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『鳥肌が』(穂村弘) [読書(随筆)]

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 これまでの自分の人生に本当の苦しみはなかったと思う。ただ、幻に怯えていただけだ。私の人生を四文字で表すならびくびくだ。最後の日に叫びそうだ。いったい何をびびってたんだ。今まで何をやってたんだ。どうせ死ぬのに。今日死ぬのに。なんなんだ。と。おそろしい。本書には、そんなびくびくのあれこれを書いてみた。
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単行本p.247


 ほのぼのした光景を見ると悪いことの前兆ではと怯え、母の愛情を知るとその執着心に鳥肌を立てる。暴走気味の想像力もてあまし、ちょっと他人に伝わりにくい怯えを世界と短歌から受けとってやまない歌人によるびくびくエッセイ集。単行本(PHP研究所)出版は2016年7月、Kindle版配信は2017年3月です。


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 苦しみとおそれは違う、と思う。苦しみには実体があるがおそれにはない。おそれは幻。ならば、おそれる必要などないではないか。おそれてもおそれなくても、苦しむ時はどうせ苦しむんだから、その時に初めて苦しめばいい。(中略)と思うけど、できない。どうしても、その手前でびびって消耗してしまう。
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単行本p.247


 「昔からこわがりだった」という歌人がどのように自分が怯えているかを語るエッセイ集です。そんなに何が怖いのかというと。


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 例えば、私は小さな子供と大きな犬が遊んでいるのをみるのがこわい。これはTさんにも通じなかった。和気藹々とした光景のどこがこわいの、と怪訝そうだ。
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単行本p.10


 Tさんというのは「駅のホームでは絶対に最前列に立たない」「先頭車両は危険なので乗らない」といった具合に常に危険を先回りして想像しては怯えている人なのですが、その人をして怪訝そうな顔をされるほどの、こわがり。ほのぼのした光景は、その直後に迫る惨劇を暗示しているようで怖い、というのです。

 あるいは、知人の女性が何気なく話してくれた母親のちょっと面白い発言。


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 彼女が五十代になった或る日のこと。何かの拍子に、八十代のお母さんが独り言のようにこう呟いたという。

  「Fちゃんが死ぬのを見届けてからじゃないと、私も死ねない」

 鳥肌が立った。Fさん本人はどう思ったのだろう。そんなの可笑しいよねえ、と笑っていたけれど。
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単行本p.16


 本人が明るく笑っているエピソードに、鳥肌を立てる著者。「常識を超越する発言」「究極の母性愛が生んだ言葉がこれか」などとすくみ上がるのです。どんどん自分を追い込んで怯え増量してゆくタイプ。


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特定の局面で、何かをする自由を与えられた時、その可能性に対してどんな反応をするのか、自分でも確信がもてないのだ。表現ジャンルとしての演劇や生物としての赤ん坊があまりにも無防備であることが、不安に拍車をかける。
 その瞬間、今までに一度も現れたことのない未知の自分が出現しないとは限らない。自分の中に「赤ちゃんを手渡されると窓からぽいっと捨てちゃうフラグ」が立っていたことを、その場で知るのはあまりにもおそろしい。
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単行本p.21


 舞台を観ると「自分が何かやらかして劇を台無しにしてしまうのではないか」と想像し、赤ちゃんを手渡されそうになると「自分はいきなり窓から放り投げてしまうのではないか」と不安になる。自分の中に眠っている未知のフラグが作動する可能性が怖い。

 「今、自分は何か運命の分岐点にいるんじゃないか」と思う瞬間が怖い。黙っている他人が何を考えているのか分からないのが怖い。親しい人が突如として未知の側面をさらけ出すことを想像すると怖い。自分以外の全員が実は自分とは異なる別の何かだったと気づくことを想像すると怖い。食品の原材料表示が怖い。親心が、ロマンスが、人の思いを込めたものが、どれも現実の姿をさらけ出す瞬間が怖い。

