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『紙の世界史 歴史に突き動かされた技術』(マーク・カーランスキー、川副智子:翻訳) [読書(教養)]

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 紙を作れるか否かを文明の指標とすると、びっくりするほど今までと異なる、だが、まちがってはいない歴史絵図が出現する。この見方にしたがえば、文明は紀元前220年にアジアに始まり、アラブ世界へと広がっている。アラブ人は何世紀ものあいだ世界の支配的な文化の担い手だった。一方、ヨーロッパ人は地球上もっとも遅れていた。字を読めず、科学の片鱗もなく、単純な計算もできなかった。交易の記録にすら紙の必要を感じていなかった。
(中略)
 のちの歴史でヨーロッパが躍進し、アラブとアジアの競争相手より優位な位置につくことができたのは、中国の発明である可動活字に負うところが多い。ヨーロッパ人が可動活字を自分たちのために役立てられたのは、アジア人やアラブ人とはちがって可動活字に非常に適した文字体系をもっていたからだ。こうしてヨーロッパ人は、自分たちにとって望ましい形で後世の人々に読まれるような歴史を書き残すことになる。
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単行本p.15、16


 記録したい。人間だけが持つこの根源的な欲求につき動かされるようにして生まれた「紙」という記録媒体。それは、その後のあらゆる歴史に深く関与してゆくことになる。世界各地における紙の歴史を通じて、テクノロジーと社会変化の関係を洞察する一冊。単行本(徳間書店)出版は2016年11月です。


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 紙の歴史を学ぶことは歴史上の数々の誤解を白日のもとにさらすことでもある。とりわけ重要なのがここで問題にしているテクノロジーにまつわる誤解、すなわち、テクノロジーが社会を変えるという認識である。じつはまったくその逆で、社会のほうが、社会のなかで起こる変化に対応するためにテクノロジーを発達させている。
(中略)
 ひとつの新しいテクノロジーが社会に対してなにをするかを警告することはだれにもできない。なぜなら、そのテクノロジーを導入した時点で社会はすでにつぎの段階へ移行しているから。マルクスがラダイトについて指摘したのはそこだった。テクノロジーは促進役にすぎない。変わるのは社会であり、社会の変化が新たな需要を生む。それが、テクノロジーが導入される理由である。
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単行本p.8


 全体は序章と終章を含めて20個の章から構成されています。


「序章  テクノロジーの歴史から学ぶほんとうのこと」
「第1章 記録するという人間だけの特質」
「第2章 中国の書字発達と紙の発見」
「第3章 イスラム世界で開花した写本」
「第4章 美しい紙の都市ハティバ」
「第5章 ふたつのフェルトに挟まれたヨーロッパ」
「第6章 言葉を量産する技術」
「第7章 芸術における衝撃」
「第8章 マインツの外から」
「第9章 テノチティトランと青い目の悪魔」
「第10章 印刷と宗教改革」
「第11章 レンブラントの発見」
「第12章 後れをとったイングランド」
「第13章 紙と独立運動」
「第14章 ディドロの約束」
「第15章 スズメバチの革新」
「第16章 多様化する使用法」
「第17章 テクノロジーの斜陽」
「第18章 アジアへの回帰」
「終章  変化し続ける世界」


「序章  テクノロジーの歴史から学ぶほんとうのこと」
「第1章 記録するという人間だけの特質」
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 人類の歴史におけるテクノロジーの推移を見渡しても、話し言葉から書き言葉への変化に匹敵するほど大きな移行があるだろうか?
 ところが、その移行があってからは、社会はもはや高価で生産ペースの遅い書写媒体ではやっていけなくなった。蝋の処分しやすさと、葉の軽さ、粘土の安さ、そして羊皮紙の耐久力をも兼ね備えた素材が求められていた。
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単行本p.46

 古代における記録媒体の歴史を振り返りつつ、「新しいテクノロジーの登場により社会が大きく変化するのではなく、先に社会の変化が起こり、その需要により新しいテクノロジーが開発されるのだ」という本書全体を貫く歴史観を解説します。


「第2章 中国の書字発達と紙の発見」
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 紙というものがどうして発案されたのかはいまだ謎である。紙以前の書写媒体とはなんの関わりもない。(中略)どんな思考回路から生まれたにせよ、紙が長い進化の過程をたどったのはたしかだろう。どこかのひとりの天才がぱっと思いついたとはとても考えられない。
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単行本p.55、56

