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『公正的戦闘規範』(藤井太洋) [読書(SF)]

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現在から断絶した超技術ではなく、今ある技術が、もう少しだけ進んだとき、どのような世界が見えてくるのか(もちろんSFだから誇張はあるけれど――著者はあるところで、それを「見えないシンギュラリティ」と呼んでいる)、そして超天才ではない普通の人々の生活にそれがどう関わってくるのか。著者は実際にキーボードの上で手を動かしているようなリアリティに、SF的な想像力を加え、その具体的なビジョンを目の当たりにさせてくれる。そこにはソフトウェアの未来とともに、生身の技術者の姿がある。
――――
文庫版p.329


 地続きの未来、今のその先にある見えないシンギュラリティ。テクノロジーと未来に関する楽観的なビジョンで私たちを魅了してやまない五篇を収録した第一短篇集。文庫版(早川書房)出版は2017年8月、Kindle版配信は2017年8月です。


[収録作品]

『コラボレーション』
『常夏の夜』
『公正的戦闘規範』
『第二内戦』
『軌道の環』


『コラボレーション』
――――
 陳が「力」に取り憑かれたように、俺は、彼らと行った甘美な協力(コラボレーション)に魅せられているのだろう。きっかけを与えれば、彼らは全力で応え、無限の試行錯誤の末に、俺が考えもしなかった高みへ上りつめていく。いずれは発想でも知識でも彼ら修復機構に追い越されてしまうことは間違いない。だが、俺の身体はプログラムが動く喜びを覚えていた。
――――
文庫版p.51

 インターネットが崩壊し、情報インフラが量子アルゴリズムベースの認証型ネットに移行した後。語り手は、かつて自分の作ったプログラムが修復機構によって書き換えられながら旧インターネット上で今だに動いているのを見つける。その「けなげさ」に打たれ、何とか「彼ら」を助けようとする語り手は、自由で無統制な旧インターネットを使って世界を変えようとしているハッカーグループからのコンタクトを受けるが……。
 技術屋の感性と、今そこから始まるシンギュラリティへの予感に満ちたSFマガジンデビュー作。


『常夏の夜』
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 ただ、確かなことが一つある。
 人類の知の先端(エッジ)は、在る未来への挑戦に変わった。
 カートのフリーズ・クランチ法を使えば、嫌でも多宇宙(マルチヴァース)、並行宇宙(パラヴァース)と、未来の実在を感じてしまう。その世界に手を伸ばすには、因果律を超えた量子の論理が必要になるということだ。
――――
文庫版p.116

 大規模災害に見舞われた島を救うため、世界中の支援団体が大量の物資と配送ドローンを持ち込んだことから生じた混乱。物資と情報の流れを最適化し、復興プロジェクトをスムーズに進めるために「巡回セールスマン問題」や「ナップザック問題」のようなNP困難問題を解く量子アルゴリズムが活躍する。だが、普及した量子アルゴリズムは、人々の意識と世界観を根底から変えてゆく。

 未来を見通すことで因果が確定してしまう『あなたの人生の物語』(テッド・チャン)が古典力学ベース決定論だったのに対して、無数に重なりあって存在する過去と未来をつなぐルートのなかから最適なものを選び取る、他の可能性を刈り取る、という量子論ベース決定論への世界観の変容が描かれます。『あなたの人生の物語』では変容のきっかけは言語習得だったのに、本作ではそれがスマホゲームの習熟になっているところがリアル。


『公正的戦闘規範』
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「自爆テロが減ってるのも、80ドルやそこらで確実に人を殺せるキルバグの方が、麻薬や暴力を使う洗脳よりも圧倒的に安いからだよ。兵蜂(ビンフェン)は、戦争の形を変えたんだ」
 九摩は〈マスチフ〉のぬめりのある装甲を指の背でこつんと叩いた。
「大義のもとに人を殺す、そんなことは戦場だけに限りたいじゃないか。そう考えた米国は、このシステムを作り上げ、デモンストレーションできる機会を馬大佐と調整してきた」
――――
文庫版p.179

