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『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』(森山至貴) [読書(教養)]

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 セクシュアルマイノリティに対する無知に基づく一方的な(仮に肯定的なものであるにせよ)意味づけが批判されるべきなのは、単に知らないだけでなく、積極的に知らないままにしておこう、多様な性の正確な把握に踏み込まないようにしようという欲望に裏打ちされているからです。表向きの好感の背後で「自分とは関係のない、よくわからない人たち」という感覚を手放そうとしない欺瞞、とも言えるかもしれません。
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Kindle版No.230

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見えてくるのは、セクシュアルマイノリティの個々の違いは考慮する必要がなく、とりあえず「LGBT」という目新しい言葉で括っておけば「良心的」な側に立てる、という報道のあり方です。性に関して「普通でない」人々を、知ろうとしないまま括っておける、それでいて語る側を「良心的」に見せる便利な総称として「LGBT」という言葉が使われています
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Kindle版No.269

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とりわけ、「LGBT」という言葉がこれほどまでに商業・消費の場面において使われているのを観察すると、「LGBT」という言葉はもはや、差別是正ではなくむしろ差別の隠蔽の指標として重要になっているとすら言えそうです。「LGBT」と誰かが言う場面では金が動いていて、さらに格差がそこに存在している、という経験則すら、私には妥当なように思われます。
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Kindle版No.1904


 差別をなくすためには、みんなが良心的になればいいのだろうか?
 セクシャルマイノリティに対する「善意」に基づいた差別や抑圧と戦うために、あるいは差別への加担を避けるために、必要な知識と、社会における多様な「性」の在り方について考える強力なツールでもあるクィア・スタディーズについて、基礎から学ぶための一冊。新書版(筑摩書房)出版は2017年3月、Kindle版配信は2017年3月です。


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 本書の肝となるのは、クィア・スタディーズという、性の多様性を扱うための比較的新しい学問領域です。クィア・スタディーズには、それまでの多様な性のあり方に関する研究にはなかった基本的発想や、それに基づいて生まれたいくつもの重要なキーワードがあります。現代の多様な性のあり方を分析するのにこれらの道具立てが「使える」ことを示すことが、本書のゴール地点です。ここまで達することができれば、かなりハードルの高い「もっときちんと知りたい」という欲求にも応えることができるはずです。
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Kindle版No.93


 全体は8つの章から構成されています。


「第1章 良心ではなく知識が必要な理由」
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「良心」に基づく差別をなくすには、仮にそれがよいものであろうと悪いものであろうと、投影されるイメージを確実な知識に置き換えていかねばなりません。ポイントは「よいものであろうと」の部分です。イメージの投影そのものが差別の温床であるのならば、「褒めている、持ち上げている」のだからかまわないわけではない、と考えることが重要です。
 だからこそ、「普通」を押しつけないため、差別をしないためには知識が、もっと踏み込んで言うならば学問が必要なのです。
(中略)
独りよがりで知ったかぶりの「いい人」アピールよりも、正確な知識を持っていることの方が、他者を差別しないためには重要なのです。じっくりと冷静に知識を得ることで、自称「いい人」から多くの人が脱皮することが、差別のない世の中を作る一番の近道だと、私は考えています。
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Kindle版No.301、322

 今も多くのセクシャルマイノリティを傷つけ続けている、「普通」の性を生きろ、という圧力。社会からこのような差別をなくしてゆくために必要なのは、良心や道徳ではなく知識であることを示し、学問というアプローチの意義を説明します。


「第2章 「LGBT」とは何を、誰を指しているのか」
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性の多様性を擁護する主張は、ともすると「なんでもあり」で片付けられがちですが、「なんでもあり」という浅い理解と共感は「大きな勘違い」と「知ったかぶり」の温床でもあります。いくつかの概念に基づき、「LGBT」の各項目を関連づけたり対比させたりしながら丁寧に理解していくことで、性の多様性をひとまずは一枚の地図の上に整理された形で描きましょう。
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Kindle版No.379

 第一歩として、性的指向、ジェンダー、性自認、といった基本概念を用いて、LGBTについて順番に解説してゆきます。同時に、ありがちな誤解や偏見を解いてゆきます。基本を理解させた上で、「性的指向という概念は、多様な性愛をとりあえず分類するには便利ですが、人々の性愛のリアリティを十分に掬い上げることができるほど万能ではありません」(Kindle版No.486)ということ、LGBTという言葉でまとめることで多くの重要なことがこぼれ落ちてしまうことを指摘します。


