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『太陽の舟 新世紀青春歌人アンソロジー』 [読書(小説・詩)]

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 ここに二十代、三十代の新鋭歌人によるアンソロジーが完成した。結社や地域を超えてこの世代のアンソロジーがまとまって編まれるのは、初めてのことだろう。(中略)歌壇ヒエラルキーに捉われず、新世紀の青春の生身の声が、短歌として響いてくる一冊といえるだろう。「太陽の舟」にこの世、あの世を超えた共同性の幻像をみたい。
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単行本p.266


 若手歌人から選ばれた42人について、それぞれ「自選六十首」を掲載した短歌アンソロジー。単行本(北溟社)出版は2007年11月です。

 先日読んだ『桜前線開架宣言』(山田航)があまりにも面白かったので、同じく若手歌人の短歌アンソロジーということで本書も読んでみました。ちなみに『桜前線開架宣言』の紹介はこちら。


  2017年03月08日の日記
  『桜前線開架宣言』(山田航)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-08


 おそらく何人も同じ歌人が選ばれているだろうな、と予想していたのですが、何と一人も重複していません。『桜前線開架宣言』の出版は2015年12月、本書は2007年11月ですから、8年の開きがあります。それを考慮しても、「注目すべき若手歌人」の数がこんなに多く、途切れることなく次々とデビューしているという事実には驚かされます。

 というわけで、この二冊に目を通せば、今世紀に入ってから注目された歌人の代表的な作品を一度に読めるわけで、短歌入門としてお勧めです。

 本書に掲載されている歌人は次の通り。あえて「あいうえお」順に掲載することで、結社やグループと無関係だということを強調しているようです。ちなみに、1人につきそれぞれ紹介1ページ(顔写真付き)、自選作品60首(4ページ、1ページあたり15首)、自己紹介エッセイと年譜が1ページ、総計6ページが割り当てられています。


朝倉美樹
天野慶
天野陽子
今村章生
上原康子
内田彩弓
大石聡美
大木恵理子
大隅信勝
大橋麻衣子
小田何歩
神尾風碧
岸野亜沙子
北川色糸
木戸孝宣
栗原寛
小玉春歌
小林幹也
近藤武史
鷺沢朱理
笹岡理絵
佐々木実之
佐藤晶
鹿野氷
清水寿子
高山雪恵
田中美咲希
棚木恒寿
千坂麻緒
月岡道晴
當麻智子
中川佳南
縄田知子
本多忠義
宮坂亭
三宅勇介
矢島るみ子
横尾湖衣
渡邉啓介
渡辺琴永
渡辺理紗
由季調


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『たべるのがおそい vol.3』(星野智幸、最果タヒ、山尾悠子、他、西崎憲:編集) [読書(小説・詩)]

 小説、翻訳小説、エッセイ、短歌。様々な文芸ジャンルにおける新鮮ですごいとこだけざざっと集めた文学ムック「たべるのがおそい」その第三号です。掲載作品すべて傑作というなんじゃこらあぁの一冊。号を重ねるごとに次のハードルを目一杯あげてゆくような、スリルに満ちたvol.3。単行本(書肆侃侃房)出版は2017年04月です。


[掲載作品]

巻頭エッセイ 文と場所
  『Mさんの隠れた特技』(小川洋子)

特集 Retold 漱石・鏡花・白秋
  Retold 鏡花『あかるかれエレクトロ』(倉田タカシ)
  Retold 漱石『小詩集 漱石さん』(最果タヒ)
  Retold 白秋『ほぼすべての人の人生に題名をつけるとするなら』(高原英理)

創作
  『白いセーター』(今村夏子)
  『乗り換え』(星野智幸)
  『エスケイプ』(相川英輔)
  『虫歯になった女』(ノリ・ケンゾウ)
  『親水性について』(山尾悠子)
  『一生に二度』(西崎憲)

翻訳
  『ピカソ』(セサル・アイラ、柳原孝敦:翻訳)
  『カピバラを盗む』(黄崇凱、天野健太郎:翻訳)

短歌
  『すべてのひかりのために』(井上法子)
  『黙読』(竹中優子)
  『隣り駅のヤマダ電機』(永井祐)
  『二〇一七年、冬の一月』(花山周子)

