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『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』(宮澤伊織) [読書(SF)]


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 空は青く、鳥の影もなく、草むらを吹き渡る風が肌寒い。
 知らない相手と二人きり、未知の場所へと踏み込んでいく。
 枯れた色の草原をひらひらした服装で歩く女。CMかなんかで、そういう映像を見たことがある気がする。
 ……何やってんだろ私。ここどこだろ。
 振り向かずに歩いていく鳥子の背中を見ていたら、心細くなってきた。
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Kindle版No.422


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア妖怪が出没している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作短篇集。文庫版(早川書房)出版は2017年2月、Kindle版配信は2017年2月です。


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 私が〈裏側〉を見つけたのは、ほんの一カ月ほど前のことだ。
 実話怪談の現場を追いかけて、私はいわゆる心霊スポット的な場所を調べていた。もともと高校のころから廃墟探検の真似事が好きだったから、フィールドワークと称して怪しい場所に潜り込んでいたのだ。まあ厳密には不法侵入なんだけど、ともかくその最中に、この廃屋の中で見つけたのだ。あり得ない草原に続く扉を。
(中略)
 その存在を見つけて以来、〈裏側〉は私のすべてだった。だって、誰でもそうなるでしょう。生きていると感じるあらゆる面倒くささ、しがらみ、お節介から逃げられる、自分だけの秘密の世界を見つけたら、みんなそっち行きたくなるでしょう。
 そうでもないのかな。
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Kindle版No.168、302


 『神々の歩法』で第6回創元SF短編賞を受賞した著者による連作短篇集です。

 タイトルから分かる通り、人類の理解を超えた未知領域〈ゾーン〉を探索する〈ストーカー〉たちの姿を描いた『路傍のピクニック』(ストルガツキー兄弟)がベースになっています。とはいえ、個人的にはむしろゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』(続編もいくつか製作されたが、やはり初代が素晴らしい)の雰囲気がうまく再現されているのが嬉しい。

 感心させられるのは、そこに「くねくね」「八尺様」などのネットロア(主にネットで流布される都市伝説)をからめた設定。自分から踏みこんでゆかない限り巻き込まれない〈ゾーン〉と違って、日常の隙間からふと異世界に入り込んでしまうネット怪談を巧みに活用し、さらに主人公を若い女性二人組にすることで、わくわくする感じと怖さを絶妙にミックスしています。


「ファイル1 くねくねハンティング」
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「くねくねだっけ、あれ、狩りに行こ」
「ハアァ?!?」
 さすがに大声を出してしまった。
 あの見るだけで発狂する気持ち悪いやつを、狩る?
 馬鹿じゃないのかこの女。
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Kindle版No.270

 裏世界を探索していた紙越空魚は、「くねくね」に遭遇して死にかけていたところを仁科鳥子と名乗る女性に救われる。表世界で再会した鳥子から「くねくね狩りに行こ」と軽いノリで誘われた空魚は、ごねつつも結局は押し切られた形で裏世界に再侵入するが……。空魚と鳥子、主役二人の出会いとコンビ結成を描く第一話。果たして二人は見るだけで、いや認識するだけで発狂するとされる「くねくね」を倒すことが出来るのか。


「ファイル2 八尺様サバイバル」
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「空魚、ダメだよ!」
 背後から呼びかけられて、私ははたと動きを止めた。
「何やってんの! 近付いたらまずいって!」
 呼びかける声は、鳥子のものだ。でも、なんで後ろから?
 前にいるはずなのに──
 困惑して目をしばたたいたとき、不意に、自分が摑んでいるのが鳥子の腕じゃないことに気付いた。
 八尺様だった。
 私は八尺様の生腕を摑んでいるのだ。
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Kindle版No.1093

 それぞれ「見る」力と「触る」力を手に入れ、再び裏世界へ入った二人は、同じく裏世界を探索する謎の男に出会う。前方にボルトを投げてアノマリーの有無を確認しながら一歩一歩進んでゆく、原典に忠実な〈ストーカー〉。彼らはネットロア妖怪「八尺様」に遭遇するが……。


「ファイル3 ステーション・フェブラリー」
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 正直に言うと、私は少なからず感動していた。ある種の聖地巡礼みたいな感覚というか……。くねくねや八尺様との遭遇とはわけが違う。あれらは確かにネットロアで語られる怪異に酷似してはいたものの、向こうから名乗ってきたわけじゃない。でもこれは違う。なんと言ってもちゃんと「きさらぎ」って書かれてる。存在しないはずの駅なのに、ほんとにあったんだ! という感慨に襲われてしまうのも無理ないだろう。
 とはいえ、こんな形で出くわすなんて、完全に予想を超えていた。存在しないはずのきさらぎ駅は、在日米軍海兵隊の野営地になっていたからだ。
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Kindle版No.1526

 危険極まりない夜の裏世界に放り出され、恐ろしい化け物と遭遇した二人が逃げ込んだ先には、2ちゃんねる都市伝説に登場する「きさらぎ駅」があった。『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』でも重要な要素となっていた「それぞれの理由で〈ゾーン〉に駐留している他勢力とのコンタクト」の緊張を描いた第三話。


「ファイル4 時間、空間、おっさん」
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 互いの危なっかしいところをなんとなくわかっていながら、それでも背中を預けられる相手。どんなにヤバい状況でも、手をつなぐだけで不思議と落ち着ける、二人といないパートナー。その鳥子がいなくなった今、それまで気が逸れていた裏世界への恐怖が一気に蘇ってきて、私は一歩も動けなくなっていた。
(中略)
 ──私は弱くなった。
 鳥子と出逢ってまだほんの少ししか経ってないのに、私は鳥子がいないとだめになってしまっていた。
 私に少しだけ境遇は似てるけど、ほかは全然似てないあの女。
 私にないものをいっぱい持ってるくせに、私より何かが足りない女。
 綺麗で、性格がよくて、強くて、私とは全然違うタイプなのに、なぜか馬が合うあの女。
 澄ました顔で無神経なことを言う、私のことを何一つわかってない、あの女。
 そんな女が私の人生に突然現れて、引っかき回して、勝手にいなくなったのだ。
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Kindle版No.2166、2587

 仲違いした二人。鳥子は一人で裏世界へ侵入してゆき、そこで行方不明になってしまう。残された空魚は助けを求めて裏世界研究家の小桜のもとを訪れるが、そこにMIBやら異言やら巨大顔やら、都市伝説的な怪異がどっと押し寄せてくる。
「理不尽な事象が集中して……意味ありげな文脈の形成……悪意による脅迫なのか、好意的な啓示なのかも不明なまま……」(Kindle版No.2207)
 鳥子を救出すべく未知の危険に満ちた裏世界に踏みこんでゆく空魚。果たして二人は再会できるのか。そして人間の認知を操作する「怪異」の意味とは何か。

 原典における「理解不能な相手との間接的ファーストコンタクト“事象”」というテーマを怪談の文脈に落としこみつつ、主役二人の関係性を掘り下げてゆく最終話。実のところ話はまったく完結してないので、続篇への期待が高まります。



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