 自律判断で人を殺す安価なAI戦闘ドローンの普及は、無差別テロを世界中に拡散してゆく。その流れを止め、虐殺を「戦場だけにとどめておく」ために開発されたシステム"ORGAN"(器官)。中国におけるテロ掃討作戦で初めて実戦投入されたそのシステムに、ゲームソフト開発者である語り手は巻き込まれてしまう。

 もちろん『虐殺器官』(伊藤計劃)へのオマージュですが、テロの拡散を抑止するために使われる手段の皮肉さは強烈です。スマホのソシャゲ時代における『エンダーのゲーム』(オースン・スコット・カード)ともいうべきサブプロットも印象的。


『第二内戦』
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「〈ライブラ〉の動作プラットフォームは2.1GHzのFPGA。復号、判断、出力をそれぞれ1クロックで処理できる。売買の応答時間は7億分の1秒よ。そしてネットワークに自らの複製をばらまいて、他の〈ライブラ〉を再プログラムしていく。その時に〈N次平衡〉が現れる」
 プレゼンテーションには水色の雲が浮かんでいた。ノードとネットワークが密すぎて、雲にしか見えなくなっているのだ。雲の中には光の輪がいくつも浮かんでいた。一つの〈ライブラ〉ノードで行った処理が、周囲のノードに波のように伝わっていくところなのだろう。ハルが今までに見たものの中では、脳のニューロンの模式図が最も近かった。
――――
文庫版p.237

 米国のいわゆるレッド・ステートが独立してアメリカ自由領邦FSAとなってから数年。探偵である語り手は、奇妙な仕事を依頼される。金融取引プログラムが違法に使われている証拠をつかむためFSA領内に潜入捜査したいというのだ。問題のプログラム〈ライブラ〉は、極めて高性能だが単純な条件反射レベルの処理しか出来ない。しかし、複製と機械学習を繰り返し拡散してゆく膨大なノード数の〈ライブラ〉ネットワークは、誰も気づかないうちに予想を超えた能力を獲得していた。

 米国の分断というキャッチーな舞台設定で読者を引き込みながら、それをシンギュラリティのゆりかごとして活用する巧みさ。グレッグ・イーガンの初期作品を思わせるハイテクスリラー作品。


『軌道の環』
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「だが、地球に奪われるのはもううんざりだ。地球と宇宙島に暮らす1200億人の消費するエネルギーと物資は、ぼくたち木星系の10億人が掘り出したものだ。木星大気の底からね。自身の遺伝子を組み換え、排泄物をリサイクルしてまで、ヘリウムと硫黄を送り続けている」
「……だから、ユニオンはテロを計画したんでしょう?」
 あなたはそのテロを止めようとしてる――わけではないのだろうか。20万キロを超えるリボンが必要になる計画など想像がつかない。
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文庫版p.314

 木星圏に移住したムスリムたちのグループは、過酷な搾取への反発から、地球に対する大規模テロを計画していた。たまたま事故で漂流していたところをコンテナ船に救助された語り手は、そのテロ計画について知ることになるが……。

 イスラム過激派による大規模テロを太陽系規模に拡大した話。ヒロインの活躍によりテロは未然に防がれるんだろうな、という読者の予想を遥かに超えたビジョンが展開してゆきます。その先に見えてくるのは、ニーヴン・リング。事実上無限のエネルギー供給を実現すれば貧困も搾取もテロもすべて解決するという、今やむしろ珍しいほどのテクノロジー楽観主義に貫かれた作品。


タグ:藤井太洋
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『SFマガジン2017年12月号 オールタイム・ベストSF映画総解説 PART2』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2017年12月号の特集は「オールタイム・ベストSF映画総解説 PART2」でした。また、ブライアン・W・オールディス追悼として短編が再掲され、草上仁と早瀬耕の新作が掲載されました。