「第3章 レズビアン/ゲイの歴史」
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 ここまでの議論を、「同性愛(者)は大昔から存在した」という論は間違っている、という観点からまとめ直してみます。そのことで、本章の説明を振り返ると同時に、同性愛者の運動や政治的発言を無力化しようとするある種のレトリックが決定的な錯誤に満ちていることを明らかにできるからです。
(中略)
有名無名を問わず多くの同性愛者がそれぞれの場所で積み重ねた営為が、依然として差別は多いものの、かつてよりはずっと同性愛者にとって住みやすい社会を作ってきたという意義は、強調してもし過ぎることはありません。
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Kindle版No.818、860

 同性愛という概念の誕生が人々の考え方を変え、様々な社会状況を生み出していった、その歴史を簡単にふりかえります。ゲイ解放運動、レズビアンの社会運動、そしてフェミニズム。対立や葛藤を含む錯綜した歴史から、クィア・スタディーズへと続く流れを理解させます。


「第4章 トランスジェンダーの誤解をとく」
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 トランスヴェスタイト、トランスセクシュアル、トランスジェンダーと、割り当てられた「性別」と異なる性別を生きる経験に対する適切な名称を発明し、積み重ねる形で、現在の(広義の)トランスジェンダー概念は形作られました。当初「同性愛」と同一視されていた人々は、1990年代以降に完全に「トランスジェンダー」と名づけられ、別の性のあり方を生きる者とみなされるようになったのです。
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Kindle版No.1050

 トランスジェンダーという概念は、割り当てられた「性別」とは異なる性別を生きる人々に対する理解をどのように変えていったのか。同性愛者との混同、ゲイ解放運動による抑圧、フェミニストからの攻撃。トランスジェンダーが辿ってきた複雑な歴史をふりかえります。


「第5章 クィア・スタディーズの誕生」
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HIV/AIDSの問題およびポスト構造主義の影響を概括することで、クィア・スタディーズの基本的な視座とその重要性がより明確に理解できるはずです。つまり、解決のために新しい発想を必要とする問題の存在と、新しい発想を提供する学問潮流が出会ったから、今までとは違う視座からなされる一連の重要な研究が生まれたということです。
(中略)
何をもってクィア・スタディーズかを明確に定めることはできませんが、「ほとんどの場合セクシュアルマイノリティを、あるいは少なくとも性に関する何らかの現象を、差異に基づく連帯・否定的な価値の転倒・アイデンティティへの疑義といった視座に基づいて分析・考察する学問」がクィア・スタディーズの最大公約数的な説明となります。
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Kindle版No.1133、1330

 クィア・スタディーズの成立に至る歴史的経緯と、その基本的視座を紹介します。


「第6章 五つの基本概念」
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 本章では、クィア・スタディーズの基本概念、いわば専門用語をいくつかとりあげ解きほぐしていくことで、クィア・スタディーズが何を問いとしているのかをおおまかに理解することを試みます。これらの専門用語は具体的な題材に関する研究から生まれたと同時に、個別の文脈を越えて用いられる頻度の高いものでもあります。
(中略)
 またこの五つの概念からは、クィア・スタディーズ内での主要な問題関心の蓄積の歴史を見て取ることができます。フェミニズムからの強い影響を受けた時代(パフォーマティヴィティ、ホモソーシャル)、セクシュアルマイノリティ間の連帯の方法を模索する時代(ヘテロノーマティヴィティ)、セクシュアルマイノリティの間の格差や、既存の差別的な社会体制のセクシュアルマイノリティ自身による強化を問題視する時代(新しいホモノーマティヴィティ、ホモナショナリズム)と、クィア・スタディーズも変化し続けているのです。
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Kindle版No.1367、1619

 パフォーマティヴィティ、ホモソーシャル、ヘテロノーマティヴィティ、新しいホモノーマティヴィティ、ホモナショナリズム。これら五つの基本概念の解説を通じて、クィア・スタディーズの問題意識を把握できるようにします。


「第7章 日本社会をクィアに読みとく」
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 クィア・スタディーズの視座を同性婚・同性パートナーシップの議論に持ち込むと、多くのそれまで見えてこなかった論点が浮かび上がってきます。「結婚は男と女のもの」対「性別にかかわらずすべてのカップルに結婚制度を」という対立に問題を単純化せず、細かな論点を洗い出し、よりよい(婚姻・パートナーシップを含むさまざまな)制度設計へとつなげるために、クィア・スタディーズにできることは存外多いと言えそうです。
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Kindle版No.1778

 同性婚、性同一性障害、という二つのトピックを取り上げ、クィア・スタディーズの有効性を例証します。クィア・スタディーズの視座を応用することで、現代日本における社会問題を掘り下げてゆけることを示しつつ、セクシャルマイノリティ問題の背後にも、経済的搾取、所得格差、労働問題などの社会問題が重く横たわっていることを明らかにします。


