ちゃんねる都市伝説に登場する「きさらぎ駅」があった。『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』でも重要な要素となっていた「それぞれの理由で〈ゾーン〉に駐留している他勢力とのコンタクト」の緊張を描いた第三話。


「ファイル4 時間、空間、おっさん」
――――
 互いの危なっかしいところをなんとなくわかっていながら、それでも背中を預けられる相手。どんなにヤバい状況でも、手をつなぐだけで不思議と落ち着ける、二人といないパートナー。その鳥子がいなくなった今、それまで気が逸れていた裏世界への恐怖が一気に蘇ってきて、私は一歩も動けなくなっていた。
(中略)
 ──私は弱くなった。
 鳥子と出逢ってまだほんの少ししか経ってないのに、私は鳥子がいないとだめになってしまっていた。
 私に少しだけ境遇は似てるけど、ほかは全然似てないあの女。
 私にないものをいっぱい持ってるくせに、私より何かが足りない女。
 綺麗で、性格がよくて、強くて、私とは全然違うタイプなのに、なぜか馬が合うあの女。
 澄ました顔で無神経なことを言う、私のことを何一つわかってない、あの女。
 そんな女が私の人生に突然現れて、引っかき回して、勝手にいなくなったのだ。
――――
Kindle版No.2166、2587

 仲違いした二人。鳥子は一人で裏世界へ侵入してゆき、そこで行方不明になってしまう。残された空魚は助けを求めて裏世界研究家の小桜のもとを訪れるが、そこにMIBやら異言やら巨大顔やら、都市伝説的な怪異がどっと押し寄せてくる。
「理不尽な事象が集中して……意味ありげな文脈の形成……悪意による脅迫なのか、好意的な啓示なのかも不明なまま……」(Kindle版No.2207)
 鳥子を救出すべく未知の危険に満ちた裏世界に踏みこんでゆく空魚。果たして二人は再会できるのか。そして人間の認知を操作する「怪異」の意味とは何か。

 原典における「理解不能な相手との間接的ファーストコンタクト“事象”」というテーマを怪談の文脈に落としこみつつ、主役二人の関係性を掘り下げてゆく最終話。実のところ話はまったく完結してないので、続篇への期待が高まります。



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『親切な郷愁』(松木秀) [読書(小説・詩)]

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さんさんと夜の光のコンビニにいると死なないような気がする
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安全と言えば即座に負けになる原発しりとり 危険でも負け
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「中央線で死ぬことなんてやめてほら日高本線でのびのびと死ね」
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とりあえず花折りすぎと言っておこう古今和歌集少しずつ読む
――――
事実ではあるがリアルでないことのこの世にあふれ短歌が困る
――――


 北海道の片隅で怒りと空しさを抱え希望なく生きる若者が、破れかぶれの一撃ねらい、社会や世相に対して皮肉と風刺を投げつける辛辣歌集。単行本(いりの舎)出版は2013年4月です。


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放射能を避ける歌人は西や南ばっかりに行き北へは行かず
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北海道の略図を描けば室蘭は海の藻屑となること多し
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「中央線で死ぬことなんてやめてほら日高本線でのびのびと死ね」
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 北海道という土地柄を自嘲するような、地方に対する日本社会の冷淡さをえぐるような、皮肉のきいた作品がまず目を引きます。そこから、職も希望もない、生活の空しさを吐き出すような作品へと。


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さんさんと夜の光のコンビニにいると死なないような気がする
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「職業に就きたいのだが職業に就くためにまず職歴が要る」
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実感をしてくださいとジャパネットたかたに言われ実感をした
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この世には赤いきつねはいそうだがいそうにもない緑のたぬき
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わたくしが独裁者ならムの音に「夢」を当てはめるのを禁止する
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 やがて空しさは怒りへと転じ、社会風刺という色が濃くなってゆきます。


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安全と言えば即座に負けになる原発しりとり 危険でも負け
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対策と呼ぶかバラマキと呼ぶのかは利権の大きい小さいの違い
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平等に扱ったほうが安くすむ分野においては平等である
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「頑張った」高校野球を讃えたるひとたちが生むブラック企業
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自殺者が三万人を下回る 変死者の数が急に増えてる
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最近の若い者はと吐き捨ててカインはアベルを殺したりけり
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 一方で、短歌そのものと自分との関わり合いを詠んだ作品も記憶に残ります。


