So-net無料ブログ作成
検索選択
メッセージを送る
読書(小説・詩) ブログトップ
前の5件 | 次の5件

『さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神』(笙野頼子)「群像」2017年4月号掲載 [読書(小説・詩)]


――――
 この地球で一番強く残忍で無残な力が、人間を汚染したいミイラにしたい家族をばらばらにしたい、子供が育つ前に潰して使って喰ってしまいたいという最悪の欲望に取りつかれながら、何もかもを数字にするためにだけ押し寄せてくる。経・済・暴・力。総理? 嬉しいだろ、「まだまだ余裕ある」日本の貧乏人が世界基準にそろえば、「ムダが省ける」からねえ。
――――
「群像」2017年4月号p.27


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第109回。

 千葉の片隅でドーラなき日々を静かに生きる作家と猫、見守る荒神様。だが人喰い国家と世界銀行は戦争つれてやってくる。さあ、文学で戦争を止めよう。『ひょうすべの国』と『未闘病記』を背負い「今こそ」放たれる神変理層夢経シリーズ最新作「@群像なう」。


――――
 だから言おうよ、言うだけでもさ、だって「群像」は、本来、文学で戦争を止めるためにあるんだから。ね、戦後戦犯になりかねなかった、ここの版元が、平和憲法下で再出発するために作った雑誌なんだ。そこへ体に拷問の跡がある左翼が純文学のために協力したんだよ、書いて貰うまでは大変でしたって初代の編集長は言っていたはずで。そしてあれから七十年、ついに戦前、だったらこれ止めるためにずーっとここにあったんじゃないの?
――――
「群像」2017年4月号p.15


 これまで「文藝」「すばる」に掲載されてきた『神変理層夢経』シリーズ、その最新作がついに「群像」に掲載。荒神様もハッスル。「そういうわけで、僕@群像なう、つまり、ここは自由でしょ? だから僕はここで口を利くね。」(「群像」2017年4月号p.12)なので、「これ、台所話なんだ、台所ではなんだって語れるのだ、なぜかこの国ではここに偉いやつは入って来ないしね、ここなら戦争を止められるさ。」(「群像」2017年4月号p.16)ということで。


――――
 さあ、今こそ文学で戦争を止めよう、この、売国内閣の下の植民地化を止めよう。
――――
「群像」2017年4月号p.10


――――
 さあ、止まれ、今止まれ! 文学の前にこの戦前止まれ。そして「今こそ」文学は売国を報道する。だって新聞がろくに報道しないからね。
――――
「群像」2017年4月号p.11

――――
 こうなったらもう、報道より文学の方がよっぽど迅速だよ。ていうか僕の「飼い主」の命取るな。
――――
「群像」2017年4月号p.16


 荒神様、金毘羅、ギドウ、そして今は亡きドーラにいたるまで、様々な声が響きわたるなか、すべてを薄っぺらい数字に押しつぶし経済効率だけで語るものどもへの怒りをこめた糾弾と「お馴染みの退屈で素敵な、身辺雑記!」(「群像」2017年4月号p.12)が並行して語られます。


――――
ほら、人間まるごと、お金や数字と見なされて数え上げられ、毟られて喰われるんだよ。しかもそうして喰ったお金は人喰いの金庫、タックスヘイブンで固まって冷えるだけなんだね。格差は広がり、景気は一層悪くなって、つまりは「下方から」、死んでいく流れ。
(中略)
 世の中って何? ひとりひとりの事情が違う、でも、大きいものはやって来て「平等に」まき散らす、相手の都合を一切考えずにただやらかす、上からね、天からね、そして下では? 弱いものから死んでいく。その上ここはひどい国、人喰いの国、そしてここの家、そんな人喰いから見ると、「努力してない」家、「役に立ってない」家、だから罰を食らうかも。
――――
「群像」2017年4月号p.17、18


――――
 要は健康な人間なら仕事の合間にするようなただの整理整頓をこの慢性病患者は無上の幸福感で「無事」やっているわけだ。ともかくまず台所の模様替えを済ませたいのさ。台所に猫と快適に住めるようにしたいと。人喰いに怯えながらも良く生きるべし、と。つまり連中の目的は搾取、略奪だから。ならば幸福でいる事も威嚇で復讐だ。
――――
「群像」2017年4月号p.37


 『ひょうすべの国』と『未闘病記』を背負って、台所から戦いを挑む文学。ただ静かに「幸福」に暮らすことが威嚇で復讐になるほかはないひどい国。ドーラが、ギドウが、若宮にに様が、それぞれの声が、暮らしと命と文学を支えてゆく。特にドーラについては、読者も色々と思いだして泣く。しみじみと泣く。


