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『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』(河野聡子) [読書(小説・詩)]

――――
快適なこの部屋にみんなであつまりテレビをみる
地獄のリビングルームにテレビセットがあるなんて
完璧に首を吊るまで
だれもしらないこと
地上の人々にはひみつだ
ぜんぶここからみている
――――
『アンダーグラウンド・テレビジョン』より


 1952年の接近遭遇、むかれみかんの噴射、謎のほうれんそう、エアロバイク洗濯マシーン。知的でクールな言葉とデザインで、職場の鬱憤を代替エネルギーとして活用する詩集。単行本(いぬのせなか座)出版は2017年7月です。


――――
「お配りした資料のうち514ページをご覧ください」
などと言われた時、いっせいにページをめくる音が鳴り響く、これをどうにかできないものかと考えるのが、代替エネルギーを思考するということです。重要なのは見過ごされたまま浪費されている力なのです。
――――
『資料』より


 とにかくクールでない言葉はひとつも許さない、というイキオイでそこに在るような、読んでいてとてつもない高揚感に襲われる詩集です。かっこいい。この世にはまだかっこいい言葉の使い方がいっぱいあることに気づく幸せ。


――――
五時。サイレン。
かごの隙間をすりぬけてレシートが滑空する、紙飛行機、アフリカの空を滑空する、わたしは墜落する、飛行機になる
スーパーのビニール袋を広げながら、ほうれんそうが謎である、と、国産契約農家栽培の冷凍ものがほんものより安いのはどうしてであるのか、と、たずねられる。
五時のアフリカに謎のほうれんそうが一面に生える
――――
『紙飛行機』より


――――
八十九年のあいだに
きみは何度かクマになり何度かヒトになる
三日経ってぼくが帰ったとき
きみがクマならたき火を焚いて
きみがヒトならおかゆをつくる
八十九年のあいだにたくさんの
こどものクマとこどものヒトが育つから
三日後のぼくの席はこどものクマに占領され
おかゆはあっという間になくなるだろう
眠りにつこうとするきみのそばで
ぼくはクマになって冬眠に入るのだ
――――
『クマの森』より


 中間部、黒いページに白抜き文字で印字されているのが『代替エネルギー推進デモ』という連作で、「41のパートで構成されたスクリプトに基づいて上演される」戯曲という形式で41篇の詩作が並びます。出演者は「話す人」「書く人」「動く人」の三名で、実際にTOLTAのパフォーマンスとして上演されたようです。

 内容は代替エネルギー思考により身の回りにある無駄に浪費されているエネルギーを有効活用しましょうという意識高い提言ですが、実のところ職場の無理無駄村しきたりに対する鬱憤をぶちまけているような。


――――
電化製品の大好きな上司や夫に向っては、シュレッダーを電動にしたからといってシュレッダー作業が楽しくなるわけではないと説得しなければなりません。電動にしてシュレッダー作業が速くなれば、その分作業が楽しくなるのではなく、するはずでなかった仕事がもっと増えるだけなのはあまねく知られた事実です。
――――
『シュレッダー』より


――――
巨大穴あけパンチに使うわたしのわたしの運動エネルギーが、書類への怒り、書類のもとになった会議への怒り、などというネガティブなものにではなく、すてきな三時のおやつへ変換されるような代替エネルギーが、求められています。具体的には、どら焼き、大福、シュークリーム、イチゴパイといったものへと変換されるのがのぞましいです。
――――
『穴あけパンチ』より


 怒ってます。仕事できないオヤジが偉そうにするためのしりぬぐいのようなくだらない雑用ばかり押し付けられる有能な女性の怒りが紅蓮の炎となって生みだした温度差をカルノーサイクルで電力に変換するような、そんな代替エネルギーのパワーを感じます。


――――
みんなが認めているにも関わらずはっきり言おうとしない、めがねが持っている絶大なパワーとは、かけた人を頭がよさそうに、あるいは間抜けに見せる強力な作用です。プレゼンや上司との駆け引き、また合コンといった場面においてめがねがどのくらい強力な力を持っていることか。代替エネルギー開発において待ち望まれるのは、このめがねパワーを持ち運び可能なエネルギーに変換する技術なのです。
――――
『めがね』より


 という具合に、身の回りにある無駄に浪費されているものをすべて電力に変えるという視点こそが大切なのです。ダイエット発電、おにぎり発電、ラジオ体操発電、ふとんたたき発電、母さんの夜なべ発電、ホッチキス発電、すべり台発電、そして会社の意味不明な会議発電。


