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『母の記憶に』(ケン・リュウ、古沢嘉通・幹遙子・市田泉:翻訳) [読書(SF)]

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決して新しくはない、だが、現在、SFが書かなければならない物語を、卓越した小説家の彼は高い技術で完成した物語に仕立て上げていく。
――――
単行本p.512


「技術が私たちの心に植え付けた罪悪感を伝統的な物語で語り直した傑作」(藤井大洋)
『紙の動物園』に続く日本版第二短篇集。単行本(早川書房)出版は2017年4月、Kindle版配信は2017年4月です。

 SFまわりを越えて広く話題となった前作『紙の動物園』に続く短篇集です。ちなみに『紙の動物園』の紹介はこちら。

  2015年06月19日の日記
  『紙の動物園』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-06-19

 本書は16篇を収録した日本版第二短篇集。収録作はどれも傑作揃いという非常にレベルの高い一冊になっています。

[収録作品]

『烏蘇里羆(ウスリーひぐま)』
『草を結びて環を銜えん』
『重荷は常に汝とともに』
『母の記憶に』
『存在(プレゼンス)』
『シミュラクラ』
『レギュラー』
『ループのなかで』
『状態変化』
『パーフェクト・マッチ』
『カサンドラ』
『残されし者』
『上級読者のための比較認知科学絵本』
『訴訟師と猿の王』
『万味調和ー軍神関羽のアメリカでの物語』
『『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」』


『烏蘇里羆(ウスリーひぐま)』
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 獣と機械がたがいに突進し、雪のなかでぶつかった。爪が金属の表面をこする耳障りな音がし、同時に熊の荒い息と馬のボイラーから発せられる息んだいななきが聞こえた。二頭はおのれの力を相手にぶつけた――かたや古代の悪夢、かたや現代の驚異。
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単行本p.24

 かつて北海道で両親をヒグマに殺され自らも片腕を失った中松博士は、復讐のため大陸に渡り、満州奥地に宿敵を追う。片腕に装着したサイバー義手、蒸気駆動の戦闘用機械馬を武器に、彼はヒグマの生息域に踏みこんでゆくが……。改変歴史をベースに、熊と人間の激突を緊迫感あふれる筆致で描いた傑作。


『草を結びて環を銜えん』
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「あまりにもおおぜいの人が殺されているんだよ、雀。あたしは自分にできるどんな方法を使っても、天の不公平な計画の裏をかきたい。たとえほんのわずかでも、運命に逆らうのはあたしを幸せな気分にさせてくれるのさ」
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単行本p.67

 清王朝により何十万人もの人民が大量虐殺されたその現場で、抗いがたい運命に立ち向かった一人の女がいた。権力によって歴史は消されても、歌と詩は彼女の生きざまを後世に伝えてゆく。正史から抹消された揚州大虐殺を背景とする感動作。


『重荷は常に汝とともに』
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 畑を耕そうとも、石で形を作ろうとも、上位の者に仕えようとも、慰みに商いをしようとも、はるかな市場へ果実を運ぼうとも、他の者に物語を聞かせようとも、〈生の重荷〉は常に汝とともにある――いかなるときも。
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単行本p.85

 異星文明の廃墟で発見された碑文。それは「いかなるときも汝とともにある〈生の重荷〉」について繰り返し語っていた。異星文明が残した深遠な哲学なのか。それとも偉大なる叙事詩の一部なのか。たまたま発掘作業に同行していた税理士は、その意味することに気づいたが……。オールドスタイルな風刺SF。


『母の記憶に』
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「わたしはほかの母親よりも子どもに会えなかったけれど、ほかの母親よりも子どもを見つめていられたの」
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単行本p.103

 不治の病を宣告された母は、相対論効果による寿命の引き延ばしを決意する。数年毎に地球に帰還しては娘に会いにくる母。会うたびに成長してゆく娘。やがて娘は母の年齢を追い越して……。母と娘の愛と葛藤を描いたショートショート。わずかな枚数、使い古されたアイデア、それでいて見事に読者の心を揺さぶる手際が素晴らしい。


