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『みかづき』(森絵都) [読書(小説・詩)]


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「私、学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になると思うんです。太陽の光を十分に吸収できない子どもたちを、暗がりの中で静かに照らす月。今はまだ儚げな三日月にすぎないけれど、かならず、満ちていきますわ」
――――
単行本p.25


 昭和三十年代。小学校の用務員だった吾郎は、学校から独立した教育施設である「塾」の必要性を熱く訴える女性、千明に出会う。彼女の情熱に引き込まれるようにして乗り出した塾の運営は、しかしきれいごとでは片づかない艱難辛苦の道だった。黎明期から現在に至るまでの塾の歴史を背景に描かれる、三代に渡る家族小説。単行本(集英社)出版は2016年9月、Kindle版配信は2016年12月です。


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「君はけっして丸くなどならない、鋭利な切っ先みたいな人だ」
「切っ先?」
「こうと狙いをつけたらどこまでも飛んでいくナイフのようでもあるし、けっして満ちることのない月のようでもある」
――――
単行本p.310


 学校を「太陽」だとすれば、その光を受けられない子どもたちを照らす「月」。常に何かが欠けており、満ちよう満ちようと真っ暗な空をひたむきに進む三日月。

 学校に対する塾の立場、ヒロインである千明の人柄、そして世代を越えて受け継がれてゆく教育改革への情熱。様々なものを月や月齢にたとえつつ、塾の経営に携わったある一家の三代に渡る家族史が描かれます。

 背景となるのは、塾というものが乗り越えてゆかなければならなかった様々な試練。文部省との確執、世間からの非難や中傷、過当競争と淘汰。


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「正義や美徳は時代の波にさらわれ、ほかの何ものかに置きかえられたとしても、知力は誰にも奪えない。そうじゃありませんか。十分な知識さえ授けておけば、いつかまた物騒な時代が訪れたときにも、何が義であり何が不義なのか、子どもたちは自分の頭で判断することができる。そうじゃありませんか」
――――
単行本p.17


 夫婦として塾の経営に乗り出した二人。だが税金対策やら同業者対策やらに駆けずり回っている千明と、高らかに教育理念を唱えつつ面倒事はすべて妻に任せている吾郎の間には、いつしか修復できない溝が生まれてゆきます。補習塾から進学塾への転進をめぐる激しい対立は、子供たちも巻き込んで、ついには一家離散状態に。

 それでも信念と情熱を捨てない千明。時代の荒波に押し流されまいとしてたった一人で闘い続ける彼女のもとに、また月が満ちてゆくように、少しずつ再集結してゆく家族。そして時代は昭和から平成へと流れてゆき……。

 最終章「新月」にいたって物語は現代(東日本大震災の前)に到達。千明の孫が、やむにやまれぬ情熱に突き動かされるようにして新たな塾の在り方を模索する姿が描かれます。


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 教育は、子どもをコントロールするためにあるんじゃない。
 不条理に抗う力、たやすくコントロールされないための力を授けるためにあるんだ――。
――――
単行本p.457


 貧困ゆえに学校に通うことも困難な子どもたち。たやすくコントロールできる国民を育てることしか念頭にないような国の施策。そんな時代に本当に必要な教育とは何か。孫の決意を聞いた吾郎はひと言だけつぶやく。「そうか、新しい月が昇るのか……」(単行本p.398)と。

 塾という教育界の鬼っ子が辿ってきた紆余曲折の歴史と三代に渡る家族の物語が巧みにより合わされ、深い感動を生む長篇小説。登場人物がそれぞれ印象的で、家族小説が好きな方はもとより、教育問題に感心のある方にもお勧めします。


タグ:森絵都
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『親切な郷愁』(松木秀) [読書(小説・詩)]

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さんさんと夜の光のコンビニにいると死なないような気がする
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安全と言えば即座に負けになる原発しりとり 危険でも負け
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「中央線で死ぬことなんてやめてほら日高本線でのびのびと死ね」
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とりあえず花折りすぎと言っておこう古今和歌集少しずつ読む
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事実ではあるがリアルでないことのこの世にあふれ短歌が困る
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 北海道の片隅で怒りと空しさを抱え希望なく生きる若者が、破れかぶれの一撃ねらい、社会や世相に対して皮肉と風刺を投げつける辛辣歌集。単行本(いりの舎)出版は2013年4月です。


