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『ドラゴンの塔(下) 森の秘密』(ナオミ・ノヴィク、那波かおり:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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故郷にいないと、自分の中身がからっぽになったような気がした。谷を出て山を越えたときから、毎日、故郷をなつかしんだ。根っこ……そう、わたしの心には根っこがある。その根は、穢れと同じくらいしぶとく、あの谷に根を張っている。(中略)なぜ〈ドラゴン〉があの谷から娘を召し上げるのか――それがふいに、わかったような気がした。なぜ、彼はひとりの娘を召し上げるのか、そして、なぜその娘は、十年の月日がたつと、谷から去っていくのか。
――――
単行本p.96


 邪悪な〈森〉に捕らわれていた親友カシアと王妃を救出したアグニシュカ。だがそれは狡猾な罠だった。人の悪意を操る〈森〉の策略により崩壊してゆく王国。アグニシュカたちが立てこもる〈塔〉は軍に包囲され、ついに武力と武力、魔法と魔法が激突する壮絶な攻城戦が始まる。『テメレア戦記』の著者による冒険ファンタジー長篇、その下巻。単行本(静山社)出版は2016年12月です。


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「〈森〉をあやつるやつは、愚かで猛々しいけだものとはちがう。そいつは目的のために思考し、計画し、行動する。そいつには人の心のなかが見えるんだ。そして、心に毒をたらしこむ」
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単行本p.120


 いよいよ〈森〉の秘密が明らかになる下巻。ちなみに上巻については昨日の日記を参照してください。


  2017年04月12日の日記
  『ドラゴンの塔(上) 魔女の娘』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-04-12


 〈森〉との闘いで善戦したアグニシュカ。だが、それもすべては〈森〉の策略だった。隣国との緊張関係、王国内部の政治力学、アグニシュカという異物。すべてを利用した狡猾な人心操作により、〈森〉は王国を崩壊へと導いてゆく。


――――
「あんなところに足を踏み入れちゃいけなかったんだ。踏みこんだうえに、兵はさらに進軍をつづけ、領土を広げ、木々を切り倒し、ついには〈森〉をふたたび目覚めさせてしまった。この先どうなるのかは、だれにもわからない」
(中略)
「そうよね、たぶん、あんな土地に住みついちゃいけなかったのよ。でも、もう手遅れだわ。〈森〉はわたしたちを放してくれない。わたしたちを逃がそうとしない。わたしたちを食い尽くし、むさぼり尽くしたいんだわ。だから、〈森〉に呑みこまれたが最後、戻ってはこられない。もう、やめさせなきゃ、そんなこと。逃げるんじゃなくて、やめさせなきゃ」
――――
単行本p.95、97


 アグニシュカと大魔術師〈ドラゴン〉ことサルカンがたてこもる〈塔〉を取り囲む数千の大軍。そして、武力と武力、魔法と魔法が激突する壮絶な攻城戦が始まる。どちらが勝利しても、疲弊した王国を〈森〉が取り込むだけ。分かっていながら、誰にも止められない戦争。

 まさに四面楚歌。ついに塔の大門が打ち破られ、敵兵がなだれ込んでくる。地下に逃げ込んだアグニシュカはサルカンと共に最後の魔法に挑む。奇跡は再び起きるのか。


――――
魔法書はすでに彼の手もとにない。『ルーツの召喚術』は消えてしまった。呪文を終わらせることはできないし、彼の力が尽きてしまったらきっと……。
 わたしは深く息をつき、サルカンの指に自分の指をからめて、呪文に合流した。彼はすぐには受け入れなかった。わたしは声をひそめ、息をはずませながら、自分の感じるままに歌った。もう地図はない。言葉も憶えていない。でも、わたしたちは、これをやり遂げたことがある。どこに向かうのか、なにを立ちあげるのか、それを憶えている。
――――
単行本p.257