 続いて、古めかしい翻訳SFの香りがする詩作へと進んでゆきます。


――――
私はまずヘビをむき、イヌをむき、ウサギ、トラ、タヌキ、シカ、おもいつくかぎりの動物をむいてから植物にとりかかり、自分の知っている限りの花々、木の実、草、キノコをむいた。万能ナイフをむき、レンチをむき、ドライバーをむき、ロケットをむき、宇宙船をむいた。船内のあらゆるものはみかんの香りでむせかえらんばかりだった。宇宙の総体を覆う外皮に近づけば近づくほど、みかんの香りがする。そのころには私は船内にあるみかんの大きさに飽きはじめ、あのみかんそっくりの太陽をむきたい、という欲望をおさえようもなく感じていた。みかんをむくのだ! 気がつくと、私の船はむかれみかんを噴射しながら、みかん太陽の力場からゆっくりと離れはじめていた。
――――
『Citlallohtihca (星々のあいだに立つ)』より


――――
並んだ脊椎の真ん中辺りに、奇妙な隆起があるが、何も話さない。壁に押しつけてみる。けっして痛いと言わない。コールを待っているとき、代わりに痛いと言ってやることすらある。脚は右の方が長く左の方が短い。指は節が太く、1976年に四本目の指の腹に芯を刺した痕が残っている。二本目の指は、1952年の接近遭遇で負った傷が化膿し何ヶ月も痛みつづけた。今では皺のよった新しい皮膚で覆われている。
――――
『ブルーブック』より


 余談ですいませんが、「1952年の接近遭遇」とかいうと無闇に興奮してしまうのです。大多数の読者はアダムスキー事件のことだと思うでしょうが、1952年には、ワシントン、クラリオン、そしてもちろんフラッドウッズ、といった有名な事件がいっぱい起きまくっているのです。「1976年」が何を指しているのかはよく分かりません。イランのやつか?


――――
みんなの鎖は永遠にのばすべきだ。
みんなの鎖は永遠にのびるはずだ。
きっとみんなの鎖はのびつづけるだろう。
宇宙がおわるときまで、みんな川のむこうにいる。

みんなをおぼえているよ、とみんながいう。みんなをおぼえつづけるために記録をつなぐ。失敗すれば砕けた鎖の星がふる。とおくから星がふるときは、みんなをめがけて、みんなが降りしきる。あたって砕け、砕けつづける。もう夕暮れで、山口さんのエレベーターがほのあかるい海中塔にしずみ、海藻をつつくさかなたちが、海のふかいほうへおりていく。砂漠のような波のレリーフが刻まれた地層を佐々木さんの非常階段が這いながらのびる。急角度で見おろしたさきに船着き場と釣り人。そこへつうじる表階段はとてもとおい。優雅に手すりをつかみながら鈴木さんが階段をのぼる。佐々木さんの岩壁の道は木のトンネルと岩のトンネルにつづいている。くぐるとエスカレーターの銀色がひかる。小川のように一方向へながれつつ、にぶい輝きを放っている。
――――
『遠くから星がふる』より


 あまりのかっこよさに悶絶しそう。

 というわけで、最初から最後まで知的でクールな言葉が並ぶしびれるような詩集。付録小冊子として「いぬのせなか座/座談会5 『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』をめぐって」がついています。

 お問い合わせはいぬのせなか座まで。

いぬのせなか座
http://inunosenakaza.com/

通販申し込み
http://inunosenakaza.com/works.html#tsuhan



タグ:河野聡子
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『あかむらさき』(小川三郎) [読書(小説・詩)]

――――
新月の光を浴びながら
人間的な感情など
どこかに行ってしまった様子のあなたは
自分の小魚を食べ尽くし
私の指にまで
手を出そうとするので
あまいキスをし
また海へ行こうというと
しょんぼりとうなずいたのだ。
――――
『秋夜』より


 2017年7月9日は、夫婦で江戸東京博物館に行って、詩の同人誌即売会「第21回 ポエケット」に参加しました。そこで購入したものです。あかむらさきのカバーにタイトルと目次を印刷し、その上からオレンジのカバーを(タイトルだけ見えるように)かぶせた手作り感あふれる装幀。八篇を収録した詩集です。発行は2017年7月9日。

 リズミカルな散文のような作品が並びます。奇妙なシチュエーション、どこかしんみりとした味わい。奇妙な味のショートショートとして読むことも出来そうです。


――――
どこかのじじいが
私の最後を見て
口を開けていた。
なにか意見を言いたいらしかったが
私は私の最後を遂げていただけで
なにかを訴えたいわけではなかった。

