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『裏世界ピクニック ファイル7 猫の忍者に襲われる』(宮澤伊織) [読書(SF)]

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「センパイたちは逃げてください。時間を稼ぎます」
「い、いやいや、そんなわけにいかないでしょ……」
「いえ。元はといえば私が巻き込んだわけですし」
 たいへん勇ましいけど、いくら空手が強くても、抜き身の刃物を持った猫の忍者たちは恐ろしい脅威だ。忍者二匹に対して、こっちには空手使いが一人……いや、なんだこれ、改めて考えると頭がおかしくなりそうだ。
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Kindle版No.553


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第7話。Kindle版配信は2017年8月です。


 『路傍のピクニック』(ストルガツキー兄弟)をベースに、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。ファイル1から4を収録した文庫版第1巻、およびファイル5と6の紹介はこちら。


  2017年03月23日の日記
  『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23

  2017年07月05日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-07-05

  2017年08月07日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル6 果ての浜辺のリゾートナイト』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-08-07


 ファーストシーズンの4話はSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズンは各話ごとに電子書籍として配信されています。早川書房の新刊情報によると、2017年10月に『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』として文庫版第2巻が刊行されるようです。


 さて、ファイル7は、タイトル通り猫の忍者に襲われる話。新キャラクターとして空魚の後輩であり空手使いの瀬戸茜理が登場します。食費とエアコン代を節約しようとして学食に来ていた紙越空魚に「猫の忍者に襲われて困っているんです」と真顔で相談してくるのですが、いや猫の忍者とか言われても……。


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「お願いします。紙越センパイならきっと助けてくれるって、みんな言ってたんです!」
 みんなって誰だよ。適当なこと言いやがって。
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Kindle版No.50


 最初は断った空魚ですが、怪しい猫の集団に付きまとわれるようになったことから、仕方なく忍猫退治に乗り出すことに。何だよ忍猫って。

 最初は「猫かわいいから、撃ちたくない……」(Kindle版No.342)とか言っていた空魚ですが、相手はマジで殺しにかかってくるわけで。


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 メンタルを攻めてくるのも嫌だけど、刃物で殺しに来るのは反則だと思う。
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Kindle版No.663


 ファイル6におけるメンタル攻撃もヤバかったのですが、今回は直接的な物理攻撃ですよ。猫が、刃物で。


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「うう、やっぱり猫だよ……撃ちたくない……」
「しっかり! 殺しに来るよ、こいつら!」
 鳥子の声を合図にしたかのように、二匹がいきなり動いた。凶悪な刃物を構えて、すごい速さで突っ込んでくる。動きはぜんぜん可愛くなかった。殺意に満ちていた。
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Kindle版No.575


 非常に危険な状況なんですが、でも猫が、忍者で……。それと空魚が「共犯者」という鳥子の言葉に激烈嫉妬するシーンが、巧みだなあ、と。

 ファイル6で結構本格的なコクタクトテーマSFに近づいたと思ったら、赤方偏移とともに遠ざかってゆくようなファイル7。鉄道、戦車、ライフル、水着、猫、忍者。男の子の好きなものを根こそぎにする勢いで突っ走るセカンドシーズン。次回で文庫版第2巻の区切りとなるはずですが、はたしてどう展開するのでしょうか。


タグ:宮澤伊織
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『行き先は特異点 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、藤井太洋、宮内悠介、上田早夕里) [読書(SF)]

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実を言うと、編集部からは早い段階で、切りのよい十巻までで打ち止めの可能性を言い渡されていたのである。だが、七冊目の『さよならの儀式』が思ったより売れたこともあり、もう少し続けてもいい、というお許しが出た。少なくとも短篇賞が十回を迎える2018年版までは出すことができそうだ。
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文庫版p.8


 2016年に発表された日本SF短篇から選ばれた傑作、および第八回創元SF短編賞受賞作を収録した、恒例の年刊日本SF傑作選。文庫版(東京創元社)出版は、2017年7月です。


[収録作品]