エッセイ 本がなければ生きていけない
  『『本がなければ生きてこれません』でした。』(杉本一文)
  『本棚をつくる』(藤原義也)


『白いセーター』(今村夏子)
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 ……離婚しますか、わたしは伸樹さんにきいた。伸樹さんは、結婚しないと離婚できないよ、といった。
 あの晩、伸樹さんの黒いコートにくるまれていたわたしの白いセーターは、汚れからは守られたけど、においからは守られなかった。
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単行本p.33

 婚約者の姉から「クスマスイブの午前中だけ、子どもたちを預かってほしい」と頼まれた語り手。ごく簡単な用事のはずだったが、予想外のトラブルが起きて……。子どもというものの嫌な側面が生々しく心に刺さってくる短編。vol.1に掲載された『あひる』もそうでしたが、やわらかにネグレクトされる弱い立場の人、を表現するのがうまい。こわい。


『乗り換え』(星野智幸)
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いやいやいや、おまえじゃないから。同じ星野智幸だけど、おまえは俺じゃないから。俺にはならなかった俺ってことは、俺じゃないから。同じ星野智幸でも、違う人生送ったら別人だから。共通するところはたくさんあるけど、そんなの双子だって別々の人生送ればまったくの別人だろ。
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単行本p.46

 サッカー観戦から帰宅する途中、ふと立ち寄った店で出会った星野智幸。同じ星野智幸なのに人生どこで分岐したのか、それぞれの記憶を確認してゆく二人。『俺俺』にも似た奇妙なシチュエーションを駆使して語られる「私小説」。自民党公認、保守派の県議候補である星野智幸、というのがすごい。「感銘も受けている。打ちのめされてもいる」(単行本p.48)


『小詩集 漱石さん』(最果タヒ)
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美しいひとが生き抜いていくには、その美しさを許容できるほどの美しい世界が必要で、そんなものはこの世にない。長く伸びた花が、きみどりの細い茎をどうしてか空に向けて張り詰めていて、彼は空に呼ばれているのかな、だから重力に負けないのかなと悲しくなった。詩を書いても、絵を描いても、世界には私が溶け込めない部分があって、私を燃やしても残る骨と髪があって、孤独という言葉は、だからチープだと知っている。
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単行本p.68

 夏目漱石をイメージした四篇『夢の住人』『走馬灯』『先生』『文学』から構成された小詩集。


『ピカソ』(セサル・アイラ、柳原孝敦:翻訳)
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 ある日、魔法の牛乳瓶から現れた精に、ピカソを手に入れるのとピカソになるのとどちらがいいかと訊ねられた、そこからすべてが始まった。どちらでも願いを叶えてあげよう、と精は言った。ただし、どちらか一方だけ。
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単行本p.78

 ピカソの絵か、ピカソになるか、叶う願いはどちらか一つだけ。
 モスラの幼虫が大暴れする『文学会議』や、不良少女二人組〈愛の襲撃部隊〉がスーパーマーケットで殺戮を繰り広げる『試練』で、読者を大いにたじろがせたセサル・アイラのたじろぎ小説。ちなみに『文学会議』の紹介はこちら。

  2016年03月08日の日記
  『文学会議』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-03-08


『カピバラを盗む』(黄崇凱、天野健太郎:翻訳)
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 今ほど、カピバラを盗むのに適した頃合いはあるまい。この島国がまるごと、対岸からのすさまじい口撃にさらされている。頭がいかれた総統が、中国への「反攻」、つまり宣戦布告をしたのだ。その瞬間、オレは、ワンパク・サファリパーク(頑皮世界)に忍び込み、カピバラを盗み出すことに決めた。
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単行本p.106

 「大陸反攻」とか、今さら、マジで宣告。ついに始まった中台戦争。というかそのはずなんだけど、ミサイルが飛んでくるわけでもなく、軍が動くことすらなく、街は人出で賑わっているし、ネットも遮断されずみんな好き勝手につぶやいている。台湾が置かれてきた不安定で先の見えない状況は、戦時中でさえ変わらないのかよ。こうなったら、カピバラを盗むしかない。今がそのときだ。
 現代の台湾社会と政治に対する若者の感覚を鋭くとらえた短編。話はシリアスですが、でもやっぱり台湾料理うまそう、カピバラかわいい。