 というか、怖くないものがあるのかそもそも。

 そのうち想像力の暴走による怖さだけでなく、知人から聞いた体験が語られるようになると、共感できる怖さが増えてゆきます。


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女性の友人からきいた話によると、或る日、彼女が目を覚ましたら、部屋の中にふわふわとシャボン玉が浮かんでいたそうだ。空っぽだった筈の金魚の餌がいつのまにか増えていたこともあるという。ちなみに彼女は独り暮らしである。
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単行本p.150


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友人(女)の話

 弟の部屋で大量のエロ本とエロDVDを発見してしまった。最初は、しょうがないなあ、と思っただけだったが、よく見たら、その全てが「姉弟モノ」で鳥肌が立った。
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単行本p.155


 そして、ご本人の体験談へと。


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鹿? 迷い出て轢かれてしまったのか。でも、ここはそんな場所ではない。都内の大きな道なのだ。それには脚がなかった。だから下半分が路面に埋まっているように見えた。
 一体何だったんだろう。気になって、もやもやする。でも、友達は前を向いたまま何も云わない。なんとなく口を開くのがためらわれた。そのまま、十分ほど走った時、不意に彼が云った。

  「さっき、変なものが落ちてなかった?」

 さり気ない口調。でも、私にはわかった。彼も同じものを見たのだ。角の生えた動物の上半分。(中略)

  「うん。鹿みたいなものが半分くらい、落ちてたね」

 私はそう答えた。それきり、二人とも黙った。あれは何だったのか。下半分はどこにいったんだろう。今考えても不思議だ。
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単行本p.92


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 そういえば、道の上に自転車のベルが幾つも落ちていたこともある。点々と十個くらい散らばっていた。最初は何かわからず、覗き込んでしまった。ベル、ベル、ベル、ベルだ。どうしてそんなことが起こるのだろう。
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単行本p.104


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「住んでいた順番に、それぞれの部屋の間取り図を書いて下さい」と云われて、思い出しながら書いてみた。
 その結果、奇妙なことがわかった。高校生くらいまでに住んだ家の間取り図に、ことごとく風呂がなかったのだ。もちろん、実際にはどの家にも風呂はあった。だが、その場所を思い出すことができない。何故か風呂の位置だけがすっぽりと記憶から抜け落ちている。
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単行本p.175


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 数日間、異音に悩まされていたことがあった。がさがさがさがさ、変な音が右の耳から聞こえてくる。いくら耳かきをしても治らない。覗いてもらったけど、特に異常は見当たらないようだ。でも、音は止まない。やはり耳自体の問題か。病院に行くしかないか。と思いつつ、ぐずぐずしていた。
 そんな或る日、なんとなく耳に指を入れたら、するすると髪の毛が出てきた。しかも長い。えっ、と思う。私のよりも妻のよりも、ずっと長いのだ。
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単行本p.204


 というわけで、著者の「こわがり」の極端さにちょっと呆れながら読んでいるうちに、次第に想像力が生み出す怖さを同じように体験させられてしまう。微妙な怖さを含む短歌の鑑賞ガイドとして、著者お得意の「だめ自分エッセイ」として、じわじわくる実話系怪談集として、様々に楽しめる一冊です。



タグ:穂村弘
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『作家と楽しむ古典』(池澤夏樹、伊藤比呂美、森見登美彦、町田康、小池昌代) [読書(随筆)]

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 あたしはこう見えてすごくまじめなんですよね。『日本霊異記』を訳しているとき、アメリカやヨーロッパで日本文学を研究している友人たちの顔がしきりによぎっていました。ああいう人たちに、景戒さんの姿勢や心意気がちゃんと伝わる現代語訳にしたかったんです。だから、一字一句、まじめに、ニュートラルに、置き換えました。(中略)
そうやって、ボロボロになりながらつくり上げた現代語訳です。出版を記念して、池澤夏樹さんと町田康さんとあたしが朗読する会があったんです。あたしはその前日くらいにやっと本を見たところだから、他の人の訳文見てなかった。つまり『宇治拾遺物語』は、まず、耳から、町田康さんの声で入ってきた。腰が抜けましたね。「やっぱ瘤いこう、瘤」「マジじゃね?」とあり、いやぁ感動した。自分のまじめさ、馬鹿正直に逐語訳した自分が情けなくなった。といって町田さん、荒唐無稽な訳ではない。まじめにきちんと原文に沿っている。しかもそのときの会場が原宿で、若い人ばかりで、みんな町田康目当てで、町田さんの、抑えた読み方に若い人たちがバンバン反応していく。町田さんもそれにビシビシ応えていく。それを見ちゃったあたしは半年くらいショックが抜けなくて、しばらく「町田コロス!」って思ってました。町田康の『宇治拾遺物語』を読めたことは、あたしの長い文学生活で一、二を争う衝撃でした。
――――
単行本p.53、63