『行き先は特異点』(藤井太洋)
『バベル・タワー』(円城塔)
『人形の国』(弐瓶勉)
『スモーク・オン・ザ・ウォーター』(宮内悠介)
『幻影の攻勢』(眉村卓)
『性なる侵入』(石黒正数)
『太陽の側の島』(高山羽根子)
『玩具』(小林泰三)
『悪夢はまだ終わらない』(山本弘)
『海の住人』(山田胡瓜)
『洋服』(飛浩隆)
『古本屋の少女』(秋永真琴)
『二本の足で』(倉田タカシ)
『点点点丸転転丸』(諏訪哲史)
『鰻』(北野勇作)
『電波の武者』(牧野修)
『スティクニー備蓄基地』(谷甲州)
『プテロス』(上田早夕里)
『ブロッコリー神殿』(酉島伝法)
『七十四秒の旋律と孤独』(久永実木彦)


『行き先は特異点』(藤井太洋)
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「とても驚いたよ。まさか、こんなところで出会うなんて」
「私も、こんなところに来るなんて思わなかった。まだ路上試験の最中なのよ、この車」
 ジュディは首を振って、ドアのロゴを示した。
〈グーグル・セルフドライビングカー〉
 追突してきたのは、実験中の自動運転車だったのだ。
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文庫版p.20

 カリフォルニア州の中央、人里はなれた場所で、グーグルの自動運転車が事故を起こした。しかも、その地点にはアマゾンの配送ドローンが荷物を誤配達して置いてゆく。どうやらこの何もない場所が、なぜかマシンを引き寄せる特異点になっているようなのだ。

 コンピュータが認識する位置データと現実との間に乖離が生じたとき起こり得る事件を扱った、SF的飛躍が少なめの作品。ラスト、理の果てに立ち現れる美しい光景が印象的です。


『バベル・タワー』(円城塔)
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縦籠の家は代々、垂直方向のガイドを専らとした家である。恭助は、帝国ホテルのカゴに生まれ、各地のエレベータを転々としながら成長した。エレベータ・ガールたちや整備員たちからひっそりと手渡される古文書を読みふけり、口伝を授けられながら育った。
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文庫版p.77

 「上へ参ります。ドアが閉まります」vs「次は六条、六条通りで御座います」。
 垂直方向への移動を司る縦籠家、水平方向への移動を司る横箱家。有史以来ずっとこの国を秘かに操ってきた二つの旧家がついに交差したとき、何が起きるのか。驚異の座標系伝奇SF。


『スモーク・オン・ザ・ウォーター』(宮内悠介)
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 ぼくが専門とする流体力学においては、こうした煙の揺らぎは、層流と乱流によって説明づけられる。煙はしばらく綺麗に上昇したのちに、乱流となり、さざ波のように揺れはじめる。ここからは解析が困難で、カオス理論まで関わってくる。
 この世は美しい。それを、記録に留めたかったのだ。でも確かに、馬鹿には違いない。
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文庫版p.122

 東京に隕石が落下した後、自宅療養中の父が失踪した。それだけではない、多くの患者が「煙」のような存在に取りつかれて、病院から抜け出していたのだ。煙の正体は。
 セブンスターの公式サイトで連載されたという、堂々たる煙草SF。


『太陽の側の島』(高山羽根子)
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 私はといえば、ただ部屋で考えているのです。無為に生きることが衝突を生む我々と、長く生きるために、できるだけ無為な生活をしようとしているこの島の人々は、生き物としての根本が違うのではないか。我々がもし、なんらかの方法でこの島の人々のような命の使い方を学んだとして、果たして同じように生きていかれるのだろうかと、風が響く屋根の下、悶々としているのです。
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文庫版p.205

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「私は最近思うのでございます。こんな大変な世の中で、私たちが生きていることすら奇妙に思えるほどの困難の中で、どんなできごとが起こっても、そんなもの不思議のうちになど入らないのではございませんでしょうか」
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文庫版p.197

