So-net無料ブログ作成
検索選択
メッセージを送る
読書(随筆) ブログトップ
前の5件 | -

『読書で離婚を考えた。』(円城塔、田辺青蛙) [読書(随筆)]

――――
妹から、お義兄ちゃんとお姉ちゃんって、電波女とクズ男みたいな関係だよねと言われました。
――――
単行本p.130


――――
 先日お会いした某SF作家さんからハラハラしながら連載を見守っています。夫婦仲は大丈夫なんですか? という質問を受けました。大丈夫ですよね? 違いますか? 違うんですか? どうなんですか? 山は死にますか? 海はどうですか?
――――
単行本p.102


 円城塔と田辺青蛙の作家夫婦。読書傾向がまったく異なる二人は、夫婦間の相互理解を促進するために、交互に一冊ずつ課題図書を指定しては感想文を書きあうというリレーエッセイ企画に取り組む。ところが連載が進むにつれて険悪になってゆく夫婦仲。イヤミと苦言の応酬のはてに待ち受けているものは……。プロの作家によるブックガイドであると同時に実録夫婦喧嘩という奇妙な一冊。単行本(幻冬舎)出版は2017年6月、Kindle版配信は2017年6月です。


――――
 本棚を見るとお互いの人柄が分かるなんて話がありますが、うちは壁の前に本棚がバーンとあって、右と左の半分半分で分けているんですよ。私の方は妖怪とか呪いの本だとか、怪談やルポルタージュ作品、実際の事件を基にして書かれた『黒い報告書』のようなフィクション小説や幻想怪奇作品が多くて、夫の方はPC関連の専門書や物理、数学の本、料理や手芸本、漢文や歴史書に洋書と、なんか見ると胃の辺りがシクシクと痛くなってくるようなもんばっかり並んでいるわけですよ。
――――
単行本p.14


 作家同士で結婚した二人が、相互理解を促進するために、交替で課題図書を指定しては感想文を書く、というリレーエッセイ企画を始めます。著者たちはお互いことがよく分かり夫婦円満、読者はプロの作家によるブックガイドとして重宝する、そんな素晴らしい本が出来上がる予定だったのですが……。


――――
 夫は何故、不器用な人生に馴染めない男が主人公の作品ばかりを選ぶのだろう。
 これを私に読ませることによって、何か気が付いて欲しいことがあるのだろうか?
――――
単行本p.44


――――
妻がどうして、「相互理解」のために「動物に襲われる」話を勧めてくるのか今のところ謎です。
――――
単行本p.52


 互いに「なぜこんな本を勧めるのか?」という相手の意図が理解できず、疑心暗鬼にかられてゆくことに。まあ、この辺までは「夫婦仲が微妙にこじれる、という演出で読者を面白がらせよう」というサービス精神とも思えるのですが、次第に……。


――――
 ただ、僕の中でこの連載が、「続けるごとにどんどん夫婦仲が悪くなっていく連載」と位置づけられつつあることは確かです。僕の分のエッセイが掲載された日は、明らかに妻の機嫌が悪い。
「読んだよ」と一文だけメッセージがきて、そのあと沈黙が続くとかですね。
 どうせ自分は○○だから……と言いはじめるとかですね。
 あんなことを書かれると、誰々から何かを言われるから困る、とかですね。
――――
単行本p.96


――――
自分は夫のことをどれだけ知っているのか自信がなくなってきました。
 そういう関係だと思っていたのは、こちらだけですか?
(中略)
 この連載で夫婦仲が悪くなっていたことにも気が付いてませんでしたよ。
 時々夫は黙って機嫌が悪くなっていることがあるんですが、それもきっと原因があるんですよね?
 もう、なるべく早いうちに謝っておくことにします。「ごめんなさい」。
――――
単行本p.103


 うわあ、これはヤバい。

 連載いったん中断して夫婦で話し合った方が……、などと読者がハラハラしているうちに、とうとう読書感想文のなかに相手に対するイヤミが混じるようになってゆきます。


――――
 この連載をはじめてだんだんわかってきたのですが、どうも妻には、強固な自己像があるようです。
 どうもその人は、「おしゃれでかわいい、気のつく奥さん」というような姿をしているらしい。
 だから僕が、妻は脱いだ服をそのへんに置いておく、というようなことを書くと、ちょっと機嫌が悪くなったりします。「もう、みんなにだらしない奥さんだって勘違いされたらどうするの! ぷんぷん」みたいな生き物です。
――――
単行本p.63


