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『J・G・バラード短編全集1 時の声』(J.G.バラード、柳下毅一郎:監修、浅倉久志他:翻訳) [読書(SF)]

「二十一世紀の神話創造者」(柳下毅一郎)より
――――
 偉大な作家は数多い。だが、重要な作家は数少ない。J・G・バラードは二十世紀でもっとも偉大な作家ではないかもしれない。だが、彼が二十世紀においても指折りの重要な作家として名を挙げられるのはまちがいないだろう。バラードは二十世紀に生きる我々の生について書いた。我々の生のかたちは何に規定されているのか、未来のそれはいかなるかたちを取るのか。半世紀におよぶ作家生活の中で、バラードはその内容もスタイルもラディカルに変化させてきたが、問題意識はつねに変わらなかった。
(中略)
 メディアとテクノロジーに支配された現代人にとっての「自然」。それを問うことこそが二十世紀文学たるSFの意味だとバラードは考えていたし、だからバラードは二十世紀でもっとも重要な作家となりえたのである。
――――
単行本p.411、413


「序文」(マーティン・エイミス、柳下毅一郎:翻訳)より
――――
彼はくりかえし同じ疑問に立ち戻る。現代の状況は我々の精神にどんな影響を与えるのか?――ハイウェイの運動彫刻、空港の建築物、ショッピング・モールという文化、蔓延するポルノグラフィー、そして自分では理解できないテクノロジーへの依存。バラードは仮の答えとして「倒錯行為」を提出する。それはさまざまなかたちをとるが、そのすべてが(バラードはバラードであるから)極端な病理である。伝統的SFから距離を取りはじめたとき、自分は外宇宙を拒否して「内宇宙」を選んだのだと述べた。内宇宙こそ彼の縄張りだった。
(中略)
 J・G・バラードは二十世紀のもっとも独創的英国作家として記憶されることになるかもしれない。独創性の度合いを論じるのは無粋というものだろう(それはゼロか一かのどちらかなのだから)。だがバラードはなぜか独創的に独創的だった。彼はよく、作家というのは一人だけのチームなのだと言っていた(だから読者のサポートが必要なのだ)。だが彼は同時に一人だけのジャンルでもあった。彼は並ぶ者なき唯我独尊の存在だった。彼のような者は、わずかでも似た者も、どこにもいなかった。
――――
単行本p.9、12


 ニュー・ウェーブ運動を牽引し、SF界に革命を起こした鬼才。J.G.バラードの全短編を執筆順に収録する全5巻の短編全集、その第1巻。1956年のデビュー作から1961年の作品まで主に50年代に書かれた15編を収録。単行本(東京創元社)出版は2016年9月です。


[収録作品]

『プリマ・ベラドンナ』
『エスケープメント』
『集中都市』
『ヴィーナスはほほえむ』
『マンホール69』
『トラック12』
『待ち受ける場所』
『最後の秒読み』
『音響清掃』
『恐怖地帯』
『時間都市』
『時の声』
『ゴダードの最後の世界』
『スターズのスタジオ5号』
『深淵』


『プリマ・ベラドンナ』
――――
「ばか、わからんのか、あの女は詩的で、創発的で、原初の黙示の海からまっすぐにやってきた生物だ。おそらく女神かもしれん」
――――
単行本p.16

 テクノロジーと芸術と倦怠が支配する砂漠のリゾート、ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの最初の作品。白昼夢のような魅惑的な女性、手を出してひどい目にあう語り手、歌う植物、暴走する芸術。最初からどうにもこうにもバラードとしかいいようのないデビュー短編。


『エスケープメント』
――――
「聞いてくれ! これまで二時間、同じ十五分が繰り返されるという事態が続いているんだ。時計は九時から九時十五分の間を行ったり来たりしている」
――――
単行本p.42

 TVのクソ番組を見ていた主人公は、同じシーンが何度も繰り返し放映されていることに気づく。最初は放送事故かと思ったが、ループしているのは時間そのものだった……。時間ループものの先駆的作品ですが、何しろループ間隔が極端に短いので、じたばたしてもすぐにまたTVの前に戻されて同じ番組を永遠に繰り返し観るはめになるという地獄。しかし、では現代の私たちの生活は、彼が陥った窮地とどこが異なるのでしょうか。


『集中都市』
――――
「この部屋を例にとろう。20×15×10フィートだ。その縦・横・高さを無限に拡張するんだ。なにができる?」
「再開発だ」
「無限にだよ!」
「機能しない空間だ」
「それで?」フランツが辛抱強く訊いた。
「その考え自体がばかげてる」
「なぜ?」
「存在できないからだ」
――――
単行本p.62

 何千階層もの巨大構造物の内部に存在する都市、それはありとあらゆる方向と高さに広がり、すべての空間を占めている。飛行を夢見る主人公は、この都市の「外」を目指して旅に出るが……。都市生活者の世界観を極端にした作品で、後の『ハイ・ライズ』の原点というか、『BLAME!』(弐瓶勉)のようなメガストラクチャーもの。


『ヴィーナスはほほえむ』
――――
成長率は加速度的だった。わたしたちは新芽が出るのを見まもった。筋交いの一つが丸く曲がるのといっしょに、小さい節こぶがクロームの鱗を破って顔をのぞかせた。一分たらずでそれは長さ一インチの若枝に育ち、太さを増し、曲がりはじめ、五分後には一人前の声量を持った十二インチの長さの音響コアに成長した。
――――
単行本p.85

 ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの一編。例によって美人芸術家が創った音響彫刻が暴走して、音楽を撒き散らしながら加速度的に成長してゆく。ありがちなモンスター映画の筋立てにテクノロジーと芸術と美人をぶち込んでバラード化した作品。


『マンホール69』
――――
「人はどこまで自分自身に耐えられるのでしょうか? ひょっとすると、自分自身であるというショックを克服するために、人は一日八時間の休息を必要としているのかもしれません」
――――
単行本p.100