 太平洋戦争末期。南の島に流され、そこに基地を作るべく農作業に精を出す兵士と、「外国人」の少年を密かにかくまうその妻。二人の手紙によるやり取りから、次第にこの世とは異なる条理の世界が見えてくる。一読するや大きな感動に包まれる傑作。個人的に本書収録作品中で最もお気に入り。


『二本の足で』(倉田タカシ)
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「いや、だから、スパムなんだよ。シリーウォーカーの群れが、特定の人間をターゲットとして認識したら、最終段階の仕掛けとして、こういう人間のスパムが来る。知り合いのふりをして」
 すごい設定だよね、と、彼女は笑いながらふたりの顔を見て、――ああ、でも、きみたちもこの設定を共有してるわけね。
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文庫版p.306

 今や人間の資産なんてどんどん〈スパモスフィア(スパム圏)〉に吸収されているし、何と言っても最近のスパムは二本の足で歩いてくるのよ。地に足ついたシンギュラリティですね。というわけで意識をAIで上書きされた人が標的型スパムとして普通に歩いてやってくる時代、添付意識にうかつに心を開いたりしないよう気をつけましょう。
 移民受け入れにより多民族国家となった近未来の日本を舞台に、様々なルーツを持つ若者たちの迷いや葛藤を描く青春SF、だと思う。


『電波の武者』(牧野修)
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「電波の武者(ラジオ・ザムライ)を集めなさい。今すぐ。今すぐ集めなさい」
 母の顔が強ばるのが薄暗い部屋の中でもわかる。
 どうしたの。
「ヤツが来たのよ。止めなきゃ。みんなで止めなきゃ。この世が終わっちゃう。すべてのこの世が終わっちゃう」
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文庫版p.373

 妄想宇宙に忍び寄る現実の影。非言語的存在から物語を守るため、電波言語で戦えラジオ・ザムライ。展開せよ異言膜、夜空に溢れる悪文乱文線。問答無用の『月世界小説』スピンオフ短篇。


『スティクニー備蓄基地』(谷甲州)
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投入された「生物兵器」は、貯蔵施設の物理的な破壊を計画している可能性があった。貯蔵された物資で核融合を引き起こし、フォボスごと吹き飛ばすつもりではないか。
 悪夢だった。工事現場からのデブリの流出どころではなかった。フォボスから分離した大量の岩塊は、凶暴な破壊力を秘めたまま軌道上をさまよう。そして一部は火星地表に落下し、岩屑の暴風雨となって降りそそぐ。
 火星の環境は破壊され、多くの犠牲者を出して開発計画は頓挫する。そんなことを、させてはならなかった。どんな手を使っても、阻止しなければならない。そう切実に思った。だが敵の動きは、予想以上に速かった。
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文庫版p.429

 ついに勃発した第二次外惑星動乱。火星のフォボス地下にあるスティクニー備蓄基地にいる波佐間少尉は生物兵器による予想外の攻撃を察知したが……。新・航空宇宙軍史シリーズの一篇。


『プテロス』(上田早夕里)
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 本当の意味で宇宙生物学者になるためには、科学者としての常識どころか、『人間であること』すら、捨てねばならない瞬間があるのかもしれない。
 その勇気はあるかと自問してみた。
 しばし躊躇ったのち、ある、と志雄は結論した。
 プテロスはそれを教えてくれたのだ。
 もう一度同じ体験をしたときには、恐れずに飛び込んでみろと。
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文庫版p.461

 惑星を周回し永遠に吹き続ける暴風、スーパーローテーション。一度も地上に降りることなく、そのなかを一生飛び続ける異星生物プテロス。プテロスの個体と「共生」することで惑星探査を進める科学者は、共生相手を理解しようと試みる。だが、人間は、人間のままで、根本的に異なる精神を理解しコミュニケートできるのだろうか。ジャック・ヴァンス風の異星風景描写が印象的なコンタクトテーマSF。