 シリーズ“町田康を読む!”第56回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、池澤夏樹さんの編集による『日本文学全集』の古典現代語訳を担当した作家たちによる連続講義を書籍化した一冊。単行本(河出書房新社)出版は2017年1月です。

 本書で扱われている古典の現代語訳のうち、個人的に読んでいたのは第08巻に収録されている『日本霊異記/発心集』(伊藤比呂美:現代語訳)と『宇治拾遺物語』(町田康:現代語訳)だけです。ちなみに単行本読了時の紹介はこちら。


2016年02月16日の日記
『日本霊異記/発心集(日本文学全集08収録)』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-02-16

2016年02月18日の日記
『宇治拾遺物語(日本文学全集08収録)』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-02-18


 本書は、前述の二名を含む五名の古典現代語訳担当作家による連続講演を書籍化したもの。それぞれの現代語訳を読んだ方はもちろんのこと、人気作家のエッセイアンソロジーとして読むことも出来ます。


古事記
『日本文学の特徴のすべてがここにある』(池澤夏樹)
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 日本人の心性は、『古事記』の昔からあったのだと思います。やまとごころ、もののあわれ、無常観、日本文学の特徴とされるものは、すべて『古事記』に見つけることができます。日本文学は、それを洗練させながら、連綿と伝えるいとなみでありました。
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単行本p.36

 成立過程、編集、速度と文体、といった様々な観点から『古事記』を語ります。天皇礼賛の書という評価は正しいか、各国の神話との比較、そして古事記に表れた日本人の心性、といった話題が次々と。


日本霊異記・発心集
『日本の文学はすべて仏教文学』(伊藤比呂美)
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 どの話でもそうなんです。先ほどの「邪淫の縁」だと、セックスで死んだ二人の話の後に、背骨の柔らかい男は自分の口でマスターベーションするものだなんて言ってる。それを読んだあたしたちは、なるほど! なんて全然思わないですよね。(中略)
 景戒さんは、背が低くて、なんだかキュートで、頭がよくて、セックスが好きで、好きだってことを平気で言える、いい男でした。そんな人が考えたことですから、奇妙なコメントにも何か目的があったはず……。
 それで行きついたのが、仏教です。
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単行本p.66

 エロ満載、あるがままの人間の業を描いた仏教説話集『日本霊異記』について、そして日本文学は仏教とどのように関わってきたのか、思い入れたっぷりに語ります。
「みんな、町田さんのばっかり読んでるみたいですけど、あたしのもじっくり読んでくださいね。百年後にも残るクラシカルな訳、をしたつもりですから」(単行本p.64)


竹取物語
『僕が書いたような物語』(森見登美彦)
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『美女と竹林』というタイトル、この美女はやはりかぐや姫をイメージしていました。それに僕がデビューしてから今まで書いてきた小説には、片思いをして右往左往するアホな男たちが多かったです。『竹取物語』から千年の時がたっているとは思えないほど同じですね。
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単行本p.103

 キャラクターを立てる工夫、和歌をどうやって現代語に訳すか、など『竹取物語』の翻訳にあたって工夫したところを解説してくれます。


宇治拾遺物語
『みんなで訳そう宇治拾遺』(町田康)
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 破格な翻訳です。でも、ただ形を壊そうとか、元の話を裏切ってやろうとか、とにかくむちゃくちゃやればいいとかいうわけではないんです。原文を読んで、おもしろい、楽しい、なんでこうなるの? と思った気持ちがやっぱり大事です。そして自分で訳してみて、この訳文ええやんけ、とおもしろがれる気持ちが大事です。単なる破壊じゃあ、なかなか楽しくできませんから。
 けっこう遊べます。やれと言われてやった仕事ですけど、『宇治拾遺物語』の翻訳はおもしろいばっかりでした。こんなんで金もらえるんやったら一生これやるわ、と思いましたね。
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単行本p.144