 脳の外科処置により睡眠を不要にする画期的な施術。その臨床実験に参加した被験者たちは、経過観察のために閉ざされた部屋で過ごしていたが……。人工不眠により人生を実質的に何十年も伸ばすというアイデアを扱った作品ですが、その副作用の主観描写(部屋の壁が四方から迫ってきて天井までの高さのマンホールに閉じ込められる、とか)が強迫的で神経症的で、強いインパクトがあります。


『トラック12』
――――
「三十秒間のリピート、四百マイクロセンス、増幅率は千倍。確かに、このトラックには少しばかり編集を加えてある。それは認めよう。だが、それでも、美しい音がこれほどまでに不快になりうるとは、何とも驚くべきことだ。これが何の音か、君には絶対に想像がつかないだろう」
――――
単行本p.130

 細胞分裂の音、空中を落下する針の空気摩擦音など、極端に微少な音を録音して拡大する「音の顕微鏡」、マイクロソニック。この技術を研究している科学者のもとを訪問した主人公は、実は科学者の妻と不倫関係にあった。「さえない理系男が、妻を寝取った相手に自分の研究分野の最新テクノロジーを用いた復讐を企てる」というミステリにありがちなプロットですが、マイクロソニックの描写が官能的で、生理的にぞわぞわする感覚を味わえます。


『待ち受ける場所』
――――
一万年、十万年、数え切れない千年紀がわたしの目の前をかすむ光となって通り過ぎてゆき、星々と銀河が玉虫色の瀑布となり、飛行と探査のきらめく軌道と絡みあった。
 わたしは深層時間に入っていった。
――――
単行本p.161

 荒涼とした辺境惑星で発見された異星人のモニュメント。その謎に挑む主人公は、「深層時間」と呼ばれる幻想の宇宙論的タイムスケールに放り出される。太陽系外の惑星を舞台にした宇宙SFですが、終焉を待ち受ける奇妙な場所と白昼夢的時間、というバラードらしいイメージにあふれた作品。


『最後の秒読み』
――――
そんなばかなことがあるわけない――日記とふたつの死とのあいだに関連など存在するはずがない。紙に記された鉛筆の跡は、気まぐれに引かれた黒鉛の曲線であって、それが表している観念は、わたしの心のなかにだけ存在するのだ。
 しかし、疑いと推論を検証する方法が目の前にぶらさがっているとあっては、避けるわけにはいかなかった。
――――
単行本p.174

 ターゲットの名前をノートに記入すれば、その人物は描写した通りに死ぬ。完全無欠な暗殺能力を手に入れた主人公は、保身のために次々と遠隔殺人を繰り返すが……。時間ループ、メガストラクチャー、人工不眠など、今でも人気のある題材の先駆的作品を書いていた初期バラードですが、50年代に『デスノート』を書いていたというのは初めて知りました。


『音響清掃』
――――
少なくとも、悪夢を見るということは、マダム・ジョコンダがまだ正気を失っていない証拠だ。彼女を崇拝しきっているマンゴンは、彼女に幻滅するとは思えない。毎晩、その日の仕事がすむと、彼はウェスト・サイドからさびれたF街のはずれにあるガード式交差点の下の打ち捨てられた放送局まではるばる音響トラックを運転してくるのだった。そして無料で、第二スタジオにしつらえられているマダム・ジョコンダの部屋を掃除するふりをしつづける。
――――
単行本p.186

 今や打ち捨てられた放送局に住みつきドラッグと妄想に溺れている往年の名歌手マダム・ジョコンダ。彼女の崇拝者である男は、建物に「染みついた」残響を消去するソノヴァック(音響真空掃除機)を使って、彼女の頭の中にしかない「音」を清掃してやる毎日を送っていたが……。

 かつての栄光を忘れられない元セレブの妄執と共犯者となる崇拝者。『サンセット大通り』のバリエーションですが、超音波音楽(耳には聴こえないが音楽を聴いた感動だけを圧縮して伝える技術)、音響清掃(壁や天井に染みついた音響断片を吸い込んで除去する掃除機)、音響処理場(音響清掃された音屑を集めて無害化する処理施設)などの異形の音響テクノロジーによる悪夢的サウンドスケープが何とも印象的な作品。


『恐怖地帯』
――――
 催眠術にかかったように、ラーセンも男の顔をじっとみつめた。まちがいなく見覚えがある。丸い顔、神経質そうな目、濃すぎる口ひげ。ついに男の顔をはっきり見ることができて、この世のだれよりも、知りすぎるほど知っている男だと気がついた。
 男は彼自身だったのだ。
――――
単行本p.238

 ドッペルゲンガーを見てしまう男。精神科医に相談するが、症状は悪化してゆき、ついに何人もの分身を同時に目撃するようになる。精神科医は荒治療を提案するが……。典型的な分身ホラー。


『時間都市』
――――
これほど多くの時計が存在するとは想像もしていなかった。いたるところにびっしりと設置された時計の数はあまりに多く、互いに重なり合って見分けるのも難しい個所さえある。盤面は赤や青、黄、緑など様々な色に塗られていた。大半に四本か五本の針がついていて、メインの針はすべて十二時一分で止まっているが、それ以外の針は様々な位置にある。位置はどうやら色によって決まっているようだ。
――――
単行本p.266

 計時行為および時計所持が違法となった時代。密かに時計を手に入れた少年がその魅力にとりつかれ、時計と時間省がすべてを支配していた時代の「時間都市」の廃墟に足を踏み入れる。そこには、時計修理人である老人がいた。

 時間に追われ、それこそ時計の歯車のように生きる、強迫神経症めいた都市生活を神話的に扱った作品。六年後にハーラン・エリスンが書く『「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった』と比べると、その印象の違いに驚かされます。


