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『ブラッグ 無差別殺人株式会社』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


――――
「殺し請け負いの会社──もっとも表向きは、人材派遣会社の看板をかかげていますがね」
「まあ、殺しのための人材派遣と考えれば、不当表示にはならないかと思いますが」須藤が笑いながら言いそえた。(中略)
「人にはいろいろな素質がある。計算の素質、音楽の素質、料理の素質。
 われわれの場合は、命令によって人を殺せる素質です。そういう素質を持った者が、うちの会社には集まっているんです」
――――
Kindle版No.914、943


 何の理由もない無差別殺人から、依頼により実行される暗殺まで、殺しの総合請け負い会社「ブラッグ」。社員はみんな殺し屋。今日も誰かが社員に殺され、殺した社員も別の社員に粛清される。究極のブラック企業をえがくミステリ連作短篇集。文庫版(実業之日本社)出版は2014年4月、Kindle版配信は2014年8月です。


――――
「殺し屋の会社だなんて。そんな会社があってたまるか」
「あら、どうしてですか?」友子は首をかしげた。
「いろいろな会社があるじゃないですか。人を助ける会社、人をだます会社、人を売り買いする会社。殺し屋の会社があったってふしぎはありません」
――――
Kindle版No.1220


 星新一さんのショートショートに「社員全員が泥棒」という盗賊会社の話がありましたが、こちらはさらにエスカレートした「社員全員が殺し屋」という殺人会社が登場します。これが本当のブラック企業、というたちの悪い冗談みたいな設定ですが、それを大真面目に書いてしまう。殺し屋ですのよ。

 これまでも「超常現象に見せかけた事件だけを担当する専門捜査官」とか「一度に何十人もの探偵を投入して無理やり物量で解決する探偵社」とか、荒唐無稽なのにどこか変なリアリティの境界をついてくるような設定で一部読者を喜ばせてきた手際は健在です。

 どの話も読者の予想を裏切る展開が待っているミステリ作品なのですが、何しろ人が(しばしば無意味に)殺されるわけで、倫理も正義もへったくれもなく、かといってピカレスクロマン的な爽快感があるわけでもないし、後味が悪いこと悪いこと。殺し屋たちの活躍を描く悪漢小説だと思って読んではいけません。


[収録作品]

『kill 1 三人とも』
  ショートショート『二種類』
『kill 2 惨劇のあとで』
  ショートショート『一億円捨てる』
『kill 3 しゃべるのやめたらしぬ』
  ショートショート『丑の刻サービス』
『kill 4 違う違う』
  ショートショート『わかっていない標的』
『kill 5 入社試験』
  ショートショート『わかっている標的』
『kill 6 夜の散歩』
  ショートショート『ラッキーアイテム』
『kill 7 反社長派全員処刑』
  ショートショート『轢断』
『kill 8 虐殺慰安旅行』


『kill 1 三人とも』
――――
「順序が逆だ。殺人犯だから逮捕されたんじゃなく、逮捕されたことで殺人犯になってしまったんだ」
「馬鹿な。そんなことってあるか」
――――
Kindle版No.309

 資産家が誘拐された。容疑者は三人。誰もが動機を持ち、そして何かを隠している。誰が真犯人なのかを確かめるために、警察はある人物の助言に従って簡単なテストを試みるが……。ごく定型的なミステリだと思って読んでいると、いきなり背後に回り込まれて刺される導入作品。


『kill 2 惨劇のあとで』
――――
「命令ですからね。上から言われれば、多少気のすすまないことでもやらざるをえない。誰だってそうなんじゃないですか?」
「でも──いくら何でも!」
「そう、いくら何でも、たったそれだけの理由で大虐殺をひきおこすなどとは、誰も思わない。だからやるんです。つまりそれが会社の、なんと言いますか、理念みたいなもので──」
――――
Kindle版No.595

 ライフル乱射による大量殺人が発生。たまたま現場に居合わせた女性は命からがら逃げ出して助かったが……。会社の業務として事務的に無差別大量殺人をやるという常軌を逸した犯人との対決の行方は。