 話題沸騰、伊藤比呂美さんをして「町田コロス!」と言わせた名訳はどのようにして出来上がったのか。実際に翻訳してみよう、ということで、様々なコツを伝授してくれます。


百人一首
『現代に生きる和歌』(小池昌代)
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 このように和歌はいろいろな解釈ができるものですから、踏み分けて、踏み分けて、奥に入っていくときりがない。でも、いろいろ知って、たくさん読んだ後に、また素直な気持ちで一首に帰ってくる。すると前よりも、もっと耳が立ってくる。
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単行本p.161

 百人一首から六首をとりあげ、その解釈の試みを通して、和歌の「きりもない奥の深さ」と「微妙なところでの受け取り方の変化」を解説します。



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『のら猫拳』(アクセント) [読書(随筆)]


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どっしりとした構え。隙などどこにもない。
彼らは厳しいのら猫界を生き抜くため、人知れず修行に明け暮れている。
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 鮮やかな大跳躍から繰り出される鋭い蹴り。猫の空中殺法を見事にとらえたカッコよくてやたら可笑しい猫写真集。単行本(エムディエヌコーポレーション)出版は2017年1月です。

 おそらく猫じゃらしか何かを振って飛び掛かってきたところを撮影してる、ということは分かるんですよ。でも、この気迫に満ちた表情、空中で電光石火のごとく放たれる猫パンチや猫キック、珍妙ポーズで宙を舞う猫たちを見ていると、「格闘技で戦っている猫」という設定に素晴らしい説得力があります。

 写真に添えられているキャプションもノリノリ。


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のら猫界最強の流派、黒猫拳。その圧倒的躍動感。
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港を守る正義の爪、キジシロ拳!
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ジョジョ立ちからのスタンド攻撃!
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悪の悪猫(わるねこ)四天王
「ここを通りたければ我らを倒して見せよ」
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 子猫がおぼつかない二本足で立っている写真でさえ


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ほのぼの感で敵の戦意を奪うのがハチワレ拳の極意!
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とか煽ってくるのがすごい。猫は何をしていても格闘技。

 後半には陽気に踊っているダンス猫たちの写真も収録されており、パラパラめくっているだけで楽しくなってきます。

 着地を考えず無我夢中でジャンプした猫たちの、空中での躍動感に満ちた肢体には胸踊るものがありますし、重力から解き放たれた猫の筋肉や関節の動きは生々しい驚きがあります。

 どんな写真なのかチェックしてみたい方は、ツィッターでアクセントさんのアカウント(@sakata_77)を確認してみて下さい。気に入ったらあれこれ迷わず購入しちゃうことをお勧めします。



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『〆切本』 [読書(随筆)]

『手紙 昭和二十六年』(吉川英治)より
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 小説
 どうしても書けない 君の多年に亙る誠意と 個人的なぼくへのべんたつやら 何やら あらゆる好意に対しては おわびすべき辞がないけれど かんにんしてくれ給え どうしても書けないんだ
――――
単行本p.44


 書けぬ、どうしても書けぬ。〆切を前にして、というか後にして、七転八倒悶絶自傷に走る者、他人のせいにする者、逃亡する者、話をすり替えて正当化する者……。明治の文豪から現代の人気作家まで、〆切に苦悩し狂乱する文士たちが言い訳と現実逃避のために書きつけた、血を吐く文章94篇を集めた〆切アンソロジー。単行本(左右社)出版は2016年8月です。


『はじめに』より
――――
 本書は明治から現在にいたる書き手たちの〆切にまつわるエッセイ・手紙・日記・対談などをよりぬき集めた“しめきり症例集”とでも呼べる本です。
――――
単行本p.10