『存在(プレゼンス)』
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 一度も会ったことがない祖母のことをどう娘に説明しようか、とあなたは考える。娘が理解できるほど大きくなったときに、自分のことをどう説明するか、自分の決断をどう正当化するかと、あなたは考える。大洋を隔てた別の大陸での新生活のために払った代償について、あなたは考える。
 あなたはけっして訪れない罪の赦しについて考える。なぜなら、裁くのは、あなた自身であるからだ。
――――
単行本p.113

 故郷である中国を捨てて米国に渡った「あなた」は、テレプレゼンス技術を使って、故郷で死に行く母親を見舞いにゆく。それは罪悪感に対する言い訳に過ぎないことを知りながら。伝統的な苦悩をSFの手法で語り直した作品。


『シミュラクラ』
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 父は、現実を捕捉し、時を止め、記憶を保存する事業に携わっていると主張している。だが、かかるテクノロジーの実際の魅力が、現実を捕捉することにあったためしはない。写真やビデオ、ホログラフィーなど……そのような“現実捕捉”のテクノロジーの進歩は、現実について嘘をつき、現実を思い通りに形作り、現実を歪め、改竄し、空想を巡らせるさまざまな方法を蔓延させるものだった。
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単行本p.121

 意識のスナップショットコピーをとる技術、シミュラクラ。それが原因で引き起こされた父と娘の反目。母の死をきっかけに娘は和解を決意するが……。人の尊厳を損ないかねない技術の危うさを、父娘の葛藤として描いてみせる作品。


『レギュラー』
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「これがどれほど見込みのないことかわかっています。あなたは最初にお願いした私立探偵じゃありません。だけど、何人かがあなたを勧めてくれました。あなたが女性であり、中国人であるから、ひょっとしたら、ほかの探偵たちには見られないなにかを見てくれるかもしれない、と」
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単行本p.143

 チャイナタウンで起きた娼婦殺しの事件を追う私立探偵は、犯人の動機がサイバーインプラントと関係していることに気づく。サイバーパンク風のガジェットと伝統的ミステリのプロットを巧みに組み合わせてみせる作品。


『ループのなかで』
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(最悪なのは)とカイラは考えた。(人間は、決断しなくてはならないという経験のせいで壊れる可能性があることよ)
「そういう決断を人間から取りのぞいてやり、個々人を意思決定ループからはずしてやれば、結果として付随するダメージは少なくなり、もっと人道的で文明的な形態の戦争ができるはずだ」
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単行本p.210

 地球の裏側にある戦場を飛ぶ攻撃ドローン。それを遠隔操縦する仕事をしていた父は、誰をいつ撃つかを決断しなければならない重圧のために破滅する。娘はそのような悲劇が二度と起きないようにと、攻撃の自律判断を行うルーチンをドローンに組みこむ仕事に取り組む。だが、ソウトウェアに判断を任せることが「人道的で文明的な戦争の形態」なのだろうか。自律戦闘ロボット開発をめぐる倫理的問題に踏みこむ作品。


『状態変化』
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 リナは一台一台のドアをあけて中をのぞき込んだ。ほぼ毎回、ほとんどの冷蔵庫は空っぽに近かった。だがそれはどうでもよかった。冷蔵庫をいっぱいにすることに興味はなかった。チェックすること自体が生死にかかわる問題なのだ。魂の保存にかかわる問題なのだ。
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単行本p.227

 物品として具現化する魂。それを失いたくなければ、いつも身体のそばに置いておかなければならない。リナの魂は小さな氷だった。溶けてしまえば彼女は死ぬ。常に魂を入れた保温容器を持ち歩き、冷凍庫から冷凍庫へと移動するばかりの人生。誰とも付き合わず、ひたすら孤独な、それこそ氷のように生きてきたリナは、自分のそんな生き方に疑問を持つが……。人生の在り方を非常に即物的に具現化してみせる寓話的作品。


『パーフェクト・マッチ』
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われわれは今やサイボーグ民族なんだ。ずっと前にわれわれの精神をエレクトロニクスの領域に拡張しはじめた、そしてもはやわれわれ自身のすべてを自分の脳髄に無理やりもどすのは不可能なんだ。
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単行本p.279