『七十四秒の旋律と孤独』(久永実木彦)
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 空間めくり(リーフ・スルー)の普及により、海賊行為は事実上消滅していた。瞬間移動が可能な宇宙船を襲撃することは、ほとんどの場合無意味であり、非効率的だからだ。
 果たして、朱鷺型の登場と七十四秒の発見は、新たな海賊行為の手法を生みだした。(中略)そこで鋳造されたのが、わたしのような高次領域(サンクタム)専用の船外戦闘員だ。
 わたしはTT6-14441。通称、紅葉。グルトップ号の警備を担う、第六世代の朱鷺型人工知性である。有事となれば敵朱鷺型人工知性を破壊し、愛すべき船員たちを守るのが、わたしの役割だ。
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文庫版p.528

 超光速航行で空間を飛び越えるために必要な時間、七十四秒。だが高次空間にいる間、船内の時間は止まってしまう。つまり七十四秒のあいだ、船は完全に無防備となってしまうのだ。
 ずっと意識を切られた状態で船に搭載され、静止した時間のなか、七十四秒だけ起動する戦闘メカの孤独な戦いを描く、第八回創元SF短編賞受賞作。



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『SFマガジン2017年10月号 オールタイム・ベストSF映画総解説 PART1』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2017年10月号の特集は「オールタイム・ベストSF映画総解説 PART1」でした。また、澤村伊智さんの読み切り短篇が掲載されました。


『翼の折れた金魚』(澤村伊智)
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僕は岳人を助け出そうとプールサイドに足を掛けた。児童の誰かがあっと声を上げる。
 岳人と目が合った。
 彼の右目は黒い色をしていた。
 左は緑なのに、右だけが不気味な黒だった。
 心臓がバクンと激しく鳴り、僕はその場で中腰のまま固まった。あまりにも異様な彼の目を見て動けなくなっていた。
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SFマガジン2017年10月号p.107

 妊娠促進剤による「計画出産」が当たり前になった時代。特徴的な外見と高い知能を持つ計画出産児は今や多数派となり、促進剤を使わないで出産した子供は「デキオ/デキコ」という蔑称で呼ばれるようになっていた。教師である語り手は、「悪いのは無計画に妊娠した上、子供が差別されると分かっているのに中絶しなかった身勝手な親であり、デキオやデキコには何の罪もない、むしろ被害者だ」と自分に言い聞かせていたが、内面化した差別感情を抑えることは出来なかった……。

 SFマガジン2017年6月号に掲載された前作『コンピューターお義母さん』と同じく、現実の社会問題が、技術の進展により露骨に可視化されてゆく不安を描いた作品。心理ホラーの盛り上げ方はさすが。これからもSFマガジンに継続的に書いてほしい。ちなみに前作が掲載された号の紹介はこちら。


  2017年04月27日の日記
  『SFマガジン2017年6月号 アジア系SF作家特集』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-04-27



タグ:SFマガジン
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『月に吠える』(勅使川原三郎、佐東利穂子、鰐川枝里、他) [ダンス]

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いつも、
なぜおれはこれなんだ、
犬よ、
青白いふしあはせの犬よ。
――――
『悲しい月夜』(詩集『月に吠える』収録)より


 2017年8月27日は、夫婦で東京芸術劇場プレイハウスに行って勅使川原三郎さんの新作公演を鑑賞しました。イエテボリ・オペラ・ダンスカンバニーからの客演ダンサー2名を含む5名が踊る上演時間70分の作品です。


[キャスト他]

振付・演出: 勅使川原三郎

出演: 勅使川原三郎、佐東利穂子、鰐川枝里、
マリア・キアラ・メツァトリ(Maria Chiara Mezzadri)、
パスカル・マーティ(Pascal Marty)


 萩原朔太郎の詩集『月に吠える』刊行100年記念作品ということで、月も、犬も、竹も出てきます。

 舞台上には、(おそらくLEDを仕込んである)全体が白く発光する太いファイバーが何本も張りめぐらせてあり、これが光ったり消えたりすることで空間が区切られ、また時間が流れてゆきます。基本的には「月の光」に見立てているようですが、壁面に沿って上へ伸びている様子は「竹」みたいに見えます。床をはう何本ものファイバーの束は、竹の根も連想させます。ちなみに舞台奥の背景にゆるやかな弧を描くように垂れるシーンでは、美しい三日月に。