最近の若者たちは
私の最後など興味がないようで
いくら苦しいうめき声を上げようと
平然と横断歩道を渡っていく。
腕組みなんかして
なんとも偉そうだ。

私は最後をいったん停止して
自転車に乗ってもう一度手紙を出しに行った。
ポストの前でしばらく待ってみたが
やはり返事は来なかった。
――――
『路上にて』より


――――
穴の底には
穴以外には空しかなかった。
ここはもしかすると私が
ずっと来たかった場所ではなかったろうかと
しばらく考えたが
どうやらそうであるらしかった。

妙な違和感が穴にはあって
私はそこで寝そべって
空を眺めていたのだけれど
ときおり誰かが
穴の縁から覗き込んで
いぶかしげに底を見回してから
まだ誰もいない
とつぶやいて引っ込むのだった。
――――
『穴』より


 もしかして社会風刺かしらんと思わせつつとぼけた味わいで煙に巻いてしまう作品が個人的にお気に入りなのですが、不気味なシチュエーションでじわじわおびやかしてくるような作品も印象的だと思います。


――――
ふたりが挙げた手に応えるように
銀杏は身体全体でふたりに覆いかぶさった。
そのそばで両親だか他人だかが
その様子を見守っていた。

それは秋の午後
この季節には恒例の
微笑ましい光景として公園の端にあったわけだが
私にはやはり恐ろしいことのように見えた。

私はそのような決めごとになじめない。
どうにもこうにも
あってはならないことのような気がして仕方がない。
考えてみれば私は生まれてこの方
銀杏の樹に触れたことすらない。
――――
『銀杏』より


――――
部屋の外を
夜がすっぽりと包んでいた。
それは当たり前のことなのだと
いくら自分に言い聞かせても
駄目だった。

私は下着ではない。
私は下着にはなれない。
私は下着になるのがこわい。

下着は
少しずつ少しずつ乾きながら
鴨居の下にぶら下がっていた。
――――
『下着』より


 不安としんみりという相性悪そうな感情が無理なく一体化しているようで、最初に読んだときより後からじんわり気になってきます。


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『おばけ詩篇』(暁方ミセイ、装幀:カニエ・ナハ) [読書(小説・詩)]

――――
じっとり赤い牛が
むこうの木の間で見ている
顔のない人たちが
白い円盤を追い続けて
見えなくなったり
また現れたりする
――――
『赤牛記念公園』より


 2017年7月9日は、夫婦で江戸東京博物館に行って、詩の同人誌即売会「第21回 ポエケット」に参加しました。そこで購入したものです。いわゆるフランス装というのか、アンカット(袋とじ)の詩作6篇を、一冊、一冊、手作りで装幀したのはカニエ・ナハさん。発行は2017年7月9日。

 なにしろフランス装なので切らないと読めないわけですが、手元にペーパーナイフといったおしゃれな道具はなく、そこらのハサミでじょきじょき切り開いて、この世に一冊しかない自分だけのおばけ本が完成しました。能動的に読書してるなー、って実感です。

 おばけ詩篇といっても、ねないこだれだ的オバケが出てくるわけではなく、むしろ精霊や自然神のような人間と隔絶した存在に対する畏怖の念を引き起こす作品が多くなっています。


――――
木は従う
強いものに従う
わたしの命を隠しながらじろじろ眺め
ちっぽけな魂だけを
ビリジアンに落ち窪んでいく
森から追い出そうとする
夕方、夕方、
背中をおおきな掌で
どおうっと
押すもの。凄まじいもの。
――――
『天狗』より


――――
生物の構成を覗き込むような
雲の模様は
わたしの認識できる
ものの縮尺をずっと小さくしてしまって
二相にわかたれた世界の間に
光のたおやかな境界をはる
すさまじい
放射の音楽だ
巨大な横顔はけして
地上のほうに目をくれない
――――
『巨眼』より全文引用


 幽霊の気配を描いた作品も印象に残ります。決して怖いわけではないのですが、どこか置き去りにされたような心もとない感触。


――――
影に
どしん、どしん、と響くものがある
わたしの命を
突然取るもの
それを正しい瞬間に
変えるもの
――――
『七月三十日』より


――――
今朝方の雨は
こめかみを刺し
庭の濡れた草の匂いに
タイの山奥の民家や
またドイツの温泉宿の
古びた窓辺が
ここに現れるが
少し線香の香りがして
やがて途絶える
――――
『仲春暗影』より


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『海の家のぶたぶた』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