 とにかくどのページからも「書けない、書けない」という叫びがあふれてくる一冊。そういうとき、人はどのような言葉を吐き出すのか。

 まずは素直に謝るパターン。シャレにならない事態であっても、とにかく謝り倒す。少しだけ勝手な言い訳を混入させることで、でもぼくそんなに悪くないもん、という甘え心を見せるのもテクニック。


『はがき 大正六年』(島崎藤村)より
――――
一月もかかって、漸く三十三枚しか書けませんでした。小生の身体の具合は、これでもって大凡想像がつかうと思ひます。右にも関わらず、小生は力めて健康の回復を計って居ます。
――――
単行本p.23


『手紙 明治三十八年』(高浜虚子)より
――――
さう急いでも詩の神が承知しませんからね。(此一句詩人調)とにかく出来ないですよ。今日から帝文をかきかけたが詩神処ではない天神様も見放したと見えて少しもかけない。いやになった。是を此週中にどうあってもかたづける。夫からあとの一週間で猫をかたづけるんです。
――――
単行本p.19


『はがき 昭和六年』(寺田寅彦)より
――――
どうかもう少し御延期を願度と存じます。日支事件で新聞は満腹でしやうから、閑文字は当分御不用ではないかとも想像致しますが如何でしやう。
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単行本p.26


 続いて、書けないものは書けないと開き直るパターン。


『机』(田山花袋)より
――――
どうも気に入らない。題材も面白くなければ、気乗りもしない。とても会心の作が出来そうに思われない。もう日限は迫って来ているのだが、「構うことはない、もう一日考えてやれ。」と思って、折角書く支度をした机の傍を離れて、茶の間の方へと立って来た。
――――
単行本p.12


『無恒債者無恒心』(内田百聞)より
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 帰り途に、落ちついて考えて見たら、二十八日までという期日は、小生がお金がほしくてきめて貰った日限であって、雑誌の編集の都合からいえば、何も二十八日に原稿を受取らなくてもよかったのである。小生は自分の困惑について、他人におわびしに来たようなものである。(中略)これから二三日の間の借金活動に要する運動資金を調達するため、細君に、彼女の一枚しかないコートを持って、質屋に行くことを命じておいた。そうして熟睡した。
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単行本p.41


 何とか責任を逃れようと被害者ぶってみせる、あるいはいきなり「そもそも〆切をなぜ守らなければならないのか」とか言い出すパターン。


『私の貧乏物語』(谷崎潤一郎)より
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私が貧乏してゐる重大な原因は、遅筆と云ふことに存するのである。これは原稿の催促に来る記者諸君にはいつも訴へてゐるのだけれども、その程度が如何に甚しいかと云ふことを本当に諒解してくれてゐるのは、私と起居を共にする家族の人達だけであつて、記者諸君などは好い加減に聞いてゐるらしいのが残念でならない。
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単行本p.28


『遊べ遊べ』(獅子文六)より
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 日本の文士がこんなに忙がしくなったのは、有史以来である。結構なことだが、文士が働きアリのように、まっ黒になって、朝から晩まで仕事をするというのは、少し変態ではないか。
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単行本p.47


『書けない原稿』(横光利一)より
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引き受けた原稿は引き受けたが故に、必ず書くべきものだとは思つてゐない。何ぜかと云へば、書けないときに書かすと云ふことはその執筆者を殺すことだ。執筆者を殺してまでも原稿をとると云ふことは、最早やその人の最初の親切さを利慾に変化させて了ってゐる。
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単行本p.52


 あつかましい言い訳と正当化がずらずら並ぶなかで、追い詰められてちょっと壊れちゃったかなーという感じのパターンも。


『日記 昭和三十五年』(高見順)より
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 私みたいに遅筆の人間は、ほんとに困る。
 遅筆の人間が、時間潰しのこんな日記書いている。
 時間が潰れると思って、今まで書かなかった。
 今、これは、仕事にかかる前に書いている。
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単行本p.73


『作家が見る夢』(筒井康隆)より
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締切に追われているときの、原稿を書いている夢。原稿用紙のマス目の数が明らかに違うわけですよ。縦二十字以上、横を見たらワアッと何十行もある(笑)。それをあしたまでに二十枚、というのはこわいです。
――――
単行本p.101