――――
 僕から眺めている妻は、日頃からつかなくてもいいようなちっちゃな嘘をこまめに振りまいては片っ端から忘れていく生き物で、設定に一貫性がありません。勢い重視。締め切りに追われる週刊連載を見ているような感動があります。その場だけの辻褄が回転していることもあります。
――――
単行本p.257


 それに対して妻はこんなことを書いてきます。


――――
夢の中でPCを立ち上げここの連載のサイトを更新すると『離婚届けの書き方』という本が夫からの課題図書として掲載されており、本文には一言「察して」……と書かれているだけでした。(中略)正夢にならないといいですね!
――――
単行本p.200


 これはけっこう深刻なメッセージだと思うのですが、何と夫は、夢の件を完全にスルーして、文中に書かれていた「3メートルの宇宙人のオブジェを部屋に置いている」という部分に、こんな風にかみつくのです。


――――
3メートルの「宇宙人のオブジェ」ではない。「3メートルの宇宙人」のオブジェ。
――――
単行本p.201


 いかんなー。典型的なこじれパターンだなー。

 「二人が付き合って初めてデートしたとき」といった話題で何とか修復を試みるも、行き違いが発覚してさらにこじれてゆく夫婦仲……。


――――
夫の認識ではこの時はまだ私とは付き合っていないつもりだったらしい
――――
単行本p.253


――――
今更ですが、妻がこの連載のコンセプトを理解しているのか、たまにわからなくなりますね。
――――
単行本p.269


――――
相互理解を目的としているのではなく、自分がレビューを書きやすい本を選んでいるのではないかと疑っています。
――――
単行本p.234


 こ、これはアカン。非難の応酬はじまった。もうブックレビューどころじゃないのでは。

 最終回となった課題図書。夫が『ソラリス』(スタニスワフ・レム)を指定すると、妻は『バトル・ロワイアル』(高見広春)で返すという、最後まで続く何かの応酬。

 というとまるで最初から最後まで殺伐とした諍いが続くような印象になりますが、もちろんそんなことはなく、微笑ましい話題も数多く含まれています。例えば、理系マンガの傑作『決してマネしないでください。』(蛇蔵)の連載最終回の読者アンケートはがきに円城塔が熱烈推薦文を書いてきて、それが単行本の帯に掲載された、という有名なエピソードの背後で誰が暗躍していたのか、とか。


――――
 数ヶ月前の話なんですが、『決してマネしないでください。』という「モーニング」で連載していた漫画をこっそり仕込んでおいたら見事嵌ってくれました。いやあ嬉しいですね。
 もう気分は若紫を仕込む光源氏ですよ。
――――
単行本p.209


 というわけで、夫婦仲こじれ具合があまりにリアルで、そこばかり気になって、紹介されている本のことが頭に入ってこないという不思議なブックガイド。それぞれの愛読者はハラハラしながら見守るとよいと思います。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎) [読書(随筆)]

――――
現在の日本ではほとんどバッタの被害がないため、バッタ研究の必要性は低く、バッタ関係の就職先を見つけることは至難の業もいいところだ。「日本がバッタの大群に襲われればいいのに」と黒い祈りを捧げてみても、「バッタの大群、現ル」の一報は飛び込んできやしない。途方に暮れて遠くを眺めたその目には、世界事情が飛び込んできた。アフリカではバッタが大発生して農作物を食い荒らし、深刻な飢饉を引き起こしている。
(中略)
 本書は、人類を救うため、そして、自身の夢を叶えるために、若い博士が単身サハラ砂漠に乗り込み、バッタと大人の事情を相手に繰り広げた死闘の日々を綴った一冊である。
――――
新書版p.5


 地平線の彼方まで空を真っ黒に染め、サハラ砂漠を埋めつくすバッタの大群。その前に全身緑色のタイツを着た男がすっくと立ちはだかり、叫ぶ。
「さぁ、むさぼり喰うがよい」
 バッタに食べられたい。その夢を追ってサハラ砂漠へと向かった著者は、果たして夢を叶え、ついでに人類を救うことが出来るのか。バッタの群れ、そして大人の事情と闘い続ける昆虫学者による奮闘記。単行本(光文社)出版は2017年5月、Kindle版配信は2017年5月です。