『kill 3 しゃべるのやめたらしぬ』
――――
「しゃべるのをやめたら死ぬ?」
「おばあちゃんにとって、しゃべるのは息をすることと同じなんです。しゃべり続けている自分だけが生きている人間で、黙っているまわりの人たちは死んだ人間なんです」
――――
Kindle版No.744

 轢き逃げ事件のただ一人の目撃者である老婆は、一見無意味な言葉を絶え間なくしゃべり続けるという症状を患っており、警察も証言がとれず苦慮していた。だが、それこそが真犯人が彼女を見逃している理由でもあったのだ……。口封じのために命を狙ってくる犯人との攻防戦。最後に殺されるのは誰か。


『kill 4 違う違う』
――――
「どうも、さっきから話に食い違いがあるようですな」主任は首をかしげた。
「生徒さんの身が心配じゃないんですか」
「もちろん心配です。ただ同時に、犯人の身も心配なのです」
――――
Kindle版No.1106

 銃を持った男が女子生徒を人質に学校内に立てこもる。人質の身を案ずる警察。だが学校側が案じているのは、むしろ犯人の命だった……。ついに「ブラッグ」という会社名が明らかに。これまで事件の背後に見え隠れしていた会社がメインの舞台となってゆく後半に向けて、シリーズの転換点となる一篇。


『kill 5 入社試験』
――――
 この世界のどこにも自分の居場所などないと思っていたのに、ちゃんと用意されていたのだ。生きていればよいことがあるというのは本当だと春一は思った。ブラッグ社という救い主がいたのだ。春一は興奮してきた。早く入社して社長に会いたい。そのためには試験に合格しなければ。対立候補を蹴落として──春一は不意に立ち止まった。
 対立候補。ライバル。いったいどんな内容の試験なのか。
――――
Kindle版No.1426

 人を殺し放題で給料まで貰えるなんて、まるで俺のためにある会社だ。何としてもライバルを蹴落として(というか抹殺して)入社したい。ブラッグへの就職を希望する若者は入社試験の予行演習として残虐なホームレス狩りを繰り返すが……。ブラック企業に憧れる就活生が意識高いところを見せるために行う暴力犯罪という、ねじれきったブラックユーモア作品。


『kill 6 夜の散歩』
――――
“おかしなものです。同じ会社の二人が、一人の標的をめぐって、殺すか守るかの争いをしているなんて”
 彼女は急に恐怖を感じた。浅野の言うことは一から十まで荒唐無稽だが、どこか妙なリアリティがある。それが鋭い針のように、彼女の心臓を突き刺してきたのだ。
――――
Kindle版No.1804

 見知らぬ男に「あなたは狙撃手に狙われている。私のいうとおりに行動しないと死ぬ」と携帯電話で告げられた女。背後にあるのはブラッグの内紛。社長派と反社長派の対立がエスカレートして、ついに「何の理由もなくランダムに選ばれたターゲットを殺す」vs「それを阻止する」という派閥抗争に巻き込まれたのだ。えらい迷惑。とはいえ彼女の命をコマにしたプロの殺し屋同士のガチバトルは勝手に進んでゆくのだった。


『kill 7 反社長派全員処刑』
――――
 理想に燃える者たちが新天地を作る。いいことだ。しかしこのブラッグ社にしても、最初はそういう理想のために作られたのではなかったか。殺人衝動をおさえられない、この世では受け入れられない者たちの居場所を作るという大目的のために。
 それがいつしか腐敗し、社内は派閥争いと粛清に明け暮れるだけの、日本中どこででも見られる、ありふれた不毛な場になりさがってしまった。
――――
Kindle版No.2047

 どんどんエスカレートするブラッグ社内の派閥抗争。何しろ社員全員が殺しのエキスパートなので、ばんばん人死に。ついに社長ご決断、反社長派は皆殺しにしましょう。いやー、すべての社長の夢ですな。