「第8章 「入門編」の先へ」
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 選挙やデモやその他の社会運動においてさまざまな人が掲げている理念や政策を吟味する際、クィア・スタディーズはその本領を遺憾なく発揮します。「正しい」とされる性道徳の差別性や、一部のセクシュアルマイノリティにとっての「正しさ」が他のセクシュアルマイノリティを傷つける可能性などをいち早く察知し、警告を発することはクィア・スタディーズが得意とするところです。
 正しさに関する厳格な基準を自らに課してきた学問としてのクィア・スタディーズこそが持つこの種の軌道修正の能力こそ、クィア・スタディーズの魅力であり、クィア・スタディーズを学ぶものが身につけるべき知性の内実だと私は考えています。
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Kindle版No.2051

 本書全体の構成を振り返り復習しつつ、クィア・スタディーズという強力なツールを実践する道をひらきます。さらに先へ進んでゆくための道しるべとして、充実した推薦図書リストが付いています。



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『男子劣化社会』(フィリップ・ジンバルドー、ニキータ・クーロン、高月園子:翻訳) [読書(教養)]

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ひきこもり、ゲーム中毒、不登校、ニート……つけられる名前が何であれ、理由が何であれ、昼夜自室にこもり、信じられないほど大量の貴重な時間をネットサーフィンやゲームやオンラインポルノに費やしている若者たち。2015年に内閣府が行った調査結果によると、15~39歳のひきこもりは全国で約55万人。年齢層を広げて潜在的なひきこもりも含めると、100万人近くになるとさえ言われている。これはあらゆる先進国に普遍的に見られる現象だという。だが、なぜ彼らは女子ではなく、男子なのだろう? または、女子ではなく常に男子の問題として論じられるのだろう? その理由が本書では生理学、行動心理学、社会学など、多方面から追求されている。
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単行本p.339


 ここ数十年で女性の社会的地位は着実に向上してきたというのに、その一方で若い男性の多くは問題を抱えている。学力、社会性、性的能力の劣化。ひきこもり、ゲーム中毒。男性に見られる社会不適合はいったい何が原因なのか。対処法はあるのか。
 先進国に共通して見られる「男性問題」について包括的に扱う一冊。単行本(晶文社)出版は2017年7月です。


 学力の低下、高い失業率、恋愛や性的関係をうまく扱えない、ゲームやポルノの中毒、肥満、薬物療法や違法ドラッグへの依存。これらは誰もが抱える可能性がある問題ですが、統計的にも男性の方がより広範囲でより深刻な状態に陥っているといいます。

 本書が目指すのは、これらの「男性問題」を明確にし、その原因を追求し、解決策を探ること。全体は三つのパートから構成されており、それぞれ「症状」「原因」「解決法」というタイトルがつけられています。

 まず「症状」として、女性と比べた男性の「ふがいなさ」が次から次へと挙げられています。


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女子は小学校から大学まですべての学年で男子より成績がよい。アメリカでは、13、4歳で作文や読解において熟達レベルに達している男子は4分の1にも満たないが、女子は41パーセントが作文で、34パーセントが読解で達している。2011年には男子生徒のSAT(アメリカの大学進学適正試験)の成績は過去40年で最低だった。また学校が渡す成績表の最低点の70パーセントを男子生徒が占めていた。こういった男女間の成績格差に関する報告は、世界中から寄せられている。
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単行本p.26


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 1960年以降、男性の所得は6パーセントしか伸びていないのに、女性のそれは44パーセントも伸びた。都会に住む22歳~30歳の独身子なし就業者を対象とした2010年の調査では、事実、女性のほうが男性より8パーセント多く稼いでいた。子どものいる既婚者で夫より収入が多い女性の割合は、1960年にはわずか4パーセントだったが、2011年には23パーセントになっていた。女性はまた、現在、全学士号取得者の60パーセントを占めているが、この上向きの傾向はこれからも続くだろう。
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単行本p.201


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1980年以降、女性の投票率は男性のそれを上回り続けている。アメリカの最近の大統領選挙では、女性票は男性票より400万から700万票も多い。イギリスでも女性の投票率は男性のそれを7パーセント上回っている。
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単行本p.312


 要するに女性は、まだまだ残っている性差別的社会状況にも関わらず、頑張っているのです。では、男性はどうなのでしょう。


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アメリカでは男性の失業率が2008年1月から2009年6月の間に倍になった。(中略)今では多くの男たちがママとパパのもとに、または結婚や同棲のなかに、長期の避難場所を求めている。驚くほど大量の男たちが働いて家計を助けるどころか、自分たちの居住空間を片付いた状態に保つといった最低限の家事すらしたがらない。
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単行本p.29