――――
 1000万人の群衆の中から、この本の著者を簡単に見つけ出す方法がある。まずは、空が真っ黒になるほどのバッタの大群を、人々に向けて飛ばしていただきたい。人々はさぞかし血相を変えて逃げ出すことだろう。その狂乱の中、逃げ惑う人々の反対方向へと一人駆けていく、やけに興奮している全身緑色の男が著者である。(中略)自主的にバッタの群れに突撃したがるのは、自暴自棄になったからではない。

 子供の頃からの夢「バッタに食べられたい」を叶えるためなのだ。(中略)

 虫を愛し、虫に愛される昆虫学者になりたかった。それ以来、緑色の服を着てバッタの群れに飛び込み、全身でバッタと愛を語り合うのが夢になった。
――――
新書版p.3、4、6


 全身緑色のタイツを着てバッタの大群の前に立つ男。インパクト絶大な裏表紙写真と「その者 緑の衣を纏いて、砂の大地に降り立つべし……」というキャッチーすぎるアオリのせいで、いったい何の本なんだろうと困惑させられますが、これはサハラ砂漠でバッタの研究に取り組んだ昆虫学者による随筆・旅行記です。

 そもそもなぜアフリカまで行ってバッタの研究をするのか。そこには人類を救うという大義名分があるのでした。


――――
私が研究しているサバクトビバッタは、アフリカの半砂漠地帯に生息し、しばしば大発生して農業に甚大な被害を及ぼす。その被害は聖書やコーランにも記され、ひとたび大発生すると、数百億匹が群れ、天地を覆いつくし、東京都くらいの広さの土地がすっぽりとバッタに覆い尽くされる。農作物のみならず緑という緑を食い尽くし、成虫は風に乗ると一日に100Km以上移動するため、被害は一気に拡大する。地球上の陸地面積の20%がこのバッタの被害に遭い、年間の被害総額は西アフリカだけで400億円以上にも及び、アフリカの貧困に拍車をかける一因となっている。
――――
新書版p.112


 人類をバッタの被害から守りたい。そのために単身、西アフリカのモーリタニアに乗り込んでいった著者。だが現地の研究所に到着した彼を待っていたのは、決して歓迎ばかりではありませんでした。


――――
通常、外国人が研究所にやってくるときは、巨額の研究費を持参して研究所をサポートするか、少なくとも研究所の負担にならないようにしている。ところが私の場合、車をタダで借りたり、研究室まで準備してもらったりと逆に研究所に迷惑をかけていた。おまけにフランス語もしゃべれず、良いところはまるでなしだ。
――――
新書版p.78


 これでは冷遇されても仕方ないわけですが、そこで挫けない著者。研究所の所長に直訴するのです。


――――
「私はサバクトビバッタ研究に人生を捧げると決めました。私は実験室の研究者たちにリアルを届けたいのです。アフリカを救いたいのです。私がこうしてアフリカに来たのは、極めて自然なことなのです」
 自分の想いを伝えると、ババ所長はがっちりと両手で握手してきた。
「よく言った! コータローは若いのに物事が見えているな。さすがサムライの国の研究者だ。お前はモーリタニアン・サムライだ! 今日から、コータロー・ウルド・マエノを名乗るがよい!」
 思いがけず名前を授かることになった。
 この「ウルド(Ould)とは、モーリタニアで最高に敬意を払われるミドルネームで、「○○の子孫」という意味がある。(中略)
 かくして、ウルドを名乗る日本人バッタ博士が誕生し、バッタ研究の歴史が大きく動こうとしていた。
――――
新書版p.82


 感動癖があるのか、単にノリがいいのか、適当に人をあしらうのが巧いのか、とにかくキャラが立ちまくった所長。他にも、がめついのに愛嬌があって憎めない運転手など、印象的な人物が登場しては著者を助けてくれます。

 捨て身で恩を売りまくり、損を引くのをためらわずお人好しの評判をとれば、困ったときに皆が助けてくれるんだなあ、少なくともイスラム圏では、ということがよく分かります。

