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『ちいさい言語学者の冒険 子どもに学ぶことばの秘密』(広瀬友紀) [読書(教養)]

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 私たち大人が自力で思い出せない、「ことばを身につけた過程」、直接のぞいてみられない「頭の中のことばの知識のすがた」を、子どもたちの助けを借りて探ってみましょう。子どもたちはそうした知識をまさに試行錯誤しながら積み上げている最中です。大人の言うことを丸覚えにするのでなく、ことばの秩序を私たちが思うよりずっと論理的なやり方で見いだし、試し、整理していく――子どもたちが「ちいさい言語学者」と呼ばれるゆえんです。
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 いままさに試行錯誤しながら言葉を学んでいる最中の子どもたちの「言い間違い」や「変な言葉使い」を観察すると、すでに習得してしまった大人には逆に分からなくなってしまった日本語のロジックが見えてくる。子どもの言語習得から言葉について学ぶ一冊。単行本(岩波書店)出版は2017年3月です。


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日本語のネイティブだから、日本語だとそう言うのはあたりまえだから、かえってわかっていないことは実はたくさんあります。山ほどある中のほんの一例ですが、「おんな」と「こころ」という語をくっつけたら「おんなごころ」というふうに「こころ」にテンテンがつくのに、「おんなことば」だと「こ」にテンテンはつかない。言われなくても実際には言い間違えないけど、どういう理屈でそう決まっているのか考えたことがなかった、というのが普通だと思います。だけど私たちみんな、無意識にわかっているらしい(だから言い間違えることはない)。だけど…けれど…何をわかっているからなのかがわからない!
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 実際に話すときには言い間違えないのに、なぜそう言うのか説明しようとすると、いきなり「自分が何をわかっている(からこそ言い間違えない)のかがわからない!」となってしまう日本語の仕組みや構造を、子どもの言語習得過程におけるエラーを観察することで解き明かしてゆく本です。全体は七つの章から構成されています。


「第1章 字を知らないからわかること」
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 自分の身のまわりで、親、きょうだい、親戚や保育士さんや先生が話しているこのことばにはいろんな音があって、どんな特徴をもとに整理できるのか、音と音との関連を見いだせるのか、音の使われ方にはどんな決まりがあるのかという知識を、子どもは無意識のうちに脳内で一生懸命つくりあげます。そしてやがて、音と文字との関係についても知識の幅を広げていくのです。そのさい、歴史的な変遷の絡んだ日本語の特殊事情まで最初から了解済みなんてことはありません。なので、しばしば大人から見たら単純な間違いをすることもありますが、「「は」にテンテンつけたら何ていう?」と聞かれたときのさまざまな珍回答は、大人が見逃している、言語音の背後にある一貫したシステムや法則性について私たちにむしろ多くのことを教えてくれているのです。
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単行本p.11

「「た」にテンテンつけたら何ていう?」「だ」
「「さ」にテンテンつけたら何ていう?」「ざ」
 ここまでスラスラと答えられる子どもが、
「「は」にテンテンつけたら何ていう?」「…」
と聞かれた途端に混乱してしまうのはなぜか。

 音と文字の対応関係について学んでいる最中の子どもは、私たち大人が思うよりもずっと論理的に規則推論を行っていることを示します。


「第2章 「みんな」は何文字?」
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いろいろな言語の音の区切り方を比較する実験を多く行っていた大竹孝司さんたちの研究グループが、「タンシ(端子)」という発音を聴かせて、そのなかに tan という音があるかどうか答えさせるという課題を行いました。これには英語話者もフランス語話者も、そして日本語話者も、ちゃんとYESボタンを押して反応しました。しかし「タニシ」と発音した音声のなかに tan という音があるかを尋ねた場合は、日本語話者のほとんどはYESボタンを押さなかった一方、英語話者とフランス語話者は「タンシ」と聞いた場合と同様にYESと反応したと報告されています。
(中略)
 日本語の音のシステムを身につけたわれわれの耳と、そうでないシステムを持つ言語の話者の耳では、同じ音声でも異なった扱われ方をするのだ。そのことを今回「特殊拍」の取り扱いに関して紹介した3~4歳児のエピソードは裏づけてくれているようです。
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単行本p.26