『時の声』
――――
コルドレンは椅子に戻ると、募集品の列を眺めながら、物音一つたてずにすわっていた。半分眠りながらも、定期的に体を起してシャッターからさしこむ光を調節し、これから何カ月か考えることになる、さまざまなことを考えた。パワーズと彼の奇怪な曼陀羅のことを、マーキュリイ・セヴンとその乗員たちの月の白い庭園への旅行のことを、そしてオリオンから来た青い人々のこと、彼らが話したという遠い島宇宙の――今では大宇宙の無数の死の中で永遠に消え去ってしまった遠い島宇宙の、黄金の太陽の下にある古い美しい世界のことを。
――――
単行本p.314

 今や遺伝子そのものの寿命が尽きつつあった。異様な突然変異を続ける動植物たち。昏睡状態から覚めない患者の多発。宇宙からは終焉までの秒読みと推測される信号が送られ続け、水のないプールの底には謎めいた曼陀羅が描かれる。

 迫り来る終焉の気配。残された空白時間を白昼夢のように過ごす人々。筋の通った説明もなく、終末に抗うどころか対処するという発想すらなく、病的に充足したような静かな破滅の風景。まったくのバラードとしか言いようのない初期代表作。


『ゴダードの最後の世界』
――――
このミクロの世界は完璧で、絶対的な現実感にあふれ、まさに現実の街そのものといえる。
――――
単行本p.329

 平凡な都市生活者である男が金庫の中に隠してある箱。その中には男が住んでいる街そのもののジオラマがある。そこでは極微の住民たちが現実の街と同じように生活しているのだ。次第にジオラマと現実との区別は曖昧になり、シンクロしてゆくが……。ミクロコスモスと現実世界との同期、反転を扱った作品。


『スターズのスタジオ5号』
――――
 ヴァーミリオン・サンズでの一夏のあいだ、毎晩のように、美しい隣人の作る奇怪な詩が、スターズのスタジオ5号から砂漠を渡ってわたしのところへ漂ってきた。ちぎれた色テープの綛が、ばらばらになった蜘蛛の巣のように、砂の上でほどけていく。夜通し、それらのテープはバルコニーの下にある控え壁のまわりではためき、バルコニーの手摺にからみつき、そして朝になってわたしに掃き捨てられる頃には、別荘の南面へ鮮やかな桜桃色のブーゲンヴィリアのように垂れさがるのだった。
――――
単行本p.345

 魅惑的な美人詩人が書いた詩の断片が、大量の色テープに印刷され砂漠の上を舞い飛ぶ。自動的に詩を作りだす機械は打ち壊され、詩的霊感は増殖してゆく。テクノロジーにより暴走する芸術というこれまでの路線から、逆方向へ暴走する文学を描いたヴァーミリオン・サンズのシリーズの一編。


『深淵』
――――
「海はわれわれの共通記憶だ」と彼はしばしばホリデイにいった。「海を干上がらせることで、われわれは故意に自分たちの過去を抹消し、かなりの程度まで自分らしさを消し去ったのだ。それも、きみが立ち去るべき理由だよ。海がなければ、生命は維持できない。われわれは記憶の亡霊と変わらなくなってしまう」
――――
単行本p.395

 環境破壊により干上がってしまった海。人々が宇宙へと脱出してゆくなか、地球に留まることを選んだ男。彼は地球最後の魚を見つけるが……。海を人類の集合的無意識に見立て、その枯渇による内世界の変容を描くという、いかにもバラードらしい作品。



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『人工知能の見る夢は AIショートショート集』(宮内悠介、林譲治、新井素子、井上雅彦、図子慧、矢崎存美、田中啓文、堀晃、高井信、かんべむさし、森下一仁、高野史緒、他) [読書(SF)]

――――
 この本に収められたショートショートは、人工知能学会の学会誌「人工知能」に掲載されたものです。人工知能学会では「未来を想像し、未来を創る」というテーマを掲げ、50周年を迎えた日本SF作家クラブ協力の下、2012年より様々なSF作家の方々に、学会誌に掲載するショートショートを依頼してきました。
(中略)
今回、学会の編纂とするにあたって、あえて小説の内容ではなく、小説に登場する人工知能の技術や使われ方に注目し、同じテーマを持つショートショートを3~4つずつ集め、8つの章を作りました。そして各章ごとに、その研究テーマを専門とする第一級の研究者に解説をいただき、現実サイドからの視点としています
――――
文庫版p.10、12


 人工知能学会の学会誌に掲載されたショートショートから選ばれた27編(+1編)をテーマ別に分類し、テーマごとにAI研究者による解説を追加した、AIテーマSFアンソロジー。文庫版(文藝春秋)出版は2017年5月です。

 SF作家によるAIテーマの短中編を集めそれに研究者の解説を付ける、という形式のアンソロジーとしては、『AIと人類は共存できるか?』が話題になりました。ちなみに単行本の紹介はこちら。

  2017年02月21日の日記
  『AIと人類は共存できるか?』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-02-21

 本書はいわばそのショートショート版。文庫版で300ページほどの分量に、小説27編、AI研究者の解説8編、さらに第4回星新一賞への応募作品(人工知能が書いた、というか、関与した小説)とその解説を詰め込んであります。

 ショートショートということでオチのある作品が多いのですが、正直いって類似パターンのオチが多すぎるように感じました。「ストーリーに関してはこちらから一切制限することはありませんでした」(文庫版p.11)とありますが、オチには何らかの制限をつけた方が良かったのではないでしょうか……。


[収録作品]

テーマ「対話システム」

『即答ツール』(若木未生)
『発話機能』(忍澤勉)
『夜間飛行』(宮内悠介)

 解説:稲葉通将

テーマ「自動運転」

『AUTO』(森深紅)
『抜け穴』(渡邊利道)
『姉さん』(森岡浩之)