 古代中国における四大発明のひとつ「紙」の発明について、現在までに判明していることをまとめます。


「第3章 イスラム世界で開花した写本」
「第4章 美しい紙の都市ハティバ」
「第5章 ふたつのフェルトに挟まれたヨーロッパ」
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 錬金術、天文学、工学、数学の書物はアッバース朝のもとで隆盛を迎えた書物のほんの一部だった。当時のヨーロッパでは数百冊の蔵書があれば大図書館である。スイスのザンクト・ガレン修道院付属の図書館の蔵書は四百冊、十二世紀フランスのクリュニー修道院は五百七十冊。一方、同時代のアラブの図書館は私設でさえ何千という蔵書があり、何十万冊を所蔵するところまであった。
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単行本p.92

 アラブ世界、およびヨーロッパにおける紙の歴史を概説します。


「第9章 テノチティトランと青い目の悪魔」
「第12章 後れをとったイングランド」
「第13章 紙と独立運動」
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 メソアメリカ人が真の意味での紙を作っていたかどうかは議論が分かれている。もし作っていたなら、彼らの文明は中国以外で唯一、紙を発明していたことになる。その点に疑念が抱かれるのは、メソアメリカ文明がスペイン人によって徹底的に破壊されたために、現代のわたしたちがどうしても知り得ないことが多々あるという事実に起因している。メソアメリカ人が蔵書で埋め尽くされた図書館をもっていたことはわかっている。ただ、現存するのは古代マヤ人の残した冊子本「コデックス」の三冊と、アステカ人が製作した十五冊のみである。
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単行本p.210

 中南米の古代文明、英国、アメリカ合衆国における紙の歴史を概説します。


「第6章 言葉を量産する技術」
「第7章 芸術における衝撃」
「第8章 マインツの外から」
「第10章 印刷と宗教改革」
「第11章 レンブラントの発見」
「第14章 ディドロの約束」
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 いずれにせよ可動活字によ活版印刷の出現は羊皮紙と紙の競い合いを終わらせた。グーテンベルクの二百部の『聖書』のうち羊皮紙に印刷された三十五部によって、紙のほうが印刷媒体として優れていることが明白になったのだ。羊皮紙は手書きの文書や原稿を書写するための媒体であり、印刷はまさに紙のために開発された技術だった。
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単行本p.168

 印刷術の発明によって羊皮紙に対する紙の優位性が決定的なものとなり、さらに言葉を大量に広範囲に届けることが可能になった。さらに芸術作品にも紙が用いられるようになる。宗教、文化、芸術、科学、あらゆる場面で紙が活躍するようになってゆく様子を概説します。


「第15章 スズメバチの革新」
「第16章 多様化する使用法」
「第17章 テクノロジーの斜陽」
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 森林伐採がもたらす環境問題について、製紙業界は合衆国内のみならず世界的規模で圧力を受け続けている。消費者は熱帯雨林や生態学的に稀少な原生林を皆伐して作った紙を求めない。そうした紙が使われた製品を買わないように、あるいは紙を完全に避けて電子機器に切り替えるように消費者をうながすキャンペーンの成功例もある。トイレットペイパーをボイコットしようという呼びかけさえあるぐらいだ。トイレットペイパーの代用となる電子機器は今のところだれも見つけていないから、このキャンペーンは成功しそうにないけれども。
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単行本p.395

 それまでの繊維にかわって木材パルプを用いた製紙技術が発達するとともに、公害問題、資源問題がクローズアップされてゆく経緯を概説します。


「第18章 アジアへの回帰」
「終章  変化し続ける世界」
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 紀元一世紀、中国人が作りはじめた紙は、その後何世紀にもわたってアジアの特産であり続けた。やがて紙が世界の隅々にまで受け入れられるようになると、もはや紙をアジアの特産と考える人はほとんどいなくなった。だが、紙の発明から二千年が経った二十一世紀の今、中国はふたたび世界の製紙を率いるリーダーとなり、日本人は世界が認める手漉き紙の達人となっている。
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単行本p.410

 現在、紙の生産量世界一は中国、そして最高品質は日本の和紙である。世界中をめぐってきた紙の物語の舞台は、ふたたびアジアに戻ってきた。さて、次の時代はどうなるのだろうか。コンピュータ技術によって紙がなくなる日がやってくるのだろうか。歴史的視点から、紙の現在と未来をみつめます。