『親水性について』(山尾悠子)
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 停滞することなくつねに神速で移動せよ。速度のみが我らの在るところ。言の葉は大渦巻きを呼び、ものみなさかしまに攪拌されながら巻き込まれていく――堕ちていく――肺は水で満たされ、密かに鰭脚をそよがせると額に第三の目がひらく。
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単行本p.149

 永遠に漂い続ける巨大船に乗っている姉と妹。神話的イメージを連打してくる高純度山尾悠子。


『一生に二度』(西崎憲)
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 みすずの生活はそういうふうに空想というものに特徴付けられている。
 そして空想のほうがみすずの許にやってきたこともある。大学二年生の時だった。ある男の姿をとって。
 その男のことを思いだすと、いつも全体がひとつの夢であったような錯覚におちいる。
 たしかに期間も長くなく、深くつきあったわけではないので、そう思えてもおかしくはない。
 大学二年の時だった。
 大学は中央線の先にあった。
 オスカー・ワイルドの小説の話。
 つづきを知っているとその人は言った。その先を知っていると。
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単行本p.153

 空想癖のあるみすずが出会った男は、『ドリアン・グレイの肖像』がその後どうなるのか続きを知っているという。それどころか、どんな物語についても彼はその後どうなるかを知っていた。日系人強制収容所における迷信と噂話の流布。フィンランドで起きた奇怪な殺人事件。理由不明なまま繰り返される海難。謎めいた魅力的な物語が、結末を欠いたまま次々と投入され読者を魅了してやまない傑作。素晴らしい。



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『黄色いボート』(原田彩加) [読書(小説・詩)]

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人件費削減しようそうしよう浮ついている春の会議は
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壇上に追いたてられてスピーチをさせられている手負いの獣
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こんなにもひとを嫌っている春は胸の底までぬかるんでいる
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帰ったら上着も脱がずうつ伏せで浜辺に打ち上げられた設定
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バファリンが効くまで床にうずくまり鵺のことなど考えていた
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買ったもの思い出せずにAmazonの箱を開ければまた箱がある
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 仕事がつらい。職場がつらい。何でこんな理不尽ばかりまかり通るのか。職場や生活に対する怒りを吐き出すような非正規女性労働歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2016年12月です。


 とにかく仕事がつらい。何もかもつらい。そもそも通勤がつらい。

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淡い空 女性専用車の床を踏みしめている無数のヒール
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往来で転んだけれど無関心決め込まれている世界がいいね
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やってくるひとは途切れず永遠に誰かのためにドアを押さえる
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 ようやく職場に到着すると、そこで待っているのは理不尽と意味不明な苦役ばかり。

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一斉に鳴っているのに誰ひとり取らない電話駆け寄って取る
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そうですねおそれいります意味のない言葉の先でねじれるコード
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壇上に追いたてられてスピーチをさせられている手負いの獣
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 つのる怒り、あふれるストレス。非正規だからか。女だからか。

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花が咲くように怒りはいちどきに溢れてキーボードが壊れそう
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ひといきに陸へとあがる苦しさだ誰もわたしに話しかけるな
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こんなにもひとを嫌っている春は胸の底までぬかるんでいる
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もう二度と開かぬ窓と決めている窓を覗くな窓を叩くな
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 でも他人のおかげで状況は悪化してゆくばかり。

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引火して辺り一面燃えているなかでようやくひとりになった
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もう君に相談したりしなくても火の輪くぐりはひとりでできる
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まだ何も失ってない 真四角の窓から見えるアンテナに鳥
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 もちろん業績など上がらず、責任だけは下へ下へとスムーズに。

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人件費削減しようそうしよう浮ついている春の会議は
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議事録は上書きされて 断定で書いたところを直されている
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辞めるって決めたら楽になったよと踊り場へ来て同僚はいう
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 疲れ切って帰宅しても、ぜんぜん楽にならない。しんどい。