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光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。
――――
『竹』(詩集『月に吠える』収録)より


 黒い衣装で登場した勅使川原三郎さんは、やがて上半身が土色の服になり、土地、土壌、土着などのイメージを背負いながら、空中に詩を書いては消し、書いては消し、スピーカーからハウリング音が流れるや天に向かって吠えるという、分かりやすい「青白いふしあはせの犬」を踊ります。若さと苦悩を感じさせる動きが印象的です。

 佐東利穂子さんは真っ白な衣装で登場。照明効果で白く輝くその姿、下半身の黒い衣装と合わせて、夜空に輝く「さびしい空の月」を連想させずにはいられません。なお竹色の衣装を着る場面も。

 月と犬。二人が立っているだけで、そこはすでに『月に吠える』の世界。


――――
ああ、どこまでも、どこまでも、
この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、
きたならしい地べたを這ひまはつて、
わたしの背後で後足をひきずつてゐる病気の犬だ、
とほく、ながく、かなしげにおびえながら、
さびしい空の月に向つて遠白く吠えるふしあはせの犬のかげだ。
――――
『見しらぬ犬』(詩集『月に吠える』収録)より


 前作『イリュミナシオン』終演後の挨拶で、勅使川原三郎さんが「次の公演では、(佐東さんが)爆発するはずです」と予告していたように、佐東利穂子さんは最初から最後まで、激しく、大きく、力強く、踊り続けます。ゆるやかに弧を描く腕の動き、鋭く宙を切り裂く手の動き、しなやかで強靱な脚の動き、そして夢幻のような位置移動。勅使川原三郎さんが人間臭く踊っているのに対して、佐東さんのは、月とか天とか生命力とか、そういったものを連想させるダンスです。

 鰐川枝里さんを舞台上で見たのはひさしぶりですが、全身から感じられる「激しい一途さ」のようなものは健在で、その血のごとく赤い鮮やかな衣装と合わせて、強い印象を残してくれました。

 イエテボリ・オペラ・ダンスカンバニーからの客演ダンサー2名は、正直あまり印象に残りませんでした。ただ、マリア・キアラ・メツァトリさんが空中に浮いてすすっと横滑りしてゆく最初の「吊り」のシーンには忘れがたいものがあります。びびった。

 勅使川原三郎さんの公演にしては珍しい大仕掛けというか、勅使川原さんと佐藤さんを除く4名が宙に吊り下げられる天上縊死のシーンが凄い。人数勘定が合わないというのも凄い。


――――
遠夜に光る松の葉に、
懺悔の涙したたりて、
遠夜の空にしも白ろき、
天上の松に首をかけ。
天上の松を恋ふるより、
祈れるさまに吊されぬ。
――――
『天上縊死』(詩集『月に吠える』収録)より


 しかし最も心を打たれたのは、「つめたい地べたを堀つくりかへした」を含む一連のシーケンス。佐東利穂子さんの圧倒的な悲しみの表現(これが、観ているだけでどうしようもなく泣けてくる)、ひたすら書いては消していた詩人が、一瞬だけ、天に、月に、手が届くシーン。震える。


――――
わたしは棗の木の下を掘つてゐた、
なにかの草の種を蒔かうとして、
きやしやの指を泥だらけにしながら、
つめたい地べたを堀つくりかへした、
ああ、わたしはそれをおぼえてゐる、
うすらさむい日のくれがたに、
まあたらしい穴の下で、
ちろ、ちろ、とみみずがうごいてゐた、
そのとき低い建物のうしろから、
まつしろい女の耳を、
つるつるとなでるやうに月があがつた、
月があがつた。
――――
『白い月』(詩集『月に吠える』収録)より


 若き詩人が、苦悩の果てに詩の霊感をとらえる一瞬。前作『イリュミナシオン』でも「光芒をつかむ」という形で表現されていたシーンを、「月に触れる」という形で表現してくれたことに、不思議なくらい感動を覚えました。