『kill 8 虐殺慰安旅行』
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かすかに聞こえてくるのは──何十人もの悲鳴と絶叫、そして断末魔だった。ホテルに宿泊している百人のブラッグ社社員たちが、廊下や各部屋で殺し合っているのだ。
 正確には殺し合いではなく、一方的な虐殺だ。社長派の五十人が、かつての反社長派を殺して回っている。
――――
Kindle版No.2308

 ついに決行される殲滅作戦。阿鼻叫喚の慰安旅行。困ったのはブラッグに潜入している公安の覆面捜査官、どうすりゃいいの。そして大虐殺が終わったとき、ブラッグの秘密がついに明かされるのだった……。



タグ:両角長彦
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『月と太陽の盤 碁盤師・吉井利仙の事件簿』(宮内悠介) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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 盤は宇宙、石は星――碁盤とは魔術の道具さ。ときに盤は持ち主の力になるし、あるいは人一人を蘇らせることだってある。逆に言えば、持ち主の力を削ぐことだってあるし、殺すことだってある。いいか、俺は本気で言っているんだぜ。
――――
単行本p.106


 碁盤師。数百年の樹齢を重ねた榧の質を見極め、切り出し、碁盤という「宇宙」を作り出す創造主。「放浪の碁盤師」と呼ばれる名工、吉井利仙とその弟子の愼は、まるで碁盤の魔力に魅入られたような事件の数々に挑む。謎の死を遂げた碁盤師、贋作師との知恵比べ、囲碁のタイトル戦前夜に起きた半密室殺人事件、……。

「物心が揃いました。――あとは、盤面に線を引くだけです」

 盤の宇宙を探求する『盤上の夜』でデビューした著者による、碁盤が軸となるミステリ連作短篇集。単行本(光文社)出版は2016年11月、Kindle版配信は2016年11月です。


――――
 利仙は五十一歳。
 碁盤師である。
(中略)
 立木から材を選び、すべてを一人で仕上げる、いまでは数少ない碁盤師である。年の多くを山で過ごし、木を見る時間にあてている。
 そのうちに誰が呼んだか――放浪の碁盤師。
(中略)
 榧は、囲碁盤や将棋盤に用いる木材である。だが、何百年という樹齢を重ねて、ようやく盤を切り出すに足る大きさに育つ。良い立木ほど、伐られてしまっている。
 盤そのものの需要も、徐々に減ってきた。
 そこで、利仙は職人としての幕を引くべく、最後の盤を作ろうと考えた。技術の粋を集めた、魔力を持つ究極の盤を。そうして、最高の榧を求めて彷徨っているようなのだ。
――――
単行本p.8、209、211


――――
 愼は十六歳。
 囲碁棋士である。
 将来を嘱望される、同世代の稼ぎ頭でもある。いずれは名人本因坊を分け合う逸材とも言われているが、まだ本人の興味は、名誉よりも目の前の一局にある。
――――
単行本p.52


 碁盤師としての己の技術のすべてを注いだ究極の盤を作り出す。そのための材料となる榧を求めて全国の山を彷徨う「放浪の碁盤師」こと吉井利仙。彼を師として慕う若き囲碁棋士の愼。この二人がいわばホームズとワトソンの役割になり、碁盤がからむ事件を解決してゆくミステリ連作です。二人に加えて、愼と共に研鑽を積んできた女流囲碁棋士の衣川螢衣、そして利仙の兄弟子でありながら贋作師となった安斎優が絡んできて、この四名がレギュラーとして活躍します。

 特に利仙とは陰陽の関係にあるライバル、贋作師の安斎の存在感は際立っています。どこか超然として冷淡に見える利仙よりも、いかにも人間くさく、やたら饒舌で、悪人なのに憎めない安斎のほうが、むしろ共感を呼ぶかも。


――――
 それからさ。俺が錬金術師を目指したのは。つまり――自分の盤を作るのをやめ、偽の宇宙に身をやつしたのはね。
 俺は思うのさ。
 人間は、何を契機に本物と偽物に分かれるのか。生きかたか、志の強度のようなものか。あるいはもっと身も蓋もなく、心的外傷(トラウマ)のごときものに左右されてしまうのか。まあそれでもいいさ。俺の作る贋金には、金以上の価値があると確信できるからな。
――――
単行本p.114