 姿をあらわす〈森〉の正体。力でも魔法でも滅ぼすことの出来ない敵。その圧倒的なまでの悲しみと憎しみの理由を知ったアグニシュカには、はたして何が出来るのだろうか。


――――
 わたしは土山からおりて、池の底に広がる石を踏みながら〈森〉の女王に近づいた。女王が怒りをたぎらせてわたしに向かってくる。「アグニシュカ!」サルカンがしわがれた声で叫び、這いあがる樹皮と戦いながら、わたしのほうに片腕を伸ばした。わたしに近づいてくる〈森〉の女王の動きがしだいにゆっくりになり、止まった。召喚術の光が彼女を背後から照らし出す。女王のなかのすさまじい穢れが、長い歳月をかけて絶望がつくった苦渋の黒い雲が、召喚術の光に浮かびあがった。でも、光は彼女だけでなく、わたしの体も照らし、そして透過した。〈森〉の女王には、わたしの顔の奥に、彼女を見つけ返すほかのだれかが見えていたはずだ。
――――
単行本p.322


 理解と共感はヘイトを乗り越え共存への道を見つけることが出来るのか。西洋ファンタジーとして始まった物語は、現代の世界が抱えている課題へとストレートにつながり、やがて東欧民話の世界へと静かに回帰してゆきます。

 というわけで、魔法、東欧民話、師弟ドラマ、ロマンス、宮廷政治、戦争、さまざまな要素が絶妙なバランスで配置された、誰もがわくわくしながら読めるファンタジー長篇です。『テメレア戦記』が好きな方にはもちろん、物語の魅力でぐいぐい引っ張ってゆくファンタジー作品が好きな方に広くお勧めします。



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『ドラゴンの塔(上) 魔女の娘』(ナオミ・ノヴィク、那波かおり:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 わたしは、なにかを習得しようと苦闘した数ヶ月の時に感謝した。自分のすべての失敗に、この石室で〈森〉の嘲笑を浴びながら過ごした時間に感謝した。そのおかげで、わたしは呪文を継続させる強さを身につけたのだから。〈ドラゴン〉が魔法書の呪文を唱えつづけていた。動じることのない声が背後から聞こえてくる。その声が、どっしりとした船の錨のように、わたしをつなぎとめていた。
――――
単行本p.240


 東欧にある王国の辺境に位置する小さな谷。そこに建つ白い塔には〈ドラゴン〉という通り名の大魔術師が住んでいた。邪悪な〈森〉の侵略から谷を守る代償として、彼は十年ごとに村から若い娘を一人召しあげて塔に連れてゆく。この年選ばれたのは平凡な娘アグニシュカ。だが、彼女のなかには魔女としての才能が眠っていたのだった。『テメレア戦記』の著者による冒険ファンタジー長篇、その上巻。単行本(静山社)出版は2016年12月です。


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〈ドラゴン〉は十年ごとに十月生まれの十七歳の娘をひとりだけ選ぶ。この谷に村の数はそう多くはないから、この条件に当てはまる娘もそう多くはいない。(中略)〈ドラゴン〉がつねにいちばん美しい娘を選ぶとはかぎらないのだけれど、いつも、なにかしらに秀でた娘が選ばれた。だれよりも美しいとか、とびぬけてかしこいとか、いちばんの踊り手だとか、とりわけ気づかいができるとか――とにかく、〈ドラゴン〉は言葉を交わすこともなく、そういう娘をぴたりと選びとった。
 そして、カシアはこのすべてに当てはまった。
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単行本p.8


 十年に一度、〈ドラゴン〉の通り名をもつ大魔術師が一人の娘を選んで〈塔〉に連れてゆく。今年は美しいカシアが選ばれると誰もが思っていたのに、選ばれたのはカシアの親友であるアグニシュカだった。なぜ自分が選ばれたのか。混乱するアグニシュカは、しかし〈ドラゴン〉ですら予想しなかったほどの魔法の才能を持っていた。

 自分のことを取り柄のない平凡な娘だと思っていたヒロインが、理由も知らされないまま選ばれ、そのことで自分の秘められた才能に気づく。そして師匠のもとで修行に励み、成長してゆく。そんな物語です。

 凡庸なプロットに感じられますが、邪悪な〈森〉が故郷の村への侵略を開始するあたりから物語は一気に緊迫感を増し、そのまま軍事作戦に巻き込まれてゆく展開はさすが『テメレア戦記』の著者。


――――
 わたしたちは沈黙した。頭のなかには、〈森〉がじわじわと冷酷に、わたしの家に、わたしたちの谷に進軍し、やがてはこの世界を支配するさまが浮かんでいた。そのとき、塔の窓から外を見渡すところを想像する。塔を包囲して果てしなく広がり、風に揺れてざわざわと憎悪のささやきを皮し合う交わし合う黒い木々、おぞましい樹海。そこに生きものの姿はない。〈森〉はすべての生きものの息の根を止めて、木々の根の底に埋めてしまおうとするだろう。
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単行本p.220