――――
 バレーボール大くらいの桜色のぶたのぬいぐるみが、トレイの上に大きなかき氷を載せ、しずしずと現れた。氷につきそうな突き出た鼻、大きな耳の右側はそっくり返り、黒ビーズの点目はやけに真剣に見える。
 そのバランス、変だろ! と朝は心の中でツッコむ。かき氷が超絶軽くなきゃ、そんなもの持てないと思うけど!?
 いや、持てる持てないの問題じゃなかった。ぬいぐるみが動いているのがおかしい。そこを飛ばして考えてるあたしもおかしい。
「どうぞ」
 隣の椅子にぴょんと飛び乗って、たんっとかき氷の皿が置かれた。
「洋風宇治金時です」
 そのネーミングが一番おかしい。
――――
文庫版p.214


 赤と青の屋根が印象的な、レトロな海の家。かき氷が美味しいと評判のその店「うみねこ」をネットで検索してみれば、みんながアップしたかき氷の写真に、いちいち見切れて写り込んでいるぬいぐるみの姿が。大好評ぶたぶたシリーズ、今回は海の家を舞台とする五つの物語を収録した短篇集。文庫版(光文社)出版は2017年7月です。

 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、心は普通の中年男。山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。「ぶたぶた」シリーズはそういうハートウォーミングな物語です。

 今回の山崎ぶたぶた氏のお仕事は、海の家の店長さん。かき氷が評判の店で、昔ながらのかき氷も、最近流行りの「ふわふわかき氷」(雪花冰)も、どちらも食べられます。毎話、かき氷の美味しさについて溶ける勢いで熱く語られるので、読者も思わず食べたくなってくるという、季節ぴったりの旬な短篇集。


[収録作品]

『海の家うみねこ』
『きっと、ぬいぐるみのせい』
『こぶたの家』
『思い出のない夏』
『合コン前夜』


『海の家うみねこ』
――――
扶美乃はますますここでバイトをしたくなった。だってぬいぐるみと一緒に働くなんて、めったにできないことだ。ものすごくきついかもしれないし、お給料も少ないかもしれない。それでも、ここで――この山崎ぶたぶたというぬいぐるみと一緒に働きたいと思ったのだ。
――――
文庫版p.26

 人見知りの性格を何とかしたい。そう思って、親に内緒で海の家のバイトに申し込んだ高校生。だが店長から「親御さんのご許可はいただいてくださいね」と釘を刺されてしまう。バイトなんて絶対ダメ、の一点張りの母親をどうやって説得すればいいのか。店長がぬいぐるみだから大丈夫、って言っても説得力ないし。

 連作の舞台となる海の家「うみねこ」を紹介する導入話。


『きっと、ぬいぐるみのせい』
――――
「ぬいぐるみのせい」と言われてこんなものを見るとは――何これ、異世界? 何をきっかけに迷い込んだの? ふられたから? ふられたショック!?
「ふられた」って二度続けたら、ダメージでかかった……。
――――
文庫版p.67

 海にデートに来ていた男子高校生。だが、彼女は何かに怒って「あのぬいぐるみのせい」と言い残して帰ってしまう。が、しかし、思い当たるふしがない。なぜふられたんだろう。何が彼女をそんなに怒らせたのか。ショックのあまり手近な海の家にふらふらと入ってみると、いたーっ、動いてしゃべるぬいぐるみが、そこに。

 当人にとっては切実な恋愛相談、はたから見れば爆笑コメディ。男子高校生って、女性の気持ちがまったく分かってない、というか女性の気持ちがまったく分かってないことが分かってないよね。

――――
「ぬいぐるみだから気持ちがわかるんですか?」
「いや、ぬいぐるみの気持ちじゃなくて、彼女さんの気持ちですが」
――――
文庫版p.102


『こぶたの家』
――――
「ぶたぶたさんがサーフィンしてるのも見たんだよ」
「ええっ、そうなの!?」
 まばたきもしないビーズみたいな点目が、ちょっと見開かれたように見えた。こぶたなのかぬいぐるみなのか、あるいは人間なのか――どんどんわからなくなっていく。
 まあ、夢なのか現実なのかもわかんないけど。
「恥ずかしいな~」
 身体を両手(?)でくしゃくしゃにしている。これが「恥ずかしい」ってことなのか!
――――
文庫版p.137

 絵本『三びきのこぶた』に出てきたこぶたさんが、サーフィンしようとしてあっと言う間に波にさらわれるのを目撃した子供。嵐が来たとき、あのこぶたさんのお家が絵本のように壊れてしまうのではないかと心配して様子を見に来たところ、こぶたさんは「大丈夫、けっこう頑丈だからね」などと言いつつ、本人が風に飛ばされてしまう。ぴゅー。