 解説:加藤真平

テーマ「環境に在る知能」

『愛の生活』(林譲治)
『お片づけロボット』(新井素子)
『幻臭』(新井素子)

 解説:原田悦子

テーマ「ゲームAI」

『投了』(林譲治)
『シンギュラリティ』(山口優)
『魂のキャッチボール』(井上雅彦)
『A氏の特別な1日』(橋元淳一郎)

 解説:伊藤毅志

テーマ「神経科学」

『ダウンサイジング』(図子慧)
『僕は初めて夢を見た』(矢崎存美)
『バックアップの取り方』(江坂遊)
『みんな俺であれ』(田中啓文)

 解説:小林亮太

テーマ「人工知能と法律」

『当業者を命ず』(堀晃)
『アズ・ユー・ライク・イット』(山之口洋)
『アンドロイドJK』(高井信)

 解説:赤坂亮太

テーマ「人工知能と哲学」

『202X年のテスト』(かんべむさし)
『人工知能の心』(橋元淳一郎)
『ダッシュ』(森下一仁)
『あるゾンビ報告』(樺山三英)

 解説:久木田水生

テーマ「人工知能と創作」

『舟歌』(高野史緒)
『ペアチと太朗』(三島浩司)
『人工知能は闇の炎の幻を見るか』(神坂一)

 解説:佐藤理史


『即答ツール』(若木未生)
――――
「なかでも、このオススメの最高級機種には『あいまい数値化』機能がついてまして、迷っているときには『ペペロンチーノ気分が75パーセント、カツカレー気分が20パーセント、いっそ両方食べたい気分が5パーセント』という具合に、迷いの内訳が数値化されますー」
「まじすか。すごく便利だ。ならそのオススメのやつを買います」
――――
文庫版p.

 恋人から「メールへの返事が遅い」と叱られた男が、自分の気分を読み取って代わりに即効で返信してくれるAIエージェント付きのスマホを購入するが……。便利機能に振り回される人間関係という身近なトピックを扱ったユーモラスな作品。


『夜間飛行』(宮内悠介)
――――
「……連続飛行が6時間をオーバーしてる。そろそろ戻れる?」
「ああ」
「あと、時間外労働が60時間を超えてる。もっと自分を愛してあげて」
「それは余計なお世話だ」
「まあね。でも、パイロットの状態管理はアシスタント・インテリジェンスの役目」
「見た目はまるっきりカーナビだけどな」
「で、なんだっけ。近くのコンビニ?」
「違うよ!」
「急激な情動の変化を検出」
「うるさいよ!」
――――
文庫版p.38

 戦闘機のパイロットと、アシスタントAI(美人ボイス)の軽妙な会話。ゲームなどでお馴染みの設定を使ったコメディ作品。


『姉さん』(森岡浩之)
――――
 トラックを運転するのは、AIだ。だから、決め手はAIの能力だ。人間のほうも犯罪歴や健康状態などをチェックされるが、高度な知識や技術は要求されない。整備や修理は専門業者に任せればいいからだ。人間に要求される最も重要な資質は、AIとの相性に他ならない。それが優れていたおかげで、ぼくは採用されたのだ。
――――
文庫版p.72

 運転はすべてAI任せ。住居も持たず、トラックを住処として放浪生活するトラック運転手(運転しないけど)は、今や誰もが憧れる時代の花形。自動運転技術の普及による社会の変化を扱った作品。


『愛の生活』(林譲治)
――――
 そんなことが続いて、俺もわかってきた。カロリーが高いものを注文したり、買おうとしたりすると、トラブルが起こる。あのチラシのメモ書きが嫌でも思い出される。あの部屋は、あの女に呪われている。そうとしか思えない。きっと彼女は死んだのだ。
――――
文庫版p.91

 いわく付きの事故物件を安く借りた肥満気味の男。引っ越したその夜から、次々と怪奇現象に襲われる。霊障を避けるためには、どうやら規則正しい睡眠と食事、適度な運動、きちんとしたカロリー制限などを守るしかない。あれ、意外と健康的だよね。収録作中、駄洒落をオチに持ってきた唯一の作品。


『投了』(林譲治)
――――
 譜面から可能な盤面を予測し、最適な盤面を判断する。そうした将棋プログラムはすぐに人間の能力を追い抜いた。
 しかし、棋士や人工知能研究者からすぐに疑問の声があがりはじめる。つまり、プログラムは本当の意味で将棋を行っているのか? と言う疑問だ。
「対局の神髄は、人と人との将棋盤を介した駆け引きにある!」
 そうした意見により、将棋プログラムの開発方針は180度変わった。人間との駆け引きの要素が加味されたのだ。
――――
文庫版p.122

 盤外戦、心理的な駆け引きまでも巧みに行ってくるまでに進化した将棋ソフト。対戦する棋士が打った秘策とは。試合に負けて勝負に勝つ、そんな「大局観」を獲得したAIと人間の共謀関係を扱った作品。


『魂のキャッチボール』(井上雅彦)
――――
「死後の世界の住人との対話こそが、実は、AI研究の究極の目標のひとつだと言えるのです……」
 凜とした声で、中央の被験者の席に座った彼が言う。「それを示唆していたのは、例の〈電王戦〉で話題を呼んだ、あのコンピュータ将棋なのです」
――――
文庫版p.136

 死んでしまった家族と会話するためにAI技術を活用する。そんな目標に取り組んでいた研究者がついに完成させた装置とは。AIを使った幽霊、という発想がいかにもというか『異形コレクション 心霊理論』あたりに収録されていてもおかしくない作品。人工知能の応用よりも何よりも、「ナノマシンでエクトプラズムを再現」とか「3Dプリンタで霊体を造形」とか、こだわりギミックが印象に残ります。