 子どもが、言葉の区切りとして、「ん」という拍を独立した単位として扱わないのはどうしてか。音節や拍など、言葉のリズムに関する知見を示します。


「第3章 「これ食べたら死む?」 子どもは一般化の名人」
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 ところで「死む」「死まない」「死めば」はそもそもどうしておかしいのでしょう。「飲む」「飲まない」「飲めば」あるいは「読む」「読まない」「読めば」とは言うのに。
 大人が子どもに話しかけることばにもよく出てきそうな「飲む」「読む」は、マ行の音で展開する五段活用です。同様の動詞は他にもたくさんあって、「はさむ」「かむ」「つかむ」などなど、どれも同じように活用します。そしてご存じのように、マ行以外の五段活用も日本語にはさまざまありますが、ナ行の五段活用というのはじつは現代の日本語(少なくとも標準語)では「死ぬ」ただひとつなのです。(中略)子どもは、ふだん多く触れている、いわば規則を熟知しているマ行動詞の活用形を「死ぬ」というナ行動詞にもあてはめているのだと推測できます。
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単行本p.35、36

 多くの子どもが「死む」「死まない」と発音するのはなぜでしょうか。言葉を学ぶ際に生ずる「規則の過剰適用」という現象について解説します。


「第4章 ジブンデ!ミツケル!」
「第5章 ことばの意味をつきとめる」
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 子どもはどうやら、一般化できるルールを見いだすことにつながりそうな場合だけ、周囲から得られる情報を参考にしているようです。そのルールが、たとえ大人の文法としては間違っていても、当の子どもがそれでやっていけると思っている段階では、その反例となるような大人の正しい用法も、指導もスルー。ただし、新たな一般化規則が見いだせそうであれば、また大人のことばを参考にしてみたりする。そうして自分で試行錯誤を繰り返していく。
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単行本p.56

 子どもは大人の言葉使いを直接学んでいるのではなく、自分の中で一般化規則を作り上げてゆく上で必要な情報だけを取捨選択して取り込んでいる。言語学習のメカニズムに関する興味深い知見を明らかにします。


「第6章 子どもには通用しないのだ」
「第7章 ことばについて考える力」
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大人になるまでに、私たちは、相手の言うことを、表現そのものから得られる情報のほかに、自分をとりまく「状況」「文脈」も考慮にいれた総合的な判断のもとに解釈できるようになります。
(中略)
 ことばを情報伝達の手段として使うだけでなく、ことばそのものの形式・規則やその役割に関する無意識の知識への「気づき」を意識の上にとりあげる力、それを客観的に見つめ、時にはそれをいじって遊ぶことのできる能力。この力を育て、使うことにより、子どもたちのことばの旅はより豊かなものになっていきます。その能力は、母語の力を培うだけでなく、日本語以外の言語に触れたときにも、きっと大きな力になってくれることでしょう。
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単行本p.89、103

 言葉は「文字通り」とは限らず、状況や文脈によって意味が変わってくること。言葉そのものの形式や規則に気づき、それをいじって遊ぶ能力。子どもが言葉を学ぶだけでなく、言葉の使い方を学ぶ過程を見つめます。



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『新しい分かり方』(佐藤雅彦) [読書(教養)]

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 この書籍には、「こんなことが自分に分かるんだ」とか「人間はこんな分かり方をしてしまうのか」というようなことを分かるための機会をたくさん入れようと構想しました。そういう意味で、本のタイトルを『新しい分かり方』としました。順番としては、一見、ばらばらの内容がランダムに並んでいるように見えるかもしれませんが、いろんな側面で次から次へと「新しい分かり方」を誘因する表現を並べた結果なのです。ご自分の中で起こる希有な表象やまったく新しい表象を確認してみてください。
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単行本p.262


 物理的にあり得ない変化が起きたと感じさせる。空白だと確認した上でページに置いた指の下に何かがあるように錯覚させる。ただの抽象図形に感情移入させて物語を勝手に読み取らせる。読者の参加意識や罪悪感を引き出す。様々な表現を駆使して、今まで知らなかった、意識してなかった、そんな、新しい分かり方、を実感させる本。単行本(中央公論新社)出版は2017年9月です。