 しかし、そんな奮闘努力にも関わらず、著者の前途には最大の危機が迫ります。


――――
 2011年、モーリタニアは国家存続の危機に直面していた。雨がまったく降らないのだ。皆が口をそろえ、こんなに雨が降らないのは初めてだと言う。皆の不安は恐怖へと変わっていった。モーリタニアが60年前に独立して以来、建国史上もっともひどい大干ばつになった。
(中略)
 その頃、私は苦境に立たされていた。私に許されたモーリタニア滞在期間は2年間。この間に得られるであろう成果に、昆虫学者への道、すなわち就職を賭けていた。ところが、なんということでしょう。60年に一度のレベルの大干ばつが、どストライクで起こり、モーリタニア全土からバッタが消えてしまった。私はアフリカに何をしに来たのだろうか。私の記憶が確かならば、野生のバッタを観察しに来たはずだ。我ながらなんと気の毒な男だろうか。
――――
新書版p.189、190


――――
大発生すると評判のバッタが不在になるなんて、一体何しにアフリカにやってきたのか。いま途方に暮れずに、いつ途方に暮れろというのだ。
 バッタを失い、自分がいかにバッタに依存して生きてきたのかを痛感していた。自分からバッタをとったら何が残るのだろう。私の研究者としての魅力は、もしかしたら何もないのではないか。バッタがいなければ何もできない。まるで翼の折れたエンジェルくらい役立たずではないか。
――――
新書版p.166


 国家存亡の危機はともかく、就職できないポスドクという大問題を抱え、あちこち駆け回っては「私が人類にとってのラストチャンスになるかもしれないのです」(新書版p.263)と吹聴するなど、予算獲得のために涙ぐましい努力を続ける著者。


――――
 自分の中で、無収入は今や武器になっていた。無収入の博士は、世の中にはたくさん存在する。だが、無収入になってまでアフリカに残って研究しようとする博士が、一体何人いるだろうか。無収入は、研究に賭ける情熱と本気さを相手に訴える最強の武器に化けていた。
――――
新書版p.298


――――
 思えばこの一年で、私はずいぶん変わった。無収入を通じ、貧しさの痛みを知った。つらいときに手を差し伸べてくれる人の優しさを知った。そして、本気でバッタ研究に人生を捧げようとする自分の本音を知った。バッタを研究したいという想いは、苦境の中でもぶれることはなかった。
 もう迷うことはない。バッタの研究をしていこう。研究ができるということは、こんなにも幸せなことだったのか。研究するのが当たり前になっていたが、失いそうになって、初めて幸せなことだと気づいた。無収入になる前よりも、もっともっと研究が好きになっていた。
――――
新書版p.318


 神への祈りが通じたのか、ついにサバクトビバッタが大発生。真っ黒に覆われる空。モーリタニアの首都にバッタの大群が迫る。狂喜乱舞して群れの先頭を目指してひた走る著者。

「私の人生の全ては、この決戦のためにあったのだ」(新書版p.342)

 今こそ全身緑色のタイツを装着してバッタの大群の前に立ちはだかり、両手を広げて叫ぶときだ。

「さあ、むさぼり喰うがよい」

 というわけで、目に余る夢と情熱を持って研究に取り組む昆虫学者の姿をリアルに描き、読者に勇気と脱力を与えてくれる好著。ちなみにバッタの生態や研究内容についてはほとんどまったく触れられていませんので、昆虫テーマのサイエンス本を期待して読むと失望します。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『ハナモゲラ和歌の誘惑』(笹公人) [読書(随筆)]

――――
ハナモゲラ語とは、ジャズ・ピアニスト山下洋輔さん周辺のミュージシャンや文化人の間で流行した一種の言葉遊びである。デビュー当時のタモリさんの持ちネタとしても有名だが、そのなかに「ハナモゲラ和歌」があった。(中略)
 当時すでに短歌を始めていた僕は、この枕詞風の造語やオノマトペのみで成り立つ和歌に衝撃を覚えた。(中略)まさに韻律の音楽性のみで鑑賞するという点で、ハナモゲラ和歌は短歌の原点に迫る試みであったといえなくはないだろうか。
――――
単行本p.6、7、9