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放射能を避ける歌人は西や南ばっかりに行き北へは行かず
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北海道の略図を描けば室蘭は海の藻屑となること多し
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「中央線で死ぬことなんてやめてほら日高本線でのびのびと死ね」
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 北海道という土地柄を自嘲するような、地方に対する日本社会の冷淡さをえぐるような、皮肉のきいた作品がまず目を引きます。そこから、職も希望もない、生活の空しさを吐き出すような作品へと。


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さんさんと夜の光のコンビニにいると死なないような気がする
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「職業に就きたいのだが職業に就くためにまず職歴が要る」
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実感をしてくださいとジャパネットたかたに言われ実感をした
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この世には赤いきつねはいそうだがいそうにもない緑のたぬき
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わたくしが独裁者ならムの音に「夢」を当てはめるのを禁止する
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 やがて空しさは怒りへと転じ、社会風刺という色が濃くなってゆきます。


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安全と言えば即座に負けになる原発しりとり 危険でも負け
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対策と呼ぶかバラマキと呼ぶのかは利権の大きい小さいの違い
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平等に扱ったほうが安くすむ分野においては平等である
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「頑張った」高校野球を讃えたるひとたちが生むブラック企業
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自殺者が三万人を下回る 変死者の数が急に増えてる
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最近の若い者はと吐き捨ててカインはアベルを殺したりけり
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 一方で、短歌そのものと自分との関わり合いを詠んだ作品も記憶に残ります。


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とりあえず花折りすぎと言っておこう古今和歌集少しずつ読む
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事実ではあるがリアルでないことのこの世にあふれ短歌が困る
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私には短歌があるかも知れないと(午後を運命論にかたむく)
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わたくしが短歌を詠みし十五年単なる空白の十五年
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 読んでいると、国政から見捨てられ衰退してゆく地方都市に住み、怒りと空しさを抱えながら短歌に向かう若者の姿が浮かんできます。「単なる空白の十五年」と自嘲しながら、でも止めない。

 ちなみに標題には「SFとオカルトと」「無粋なうた」「あ段だけ使った五首」など印象的なものが多いのですが、何といってもすごいのは「石川美南さんに酷評された五首」でしょう。その石川美南さんに酷評されたという五首のうち、最後の作品をここに引用しておきます。


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愛知県に似たかたちにて猫眠る眠りよ猫も幸福にあれ
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『猫道 単身転々小説集』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]


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芸術でご飯を頂いていくというひとり暮らしの道を、歩かざるを得ぬ、その道の入り口、猫はふと出現し、私を選んだ。そこには、猫とともに歩く猫道が開けていた。
(中略)
 稼げず、仕送りを受けて家族からも嫌われて、筆での自活は三十半ばから。猫はそんな私を人間にした。器としての、書くだけの機械にはしておかなかった。
――――
文庫版p.10、11


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第110回。

 京都から八王子、小平、中野、雑司ヶ谷、千葉の佐倉。追い立てられるように転居を繰り返す「居場所もなかった」時代、猫との出会い、そして別れ。猫とともに歩んできた作家の軌跡を浮き彫りにする中短篇集。文庫版(講談社)出版は2017年3月です。


[収録作品]

『前書き 猫道、――それは人間への道』
『冬眠』
『居場所もなかった』
『増殖商店街』
『こんな仕事はこれで終りにする』
『生きているのかでででのでんでん虫よ』
『モイラの事』
『この街に、妻がいる』
『後書き 家路、――それは猫へ続く道』
解説『隣の偉人』(平田俊子)
年譜:山崎眞紀子
著書目録:山崎眞紀子


『前書き 猫道、――それは人間への道』
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――かつて、私が人類ではなく、器に過ぎなかった時、猫はいなかった。だけれどもやはり私はその時からずっと続いている。
 しかし猫と出会ってこそ人間になった。人が家族のために頑張る事を理解し、人間がひとつ屋根の下で眠る事さえも、単なる不可解、不気味とは思わなくなった。猫といてこそ緊張があり、欲望が湧き、しかも常に夢中でなおかつ、闘争の根拠、実体を得た。
――――
文庫版p.9