『ダウンサイジング』(図子慧)
――――
 つまり、ぼくは次の段階にきたということだ。ステップをおりる。エラーを起こした脳の可動メモリのひとつをブロックして、外部記憶装置からの出力に切り替える。
 バージョンダウンがはじまった。
――――
文庫版p.161

 認知症の「治療」として外部記憶によるサポートを受けることになった患者。脳神経系の異常が起きるたびに該当箇所を切り離して外部システムに切り替えてゆくうちに、どんどん脳全体が萎縮してゆく。脳の「バージョンダウン」に伴う主観体験、というテーマに挑んだ意欲作。


『僕は初めて夢を見た』(矢崎存美)
――――
“夢”とはどんなものなのか、この時をずっと楽しみにしていたのだ。
 でも、やっとわかった。こうして思い出すと、この八年がずっと夢のようだった、と。
――――
文庫版p.173

 少年が目覚めたとき、ベッドの脇に見たことのないお兄さんが立っていた。彼は言う。「僕は君なんだよ」と。イーガン風のばりばり脳科学ハードSFですが、そういう感触を与えず、感傷的ファンタジーとして読ませるところが巧み。
 余談ですが、事前に「人工知能を搭載したぬいぐるみ、その名は“メカぶたぶた”」というような話を期待していたのですが、もちろん違いました(当たり前だ)。


『あるゾンビ報告』(樺山三英)
――――
多くの人々がわたくしの存在に思いを馳せ、思索を巡らせ、言葉を尽くし、議論を闘わせてこられました。わたくしが哲学的ゾンビと呼ばれる所以です。そうした歴史を経て今日、わたくしは晴れてみなさまの前に姿を現わすようになった。まことに感謝の念にたえません。
――――
文庫版p.250

 外見や言動は人間とまったく同じで原理的に区別が出来ないのに、意識も心もなく何も感じない。そんな架空の存在である哲学的ゾンビ。それがついに学会発表に立った。やたらと感謝したり恐れたり恐縮したり「している」と饒舌に語るゾンビ。しかし、その妙に慇懃無礼な言葉づかいからは、確かに背後にあるべき心や意識の存在が感じられない。文章の力だけで読者を煙に巻いてしまう作品。


『舟歌』(高野史緒)
――――
 それは数日前、僕のある友人から突然持ちこまれた仕事だった。知り合いの偉い博士が前代未聞の画期的な音楽AIを発明したので、そのテストに参加してほしいということだ。しかしその友人もどうやら、それがどんなもので、何をする装置なのか、まるで分かっていないようだった。彼によればそれは「すごい発明で、音楽の在り方を根本から変えるかもしれない、とにかくすごい、ものすごい発明」なのだそうだ。
――――
文庫版p.266

 新たに開発された「すごい音楽AI」のテストを引き受けた音楽家。芸術も文学もAIの方が人間よりも優れた創作をする時代に、音楽AIに新たな可能性など残されているのだろうか。創造性でもAIに追い越されたとき人間は何をすればいいのか、というテーマを掘り下げた作品。シリアスな作品ですが、主人公がオチを色々と予想した挙句に「さてはSF者か? 君は?」と言い放たれるシーンにはちょっと笑いました。


『人工知能は闇の炎の幻を見るか』(神坂一)
――――
『無理に修正しようとすればどんな問題が起きるか予想だにつきません。幸い、中二病というのは大抵、時間が経てば自然となおるものです。待つしかないでしょう』
――――
文庫版p.284

 社会インフラを支えている高度AIが、ちょーっと高度になり過ぎて、中二病を発症。人々は大混乱に陥った。中二病にかかっちゃうほどの強い人工知能という、なにげに痛いテーマを扱った爆笑作品。シンギュラリティを描いた作品かずあるなかで、「中二病を発症する」というプロットの説得力たるや。


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『SFマガジン2017年6月号 アジア系SF作家特集』(ケン・リュウ、他) [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2017年6月号は、「アジア系SF作家特集」として、ケン・リュウをはじめとする中国出身作家たちの短編三作を翻訳(すべてケン・リュウによる英訳からの重訳)掲載してくれました。また、澤村伊智さんと藤田祥平さんの読み切り短編も掲載されました。


『折りたたみ北京』(カク 景芳、ケン・リュウ:英訳、大谷真弓:和訳)
(カク=赤へんにおおざと)
――――
 “交替”が始まった。これが二十四時間ごとに繰り返されているプロセスだ。世界が回転し始める。鋼鉄とコンクリートが折りたたまれ、きしみ、ぶつかる音が、工場の組立ラインがきしみを上げて止まるときのように、あたりに響き渡る。街の高層ビルが集まって巨大なブロックとなり、ネオンサインや入口の日よけやバルコニーなど外に突き出した設備は建物のなかに引っこむか、平らになって壁に皮膚のように薄く張りつく。あらゆる空間を利用して、建物は最小限の空間に収まっていく。
(中略)
 その頃には、地面が回転しはじめている。
一区画ずつ、地面が軸を中心に百八十度回転して、裏側の建物を表に出していく。次々に展開して高く伸びていく建物は、まるで青灰色の空の下で目を覚ます獣の群れのようだ。オレンジ色の朝日のなかに現れた島のような街は、開けて広がり、灰色の霧をまとわせて静かに立ち上がる。
――――
SFマガジン2017年6月号p.31、32

 三層構造になっている北京。地図上の同じ場所を共有する三つの北京が、時間を区切って交替することで、経済成長と雇用確保を両立させているのだ。“交替”時刻がやってくると、それまで存在した北京の街は物理的に折り畳まれ、次の階層がポップアップ絵本のように展開する。階層間の行き来は厳しく制限されている。これが今の北京のリアル。
 あるとき「プライベートな手紙を第一階層へ届けてほしい」という依頼を受けた第三階層の貧しい住民である主人公は、高額の報酬を手に入れるため危険を覚悟で「越境」を試みるが……。