――――
「ほら、ドーラいなかったらあなたいないでしょ、お礼は、ドーラにお礼は? ……嚙むわ、体重かけて嚙むわ、ばーか、ばーか」。いつも、思いだしているよ、ドーラ、ドーラ。
――――
「群像」2017年4月号p.74


――――
 気が付くと私は台所で書いている。ドーラの世界にいて、ドーラの話を打ちおえると、後ろのソファベッドに、離れた位置だけどちゃんとギドウがいる。死の世界はない。そして、生きている猫のその眠りは、というと。いや、結局それだっていつ死ぬかもしれないから。
――――
「群像」2017年4月号p.87


――――
 ああ、猫といる郊外の一軒家の、庭に花、昼の風呂、夜は星空。なのに、……。
 幸福な余生のはずが薬を奪われる? 戦争に突入する? 政府は文学部をなくそうとしているよ? 変な軍事研究なら大学でもお金出すといっているよ?
――――
「群像」2017年4月号p.106


 文学で戦争を止めよう。そういっただけで、わいてくるわいてくる客観公平中立冷笑マンの方々。文学でミサイル迎撃できるのかw、せっかくならあらゆる紛争も文学で止めて下さいよw、ってか。


――――
 あなたは気づいてない、人と自分の能力差とかばっかり気にしている、差別好きの、人の足ひっぱって暮らす妬み妖怪。でもあなたがそうやって他人を差別したり馬鹿にしたり冷笑したりしているうち、あなたの弱者叩きの結果、国は貧乏になり、戦争もやってくる。あなたには見えない、戦前が見えない。
 私はそれを知っている、だから不幸だ。あなたはそれを知らない、だから「幸福」だ、だったらさあ、安心して私をさげすみ、泣いている私を見たがって追い回しなさいよ。
(中略)
は? 文学に何が出来るのかだって、お前ら、原発とTPPの報道が「出来て」から言えよ、小説が「届かない」のはてめえらが隠蔽したからだろ。こっちは十年前から着々とやっていたよ。悔しかったらむしろ、お前らが文学に届いてみろ、小説を買いも覗きもしないで読む能力なくて、それで「文学に何が出来るんだ」じゃねえわい、ばーかばーかばーか。
――――
「群像」2017年4月号p.55、57


――――
切実な言葉にでも、それらすべてを単なるテキスト、表現としてしか受け止めない「学術的冷静さ」に溢れている。そんな彼らは無論、自分だけは特別でなんでも保留する。そのくせ「公平に、みんなの立場」で「未来を考えて」ものを言ったつもりでいる。また、常に反権力を気取り被害者のつもりでいる、当時に当事者意識というものがまったくない。
(中略)
最初はヲタクの受け身、と思っていた。消費一辺倒で世間知らず、故にどこへでもクレーム用語を垂れ流すのだと。しかし実はもっと本質的な正体があった。
 それは投資家の意識なのだ。こうなると性暴力と経済収奪、ヘイトスピーチはまったく三位一体に見えてくるものだ。要は弱肉強食のためのヘイトデマである。経済収奪のための、被害と加害との、逆転である。
――――
「群像」2017年4月号p.99、100


 家族のこと猫のこと難病のこと、国家に奪われない私的な祈りと信仰のこと。すべての「私小説」要素が、当事者意識に支えられ悲壮な覚悟となって、読者の心を強く打ちます。『ひょうすべの国』と合わせて、ぜひ読んでほしい作品です。


――――
 台所でギドウとの日常だけを静かに暮らしたい。しかしこの二階の情報は今後の私達に影を落とすもの。というより、弱くとも筆の力を持っている身なら少しなりとも、「報道」をするよ? というか、見えないものを見せる事こそ普通に(私の)文学だ。
(中略)
 そして、……私の「異様な」、「凄まじい」、「ものすごい」本は死んでも残る。書くことしか出来なければ、この戦前を書く。どのような醜いものをも、全部をよけないで書く。よけないでいてこそ、私の本は売れない。そして死後も残る。戦犯と言われたいか? 言われたくない! どうか百年後も読者よ私を見つけてそしてうっとりして、喜々として「ああ、誰も読んでいないのよ私だけが読むのよ(といってるやつがあっちこっちにいる事はともかくとして)」と呟いててください。
――――
「群像」2017年4月号p.90、108