 ひらがな31文字でもっぱら語感と韻律を追求するハナモゲラ和歌。短歌まわりの様々な話題を扱った、念力短歌で知られる歌人の初エッセイ集。単行本(小学館)出版は2017年4月です。

 一定年齢以上の方なら、大橋巨泉さんがウシシ顔で
「みじかびの きゃぷりきとれば すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ」
と詠むだけという、万年筆のコマーシャルを覚えていることでしょう。あれがハナモゲラ和歌です。他にも本書にはこんなハナモゲラ和歌が収録されています。


「山の美しさに感動して詠める」
ひいらぎの かほりやまめて せせらぎる どぜうてふてふ くましかこりす
山下洋輔

「大変にきたないさまを詠める」
さなだむし じるつゆのおり こきかじり みがほろとばる あじめどあくさ
渡辺香津美

「1977年のヨーロッパ公演にてステージの前に詠める」
いざけたぞ ふめぬけよれる ぱっちょろめ まさかのへりも こきなめしらさん
小山彰太

「ノストラダムスの予言に震える昭和の浪人生を詠める」
きょふるめの えめのすとらの いむへるの かさはりあはれ ぴれれけるかも
藤原龍一郎


 このハナモゲラ和歌の歴史をひもとく連載エッセイ「誘われてハナモゲラ」を中心に、さまざまな短歌まわりの話題を詰め込んだ一冊です。


――――
 当時、ハナモゲラ和歌を広めた天下の才人たちは、純粋にハナモゲラで和歌をどれだけ楽しめるかに全力を注いだ。そして、その流れのなかで、「ハナモゲラを意図しない和歌もハナモゲラとして鑑賞できる」という発見をしたのだろう。その発見は、百人一首などの古典和歌に対するハナモゲラ的な鑑賞芸として昇華された。
(中略)
 そして「裏小倉」の鑑賞文は、ありえない光景であっても五・七・五・七・七の韻律に乗れば、なんとなくの説得力を持たせてしまうという韻律の魔力をあらためて教えてくれる。
――――
単行本p.17、22


――――
 ハナモゲラ和歌を推進した文化人たちは、様々な技法を生み出し、最終的にはコンピュータに作らせる「コンピュータ和歌」にまで行き着いた。コンピュータ和歌とは、1980年代初期当時、マイコンと呼ばれていたコンピュータによって構成されたランダムな文字と記号の羅列である。想像力を駆使して、ようやく和歌としての存在を確認できるという類いのものである。
――――
単行本p.25


 さらには、ハナモゲラ和歌を現代歌人が詠んだらどうなるのか、という試みに挑戦。協力してくれたのが、山田航さん、千葉聡さん、伊波真人さん。歌人の皆さん、人がいいですね。


――――
しかしこの歌、うしろから読むと、(中略)駅名を並べた五・七・五・七・七になる。名探偵コナンばりの直感でこのいたずらに気付くことができたが、実に危なかった。もしも僕が、この仕掛けに気付かずに真面目に講評していたとしたら、厳しい読者からは見放されたかもしれない。
「山田航……おそろしい子ッ!」。
――――
単行本p.31


――――
この歌には、もうひとつ仕掛けがあることに気付いた。五句それぞれの頭文字に注目していただきたい。なんと僕の第四歌集のタイトル『念力ろまん』の折り句になっているのである。このあたりにも千葉さんの器用さと後輩想いの優しさを感じた。
――――
単行本p.40


 山田航さんと千葉聡さんが送ってきた作品には周到な仕掛けが施されていて、もしも気付かずに講評エッセイを書いたら後で指摘して大恥をかかせてやろうという黒い企みが仕組まれていた、と。いやまあ、ただの茶目っ気でしょうけど。いずれにせよ、歌人の皆さん、人が悪いですね。

 という具合にハナモゲラ和歌だけでも充実した内容ですが、さらに歌における人名の賞味期限とか、サラダ記念日が短歌界に与えた影響とか、文語と口語のミックス文体短歌の是非とか、様々な話題が続きます。

 歌人の評論も含まれています。取り上げられているのは、寺山修司、出口王仁三郎、太田水穂、岡井隆、和田誠など。

 さらには作詞家を夢見てカルチャースクールに通った頃の思い出、父親が飲尿療法にハマったときの思い出、といったエッセイもあり、巻末には山下洋輔さんとのハナモゲラ対談が収録されています。