 人の理を超越した純粋論理としての囲碁、情念うずまく勝負師の世界としての囲碁。二人は、碁盤という宇宙が内包するものの両面をそれぞれ象徴しているようでもあります。


[収録作品]

『青葉の盤』
『焔の盤』
『花急ぐ榧』
『月と太陽の盤』
『深草少将』
『サンチャゴの浜辺』


『青葉の盤』
――――
「形が見えた気がします」利仙がつづけた。「かつてこの山で何があったのか。元哉や真夫は、昭雪の死にかかわっているのか。そして、この部屋の盤がなぜよくないのか」
 突然に並べ立てられてもわからない。
 戸惑っていると、「物心が揃いました」と利仙が静かに宣言した。
「――あとは、盤面に線を引くだけです」
――――
単行本p.34

 山中で不審な死を遂げた碁盤師。その娘から事情を聞いた利仙は、誰にも解けなかったその謎を、一面の盤から鮮やかに解き明かしてみせる。

 漆を塗った日本刀で天面に線を引いてゆく盤作りの最後の仕上げ、物心揃ってやっと成し遂げることが叶うという「太刀盛り」。推理をその工程になぞらえる利仙の決めゼリフ「――あとは、盤面に線を引くだけです」が初登場します。


『焔の盤』
――――
 それ以前に、既存の盤をコピーするというのは可能なのか。かつて利仙は、木目は盤の指紋のようなものだと言っていた。
(中略)
「木目は囲碁盤の指紋。二つと同じものはない。絵画のような贋作は、通常はできないと考えてよいでしょう。できないから、わたしたちも写真や記憶を頼りに鑑定をする。逆に言えば、だからこそ盲点も生まれる」
――――
単行本p.72

 利仙の兄弟子にしてライバル、盤の贋作師である安斎優が初登場。「俺のは本物以上の魔術品さ。志は、おまえと変わりゃしねえ」「いっさいが歪んだこの世界は、俺の盤にこそふさわしいと思わないか?」(単行本p.61、62)とうそぶく安斎を前に、利仙は著名な碁盤の真贋鑑定に挑む。虚虚実実の駆け引きの果てに、はたして騙されるのはどちらか。


『花急ぐ榧』
――――
 我知らず、こんなつぶやきが漏れた。
「……どうして、人間ってやつは花を急ぐんだろうな」
「花を急がないのは、植物の特権です」
 応える利仙の表情は穏やかでね。むしろ、利仙こそが一本の木であるようにも見えたよ。
――――
単行本p.113

 かつてある女性をはさんで三角関係にこじれた若き日の利仙と安斎。利仙が囲碁棋士をやめ、安斎が正道を外れて贋作師になった、その過去を封じた一面の碁盤。安斎優が一人称で語る二人の因縁。


『月と太陽の盤』
――――
「この事件は、さまざまな点で倒錯している。まず一般的な目からすれば、笠原先生の死は借金苦から来る投身自殺に見えたはずなんだ。ところが、この場は碁のタイトル戦の前という特殊状況下にあった。大切なタイトル戦を前に自殺する棋士はいないし、対局相手を殺す棋士などいない」
――――
単行本p.191

 囲碁のタイトル戦の前夜、屋内で墜落死した九星位、笠原八段。彼を突き落とすチャンスがあったのはただ一人、挑戦者である須藤六段。現場は、落下によって上から入ることは可能だが脱出は不可能な半密室。なぜか切られていた被害者の髪の謎。わざわざタイトル戦の前夜に事件が起きた理由は。

 消息不明の利仙にかわって、囲碁界を揺るがすこの大事件に挑むのは、若き棋士の愼と螢衣。だが数十年前の因縁、囲碁界の闇、事件の政治利用を企む理事たちの派閥争い、さらには宮内庁の役人から例の贋作師まで怪しい人物が入り乱れるこの事態を、十代の二人は解決することが出来るのだろうか。愼は精一杯、師のセリフを真似て言う。
「ここまでこれば、あとは――盤に、線を引くだけだよ」