タグ:笙野頼子
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『桜前線開架宣言』(山田航) [読書(小説・詩)]


――――
短歌が少数の人にしか読まれないって、どう考えてもおかしいじゃないですか。だって商業出版される小説の九割は、自費出版の歌集よりつまんないですよ。
――――
単行本p.269


 1970年以降に生まれた若手歌人40人をセレクト。それぞれの作風を紹介すると共に、一人あたり56首もの作品を選んで掲載してくれる現代短歌入門書。単行本(左右社)出版は2015年12月です。


――――
 文学なんて自分には縁遠いものだと思っていた。というか今も縁遠いと思う。でも短歌のリズムにはすっかりハマってしまったのだ。
(中略)
 僕は本が嫌いなのではなくて、「物語」があるものが嫌いなだけなんだと気づいた。音楽と同じ感覚で楽しめる本も世界にはあって、短歌はまさにそれだった。ほどなくして俳句も現代詩も好きになっていった。
(中略)
 しかしぼくは大きな勘違いを一つしていた。寺山修司から短歌に入ったぼくは、歌集というものをヤングアダルト、つまり若者向けの書籍だと思い込んでいたのだ。短歌が世間では高齢者の趣味だと思われていたなんてかけらも知らなかったし、実状をそれなりに知った今でも心のどこかで信じられない。どうせなら、ぼくと同じ勘違いを、これから短歌を読もうとする人みんなすればいいと思う。みんなですれば、もう勘違いじゃなくて事実だ。
 ぼくは短歌のおかげで大人にならなくて済んだから、今はとても楽しいです。
――――
単行本p.6、7、8


 教科書に載っているような古典ばかりが短歌じゃない。就活、バイト、ゲーム、アニメ。現代を生きる僕たちの心を揺さぶる色々なことを、だいたい31文字で表した、とびきりクールで面白い現代短歌の世界。1970年以降に生まれた若手歌人40人とその代表作を紹介する現代短歌入門にも最適な短歌アンソロジーです。

 掲載されている歌人は次の通り。一人につきそれぞれ紹介2ページ、作品4ページ(56首)が割り当てられています。

[1970年代生まれの歌人たち]

  大松達知
  仲澤系
  松村正直
  高木佳子
  松本秀
  横山未来子
  しんくわ
  松野志保
  雪舟えま
  笹公人
  今橋愛
  岡崎裕美子
  兵庫ユカ
  内山晶太
  黒瀬珂瀾
  斎藤芳生
  田村元
  澤村斉美
  光森裕樹

[1980年代生まれの歌人たち]

  石川美南
  岡野大嗣
  花山周子
  永井祐
  笹井宏之
  山崎聡子
  加藤千恵
  堂園昌彦
  平岡直子
  瀬戸夏子
  小島なお
  望月裕二郎
  吉岡太朗
  野口あや子
  服部真里子
  木下龍也
  大森静佳
  藪内喬輔
  吉田隼人

[1990年代生まれの歌人たち]

  井上法子
  小原奈実


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『七月のひと房』(井坂洋子) [読書(小説・詩)]

――――
露草の青い花冠にスズメ蜂が一匹
日課のように渡ってくるが
あの針ほどの空間に 圧縮されて
原宇宙は入っている
――――
『わたしに祝福を』より


 無からやってきた億万の/偶発の色/たくらみの色。輝きと激しさをはらむあらゆる色彩が紙面に浮かび上がる生彩詩集。単行本(栗売社)出版は2017年1月です。


――――
花は長い間忘れていたことをふと思いだして咲く
忘れてしまうと咲かないという
それが何であったか
花の色は告げているかもしれないが
解読できない
さまざまな色合いをただうつくしい調和と思うだけだ
無からやってきた億万の
偶発の色
たくらみの色か
――――
『未遂産』より


 読んでいて、紙面から浮き上がってくるようなその色彩に圧倒されます。文字の連なりから様々な色がそれぞれのちからを持って立ち上がる。刹那の赤、永遠の青。


――――
壮大な夕日が
巨人がゆっくり倒れていくように沈む
それから
巨人が目を開き
あたりが赤く染まる
――――
『空の鏡』より


――――
遠い島影があおくかすみ
海鳥が灰色の羽をたたんで
透明な入り江に浮かぶ
束の間の午睡
水平線が子どものかいた絵のように一本空色だ
こんなところにいられない、と娘は
きりきりと出ていった
それをぼんやり見ているのは
木立に囲まれた丘の上の
くずれかけた墓石
走り続けた時間の 四角い顔
――――
『意地悪な春』より