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『男子劣化社会』(フィリップ・ジンバルドー、ニキータ・クーロン、高月園子:翻訳) [読書(教養)]

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ひきこもり、ゲーム中毒、不登校、ニート……つけられる名前が何であれ、理由が何であれ、昼夜自室にこもり、信じられないほど大量の貴重な時間をネットサーフィンやゲームやオンラインポルノに費やしている若者たち。2015年に内閣府が行った調査結果によると、15~39歳のひきこもりは全国で約55万人。年齢層を広げて潜在的なひきこもりも含めると、100万人近くになるとさえ言われている。これはあらゆる先進国に普遍的に見られる現象だという。だが、なぜ彼らは女子ではなく、男子なのだろう? または、女子ではなく常に男子の問題として論じられるのだろう? その理由が本書では生理学、行動心理学、社会学など、多方面から追求されている。
――――
単行本p.339


 ここ数十年で女性の社会的地位は着実に向上してきたというのに、その一方で若い男性の多くは問題を抱えている。学力、社会性、性的能力の劣化。ひきこもり、ゲーム中毒。男性に見られる社会不適合はいったい何が原因なのか。対処法はあるのか。
 先進国に共通して見られる「男性問題」について包括的に扱う一冊。単行本(晶文社)出版は2017年7月です。


 学力の低下、高い失業率、恋愛や性的関係をうまく扱えない、ゲームやポルノの中毒、肥満、薬物療法や違法ドラッグへの依存。これらは誰もが抱える可能性がある問題ですが、統計的にも男性の方がより広範囲でより深刻な状態に陥っているといいます。

 本書が目指すのは、これらの「男性問題」を明確にし、その原因を追求し、解決策を探ること。全体は三つのパートから構成されており、それぞれ「症状」「原因」「解決法」というタイトルがつけられています。

 まず「症状」として、女性と比べた男性の「ふがいなさ」が次から次へと挙げられています。


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女子は小学校から大学まですべての学年で男子より成績がよい。アメリカでは、13、4歳で作文や読解において熟達レベルに達している男子は4分の1にも満たないが、女子は41パーセントが作文で、34パーセントが読解で達している。2011年には男子生徒のSAT(アメリカの大学進学適正試験)の成績は過去40年で最低だった。また学校が渡す成績表の最低点の70パーセントを男子生徒が占めていた。こういった男女間の成績格差に関する報告は、世界中から寄せられている。
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単行本p.26


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 1960年以降、男性の所得は6パーセントしか伸びていないのに、女性のそれは44パーセントも伸びた。都会に住む22歳~30歳の独身子なし就業者を対象とした2010年の調査では、事実、女性のほうが男性より8パーセント多く稼いでいた。子どものいる既婚者で夫より収入が多い女性の割合は、1960年にはわずか4パーセントだったが、2011年には23パーセントになっていた。女性はまた、現在、全学士号取得者の60パーセントを占めているが、この上向きの傾向はこれからも続くだろう。
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単行本p.201


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1980年以降、女性の投票率は男性のそれを上回り続けている。アメリカの最近の大統領選挙では、女性票は男性票より400万から700万票も多い。イギリスでも女性の投票率は男性のそれを7パーセント上回っている。
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単行本p.312


 要するに女性は、まだまだ残っている性差別的社会状況にも関わらず、頑張っているのです。では、男性はどうなのでしょう。


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アメリカでは男性の失業率が2008年1月から2009年6月の間に倍になった。(中略)今では多くの男たちがママとパパのもとに、または結婚や同棲のなかに、長期の避難場所を求めている。驚くほど大量の男たちが働いて家計を助けるどころか、自分たちの居住空間を片付いた状態に保つといった最低限の家事すらしたがらない。
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単行本p.29


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日本家族計画協会の最近の報告によると、16歳~19歳の男性でセックスに興味がない人の割合は今では3人に1人以上であり、これは2008年の推定値から倍増している。また、10組のうち4組の夫婦が1か月以上セックスをしていない。
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単行本p.40