 並べられた二枚の写真から、私たちはどうしても因果関係や連続的な変化を読み取ってしまう。たとえそれが物理的にナンセンスであっても。NHK教育番組『ピタゴラスイッチ』の監修でも知られる著者による、ものごとが直感的に分かるとき私たちは何をどうして分かるのかを直感的に分からせる興味深い表現を集めた一冊です。


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 さらに正直な事を言うと、この書籍に収められた表現のなかには、分かること自体が難解なものも、いくつかあります。しかし、それらも、その「分からなさ」をご自分で反芻すると、いままで知っている「分からなさ」とは一線を画すものだということを感じられるのではないでしょうか。私は、「新しい分からない方」と呼んでいます。うーん、よく分からないけれど、この分からなさは初めてだなあと感じていただければ、してやったり、幸いであります。
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単行本p.263


 野暮になりがちな解説は最小限で、とにかく自分で見て首をかしげてから「分かってみる」という姿勢が大切。個人的には、『ピタゴラスイッチ』はもちろんのこと、『デザインあ』や『0655/2355』などNHK教育番組における“変なコーナー”とも共通する感覚を覚えました。

 最後にいくつかエッセイが収録されており、これらの表現に至る思考が書かれている(こともある)ので、参考にするとよいでしょう。


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 私は、表現を作る時には、いきなり表現に入るのではなく、どう作ったらかっこいいもの・面白いもの・かわいいものができるかということを、まず考える。別の言葉にすると、手法をまず考えるのである。この時には、ある質感の中に別の質感のものが嵌まっていると、それだけで関心が生まれるということを意識していた。「ある質感の中に別の質感がある」ということは、何も、私の発明ではまったくない。
 日本では、そんな手法が古えからあった。【象嵌】である。
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単行本p.246


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 この、手と指を巡る考察をした後で、私はさらにこう考えた。
 指をあるモノに置いた途端、その置かれたモノは他人事では済まされず、「自分事」になってしまうのではないか。
 もしかして、私が何を言っているのか、分からないと思うので、まずは、ご自分でこの訳の分からないことを体験してみていただきたい。
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単行本p.198



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『美術ってなあに?』(スージー・ホッジ、小林美幸:翻訳) [読書(教養)]

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 世のなかには、かしこくないと芸術作品を理解できないって考えている人たちがいる。
 そうかと思えば、芸術作品を見るとかしこくなれるって考えている人たちもいる。でも、ほとんどの作品は、何を見るべきかさえ知っていれば、ちゃんと理解して楽しむことができるんだ。
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単行本p.84

 アートって、何だかよく分からない。どうして四角や三角を並べただけで「芸術」なの? 子供が、そして口に出さないだけで実は大人も、素朴に抱いているアートに対する疑問の数々に、様々な名画を見せながら、易しく答えてくれるアート入門書。単行本(河出書房新社)出版は2017年9月です。


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 アートって、ときどき、ほんとうにわけがわからなくなるよね。写実的じゃない絵については、とくにそうだ。
 1800年代の後半から、芸術家は抽象的な作品や、現実の世界とはかけはなれたものごとをテーマにした作品を生みだすようになった。そして、とんでもない材料や色を使ったり、おかしな形を描いたりつくったりするようになった。彼らは芸術的な実験をして人々の反応をためしたいと考えていた。
 そうするうちに、どんな作品がよくって、どんな作品がよくないか、人々の意見もどんどん変わっていったんだよ。
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単行本p.80


 画集のような大型本です。めくってみると、どのページにも有名な絵画や彫刻が載っていて、単純に名画集としても楽しめます。しかし、本当に面白いのは本文。子供が抱きがちな疑問に一つ一つ丁寧に答えてくれるのです。疑問というのは、こんな感じ。