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日本家族計画協会の最近の報告によると、16歳~19歳の男性でセックスに興味がない人の割合は今では3人に1人以上であり、これは2008年の推定値から倍増している。また、10組のうち4組の夫婦が1か月以上セックスをしていない。
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単行本p.40


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若い女性がゲームに没頭する時間は若い男性とは比べものにならないくらい短い。男性の週平均13時間に対し、たったの5時間である。しかも多くの若い男性が、先に述べるように、常習的に日に13時間もゲームをしている。
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単行本p.43


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今では少年の3人に1人がポルノを何時間見てるかが自分でもわからないほどのヘビーユーザーだとされる。イギリスでの調査によると、平均的な少年は週に2時間近くポルノを視聴している。若い男性の3人に1人は視聴時間が週に1時間以内のライトユーザーだったが、ヘビーユーザーに類別された人(調査対象者の数パーセント)の5人に4人が週に10時間以上も視聴していた。
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単行本p.53


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薬物治療により子どもの教室での行動が改善されることのいったい何が問題なのか?
治療により子どもたちは一般的に成績も上がり、確かに扱いやすくなるが、たった1年でもこのような薬物を与えられただけで、子どもの性格は変わってしまうのだ。フレンドリーで外交的で冒険好きだった少年がすぐにイライラする怠け者になる。しかも、彼らは薬さえ飲めば問題が消え失せることを学ぶ。
(中略)
 彼はほとんど何もしないし、何もしたがらないが、カウチポテトになってニコニコしている――これはアメリカの若い男性に特にぴったり当てはまる描写だ。刺激性薬物の85パーセント近くが彼らに処方されているのだから。
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単行本p.58、60


 もうこのくらいで充分でしょう。なぜ、若い男性はこのような問題を抱えがちなのでしょうか。

 父親不在の家庭環境、メディアが与える男性イメージの混乱、欠点だらけの福祉制度による貧困の連鎖、親の過保護、学校教育の欠陥、内分泌擾乱物質による生理的変化、テクノロジーの急激な進歩と興奮依存症の蔓延、過剰な自己愛による現実の拒絶、女性の社会的地位向上、家父長制神話の押しつけ、停滞する経済状況……。本書はこれらの「原因」について一つ一つ検討してゆきます。

 率直に言って、挙げられている「原因」があまりにも数多く(事実上、女性問題を除く主な社会問題が網羅されている)、複雑で、入り組んでいるため、焦点がぼやけてしまった、という印象を受けます。

 そのため、「解決法」のパートについても、政府、学校、家庭、メディア、そして当事者とパートナーが、それぞれの「原因」に対処するために考え得る手立てを列挙した、という内容に留まっています。

 というわけで、今日の「男性問題」と考えられる原因を包括的に提示する本、として読むべき一冊でしょう。「原因」として挙げられている個々の社会問題については、それぞれ何冊も解説書が出版されていますので、興味がある問題についてはそちらを参考に。

 なお、本書の記述は英米中心なので、日本の社会状況とは合わない部分も多々ありますが、個人的な感想としては、意外なほど「本質的には似たような状況」だと感じました。それこそが問題の根深さを語っているのかも知れません。

 最後に、女性がこれらについて「男が考えるべき問題」「むしろ男は家にひきこもっていてくれた方が迷惑にならないし」と肩をすくめて無視する、べきではない、という警鐘を引用しておきます。


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 経済的にひきこもることが許されない者たちはどうなるのだろう? おそらく学位を取る者が減り、父親不在の家庭が増え、過去数十年間にマイノリティや貧しいコミュニティが経験した男女間のアンバランスからくる男性失業者はますます増加する。加えて、もともと収入の低い男性が仕事を見つけられなければ、彼らの行く末はますます殺伐としたものになる。最後には、法を犯す可能性も高くなるかもしれない。そうなると、同年代の女性たちがシングルマザーになる可能性もまた高くなる。
(中略)
女性たちがかつて抑圧されていると感じていたときに、相手である男性が女性たちの問題に無関心だったように、今、勢いづいている女性たちが男性たちの問題に無関心なら、それは進歩とは言えない。
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単行本p.335、336



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『絶望名人カフカの人生論』(フランツ・カフカ、頭木弘樹:編集、翻訳) [読書(教養)]

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ぼくは時代を代表する権利を持っている。
ポジティブなものは、ほんのわずかでさえ身につけなかった。
ネガティブなものも、ポジティブと紙一重の、底の浅いものは身につけなかった。
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文庫版p.14