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若い女性がゲームに没頭する時間は若い男性とは比べものにならないくらい短い。男性の週平均13時間に対し、たったの5時間である。しかも多くの若い男性が、先に述べるように、常習的に日に13時間もゲームをしている。
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単行本p.43


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今では少年の3人に1人がポルノを何時間見てるかが自分でもわからないほどのヘビーユーザーだとされる。イギリスでの調査によると、平均的な少年は週に2時間近くポルノを視聴している。若い男性の3人に1人は視聴時間が週に1時間以内のライトユーザーだったが、ヘビーユーザーに類別された人(調査対象者の数パーセント)の5人に4人が週に10時間以上も視聴していた。
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単行本p.53


――――
薬物治療により子どもの教室での行動が改善されることのいったい何が問題なのか?
治療により子どもたちは一般的に成績も上がり、確かに扱いやすくなるが、たった1年でもこのような薬物を与えられただけで、子どもの性格は変わってしまうのだ。フレンドリーで外交的で冒険好きだった少年がすぐにイライラする怠け者になる。しかも、彼らは薬さえ飲めば問題が消え失せることを学ぶ。
(中略)
 彼はほとんど何もしないし、何もしたがらないが、カウチポテトになってニコニコしている――これはアメリカの若い男性に特にぴったり当てはまる描写だ。刺激性薬物の85パーセント近くが彼らに処方されているのだから。
――――
単行本p.58、60


 もうこのくらいで充分でしょう。なぜ、若い男性はこのような問題を抱えがちなのでしょうか。

 父親不在の家庭環境、メディアが与える男性イメージの混乱、欠点だらけの福祉制度による貧困の連鎖、親の過保護、学校教育の欠陥、内分泌擾乱物質による生理的変化、テクノロジーの急激な進歩と興奮依存症の蔓延、過剰な自己愛による現実の拒絶、女性の社会的地位向上、家父長制神話の押しつけ、停滞する経済状況……。本書はこれらの「原因」について一つ一つ検討してゆきます。

 率直に言って、挙げられている「原因」があまりにも数多く(事実上、女性問題を除く主な社会問題が網羅されている)、複雑で、入り組んでいるため、焦点がぼやけてしまった、という印象を受けます。

 そのため、「解決法」のパートについても、政府、学校、家庭、メディア、そして当事者とパートナーが、それぞれの「原因」に対処するために考え得る手立てを列挙した、という内容に留まっています。

 というわけで、今日の「男性問題」と考えられる原因を包括的に提示する本、として読むべき一冊でしょう。「原因」として挙げられている個々の社会問題については、それぞれ何冊も解説書が出版されていますので、興味がある問題についてはそちらを参考に。

 なお、本書の記述は英米中心なので、日本の社会状況とは合わない部分も多々ありますが、個人的な感想としては、意外なほど「本質的には似たような状況」だと感じました。それこそが問題の根深さを語っているのかも知れません。

 最後に、女性がこれらについて「男が考えるべき問題」「むしろ男は家にひきこもっていてくれた方が迷惑にならないし」と肩をすくめて無視する、べきではない、という警鐘を引用しておきます。


――――
 経済的にひきこもることが許されない者たちはどうなるのだろう? おそらく学位を取る者が減り、父親不在の家庭が増え、過去数十年間にマイノリティや貧しいコミュニティが経験した男女間のアンバランスからくる男性失業者はますます増加する。加えて、もともと収入の低い男性が仕事を見つけられなければ、彼らの行く末はますます殺伐としたものになる。最後には、法を犯す可能性も高くなるかもしれない。そうなると、同年代の女性たちがシングルマザーになる可能性もまた高くなる。
(中略)
女性たちがかつて抑圧されていると感じていたときに、相手である男性が女性たちの問題に無関心だったように、今、勢いづいている女性たちが男性たちの問題に無関心なら、それは進歩とは言えない。
――――
単行本p.335、336



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