 ネットに生活の隅々まで完璧に把握され、自分が何を選ぶか、いや好むかすら、自分で決めることは出来ない。そんな社会に疑問を持った男は、システム破壊を目指すグループに協力するが……。私たちのプライバシー情報を把握し、手に入る情報を勝手に取捨選択し編集しているグーグルやアマゾン。現代人の生活を風刺する作品。


『カサンドラ』
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 やつのせいでわたしはジレンマに陥る。わたしが未来を変えることに成功すれば、わたしの予知視はまちがっていたことになる。成功しなければ、そうなったのはわたしのせいだと言われるだろう。でも何もしなければ、わたしは自分を許すことができない。
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単行本p.303

 凶悪犯罪を引き起こす者があらかじめ分かってしまう予知能力に目覚めた女。先に相手を殺すことで大規模犯罪を阻止できることに気づいた彼女は、次々とターゲット抹殺を試みる。だが、彼女の前に現れた強力な敵。真っ赤なケープをなびかせ空を飛び、胸に「S」のマークを付けた男。人の自由意思とアメリカの正義を信じ、悲劇が起きた後でカメラに向かって「必ず犯人を捕まえる」とか言うだけの傲慢でいけすかない男。彼女ならわずかな犠牲で悲劇を阻止できるのに……。テロや大規模犯罪を防ぐためなら予防的逮捕や予防的排除を正当化できるか、という問題に思わぬ方向から切り込んでゆく作品。


『残されし者』
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〈シンギュラリティ〉以後、ほとんどの人間は死ぬことを選んだ。
 死んだ者たちはおれたちを哀れみ、“取り残されし者”とおれたちを呼ぶ――まるで間に合うあいだに救命ボートに乗りこめなかった不運な人々だとでもいうように。彼らはおれたちが取り残されることを選んだのだとは考え及びもしない。そして毎年毎年しつこく、おれたちの子どもを盗もうとする。
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単行本p.311

 コンピュータ上の仮想空間に意識をアップロードする技術が実用化された時代。だが、アップロードの際に脳は破壊される。ほとんどの人がアップロードして永遠に存在することを選んだが、アップロードを自殺だと考える少数派は断固として拒否していた。劇的な生活の変化を前にして生ずる深刻な対立を親子の葛藤に重ねて描く作品。


『上級読者のための比較認知科学絵本』
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 異なる世界に属する恋人たちの避けがたい別れについて、ぼくたちが語る物語はたくさんある。セルキー、姑獲鳥、天の羽衣、白鳥の乙女……。それらの物語に共通するのは、恋人同士の片方が、もう片方を変えられると信じているということだ。けれども実際は、彼らの愛の土台を形作っているのは二人の相違、変化への抵抗なのだ。やがて古いアザラシの毛皮や羽毛の肩掛けが見つかる日が来る――海や空へ帰るときが来たのだ。最愛の人の真の故郷である神秘的な世界へ。
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単行本p.348

 宇宙、そして異星文明探査に憧れる女。そんな彼女に恋した男。二人は結婚し、子供も生まれたのに、彼女は地球を離れ二度と戻れない旅に出ると言い出す。異星文明とのコンタクトのために、太陽が作り出す重力レンズのフォーカスポイントへと向かうのだ。残される子供のために、彼女は一冊の絵本を残す。想像力とSF魂にあふれた絵本を。著者の作風を象徴するかのような古風かつ型破りな物語。


『訴訟師と猿の王』
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権力を握った連中はいつだって、過去を消して黙らせたい、幽霊を埋葬したいと思うようになる。おまえはもう過去について学んだんだから、何も知らない傍観者ではいられない。おまえが行動しなければ、皇帝と血滴子によるこの新たな暴力、この抹消行為に加担することになる。
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単行本p.374