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とりあえず花折りすぎと言っておこう古今和歌集少しずつ読む
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事実ではあるがリアルでないことのこの世にあふれ短歌が困る
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私には短歌があるかも知れないと(午後を運命論にかたむく)
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わたくしが短歌を詠みし十五年単なる空白の十五年
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 読んでいると、国政から見捨てられ衰退してゆく地方都市に住み、怒りと空しさを抱えながら短歌に向かう若者の姿が浮かんできます。「単なる空白の十五年」と自嘲しながら、でも止めない。

 ちなみに標題には「SFとオカルトと」「無粋なうた」「あ段だけ使った五首」など印象的なものが多いのですが、何といってもすごいのは「石川美南さんに酷評された五首」でしょう。その石川美南さんに酷評されたという五首のうち、最後の作品をここに引用しておきます。


――――
愛知県に似たかたちにて猫眠る眠りよ猫も幸福にあれ
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『カーネーション NELKEN』(ピナ・バウシュ振付、ヴッパタール舞踊団) [ダンス]

 2017年3月19日は、夫婦で彩の国さいたま芸術劇場に行ってピナ・バウシュの代表作の一つ『カーネーション』を鑑賞しました。 ヴッパタール舞踊団のメンバー21名(+スタントマン4名、ドーベルマン犬と担当者数組)が出演する作品です。上演時間は110分。

 舞台上にびっしりと植えられたカーネーション。その淡いピンクの絨毯を拡げた、夢のように美しい場所で、優しげな顔をして、観客も巻き込みながら、陰惨な悪夢が次々と暴かれてゆく恐ろしい恐ろしい。

 東ドイツで秘密警察による苛烈な弾圧が行われていた時代に初演された作品で、社会的弱者に対する容赦ない迫害、互いに対する密告や暴力の強制、全体主義的な同調圧力など、目を背けたくなるようなシーンが続出します。

 すごいと思うのは、それを他人事として観ることを許さない仕掛け。

 様々な演出(美しいカーネーション畑、愛の歌、手話、優雅な身のこなし、優しい微笑み、片言の日本語、等)により、最初は暴力的なあるいは抑圧的なシーンも「滑稽」に見えて、観客は笑うわけです。子供時代の虐待や社会的しつけ(たとえ殴られていても幸福そうにふるまえと強要される等)も、最初はユーモラスに見えるわけです。出演者が片言の日本語を懸命に話す様も、おかしさをかもしだします。

 しかし、何度か繰り返される「パスポート拝見」のシーンを経て、これが移民や少数民族など社会的弱者に向けられた暴力と差別と人権侵害を表しているということが分かってきます。そうなると、さきほどまでの「滑稽」なシーンが自分の過去の体験につながることもあって、観客の笑い声は少なくなってゆきます。でもなくならない。

 「さっき、あなた、笑いましたよね。弱みのある人々、子供、片言でしか話せない外国人、そういった人々が踏みにじられ、互いに踏みつけあうことを強制されている光景を見て、あるいはかつて自分が受けたつらい仕打ちを見て、あなたは笑った」と糾弾されているような、後ろめたい気持ちに。

 しかしピナは容赦してくれません。優雅なラインダンスを踊りながら微笑んでいるダンサーの一人が悲鳴を上げて逃げようとする。そこを暴力的に押しとどめられ、殴られ、元のラインに引き戻される。すると何事もなかったようにまた微笑んで優雅なダンスを続ける。優しい音楽に合わせて。

 「あなたはこれが観たかったんでしょう! やれますよ、どうですか、何でもやれますよ! どうですか」と泣き叫びながら古典バレエの技を懸命に繰り返す(でも散々侮辱された末に無慈悲にパスポートを取り上げられる)シーンなど、不法移民(我が国では「外国人留学生」)に対する労働搾取といったひどい現実を思い起こして、背筋が凍ります。