『深草少将』
――――
「煩悩を避け、石と盤のみの世界を生きる――それは、一つの生きかたであると思います。でも、わたしがそうするしかないのに対し、あなたには選択肢があります」
 利仙の眼光が、徐々に鋭くなってきた。
「この世は無常かも知れません。けれど、現実に存在していて、そして美しい。九相図を見て煩悩を断つにせよ、いまある生を言祝ぐにせよ、それは見る側の心一つです」
――――
単行本p.230

 棋士として岐路に立つ愼。榧の実を通して、利仙が愼に伝えようとしたこととは。螢衣の恋心は実るのか。そして、利仙と安斎は、ともに探し求めてきた、魔力を持つ究極の盤を作るための特別な榧を見つけることが出来るのだろうか。シリーズに決着をつける最終話。


『サンチャゴの浜辺』
――――
「蜃気楼の蜃は巨大な蛤だと言います。その巨大な蛤が見せるいっときの夢が、蜃気楼なのだと」
――――
単行本p.258

 最高級の碁石(白石)の原料となる蛤。日本でも希少になったその蛤が、メキシコのどこかで産出しているという。噂を聞いた利仙は現地を訪れてみるが……。ドイツ、メキシコ、日本。囲碁が結びつける不思議な縁を描く、シリーズ番外篇。



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『ラガド 煉獄の教室』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

――――
「『ラガド』が警察を動かして再現をさせた目的は、もっとずっと別のところにあった。『緑色の鹿』を見つけたかったのです」
「緑色の鹿?」
「符丁です。あの凶行の数分間、あの現場ではなにかがおこっていた。なにかが存在したんです。『ラガド』にとっては喉から手が出るほど欲しいなにかが」
――――
単行本p.306


 いじめを苦に自殺した高校生。その父親が復讐のために刃物を手に教室に乗り込み、興奮のあまり錯乱状態に陥って無関係な生徒を刺殺してしまう。衝撃的ではあるが、事実関係にも動機にも疑いの余地はない殺人事件。だが、警察は現場となった教室の実物大モデルを作ってまで執拗に検証実験を繰り返す。背後には謎めいた国家機関の影が。いったい、この単純な事件に何が隠されているというのか。

 第13回日本ミステリー文学新人賞を受賞した両角長彦さんのデビュー作。単行本(光文社)出版は2010年2月、文庫版出版は2012年3月、Kindle版配信は2016年2月です。


――――
「このラガド機関が画期的な点は、『システムの超越性』にあります」
「システムの超越性? なんだそりゃ」
「必要に応じて司法、立法、行政、さらには警察、軍、マスコミ、あらゆる分野の命令系統のいかなる箇所にも自由に干渉できる権限をもつということです。
『ラガド』の命令とあれば、どの権力のどの部署でも無条件でしたがわざるをえない。日本の権力機構の場合絶対ありえないような、横断的な協力関係もとらなければならないのです。これほど高い自由度と干渉力を持つ国家機関が作られたのは、日本政府はじまって以来です」
――――
単行本p.144


 娘に自殺されアル中になった父親が、いじめの事実を認めない学校に復讐するために刃物を手に高校の教室に乱入。興奮のあまり錯乱状態となって無関係な生徒を刺殺してしまう。犯人、そして教室にいた生徒たちは、犯行当時の状況を詳しく思い出せない状態に陥っていた。

 非常に単純な事件に思えます。事実関係にも動機にも疑いの余地はなさそう。そもそもミステリに不可欠な「謎」に乏しい。容疑者が留置されている間に連続殺人でも起きるのかしらん、などと読者は予想しますが、そんなこともありません。

 むしろ謎なのは、警察の対応。容疑者の記憶を取り戻すために、犯行現場となった教室の実物大モデルを用意し、生徒役の警官を配置して、事件の再現実験を何度も繰り返すのです。なぜ、そこまでするのでしょうか。