 支配層、都市住民、農民工という三層に分かれた階級社会、急激に広がる苛烈な経済格差、所属階層によって世界観そのものが分断された、そんな現在中国。もう文学的暗喩とかそういうぬるい手法では表現しきれないような状況を、徹底的に“物理的に”表現してのけた驚異の一作。


『母の記憶に』(ケン・リュウ、古沢嘉通:和訳)
――――
 そのことはパパからあらかじめ説明されていた――そうやってママは時間をだまし、自分に残された二年間を引き延ばして、わたしが成長するのを見守っていられるようにするのだ、と。
――――
SFマガジン2017年6月号p.59

 不治の病で余命二年と宣言された母親が、相対論効果を利用して残された時間を引き延ばし、長い間隔をおいて娘に会いに来る。娘は成長してゆき、やがて母親の年齢を追い越してしまう。短いページ数で、母娘の愛と葛藤を描いてみせる短編。


『麗江の魚』(スタンリー・チェン、ケン・リュウ:英訳、中原尚哉:和訳)
――――
それぞれの四角のなかで時間は速く流れたり遅く流れたりしている。地上の人々は見えない手にあやつられた蟻のように集められ、グループごとにそれぞれの四角に押しこめられている。労働者、貧困者、つまり“第三世界”の時間の流れは速い。裕福で有閑の“先進国”では時間はゆっくりと流れる。為政者、偶像、神々の時間は止まっている……。
――――
SFマガジン2017年6月号p.73

 あくなき生産性向上、激しい出世競争、毎日激変してゆく世界に追いつけなければ脱落するという強烈なプレッシャー。過酷なストレスにさらされ続ける現代中国の都市生活者である主人公は、激務のせいでメンタルヘルスに問題を抱え、リハビリのため麗江の街に十年ぶりに戻ってくる。美しい自然、のんびりと流れてゆく時間、謎めいた女との逢瀬。しかし、語り手はそのすべてが人工的に管理されていることに気づく。

 「万人に平等に与えられている」といわれてきた時間でさえ社会階層による格差が広がっているストレスフルな現代中国の都市生活を、SF的なアイデアを用いて表現した短編。


『コンピューターお義母さん』(澤村伊智)
――――
 義母は関西の老人ホームにいる。
 と同時にこの家にも「いる」。
 ネットデバイスとアプリを駆使し、家屋と家電についた様々なセンサーから、この家のことを把握している。そして何か見つける度にわたしに小言を言い続けている。この家を建てて住むようになってから、今の今までずっと。
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SFマガジン2017年6月号p.228

 各種センサ、監視カメラ、ネット対応の設備や家電、あらゆる情報技術を駆使して遠隔地の老人ホームから行われる「サイバー嫁いびり」。ひまを持て余した義母にネットワーク経由で一挙一動を監視され、何かというと嫌味メッセージを送りつけられる主人公は、ついに反撃を決意するが……。情報技術の発展によりグローバル化する嫁姑問題という風刺的なブラックユーモア作品、なんだけど、ユーモアよりも心理ホラー感が強いです。


『スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾』(藤田祥平)
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『スローターハウス5』をなんども繰り返し読んだ。自分では感じていなかったが、おそらく心は悲しんでいたのだろう、私はもはやどのページから読んでも泣けるようになっていた。あらゆる非現実的な描写はそれ自体が表現として優れていると同時に、そのままドレスデン大空襲の超現実性の暗喩でもある。私はこの優れた技法に感涙し、そして次のような厳しい真実をまなんだ――作家にとって、すべての個人的な体験は、小説を執筆するための材料である。
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SFマガジン2017年6月号p.334

 京都にある芸術大学のクリエイティブ・ライティング科に通う学生が、卒業製作として『スローターハウス5』(カート・ヴォネガット)の評論(および全訳)を選ぶ。森見登美彦さんの小説にありそうな状況や出来事を、カート・ヴォネガット風の感傷的な雰囲気で私小説風に描いてみせる短編。ラストシーンにちゃんとドレスデン爆撃を持ってくる律儀さ。



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『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』(宮澤伊織) [読書(SF)]


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 空は青く、鳥の影もなく、草むらを吹き渡る風が肌寒い。
 知らない相手と二人きり、未知の場所へと踏み込んでいく。
 枯れた色の草原をひらひらした服装で歩く女。CMかなんかで、そういう映像を見たことがある気がする。
 ……何やってんだろ私。ここどこだろ。
 振り向かずに歩いていく鳥子の背中を見ていたら、心細くなってきた。
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Kindle版No.422


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア妖怪が出没している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作短篇集。文庫版(早川書房)出版は2017年2月、Kindle版配信は2017年2月です。


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 私が〈裏側〉を見つけたのは、ほんの一カ月ほど前のことだ。
 実話怪談の現場を追いかけて、私はいわゆる心霊スポット的な場所を調べていた。もともと高校のころから廃墟探検の真似事が好きだったから、フィールドワークと称して怪しい場所に潜り込んでいたのだ。まあ厳密には不法侵入なんだけど、ともかくその最中に、この廃屋の中で見つけたのだ。あり得ない草原に続く扉を。
(中略)
 その存在を見つけて以来、〈裏側〉は私のすべてだった。だって、誰でもそうなるでしょう。生きていると感じるあらゆる面倒くささ、しがらみ、お節介から逃げられる、自分だけの秘密の世界を見つけたら、みんなそっち行きたくなるでしょう。
 そうでもないのかな。
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Kindle版No.168、302


 『神々の歩法』で第6回創元SF短編賞を受賞した著者による連作短篇集です。

 タイトルから分かる通り、人類の理解を超えた未知領域〈ゾーン〉を探索する〈ストーカー〉たちの姿を描いた『路傍のピクニック』(ストルガツキー兄弟)がベースになっています。とはいえ、個人的にはむしろゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』(続編もいくつか製作されたが、やはり初代が素晴らしい)の雰囲気がうまく再現されているのが嬉しい。