 表面的には優雅なまま、陰惨さはどんどんエスカレートして、公開処刑、自殺、拷問、侮辱など様々な悪夢的光景が織り込まれます。それでもそれらを見ていちいち観客席から笑い声が起きるという恐ろしさ。おそらくそこまで含めてピナの計算だと思うのですが、この「最後まで笑う観客」の存在が実にこわい。この国の今の世相を連想させるところがこわい。

 ラスト近くになるとそうしたものに抗うもの、個人のそれぞれの人生と多様性、その尊厳を見せてくれるわけですが、どうだろう、それまでの暴力と痛みの表現が圧倒的なためか、どうにも心もとなく感じられました。


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『猫道 単身転々小説集』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]


――――
芸術でご飯を頂いていくというひとり暮らしの道を、歩かざるを得ぬ、その道の入り口、猫はふと出現し、私を選んだ。そこには、猫とともに歩く猫道が開けていた。
(中略)
 稼げず、仕送りを受けて家族からも嫌われて、筆での自活は三十半ばから。猫はそんな私を人間にした。器としての、書くだけの機械にはしておかなかった。
――――
文庫版p.10、11


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第110回。

 京都から八王子、小平、中野、雑司ヶ谷、千葉の佐倉。追い立てられるように転居を繰り返す「居場所もなかった」時代、猫との出会い、そして別れ。猫とともに歩んできた作家の軌跡を浮き彫りにする中短篇集。文庫版(講談社)出版は2017年3月です。


[収録作品]

『前書き 猫道、――それは人間への道』
『冬眠』
『居場所もなかった』
『増殖商店街』
『こんな仕事はこれで終りにする』
『生きているのかでででのでんでん虫よ』
『モイラの事』
『この街に、妻がいる』
『後書き 家路、――それは猫へ続く道』
解説『隣の偉人』(平田俊子)
年譜:山崎眞紀子
著書目録:山崎眞紀子


『前書き 猫道、――それは人間への道』
――――
――かつて、私が人類ではなく、器に過ぎなかった時、猫はいなかった。だけれどもやはり私はその時からずっと続いている。
 しかし猫と出会ってこそ人間になった。人が家族のために頑張る事を理解し、人間がひとつ屋根の下で眠る事さえも、単なる不可解、不気味とは思わなくなった。猫といてこそ緊張があり、欲望が湧き、しかも常に夢中でなおかつ、闘争の根拠、実体を得た。
――――
文庫版p.9

 かつて「凍える器でしかなかった」そして「居場所もなかった」作家は、猫と出会ってどのように変わったのか。本書全体を「猫道」の記録としてまとめる前書き。


『冬眠』
――――
 冬の鯉のように遅い代謝で、死なぬように死なぬようにとアルコールを使って眠り暮らしながら、Yは“中心のない生”という事を考え始めていた。(中略)Yには地上も人間もそこにある規則も判らなかった。世界は、Yには恐ろしい災害に過ぎなかった。
――――
文庫版p.25

 苛烈な生きにくさを抱え、凍える深海生物のように生きていた京都の「Yの時代」。まだ猫とは出会っておらず、部屋の他には何もない“中心のない生”を送る苦しみを幻想的に描いた作品。


『居場所もなかった』
――――
 閉ざされた空間で時間を止め、ヌイグルミと暮らしてドッペルゲンガーを見る。抽象観念を核に置いて、皮膚と脳の剥き出しの感覚だけを推進力にして小説を書く。――現実の気配は作品ばかりではなく、思考実験に縋って生きている私の、生活をも、脅かした。
(中略)
 どこにもない場所、誰も来ない場所、地元の住人から顔も名も住処も知られないで生きられる部屋……人が、ひとつの部屋を選ぶ時、そこを自分が住むにふさわしいと考える時、そこには大抵ひとつやふたつの幻想が紛れ込んではいるが。それがたまたま私の場合オートロックだった。
――――
文庫版p.124、125

 住み慣れた八王子の部屋を何の説明もなく追い出されることになった作家。新たな住処探しは難航し、自分にはどこにも居場所がない、という事実を突きつけられる。事情を説明しても男の編集者は「誰もこんなに困ったりしませんよ」「どうしてたかが部屋ひとつで」「大抵の人が簡単に通り過ぎるところでどうしていちいちこんなに問題が起こったり考え込んでしまったりするんですか」(文庫版p.110、156)という具合に、まったく分かってくれない。マジョリティに理解されない苦しみを抱えて理不尽な「不動産ワールド」を彷徨う作家。