 身体を両手でくしゃくしゃにして恥ずかしがる山崎ぶたぶた氏、今作最大の見せ場だと思う。


『思い出のない夏』
――――
 それより、あの海の家だ。父親がやっていたのとそっくりの海の家。
 いや、よく思い出してみれば、違う。屋根の形や色は微妙に違うし、建材も新しい。多分あれは、今年できたものだろう。
 でもなんだか、雰囲気がそっくりなのだ。気味が悪いほど。あれを見た時、一気に三十年くらい時間が巻き戻った気がした。一人ぼっちで父の海の家を見つめている小学生の頃の自分が見えたようだった。
――――
文庫版p.166

 幼い頃に両親から放っておかれ、寂しい思い出ばかりの故郷。そこに自分の子供を連れて戻ってきた男が、かつて両親がやっていたのとそっくりな海の家を見つける。外見もそっくり、店名も同じ。なぜ、どうして。混乱する父親、そして子供は波打ち際にぐったり落ちているぬいぐるみを拾うのだった。


『合コン前夜』
――――
 そういうことなんだろうな、と思う。あの店長とちょっとでも話をすれば、ネットに彼の情報を出すことをかえってためらってしまう。信じられないことだけれど、他の人にまで信じさせたいとは考えられなくなってくるのだ。
 ぬいぐるみだけど、ぬいぐるみじゃないというか――それより、あのかき氷おいしい、とか、新しいカフェに行きたい、とか、そっちに目が行くことになる。
――――
文庫版p.223

 合コンの幹事を務めている女性が、海の家へと下見にやってくる。注文した洋風宇治金時が絶品。でも、そのネーミングはないだろ、というかあんな軽いぬいぐるみがかき氷を運ぶというのは無理があるだろ、その前にぬいぐるみが歩いてしゃべるのってどうなの、っていうか、食べる前に写真撮るのを忘れてた!

 最終話は楽しいコメディ作品。店長の顔出しNGなので、みんな注文したかき氷を前に自撮りしつつ店長が見切れる角度で撮影してはせっせとSNSにアップしている、というのが妙におかしい。



タグ:矢崎存美
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『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 4』(川口晴美:テキスト、芦田みゆき:写真、小宮山裕:デザイン) [読書(小説・詩)]

【稀人舎】小宮山裕さんのツィートより
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今回は普通の本です。ところどころこんなんなってますけど、ちゃんと綴じてあるし、順番になってるし、普通の本です。
https://twitter.com/kijinsha/status/873066723154382850
――――
最後の仕上げに、こうして、こうじゃ!
https://twitter.com/kijinsha/status/882434800404922371
――――


 2017年7月9日は、夫婦で江戸東京博物館に行って、詩の同人誌即売会「第21回 ポエケット」に参加してきました。そこで購入したものです。

 これは、『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら』のスピンオフ作品。

 まず『双花町』というのは、電子書籍リーダーKindleで配信されている全6篇から構成された長編ホラーミステリ詩。不穏な言葉と、不穏な写真を、不穏な構成で組み合わせた、不穏な作品です。紹介はこちら。


  2014年10月08日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.1』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-10-08

  2014年10月21日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.2』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-10-21

  2015年01月27日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.3』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27

  2015年06月09日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.4』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-06-09

  2015年07月27日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.5』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-07-27

  2015年09月03日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.6』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-09-03


 この、最初から電子書籍としてのみ配信された『双花町』の、"paper version"という謎めいた存在。といっても電子書籍を紙に印刷したものではなく、『双花町』を構成しているテキストと写真を、『双花町』とは異なる方法で再構成したもので、デザイン担当の小宮山裕さんのこだわりが形になっちゃったという作品。

 "paper version 1"は入手し損ねたのですが、"paper version 2"および"paper version 3"の紹介はこちら。


  2015年07月06日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 2』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-07-06

  2016年08月02日の日記
  『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 3』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-08-02


 これまでの「紙片詰め合わせ」とか「カードデッキ」といった形式に比べると、今回の"paper version 4"は、小宮山裕さんが「普通の本です」と力説する通り、まあ普通かどうかは程度問題として、少なくとも薄い本の形をしています。

 しかしそこはやはりというか。折り込みページあり、破かれたページの切れ端が挟み込まれていたり、本編に登場する貼り紙が実際にテープで貼りつけられていたり、本編でくしゃくしゃにされた手紙のページが物理的にくしゃくしゃにされてたり。最後のやつが、こうして、こうじゃ! と叫びながら小宮山裕さんが働いた狼藉の跡です。

 写真とテキストの組み合わせ方も本編とはまた違った不穏さをかもしだしています。あくまでディスプレイに表示される本編とは別に、手の中にブツとして存在する冊子、それも乱暴に破かれたりくしゃくしゃにされたりした痕跡が残るその不穏さには、また格別なものがあります。


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