 あらゆる動物を化け物に変え、人間の魂を穢して悪意に満ちた怪物にしてしまう恐るべき〈森〉。捕えられた親友のカシアを救うために、師匠の制止も聞かず〈森〉へと向かうアグニシュカ。巻き込まれた〈ドラゴン〉ですら対抗できない、あまりにも強大で邪悪な〈森〉の力。だが、アグニシュカと〈ドラゴン〉の、まったく性質の異なる魔法がひとつに重なったとき、奇跡が起きる。

 最初はゆっくりとした物語に思えるのですが、途中から手に汗握るような戦闘シーンが連発されるようになり、派手な魔法もばんばん発動しまくる展開になります。二人の魔法が共鳴し重なってゆく場面の描写は特に素晴らしい。下巻は『テメレア戦記』ばりの大規模戦争が描かれるとのことで、楽しみです。


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『解決人』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「あなただけじゃありません。僕らはみんな、自分の思い込みだけで生きてる。世の中の役になんか立たない、生きる価値などそれほどありゃしない人間ばかりなんです」六原は田辺の肩を叩いて言った。「そのことに気づいてるやつと、気づいてないやつの二種類がいるだけです」
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単行本p.155


 戦場で、映画撮影現場で、教室で、空手道場で、そして、あの世で。わけの分からない災難やトラブルはいつどこで降りかかってくるか分からない。困ったときはトラブルシューター六原にお任せあれ。七編を収録したミステリ短篇集。単行本(光文社)出版は2017年01月、Kindle版配信は2017年01月です。


[収録作品]

『上司交替』
『パトロンがいるから』
『天使虐殺』
『静かな教室』
『道場破り』
『いかにもげ』
『実験』


『上司交替』
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“それをわかってくれたのなら、私も条件をつけやすい。君が契約を取れなければ、ここにいる全員を殺す。この契約が取れないなら生きていても仕方がない。誰もかれもだ”
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単行本p.36

 某国で発生した内戦に巻き込まれた日本のビジネスマン。外国人が脱出するための最後の飛行機が数時間後に飛び立つというのに、本社の上司から、契約を取るまで帰国は許さん、業務命令に従わないなら他のスタッフを皆殺しにする、というお達しが。進退窮まったそのとき思い出したのは、トラブルシューターを名乗る不思議な男、六原。そうだ、彼なら何とかしてくれるかも知れない……。めちゃくちゃ強引な状況設定で六原が初登場する第一話。


『パトロンがいるから』
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 自意識過剰の盗作作家(まずそれに間違いない)が、異常者につかまった。警察に知らせても、時間内に桑島を救出することはむずかしいだろう。
 私は焦った。あまりにも非現実的な事態のうえ、時間は三十分たらずしかない。警察にも頼れないとすれば、どうしたらいい? 誰に相談すれば――。
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単行本p.62

 新人賞を受賞したデビュー作が評判になったものの、その後はろくな作品が書けないでいる作家が、パトロンを名乗る異常者に監禁された。受賞作が盗作だと認めろ、さもないと殺す、というのだ。電話で泣きつかれた語り手は、事態を収拾すべくトラブルシューター六原に連絡する。


『天使虐殺』
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「ここ一番という時に飛び降りられない臆病娘であっても、使い続けざるをえないわけか。一方で、スタントマンを使うことは監督の意向でできない――内田監督が四十年ぶりに撮る新作が、こんなことでスタックするとは」
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単行本p.85

 巨匠が撮っている新作映画の撮影現場で、何度もNGが出る。どうしても飛び降りることが出来ない若い主演女優、スタントなし長回しで撮ることにこだわる監督。さらに、主演女優に対する脅迫状が届く。エキストラとして出演する美川麗子(本名、安田和子)から事情を聞いた六原は、彼女にある行動を依頼するのだが……。


『静かな教室』
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「すまん」〈生徒〉たちに向き直った田辺は、手で涙をふきながら言った。
「君たちがあまりにもいい生徒なので、つい感激してしまって――君たちにはわからないかもしれないね。こういう静かな授業、誰も騒がず、誰も走り回ったりしない授業というものが、今の時代、どれほどありがたいものか――」
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単行本p.128