――――
 記憶の混乱にみまわれているのは、加害者の日垣だけではなかった。被害者である2年4組の生徒たちもまたそうだった。
 事件直後の生徒たちは、無理もないことだが、全員がひどい興奮状態にあった。数時間たってから事情をきこうとしても、全員が「おぼえていない。わけがわからない」とくりかえすばかりだった。
 警察にとっては生徒たちがショックから立ち直るのをただ待っているわけにはいかなかった。この時間をつかって犯行の状況をたどる。“再現実験”のセットを組んで、日垣の記憶をよびおこすのだ。
――――
単行本p.45


 どうやら警察を背後で動かしているのは、謎の国家機関『ラガド』ということらしい。学園サスペンスミステリにイルミナティめいた秘密組織を出してくるなよ、と思いますが、これは作者の持ち味というものでしょう。後に書かれた作品では「超大国政府が支援していた」「霊界がサポートしていた」みたいな驚愕の真相を平気で繰り出してくるので個人的には慣れていますが、新人賞投稿作品でやってしまう胆力には驚かされます。

 しかし、それにしてもそんな強大な権力を持つ闇の組織がなんでまた高校生の刺殺事件に興味を持つのか。その謎を追うのは、この事件の「真相」を暴く特別番組を企画したTVプロデューサーと、学園理事長からもみ消しを命じられた秘書。動機が正反対で明らかに利害対立する二人が、何となく意気投合してしまい、協力して調査を進めることに。というわけでバディものに展開してゆきます。

 しかし、周囲をぐるぐる回っているようでなかなか辿り着けない真相。迫るタイムリミット。


――――
「現実をみつめろよ。甲田」石持はつめたい目で言った。「おれたちは負けたんだ」
「負けてない。おれはまだ負けた気がしない」
「そんなのは、あんたひとりの勝手な――」
「時間をくれ。1時間、いや30分でいい」甲田は必死だった。「なにかあるはずだ。いやあるんだ。逆転する方法が。なにかひっかかってるんだ。頭の中になにかが――」
――――
単行本p.241


――――
「なにが放送されるにせよ、茶番だ」盗聴者はつぶやいた。
「真相は誰にもわからない。なぜなら、誰もわかりたいとは思わない種類の真相だからだ」
――――
単行本p.301


 犯行のとき教室にいた生徒たちがどのように行動したのか。生徒全員の位置と動きを書き込んだ見取り図が付いています。付いているどころか、実に93枚!、平均して4ページ毎に1枚、見取り図が並んでいる様は壮観です。ですが、これが推理に必要なのかどうか。そもそも犯人も動機も分かっているのに「何」を推理すればいいのかもよく分からない。「あらゆる分野の命令系統のいかなる箇所にも自由に干渉できる権限をもつ謎の組織」の「動機」を推理しろと言われても……。

 というわけで、初手から両角長彦らしさ爆発という感じのデビュー作。個人的にはお気に入りの作風なんですが、はたして真面目なミステリ読者はどう受け止めたのでしょうか。



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『大尾行』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「プロの探偵が本気になって尾行すれば、追い切れないマルタイなどありえない」
「そう。君の言うことは正論だ。しかし――」
「しかし、なんだ?」
「すくなくとも一人は実在するようなんだ、尾行不可能(アントレイサブル)な女が――そう、女性なんだがね」
――――
単行本p.42


 何十人もの尾行者で包囲しても、最新のデジタルテクノロジーを使った完璧な尾行システムを駆使しても、必ずロストしてしまう尾行不可能(アントレイサブル)な女。目の前で鮮やかに「消失」してのけた彼女の謎を追う探偵は、いつしか自分の方が追われていることに気づく。孤立無援の窮地から逆転は可能か。追うものと追われるものが反転するサスペンス長編。単行本(光文社)出版は2012年6月、文庫版出版は2014年12月、文庫のKindle版配信は2016年2月です。