 かつて「凍える器でしかなかった」そして「居場所もなかった」作家は、猫と出会ってどのように変わったのか。本書全体を「猫道」の記録としてまとめる前書き。


『冬眠』
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 冬の鯉のように遅い代謝で、死なぬように死なぬようにとアルコールを使って眠り暮らしながら、Yは“中心のない生”という事を考え始めていた。(中略)Yには地上も人間もそこにある規則も判らなかった。世界は、Yには恐ろしい災害に過ぎなかった。
――――
文庫版p.25

 苛烈な生きにくさを抱え、凍える深海生物のように生きていた京都の「Yの時代」。まだ猫とは出会っておらず、部屋の他には何もない“中心のない生”を送る苦しみを幻想的に描いた作品。


『居場所もなかった』
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 閉ざされた空間で時間を止め、ヌイグルミと暮らしてドッペルゲンガーを見る。抽象観念を核に置いて、皮膚と脳の剥き出しの感覚だけを推進力にして小説を書く。――現実の気配は作品ばかりではなく、思考実験に縋って生きている私の、生活をも、脅かした。
(中略)
 どこにもない場所、誰も来ない場所、地元の住人から顔も名も住処も知られないで生きられる部屋……人が、ひとつの部屋を選ぶ時、そこを自分が住むにふさわしいと考える時、そこには大抵ひとつやふたつの幻想が紛れ込んではいるが。それがたまたま私の場合オートロックだった。
――――
文庫版p.124、125

 住み慣れた八王子の部屋を何の説明もなく追い出されることになった作家。新たな住処探しは難航し、自分にはどこにも居場所がない、という事実を突きつけられる。事情を説明しても男の編集者は「誰もこんなに困ったりしませんよ」「どうしてたかが部屋ひとつで」「大抵の人が簡単に通り過ぎるところでどうしていちいちこんなに問題が起こったり考え込んでしまったりするんですか」(文庫版p.110、156)という具合に、まったく分かってくれない。マジョリティに理解されない苦しみを抱えて理不尽な「不動産ワールド」を彷徨う作家。

 存在することで「経済効率の足を引っ張る」人間から居場所を奪ってゆく社会システム。異様な疲れやすさ痛さ関節の腫れなどの症状。とっさに口から出た「そろそろ猫の飼えるところに越したいので」(文庫版p.86)という言葉。すべてが後の作品にスムーズにつながってゆくというか、歳月を越えた一貫性に戦慄を覚えます。


『増殖商店街』
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 猫が私の足に耳と頭と尾を擦りつけてくる。場所につくという猫、私は場所か。私の足は私と知りあったばかりの頃、いつも御飯を食べた電柱のあたりのように親しみ深いだろうか。気が付くと猫が二匹になっている。まったく同じ模様の同じ大きさの猫、現実に飼っているのは雌の猫なのだが、一匹は雄だ。分裂したわけではないのだろう。いや、雌がふたつに分裂すると一匹は雄になるのだろうか。雄の印は分裂を誤魔化すために出来てきたのか。と思うと、ああこれが本物の重い暖かい猫だ、という存在感のある大きなシルエットがいきなり視界を横切って腹にずぼっとめりこみ、次々来る衝撃とともに元気良く進む。小さい丸い足が私の油断した腹を押さえて移動していく。咳込んで目を開ける。隙を見れば枕に上がろうとする現実の猫キャト。
――――
文庫版p.240

 中野のワンルームマンションに引っ越した作家は、そこで最初の猫、キャトと出会う。夢のなかで買い物に出かければ商店が次々と増殖してゆき、目が覚めるとそこにキャトがいる。ようやく居場所を見つけた安堵感。無理解な文学たたきに辟易しながらも、生活や買い物を楽しむ明るい作品。


『こんな仕事はこれで終りにする』
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猫の事をよく知っている人の本を読むと、保健所では、急な環境の変化に脅え苦しみながら、飼い主を待って鳴き続けた挙句「処分」されるという。また大抵の捨て猫は凍え死んだり虐殺されたりするらしいのだった。誰かにかわいがって貰うんだよ、と腐った芝居にはまって機嫌良く猫を捨てるやつもいるのだろうか、と想像し吐き気がして来た。私は取り返しの付かない感情に襲われていた。その猫を少しも好きではなかった。ただ喉が詰まる息苦しさに追い立てられて前の大切な自分の猫が入っていたペットキャリーを開けた。
――――
文庫版p.260