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『S坂』(森尻理恵) [読書(小説・詩)]

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 S坂を上がって地震研に通ったのはもう二十年も前の話である。その後、地震研を訪ねる機会は殆どなくなった。同級生の多くは地球科学をやめて、違う職種へ就職していったし、当時お世話になった東大の人たちも他の研究機関へ移ったりして散り散りになってしまった。
 学生時代のようにS坂を上がって行くと、地震研の古い壁と根津神社の緑はそのままで、ふと甘酸っぱい思いがよみがえってくる。昔の学生もきっと同じように、ある時は将来に悩みながら、ある時は友人と談笑しながら、この坂を上がっていったのだろう。
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単行本p.176


 S坂をのぼって東大地震研に通った日々。理系研究者の生活実感をしみじみやるせなく描いた研究者歌集。単行本(本阿弥書店)出版は2008年11月です。


 まず、東大地震研の様子が臨場感たっぷりに描かれているのに驚きました。個人的に、地震研と道路ひとつ隔てた東大工学部で実験に明け暮れた時期があるため、懐かしいというか何というか、どこでも同じやなあというか。


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根津駅から全ての角を左折する地震研までは足が覚えいし
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地下室へ長い階段降りてゆくぱたんぱたんと足音響かせ
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実験棟はいつでも何か回りいるどの部屋からもモーター音漏る
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足裏に長周期振動感じたり 隣の分析器動きいるらし
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測定器の前にどっかり腰おろし液晶パネルの数値を睨む
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 あれから数十年。ふと出会った歌集に、隣の敷地で同じように黙々と実験していた人がその体験をうたった作品が載っているのを発見するという不思議。


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今日一日このサンプルと過ごしおり熱磁化曲線描くを見つつ
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都合悪き値は赤で囲みおく どう扱うかはあとから決めむ
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気力そろそろ萎えて来たりき磁力計に今日六百回目のサンプルセットす
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蛇紋岩の磁性がわかってその先は何が出来るかと問いただされし
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わが論の不備を指摘し勝ち誇る男の細き指先を見る
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 研究所の地下でひたすら実験を続けるのもつらい生活ですが、屋外調査もそれはそれで楽ではありません。


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道端にしゃがみこんでは重力を測り測りぬ二百点ほど
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「何ですか」と聞かれたときに言うせりふ「国の仕事で地盤の調査」
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携帯電話の圏外表示が続く山 何も起こらず無事に抜けたし
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注意力がわれからぼろぼろ抜けていく運転と測定十時間続けて
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 地味な研究生活がいつか報われる日が来るかというと、別にそういうこともなく。


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これからは起業につながる研究に予算を回すと役人は言う
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予算とる才覚なければ頭下げ実験装置を借り歩くまで
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稼働率とランニングコストのバランスの狭間にわれはラボジプシーなり
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博士一人を育てるために注がるる国家予算の額を思えり
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たった二年雇われるために博士らが日本中から集まりて来る
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実験のことだけ気にするシンプルな幸福感あり忘れたくなし
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 同じ研究者仲間と一緒に働くのが楽しいというわけでもなく。


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にこやかに話しかけくるる人の目の奥にてわれは値踏みされおり
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必要なことだけ話す出張中 余所者はいつでも警戒されおり
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謝って欲しいんじゃないのにマニュアルの通りに頭を下げられている
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異動希望出してしまえばすっきりと腹痛も頭痛も治る気がする
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死ぬくらいなら道を替えても良かったなど正論なれど気易く言うな
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研究者の旬の季節は短しと過ぎてようやく理解しはじむ
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 やがて歳をとり、いつまでも研究生活を続けるわけにもいかず。


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苦しみて十年が過ぎ諦めてもう十年が過ぐ いま折り返し
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ぐずぐずと煮すぎた豆腐の角のよう昇格審査の辞退を決めたり
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夕焼けを帰りの電車の窓に見る かつて描きし未来は忘れた
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それじゃまたと別れてそれぞれの宿へ行く仕事のあとはひとりになりたい
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私もまだ公務員なれば世間ではいい気な人種と思われていむ
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「お疲れですね」と言って欲しくて五千円払い私はマッサージ受ける
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未来など描きしことも忘れたりあと十分でまた明日になる
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 そして、時の流れをしみじみと実感させる作品に涙することに。