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終電のドアに凭れて見ていればこのまま夜明けになりそうな空
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帰ったら上着も脱がずうつ伏せで浜辺に打ち上げられた設定
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バファリンが効くまで床にうずくまり鵺のことなど考えていた
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 こんな毎日の繰り返しがいつまで続くのか。なぜ続くのか。

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買ったもの思い出せずにAmazonの箱を開ければまた箱がある
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コーヒーはこんなに黒い飲み物か深夜の街に雨が降ってる
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夢で長く生きてしまった明け方に目覚めたときのとおい心音
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眠ったら遠くへ行けた/目覚めたらまだここにいた 雨の日曜
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 どんどんひどくなってゆく労働環境。全方位こづきまわされるような非正規女性社員の扱い。せめて仕事させろよ。そんな状況にあっても決してくじけず、戦い、働き、生き延び、そして苦々しいユーモアにくるんで短歌にする。言葉のちからで理不尽に反撃する、そんな怒りの力強さがひしひしと感じられる労働歌集です。



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『日本の中でたのしく暮らす』(永井祐) [読書(小説・詩)]


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窓の外のもみじ無視してAVをみながら思う死の後のこと
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大みそかの渋谷のデニーズの席でずっとさわっている1万円
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『とてつもない日本』を図書カードで買ってビニール袋とかいりません
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 都会で孤独に生きる若者の寒々しいリアルを詠み続ける都市生活歌集。単行本(BookPark)出版は2012年5月です。

 「季節のうつろい」であるとか「秘めた恋心がどうのこうの」といったことを詠むのがふつうの短歌、という古くさい偏見を捨てきれないでいるのですが、そういうのぶっ飛ばしてくれる歌集です。

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窓の外のもみじ無視してAVをみながら思う死の後のこと
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 あ、季節とか、恋とか、関係ないんで。ぼくが生きてるリアルはそういうのじゃないんで。目をあわせないまま、もぐもぐとそうつぶやいているような感じ。でも、絶対に譲らない、合わせない、最後まで自分の都市生活実感をうたう。そんな若さがまぶしい。まぶしくない。

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リクナビをマンガ喫茶で見ていたらさらさらと降り出す夜の雨
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大みそかの渋谷のデニーズの席でずっとさわっている1万円
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昨日と今日の睡眠時間を足してみる足してみながらそば屋へ向かう
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 この圧倒的な生活感。どうにもやるせない気持ちになります。仕事も、虚ろな明るさに満ちた感じで、しんどい。

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はじめて1コ笑いを取った、アルバイトはじめてちょうど一月目の日
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三十代くらいのやさしそうな男性がぼくの守護霊とおしえてもらう
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次の駅で降りて便所で自慰しよう清らかな僕の心のために
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 心を癒してくれる動物を詠んだ作品もありますが、やっぱりこういうことに。

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寒いと嫌なことの嫌さが倍になる気がする動物の番組を見る
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ミケネコがわたしに向けてファイティングポーズを取った殺しちまうか
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思い出を持たないうさぎにかけてやるトマトジュースをしぶきを立てて
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 淡々とした日々の暮らしを詠んだ作品も、ユーモラスなのに笑えない。というか、寒々とした心象風景を前に、思わず立ちすくむような、真顔のまま乾いた笑いでその場をしのいでいるような気持ちになります。

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『とてつもない日本』を図書カードで買ってビニール袋とかいりません
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グーグルの検索欄にてんさいと書いて消すうんこと書いて消す
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今日は寒かったまったく秋でした メールしようとおもってやめる する
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さて義務をはたさなきゃコーヒーを買いさて義務をはたさなきゃコーヒーを飲んだら
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 というわけで、リアルな都市生活実感を直球でぶつけてくる作品ぞろい。いたたまれないような気持ちになる、でも不快ではなく、むしろ若々しさに対する敬意のようなものを感じてしまう、いやそれは本当なんですよ、そして最後まで読んでからタイトルが実に挑発的だということに気づく。そんな歌集です。


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『関東戎夷焼煮袋』(町田康) [読書(小説・詩)]