『花とロボット』(ブライアン・W・オールディス、小尾芙佐:翻訳)
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 それにSFなどというものは、所詮は人間の相い争うことの好きな性向の産物ではあるまいか? わたしはそう思う
――――
SFマガジン2017年12月号p.300

「J・G・バラードの言うとおりかもしれない、陳腐でさ、使い古されてる」
SFに対する率直な思いを打ち明けるような短編。60年代の代表作とされています。


『天岩戸』(草上仁)
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「そのう、おれたちが適任とは思えないんだがね。空き家に居座った山賊を追い払うってんなら、まだわかる。穴に籠ってるもののけを燻し出すのもいいだろう。しかし、女の子を一人、自分の部屋から引きずり出すなんてのは、どうも」
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SFマガジン2017年12月号p.309

「おれか? スサノオって風来坊さ」
 風来坊のスサノオは、引きこもりになった娘を部屋から出してほしいという依頼を受けるが……。古事記や日本書紀にある「岩戸隠れの伝説」を元にした痛快冒険譚。


『忘却のワクチン』(早瀬耕)
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「経済学部の人から、リベンジ・ポルノを完全に消し去りたいって依頼されたんです」
「ここは、便利屋じゃない」
(中略)
「そうなんですけれど、私ひとりじゃ、何もしてあげられないし。口が硬くて、そういうことができそうな人は藤野教授か南雲さんしか思いつかなくて」
――――
SFマガジン2017年12月号p.333、334

「過去を書き換えられるなら、ぼくは、彼女のために、どれくらいの代償を払うだろう?」 ネットに流出したリベンジ・ポルノの完全消去という無理難題に取り組むはめになった南雲は、うまい手を思い付くが……。

 SFマガジン2016年2月号に掲載された『有機素子板の中』、SFマガジン2016年6月号に掲載された『月の合わせ鏡』、SFマガジン2017年8月号に掲載された『プラネタリウムの外側』、に続く連作シリーズ第四弾。現実に可能ではないかと思わせるような巧みなアイデアが投入されていますが、過去、記憶、仮想、その境界が揺らいでゆく様はやはりこの連作特有の味わい。
 解説によると「書き下ろしの第5作を加え、来年早々には書籍化の予定」とのこと。



タグ:SFマガジン
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『機龍警察 狼眼殺手』(月村了衛) [読書(SF)]

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「諸君もかねがね不審に感じてきたことと思うが、警視庁特捜部は一般はもちろんのこと、警察内部にも公表できない多くの機密を抱えている。そのいくつかを、今から諸君に明かす」
 すべての前置きを省き、沖津は切り出した。
「言うまでもないが、今日ここで耳にした事項は決して他言してはならない。たとえ相手が警察幹部であってもだ。私、もしくは私の後任者の許可がない限り、諸君は生涯その秘密を抱えて生きていかねばならない。その重責に耐える自信のない者は、ただちにこの場より退出してもらいたい。二分間の猶予を与える。退出した者には、できるだけ希望に沿った異動が速やかになされるよう、万全を尽くすことを約束する」
 そこまで言ってから、沖津はしばし無言で室内を見渡した。
 席を立とうとする者は一人もいなかった。
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単行本p.306


 画期的な量子通信技術の開発を目指す国家プロジェクト「クイアコン」。その関係者が次々に消されてゆく。暗躍する謎の殺し屋、通称「狼眼殺手」。浮かび上がってくる巨大な疑獄事件。だが、警視庁特捜部の沖津部長は、事件の背後に、はるかに禍々しく邪悪なものを見ていた……。
 特捜部最大の危機を描き、シリーズの転換点となる長篇第五弾。単行本(早川書房)出版は2017年9月、Kindle版配信は2017年9月です。


 凶悪化の一途をたどる機甲兵装(軍用パワードスーツ)犯罪に対抗するために特設された、刑事部・公安部などいずれの部局にも属さない、専従捜査員と突入要員を擁する警視庁特捜部SIPD(ポリス・ドラグーン)。通称「機龍警察」。