「どうしてアートは、わからないことだらけなんだろう?」

「目も鼻もない棒みたいな人の絵が、なんでアートなの?」

「どうしてはだかの人だらけなの?」

「どうして、美術館ではしずかにしてなきゃいけないの?」

「こんなの、ぼくの妹にだって描けるよ」

「アート作品って、どうしてものすごく値段が高いの?」


 こうした素朴な疑問に対して、著者は例えばこんな風に答えてくれます。


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お墓のなかの壁画は、生きている人たちに見せるために描かれたんじゃない。埋葬された人がどんな人生を送ったのか、神々に伝えることが目的だった。壁画が平面的にかかれているのは、神々たちにわかりやすい絵にするためだったんだよ。
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単行本p.21


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 この作品は、ちょっと見ただけでは家族のすがただと思えないかもしれない。だけど、ヘップワースは自分が好きな形で家族を表現したんだ。
 どれがお母さんだと思う? ほらね、わかってきたんじゃない? 〈抽象芸術〉っていうのは、だいたいそういうもんなんだ。ぼくたちが知ってるものにはぜんぜん似てないのに、見ているとなぜか、それが何を表しているのか、わかっちゃうんだよ。
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単行本p.59


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 ジャン・メッツァンジェは一般的な遠近法のルールにはしたがわなかった。それでもやっぱり、立体的に見える絵をかきたいと思っていた。そこで、さまざまな角度から見たものをぜんぶ、1枚の絵にかきこむことにしたんだ。この技法は〈キュビスム〉って呼ばれているんだよ。
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単行本p.23


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 モンドリアンはみんなに自分の作品を楽しんでもらいたかった。なんだかちょっと遠いところにあるものだと、思ってほしくなかった。そこで、カンヴァスのはじっこのギリギリのところまで絵をかいたり、色をぬったりした。ときには、カンヴァスのフチの横のところまで。そうやって、モンドリアンは自分の作品と見る人のあいだの壁をぶちこわしたんだ!
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単行本p.17


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〈抽象芸術〉の初期の作家たちは、現実の世界とかけはなれた形や色を作品にしようとした。ジョアン・ミロとなかまたちは、無意識の世界を描いた。つまり、自分がかいているものについて、何も考えないようにしたんだ。
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単行本p.57


 こんな風に、アートを鑑賞するときの基本的な知識を分かりやすく伝えてくれます。一般的・概念的な回答だけでなく、具体的な作品を例示して「なるほど」と納得させるところがうまい。

 例示されている名画にも、「見て見て! この絵はフレームに入れるべきだと思う?」とか、「この絵はもっと細かくかくべきだと思う?」とか、「鏡にうつっているのはだれでしょう?」「道化師はどこかな?」といった、鑑賞のてがかりとなるコメントがついていたりして、隅々まで親切。

 というわけで、子供向けと言い切るには惜しい、大人が読んでも勉強になる、何よりも楽しい、素敵なアート入門書です。



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『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』(森山至貴) [読書(教養)]

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 セクシュアルマイノリティに対する無知に基づく一方的な(仮に肯定的なものであるにせよ)意味づけが批判されるべきなのは、単に知らないだけでなく、積極的に知らないままにしておこう、多様な性の正確な把握に踏み込まないようにしようという欲望に裏打ちされているからです。表向きの好感の背後で「自分とは関係のない、よくわからない人たち」という感覚を手放そうとしない欺瞞、とも言えるかもしれません。
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Kindle版No.230

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見えてくるのは、セクシュアルマイノリティの個々の違いは考慮する必要がなく、とりあえず「LGBT」という目新しい言葉で括っておけば「良心的」な側に立てる、という報道のあり方です。性に関して「普通でない」人々を、知ろうとしないまま括っておける、それでいて語る側を「良心的」に見せる便利な総称として「LGBT」という言葉が使われています
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Kindle版No.269

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とりわけ、「LGBT」という言葉がこれほどまでに商業・消費の場面において使われているのを観察すると、「LGBT」という言葉はもはや、差別是正ではなくむしろ差別の隠蔽の指標として重要になっているとすら言えそうです。「LGBT」と誰かが言う場面では金が動いていて、さらに格差がそこに存在している、という経験則すら、私には妥当なように思われます。
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Kindle版No.1904


 差別をなくすためには、みんなが良心的になればいいのだろうか?
 セクシャルマイノリティに対する「善意」に基づいた差別や抑圧と戦うために、あるいは差別への加担を避けるために、必要な知識と、社会における多様な「性」の在り方について考える強力なツールでもあるクィア・スタディーズについて、基礎から学ぶための一冊。新書版(筑摩書房)出版は2017年3月、Kindle版配信は2017年3月です。