 学級崩壊への対応で疲弊し休職した教師。ケアのために行われている模擬授業。だが、次第に現実と虚構の境界が曖昧になり、精神的に追い詰められてゆく。ついに自殺を図った彼を止めたのは、六原だった。


『道場破り』
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「僕がこの目で見ただけでも、師範は十一回道場破りに勝っている。総数は数十回になるはずだ。そのころはもう師範の強さが評判になっていて、全国から道場破りがおしかけるようになっていたんだ」
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単行本p.160

 六原がかつて所属していた空手道場。そこの師範が道場破りに殺された。相手は卑劣にも刃物で刺して逃げたという。恩師の仇ということで真相を探ってゆく六原。だが、現場に居合わせた道場生たちは、全員が何かを隠していた。


『いかにもげ』
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「お父さんが来たの!?」買い物から帰ってきた母親の政子は、驚いて言った。
「わけのわからないことを、一人でわめくだけわめいてから、飛び出して行ったわ。『こうしちゃいられない。地球を救わなければ!』とか言って」麗子は食後のお茶をすすりながら言った。「五年ぶりに姿を見せて、何を言うかと思えば」
「相変わらず『いかにもげ』ねえ」政子はため息をついた。
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単行本p.199

 一応、シリーズを通したヒロイン役である美川麗子(本名、安田和子)再登場。五年ぶりにふらりと現れた父親が、自分はとてつもない秘密を抱えている、誰にも言うなよ、言うなよ、そうだこうしちゃいれらない、などと思わせぶりなことを口走って姿を消した数日後、死体となって発見された。事故か、偽装殺人か。そして秘密とは何か。真相をめぐるトラブルに巻き込まれた麗子は、六原に相談するが……。


『実験』
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“四人をむだに殺したが、やっと見込みのありそうな相手に出会えた。ここにいる女は数字を持っている。きっと「扉」の向こうへ行かせてみせる”
「そして殺すのか?」六原は静かにたずねた。
“やむをえない。おれという人間のための尊い犠牲だ”
――――
単行本p.260

 拉致監禁した被害者に臨死体験を強いることで、死後の世界に関する情報を手に入れようと企む男。すでに四人を殺した連続殺人犯が、一応ヒロインである美川麗子(本名、安田和子)を拉致する。このままでは彼女の命が危ない。六原には心当たりがあった。犯人は、かつての自分の親友ではないか。あのとき一緒にやった臨死体験実験を再開したのではないか、と。長篇『デスダイバー』を彷彿とさせる最終話。



タグ:両角長彦
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『人間性剥奪』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「私も職業柄、人間と呼ぶには首をかしげざるを得ないような人たちを大勢この目で見てきました。しかしその誰も、あなたには及ばない。まるで人間性をそっくり誰かの手で剥ぎ取られたかのようだ」
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単行本p.257


 中学校の教室内で起きた凄惨な無差別毒殺事件。だが事件が起きる前から、その教室では何かが進行していた。やがて皮肉にも「人間性」を名乗る犯人が、大規模テロの犯行予告を送りつけてくる。テロを防ぐためなら、未成年者をマスコミの餌食にするような非道も許されるのだろうか。『ラガド 煉獄の教室』でデビューした著者が、ポスト真実の時代に合わせ再び煉獄の教室に挑むサスペンスミステリ。単行本(光文社)出版は2016年6月です。


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「破壊願望、テロ願望は、程度の差こそあれ、誰でも持っているものさ。人間であればな。そう、人間だけが、いま自分の住んでいる世界を破壊したいという願望を持っているんだ。これは他のどの動物にも見られない、人間だけの特性だ」
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単行本p.138


 中学校で発生した無差別毒殺事件。給食に毒物が投入されたのは教室内の可能性が高い。捜査を開始した警察は、その教室では事件前から何か異常な事態が進行していたことに気づく。生徒も、教師も、それぞれ何かを隠している。だが、その実態を解明することは極めて困難だった。


――――
 学校の教室の実態というものを知ることはきわめてむずかしい。過去、日本各地の学校で事件が起きるたびに、警察は生徒や教師に対して聴取をおこなってきたが、成功した例は皆無と言ってよい。それほど教室というのは閉鎖的であり、外部からはうかがい知ることのできない空間なのだ。
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単行本p.77