 そして黄や緑のイメージが、活き活きと広がってゆきます。


――――
クリーム色のつる薔薇の上に黄蝶がとび
一瞬ごと忘れ果てる 空の頭を
うれしそうにはためかせている
放縦というものは
罪がない
――――
『誕生は偶会』より


――――
いつも思うことだが
バスに揺られるいくつかの頭と
里芋の葉は 音符のようだ
根と切り離されて
リズムをとっている
――――
『七月のひと房』より


 黄は一文字だけ、緑にいたってはまったく明示されていないのに、それぞれの色が鮮やかに「見える」のは、いったいどういうことなのでしょうか。そして、無彩色のちから。


――――
オレンジや巨峰やリンゴ、銀河系の惑星同士の軌道のサイクルか
ら、はぐれた星々が落下し、素焼きの皿に積まれている。それら
を描いた静物画を、隅々まですべて白く塗りつぶす無名の女性画
家のその作品は、ありふれた海岸の白浜から水が引いて、二度と
打ち寄せることなく、浜のみが白濁している。
――――
『やわらかな手』より


――――
黒いマドンナ像
と癌
老いたからだの中に
育つ
ふたつの黒への信仰

黒こそ ゆきつく色であり
闇にまぎれぬ黒が点在している
――――
『薄は光らない』より


 様々な色が虹のスペクトルとなって、ふたたび刹那と永遠を彩ります。


――――
向こうの杉の木から
蜘蛛のながい糸が渡される
雨にもめげず 虹色に光る 一撃を溜めている
エモノを狙う罠は美しい
――――
『シー ウォズ ベルベット』より


――――
丸い橋の上の街灯のつらなり
背後の森が黄緑の手を伸ばす
ほんとうの
彼ら自身は色をもたない
橋にたたずむ黒猫の
長い毛足にも光があたり
闇の奥にたくさんの小さな虹ができる
――――
『旅だてば』より


 色の美しさ激しさ、それを短い文字だけで喚起させる言葉の力。まるで絵画を見るような色彩感あふれる詩集です。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『造りの強い傘』(奥村晃作) [読書(小説・詩)]


――――
些事詠んで確かなワザが伴えばそれでいいんだ短歌と言うは
――――
ホームランそれも場外ホームランのようなドデカイ歌が詠みたい
――――
万葉の蟹が哀しくうたう歌 万葉人も蟹を食ってた
――――
所得税累進課税の最高が七〇%の時代があった
――――
正面から見るとやっぱし違うわな一味違うシェパードの顔
――――


 特に何ということもない当たり前のことをあえて詠む「ただごと歌」の第一人者による、ただごと歌集。単行本(青磁社)出版は2014年9月です。


『桜前線開架宣言』(山田航)より
――――
 現代短歌の中には「ただごと歌」と称されるジャンルがあって、特に何ということもない当たり前のことを短歌にしてしまうというものである。奥村晃作という1936年生まれの歌人が主な標榜者で、橘曙覧など江戸時代に生きた歌人たちの伝統を受け継いだものと主張している。
――――
単行本p.10


 だから何? という反応を気にするそぶりも見せず、あえて詠む。「ただごと歌」の妙味を味わうことが出来る歌集です。

 わざわざ五七五七七で表現するまでもなく、日記かブログに書いときゃいいじゃん、というような「ただごと」をあえて短歌にする、その「あえて短歌にした」というところに、その心意気のようなものに、何だかメタな抒情を感じます。


――――
所得税累進課税の最高が七〇%の時代があった
――――

――――
信号の〈緑の人〉は自らは歩かず人を歩き出させる
――――

――――
放置せしわが自転車を請け出しぬ四千円を区に支払って
――――

――――
参加した皆が失格するなんて それってないよね今年のSASUKE
――――


 「ただごと」のなかには、ふと気づいた「発見」というべきものも。


――――
綱引きの綱作る人居るわけで年間なん本作るのだろう
――――

――――
屋根の上のテレビアンテナ眺めつつ大変だなあ電気屋さんも
――――

――――
万葉の蟹が哀しくうたう歌 万葉人も蟹を食ってた
――――

――――
正面から見るとやっぱし違うわな一味違うシェパードの顔
――――


 「いいね」狙いでツィートすりゃいいじゃん、というような発見が多いのですが、それでも「万葉人も蟹を食ってた」とか「正面から見るとやっぱし違うわな一味違う」とか、不思議と心に残ります。