 存在することで「経済効率の足を引っ張る」人間から居場所を奪ってゆく社会システム。異様な疲れやすさ痛さ関節の腫れなどの症状。とっさに口から出た「そろそろ猫の飼えるところに越したいので」(文庫版p.86)という言葉。すべてが後の作品にスムーズにつながってゆくというか、歳月を越えた一貫性に戦慄を覚えます。


『増殖商店街』
――――
 猫が私の足に耳と頭と尾を擦りつけてくる。場所につくという猫、私は場所か。私の足は私と知りあったばかりの頃、いつも御飯を食べた電柱のあたりのように親しみ深いだろうか。気が付くと猫が二匹になっている。まったく同じ模様の同じ大きさの猫、現実に飼っているのは雌の猫なのだが、一匹は雄だ。分裂したわけではないのだろう。いや、雌がふたつに分裂すると一匹は雄になるのだろうか。雄の印は分裂を誤魔化すために出来てきたのか。と思うと、ああこれが本物の重い暖かい猫だ、という存在感のある大きなシルエットがいきなり視界を横切って腹にずぼっとめりこみ、次々来る衝撃とともに元気良く進む。小さい丸い足が私の油断した腹を押さえて移動していく。咳込んで目を開ける。隙を見れば枕に上がろうとする現実の猫キャト。
――――
文庫版p.240

 中野のワンルームマンションに引っ越した作家は、そこで最初の猫、キャトと出会う。夢のなかで買い物に出かければ商店が次々と増殖してゆき、目が覚めるとそこにキャトがいる。ようやく居場所を見つけた安堵感。無理解な文学たたきに辟易しながらも、生活や買い物を楽しむ明るい作品。


『こんな仕事はこれで終りにする』
――――
猫の事をよく知っている人の本を読むと、保健所では、急な環境の変化に脅え苦しみながら、飼い主を待って鳴き続けた挙句「処分」されるという。また大抵の捨て猫は凍え死んだり虐殺されたりするらしいのだった。誰かにかわいがって貰うんだよ、と腐った芝居にはまって機嫌良く猫を捨てるやつもいるのだろうか、と想像し吐き気がして来た。私は取り返しの付かない感情に襲われていた。その猫を少しも好きではなかった。ただ喉が詰まる息苦しさに追い立てられて前の大切な自分の猫が入っていたペットキャリーを開けた。
――――
文庫版p.260

 キャトの失踪。どんなに探しても探しても消息が知れない。遠くの公園で捨て猫を見たと聞いた作家は、無駄だと分かっていながら自暴自棄のように寒空の下を歩いて公園に向かう。「バスもタクシーも使わずに歩いていったのは、どうせ違うだろうと思いそのまま歩いて倒れて死んでしまいたかったからだ」(文庫版p.255)。
 キャトとの別れ、そしてドーラとの出会いを描いた感動作。辛く、苦しく、何度読んでもその度に涙が出てきます。


『生きているのかでででのでんでん虫よ』
――――
 やっと引っ越せるようになったのにキャトはいない。ペット禁止の時はキャトがいてキャトがいない時はペットは解禁だ。キャトを失ってドーラを得た。ドーラがいるからキャトを思い出す事が出来る。蓋をしていた心が少しずつ癒されてただそれはごまかしの癒しでしかなく、ごまかしでもあればましなのが現世だといいながら何かぼやけている。気が付いたらキャトよりもドラの方が長くなっている。
(中略)
死んだらドラとキャトは私の現の中に入って来て、私はわたしで他の人達から見た夢とか記憶になってしまうのだと思う事と、今の猫を見て前の猫を思い出す事、猫を混ぜてしまう事で次第に私は治って行く。だが本質的には治らない。私は肯定的にゆっくりと死に近付いていく。私は引っ越す。
――――
文庫版p.300、302