 やがて「人間性」を名乗る犯人から、大規模テロと思われる「最終行動」の犯行予告が送りつけられてくる。「最終行動」を中止してほしければ、教室内で行われていたことの首謀者をマスコミの前で公開謝罪させろ、というのだ。


――――
〈人間性〉は逮捕されない。『最終行動』は予告通り実行される。これが、かなりの確率で現実になるであろうシナリオです。すでに、都内から地方へ脱出する人が続出してるんですよ。『最終行動』が起こるのが都内だと決まったわけじゃないのに。
 みんな不安なんです。〈人間性〉がどこにいるのか、何をしようとしているのか、わからないからです。『わからない』ほどこわいものはありません。
――――
単行本p.162


 しかし、仮にその子が例えば「いじめ」の首謀者だったとしても、未成年者をテレビ出演させ公衆の面前で謝罪させる、などといった非道が許されるだろうか。逆に、もしも謝罪しないまま実際に「最終行動」が起きて犠牲者が多数でたとしたら、生徒や学校にどれほどの非難が集中することか。

 迫るタイムリミットのなか、必死で「人間性」を探す警察。「人間性」はどこにいるのか。いや、そもそも「人間性」など本当にあるのだろうか。私たちに。


 というわけで、中学校の教室内における「支配構造」のようなものが、社会全体にパニックを引き起こすサスペンスミステリです。事件の舞台、展開、登場人物の配置など、明らかにデビュー作『ラガド 煉獄の教室』を意識した作りになっており、真相や犯人の最後のセリフも含め「ポスト真実」時代に合わせてリニューアルした『ラガド』という印象を受けます。



タグ:両角長彦
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『臓器賭博』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「コガさんよ、今夜、あんたにはバクチの誘いがかかる」
「今夜?」
「そう。あんたが今までに経験したこともない、でかいでかいバクチだ。だが──」男はグラスの底に少しだけ残ったビールをすするようにして飲みほすと、こう言葉をついだ。「絶対その誘いに乗っちゃいけない。もし賭場へ行けば──」
 そこで男は言葉を切った。
「行けば、どうなる?」古賀は聞き返した。
「あんたは負ける。それだけじゃない。死ぬことになる」男は、ひどくつまらなそうな表情で言った。「腹の中をからっぽにされて死ぬ」
――――
Kindle版No.151


 掛け金が不足すれば、自身の臓器をチップ代わりに続けることが出来ます――。非合法カジノで大負けした男の代打ちを頼まれたギャンブラー古賀は、後半戦でその負け分を取り返さなければならない。だが、それは臓器を、いや命を賭けた大勝負を意味したのだ。痛快ギャンブル短編連作『ハンザキ』の著者が挑む、極限のギャンブルを描く長篇小説。単行本(角川書店)出版は2015年3月、Kindle版配信は2015年3月です。


――――
「それにしても、臓器賭博とはね」古賀は首を振って言った。
「アイデアだけならともかく、よくもまあ実際に営業ベースに乗せたもんだ。臓器をチップにしてもいいとなれば、そりゃ飛びつくやつは多いだろう。賭けるものはすべて賭けなきゃ気がすまないのがギャンブラーだからな」
――――
Kindle版No.420


 ギャンブルを題材にした小説や劇画では、しばしば「内臓を賭けろ」とか「負ければ手足で払ってもらう」とかいった展開になるのですが、あくまでそれは異常な状況、極限状態として扱われます。暴力的な恫喝という、荒んだイメージですね。

 ところが本作に登場するのは、あくまでビジネスライクに臓器賭博が行われ、毎晩いくつもの臓器が摘出されては移植されることでビジネスが成立している、という近代的な非合法カジノ。

 臓器摘出と移植のための手術室から、入院施設、臓器を取り戻そうとして泥沼にはまって全臓器摘出するはめになったお客様のための遺体処理サービスまで完備。廊下にはイメージキャラクター担当のアイドル女優が笑顔で「それでは当店のシステムについてご案内いたしまーす」と語る宣伝ビデオが流れる。そんな清潔で明るい狂気が、読者をじわじわと不安に陥れます。