 キャトの失踪。どんなに探しても探しても消息が知れない。遠くの公園で捨て猫を見たと聞いた作家は、無駄だと分かっていながら自暴自棄のように寒空の下を歩いて公園に向かう。「バスもタクシーも使わずに歩いていったのは、どうせ違うだろうと思いそのまま歩いて倒れて死んでしまいたかったからだ」(文庫版p.255)。
 キャトとの別れ、そしてドーラとの出会いを描いた感動作。辛く、苦しく、何度読んでもその度に涙が出てきます。


『生きているのかでででのでんでん虫よ』
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 やっと引っ越せるようになったのにキャトはいない。ペット禁止の時はキャトがいてキャトがいない時はペットは解禁だ。キャトを失ってドーラを得た。ドーラがいるからキャトを思い出す事が出来る。蓋をしていた心が少しずつ癒されてただそれはごまかしの癒しでしかなく、ごまかしでもあればましなのが現世だといいながら何かぼやけている。気が付いたらキャトよりもドラの方が長くなっている。
(中略)
死んだらドラとキャトは私の現の中に入って来て、私はわたしで他の人達から見た夢とか記憶になってしまうのだと思う事と、今の猫を見て前の猫を思い出す事、猫を混ぜてしまう事で次第に私は治って行く。だが本質的には治らない。私は肯定的にゆっくりと死に近付いていく。私は引っ越す。
――――
文庫版p.300、302

 キャトを失った悲しみ、手のかかるドーラに噛まれる幸福、そして純文学論争。文学賞を得た作家は、ドーラを連れて新たな居場所に引っ越してゆく。そこで何が待っているのか、『愛別外猫雑記』の読者はすでによく知っています。


『モイラの事』
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焼き場で待っている時に生まれて初めて、ひとりでいる事が苦痛だと思った。それまではどんな時でもひとりでいたかったからだ。お通夜の時とお別れの時に号泣したのでもういいかと思ったがそれから四十九日あたりまで泣いたり寝込んだりふらふらしたりしていた。後悔しようにも防ぎようもなかった。それ故に考える事がなくて悲しみだけが来る。無常観と恐怖と、地獄のような感じ。ほんの数日前まで部屋で聴く雨の音が好きだったのに、その音が全部雷になって体に落ちて来る。
(中略)
 他の子がいる事が救いになった。それに書くことは出来る。文章は出るし文字は読めるのだ。つまり文章というものは自分の生死をも越えるもので自分で書いているのではないところがあるからだ。文が社会と絶望した人間とを繋ぐ魂の緒だからだ。
――――
文庫版p.317、319

 新たに出会った猫たちを保護するために佐倉の一軒家に引っ越した作家。猫四匹と共についに居場所を見つけたと思った矢先、モイラが急死してしまう。悲嘆に暮れながら、それでも文学は続いてゆく。


『この街に、妻がいる』
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 起きた時確かに信じられた。死んだ猫がモイラが近くにいる事を。ごく近いのだ。私が抜けてきた街もモイラのいる街だった。そしてその街は目が覚めた私のいる街でもあった。だけれどもそれは私が死に向かっているという事ではない。いつだってモイラはいる。ただ二本の筒のように、違う時間の流れの中にもういるのである。私とモイラの時間の筒はもう繋がらない。だけれどもモイラはいる。いつかは私もあの街に迷い込むけれど、それでもモイラがいるという事だけは今でも、生きていても、会えなくても、こっちにいても、感じられる。というかこれで私のいるところと「街」は繋がったのだ。
――――
文庫版p.338

 モイラなき日々を送る作家がみた、不思議な夢。知らない街で見かけた男がいう。
「自分は妻を探しにこの街に来る。会えないけど、いる。この街に妻がいる。」(文庫版p.338)
 後に書かれることになる『猫ダンジョン荒神』にも通じる作品。


『後書き 家路、――それは猫へ続く道』
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 それでは何の問題もないよい日々なのか。とんでもない、今のところはともかく、戦争が来るのなら止めなければならぬ。ただし「文学は一体何の役に立つの」と言っている変な人々に、別に私の本を読めなどとは言わない。どうせ戦争はそいつらが起こすのだ。
(中略)
 文学で戦争が止まるかどうか? 読みもせずに文句だけ言い、自分では止めようともしないやつが戦犯なのだと言いたい。
――――
文庫版p.344