 龍機兵(ドラグーン)と呼ばれる三体の次世代機を駆使する特捜部は、元テロリストやプロの傭兵など警察組織と馴染まないメンバーをも積極的に雇用し、もはや軍事作戦と区別のなくなった凶悪犯罪やテロに立ち向かう。だがそれゆえに既存の警察組織とは極端に折り合いが悪く、むしろ目の敵とされていた。だが、特捜部にとって真の〈敵〉は、警察機構の上層部に潜んでいた……。


 長篇第五作目となる本書は、機甲兵装によるバトルシーンがいっさい出て来ない、ストイックな警察小説です。発端は、謎の暗殺者による連続殺人事件。特捜部とは何かと因縁の深い中国系企業も血眼になって追っているという謎の殺し屋、通称「狼眼殺手」とは何者か。


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 会議室の片隅で、ライザは身じろぎもせずに幹部達の話に聞き入っていた。
 嫌な汗が全身に流れる。死体のように冷たく、鮮血のように熱い汗だ。
『狼眼殺手』。
 そんな中国名の暗殺者など、今まで聞いたこともない。
 しかし――
 どうしても思い出さずにはいられない。あの眼を。死んだはずの狼の眼を。
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単行本p.111


 連続殺人事件の背後から浮かび上がってくる巨大な疑獄事件。あらゆる黒社会の住人を巻き込んで膨れ上がってゆく巨大な闇。やむなく合同捜査に乗り出した警察も、国家規模の巨悪に翻弄され、ひたすら混迷を深めてゆく。


――――
 自分達は、一体なんの事件を追っているのか。
 贈収賄の疑獄事件なのか。
 連続予告殺人事件なのか。
 黒社会の抗争事件なのか
 ゼネコンの談合事件なのか。
 中国情報機関によるスパイ事件なのか。
 すべてが渾然一体となって不条理の黒い霧を形成している。まるでクイアコンの本質を覆い隠すかのように。
――――
単行本p.124


 後手に回る捜査。すべての責任を特捜部に押しつけようと画策する警察内部の組織力学。そして特捜部の内部崩壊を狙う〈敵〉の魔手。


――――
「今度こそ沖津も終わりだ。長官の怒りを買いながら警察で生きていけるわけがない。君は沖津や特捜と一緒に沈みたいのか。今度の事案はどう転んでも警察は無傷では済まん。検察をはじめとする法曹界や財政界もだ。沖津は責任を取ると公言しているそうだが、上層部は最初からそのつもりだ。もっとも、沖津一人の首で幕引きを計れるとも思えんがね」
――――
単行本p.128


 だがそのとき、特捜部長である沖津は、はるかに禍々しく、邪悪なものを見つめていた。世界の軍事バランスを根底から覆し、すべての人々を歯止めの効かないテロと内戦に巻き込みかねないものの片鱗を。


――――
「捜査を続けるうちに、この事案は想像以上に根深いことに気がつきました」
「これだけの規模の疑獄事件だ。根深いに決まってるでしょう。最初から分かっていたことだ」
「そうじゃない。もっと禍々しく、邪悪なものです」
――――
単行本p.234


――――
 なんという時代だろう。科学が人を救う時代はもう終わってしまったというのに、人は科学に夢を見て、現実から目を背け続ける。世界の紛争地帯から目を背けるように。だが間もなく、世界中の人が否応なく〈それ〉をまのあたりにするようになるのだ。
――――
単行本p.481


 決断を下す沖津。そして、ついに明かされる特捜部の秘密。


――――
 潮時という奴か――
 ネクタイを外してシャツを脱ぎながら、沖津は決断していた。
 部下達に鋼鉄の十字架を背負わせることを。
――――
単行本p.305


 だが衝撃と混乱のなか、ひとりひとりの心の中で、警察官としての矜持のようなものが生まれてゆく。


――――
 信じるんだ――俺達は警察官だ――
 部長の言葉。
 ――それでも我々は、少しでもその世界がよいものとなるよう、今、そう今この瞬間にだ、全力を尽くさねばならないと思っている。
 そう言ったときの部長は、確かに警察官の目をしていたではないか。
――――
単行本p.316