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消息の途切れし幾人ふと思う 庭の辛夷の実が赤くなる
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残暑見舞いを出さずに九月も終わりゆく 忙しかったと今頃気づく
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 母親として子の成長をよんだ作品なども数多く含まれているのですが、もう個人的に、理系研究者の実感がこもった歌にノックアウトされてしまったので、そういう作品ばかり引用してしまいました。



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『魚だって考える キンギョの好奇心、ハゼの空間認知』(吉田将之) [読書(サイエンス)]

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 手足に測定用の押しボタンを装着し、身動きがとれなくなるとか。サカナに音楽を聞かせているようにしか見えないとか。細胞の数を数えすぎて、水玉模様を見るとついつい数を数えそうになってしまったり(もう治ったようです)せっかくとった卵が全滅してしまったり。
 研究の現場は、常に汗と涙にまみれている。
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単行本p.6


 「サカナが何かを考えるしくみ」について調べている広島大学「こころの生物学」研究室。学生たちの奮闘努力を中心に、魚類を対象とした生物心理学の研究成果について語るサイエンス本。単行本(築地書館)出版は2017年9月です。


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 サカナの声なき声を聞くために、幾多の学生たちとともに格闘してきた。
 たいてい、研究についての報道は、成果のみである。
「これこれについての研究により、このような発見がなされました。以上」
 いやいや、べつに、わたしたちの研究はハデに報道されるようなものでもないし……とひがんでいるのではない。このようなことに興味をもって、日々奮闘している若者たち(もちろんわたしも含む)もいることを、ちょっとだけ知ってもらいたいのだ。
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単行本p.5


 全体は11の章から構成されています。


「1 サカナの脳は小さいか」
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 ハトの脳とラットの脳の大きさは同じぐらい(どちらも約2グラム)だ。しかも、最近の研究によれば、鳥の大脳のニューロン密度は、哺乳類のそれよりもずっと大きいことがわかっている。だから、鳥類のハトのほうが哺乳類のラットよりも良い成績をおさめてもいいぐらいなのだ。
 それに比べて、キンギョの脳の重さはわずか0.1グラム。ハトの20分の1だ。これでハトと同じぐらいの成績をおさめるなんて、すごいじゃないか、キンギョ。
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単行本p.17

 キンギョの学習能力はハトに匹敵する。なのに、脳の重さはハトの20分の1しかない。では、ニューロン数で比較すると、どうなるのだろうか。そのためには「キンギョの脳を構成しているニューロンを数える」という気の遠くなるような仕事が必要となる。さあ、学生がんばれ。


「2 サカナは臆病だけど好奇心もある」
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 サカナにも好奇心はある。ダイビングや釣りなどで、サカナをよく見る機会がある人たちはそれを疑わない。でも、「サカナにだって好奇心はあるんです!」と声高に叫んだところで、「気のせいでしょ」といわれればそれまでである。
 それじゃあちゃんと測ってやろうじゃないの。ということで、N君の卒論テーマになった。
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単行本p.30

 サカナにも好奇心がある。それを客観的に証明するためにはどうすればいいだろうか。というわけで、キーをそれぞれのサカナの行動に割り当てた鍵盤を前に、サカナの行動を観察してはキーを叩いて記録する実験が始まった。


「3 ゼブラフィッシュは寂しがり」
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 新しい水槽に入れられたときのゼブラフィッシュの不安は、たぶんわたしたちが知らない場所に立った時に感じる不安と基本的に同じだろう。なぜかというと、人間に効く抗不安薬は、先に書いたようなゼブラフィッシュの「不安行動」を抑える効果があるからである。
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単行本p.46

 ゼブラフィッシュの不安行動には、人間用の抗不安薬や、さらにはアルコールが効く。ならばサカナは人間と似たようなメカニズムで不安を感じているのではないだろうか。ゼブラフィッシュの不安行動を研究する。


「4 サカナの逃げ足」
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 いくつかのビデオから、アオサギの捕食スピードを計ってみた。「構え」の姿勢から動き始めて約0.1秒後にくちばしが水中に突き入った。その鋭い形状と速度からして、くちばしが水中に入ってからサカナに達するまでの時間は極めて短いだろう。くちばしが水面についてから反応したのでは、サカナもさすがに逃げきれまい。
 でもアオサギも結構失敗しているよな。実際にはサカナはどうしているのだろう。
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単行本p.70

 アオサギの電光石火の捕食行動に対して、しばしば逃げきるサカナ。どうもその逃走反応は、鳥のくちばしが水面に達するより前に開始されているようだ。というわけで、ひたすら水中に棒を突っ込んでサカナを脅かす実験が始まった。