 猫と共に歩んできた道、迫り来る戦前。さあ、文学で戦争を止めよう!
 最新作『さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神』(「群像」2017年4月号掲載)へとつながる後書き。


『隣の偉人』(平田俊子)
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 授業のない日に他の用事で大学にいくと、笙野さんの部屋に明かりがついていることがあった。ドアの向こうに笙野さんがいると思うと心が騒いだ。ノックすることは憚られた。自分の部屋に入り、この壁の向こうに笙野さんが今いることの僥倖を味わった。笙野さんの部屋に明かりがついていない日も、壁越しやドア越しに不思議な熱気が伝わってきた。
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文庫版p.354

 笙野頼子さんと同じ大学に同じ学年で在籍していた詩人の平田俊子さん。
「キャンパスを歩く笙野さんを見かけたことが何度かある」(文庫版p.347)
「前を通るたびに気になった。笙野さんが住んでいると知ってからは自転車で走るたびに笙野さんを探した」(文庫版p.351)
「わたしの研究室の隣が、笙野さんの研究室だった」(文庫版p.354)
などと、作品解説よりむしろ「笙野さんへの一方的な思いやささやかな関係を得意気に書いてきた」(文庫版p.354)と謙遜しておられますが、何だかうらやましい。



タグ:笙野頼子
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『靴下編み師とメリヤスの旅』(川上亜紀)「モーアシビ」第32号掲載 [読書(小説・詩)]


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 こんなふうに小さなパン屋の片隅で、黙々とした編み物の世界からとつぜん顔をあげるとまもなく、私は見知らぬ年上の女性の靴下を編むことになったのだった。
――――
「モーアシビ」第32号p.42


 難病を抱えて母と二人きりで暮らしている語り手。パン屋で出会った老婦人のために靴下を編む約束をするが……。編み物を通じて自分の生活が異国とかすかにつながってゆく気配。小さな希望を静かな筆致で丁寧にえがく短篇。同人誌発行は2016年11月です。


――――
私はもう〈新しい〉といわれる薬や治療法をあまり信用しなくなっていて、早く下痢が治まらないとくたびれてしまう、ステロイドの内服で治療したいと言いはったので、骨がだめになって将来大腿骨がポッキリ折れたりしたら寝たきりになってしまいますよなどとさらに脅かされもしたのだが、ともかく八月の末にはさっさと退院してきた。〈将来〉のことなんてもういい。
――――
「モーアシビ」第32号p.33


 母親との二人暮らし、難病を抱えて、就職も断られてばかり。楽ではない、希望の薄い生活のなかで、語り手の女性は編み物を始めます。そんな彼女がパン屋の片隅で出会った年上の女性。会話の流れで、ふと、靴下を編んであげましょうか、と申し出てしまうのでした。


――――
「ええ、そうかもしれません。もしよかったら、水色の毛糸で靴下を編んであげましょうか?わたしにとっていまは靴下を編む時期みたいなんです。よい靴下編み師になれるとは限らないですけどね」
――――
「モーアシビ」第32号p.40


 そうして丁寧に慎重に靴下を編んでゆく語り手。完成に近づくにつれて、不安が頭をもたげてくる。果たしてあのときの約束を、忘れないでいてくれるだろうか。ちゃんとあの人に再会して靴下を渡すことが出来るのだろうか、と。


――――
減薬のあいだに少しずつ靴下を編むという作業療法に近い手仕事がなかったら、私はステロイドのもたらす高揚感や疲労感に振り回されてもっと妙なことを始めていたかもしれない。はたして今後靴下編み師になれるのかどうか、それはまったく別の問題だけれど。
――――
「モーアシビ」第32号p.50


 始めて他人のために、というか、「仕事として」編んだ靴下。それは、語り手が予想もしなかった運命をたどることに。自分の生活と遠い異国とが繋がったような気配。

 というわけで、落ちついた語りのなかから静かな諦念とささやかな希望が浮かび上がってくる、感動的な短篇です。川上亜紀さんの小説短篇集が出版されればいいのになあ。



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『しんくわ』(しんくわ) [読書(小説・詩)]


