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『ウイルスは生きている』(中屋敷均) [読書(サイエンス)]


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 ヒトゲノムの解読が完了して10年以上経つのですでに旧聞にはなるが、その成果の驚きの一つはゲノム中の「遺伝子」、すなわちタンパク質になる領域が約1.5%と極めて少ないということだった。一方、本書の主役であるウイルスや転移因子などは、ヒトゲノムで増殖を繰り返し、その約45%もの領域を占めるに至っていることも同時に明らかとなっている。こうなると、我々ヒトのゲノムとは一体、誰のものなのか? という気分になる。
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新書版p.125


 それは生物なのか、単なる物質なのか。生物進化史のなかでウイルスが果たしてきた役割に焦点を当て、生命観の拡張をうながす一冊。新書版(講談社)出版は2016年3月、Kindle版配信は2016年3月です。


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我々が「ウイルス」と聞いた時に頭に浮かぶ、「災厄を招くもの」というイメージは、決してウイルスのすべてを表現したものではない。生命の歴史の中で、様々な宿主とのやり取りを続けてきたウイルスたちは、「災厄を招くもの」という表現からはかけ離れた働きをしているものが実は少なくない。(中略)ウイルスは生命のようであり、またそうでないようでもあり、「生命とは何か」を考える上で実に興味深い存在である。
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新書版p.32


 宿主を利用したり、宿主の道具として働いたり、ときには宿主の遺伝子に入り込んで一体化してしまう。ウイルスという不思議な存在に関する様々な最新知見を通して、生命観の拡張をうながす本です。次々と登場するエピソードがどれも驚きに満ちており、ときに本筋を見失うほどの面白さ。

 ウイルスだけでなく、独特のテンションで語られる研究者の描写にも、多大なるインパクトがあります。


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 マルティヌス・ベイエリンクの研究者としての特徴を一言で表現するなら「枠を突き抜けた純度の高さ」ではなかったかと思う。ベイエリンクにとっては、研究が人生のすべてだった。(中略)精度の高い実験を計画遂行する能力と、そこから得られた結論がたとえ常識外れのものであっても、正しいと信じる心の強さをベイエリンクは兼ね備えていた。それは真実を求めて幾重にも積み重ねられた彼の時間が、あたかも何かの内圧を高めるように蓄積され、枠を突き破る力となったかのように、私には映る。彼は常識の枠を越えることを目的とはしていない。ただ、何が常識かというようなことが、彼には無関係であっただけである。ベイエリンクは紛れもなく「ウイルス」という存在の、この世界での在り方を初めて発見した人間であった。
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新書版p.37、44


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 転移因子は1950年前後にアメリカの植物遺伝学者バーバラ・マクリントックによって初めてその存在が提唱された。(中略)彼女は真っ暗な闇の中にある何かに、幾度も幾度も手探りで触れ、まるでそれと一体化するように、その実体に近づいていった。そしてそれを自分の内的なビジョンに少しずつ具現化していったのだ。それは冷徹な観察と沈み込むような深い思考の繰り返しにより、原木を削って仏像を削り出すような、何か形のないところから、そこに秘められた「実体」を探り出す作業であったろう。彼女は漆黒の闇の中で、目を大きく見開いて対象を見据えることができる、明らかに何か突き抜けた研究者であった。この意味で、バーバラはウイルスを発見したマルティヌス・ベイエリンクとどこか同じ匂いがする。
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新書版p.69、71


 全体は五つの章から構成されており、その前後に序章と終章が置かれています。


『第1章 生命を持った感染性の液体』
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その発見が与えた最大の驚きは、それまで自明のものと考えられていた生命と物質の境界を曖昧にしたことである。成長する、増殖する、進化するなどの属性は生物に特有なもので、生物と物質とは明確に区別できるという常識が大きく揺らいだ。
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新書版p.49

 ウイルスの発見に至る過程を解説し、それにより自明と思われていた「生物と物質の境界」が大きく揺らいだことを示します。


『第2章 丸刈りのパラドクス』
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 ウイルス、転移因子、そしてプラスミド。これらの因子たちは、発見の経緯やよく研究されてきた典型的なメンバーの性質からくる印象の違いはあるものの、実際には一つながりとなっている。(中略)言うまでもなく、人間の作った仕切りの枠内に収まるか、収まらないかは、因子たちにとってはどうでも良いことであり、ウイルスと呼ばれようが、転移因子と呼ばれようが、プラスミドと呼ばれようが、結局の所、安定して増殖し子孫を確実に残していったものが、ただそのようにして現在も増えて存在している。恐らくそれ以上でも、それ以下でもないのだ。
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新書版p.82