――――
 かつての探偵はあくまで「個人」だった。いったん尾行をはじめたら、その一人ないしはチームだけが最後までそれをおこなう。指示してくれる者などどこにもいない。現場での個々の判断がすべてだ。今は違う。探偵とは「組織」であり、少数の頭脳と多数の手足だ。個人としての探偵は組織に奉仕するパーツのひとつにすぎない。(中略)
 頭脳は探偵社本部に詰める数十人のスタッフで、その他数百人の探偵が、その指示にしたがって、手足となって動く。一人ひとりのノルマは一日二十件、十五時間労働である。過労でたおれる社員が続出する。保険も組合もない。働けなくなったら使い捨てである。
――――
単行本p.13、29


 徹底した分業体制と最新のデジタルテクノロジーを駆使して、まさに物量で尾行対象者(マルタイ)を追う尾行システム。これによる大量案件の処理で依頼料の大幅な引き下げを実現した探偵社は、昔ながらの探偵事務所を次々と吸収して今や巨大企業となった。

 そこにつとめる探偵の一人である村川のもとに持ち込まれたのは、常識では考えられない奇怪な案件だった。ある大企業からの依頼で尾行していた女が、探偵社が誇る完璧な尾行システムをかいくぐって何度もロストしてみせたというのだ。

 追跡不可能者、アントレイサブル。そんなものは存在しない。それを証明するために自ら陣頭指揮をとって彼女、遠野尚子を追った川村だが……。


――――
 この瞬間、じつに総勢五十人の態勢で、遠野尚子一人を追っているのだ。このほか離れた場所には十数人のリレー要員が待機している。もちろん数が多ければいいというものではなく、主に追うのは村川をはじめとする三人で、他の者たちは必要に応じてかけつけることになっている。
――――
単行本p.65


 GPS、眼鏡型デジタルビデオカメラ、無線リンク。居場所を捕捉され、録画され、マルチアングル映像を中央指令室から常時チェックされる対象者。周囲を探偵たちに完全に包囲された状態で、しかも隠れ場所のない渋谷スクランブル交差点のまさにど真ん中で、見事に「消失」してみせた遠野尚子。有り得ない。さすがの村川も呆然とする他はなかった。


――――
 全員呆然としていた。交差点をわたりきるわずか数秒の間に、遠野尚子は消えてしまったのだ。ディスプレイ上に輝点だけをのこして。
 ロストどころか消失そのものではないか。村川にとって初めての経験だった。目の前で魔法を見せられたのだ。
(中略)
再生画像を何度見ても、いくら考えても、わからなかった。
 遠野尚子は「何らかの仕掛け」をしている。ただそれが何なのかわからない。こちらの想像を超越した「何か」であるということ以外は。
――――
単行本p.85、121


 アントレイサブルの謎に挑むうちに、村川は逆に自分が追われていることに気づく。敵は、尾行を依頼してきた大企業。いや、探偵社も敵。かつての同僚たちと完璧な尾行システムが村川を追う。孤立無援の窮地。だが、たとえどんなに困難であろうとも、村川は闘わなければならない。正義のために。


――――
「父がいつも言ってたでしょ――。正義感とはナイフのようなものだ。無闇にむきだしにしない方がいい。心の底にしまっておけ。ここ一番というときのために、って」
「今がその『ここ一番』ではないか」村川はICレコーダーにふきこんだ。(中略)
 ただ、今回の相手は高校生十八人とはくらべものにならない強敵だ。社員探偵千人と、それを動かす頭脳集団。これを向こうにまわして、たった一人で闘うことになる。
――――
単行本p.116


 狭まりゆく包囲網。だが、どこかに逆転の目があるはずだ。そう、遠野尚子がやってのけたように……。

 というわけで、アントレイサブルの謎を追ううちに「大企業の陰謀と闘う」という熱いプロットに移行してゆき、絶体絶命の窮地をどうやって逆転するか、という展開に合流してゆく構成が見事。

 伏線やミスディレクションの使い方も巧みで、絶望的な窮地がくつがえされてゆくクライマックスは「おおっ、そうくるか!」の連続。トリックは正直かなり無茶だと思いますが、展開の面白さのおかげで、そういうことは気になりません。手に汗握るサスペンス小説としてお勧めです。