 キャトを失った悲しみ、手のかかるドーラに噛まれる幸福、そして純文学論争。文学賞を得た作家は、ドーラを連れて新たな居場所に引っ越してゆく。そこで何が待っているのか、『愛別外猫雑記』の読者はすでによく知っています。


『モイラの事』
――――
焼き場で待っている時に生まれて初めて、ひとりでいる事が苦痛だと思った。それまではどんな時でもひとりでいたかったからだ。お通夜の時とお別れの時に号泣したのでもういいかと思ったがそれから四十九日あたりまで泣いたり寝込んだりふらふらしたりしていた。後悔しようにも防ぎようもなかった。それ故に考える事がなくて悲しみだけが来る。無常観と恐怖と、地獄のような感じ。ほんの数日前まで部屋で聴く雨の音が好きだったのに、その音が全部雷になって体に落ちて来る。
(中略)
 他の子がいる事が救いになった。それに書くことは出来る。文章は出るし文字は読めるのだ。つまり文章というものは自分の生死をも越えるもので自分で書いているのではないところがあるからだ。文が社会と絶望した人間とを繋ぐ魂の緒だからだ。
――――
文庫版p.317、319

 新たに出会った猫たちを保護するために佐倉の一軒家に引っ越した作家。猫四匹と共についに居場所を見つけたと思った矢先、モイラが急死してしまう。悲嘆に暮れながら、それでも文学は続いてゆく。


『この街に、妻がいる』
――――
 起きた時確かに信じられた。死んだ猫がモイラが近くにいる事を。ごく近いのだ。私が抜けてきた街もモイラのいる街だった。そしてその街は目が覚めた私のいる街でもあった。だけれどもそれは私が死に向かっているという事ではない。いつだってモイラはいる。ただ二本の筒のように、違う時間の流れの中にもういるのである。私とモイラの時間の筒はもう繋がらない。だけれどもモイラはいる。いつかは私もあの街に迷い込むけれど、それでもモイラがいるという事だけは今でも、生きていても、会えなくても、こっちにいても、感じられる。というかこれで私のいるところと「街」は繋がったのだ。
――――
文庫版p.338

 モイラなき日々を送る作家がみた、不思議な夢。知らない街で見かけた男がいう。
「自分は妻を探しにこの街に来る。会えないけど、いる。この街に妻がいる。」(文庫版p.338)
 後に書かれることになる『猫ダンジョン荒神』にも通じる作品。


『後書き 家路、――それは猫へ続く道』
――――
 それでは何の問題もないよい日々なのか。とんでもない、今のところはともかく、戦争が来るのなら止めなければならぬ。ただし「文学は一体何の役に立つの」と言っている変な人々に、別に私の本を読めなどとは言わない。どうせ戦争はそいつらが起こすのだ。
(中略)
 文学で戦争が止まるかどうか? 読みもせずに文句だけ言い、自分では止めようともしないやつが戦犯なのだと言いたい。
――――
文庫版p.344

 猫と共に歩んできた道、迫り来る戦前。さあ、文学で戦争を止めよう!
 最新作『さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神』(「群像」2017年4月号掲載)へとつながる後書き。


『隣の偉人』(平田俊子)
――――
 授業のない日に他の用事で大学にいくと、笙野さんの部屋に明かりがついていることがあった。ドアの向こうに笙野さんがいると思うと心が騒いだ。ノックすることは憚られた。自分の部屋に入り、この壁の向こうに笙野さんが今いることの僥倖を味わった。笙野さんの部屋に明かりがついていない日も、壁越しやドア越しに不思議な熱気が伝わってきた。
――――
文庫版p.354

 笙野頼子さんと同じ大学に同じ学年で在籍していた詩人の平田俊子さん。
「キャンパスを歩く笙野さんを見かけたことが何度かある」(文庫版p.347)
「前を通るたびに気になった。笙野さんが住んでいると知ってからは自転車で走るたびに笙野さんを探した」(文庫版p.351)
「わたしの研究室の隣が、笙野さんの研究室だった」(文庫版p.354)
などと、作品解説よりむしろ「笙野さんへの一方的な思いやささやかな関係を得意気に書いてきた」(文庫版p.354)と謙遜しておられますが、何だかうらやましい。



タグ:笙野頼子
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