『吉凶歌占い』(野坂昭如)より
――――
 明け暮れ針のむしろに在る如く、もとより編集長以下必死の形相裂帛の気合で催促なさり、するとぼくは、事故で右手の小指を折ってしまった(中略)しかし、締切は一週間延びただけで、前後の事情いっさいかわらず、骨折後二日目に、シーネをはずし、とにかく字を書きはじめた、自己流に、割箸折って小指にあて、ゴムバンドでとめて。
 半分ほどすすんだら、そしてそれまで不精きめこみ、のび放題の鬚をそろうと、カミソリの刃をとりかえ、あやまってまったく骨折と同じ箇所を、骨のみえるほど、切ってしまったのだ(中略)
われながら認めにくいけれど、どうも、締切と怪我の間になにかつながりあるように思えるのだ。
――――
単行本p.104、107


 原稿執筆を「編集者との心理戦」と見なして皮肉を言いまくるパターン。


『肉眼ではね』(西加奈子)より
――――
「西さん、先週締切の原稿ですが、まだ送っていただけないのでしょうか」「肉眼ではね」
 どうだろう。「自分は己の目で見えるものしか信じない、物事の背景にある様々なものに心の目を凝らすことが出来ない俗物」と、編集者に思わせることは出来ないだろうか。
(中略)
 とうとう想像だけでは飽き足らなくなり、実際に声を出すことまでする。
「肉眼ではね!」
 寝ていた猫が、ビクッとなるほどの大声だ。
 もはや、「肉眼ではね」を言いたくてたまらないだけになっている。脳からおかしな物質が出てくる。
――――
単行本p.179


『植字工悲話』(村上春樹)より
――――
僕なんかが聞いていると編集者の方もけっこうそういうデッドライン・ゲームを楽しんでいるのではあるまいかという気がしなくもない。これでもし世間の作家がみんなピタッと締め切りの三日前に原稿をあげてしまうようになったら――そんなことは惑星直列とハレー彗星がかさなるほどの確率でしか起こり得ないわけだが――編集者の方々はおそらくどこかのバーに集まって「最近の作家は気骨がない。昔は良かった」なんて愚痴を言っているはずである。これはもう首をかけてもいいくらいはっきりしている。
――――
単行本p.242


 そして、最後は書き逃げパターン。


『作者おことわり』(柴田錬三郎)より
――――
「プレイボーイ」誌の編集者が、あと一時間もすれば、このホテルの私の部屋に入って来ます。
 締切ギリギリ、というよりも、締切が一日のびてしまって、私は、断崖のふちに立たされているあんばいなのです。
 どうしても、あと一時間で、脱稿して、渡さなければならない。そうしないと、雑誌が出ない。
(中略)
 困った!
 かんべんしてくれ!
 たすけてくれ!
 どう絶叫して救いを乞おうと、週刊誌は、待ってはくれぬ。
 そこで、やむを得ず、こんなみじめな弁解を書いているのです。
(中略)
 あと一時間で、「プレイボーイ」誌の編集者が、原稿を受けとりにやって来るが、私は、白紙を渡すわけには、いかない。
 黙って、悠々として、さらさらと書きあげたふりをして、部屋へ置きのこしておいて、私は、ロビイへ降り、ティ・ルームで、ブルーマウンテンでも飲むことにする。
 編集者は、急ぎの原稿を受けとると、その場で、読まずに、一目散に、印刷所へ駆けつけて行く習慣があることを、私は知っているからです。
――――
単行本p.348、351


 編集者の側から見た文章もいくつか収録されています。


『喧嘩 雑誌編集者の立場』(高田宏)より
――――
 我慢は、ずいぶんした。小さな我慢を数え上げたらキリがない。編集者は我慢をするのが商売のようなものだ。締切りが来ているのに、なんだかんだと引きのばされても、じっと我慢して待つ。ギリギリのところでもらう原稿を、自分の睡眠時間をカットすることで何とか間に合わせる。書いていると聞いて安心していると、それが実は他誌の原稿であることが分かっても、我慢する。待ち合わせの場所へ著者が遅れてきても、三十分や一時間なら我慢する。遅れるなら電話一本くらいくれてもよさそうだと思っても、それは口にしないで、にこやかに我慢する。
――――
単行本p.234