 正史から抹消された揚州大虐殺。その史実を伝えるべく目撃者が残した文書を守るために、命を捨てるべきなのか。それまで口先の弁論術だけで生きてきた訴訟師(弁護士)が、初めてぎりぎりの決断を迫られる。都合が悪い大虐殺を「なかった」ことにする歴史修正主義の暴威と、命を捨ててもそれに抵抗する者たち。日本の読者にとっても他人事ではない物語。『草を結びて環を銜えん』と合わせて読むべき作品。


『万味調和ー軍神関羽のアメリカでの物語』
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「わしが子どものころ、世のなかには五つしか味がなく、この世のあらゆる喜びや悲しみは、その五つの味をさまざまに混ぜ合わせたものから成り立っていると教わった。わしはそれからいろいろ学んで、それが間違っているのを知った。どの土地にも、そこに新しい味があるのだ。ウイスキーはアメリカの味だ」
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単行本p.403

 19世紀、アメリカ。アイダホの鉱山町に住む一人の少女が、不思議な中国の老人と出会う。親しくなるにつれ、老人は昔話をしてくれる。いかにして劉備や張飛と義兄弟となったか、赤兎馬にまたがり曹操軍の勇猛な武将たちを蹴散らしたときの話。中国からアメリカへの移民史を背景に、異なる文化のコンタクトと相互理解を活き活きと描いた作品。著者の経歴を連想せずにはいられない作品で、本書収録作品中、個人的に最もお気に入り。


『『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」』
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 長距離貨物輸送ツェッペリンは、揚力や速度でボーイング747と競合できないが、燃料効率と二酸化炭素排出量では、楽勝であり、陸上および海上輸送よりはるかに速い。アイクとわたしがいましているように蘭州からラスヴェガスまでいくのに、陸上および海上輸送では最速でも三、四週間かかるだろう
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単行本p.489

 中国からアメリカまで貨物を運ぶ長距離貨物輸送飛行船。その乗組員の生活を取材した記者が『輸送年報』に書いた記事、という体裁で、飛行船が長距離輸送の主役になった世界を描く改変歴史もの。飛行船の運行は臨場感たっぷりで、あり得たかもしれない「飛行船が空の主役となった世界」に憧れずにはいられません。



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『裏世界ピクニック ファイル7 猫の忍者に襲われる』(宮澤伊織) [読書(SF)]

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「センパイたちは逃げてください。時間を稼ぎます」
「い、いやいや、そんなわけにいかないでしょ……」
「いえ。元はといえば私が巻き込んだわけですし」
 たいへん勇ましいけど、いくら空手が強くても、抜き身の刃物を持った猫の忍者たちは恐ろしい脅威だ。忍者二匹に対して、こっちには空手使いが一人……いや、なんだこれ、改めて考えると頭がおかしくなりそうだ。
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Kindle版No.553


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第7話。Kindle版配信は2017年8月です。


 『路傍のピクニック』(ストルガツキー兄弟)をベースに、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。ファイル1から4を収録した文庫版第1巻、およびファイル5と6の紹介はこちら。


  2017年03月23日の日記
  『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23

  2017年07月05日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-07-05

  2017年08月07日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル6 果ての浜辺のリゾートナイト』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-08-07


 ファーストシーズンの4話はSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズンは各話ごとに電子書籍として配信されています。早川書房の新刊情報によると、2017年10月に『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』として文庫版第2巻が刊行されるようです。


 さて、ファイル7は、タイトル通り猫の忍者に襲われる話。新キャラクターとして空魚の後輩であり空手使いの瀬戸茜理が登場します。食費とエアコン代を節約しようとして学食に来ていた紙越空魚に「猫の忍者に襲われて困っているんです」と真顔で相談してくるのですが、いや猫の忍者とか言われても……。


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「お願いします。紙越センパイならきっと助けてくれるって、みんな言ってたんです!」
 みんなって誰だよ。適当なこと言いやがって。
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Kindle版No.50


 最初は断った空魚ですが、怪しい猫の集団に付きまとわれるようになったことから、仕方なく忍猫退治に乗り出すことに。何だよ忍猫って。

 最初は「猫かわいいから、撃ちたくない……」(Kindle版No.342)とか言っていた空魚ですが、相手はマジで殺しにかかってくるわけで。


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 メンタルを攻めてくるのも嫌だけど、刃物で殺しに来るのは反則だと思う。
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Kindle版No.663