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 本書の肝となるのは、クィア・スタディーズという、性の多様性を扱うための比較的新しい学問領域です。クィア・スタディーズには、それまでの多様な性のあり方に関する研究にはなかった基本的発想や、それに基づいて生まれたいくつもの重要なキーワードがあります。現代の多様な性のあり方を分析するのにこれらの道具立てが「使える」ことを示すことが、本書のゴール地点です。ここまで達することができれば、かなりハードルの高い「もっときちんと知りたい」という欲求にも応えることができるはずです。
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Kindle版No.93


 全体は8つの章から構成されています。


「第1章 良心ではなく知識が必要な理由」
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「良心」に基づく差別をなくすには、仮にそれがよいものであろうと悪いものであろうと、投影されるイメージを確実な知識に置き換えていかねばなりません。ポイントは「よいものであろうと」の部分です。イメージの投影そのものが差別の温床であるのならば、「褒めている、持ち上げている」のだからかまわないわけではない、と考えることが重要です。
 だからこそ、「普通」を押しつけないため、差別をしないためには知識が、もっと踏み込んで言うならば学問が必要なのです。
(中略)
独りよがりで知ったかぶりの「いい人」アピールよりも、正確な知識を持っていることの方が、他者を差別しないためには重要なのです。じっくりと冷静に知識を得ることで、自称「いい人」から多くの人が脱皮することが、差別のない世の中を作る一番の近道だと、私は考えています。
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Kindle版No.301、322

 今も多くのセクシャルマイノリティを傷つけ続けている、「普通」の性を生きろ、という圧力。社会からこのような差別をなくしてゆくために必要なのは、良心や道徳ではなく知識であることを示し、学問というアプローチの意義を説明します。


「第2章 「LGBT」とは何を、誰を指しているのか」
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性の多様性を擁護する主張は、ともすると「なんでもあり」で片付けられがちですが、「なんでもあり」という浅い理解と共感は「大きな勘違い」と「知ったかぶり」の温床でもあります。いくつかの概念に基づき、「LGBT」の各項目を関連づけたり対比させたりしながら丁寧に理解していくことで、性の多様性をひとまずは一枚の地図の上に整理された形で描きましょう。
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Kindle版No.379

 第一歩として、性的指向、ジェンダー、性自認、といった基本概念を用いて、LGBTについて順番に解説してゆきます。同時に、ありがちな誤解や偏見を解いてゆきます。基本を理解させた上で、「性的指向という概念は、多様な性愛をとりあえず分類するには便利ですが、人々の性愛のリアリティを十分に掬い上げることができるほど万能ではありません」(Kindle版No.486)ということ、LGBTという言葉でまとめることで多くの重要なことがこぼれ落ちてしまうことを指摘します。


「第3章 レズビアン/ゲイの歴史」
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 ここまでの議論を、「同性愛(者)は大昔から存在した」という論は間違っている、という観点からまとめ直してみます。そのことで、本章の説明を振り返ると同時に、同性愛者の運動や政治的発言を無力化しようとするある種のレトリックが決定的な錯誤に満ちていることを明らかにできるからです。
(中略)
有名無名を問わず多くの同性愛者がそれぞれの場所で積み重ねた営為が、依然として差別は多いものの、かつてよりはずっと同性愛者にとって住みやすい社会を作ってきたという意義は、強調してもし過ぎることはありません。
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Kindle版No.818、860

 同性愛という概念の誕生が人々の考え方を変え、様々な社会状況を生み出していった、その歴史を簡単にふりかえります。ゲイ解放運動、レズビアンの社会運動、そしてフェミニズム。対立や葛藤を含む錯綜した歴史から、クィア・スタディーズへと続く流れを理解させます。


「第4章 トランスジェンダーの誤解をとく」
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 トランスヴェスタイト、トランスセクシュアル、トランスジェンダーと、割り当てられた「性別」と異なる性別を生きる経験に対する適切な名称を発明し、積み重ねる形で、現在の(広義の)トランスジェンダー概念は形作られました。当初「同性愛」と同一視されていた人々は、1990年代以降に完全に「トランスジェンダー」と名づけられ、別の性のあり方を生きる者とみなされるようになったのです。
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Kindle版No.1050