 何しろ著者は、仕事として無差別殺人を遂行する株式会社、なんてものを平気で書いてしまう両角長彦さんですから。登場人物たちの歪みっぷりも素晴らしい。


――――
「私は、今の時代は『終わりの始まり』だと思っているんです」ユニオシは言った。
「みんなもそのことに、心の底では気づいているのに、気づかないふりをしている。世界中の全員がです。これこそ世界ぐるみの現実逃避でなくて何ですか?」
――――
Kindle版No.1458

――――
「こんな現実から逃げ出せるものなら逃げ出したいと、誰もが思ってるんじゃないですか? われわれは、その要望におこたえしているだけです」
――――
Kindle版No.1453


 もう世界は終わっている、だから人々に現実を忘れるための夢と興奮を与えるサービスが必要なのだと語りつつ、裏では、賭場と臓器売買で儲けたお金で「火星への移住権」を手に入れようと画策している、いろんな意味でヤバい、カジノの支配人。


――――
“表向き公表されてはいませんが、日本人の臓器の『品質』は世界一なんですよ。一億二千万人の国民一人一人が、その世界一の資源を持っている。これを活用しない手はない。いや、いずれ必ず活用されるようにしなければならない──とまあ、こういう話なんですがね。
 だとすると、いま僕たちがここでこうしてギャンブルをすることは、最大の社会貢献ということになります。負け分とされて提供された臓器は、確実に世界の役に立つんですからね”
――――
Kindle版No.839


 臓器賭博で世界に貢献する日本スゴイ、というグローバル経済論を語る富裕層の顧客。


――――
 私はね、金がなければ移植手術を受けることができない、金持ちしか臓器を受け取れない、そういう現状に、針の穴程度でいいから風穴をあけたいと思っているんだ。
 私は移植希望者の身元を徹底的に調べる。その結果、彼または彼女が学力優秀で、前途有望とわかれば──たとえ無一文であっても、私は助けてやりたいと思う。そしてここではそれが可能なんだ。
――――
Kindle版No.1208


 ここでは大量の新鮮な臓器が手に入る。だから困っている貧しい人を臓器移植で救うことが出来るんだ。澄んだ瞳で医術の理想を高く語りつつ、だからどうか負けてくれ君の臓器を取り出したいんだと舌なめずりしてくる、これまたヤバい闇医者。

 臓器賭博という劇画めいた絵空事が、だんだんと歪んだリアリティを獲得してゆき、やがて勝負が始まります。最初は好調だった古賀も、どんどん掛け金をすってゆき、ついに臓器チップに手を伸ばすことに。そうなって初めて気づくのです。


――――
 ここはカジノなんかじゃない。臓器を奪い取ることを目的とした、臓器収奪システムなんだ。欲にかられた者は穴にはまる。ゆっくりと落ちていくために、危機感はない。そして気がついたときには、穴の底にいる。穴の壁は垂直で、はい上がることは不可能だ。一度落ちたらはい上がれない──今の日本と同じだ。日本の縮図そのものじゃないか。ここは日本の現状を残酷なまでにカリカチュアライズした場所なんだ
――――
Kindle版No.2222


 うん、知ってた。このカジノは、今の日本の縮図だということを。でも、気づいたときには、というか気づかないふりが破綻したときには、もう遅い。今はまだ無事だと思っている他の参加者も、この搾取システムに積極的に加担しつつ弱者に対するヘイトを垂れ流したりして、見慣れた日本の風情がそこに。


――――
一向にかまわない。この臓器賭博に通うことができるなら。臓器を抜かれるやつ、自分より不幸なやつを見ることができるのなら。人間の最期を見ることができるのなら。オケラになり、それでもあきらめきれず、臓器を賭けて負け、破滅していく者たちを見るのは、どうしてこんなに楽しいのだろう。
――――
Kindle版No.1782


 どうあれ決着に向けて容赦なく進んでゆく勝負。最後に待っている結末は。


――――
「この仕事をしててよかったと思うことはそうそうありませんが、今夜は──予感がします」
「予感?」
「次の最終戦、おもしろいですよ」ユニオシの声はかすれていた。
「めったに見られないものが見られます」
――――
Kindle版No.2501


 というわけで、手に汗握る白熱したギャンブルシーンが続く長篇です。決着がついた後も驚愕の展開が待ち構えていますので、最後までどきどきしながらお読みください。



タグ:両角長彦
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