 ファイル6におけるメンタル攻撃もヤバかったのですが、今回は直接的な物理攻撃ですよ。猫が、刃物で。


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「うう、やっぱり猫だよ……撃ちたくない……」
「しっかり! 殺しに来るよ、こいつら!」
 鳥子の声を合図にしたかのように、二匹がいきなり動いた。凶悪な刃物を構えて、すごい速さで突っ込んでくる。動きはぜんぜん可愛くなかった。殺意に満ちていた。
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Kindle版No.575


 非常に危険な状況なんですが、でも猫が、忍者で……。それと空魚が「共犯者」という鳥子の言葉に激烈嫉妬するシーンが、巧みだなあ、と。

 ファイル6で結構本格的なコクタクトテーマSFに近づいたと思ったら、赤方偏移とともに遠ざかってゆくようなファイル7。鉄道、戦車、ライフル、水着、猫、忍者。男の子の好きなものを根こそぎにする勢いで突っ走るセカンドシーズン。次回で文庫版第2巻の区切りとなるはずですが、はたしてどう展開するのでしょうか。


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『行き先は特異点 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、藤井太洋、宮内悠介、上田早夕里) [読書(SF)]

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実を言うと、編集部からは早い段階で、切りのよい十巻までで打ち止めの可能性を言い渡されていたのである。だが、七冊目の『さよならの儀式』が思ったより売れたこともあり、もう少し続けてもいい、というお許しが出た。少なくとも短篇賞が十回を迎える2018年版までは出すことができそうだ。
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文庫版p.8


 2016年に発表された日本SF短篇から選ばれた傑作、および第八回創元SF短編賞受賞作を収録した、恒例の年刊日本SF傑作選。文庫版(東京創元社)出版は、2017年7月です。


[収録作品]

『行き先は特異点』(藤井太洋)
『バベル・タワー』(円城塔)
『人形の国』(弐瓶勉)
『スモーク・オン・ザ・ウォーター』(宮内悠介)
『幻影の攻勢』(眉村卓)
『性なる侵入』(石黒正数)
『太陽の側の島』(高山羽根子)
『玩具』(小林泰三)
『悪夢はまだ終わらない』(山本弘)
『海の住人』(山田胡瓜)
『洋服』(飛浩隆)
『古本屋の少女』(秋永真琴)
『二本の足で』(倉田タカシ)
『点点点丸転転丸』(諏訪哲史)
『鰻』(北野勇作)
『電波の武者』(牧野修)
『スティクニー備蓄基地』(谷甲州)
『プテロス』(上田早夕里)
『ブロッコリー神殿』(酉島伝法)
『七十四秒の旋律と孤独』(久永実木彦)


『行き先は特異点』(藤井太洋)
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「とても驚いたよ。まさか、こんなところで出会うなんて」
「私も、こんなところに来るなんて思わなかった。まだ路上試験の最中なのよ、この車」
 ジュディは首を振って、ドアのロゴを示した。
〈グーグル・セルフドライビングカー〉
 追突してきたのは、実験中の自動運転車だったのだ。
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文庫版p.20

 カリフォルニア州の中央、人里はなれた場所で、グーグルの自動運転車が事故を起こした。しかも、その地点にはアマゾンの配送ドローンが荷物を誤配達して置いてゆく。どうやらこの何もない場所が、なぜかマシンを引き寄せる特異点になっているようなのだ。

 コンピュータが認識する位置データと現実との間に乖離が生じたとき起こり得る事件を扱った、SF的飛躍が少なめの作品。ラスト、理の果てに立ち現れる美しい光景が印象的です。


『バベル・タワー』(円城塔)
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縦籠の家は代々、垂直方向のガイドを専らとした家である。恭助は、帝国ホテルのカゴに生まれ、各地のエレベータを転々としながら成長した。エレベータ・ガールたちや整備員たちからひっそりと手渡される古文書を読みふけり、口伝を授けられながら育った。
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文庫版p.77