 ウイルスに関する基礎知識と共に、転移因子、キャプシドを持たないウイルス、プラスミドなど生命と物質の境界に位置する存在について解説。どこまでが生物なのか、という線引きの困難さ、というより無意味さが、次第に明らかになってゆきます。


『第3章 宿主と共生するウイルスたち』
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 寄生をめぐる昆虫同士の戦いの中で、寄生バチ側はポリドナウイルスを用いて寄生しようとするし、宿主側はAPSEファージを用いて、寄生者を撃退しようとする。さながら両陣営が戦闘機のミサイルのように、ウイルスを飛び道具としてバトルを繰り広げているかのようである。
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新書版p.102

 寄生バチと獲物との激しい抗争。そこには互いにウイルスを兵器として用いる巧妙な戦術がある。ウイルスと宿主が協力関係を築いている例を解説し、「災厄を招くもの」というイメージから「他の生命と相互作用している生命の輪の一部」としてのウイルスという視点へと導いてゆきます。


『第4章 伽藍とバザール』
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 2005年には我が国の国立遺伝学研究所のグループが116種の原核生物の全ゲノム配列を用いて網羅的に水平移行遺伝子を調査した結果、驚くべきことにそれらの種では平均して14%、最も多い種で26%もの遺伝子が水平移動によって獲得されたと推定された。解析されたサンプルの規模から考えて、原核生物の世界では少なくとも遺伝子の1割以上は親からではなく、行きずりの「他人」から譲り受けるようなことが「常識」となっているようである。
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新書版p.130

 ウイルスが一役買っていると考えられる遺伝子の水平移動。種を越えて遺伝子が交換され広まってゆく現象は、生物界全体にどのように影響しているのか。ウイルスが生命進化に果たしている大きな役割を見てゆきます。


『第5章 ウイルスから生命を考える』
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確かにウイルスの多くは自己ゲノム内に代謝関連遺伝子を保有しないが、それを根拠に生物から除外することは本当に妥当なのだろうかと思う。開き直るようであるがウイルスに言わせれば、自ら代謝などせずとも、そこに自らの存在を維持できる環境があれば、それを利用して増殖して、一体何が悪いのか? お前だってアミノ酸作れないだろ、となる。
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新書版p.155

 自己の維持に必要な代謝系を外部環境に依存している、ということをもってウイルスは生物ではないと見なすのは妥当なことだろうか。逆にウイルスを含む生物進化の全体を見渡した上で「生命とは何か」を考え直す方が適切ではないか。生命観の拡張あるいは刷新を提言してゆきます。



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『ニュートリノで探る宇宙と素粒子』(梶田隆章) [読書(サイエンス)]


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太陽の核融合のようすはニュートリノを使って観測すればよいという考えで始まった太陽ニュートリノ実験が、太陽ニュートリノ欠損を発見し、また陽子崩壊を探すためのバックグラウンドであったはずの大気ニュートリノは、μニュートリノ反応の数が予想とまったく合わないことを発見しました。
 これらの二つの予想されなかった実験データを地道に理解しようとして、最終的にニュートリノ振動が発見されました。ニュートリノ振動は理論的には予言されていた現象でしたが、発見されてみると、ニュートリノ混合が大きいということを知り、私たちに新たな問題をつきつけています。
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単行本p.239


 スーパーカミオカンデは具体的に何をどう観測することで、ニュートリノ振動を確認したのか。ノーベル物理学賞を受賞した著者が、ニュートリノ天文学について実験と観測を中心に解説してくれる一冊。単行本(平凡社)出版は2015年11月、Kindle版配信は2015年12月です。

 スーパーカミオカンデによる大気ニュートリノ観測によって、ニュートリノ振動が実際に起きていることを確認した功績により2015年のノーベル物理学賞を受賞した著者。しかし、その受賞のもとになった観測がどのようなものだったのかは、例えばカミオカンデによる「超新星爆発の際に放射されたニュートリノを検知した」というのに比べると、いまひとつ分かりにくい印象があります。

 そこで本人がニュートリノ振動の確認に至る研究内容を、理論中心ではなく実験と観測に軸を置いて解説してくれるのが本書です。素粒子論の基礎から、反ニュートリノ振動まで、全体は11個の章から構成されています。


「第1章 ミクロの世界に分け入る」
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 量子という考え方は光の研究から生まれた、と書きました。それが原子の構造を理解するために再登場し、そしてこのとき以来今日に至るまで、量子力学は物理学の基礎になる理論です。
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単行本p.33

 まずは量子力学の基礎をおさらいします。


「第2章 素粒子の三つの世代」
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素粒子の種類が増えるにつれて科学者たちは、もっと根本的な物質の構成要素があるのではないかと考えるようになりました。一方、これらの素粒子をいくつかの性質に基づいて分類し、基本粒子を見極めようとする試みが、いくつも提案されました。このような試行錯誤が、今日の素粒子世界の理解につながっているのです。
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単行本p.44