 感心させられるのは、そこに「くねくね」「八尺様」などのネットロア(主にネットで流布される都市伝説)をからめた設定。自分から踏みこんでゆかない限り巻き込まれない〈ゾーン〉と違って、日常の隙間からふと異世界に入り込んでしまうネット怪談を巧みに活用し、さらに主人公を若い女性二人組にすることで、わくわくする感じと怖さを絶妙にミックスしています。


「ファイル1 くねくねハンティング」
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「くねくねだっけ、あれ、狩りに行こ」
「ハアァ?!?」
 さすがに大声を出してしまった。
 あの見るだけで発狂する気持ち悪いやつを、狩る?
 馬鹿じゃないのかこの女。
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Kindle版No.270

 裏世界を探索していた紙越空魚は、「くねくね」に遭遇して死にかけていたところを仁科鳥子と名乗る女性に救われる。表世界で再会した鳥子から「くねくね狩りに行こ」と軽いノリで誘われた空魚は、ごねつつも結局は押し切られた形で裏世界に再侵入するが……。空魚と鳥子、主役二人の出会いとコンビ結成を描く第一話。果たして二人は見るだけで、いや認識するだけで発狂するとされる「くねくね」を倒すことが出来るのか。


「ファイル2 八尺様サバイバル」
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「空魚、ダメだよ!」
 背後から呼びかけられて、私ははたと動きを止めた。
「何やってんの! 近付いたらまずいって!」
 呼びかける声は、鳥子のものだ。でも、なんで後ろから?
 前にいるはずなのに──
 困惑して目をしばたたいたとき、不意に、自分が摑んでいるのが鳥子の腕じゃないことに気付いた。
 八尺様だった。
 私は八尺様の生腕を摑んでいるのだ。
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Kindle版No.1093

 それぞれ「見る」力と「触る」力を手に入れ、再び裏世界へ入った二人は、同じく裏世界を探索する謎の男に出会う。前方にボルトを投げてアノマリーの有無を確認しながら一歩一歩進んでゆく、原典に忠実な〈ストーカー〉。彼らはネットロア妖怪「八尺様」に遭遇するが……。


「ファイル3 ステーション・フェブラリー」
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 正直に言うと、私は少なからず感動していた。ある種の聖地巡礼みたいな感覚というか……。くねくねや八尺様との遭遇とはわけが違う。あれらは確かにネットロアで語られる怪異に酷似してはいたものの、向こうから名乗ってきたわけじゃない。でもこれは違う。なんと言ってもちゃんと「きさらぎ」って書かれてる。存在しないはずの駅なのに、ほんとにあったんだ! という感慨に襲われてしまうのも無理ないだろう。
 とはいえ、こんな形で出くわすなんて、完全に予想を超えていた。存在しないはずのきさらぎ駅は、在日米軍海兵隊の野営地になっていたからだ。
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Kindle版No.1526

 危険極まりない夜の裏世界に放り出され、恐ろしい化け物と遭遇した二人が逃げ込んだ先には、2ちゃんねる都市伝説に登場する「きさらぎ駅」があった。『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』でも重要な要素となっていた「それぞれの理由で〈ゾーン〉に駐留している他勢力とのコンタクト」の緊張を描いた第三話。


「ファイル4 時間、空間、おっさん」
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 互いの危なっかしいところをなんとなくわかっていながら、それでも背中を預けられる相手。どんなにヤバい状況でも、手をつなぐだけで不思議と落ち着ける、二人といないパートナー。その鳥子がいなくなった今、それまで気が逸れていた裏世界への恐怖が一気に蘇ってきて、私は一歩も動けなくなっていた。
(中略)
 ──私は弱くなった。
 鳥子と出逢ってまだほんの少ししか経ってないのに、私は鳥子がいないとだめになってしまっていた。
 私に少しだけ境遇は似てるけど、ほかは全然似てないあの女。
 私にないものをいっぱい持ってるくせに、私より何かが足りない女。
 綺麗で、性格がよくて、強くて、私とは全然違うタイプなのに、なぜか馬が合うあの女。
 澄ました顔で無神経なことを言う、私のことを何一つわかってない、あの女。
 そんな女が私の人生に突然現れて、引っかき回して、勝手にいなくなったのだ。
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Kindle版No.2166、2587

 仲違いした二人。鳥子は一人で裏世界へ侵入してゆき、そこで行方不明になってしまう。残された空魚は助けを求めて裏世界研究家の小桜のもとを訪れるが、そこにMIBやら異言やら巨大顔やら、都市伝説的な怪異がどっと押し寄せてくる。
「理不尽な事象が集中して……意味ありげな文脈の形成……悪意による脅迫なのか、好意的な啓示なのかも不明なまま……」(Kindle版No.2207)
 鳥子を救出すべく未知の危険に満ちた裏世界に踏みこんでゆく空魚。果たして二人は再会できるのか。そして人間の認知を操作する「怪異」の意味とは何か。

 原典における「理解不能な相手との間接的ファーストコンタクト“事象”」というテーマを怪談の文脈に落としこみつつ、主役二人の関係性を掘り下げてゆく最終話。実のところ話はまったく完結してないので、続篇への期待が高まります。



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『SFマガジン2017年4月号 ベスト・オブ・ベスト2016』(上田早夕里、宮内悠介) [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2017年4月号は、「ベスト・オブ・ベスト2016」として『SFが読みたい! 2017年版』で上位に選ばれた作品の作者による短篇が掲載されました。


『ルーシィ、月、星、太陽』(上田早夕里)
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私はあなたを導く者、そして、改変する者。あなたの名前は、ここへ連れてきたときに私がつけました。あなたの名前は『プリム』。
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SFマガジン2017年4月号p.18