「5 恐怖するサカナ」
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 高等学校の生物の教科書には、小脳のはたらきは「運動の調節と身体の平衡を保つ」ことだと書いてある。実のところを申せば、小脳にはもっといろいろな役割がある。最近では、感情に関わる機能が注目されている。
 わたしたちが得た結果は、「キンギョの古典的恐怖条件付けには小脳が必要です」のひとことで済んでしまうわけだが、これは10年ちかくにわたる苦難に満ちた研究の成果なのである。
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単行本p.87

 サカナの恐怖反応には小脳が関与している。それを証明する実験に必要な「小脳の局所麻酔」という無茶な難題に、ひたすら練習して挑む学生。がんばれ。


「6 サカナも麻酔で意識不明?」
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 わたしは、サカナにもサカナなりの意識があると考えている。もちろん、われわれ人間がもつ意識とはだいぶ違うだろう。
 ひょっとして、麻酔が効く様子を詳しく調べれば、サカナ的意識の理解に役立つのではないだろうか。こう考えて、キンギョの脳波を記録しながら麻酔をかける実験を行った。
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単行本p.104

 サカナは意識を持っているのだろうか。この問題にアプローチするため、キンギョに麻酔をかけたとき脳波がどのように変化するかを調べる実験を行った。


「7 各方面に気を配るトビハゼ」
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 とにかく、トビハゼは、何かをよく見る時には眼の向きをちゃんと調節していることがわかった。この時、その対象物とレンズの中心を通る延長線上の網膜に像が投影されることになる。したがって、網膜のその部分が、最も高い空間解像度で光情報を脳に送っているはずである。
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単行本p.119

 捕食行動の前に、エサに「注目」しているように見えるトビハゼ。本当にそちらに「視線」を向けて注視しているのだろうか。トビハゼの網膜の「神経節細胞の数を数える」という苦行の果て、視界から水玉模様が消えなくなり、小さな丸いものを見るとひたすら数を数えてしまうようになった学生。がんばれ。


「8 眼を見て誰かを当てるの術」
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「ん? なんだか1尾ずつ目つきが違うような気がするぞ」
 はっきりとどこが違うとは言えないのだが、何となく違う。そこで、数尾のキンギョを水槽からすくって、眼をアップで撮影して比べてみた。
 すると、虹彩の部分に何本かのスジが入っていて、このスジの入り方が1尾ずつ違っている。このせいで、何となく目つきが違っているように見えたのだ。スジの入り方は右目と左目でも違っている。
「もしかして、これは使えるかもしれない」
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単行本p.129

 大量に飼っているキンギョをそれぞれ傷つけることなく個体識別するために、虹彩の模様が使えるのではないか。というわけで、ひたすらキンギョの眼を撮影しては個体識別してみるという地味でしんどい研究が始まった。


「9 サカナいろいろ、脳いろいろ」
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 というわけで、脳の形を見れば、そのサカナが何が得意で、どんな生活をしているかだいたい想像できる。
 わざわざ脳を取り出して見なくたって、サカナの体を見ればわかるじゃないかと言われるかもしれない。もちろん、体やヒレの形、眼や鼻の具合なんかを見ればかなりのことがわかる。
 でも、脳を見ると、よりサカナの気持ちに近づけたり、別の角度からサカナの生活に思いを馳せることができるのだ。
 そんな理由から、わたしの研究室ではいろんなサカナの脳コレクションを作っている。
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単行本p.147

 サカナの心に迫るために、その脳を手にとってじっくり眺めてみたい。そんな願いをかなえるために「実物脳のさわれる標本」を作る研究が始まった。


「10 ハゼもワクワクするか」
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 水位が上がり始めると活動が活発になり、水面近くを泳ぐようになる。レンガはまだ水没しておらず、エサの匂いもしていないのにだ。水位が上がることで、レンガの上にあるエサ場に行けることを予期し、一刻も早く(でないと誰かに先を越されてしまうかもしれない)これにありつこうとしているのだ。すごくワクワクしているに違いない。
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単行本p.162