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関東に四十年住むうち、私は現地人化してしまった。知らず知らずのうちに大阪人ではなくなっていたのである。
 後醍醐帝は、関東者戎夷也天下管領不可然、と言った。
 この、戎夷、という言葉が私の心に重くのしかかった。
 勿論、天下を管領しようなどと大それたことを考えている訳ではない。ただ、戎夷、という激しい言葉によって故郷喪失の悲しみが実体化したのである。
 それがわかって私は荒れた。自暴自棄になってサイダーの一気のみをしたり、もうこうなったら裏庭でハーブとか育ててやろうか。そして赤福餅を喉に詰まらせて死んでやろうかとも思った。
 しかし、やがてそれは退嬰的な考えだ、と思うようになった。そして、もう一度、本然の自分というものを回復してみよう、と決意した。
 そのために私は、うどん、からやり直した。大阪人のソウルフードとも言うべき、うどん、を自ら拵え、食すことによって大阪の魂を回復しようと試みたのだ。
――――
単行本p.62


 シリーズ“町田康を読む!”第57回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、関東戎夷に成り果てた我が身を嘆き、大阪魂を回復すべく粉もんを拵えてはわやになる連作短篇集です。単行本(幻戯書房)出版は2017年3月。


後醍醐天皇いわく
「關東は戎夷なり。天下の管領然るべからず」
(関東の幕府など蛮族である。天下を管領する資格はない)
『花園天皇宸記』より


 歴史もない、文化もない、おもろない、蛮族同然。そのような関東戎夷になり果ててしまったことを恥じる作家が、己の魂を取り戻すべく、うどん、ホルモン焼、お好み焼、土手焼、イカ焼など、大阪こってこてソールフードを拵えては食すという修行に挑む連作短篇集です。


[収録作品]

『うどん』
『ホルモン』
『お好み焼』
『土手焼』
『イカ焼』


『うどん』
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 それでも所用があって大阪表に参るたんびに、大阪の通常のうどんを食し、これこそが本来のうどん、通称・本来うどんである、と確認するようにしていた。しかし、それも次第にやらなくなり、関東滞在二十年を過ぐる頃より、うどんに東西なし、という思想を抱くようになっていた。
 しかし、自分は自分を大阪におった頃の自分と変わらぬ自分と信じ、豚キムチチャーハンを食べたり、浜崎あゆみの楽曲を聴くなどして楽しく生きていた。喋ろうと思えばいつでも大阪弁を喋ることができたし、富岡多恵子さんと対談したし、河内家菊水丸師の番組にも呼ばれたし、上方落語を聴いて笑うこともできたし、っていうか、六代目笑福亭松鶴の物真似すらできた。関東になって自分の上方性はより純化されているとすら思っていた。
 ところが先日、自分はもはや大阪人ではないということを思い知った。
――――
単行本p.9

 とっさに「そんなバカな、俺は紛れもない上方者なのに!」という言葉が出たとき、作家は自分がもはや大阪人ではないことを悟った。故郷と魂の喪失。もはや自決あるのみ。いや、まだ手はある。うどん、である。そこらの黒い汁につかった偽物ではない、本物の、うどん、を食しさえすれば、きっと……。こうして大阪ソウルフードへの挑戦が始まった。


『ホルモン』
――――
はっきり申上げる。やはり時間がなくなってホルモンをこの場では焼けなかった。でも俺、焼きましたよ。結果はいまは言いません。まだ結果が出たとは思ってないから。俺らは永遠に途上で、死んでなお振り返る背中を持っているから。それが文学ということとちゃいますか? 俺にこの原稿を頼んでくれた人よ。
――――
単行本p.55

 「本然の自分のためにホルモンを焼きてほんねんホルモンほんねん」(単行本p.45)
 とりあえず、うどん、に続いて、ホルモン、も駄目だったが、大阪を、故郷を、取り戻すための魂の遍歴は始まったばかりだ。