 「上へ参ります。ドアが閉まります」vs「次は六条、六条通りで御座います」。
 垂直方向への移動を司る縦籠家、水平方向への移動を司る横箱家。有史以来ずっとこの国を秘かに操ってきた二つの旧家がついに交差したとき、何が起きるのか。驚異の座標系伝奇SF。


『スモーク・オン・ザ・ウォーター』(宮内悠介)
――――
 ぼくが専門とする流体力学においては、こうした煙の揺らぎは、層流と乱流によって説明づけられる。煙はしばらく綺麗に上昇したのちに、乱流となり、さざ波のように揺れはじめる。ここからは解析が困難で、カオス理論まで関わってくる。
 この世は美しい。それを、記録に留めたかったのだ。でも確かに、馬鹿には違いない。
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文庫版p.122

 東京に隕石が落下した後、自宅療養中の父が失踪した。それだけではない、多くの患者が「煙」のような存在に取りつかれて、病院から抜け出していたのだ。煙の正体は。
 セブンスターの公式サイトで連載されたという、堂々たる煙草SF。


『太陽の側の島』(高山羽根子)
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 私はといえば、ただ部屋で考えているのです。無為に生きることが衝突を生む我々と、長く生きるために、できるだけ無為な生活をしようとしているこの島の人々は、生き物としての根本が違うのではないか。我々がもし、なんらかの方法でこの島の人々のような命の使い方を学んだとして、果たして同じように生きていかれるのだろうかと、風が響く屋根の下、悶々としているのです。
――――
文庫版p.205

――――
「私は最近思うのでございます。こんな大変な世の中で、私たちが生きていることすら奇妙に思えるほどの困難の中で、どんなできごとが起こっても、そんなもの不思議のうちになど入らないのではございませんでしょうか」
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文庫版p.197

 太平洋戦争末期。南の島に流され、そこに基地を作るべく農作業に精を出す兵士と、「外国人」の少年を密かにかくまうその妻。二人の手紙によるやり取りから、次第にこの世とは異なる条理の世界が見えてくる。一読するや大きな感動に包まれる傑作。個人的に本書収録作品中で最もお気に入り。


『二本の足で』(倉田タカシ)
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「いや、だから、スパムなんだよ。シリーウォーカーの群れが、特定の人間をターゲットとして認識したら、最終段階の仕掛けとして、こういう人間のスパムが来る。知り合いのふりをして」
 すごい設定だよね、と、彼女は笑いながらふたりの顔を見て、――ああ、でも、きみたちもこの設定を共有してるわけね。
――――
文庫版p.306

 今や人間の資産なんてどんどん〈スパモスフィア(スパム圏)〉に吸収されているし、何と言っても最近のスパムは二本の足で歩いてくるのよ。地に足ついたシンギュラリティですね。というわけで意識をAIで上書きされた人が標的型スパムとして普通に歩いてやってくる時代、添付意識にうかつに心を開いたりしないよう気をつけましょう。
 移民受け入れにより多民族国家となった近未来の日本を舞台に、様々なルーツを持つ若者たちの迷いや葛藤を描く青春SF、だと思う。


『電波の武者』(牧野修)
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「電波の武者(ラジオ・ザムライ)を集めなさい。今すぐ。今すぐ集めなさい」
 母の顔が強ばるのが薄暗い部屋の中でもわかる。
 どうしたの。
「ヤツが来たのよ。止めなきゃ。みんなで止めなきゃ。この世が終わっちゃう。すべてのこの世が終わっちゃう」
――――
文庫版p.373

 妄想宇宙に忍び寄る現実の影。非言語的存在から物語を守るため、電波言語で戦えラジオ・ザムライ。展開せよ異言膜、夜空に溢れる悪文乱文線。問答無用の『月世界小説』スピンオフ短篇。