 トランスジェンダーという概念は、割り当てられた「性別」とは異なる性別を生きる人々に対する理解をどのように変えていったのか。同性愛者との混同、ゲイ解放運動による抑圧、フェミニストからの攻撃。トランスジェンダーが辿ってきた複雑な歴史をふりかえります。


「第5章 クィア・スタディーズの誕生」
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HIV/AIDSの問題およびポスト構造主義の影響を概括することで、クィア・スタディーズの基本的な視座とその重要性がより明確に理解できるはずです。つまり、解決のために新しい発想を必要とする問題の存在と、新しい発想を提供する学問潮流が出会ったから、今までとは違う視座からなされる一連の重要な研究が生まれたということです。
(中略)
何をもってクィア・スタディーズかを明確に定めることはできませんが、「ほとんどの場合セクシュアルマイノリティを、あるいは少なくとも性に関する何らかの現象を、差異に基づく連帯・否定的な価値の転倒・アイデンティティへの疑義といった視座に基づいて分析・考察する学問」がクィア・スタディーズの最大公約数的な説明となります。
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Kindle版No.1133、1330

 クィア・スタディーズの成立に至る歴史的経緯と、その基本的視座を紹介します。


「第6章 五つの基本概念」
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 本章では、クィア・スタディーズの基本概念、いわば専門用語をいくつかとりあげ解きほぐしていくことで、クィア・スタディーズが何を問いとしているのかをおおまかに理解することを試みます。これらの専門用語は具体的な題材に関する研究から生まれたと同時に、個別の文脈を越えて用いられる頻度の高いものでもあります。
(中略)
 またこの五つの概念からは、クィア・スタディーズ内での主要な問題関心の蓄積の歴史を見て取ることができます。フェミニズムからの強い影響を受けた時代(パフォーマティヴィティ、ホモソーシャル)、セクシュアルマイノリティ間の連帯の方法を模索する時代(ヘテロノーマティヴィティ)、セクシュアルマイノリティの間の格差や、既存の差別的な社会体制のセクシュアルマイノリティ自身による強化を問題視する時代(新しいホモノーマティヴィティ、ホモナショナリズム)と、クィア・スタディーズも変化し続けているのです。
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Kindle版No.1367、1619

 パフォーマティヴィティ、ホモソーシャル、ヘテロノーマティヴィティ、新しいホモノーマティヴィティ、ホモナショナリズム。これら五つの基本概念の解説を通じて、クィア・スタディーズの問題意識を把握できるようにします。


「第7章 日本社会をクィアに読みとく」
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 クィア・スタディーズの視座を同性婚・同性パートナーシップの議論に持ち込むと、多くのそれまで見えてこなかった論点が浮かび上がってきます。「結婚は男と女のもの」対「性別にかかわらずすべてのカップルに結婚制度を」という対立に問題を単純化せず、細かな論点を洗い出し、よりよい(婚姻・パートナーシップを含むさまざまな)制度設計へとつなげるために、クィア・スタディーズにできることは存外多いと言えそうです。
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Kindle版No.1778

 同性婚、性同一性障害、という二つのトピックを取り上げ、クィア・スタディーズの有効性を例証します。クィア・スタディーズの視座を応用することで、現代日本における社会問題を掘り下げてゆけることを示しつつ、セクシャルマイノリティ問題の背後にも、経済的搾取、所得格差、労働問題などの社会問題が重く横たわっていることを明らかにします。


「第8章 「入門編」の先へ」
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 選挙やデモやその他の社会運動においてさまざまな人が掲げている理念や政策を吟味する際、クィア・スタディーズはその本領を遺憾なく発揮します。「正しい」とされる性道徳の差別性や、一部のセクシュアルマイノリティにとっての「正しさ」が他のセクシュアルマイノリティを傷つける可能性などをいち早く察知し、警告を発することはクィア・スタディーズが得意とするところです。
 正しさに関する厳格な基準を自らに課してきた学問としてのクィア・スタディーズこそが持つこの種の軌道修正の能力こそ、クィア・スタディーズの魅力であり、クィア・スタディーズを学ぶものが身につけるべき知性の内実だと私は考えています。
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Kindle版No.2051