 誰よりも絶望し、挫折し、弱音を吐きまくり、自殺する実行力すら持てなかった偉大な作家、フランツ・カフカ。そのネガティブ精神あふれる言葉(というか愚痴)を集めた、読むだけでうっかり謎の勇気が出てしまう名言集。単行本(飛鳥新社)出版は2011年11月、文庫版(新潮社)出版は2014年11月、Kindle版配信は2015年2月です。


 世に溢れる前向きでポジティブな言葉に背を向け、ひたすらネガティブに語る箴言集としては、『心にトゲ刺す200の花束 究極のペシミズム箴言集』(エリック・マーカス)が印象的でした。ちなみに紹介はこちら。


  2012年09月21日の日記
  『心にトゲ刺す200の花束  究極のペシミズム箴言集』(エリック・マーカス)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2012-09-21


 しかし、ペシミズム箴言集でさえ、その多くからは「ネガティブこそ真実」という自信と、「真実だから正直に語るのだ」というポジティブな気持ちが感じられるものです。その点、カフカはすごい。真実とか正直とか関係なく、ひたすらネガティブな弱音を吐き続けるのですから。


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カフカは偉人です。普通の人たちより上という意味での偉人ではなく、普通の人たちよりずっと下という意味での偉人なのです。
 その言葉のネガティブさは、人並み外れています。
(中略)
 カフカほど絶望できる人は、まずいないのではないかと思います。カフカは絶望の名人なのです。誰よりも落ち込み、誰よりも弱音をはき、誰よりも前に進もうとしません。
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文庫版p.11、12


 あまりにネガティブなので、カフカの言葉の多くがポジティブに聞こえるよう勝手に「編集」「修正」を加えて広まっている、というのですから、むしろそのネガティブ言霊パワーに驚きます。


――――
 書籍やネットの名言集で、ときどきカフカの言葉をみかけることがありますが、それらはポジティブな発言ばかりです。
 でも、それらは、そうなるように前後をカットしているからなのです。
 たとえば、よくみかける言葉に、こういうのがあります。

  すべてお終いのように見えるときでも
  まだまだ新しい力が湧き出てくる。
  それこそ、おまえが生きている証なのだ。

 前向きで明るいですね。まさにポジティブです。
 でも、じつはこれには続きがあるのです。

  もし、そういう力が湧いてこないなら、
  そのときは、すべてお終いだ。
  もうこれまで。

 この後半こそが、カフカの味です。
――――
文庫版p.15


 というわけで、カフカが残した言葉と、その背景を解説した一冊です。目次を見ると「将来に絶望した!」「世の中に絶望した!」「自分の心の弱さに絶望した!」「親に絶望した!」「仕事に絶望した!」「夢に絶望した!」「結婚に絶望した!」「真実に絶望した!」という具合に何もかもに絶望しまくっており、さよなら絶望先生、という感じです。

 ちょっとだけ引用してみます。


――――
ぼくの杖には、「あらゆる困難がぼくを打ち砕く」とある。
――――
文庫版p.36

――――
ぼくはいつだって、決してなまけ者ではなかったと思うのですが、
何かしようにも、これまではやることがなかったのです。
――――
文庫版p.40

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今ぼくがしようと思っていることを、
少し後には、
ぼくはもうしようとは思わなくなっているのです。
――――
文庫版p.80

――――
おそらく、ぼくはこの勤めでダメになっていくでしょう。
それも急速にダメになっていくでしょう。
――――
文庫版p.138

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いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。
――――
文庫版p.34

――――
床の上に寝ていればベッドから落ちることがないように、
ひとりでいれば何事も起こらない。
――――
文庫版p.52

――――
誰かと二人でいると、相手が彼につかみかかり、彼はなすすべもない。
一人でいると、全人類が彼につかみかかりはするが、
その無数の腕がからまって、誰の手も彼に届かない。
――――
文庫版p.188

――――
それでも孤独さが足りない。
それでもさびしさが足りない。
――――
文庫版p.56

――――
この人生は耐えがたく、
別の人生は手が届かないようにみえる。
――――
文庫版p.58

――――
ぼくの罪の意識は充分に強い。
だから、外からさらに注ぎ足してもらう必要はない。
――――
文庫版p.112

――――
ぼくは毎朝、絶望に襲われました。
ぼくより強い、徹底した人間なら、喜んで自殺していたでしょう。
――――
文庫版p.126


 当時、ツィッターがあったら、カフカは一日中こんなことをつぶやき続けていたに違いありません。

 カフカが残した言葉の数々や、彼の人生の様子を知ると、おそらくは「こいつよりはマシ」という小市民的性根ゆえでしょうが、謎の勇気と自信が湧いてきます。名言集の類を読んでも生きる力が得られないという方に、ぜひ一読をお勧めします。