タグ:笹公人
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『Life in the Desert 砂漠に棲む』(美奈子アルケトビ) [読書(随筆)]

――――
ほとんど毎晩、安くておいしいサンドウィッチを買って砂漠に出かけていた。8月のある夜、食事をした後、砂丘の上で寝転んで話していると、その日はたまたま流星群の日だったらしく、流れ星が次々に流れ、ふたりで明け方までそれを数えた。その時にオットは「ここに家を建てよう」と思ったそうで、その場所に今私たちは住んでいる。
――――


 ガゼル、イヌ、ハト、ウマ、ウサギ、ラクダ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ニワトリ、オット、ネコなど200個体の家族と共に砂漠に棲んでいる著者による、砂漠と動物たちの美しい写真集。単行本(玄光社)出版は2017年4月です。


――――
 アラブ諸国にも、UAEにも、イスラム教にも、砂漠にも、まったく縁がなく、興味もなく、知識も偏見もなにもない、まっさらな状態でオットと知り合い、ほぼまっさらなままでここに来た。(中略)よく「結婚を決めるのに不安はなかったのか」と聞かれるけど、UAE人と結婚してアル・アインに住んでいる日本人は多分いないと聞いた時には、「初めての日本人!」と、わくわくした思いしかなかった。
――――


 結婚してアラブ首長国連邦UAEのアル・アインに移住した「初めての日本人」である著者。それだけでもすごいのに、さらに砂漠に家を建て、そこで200個体の家族と共に暮らしているというから驚きです。

 本書は、そんな著者による、美しい砂漠の光景や家族の写真を集めた写真集です。全体は四つの章から構成されています。


「砂漠」
――――
13年という長い付き合いをしてきた砂漠は、天候、空の色、時間帯と、その時々に違う顔を見せ、一度として飽きたことはなく、荒れ狂うような砂嵐も、時に見とれてしまう。
――――

 砂丘をとりまく風紋、砂の平原を包み込む霧、ラクダの隊列、撥ねるガゼルたち、砂漠の地平線から昇りゆく太陽。息をのむような砂漠の光景が広がります。「ラクダやロバが当たり前のようにわが家の裏を散歩してゆく」という砂漠の暮らし。


「家族」
――――
わが家の家族構成は、私とオット、ほかは、カゼル、イヌ、ハト、ウマ、ネコ、ウサギ、ラクダ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ニワトリと、全て動物。約200の命と顔を合わせる毎日である。ラクダやウシは売ることもあるし、ヤギやヒツジやニワトリは食べることもある。ざっと数えて60匹のネコたちは、ほとんどが外で自由気ままに過ごしていて、ふらっといなくなり、またふらっと帰ってくる者もいる。そんな彼らも、私たちは「家族」と呼んでいる。(中略)ただ「かわいいね」だけで済ませるわけにはいかない存在。それが私たちにとっての「家族」。
――――

 「オットのことを母と思って育った」ガゼルは家の中で堂々と昼寝し、「著者のことを自分の妻と思っている」ハトは“ライバル”であるオットを追い出そうとし、ラクダの子供たちは“幼稚園”に集まって遊び、ネコは砂漠をどこまでも歩いてゆく。家族である動物たちの活き活きとした写真が掲載されています。


「暮らし」
――――
家の土台になっている砂丘は、崩れないように4ヶ月かけて地固めし、砂漠の地下を流れる地下水をいただいて生活している。家は自分たちで設計し、タイル、窓、ドア、照明、洗面台、鏡などは、あちこち歩き回ってひとつひとつ探し、自分たちでデザインもし、時には「これは失敗だったね」ということもあるけれど、ふたりの好きなものがそこここに詰まっている。
――――

 玄関、門扉、別棟(ゲストハウス)、そして様々な家具や調度品の写真が掲載されています。当たり前のように居間で寝ているガゼル。


「そして人生は続いていく」
――――
砂漠に棲むことも、動物たちと本気で向き合う生活を送るなんてことも、想像すらしていなかった。今日の鮮やかな夕日に映えた風紋と同じものを見ることは二度とない。明日も同じように一緒に散歩するつもりだった家族に、突然、永遠に会えなくなることもある。(中略)特別なことはない、淡々とした、でも、いつまでもこんなふうに続いていくとは限らない、ぎゅっと握っていたくても、いつでも簡単に手からこぼれてしまいそうな日々が愛おしい。この本に収めた写真はどれも、私にとって日常を切り取ったものだけれど、ひとつひとつに、そんな想いが詰まっている。
――――