『スティクニー備蓄基地』(谷甲州)
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投入された「生物兵器」は、貯蔵施設の物理的な破壊を計画している可能性があった。貯蔵された物資で核融合を引き起こし、フォボスごと吹き飛ばすつもりではないか。
 悪夢だった。工事現場からのデブリの流出どころではなかった。フォボスから分離した大量の岩塊は、凶暴な破壊力を秘めたまま軌道上をさまよう。そして一部は火星地表に落下し、岩屑の暴風雨となって降りそそぐ。
 火星の環境は破壊され、多くの犠牲者を出して開発計画は頓挫する。そんなことを、させてはならなかった。どんな手を使っても、阻止しなければならない。そう切実に思った。だが敵の動きは、予想以上に速かった。
――――
文庫版p.429

 ついに勃発した第二次外惑星動乱。火星のフォボス地下にあるスティクニー備蓄基地にいる波佐間少尉は生物兵器による予想外の攻撃を察知したが……。新・航空宇宙軍史シリーズの一篇。


『プテロス』(上田早夕里)
――――
 本当の意味で宇宙生物学者になるためには、科学者としての常識どころか、『人間であること』すら、捨てねばならない瞬間があるのかもしれない。
 その勇気はあるかと自問してみた。
 しばし躊躇ったのち、ある、と志雄は結論した。
 プテロスはそれを教えてくれたのだ。
 もう一度同じ体験をしたときには、恐れずに飛び込んでみろと。
――――
文庫版p.461

 惑星を周回し永遠に吹き続ける暴風、スーパーローテーション。一度も地上に降りることなく、そのなかを一生飛び続ける異星生物プテロス。プテロスの個体と「共生」することで惑星探査を進める科学者は、共生相手を理解しようと試みる。だが、人間は、人間のままで、根本的に異なる精神を理解しコミュニケートできるのだろうか。ジャック・ヴァンス風の異星風景描写が印象的なコンタクトテーマSF。


『七十四秒の旋律と孤独』(久永実木彦)
――――
 空間めくり(リーフ・スルー)の普及により、海賊行為は事実上消滅していた。瞬間移動が可能な宇宙船を襲撃することは、ほとんどの場合無意味であり、非効率的だからだ。
 果たして、朱鷺型の登場と七十四秒の発見は、新たな海賊行為の手法を生みだした。(中略)そこで鋳造されたのが、わたしのような高次領域(サンクタム)専用の船外戦闘員だ。
 わたしはTT6-14441。通称、紅葉。グルトップ号の警備を担う、第六世代の朱鷺型人工知性である。有事となれば敵朱鷺型人工知性を破壊し、愛すべき船員たちを守るのが、わたしの役割だ。
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文庫版p.528

 超光速航行で空間を飛び越えるために必要な時間、七十四秒。だが高次空間にいる間、船内の時間は止まってしまう。つまり七十四秒のあいだ、船は完全に無防備となってしまうのだ。
 ずっと意識を切られた状態で船に搭載され、静止した時間のなか、七十四秒だけ起動する戦闘メカの孤独な戦いを描く、第八回創元SF短編賞受賞作。



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『SFマガジン2017年10月号 オールタイム・ベストSF映画総解説 PART1』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2017年10月号の特集は「オールタイム・ベストSF映画総解説 PART1」でした。また、澤村伊智さんの読み切り短篇が掲載されました。


『翼の折れた金魚』(澤村伊智)
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僕は岳人を助け出そうとプールサイドに足を掛けた。児童の誰かがあっと声を上げる。
 岳人と目が合った。
 彼の右目は黒い色をしていた。
 左は緑なのに、右だけが不気味な黒だった。
 心臓がバクンと激しく鳴り、僕はその場で中腰のまま固まった。あまりにも異様な彼の目を見て動けなくなっていた。
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SFマガジン2017年10月号p.107

 妊娠促進剤による「計画出産」が当たり前になった時代。特徴的な外見と高い知能を持つ計画出産児は今や多数派となり、促進剤を使わないで出産した子供は「デキオ/デキコ」という蔑称で呼ばれるようになっていた。教師である語り手は、「悪いのは無計画に妊娠した上、子供が差別されると分かっているのに中絶しなかった身勝手な親であり、デキオやデキコには何の罪もない、むしろ被害者だ」と自分に言い聞かせていたが、内面化した差別感情を抑えることは出来なかった……。