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『いぬと、ねこと、わたしの防災 いっしょに逃げてもいいのかな? ペット防災の基本BOOK』(LEONIMAL BO-SAI/Lucy+K、平井潤子:監修) [読書(教養)]

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「もしも」を考えると浮かぶ、さまざまな疑問。
「キャリーに入ってくれるかな?」
「持っていかなければならないものは?」
「避難所では、別々に過ごすの?」
「ペットのための備蓄やケージはあるの?」
「ペットを嫌がる人もいるよね?」

――そもそも、本当に、
「いっしょに逃げていいのかな?」
――――
単行本p.3


 地震が起きたとき、大切なペットを守るには。どうやって助けるのか、避難所ではどうすればいいのか、ペットを連れて避難していいのだろうか。ペットを飼育する人々のための防災知識。単行本(株式会社ドリーム)出版は2016年9月です。


――――
いっしょに逃げても
いいんだよ。

いっしょに逃げるとは、
つまり、いっしょに生き抜くこと。
同行避難だけにこだわらず、
みんなで生き抜くことを、一人よがりではなく考えること。
それこそが、本当の防災だと
LEONIMAL BO-SAIは信じています。
――――
単行本p.65


 2016年4月23日から5月22日にかけて開催された「いぬと、ねこと、わたしの防災 いっしょに逃げてもいいのかな?展」の内容をもとに作成された防災ブック。全体は五つの章から構成されています。


「Chapter1  「もしも」災害シミュレーション」
――――
災害発生時、自分とペットに起こりうることを
想像したことがありますか?
実際の状況はさまざまですが、まず、「もしも」について
具体的に考えを巡らせておくことが
“自分なりの防災”を始める第一歩です。
――――
単行本p.13

 災害発生時に生じるペットまわりの問題を具体的な例をもとに考えます。健康管理、避難訓練、自宅の防災対策強化、飼い主グループとの共助、ペットの社会化、迷子予防。


「Chapter2  「いつも」からできる「もしも」の備え ~ワーク~」
――――
実は、ペットの安全を守ることは、
自分自身の安全を守ることにも直結しています。
ずっといっしょに生きていくために、
ひとつずつ実行に移していきましょう。
――――
単行本p.21

 前章で挙げられた問題について、一つ一つ普段から対策しておくべきことを示します。
ペットの居場所の安全性チェック、飼い主グループの構築、ペットを人馴れさせておくこと、迷子対策。


「Chapter3  日本の地震とペットとの被災に関する実例」
――――
この章では、過去の震災で
被災したペットと飼い主への支援体制や、
避難の状況を紹介します。
――――
単行本p.33

 最近の震災を取り上げ、ペットとの同行避難などがどのように行われ、どのような問題が生じたのかを見て行きます。新潟県中越大震災(2004年10月)、岩手・宮城内陸地震(2008年6月)、東日本大震災(2011年3月)、熊本地震(2016年4月)。


「Chapter4  「いっしょに逃げてもいいのかな?」同行避難のこと」
――――
災害時において、避難所はひとつの「社会」です。
ペットを飼っていない人たちも大勢いる中で、非常事態を生き抜いていくために、
協力し合い、理解を得て、
受け入れてもらう努力が必要です。
――――
単行本p.39

 ペットと一緒に避難所に逃げる「同行避難」。飼い主とそうでない人の間で生じがちなトラブルをどう予防するか。アンケート調査から見えるそれぞれの気持ちを理解し、共存のための行動指針を示します。


「Chapter5  「いつも」からできる「もしも」の備え ~グッズ~」
――――
いつ起こるかわからない
「もしも」に備えて
ペットのいのちを守るために、
揃えておくとよい「モノ」の備えをご紹介します。
――――
単行本p.49

 ペットのための防災グッズをまとめます。飼育手帳・治療記録、包帯、ゴミ袋、ビニール袋、新聞紙、ケージ、ペットシーツ、ウンチ袋、避難用具、薬・療養食、鑑札・迷子札、数日分のフード、カッター・はさみ・ガムテープ、洗濯ネット、トリミング・ドライシャンプー用品、数日分の水。

 その他、リュック型ペットキャリー、トレーニングなどの情報が載っています。


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『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』(内藤正典) [読書(教養)]