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『デスダイバー』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


――――
「どれほど入念に再現されようと、それらが『絶命』で終了してしまうかぎり、不十分かつ不完全だ。
 本当のデスダイブとは、死の先にある世界をも体感させるものでなければならない。現世における死に続いて、来世における新しいはじまり。このふたつを連続して体感させることができてこそ、真のデスダイブといえるのだ。
(中略)
 来世の存在を実証することの重要性は、どれほど強調してもしすぎることはない。それによって人間というものが『変わる』からだ」
――――
単行本p.156、164


 使用者の脳に感覚情報を直接入力することで、安全に「死」を体験させるバーチャル・デス=VD。今や娯楽産業の花形にのぼりつめたVD、その最先端の技術開発を行っていた企業の研究所で起きた不可解な事故。現場の状況は、物理的にありえない現象が起きたことを示していた……。通常ミステリ作品では踏み込まない「死後存在」に挑んだ意欲作。単行本(PHP研究所)出版は2013年4月です。


――――
「実際問題、もう一般大衆にしてみたら死ぬくらいしか楽しみはありゃせんわけですよ。そうは思いません?」
――――
単行本p.18


 誰もが経験することになるのに、それがどのような主観体験なのか絶対に分からない「死」。だが、バーチャルリアリティ技術の発展は、それを可能にした。それがバーチャル・デス=VDによる「安全な“死”の体験」。

 今や一大娯楽産業になったVDソフトを最初に開発し、その品質(ノイズの少なさ)で他社の追随を許さないFA社の研究所で、謎の爆発事故が発生した。現場にいた全員が絶命するという異常事態。だが真に異常だったのは、事故の規模ではなかった。


――――
「あの爆発現場は、少なくとも今の段階では、誰の目にもふれさせるわけにはいかないのです――ああ、先生のおっしゃりたいことはわかります。事実を隠蔽しようとしている。たしかにそうです。しかし、少しだけ説明させて下さい。
(中略)
警察はまだしも、こんな現場をマスコミに公開できると思いますか? なんといって説明したらいいんです? それでなくてもFA社は賛否両論の存在だったのに、こんな不可解な現場を見せたら、どんな記事を書かれるか。
――――
単行本p.37、49


 重力縮退崩壊? 瞬間遠隔転移? そんな言葉をもってしても何の説明にもならないほどの異常な現象。その謎に挑むのは、日本ではまだ数少ない未確認事象捜査官=UAIである藤森捷子だった。


――――
 日本ではまれなケースだが、欧米ではよく見られることだ。殺人事件の犯人が、犯行現場の証拠隠滅をするため、あたかもそれが超常現象の結果であるかのように偽装するのである。(中略)UAIの仕事は、その現象が偽装かそうでないかを見極めることであり、欧米では専門職として認定されている。(つまり中には、専門家によって本物の超常現象と認定されたものも数多くあるということだ!)
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単行本p.33


 にわかに高まるXファイル感。FA社が隠している事実に迫った藤森は、そのために軟禁状態に置かれるはめに。だが、異常事態は終っていなかった。事故は、始まりに過ぎなかったのだ。


 というわけで、「死後存在」をテーマにした作品としてはアプローチが『know』(野崎まど)に近いのですが、SFではなくオカルトミステリです。ネタも展開も、米国のTVドラマ『Xファイル』を意識している感じ。謎がどこまで合理的(オカルト論理も含めて)に解決されるのか予想がつかず、最後まで読者を引っ張るところも似ています。

 ただ、新たな人物が登場して藤森に状況説明、次の登場人物が現れて背景説明、さらに次の登場人物が出てきて隠された事実を説明、という具合にひたすら藤森が説明を聞いているというシーンが続くうえ、タメらしいタメもないまま最後のアクションシーンまで一本調子に進んでゆくような構成については、正直、あまり感心しません。ページ数が足りなくて説明だけで手一杯になったような観があり、もう少し分量を増やせばもっと面白くなったのではないかという気がします。



タグ:両角長彦
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