『編集者の狂気について』(嵐山光三郎)より
――――
 多くの編集者の友が死んだ。ほとんどロクな死に方ではない。ムリして死んでいる。他の業界なら死ななくてすむのに死んでいる。仕事にこだわりすぎている。殉職といえばそれまでだが、編集者は同業の死のなかに自らを投影してこの稼業の無常を知る。
――――
単行本p.213


 というわけで、締切りをめぐる作家と編集者の因業がうかがえる一冊。他人事と笑いつつ、まじでこの業界どこかおかしいんじゃないの、と心配になります。



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『これから猫を飼う人に伝えたい10のこと』(仁尾智、小泉さよ:イラスト) [読書(随筆)]


僕の手にもう生傷がないことで
       子猫が猫になったと気づく
――――
 そこに猫がいる二十年。猫があなたを追い抜いて年を取っていく二十年。(中略)
 猫を飼うことは、当たり前だけれど、猫の一生をまるごと引き受けることです。
――――


 猫を飼う覚悟、名前の付け方、心がけ、猫との別れ。タイトル通り、これから猫を飼う人に伝えたい10のことを、一つ一つ短歌とエッセイで表現した一冊。全項目に小泉さよさんのイラストつき。同人誌出版は2015年12月です。


猫がしちゃいけないことのない家で
     しなくていいことばかりする猫
――――
ちなみに我が家は、最初から家全体を爪とぎに見立てている。ソファや壁はボロボロだけど、気にならない。だって、この家はでっかい爪とぎなのだから。
――――


 猫の飼育マニュアル、かと思ったら大間違い。猫歌人・猫エッセイストの二尾智さんが短歌とエッセイで綴る、猫と生活する心構え、というか猫がいる幸せ、というかつまり猫馬鹿あるある。


幸せは重くて苦い
ひざに寝る猫を起こさず
すするコーヒー
――――
 神様がいるとしたら、彼(彼女?)の一番の手柄は、この猫の喉の音じゃないだろうか。まず発想がすごい。「心地よくなると、うっかり喉が鳴ってしまう」なんて仕組み、どうやって思いついたのだろう。
――――


ヒゲのない猫などいないはずなのに
       ヒゲと呼ばれる顔をした猫
――――
 我が家で言えば、「吾輩」と言いそうだから「なつめ」と名付けた猫は、いま「ヒゲ」と呼ばれています。
 また、白地にグレーの柄だから「しぐれ」と名付けた猫は、いま「ニー」と呼ばれています。
 さらに、濃い三毛猫だから「こみ」と名付けられた猫は、いま「グタ」と呼ばれています。グタが何を意味するのか、呼んでいる僕らにもよくわかりません。いつの間にかそうなりました。
――――


入ってた袋のほうでじゃれる猫
僕の選んだおもちゃをよそに
――――
 買ってきたおもちゃを不思議そうに眺めながら素通りされても、全然悲しくない。
 買ってきた爪とぎを尻目に、すぐ隣のソファで爪をとぎ始めても、全然悲しくない。
 美味しそうに見えたおやつに一切口をつけてくれなくても、全然悲しくない。

 全部僕のために買った僕のものだから。
 猫は、期待に添わない生き物だから。
 期待に添わないところが、いいのだから。
――――


 楽しいエッセイが大半ですが、猫との別れを綴った最後の短歌とエッセイには、やはり悲しい気持ちになります。それも含めて、猫と生きること。


衰えた猫はやっぱり撮れなくて
     アラーキーにはなれそうもない
――――
 猫の死は、きつい。
 どこかをもがれたような感覚がずっと続く。突然、腹の底から「悲しみ」としか言えないものがせり上がってきて、吐くように泣く。自分ではまったく制御できない。

 我が家には、いま九匹の猫がいる。あと最低九回も、あんな思いをしなければならないなんて、考えただけで、考えたくなくなる。
 だけど、そこは腹にぐっと力を入れる。

 これまでどれだけ猫に救われてきたというのだ。僕が看取らないでどうする。この恩知らずが。
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