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いまや世界の人口の四分の一にあたる十五、六億人がイスラム教徒なのです。近い将来、三人に一人がイスラム教徒になる、とも言われています。
 このことは、イスラム教徒とかかわらずに生きていくことが、もはやできないという現実をあらわしています。
(中略)
イスラムから学ぶことはたくさんあります。とくに、日本人がいま直面している高齢者の介護や子育てといった問題で、吸収すべき知恵は数知れません。
 また、安全保障や治安の観点、もっとひろげて平和のためにも、イスラムと「戦う」という選択肢より「共存を図る」ほうが、人類史のレベルにおいて、はるかに大きな恩恵が生まれるにちがいありません。
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単行本p.4、6


 近い将来、人類の3人に1人がイスラム教徒になると予想されている。西欧世界とは異なる価値観を持つ隣人たちとうまく共存し、世界にこれ以上の衝突と惨禍を広げないようにするためにはどうすればいいのか。教義や歴史よりも実際のイスラム教徒がどんな人々であるかに焦点を当て、イスラムに関する基礎知識と共存のための知恵を学べる好著。単行本(ミシマ社)出版は2016年7月です。


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 イスラムの場合、さきほども触れましたが、根本的に私たち、あるいは近代以降の西欧世界で生まれた価値観とは相入れないところがあります。そこばかりに注目するなら、イスラム世界と西欧世界は、対立し、衝突し、暴力の応酬におちいってしまいます。それをどうしたら避けられるか、ここのところも考えなければなりません。イスラム世界と西欧世界とが、水と油であることを前提として、しかし、そのうえで、暴力によって人の命をこれ以上奪うことを互いにやめる。そのために、どのような知恵が必要なのかを考えなければなりません。
 そういう願いを本書に込めました。
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単行本p.7


 現代イスラム地域研究を専門とする社会学者である著者が、予備知識のない読者を対象に、非常に分かりやすくイスラムについて解説してくれます。

 宗教としてのイスラム教とその歴史についての解説書は多いのですが、本書の特徴は、何十年もかけて現地で行った調査をもとに、実際のイスラム教徒のありのままの姿を描き出すことに主眼を置いていること。もう一つの特徴は、「腹を割って話せば、互いに分かり合える」といった甘い話で誤魔化さないで、根本的な価値観の対立がどこにあるのか、なぜ暴力の応酬という悲惨な状況から抜け出せないのか、という構造を明らかにし、その上で共存の道を探ろう、とする姿勢です。

 全体は終章を含めて八つの章から構成されています。


「第1章 衝突は「今」起きたわけではない」
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 度が過ぎたリベラルというのも、異文化との共生を破壊する危険性をもっています。ドイツやフランスの場合、伝統的に外国人嫌いは極右の主張でしたが、いまや、ヨーロッパ各国では、ナショナリズムに寄りかかって外国人排斥を叫ぶのではなく、俺たちの文化を守る自由を認めてくれ、イスラムという宗教から離れて暮らす自由だって認めろよ、というかたちで排外主義を叫ぶようになっているのです。
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単行本p.36

 イスラム世界から欧州各国に移民してきた人々の再イスラム化、高まる反ムスリム感情と排外主義、これらが生み出す対立と暴力の連鎖、といった悲劇的な構造を、主にイスラム教徒移民の視点から読み解いてゆきます。


「第2章 イスラム教徒とは、どういう人か」
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 イスラム教徒と三十数年つきあってきましたが、イスラムの本質というのは、教科書的な説明の中にあるのではなく、「儲かったときには自分の才能で儲けたなどと思うな」というように人間のおごりをいましめ、弱い立場の人を助けるところにあるように私は思います。(中略)困っている人が目の前にいたら、彼らは必ず何かをします。どこまでできるかは人によります。しかし、何もしない、ということはない。
 それがイスラムする人――ムスリムなのです。イスラムが何かということを知るより、イスラム教徒とはどういう人なのか、そちらを先に知ることのほうが大事だと思います。
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単行本p.68

 成功しても失敗しても本人の責任にしない、困っている人がいれば助ける、子供とお年寄りを大切にする、他人を国や人種で分け隔てしない。実際のイスラム教徒がどういう人々なのかを紹介してくれます。


「第3章 西欧世界とイスラム世界はもとは同じ」
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 ヨーロッパとイスラム世界との違いは、いろいろありますけど、ひとつ言えるのは、「イスラム世界へ行くとだらっとできる」ということです。私はそれを実感しています。妻もイスラム圏に入った途端に、なぜかほっとすると言っています。
(中略)
 もちろん、ドイツでもフランスでも人が困ったりしていたら助けてくれます。でも、なんと表現したらいいか、人と接するときにひとりひとりがどこか身構えている……。自分は「個」として生きているという肩肘張った感覚。そういうふうに身構えないと暮らせないところに長くいると、やはり疲れてしまいます。
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単行本p.87、94