 あとがき。結婚に至るまでの話や、アル・アインの位置を示す地図(意外にドバイに近い)、オットと二人で写っている写真、ガゼルたちの名前リストなど。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『まぬけなこよみ』(津村記久子) [読書(随筆)]

――――
まぬけな人が一年をぼんやり過ごしている、というコンセプトで、約三年の連載を編集担当さんに迷惑をかけながらやりおおせたわけなのだけど、読み返してみると、まぬけであるのと同じぐらい、昔のことを思い出しているな、という印象がある。(中略)
 特に、父方の祖母について文章を書くのは、たぶんこれ一度きりになるのではないかと思う。
――――
単行本p.296


 二十四節気/七十二候に関するテーマを毎回ひとつ選んで書かれた連載エッセイ。単行本(平凡社)出版は2017年4月、Kindle版配信は2017年4月です。

 歳時記をテーマとした『くらしのこよみ』のまぬけ版、という趣旨で連載されたエッセイなのですが、個人的には、ご自身の過去について詳しく書かれていることが要注目でした。

 津村記久子さんの子供時代や学生時代については漠然としたイメージを持っていたのですが、よく考えてみればそれらは『まともな家の子供はいない』や『ミュージック・ブレス・ユー!!』といった小説から勝手に作り上げたもの。では、実際にはどんな子供だったのでしょうか。


――――
 わたしの小学校低学年における記憶の二割ぐらいは、ぶらんこ関係のことだと思う。ぶらんこが楽しかった。何々ちゃんはぶらんこをよく押してくれてとてもありがたい人だった。ぶらんこから落ちて膝を擦り剥いた。ぶらんこから落ちて真下に埋まっていた石で頭を打った。ぶらんこの近くで遊んでいてぶらんこ自体で頭を打った。(中略)わたしにとっては、ぶらんこをリラックスしてこぐなんて、時間の無駄でしかなかった。ぶらんこに乗ったからには、いつも本気だった。
――――
単行本p.105、106


――――
 帰り道に花を食べる友人の正体も、ぜひ知りたかった。わたしの記憶の中の彼女は、永遠に小学一年で、前世はチョウかミツバチだったんじゃないかというほどの手練れだった。不意に断たれた物心がつく前の友情は、いつまでも美しく、そして不思議だ。
――――
単行本p.127


 「自分の人生には無用に思える」「思い出したくないこと」「できれば通過せずに子供時代を過ごしたかった」「「嫌い」ではなく「うんざり」」などと率直に語られる父親のこと。そして祖父母のこと。両親の離婚と引っ越しのこと。様々なことが語られています。

 学生時代の話としては、何といっても高校受験の話題が印象的です。


――――
高校の私立の試験に落ちたら死のうと思っていた。本当に思っていた。二月のはじめの頃に受けた私立は、すべり止めの高校で、本命ではなかったものの、だからこそ深刻だった。極端なことを言っているようだけれども、同じ考えだった人はけっこういると思う。(中略)これに落ちたら死のう、と思っている試験なので、それはもうたくさんのことを覚えている。
――――
単行本p.52、53


――――
その日は卒業式だからもういい無礼講だ、という理由で塾を休み、友人の家の近所の公園でドッヂボールをしていた。式典のことはぜんぜん覚えていないくせに、この時の様子や気持ちははっきりと思い出せる。あんなにちくしょうと思いながらボールを投げていたのは、あの瞬間以外ない。もういい、何もかもいい、自分は数日のうちに死ぬ、受験に落ちて死ぬ、だから今は思い切り遊ぶぞうおおお。その「遊ぶ」の象徴が公園で球技。しかし、その後先のないプリミティブさが、わたしとしては本質的な意味での「遊ぶ」であった。
――――
単行本p.78