――――
 恐れるな。恐れたら負ける。自らの怯懦に、邪悪な現実に、そして不条理な運命に立ち向かえ――
――――
単行本p.402


――――
「ラードナー警部にもちょっとだけ会ったけど、あの人は変わったわ」
「変わった?」
「なんて言うか、そう、警察官の顔をしてたわ」
「…………」
「うまく言えなくてごめんなさい。でも、ほんとにそうなの」
――――
単行本p.459


 というわけで、シリーズの大きな転換点となる長篇です。連続殺人事件、凄腕の暗殺者との死闘、巨大プロジェクトをめぐる疑獄事件。それだけで一冊の長篇になりそうなプロットを何本も絡め、その混沌の中から短編『化生』(『機龍警察 火宅』に収録)でほのめかされた危機が現実のものとして立ち現れてゆく展開には、ぐっと来ます。

 この転換点を経てシリーズは後半に入ってゆくものと思われますが、どこに落着することになるのか、とにかく先を読み続けようと思います。



タグ:月村了衛
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『J・G・バラード短編全集2 歌う彫刻』(J.G.バラード、柳下毅一郎:監修、浅倉久志他:翻訳) [読書(SF)]

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それにしても、攻撃的な女性と、自分自身の心に逃避するその夫というしばしば繰り返される、ほとんど強迫的なイメージを生み出したどんな経験を、わたしは忘れているのだろう?
(J.G.バラード)
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単行本p.393


 ニュー・ウェーブ運動を牽引し、SF界に革命を起こした鬼才。J.G.バラードの全短編を執筆順に収録する全5巻の短編全集、その第2巻。


 第1巻の紹介はこちら。

  2017年05月16日の日記
  『J・G・バラード短編全集1 時の声』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-05-16


 第2巻には、60年代前半(1961年から1963年まで)に発表された18本の作品が収録されています。


[収録作品]

『重荷を負いすぎた男』
『ミスターFはミスターF』
『至福一兆』
『優しい暗殺者』
『正常ならざる人々』
『時間の庭』
『ステラヴィスタの千の夢』
『アルファ・ケンタウリへの十三人』
『永遠へのパスポート』
『砂の檻』
『監視塔』
『歌う彫刻』
『九十九階の男』
『無意識の人間』
『爬虫類園』
『地球帰還の問題』
『時間の墓標』
『いまめざめる海』


『至福一兆』
――――
 ロッシターは市庁舎の保険局に勤めており、非公式ながら人口統計に接することができる。この十年、それは機密情報となっていた。正確とは思えないという理由もあるが、主な理由は、閉所恐怖症の集団発作を引き起しかねないと懸念されるからだった。小規模の発作はすでに起こっていた。
――――
単行本p.50

 歯止めのかからない人口爆発、一人あたり許される居住空間は狭くなる一方だった。どの建物にも、街路にも、ぎっしりと人間が詰め込まれた都市景観。主人公は誰にも知られていない忘れられた空間を見つたが……。


『ステラヴィスタの千の夢』
――――
うれしいことに、彼女の存在はこの家のいたるところで感じられた。彼女の無数の反響が構造体や感知細胞に蒸留され、一瞬一瞬の感情の動きが、死んだ彼女の夫を除けばだれも知らなかったほど本物に近い彼女の複製の中に溶けこんでいることだろう。わたしが恋したグロリア・トレメインはもはやこの世に存在しないが、この家は彼女の魂の署名をおさめた廟であった。
――――
単行本p.122

 テクノロジーと芸術と倦怠が支配する砂漠のリゾート、ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの一篇。向心理性建築(サイコトロピック・ハウス)を購入した主人公は、その家の以前の持ち主が有名な女優であったことを知る。この家で、彼女は自分の夫を殺したのだ。そして家は、彼女が残した心理的痕跡を忠実に再生してゆく。彼女の、いわば幽霊にとりつかれた主人公は、再び破局を繰り返すことになるのだろうか。