 本書全体の構成を振り返り復習しつつ、クィア・スタディーズという強力なツールを実践する道をひらきます。さらに先へ進んでゆくための道しるべとして、充実した推薦図書リストが付いています。



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『男子劣化社会』(フィリップ・ジンバルドー、ニキータ・クーロン、高月園子:翻訳) [読書(教養)]

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ひきこもり、ゲーム中毒、不登校、ニート……つけられる名前が何であれ、理由が何であれ、昼夜自室にこもり、信じられないほど大量の貴重な時間をネットサーフィンやゲームやオンラインポルノに費やしている若者たち。2015年に内閣府が行った調査結果によると、15~39歳のひきこもりは全国で約55万人。年齢層を広げて潜在的なひきこもりも含めると、100万人近くになるとさえ言われている。これはあらゆる先進国に普遍的に見られる現象だという。だが、なぜ彼らは女子ではなく、男子なのだろう? または、女子ではなく常に男子の問題として論じられるのだろう? その理由が本書では生理学、行動心理学、社会学など、多方面から追求されている。
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単行本p.339


 ここ数十年で女性の社会的地位は着実に向上してきたというのに、その一方で若い男性の多くは問題を抱えている。学力、社会性、性的能力の劣化。ひきこもり、ゲーム中毒。男性に見られる社会不適合はいったい何が原因なのか。対処法はあるのか。
 先進国に共通して見られる「男性問題」について包括的に扱う一冊。単行本(晶文社)出版は2017年7月です。


 学力の低下、高い失業率、恋愛や性的関係をうまく扱えない、ゲームやポルノの中毒、肥満、薬物療法や違法ドラッグへの依存。これらは誰もが抱える可能性がある問題ですが、統計的にも男性の方がより広範囲でより深刻な状態に陥っているといいます。

 本書が目指すのは、これらの「男性問題」を明確にし、その原因を追求し、解決策を探ること。全体は三つのパートから構成されており、それぞれ「症状」「原因」「解決法」というタイトルがつけられています。

 まず「症状」として、女性と比べた男性の「ふがいなさ」が次から次へと挙げられています。


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女子は小学校から大学まですべての学年で男子より成績がよい。アメリカでは、13、4歳で作文や読解において熟達レベルに達している男子は4分の1にも満たないが、女子は41パーセントが作文で、34パーセントが読解で達している。2011年には男子生徒のSAT(アメリカの大学進学適正試験)の成績は過去40年で最低だった。また学校が渡す成績表の最低点の70パーセントを男子生徒が占めていた。こういった男女間の成績格差に関する報告は、世界中から寄せられている。
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単行本p.26


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 1960年以降、男性の所得は6パーセントしか伸びていないのに、女性のそれは44パーセントも伸びた。都会に住む22歳~30歳の独身子なし就業者を対象とした2010年の調査では、事実、女性のほうが男性より8パーセント多く稼いでいた。子どものいる既婚者で夫より収入が多い女性の割合は、1960年にはわずか4パーセントだったが、2011年には23パーセントになっていた。女性はまた、現在、全学士号取得者の60パーセントを占めているが、この上向きの傾向はこれからも続くだろう。
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単行本p.201


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1980年以降、女性の投票率は男性のそれを上回り続けている。アメリカの最近の大統領選挙では、女性票は男性票より400万から700万票も多い。イギリスでも女性の投票率は男性のそれを7パーセント上回っている。
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単行本p.312


 要するに女性は、まだまだ残っている性差別的社会状況にも関わらず、頑張っているのです。では、男性はどうなのでしょう。


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アメリカでは男性の失業率が2008年1月から2009年6月の間に倍になった。(中略)今では多くの男たちがママとパパのもとに、または結婚や同棲のなかに、長期の避難場所を求めている。驚くほど大量の男たちが働いて家計を助けるどころか、自分たちの居住空間を片付いた状態に保つといった最低限の家事すらしたがらない。
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単行本p.29