 潮の満ち引きを手掛かりとしたハゼの学習実験。はたしてサカナはわくわく何かを期待することがあるのか。


「11 飼育は楽し」
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 頭以外の体の部分はもちろん食べる(麻酔薬を使ったサカナは別として)。わたしの研究室には、調理設備一式が備えられている。
 サカナ好きのくせに、そんなことをしてかわいそうだと思わないんですか。などと言わないでほしい。身の部分は、いつも金欠の学生の貴重な栄養となる。そして、ふつうは食べられることのない頭(脳)は、標本としていろいろな場面で活躍する。
――――
単行本p.182

 自分たちで釣ってきて、自分たちで飼育し、実験終了後には自分たちでおいしくいただく。サカナの行動研究に欠かせない捕獲や飼育などの活動について紹介します。


「12 スズキだって癒やされたい」
――――
 わたしが疑問に思うのは、彼/彼女らは傷を負って「しんどい」と感じているのだろうか、ということである。そして薄まった海水に浸ると「気分が良い」のだろうか。
 サカナも痛みを感じることは、多分間違いない。もちろんこれには異論もある。と言うより、サカナに痛みがあると考えている人のほうが少ないだろう。
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単行本p.191

 傷ついたスズキが適度な塩分濃度の場所を求めて移動する行動をとるとき、彼/彼女たちは何を「感じて」いるのだろうか。行動の背後に意図や気持ちがあるのだろうか。生物心理学が目指す究極の問いについて語ります。



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『プラスマイナス 165号』 [その他]

 『プラスマイナス』は、詩、短歌、小説、旅行記、身辺雑記など様々な文章を掲載する文芸同人誌です。配偶者が編集メンバーの一人ということで、宣伝を兼ねてご紹介いたします。

[プラスマイナス165号 目次]
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巻頭詩 『再会』(琴似景)、イラスト(D.Zon)
俳句  『冬からの七日 春までの八日』(島野律子)
随筆  『高雄に行かなきゃ』(島野律子)
詩   『無限』(多亜若)
詩   『深雪のフレーズから』(深雪、みか 編集)
詩   『深雪の呟き 墨ながし シリーズ』(深雪)
詩   『八つの花の祈り方』(島野律子)
小説  『一坪菜園生活 48』(山崎純)
随筆  『香港映画は面白いぞ 165』(やましたみか)
イラストエッセイ 『脇道の話 104』(D.Zon)
編集後記
 「遠い記憶」 その3 琴似景
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 盛りだくさんで定価300円の『プラスマイナス』、お問い合わせは以下のページにどうぞ。

目黒川には鯰が
http://shimanoritsuko.blog.so-net.ne.jp/



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『波うちぎわのシアン』(斉藤倫、まめふく:画) [読書(小説・詩)]

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 やねは、だれにとっても、ひつようだ。
 冬のつめたい雨を、しのぐような。
 だけど、それは、ちいさなやねでいい。そのやねは、どこにだってじゆうにひろがって、あなたを守ってくれるのだから。
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単行本p.319


 ノルツの多島海に含まれる多種多様な島。その数、八百か、千八百か、それは誰にも分からない。そんな島のひとつに、ある夜、一人の赤ん坊が流れ着く。シアンと名付けられたその子には、不思議な力が宿っていたのだった。『どろぼうのどろぼん』から三年半、詩人・絵本作家である著者によるひさしぶりの長篇小説。単行本(偕成社)出版は2018年3月です。


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 この島のちかくだけでとれる、シアンという、青色の巻貝がある。助けだされた赤ん坊は、いずれ、シアン、と呼ばれることになる。左のにぎりこぶしが、その貝のかたちに、そっくりだったから。
 二枚貝なら、いつかはひらくだろう。けど、その左手は、にぎりしめられたまま、まるで巻貝のように、けっしてひらくことはなかったんだ。
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単行本p.12


 小さな島に流れ着いた子どもが、その島にある孤児院で育てられるという物語です。語り手をつとめるのは若い猫、名前はカモメ。生命力あふれる力強い雌猫です。「わたしは、カモメ」というセリフとともに彼女の語りが始まるとき、大人の読者なら、女性宇宙飛行士のはつらつとしたイメージをそこに重ね合わせることになるでしょう。


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 潮のにおい!
 町のにおい!
 音も、においも、すべてが、おおきな、ひとつにまとまっている。見なくたって、かがなくたって、手にとるようにわかる。わたしには、そんな気がしたんだ。この世界のことも、これから起こることさえも。
――――
単行本p.171


 シアンと名付けられた少年は、親がわりに大切にしてくれる大人たちや、一緒に生活する仲間、そして猫のカモメと共に、孤児院で健やかに育ってゆきます。しかし、彼には不思議なちからが宿っていました。人を助けることも出来る反面、相手を、そしてシアン自身を傷つけることもある、そんなちから。