 個人的に気に入ったのは、夏を詠んだ作品。


――――
局地的豪雨頻発、激烈な竜巻二回、猛暑日続く
――――

――――
リモコンのボッチを指で押すだけで部屋はたちまち涼しくなりぬ
――――

――――
クーラーがサーモスタットが働いて夜通し二十七度を保つ
――――

――――
熱帯夜なれども器機が作動して朝まで眠る 器機よありがとう
――――

――――
近頃のキュウリ形は良いけれど切ってるときの匂いが薄い
――――


 やたら「クーラーって涼しくていいよね」と感動しているのが妙に可笑しい。他に、「食べる」という行為を身も蓋もなく表現した作品にも心惹かれます。


――――
竹串を尾から突き刺しまだ動く海老に塩振りバーナーで焼く
――――

――――
トゲいまだ動くウニの身スプーンですくい食うなり、五〇〇円なり
――――

――――
生卵肉に掻き混ぜ紅ショウガ添えて吉野屋の牛丼を食う
――――


 そして、歌人としての素直なつぶやきを「ただごと」として提示する作品。


――――
帯・カバー外し〈新刊歌集〉読む二度目はうしろの頁から読む
――――

――――
ホームランそれも場外ホームランのようなドデカイ歌が詠みたい
――――

――――
些事詠んで確かなワザが伴えばそれでいいんだ短歌と言うは
――――


 「些事や日常生活のなかに見つける非日常的な瞬間」を見つけるのも詩歌なら、そんなもの見つけないぞ吉野屋の牛丼くうぞ卵もかけるぞというかたくなさもまた詩歌に成り得る。詩歌の広がりと可能性を感じさせる「ただごと」歌集です。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『転校生は蟻まみれ』(小池正博) [読書(小説・詩)]


――――
瓶を倒す匈奴が攻めてくる
――――
単発の煮込みうどんに院政される
――――
アウトなど阿部一族は認めない
――――
乱取りはそろそろ止めて火遊びに
――――
辻斬りの相手は弱くていいのです
――――


 異質な言葉の組み合わせから生ずる不思議なおかしさ漂う現代川柳。小池正博さんの第二句集。単行本(編集工房ノア)出版は2017年3月です。


 まずは、普通は同居しないような、互いに使われる文脈が異なる言葉を、無造作につなげてみたような作品。何とも言えない違和感が可笑しいのです。


――――
瓶を倒す匈奴が攻めてくる
――――

――――
単発の煮込みうどんに院政される
――――

――――
油舐めてから民族大移動
――――

――――
駅前でぷりぷり怒るモアイ像
――――

――――
アルパカの居場所としての待合室
――――

――――
虫を喰う植物のいる中二階
――――


 地名など固有名詞をうまく使った作品。文脈をかくんと外されてつんのめる感覚が楽しいのです。


――――
アウトなど阿部一族は認めない
――――

――――
頷いてここは確かに壇の浦
――――

――――
鎌倉にサラダを添えて攻めのぼる
――――

――――
道のべの火を吐く餓鬼は京育ち
――――

――――
逗子まで明るい妖怪ついてくる
――――


 格言というか、箴言というか、うっかり含蓄を感じてしまう作品も。一瞬おいてから、特に教訓など存在しないことに気づいたときの謎の騙された感。


――――
猫脚がついているから叩かれる
――――

――――
公家式の二行に詰めを誤るな
――――

――――
言い訳はするな山椒魚を食う
――――

――――
辻斬りの相手は弱くていいのです
――――


 ごくありふれた社交会話に見える作品もあります。実際、人が会話しているとき、意外にこういう意味不明なことを口走っているのではないでしょうか


――――
乱取りはそろそろ止めて火遊びに
――――

――――
こんなときムササビはよしてください
――――

――――
礼儀知らずにも高山病になりました
――――

――――
セスナ機で決済をしに来てほしい
――――

――――
正直に言います狢を呼びました
――――


 数はさほど多くはありませんが、天文学の言葉を使った作品にも光るものが。


――――
稽古はやめだ君が火星を狂わせる
――――

――――
レーダーに土星の動く気配あり
――――

――――
あとあしで土を蹴るとき天球儀
――――

――――
島宇宙から島宇宙へと枢機卿
――――


 というわけで、特定の文脈ではこういう言葉を使う、こういう言葉にはこういう言葉がコロケーション、といった暗黙のルールを取っ外してみたら、すごく楽しくて意味不明な日本語が出来上がるということをまざまざと見せてくれる、驚きとくすぐりに満ちた句集です。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
前の5件 | 次の5件 読書(小説・詩) ブログトップ