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日本家族計画協会の最近の報告によると、16歳~19歳の男性でセックスに興味がない人の割合は今では3人に1人以上であり、これは2008年の推定値から倍増している。また、10組のうち4組の夫婦が1か月以上セックスをしていない。
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単行本p.40


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若い女性がゲームに没頭する時間は若い男性とは比べものにならないくらい短い。男性の週平均13時間に対し、たったの5時間である。しかも多くの若い男性が、先に述べるように、常習的に日に13時間もゲームをしている。
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単行本p.43


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今では少年の3人に1人がポルノを何時間見てるかが自分でもわからないほどのヘビーユーザーだとされる。イギリスでの調査によると、平均的な少年は週に2時間近くポルノを視聴している。若い男性の3人に1人は視聴時間が週に1時間以内のライトユーザーだったが、ヘビーユーザーに類別された人(調査対象者の数パーセント)の5人に4人が週に10時間以上も視聴していた。
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単行本p.53


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薬物治療により子どもの教室での行動が改善されることのいったい何が問題なのか?
治療により子どもたちは一般的に成績も上がり、確かに扱いやすくなるが、たった1年でもこのような薬物を与えられただけで、子どもの性格は変わってしまうのだ。フレンドリーで外交的で冒険好きだった少年がすぐにイライラする怠け者になる。しかも、彼らは薬さえ飲めば問題が消え失せることを学ぶ。
(中略)
 彼はほとんど何もしないし、何もしたがらないが、カウチポテトになってニコニコしている――これはアメリカの若い男性に特にぴったり当てはまる描写だ。刺激性薬物の85パーセント近くが彼らに処方されているのだから。
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単行本p.58、60


 もうこのくらいで充分でしょう。なぜ、若い男性はこのような問題を抱えがちなのでしょうか。

 父親不在の家庭環境、メディアが与える男性イメージの混乱、欠点だらけの福祉制度による貧困の連鎖、親の過保護、学校教育の欠陥、内分泌擾乱物質による生理的変化、テクノロジーの急激な進歩と興奮依存症の蔓延、過剰な自己愛による現実の拒絶、女性の社会的地位向上、家父長制神話の押しつけ、停滞する経済状況……。本書はこれらの「原因」について一つ一つ検討してゆきます。

 率直に言って、挙げられている「原因」があまりにも数多く(事実上、女性問題を除く主な社会問題が網羅されている)、複雑で、入り組んでいるため、焦点がぼやけてしまった、という印象を受けます。

 そのため、「解決法」のパートについても、政府、学校、家庭、メディア、そして当事者とパートナーが、それぞれの「原因」に対処するために考え得る手立てを列挙した、という内容に留まっています。

 というわけで、今日の「男性問題」と考えられる原因を包括的に提示する本、として読むべき一冊でしょう。「原因」として挙げられている個々の社会問題については、それぞれ何冊も解説書が出版されていますので、興味がある問題についてはそちらを参考に。

 なお、本書の記述は英米中心なので、日本の社会状況とは合わない部分も多々ありますが、個人的な感想としては、意外なほど「本質的には似たような状況」だと感じました。それこそが問題の根深さを語っているのかも知れません。

 最後に、女性がこれらについて「男が考えるべき問題」「むしろ男は家にひきこもっていてくれた方が迷惑にならないし」と肩をすくめて無視する、べきではない、という警鐘を引用しておきます。


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 経済的にひきこもることが許されない者たちはどうなるのだろう? おそらく学位を取る者が減り、父親不在の家庭が増え、過去数十年間にマイノリティや貧しいコミュニティが経験した男女間のアンバランスからくる男性失業者はますます増加する。加えて、もともと収入の低い男性が仕事を見つけられなければ、彼らの行く末はますます殺伐としたものになる。最後には、法を犯す可能性も高くなるかもしれない。そうなると、同年代の女性たちがシングルマザーになる可能性もまた高くなる。
(中略)
女性たちがかつて抑圧されていると感じていたときに、相手である男性が女性たちの問題に無関心だったように、今、勢いづいている女性たちが男性たちの問題に無関心なら、それは進歩とは言えない。
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単行本p.335、336



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