 SFマガジン2017年6月号に掲載された前作『コンピューターお義母さん』と同じく、現実の社会問題が、技術の進展により露骨に可視化されてゆく不安を描いた作品。心理ホラーの盛り上げ方はさすが。これからもSFマガジンに継続的に書いてほしい。ちなみに前作が掲載された号の紹介はこちら。


  2017年04月27日の日記
  『SFマガジン2017年6月号 アジア系SF作家特集』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-04-27



タグ:SFマガジン
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『裏世界ピクニック ファイル6 果ての浜辺のリゾートナイト』(宮澤伊織) [読書(SF)]

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 この世の果ての浜辺に、鳥子と二人きり。
 こんなに静かな場所で、一緒に過ごせるなら、ずっとここにいてもいいかなあ……。
 そんな思いが、ふっと心をよぎった。
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Kindle版No.368


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第6話。Kindle版配信は2017年7月です。


 『路傍のピクニック』(ストルガツキー兄弟)をベースに、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。ファイル1から4を収録した文庫版、そしてファイル5の紹介はこちら。

  2017年03月23日の日記
  『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23

  2017年07月05日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-07-05

 最初の4話はSFマガジンに連載された後に文庫としてまとめられましたが、セカンドシーズンは各話ごとに電子書籍として配信することになったようです。おそらく何話か溜まった時点で第2巻として文庫化されると思われます。


 さて、ファイル6はタイトル通り、きさらぎ駅米軍救出作戦を生き延びた二人がリゾートビーチでいちゃつくという、まあ水着回、だと思えたのですが……。


――――
「はー、大学サボって沖縄のビーチで呑むビール超おいしい。私もうだめかもしれない」
「だめかもねー」
「普通に飛行機で帰るつもりだったけどさ、考えてみたら銃どうする気だったんだろ私」
「ゆうべ呑んでるときには、ばらして郵便とか宅配で送ろうって話してたけど」
「えっ無理でしょ、沖縄からだと飛行機だし、X線検査すると思うよ。パーツに分けたって相当うまくやらないと。特に弾なんか形見たらバレバレだし……」
 自分で言ってて、あまりに反社会的な会話でびっくりした。
――――
Kindle版No.344


 やっぱり裏世界に放り出され、でもせっかくの無人ビーチだし、遊んじゃえ、と。裏世界に馴染みすぎ。最初の頃の恐怖心はどこ行ったのか。

 と思っていたら、ほーら、たぶん怖さという点ではシリーズ中でも最大級の怖い目に。海辺の怪談は恐ろしいと決まってるし。


――――
「青い光の向こうにいる何かが、人間を恐怖させて、狂わせることで、私たちに接触しようとしてる。あのとき、そう言ったの、鳥子憶えてる?」
 何も言わずに私を見返す鳥子の顔は、完全に無表情だった。
 数秒後、私の手のひらの下で、鳥子の肌がぶわっと粟立った。「っは……」
 喘ぐように息を吸う鳥子。見開かれた目が、狂気の中で口走った自分の言葉を思い出したことをはっきりと物語っていた。
「あ、あ」
「気をしっかり持って。こ、これ、ヤバい。〈かれら〉が私たちを狂わせにくる。はっきり私たちに狙いを定めてる。私たちを個体識別してる!」
――――
Kindle版No.505


 ただ怖いだけでなく、はっきりと「ヤバい」状況に陥った二人。ファーストシーズンでも仄めかされていた「恐怖による狂気と極限状況、それそのものがファーストコンタクト」というSF的設定のもと、あちら側から狙い定めてコクタクトを試みてくるという嫌状況。

 逃げ道を塞がれ、火力ではもうどうしようもない窮地に陥った二人に活路はあるのか。そして満を持して姿を現すラスボス、たぶん。

 というわけで、状況が大きく動き始めたセカンドシーズン。今後のシリーズ展開を楽しみに待ちたいと思います。


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