 〈大異変〉と全球凍結による人類滅亡から数百年後。人為的に作られた種族ルーシィたちは深海で生き延びていた。やがてそのうちの一人が海面まで上昇し、アシスタント知性体と接触。旧人類とその歴史を教えられることになった。待望のオーシャンクロニクル・シリーズ最新作「ルーシィ篇」その第一話。


『ちょっといいね、小さな人間』(ハーラン・エリスン、宮脇孝雄:翻訳)
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彼は誰も傷つけなかった。花の盛りにあったときでも「ちょっといいね、小さな人間」という程度の、他愛ない感想を人から引き出しただけだった。
 だが、私は人間の本性を支配する法のことを何も知らなかった。二人ともわかっていたが、こんなことになったのはすべて私の責任だった。発端も、波瀾万丈の時期も、今、すぐそこまできている結末も。
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SFマガジン2017年4月号p.34

 無害な「小さな人間」をヒステリックに攻撃する人々。社会を覆う不寛容と排外主義の恐ろしさを描いた短篇。


『エターナル・レガシー』(宮内悠介)
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 いや、胸の奥ではわかっていた。
 誇らしげに過去を語る男が、本当は自分自身を“終わったもの”と見なしていること。そして、ぼくが男に自分を重ね合わせていることに。部屋に来てからも、男は自分のこれまでの業績をいやというほど並べ立てた。
 そして名を訊ねてみると、
「俺か。俺はZ80だ」
 どうだとばかりに、男は自分の胸を指さすのだった。
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SFマガジン2017年4月号p.41

 人間が囲碁ソフトに負ける時代、自分はレガシーに過ぎないのだろうか。悩める囲碁棋士が出会った不思議な男。彼は「俺はZ80だ」と名乗る。レガシー同士の奇妙な連帯感。だが語り手の恋人は、男に向かって「身の程をわきまえること。だいたい何、Z80って。乗算もできない分際で」などと辛辣なことを言うのだった。気の毒なZ80。MSXだって現役で頑張ってるのに……。


『最後のウサマ』(ラヴィ・ティドハー、小川隆:翻訳)
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「わからぬのかね? 人を殺すだけではだめなのだ。人とはただ肉と筋と骨と血だけではない。人を殺しても、それはただ人のイメージを残してしまうだけだ。そのイコンを。一人の男を殺せば、信仰と信念の何千という胞子が、思想の胞子が世に放たれる」
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SFマガジン2017年4月号p.97

 911テロの主犯、アルカーイダの指導者、ウサマ・ビン・ラーディンを殺せ。米軍の強襲により殺害されたウサマの身体からは、大量の胞子がばらまかれた。その胞子に触れた人間は、ウサマになるのだった。ならばすべてのウサマを殺せ。米国が総力をつくして殺しても殺しても、空爆しても空爆しても、そのたびに増えてゆくウサマ、ウサマ、ウサマ。世界はウサマであふれてゆく。テロリストと難民を増やすばかりの「テロとの戦い」を、ゾンビ・アポカリプスになぞらえた作品。


『ライカの亡霊』(カール・シュレイダー、鳴庭真人:翻訳)
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「筋の通る説明をしてくれよ」その晩遅く、ゲナディは電話していた。「あいつはロシア当局とNASA、その上グーグルに追われてるといっているんだぞ?」
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SFマガジン2017年4月号p.103

 カザフスタンの荒れ地を歩く二人の男。一人はIAEAの査察官にしてシリーズの主人公、ゲナディ。彼は「ガレージで作れるほど格安な水爆製造法」という途方もなく危険な情報を追っていた。もう一人は、遠隔操縦による火星探査のさいにピラミッドを発見して、ロシア当局とNASAとグーグルから追われている技術者。この二つがどこでどうつながるのか、よく分からないまま二人は謎の追手から逃げ回るはめに。都市伝説レベルのネタを駆使しつつ終始シリアスに展開する冒険SF。個人的にお気に入り。


『精神構造相関性物理剛性』(野崎まど)
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 私は、この折り紙を作った人間の丁寧さに負けたのだった。自分は丁寧なつもりで、なおかつ丁寧であることに愛想をつかしかけていた私は、自分などが及びもつかないような本物の丁寧に、正面から打ち負かされたのである。
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SFマガジン2017年4月号p.126

 三十年間、丁寧に実直に蕎麦を作ってきた男がリストラにあう。自分の人生が否定されたように感じて落ち込んだ男は、飲み屋でふとみかけた折り紙に目をとめる。その仕事の丁寧さに心を打たれる。その仕事をなした精神のありように感銘を受ける。

 いや、昭和の人情噺もいいですし、例えば徳間書店『短篇ベストコレクション 現代の小説』に掲載されているのを読んだのなら私だって気にも止めないでしょうが、なぜにこれがSFマガジンに、なぜに野崎まど氏が、そしてなぜにこれがTVアニメ「正解するカド」のスピンオフ作品だと。当惑しつつ紹介文を読むと「野崎氏の頭の中が気になる作風」とさり気なく書かれていて、やはり編集部も困惑したのだろうと思われ。


『白昼月』(六冬和生)
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 あたしの専門、それは探偵稼業だ。
 月面といえどもそこに人間が生活していれば、浮気やご近所トラブルや寸借詐欺が発生する。気になるあの人の素行を調べたくなったら、お気軽にお電話ください。
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SFマガジン2017年4月号p.321

 月面都市で探偵をやっている若い女性。舞い込む仕事といえば「ゴミ出しルールを守らない住民が誰かをつきとめる」といった日常的なものばかり。だがあるとき、ある人物が毎週シャトルに乗って月面と中継ステーションの間を往復していることに気づく。なぜそんなことをするのだろう? 新井素子さんの初期作品を思わせる軽快で楽しいミステリ作品。



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