『アルファ・ケンタウリへの十三人』
――――
「フランシス!」と、チャーマーズが叫んだ。「一度入ってしまったら、もう二度と出られないぞ! 自分を完全な虚構の中に埋めてしまおうとしているのがわからないのか? 自分から悪夢の中に退行して、途中下車できない行先のない旅に出ていこうとしているんだぞ!」
 もう二度と点けないだろうモニターのスイッチを切る前に、フランシスはそっけなく答えた。「行先は決まっているとも、大佐――アルファ・ケンタウリだよ」
――――
単行本p.159

 「アルファ・ケンタウリを目指して宇宙空間を飛び続ける世代宇宙船」という設定で作られた巨大な建造物。それは将来の恒星間飛行に備えた実験に過ぎないはずだった。船内の人々は自分たちが外宇宙の旅を続けていると信じているが、実際には彼らが探査しているのは内宇宙だった。しかし、次第に、虚構と現実の、外宇宙と内宇宙の境界はあやふやになってゆく。


『砂の檻』
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ほっそりした指を砂丘の浅い起伏にのばした夕闇は、ゆっくりと群れ集って巨大な櫛のようになり、つかのま燐光を放つ黒曜石の突出部を櫛の歯のあいだに孤立させたかと思うと、しまいにはひとつに固まり、濃淡のない波となって、なかば砂に埋もれたホテル群を乗りこえていった。かつてはカクテル・バーやレストランでにぎわっていた通りも、いまは砂に呑まれて傾いており、静まりかえった表通りの裏へまわれば、早くも夜のとばりがおりていた。おぼろげな月の光が、立ち並ぶ街路灯に銀色のしずくをまといつかせ、シャッターのおろされた窓や崩れかけた軒蛇腹を冷凍ガスの霜のように覆っていた。
――――
単行本p.193

 火星から持ち込まれた赤い砂に埋もれつつあるロケット発射場。立入禁止区画に指定された砂の廃墟に、立ち退きを拒否して留まり続ける三人。彼らは、幻として消え去った「宇宙開発時代」への強迫観念にとらわれたまま、ひたすら白昼夢を見るような生活を続けてゆく。ゆっくりと建物を飲み込んでゆく火星の砂のなかで。


『歌う彫刻』
――――
 ぼくは彫像のふもとにまだとりすがっているルノーラを見て迷った。
「それじゃ――」信じられない思いが、やっと言葉になって出た。「あの女は、あの彫刻を愛してしまったんですか」
 マダム・シャルコウの目は、ぼくの単純さをあまさず要約していた。
「彫刻をじゃありません」彼女はいった。「自分をです」
 しばらく、ぼくはつぶやく彫刻群のなかに立ちつくしてから、テープを床にすてて立ち去った。
――――
単行本p.267

 テクノロジーと芸術と倦怠が支配する砂漠のリゾート、ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの一篇。音響彫刻に耽溺する美女。彼女に惚れた芸術家は、自分の作品を調整するという口実で何度も彼女の屋敷を訪れるのだが、もちろん、ひたすら振りまわされてしまう。


『無意識の人間』
――――
「生産高が着実に五パーセント上昇しつづけて膨らまないかぎり、経済は停滞する。十年前なら生産効率の上昇だけで生産高はあがった。でももはや生産効率の上昇効果はほとんどなくて、残る手段はひとつしかない。働くことさ。サブリミナル広告が鞭を入れてくれる」
――――
単行本p.296

 休みなく働け。ひたすら物を消費しろ。新車とテレビセットを毎年購入し、ローンを増やせ。そのローンを返すために休みなく働け。さらなる経済成長を。果てしなき大量消費を。終わりなき繁栄を。サブリミナル広告による強迫観念を人々に植え付けることでようやく維持されている大量消費社会。資本主義のゆきつく果てをリアルに描いた作品。