――――
 わたしと友人たちは、サルのように遊びまくった。中学を卒業させられ、受験の本番もまだ(すべり止めには受かっていたが、本当の集大成ではない)という状況で、我々には明日などないとばかりにボールを投げ、ぶつけまくり、よけまくった。わりと簡単に、明日はないなと思うのだけれども、あの時ほどやけになったことはない。なので本当に、歌などに歌われる情緒的な卒業など糞食らえだと思っていた。受験のことばっかり考えていたが、もうこの日ばかりはと塾を休んでギャアギャア言いながらドッヂボールをする。このやけくそ感がリアルな卒業なのであるし、今もそう思っている。
――――
単行本p.78


 他には、何かが好きだ、という話題にはインパクトがありました。例えば、じゃがいも。


――――
幼稚園の時に連れて行ってもらったマクドナルドのフライドポテトに始まり、このお肉でもケーキでもない食べ物は、さして主張しないわりにどうにも魅惑的だ、と小学生の時に考え始め、茹でてもよし、レンジでふかしてもよし、ぐずぐずにつぶしてもよし、というユーティリティ性、塩をつけただけでもおいしく食べられる手軽さに安心感を覚え、お肉やケーキが高くて買えなくなる日が来ても、じゃがいもだけはきっと裏切らないだろう、と思いながら生きてきた。ただじゃがいもをよく食べていそうという理由だけで、自分はドイツ人に生まれるべきだった、と悩んだ時期もあった。
――――
単行本p.95


 しかし、本当に心を打つのは何といっても「ふとん」への愛でしょう。


――――
 仕事が終わって朝方にふとんに入ると、幸せと安堵のあまり、なんだかわけがわからなくなってきて、ざまみろ的な気分になって、ヒヒヒヒなどと言い出す。会社員だった頃は、帰宅してカバンを下ろし、部屋着に着替えると同時に突っ伏し、「今日も帰ってきたよぅおおぉ」だとか「いつもありがとうございますぅう」などと訴え、しまいに、「ふーとーん、ふーとーん」と枕を叩いてふとんコールをしていた。どうかしているのだが、それがなんだというのだ。
――――
単行本p.252


――――
 ふとんにぐるぐる巻きになるのがとにかく好きだ。ちゃんと端っこから自分を巻いていく。そして頭の方のをちょいちょい丸め込んで、完全にふとんの中に入ってしまう。自分がふとんになったような気がする。もしくは、巻き寿司の具、もしくは、まるごとバナナのバナナになった気がしてくる。しかし、やはり決定的な「ふとんぐるぐる巻きの自分」のセルフイメージは、ミノムシかと思われる。わたしはふとんの暗闇の中で、「…………」と口を開ける。一応生きてはいるのだが、微動だにしない。「…………」。何もしない。何も考えない。幸せである。やがて外側から見た、わたし自身を丸めこんでしまったふとんを想像する。それこそが真の姿であるように思える。ふとんの中に包まれている自分こそが、完全体であるような気がしてくる。普段のわたしは、仮の存在に過ぎない。本当はわたしは、ミノムシなのである。
 そういうわけで、人類の中では比較的、ミノムシを意識して生活しているほうだと思う。
――――
単行本p.250


 読んだとき「わかるわかる」と共感したのですが、書き写しているうちに、いやそこまでは……、と自分の心が引いてゆくのを感じました。

 という感じで、季節や歳時と暮らし、昔の思い出、好きのこと嫌いなこと、などが書かれてゆきます。ほとんどが「まぬけな人が一年をぼんやり過ごしている」というコンセプトに沿ったのんびり脱力エッセイですが、ときに鋭い言葉が胸に刺さることもあって一筋縄ではいきません。


――――
 それにしても、心とはいったいなんなのだろう。どんなはたらきをするのか。悲しむものか、喜ぶものか。悼むものか、勝ち誇るものか。わたしは、突き詰めると、人間の中の世界が通り抜けていく場所、そうして捕まえた光のようなものを記憶して攪拌し、反射する場所を心というのではないかと思う。言うなれば、中村一義が〈1、2、3〉で歌った「光景刻む心」が、バスク人のサイクルロードレーサーであるアントンの中にもあって、それが彼に「何か天国のようなもの」を見せたのである。わたしには、そういうことを知る体験が、心というものが他者の中にも存在するということを実感する端緒であるように思える。
――――
単行本p.280



タグ:津村記久子
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
前の5件 | - 読書(随筆) ブログトップ