 西欧世界とイスラム世界の歴史的関係を解説しつつ、皮膚感覚レベルで両者を比較します。


「第4章 となりのイスラム教徒と共に」
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 そういうことを商売にするハラール・ビジネスというのは、イスラム教徒ではなくても、実に傲慢なことだと思います。イスラムをよく知らない日本人をおどして金をとっているようなものですから賛成できません。
(中略)
 イスラム教徒と仲良くする一番の方法は、「正直であること」です。中途半端な理解で、高いお金を出してハラール認証をとることではありません。
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単行本p.114、116

 日本にやってきたイスラム教徒をもてなすとき、何に気をつければいいのか。ハラールや飲酒についても解説されます。


「第5章 ほんとはやさしいイスラム教徒」
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敬虔なイスラム教徒であろうと、行動がかなりイスラムから逸脱したイスラム教徒であろうと、弱者を助けなければという思いについては、ほとんど差がありません。
 このことは、イスラム教徒とつきあうときにも大切な点です。かりに酒も飲んでいるし、もう世俗化したんだろうと見えるようなイスラム教徒がいたとしても、その人がイスラムを捨てたと思ってはいけません。
(中略)
 彼らに「イスラム教徒でなくなるってどういう感じですか?」と聞いたときに返ってくる言葉。どんなに世俗的に見えるイスラム教徒でも決まってこう言います。
「人間でなくなる感じがする」
 ここは、見誤ってはいけないところです。
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単行本p.149、150

 前章で紹介した飲食に続いて、祈り、ラマダン、弱者救済、そして性的なことに関する対応について解説されます。


「第6章 日本人が気になる12の疑問」
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イスラムの社会と西欧の社会は水と油なのか。この点に関して言えば、そのとおりなのです。
 しかし、水と油であることは、お互いを傷つけあうこととは別です。イスラム教徒ではなく、そして、イスラムと西欧とのあいだにこれ以上の衝突をふせぐことを考え続けてきた私は、傷つけあうこと、殺しあうことを止めるための知恵を生みださなければならないと感じています。同時に、それがいま、途方もなく難しくなってきたとも感じています。
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単行本p.179

 裁判制度、一夫多妻、女性差別、同性愛の禁止、イスラム銀行、ヴェールの着用。誤解されることも多いイスラム社会の仕組みと、その背後にある価値観を解説します。共感でき学ぶことも多い一方、現代の西欧社会からは受け入れることが出来ない価値観の相違もある、ということを具体的に教えてくれます。


「第7章 イスラムの「病」を癒すために」
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 西欧的な進歩主義は唯一無二の正しい道だという思い込みをもたないことです。イスラム世界は、イスラムの価値観の上に立って歴史を積み重ねてきたのです。西欧の進歩主義をものさしにして、彼らイスラム教徒の人たちの価値観を「遅れた状態」と見なすことだけは、間違ってもやってはいけない。そもそも、イスラム教徒の人たちの価値観が「遅れている」と言えるのでしょうか。
 その西欧こそ、今の中東・イスラム世界をずたずたに分割して線引きをし、植民地として支配したことを忘れてはいけません。英国やフランスには、今でも、彼らを啓蒙してやるために植民地にしたのは正しかったなんて言う人がいます。極端なことを言えば、こういう発想が「イスラム国」を生みだす原因のひとつだったとも言えます。
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単行本p.217

 「イスラム国」に代表される過激派の台頭、内戦、クーデター、弾圧。秩序が崩れてゆく中東・イスラム世界と、深まる西欧社会との対立。何がどうしてこのような事態になってしまったのかを振り返ってゆきます。相いれない価値観を前に、「殲滅すべし」という発想も、「啓蒙して同化すべし」という発想も、いずれも対立を深刻化させるだけだということが強調されます。


「終章 戦争、テロが起きないために私たちができること」
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深夜の密航が、死の航海になるかもしれないことに気づいていたとしても、彼らはしっかりと前を向いていました。途方もない苦しみの果てにたどりついた、打ちひしがれた姿ではありませんでした。そのことが私を打ちのめしました。これだけの惨禍の中にあって、決して誇りを失わない姿に言葉を失ったのです。
 人道の危機の連鎖。内戦で家族を奪われ、生きる場所も奪われ、隣国にたどりついても安心も生計の手段もなく、最後の希望をヨーロッパに託して、彼らは海を渡ろうとしていました。
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単行本p.238

 内戦、難民、テロ、イスラム教徒に対する排斥と暴力。憎しみと恐怖の連鎖が止まらない世界の現状について、探るべき共存への道について、現場から考えます。



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