『地球帰還の問題』
――――
ジャングルは早くも彼の心にそれ自身の論理を与えはじめており、再突入カプセルが着陸した可能性はますます遠のいてゆくように思われた。カプセルとジャングルという二つの要素はそれぞれまったく異なる自然の秩序の系統に属しており、その二つを重ねるのはますます難しくなっていった。それに加えて懐疑心がさらに深まる理由が、宇宙飛行の“本当の”目的はなんだというライカーの問いかけによって強調されていた。その意味するところは宇宙計画全体が人類、とりわけ西欧テクノクラシーを蝕む内なる無意識の病の徴候であり、宇宙ロケットや人工衛星の打ち上げは、隠された強迫観念や欲望を充足させるためのものにほかならない、ということであった。
――――
単行本p.347

 地球への再突入でトラブルが発生。月着陸ロケットの帰還カプセルは南米大陸の広大なジャングルに落下したと推測される。その行方を捜索にきた主人公の精神は、密林とそこに住む原住民の世界に飲み込まれてゆく。


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『裏世界ピクニック ファイル8 箱の中の小鳥』(宮澤伊織) [読書(SF)]

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 箱を慎重に持ち上げて、表面をじっと観察する。寄せ木細工の上に走る銀色の線だけが、この箱を開ける手がかりだ。裏世界と表世界の境界が、複雑に折りたたまれて箱の形になっている。鳥の群れはその隙間から染み出すように出現していた。
 私がやろうとしているのは、言うなれば爆弾処理だ。とっくに起爆して、今まさに私たちをズタズタにしつつある爆弾の解体。
――――
Kindle版No.718


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第8話。Kindle版配信は2017年9月です。


 『路傍のピクニック』(ストルガツキー兄弟)をベースに、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。ファイル1から4を収録した文庫版第1巻、およびファイル5から7の紹介はこちら。


  2017年03月23日の日記
  『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23

  2017年07月05日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-07-05

  2017年08月07日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル6 果ての浜辺のリゾートナイト』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-08-07

  2017年08月31日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル7 猫の忍者に襲われる』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-08-31


 ファーストシーズンの4話はSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズンは各話ごとに電子書籍として配信。ファイル5から8を収録した文庫版第2巻『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』(宮澤伊織)は、2017年10月19日発売予定となっています。


 さて、セカンドシーズン最終話となるファイル8は、タイトルからぴんと来る人も多いでしょう、いよいよ強烈な呪いの箱が二人を襲います。


――――
「よろしいのですか」
 小桜に向かって汀が言う。小桜は頷いた。
「こいつらに見せてやってくれ──第四種の行き着く先を」
――――
Kindle版No.274


 空魚と鳥子が裏世界から持ち帰ったアーティファクトを高額で買い取っているという謎の組織。裏世界との接触により心身に異常を来した犠牲者たちの実態。そして鳥子が探し続けている、行方不明になった冴月。大ネタが次々と姿を現し、とどめに強烈な呪い攻撃。二人は絶体絶命のピンチに。


――――
「言えるうちに言っとかなきゃなって。ほら、何があるかわかんないじゃん」
「やめてってば。手を動かして」
 私が嫌がっているのに、鳥子は話を続けた。
「あなたの人生を壊したままいなくなったら、どうなっちゃうのか心配だったけど、空魚、ちゃんとやっていける。私、ずっと見てたから」
――――
Kindle版No.754


 ここぞとばかり死亡フラグ立てまくる鳥子。

 というわけで、鉄道、戦車、ライフル、水着、猫、忍者と、根こそぎにする勢いで突っ走ってきたセカンドシーズンも、原点に戻ったネットロア怪談で幕を下ろしました。これまで存在がほのめかされるだけだった裏世界研究所(ソニーのエスパー研究室を起源とするらしい)がついに登場し、行方不明となっていた冴子と裏世界の背後にいる存在とのつながりが暗示される。深まったようなこじれたような空魚と鳥子の関係。次シーズンに向けた引きも満載です。長く続くシリーズになりそう。


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