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『SFマガジン2017年6月号 アジア系SF作家特集』(ケン・リュウ、他) [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2017年6月号は、「アジア系SF作家特集」として、ケン・リュウをはじめとする中国出身作家たちの短編三作を翻訳(すべてケン・リュウによる英訳からの重訳)掲載してくれました。また、澤村伊智さんと藤田祥平さんの読み切り短編も掲載されました。


『折りたたみ北京』(カク 景芳、ケン・リュウ:英訳、大谷真弓:和訳)
(カク=赤へんにおおざと)
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 “交替”が始まった。これが二十四時間ごとに繰り返されているプロセスだ。世界が回転し始める。鋼鉄とコンクリートが折りたたまれ、きしみ、ぶつかる音が、工場の組立ラインがきしみを上げて止まるときのように、あたりに響き渡る。街の高層ビルが集まって巨大なブロックとなり、ネオンサインや入口の日よけやバルコニーなど外に突き出した設備は建物のなかに引っこむか、平らになって壁に皮膚のように薄く張りつく。あらゆる空間を利用して、建物は最小限の空間に収まっていく。
(中略)
 その頃には、地面が回転しはじめている。
一区画ずつ、地面が軸を中心に百八十度回転して、裏側の建物を表に出していく。次々に展開して高く伸びていく建物は、まるで青灰色の空の下で目を覚ます獣の群れのようだ。オレンジ色の朝日のなかに現れた島のような街は、開けて広がり、灰色の霧をまとわせて静かに立ち上がる。
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SFマガジン2017年6月号p.31、32

 三層構造になっている北京。地図上の同じ場所を共有する三つの北京が、時間を区切って交替することで、経済成長と雇用確保を両立させているのだ。“交替”時刻がやってくると、それまで存在した北京の街は物理的に折り畳まれ、次の階層がポップアップ絵本のように展開する。階層間の行き来は厳しく制限されている。これが今の北京のリアル。
 あるとき「プライベートな手紙を第一階層へ届けてほしい」という依頼を受けた第三階層の貧しい住民である主人公は、高額の報酬を手に入れるため危険を覚悟で「越境」を試みるが……。

 支配層、都市住民、農民工という三層に分かれた階級社会、急激に広がる苛烈な経済格差、所属階層によって世界観そのものが分断された、そんな現在中国。もう文学的暗喩とかそういうぬるい手法では表現しきれないような状況を、徹底的に“物理的に”表現してのけた驚異の一作。


『母の記憶に』(ケン・リュウ、古沢嘉通:和訳)
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 そのことはパパからあらかじめ説明されていた――そうやってママは時間をだまし、自分に残された二年間を引き延ばして、わたしが成長するのを見守っていられるようにするのだ、と。
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SFマガジン2017年6月号p.59

 不治の病で余命二年と宣言された母親が、相対論効果を利用して残された時間を引き延ばし、長い間隔をおいて娘に会いに来る。娘は成長してゆき、やがて母親の年齢を追い越してしまう。短いページ数で、母娘の愛と葛藤を描いてみせる短編。


『麗江の魚』(スタンリー・チェン、ケン・リュウ:英訳、中原尚哉:和訳)
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それぞれの四角のなかで時間は速く流れたり遅く流れたりしている。地上の人々は見えない手にあやつられた蟻のように集められ、グループごとにそれぞれの四角に押しこめられている。労働者、貧困者、つまり“第三世界”の時間の流れは速い。裕福で有閑の“先進国”では時間はゆっくりと流れる。為政者、偶像、神々の時間は止まっている……。
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SFマガジン2017年6月号p.73

 あくなき生産性向上、激しい出世競争、毎日激変してゆく世界に追いつけなければ脱落するという強烈なプレッシャー。過酷なストレスにさらされ続ける現代中国の都市生活者である主人公は、激務のせいでメンタルヘルスに問題を抱え、リハビリのため麗江の街に十年ぶりに戻ってくる。美しい自然、のんびりと流れてゆく時間、謎めいた女との逢瀬。しかし、語り手はそのすべてが人工的に管理されていることに気づく。

 「万人に平等に与えられている」といわれてきた時間でさえ社会階層による格差が広がっているストレスフルな現代中国の都市生活を、SF的なアイデアを用いて表現した短編。


『コンピューターお義母さん』(澤村伊智)
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 義母は関西の老人ホームにいる。
 と同時にこの家にも「いる」。
 ネットデバイスとアプリを駆使し、家屋と家電についた様々なセンサーから、この家のことを把握している。そして何か見つける度にわたしに小言を言い続けている。この家を建てて住むようになってから、今の今までずっと。
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SFマガジン2017年6月号p.228

 各種センサ、監視カメラ、ネット対応の設備や家電、あらゆる情報技術を駆使して遠隔地の老人ホームから行われる「サイバー嫁いびり」。ひまを持て余した義母にネットワーク経由で一挙一動を監視され、何かというと嫌味メッセージを送りつけられる主人公は、ついに反撃を決意するが……。情報技術の発展によりグローバル化する嫁姑問題という風刺的なブラックユーモア作品、なんだけど、ユーモアよりも心理ホラー感が強いです。


『スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾』(藤田祥平)
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『スローターハウス5』をなんども繰り返し読んだ。自分では感じていなかったが、おそらく心は悲しんでいたのだろう、私はもはやどのページから読んでも泣けるようになっていた。あらゆる非現実的な描写はそれ自体が表現として優れていると同時に、そのままドレスデン大空襲の超現実性の暗喩でもある。私はこの優れた技法に感涙し、そして次のような厳しい真実をまなんだ――作家にとって、すべての個人的な体験は、小説を執筆するための材料である。
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SFマガジン2017年6月号p.334

 京都にある芸術大学のクリエイティブ・ライティング科に通う学生が、卒業製作として『スローターハウス5』(カート・ヴォネガット)の評論(および全訳)を選ぶ。森見登美彦さんの小説にありそうな状況や出来事を、カート・ヴォネガット風の感傷的な雰囲気で私小説風に描いてみせる短編。ラストシーンにちゃんとドレスデン爆撃を持ってくる律儀さ。



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