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『「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで』(平山令明) [読書(サイエンス)]

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視覚や聴覚に関する研究に比較して、嗅覚に関する科学的研究は大きく立ち遅れているのが現状です。もっと合理的で明快な説明を期待された読者は少し落胆されたかもしれません。科学の進歩はあらゆる分野で歩調を合わせて進むものではありませんが、嗅覚に関する研究はただ単に疎かにされてきたのではなく、実は研究を非常に難しくしている原因があることを読者は気づかれたと思います。
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新書p.250


 他の感覚に比べて研究が遅れている嗅覚。しかし、化合物の分子構造と匂いとの関係、香りが心と身体に及ぼす作用の生理メカニズムなど、少しずつ解明は進んでいる。嗅覚に関する最新知見を一般向けに解説するサイエンス本。新書(講談社)出版は2017年6月、Kindle版配信は2017年6月です。


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一体私達は何種類の匂いを識別できるのでしょうか? 実は、この質問に対する明確な答えはまだ見つかっていません。2014年までは、大体1万種類の匂いを嗅ぎ分けられるというのが通説でした。ロックフェラー大学とハワード・ヒューズ医学研究所の研究者が、2014年3月21日の『サイエンス』誌に衝撃的な論文を発表しました。私達はなんと1兆種類以上の匂いを嗅ぎ分けられるというのです。匂いの研究や仕事に従事している人達は、この数字に非常に驚きました。しかし、この学説には反論も多く、アリゾナ大学の研究者達は、せいぜい5000種類の匂いしか、嗅ぎ分けることはできないと、2015年に主張しています。この数字は2014年までの通説の数字より、逆に少なくなっています。
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新書p.66


 いまだに「人間は何種類の匂いを識別できるのか」という単純素朴な疑問にすら満足に回答できないほど難しい嗅覚の研究。本書はその最新成果を紹介してくれます。

 第1章から第4章は基礎編で、身の回りにある香料、植物からエッセンシャルオイルを抽出する技術、嗅覚の基本的な仕組み、香水の分類、香りを表現するための語彙やフレグランス・ホイールなど香りの分類方法、といった話題が扱われます。


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嗅覚以外の視覚、聴覚、味覚および触覚の情報はまず視床に届き、そこで中継され、その後に大脳皮質の感覚中枢に入り、感覚として認識されます。つまり大脳新皮質で情報処理がされて、感覚が生じます。ところが嗅覚神経は2つのルートで脳に伝わります。
 1つのルートは、他の感覚情報と同じように、視床で中継されそこから大脳新皮質で処理されるルートです。もう1つのルートは、嗅覚神経が一番距離的に近い大脳辺縁系という領域に、ダイレクトに情報を伝えるルートです。大脳辺縁系は大脳古皮質とも呼ばれる領域で、記憶、学習、そして喜怒哀楽などを管理しています。この領域にある海馬は記憶の形成に、扁桃体は情動行動に深く関与しています。さらにその情報はその付近に位置する視床下部さらに下垂体にまで届きます。視床下部は自律神経系や免疫系に、下垂体はホルモン系に関与します。
 すなわち、嗅覚情報は大脳でその情報の解析を行う前に、原始的な脳の部分で感知され、私達の意識に関係なく、それに対処する活動がすでに体の中で起こるということです。したがって、匂いを嗅いだ瞬間、その匂いが何かを思い出す前に、ある種の感情がどっと湧いてくるという、嗅覚独特の反応が起こるのです。
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新書p.62、63


 「香り」が記憶や情緒、心理状態、そして免疫などに影響を与える生理メカニズムがある程度解明されているというのは驚きでした。

 第5章から第7章は、匂いの化学です。アロマ精油に含まれる各種分子を分離するための技術、香り化合物の分子構造、位置異性体による香りの違い、そして匂いの強さや質を客観的定量的に測定するための技術、といった話題が扱われます。


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 芳香族化合物と脂肪族化合物では、匂いの質に明らかな違いがあります。それが、これらの化学構造によることは明らかですが、現在のところ、なぜ匂いの質に差があるのか、その理由はよく分かっていません。
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新書p.116


 第8章から第11章は、匂いや香りの応用について解説します。主な天然の香り化合物のリスト(香水に使われる化合物の構造や性質をまとめた小事典)、さらに人工的に作られた香り化合物のリスト、香りが身体に及ぼす影響(有毒を含む)、などの話題が取り上げられます。


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各々の香りの分子の機能についての研究はまだまだ少ないのが現状です。アロマテラピーに携わっている人の中には、「アロマ精油は混合物であるから体に良い」と無条件に信じている人が少なくありません。彼らの多くは、各々の香り分子の効果を取り出して科学的に調べることに消極的のようです。しかし、これは誤った考え方であると著者は思います。私達は各成分分子の効果を純粋な形で明確に捉え、それらの総合的な効果を定量的に評価すべきだと思います。
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新書p.220


 というわけで、匂い化合物の分子構造特定など研究が進んでいるにも関わらず、なぜそれが人間にとっての「香り」の違いとして感じられるのか、「香り」を感じることでなぜ生理的な影響が現れるのか、という部分が意外に分かってない、それでも研究者は頑張っている、という状況がよく分かる一冊です。


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