――――
「それにしても、シアンには、もうこんなことさせないほうがいい」
 フジ先生は、しずかに、いった。「町の子ならともかく、うちは孤児院なんだ。親をおもいださせて、いいことがあるはずがない」
 リネンさんは、うつむき、サンダルから出た、じぶんのあしの指を見ていた。「だけど、あれは、あの子のちからなの」
「ああ」
 フジ先生は、いった。「でも、傷つくことになる」
――――
単行本p.121


 ちからに対して周囲の大人たちは戸惑い、様々な反応を示します。それをシアンに対する脅威と見なす者、シアンの才能と見なす者、そして利用しようとする者。


――――
「ひとの赤ちゃんは、どうして、十ヶ月も、おなかにいるんだ、とおもいますか」
 ネイは、あえぎながら、たどたどしく、いった。「ひとの世界は、きれいなことばかりじゃないから。みんなが祝福してくれるわけじゃないから。十ヶ月をかけて、おとなは準備をするんです。こちら側を、ちょっとでもましな世界にするために。だから、そのまえに、おなかでなにを見聞きしても、おもいださせちゃいけないのよ」
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単行本p.113


――――
「そんなことはない。あれは、すばらしいちからだ」
 イースは、シアンのあたまに手をおいて、いった。「でも、どんなちからも、すぐれていればいるほど、つかいかたに気をつけないといけないものなんだ」
「つかいかた」
 シアンは、顔をあげて、いった。
「そう。もってるちからの、おおきいか、ちいさいかなんて、にんげんの値うちとは、かんけいない。それを、どうつかうかだけが、そのひとの値うちを決めるんだ」
――――
単行本p.198


――――
きみのちからにくらべたら、おれたちの芸なんて、おあそびみたいなもんだ。わかるか、シアン。きみを、この島にねむらしておくのは、もったいないんだ」
――――
単行本p.203


 そしてシアンの身に危険が迫ったとき、みんなが心配し、命にかえても助けようと決意します。猫のカモメでさえ。それは、シアンが特別なちからを持っているからではなく、シアンが他の誰でもない、かけがえのないシアンだから。


――――
「ぼくは、とほうもないばかだ」
「ええ」
「どこの世界に、こんな親が、いるものか」
 フジ先生は、いって、顔を両手のひらで、はげしくこすった。みじかめのひげが、じゃり道を通る荷車みたいな音を立てた。「じぶんの子どもを、危険にさらして、気づきもしない親が」
――――
単行本p.221


――――
「お金は、たいせつよ」
 リネンさんは、はっきりと、いった。「でもね、お金がたいせつなのは、ほんとうにいちばんだいじなものを、それで守ることができるからなの」
――――
単行本p.227


――――
とくべつなんかじゃない、ただの、ふつうの子だ。きのう、あんなちからを見ても、もうおそろしさはかんじなかった。たとえ、この世界にやってくるまえの暗やみに、つれていかれたってかまわない。この子は守られなきゃいけない。
(中略)
わたしは、さけびたかった。なんのために、ねこに、つめがあるとおもってるの。たいせつなものを、守るためじゃないか。
――――
単行本p.200、211


 しかし、どうすればシアンを助けられるのか。今こそ、大人(猫含む)の知恵と勇気と資産、そして行動力が試されるとき。


――――
「うーむ」
 フジ先生は、うなった。「どうやって?」
「なんでも、きかないで」
 リネンさんは、ぴしゃりといった。「すこしは、ごじぶんで考えたら?」
「先生は、こういう現実的なことを考えるの、不むきなんです」
 ネイは、いった。
――――
単行本p.225


 というわけで、不思議なちからをもった少年と、その出生の秘密をめぐる物語です。ストーリー展開や、登場人物の造形、島や海などの風景描写は、いかにもスタジオジブリのアニメーション映画を連想させます。子どもたちはおそらくジブリの絵や声を思い浮かべながら読むことで、すんなりと作品世界に入ってゆけると思います。難しい漢字は使ってないので、小学校高学年から読めるでしょう。

 物語はシオンとその不思議なちからを中心に進みますが、個人的には、背景となっているアーキペラゴに象徴される社会や文化の「多様性」について、子どもたちがそれを大切なことだと感じてくれたらいいな、と思います。



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