『お好み焼』
――――
 あはは。なんという皮肉だろう。あほほ。なんという茶番だろう。なによりも関東戎夷に成り果てたことを悔い、涙を流して更正を誓った私がこんなことになるなんて。ラララ、楽しいわ。ラララララ、美しいわ。私は一匹の馬鹿豚として関東でもっともポピュラーなお好み焼きを食べて、それこそ豚のようにブクブク肥えて死ぬるのよ。美しいわ。美しきことだわ。そのお好みには豚肉が入っているのよ。キャー、夢のような共食いよ。
 と、私は半ば錯乱状態に陥っていた。そして、こうなってしまっては、こんな身分になってしまえばそれより他に頼るものがない、それに縋って生きていくしかない、というのはつまりそうお好み焼きミックスの袋の裏の解説書が自分にとってますます重要なものになっていた。
――――
単行本p.123

 お好み焼きを食すことで魂を回復させようとする作家は、ついつい「お好み焼きミックス」なるインスタントでお手軽なものを買ってしまう。裏面に書いてある説明通りにやれば誰でも本格お好み焼きが出来るという。しかし、そんなことで魂が回復するのか。大阪の魂はそんな安っぽいものなのか。苦悩する作家は、とりあえず説明通りに焼いてみるが……。


『土手焼』
――――
私は土手焼に向けて気持ちを高めていった。ただでさえ高まる気持ちを意図的に高めるのだから、気持ちがムチャクチャに高まり、気持ちが天窓を突き破って頭と言わず顔と言わず血まみれになった。その血まみれの顔のまま、自ら考案した、すじ肉踊り、という踊りをぶっ倒れるまで踊った。そして気がつくと真夜中で、土砂降りの雨の中、号泣しながら見知らぬ土手をよじ登っていた。土手下には汚らしいバラックが土手にへばりつくように建ち並び、養豚の匂いが立ちこめていた。ぶひいいいいいいっ、きいいいいいいいいいいっ。という豚の絶叫が聞こえていた。その音が頭のなかに入ってきて藤の花になった。頭が藤の花で一杯になり、ふわふわしてものが考えられなくなった。耳や鼻から藤の花が湧き出てきて、顔全体が花になり、目も見えず耳も聞こえなくなった。手もなくなった。足ももげた。気がつくと濁流に流されていた。
――――
単行本p.155

 「頭のなかではつねに、土手が紅蓮の炎に包まれて燃えている。焼きたくってたまらない。(中略)よし、作ろう。土手焼きを作ろう。作ろう。作ろう。ああああああああああああああっ」(単行本p.154、156)
 土手焼きへの気持ちが高じて半狂乱になった作家は、ついに味噌をどばどば投入するのだが……。


『イカ焼』
――――
いまの若い人は五十年前からいまにいたるまで、イカ焼がずっと隆盛を誇っていたように思うだろうが、私の経験上、四十年くらい前にいったん廃ったことは間違いがないし、それに隆盛など言って威張っているが、いまでもタコ焼に比べればぜんぜん大したことないっていうか、知らない人も多く、隆盛とか言いたいのであれば、タコ焼とは言わないが、好み焼とすら言わぬが、せめて文字焼くらいな知名度を得てからにして貰いたいと苦言を呈したくなる。
 それに、もっと考えてみれば私はもう五十を過ぎた立派なおっさんだ。人間五十年、といった昔であれば死ぬ歳だ。そのおっさんが、まるで女学生のように、恥ずかしい思いをして心が乱れた、自尊心が傷ついて動揺した、なんていっているのはどうなのだろうか。
(中略)
 という風な論理で私は乱れた魂を整理して、真っ直ぐに整った状態にしたうえで、さあ、記憶の味、郷愁の味、イカ焼きを再現し、これを食することによって、その効果を十分知って自らの感情を刺激して涙を垂れ流して、いやさ、もっと感情を解放して、小便も垂れ流しながらオイオイ泣き、床を転げ回って、よい気分に浸ろうかな、と思うのだけれども、何度も言うように、私はイカ焼の作り方がわからない。
――――
単行本p.213、214

 子供の頃に食べた思い出の味、イカ焼。通販で取り寄せたイカ焼セットに飽き足らず、ついに新幹線のグリーン車に乗って大阪へと旅立つ作家。イカ焼との出会いは待っているのか。イカ焼の煙のなかに真言をつかもうとする最終話。



タグ:町田康
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