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好きなひとの瞳の中に僕がいてなんて素敵な二人の焼き肉食べ放題
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グーグルで徐庶を検索するたびにJOJOでは? と尋ねられるトラップ
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とてもそれは絶唱に似た 「信長の野望」 兵糧 0 の突撃
――――
猫のくせに、野良の雄猫のくせに、一度腹を撫でてやっただけなのにセックスしながらあの猫、俺に挨拶しやがった
――――
五七五五七七や! しんくわよ と短歌の神様が追ってきて言う
――――


 「怒りが三十九歳を短歌に向かわせた。」
 「困るよね。作るよね。短歌。」
 「笑ったらいいと思う。」
 ちょっとこう忘れがたいほどの笑いと何かのセンスに圧倒される驚異のしんくわデビュー歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2016年12月です。


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 元旦の夜、凍った路面でバイクに乗ったまま転倒して、十字靱帯が切れて、膝が九十度よりも曲がらなくなってしまった。そして、一月四日には、そのバイクを盗まれた。バイクを盗んだのは若い少年だった。彼は尾崎豊を気取って夜の闇を僕のバイクで疾走したのだろうと思う。許せん! 怒りが三十九歳を短歌に向かわせた。
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猫のくせに、野良の雄猫のくせに、一度腹を撫でてやっただけなのにセックスしながらあの猫、俺に挨拶しやがった
――――

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岡山でカード整理出来ず泣く
しんくわの声聞くときぞ
秋は悲しき

 しんくわは三国志大戦のカードおよそ三万
枚と、三国志大戦TCGのカード約一万枚で
部屋が埋もれてしまい、数万枚のカードを部
屋に置いたまま逃げるように引越しをした。
彼はネットのない環境にいて、ネットカフェで
この文章を書いている。笑ったらいいと思う。
――――

――――
五七五五七七や! しんくわよ と短歌の神様が追ってきて言う
――――


 正直、びっくりした。現代短歌は面白いおもしろいとは聞いていたけど、まさかここまでぶぶぶぶっ。


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好きなひとの瞳の中に僕がいてなんて素敵な二人の焼き肉食べ放題
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激怒するペンギン達はとんかつを叩いてる。叩いてる。叩いてる。
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殿乱心 俺も乱心 庭番も そして全員腐乱死体
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カンフーアタック 体育館シューズは屋根にひっかかったまま 九月
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ぁっ、んっ、くぅっ」ダイイングメッセージとして残された文字がなんだか喘いでいます
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 一つ一つの作品も強力なのですが、連作を並べてみるとさらにコンボボーナスが入って一定時間無敵状態に。


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夏至パンクス 生き抜くためにガムの表面のさらさらした粉を舐めるよ
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夏至パンクス2号 生き抜くために遠い昔生かさず殺さず亀をなぶりものにしたものだよ
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夏至パンクス3号 僕は川越シェフを擁護する 彼、シェフじゃないか
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 ゲームの話題なんかも、ごく当たり前の題材として使われてたり。


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とてもそれは絶唱に似た 「信長の野望」 兵糧 0 の突撃
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呼吸するようにイカサマをするという遊戯王プレイヤーを囲む猫達
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叩いても叩いても黄蓋はいい声で泣くので叩くのをやめられない
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グーグルで徐庶を検索するたびにJOJOでは? と尋ねられるトラップ
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「万葉集を読みなさい。すべてはそこからです。江戸時代の賀茂真淵をはじめ今日まで、何人もの学者が万葉集のテキストを、ああでもない、こうでもないと研究してきた。いまから千二百年前のテキストをだ。あなたは、今から一年前に出来たカードゲームのテキストですら、ろくに覚えようとしない。2chの三国志大戦TCGスレッドですら、名も無きプレイヤーが一文字、句読点まで、ああでもない、こうでもない、と議論している。リアルマネーに物を言わせてカードを大人買いし、ろくにテキストを見ないなんて、むしろ、女カードのイラストを見てにやにやしている貴方なんか、だめだ。だめだ。だめだ。来年くらいに、小喬のフィギュアを抱いて新婚さんいらっしゃいに出なさい、貴方は全国から辱められないといけない!」
――――


 なぞの歌心みちみちてキャンセル技も使いこなすしんくわの次の歌集が楽しみ。


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短歌を作らざるをえないんです、だって鳩ですよ。たまに羽をバサッとか拡げたりして、「俺様、鳩だけど、どう?」なんて存在をアピールしちゃったりしているんですよ。困るよね。作るよね。短歌。
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