 素粒子論の基礎を見てゆきます。ここでようやく本書の主役となるニュートリノが登場し、ニュートリノといっても複数の種類があることが示されます。ニュートリノ振動という現象を理解するための最初のポイントです。


「第3章 宇宙線とニュートリノ」
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 陽子崩壊を探すカミオカンデにとって、ニュートリノは邪魔者でしかありませんでした。どんなに測定器を地下深く設置しても避けられないバックグラウンドが、大気ニュートリノ反応なのです。
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単行本p.79

 宇宙線による大気中でのニュートリノ生成、すなわち大気ニュートリノについて解説すると共に、大統一理論検証のための陽子崩壊を観測するために作られたカミオカンデにとって、それは除去すべきノイズに過ぎなかったことが示されます。これまで理論中心に語ってきた内容が、ここからは実験観測が中心となります。


「第4章 太陽でつくられるニュートリノ」
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 カミオカンデはもともと、「大統一理論」で予言された陽子の崩壊を探すために、東京大学の小柴昌俊教授(当時)の発案のもと、岐阜県神岡町(現飛騨市神岡町)の鉱山の地下に設計・建設された実験装置でした。直径約16メートル、高さ16メートルの鉄製の水槽に、純水3000トンを蓄えた装置です。私も大学院学生としてこの装置の建設に参加し、研究者としてまたとない貴重な経験をしました。
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単行本p.93

 太陽から放射されているニュートリノ、太陽ニュートリノの観測をめざし大規模な改造を加えられたカミオカンデ。太陽ニュートリノの観測値が理論値に比べて大幅に少ないという「太陽ニュートリノ問題」への挑戦。大学院生としてカミオカンデ建設に関わった思い出を活き活きと語ります。


「第5章 超新星爆発とニュートリノ」
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 情報はすぐに神岡に伝えられ、データを東京に送って解析をすることになりました。当時は神岡には研究施設がなく、解析はすべて東京にあるコンピュータで行っていたのです。いまなら、たとえコンピュータが東京にあっても、ネットワークでデータを転送するのでしょうが、当時は磁気テープにデータを書き込み(といっても若い人は、磁気テープを知らないでしょう。いまのハードディスクやDVDに相当するものです)、それを宅配便で送りました。
 当時、フレデリック・ライネスを中心とした米国のIMBという陽子崩壊実験も、1982年から観測をしていました。もし宅配便で送ったために、競争相手に遅れをとるようなことになったら、とりかえしのつかないことでした。
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単行本p.115

 1987年2月。超新星1987Aの爆発により放射されたニュートリノをカミオカンデがとらえたかも知れない。すぐに観測データを磁気テープに書き込み、宅配便で東京へ。一週間で論文を書き上げ、郵便で投稿。しかし後から誤りに気づいて郵便を差し止め、修正して出し直し。ライバルとの、今からは想像が難しいようなじりじりした競争の様子が淡々と、しかし臨場感たっぷりに語られます。


「第6章 ニュートリノ質量の発見」
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 カミオカンデの場合、約10年観測をつづけたとはいうものの、観測されたニュートリノのデータは、地球の反対側から飛んでくるニュートリノが減っているという予想と矛盾はなかったのですが、たまたま観測されたニュートリノの数が少なかっただけかもしれないという、1%くらいの可能性を排除できなかったのです。
 たった1%であれば、もうニュートリノ振動が発見されたと言ってよいのではないか、と思われる方も多いと思います。しかし、新たな自然法則の証拠を探すような研究分野では、この程度の信頼性で安心して、その先のことを考えるのは危険だということを、研究者はよく知っています。
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単行本p.140

 ニュートリノ振動、ニュートリノに質量があることの証拠。それを確実に証明するためにはカミオカンデでは小さすぎるという課題。いよいよ動き出す太陽ニュートリノ天文台たるスーパーカミオカンデ。スーパーカミオカンデ建造から大気ニュートリノ振動の観測に至る経緯を語ります。本書の中核となるパートです。


「第7章 宇宙線生成の謎に迫る」
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 南極の氷を測定器に使う方法は、1990年代に試験的な実験がなされ、実験技術として大丈夫との結果を得た後に、2004年から本格的な建設が始まり、2011年に完成しました。
 実験装置は南極点の近くの深さ約3キロメートルにもなる氷河に、直径60センチメートル、深さ2450メートルの穴を86本開け、深さ1450メートルの地点にまで数珠つなぎにした球形の検出器(光電子増倍管)を埋め込み、その後またその穴を凍らせる、という手順で建設していきます。六角形の装置の大きさは全体で約1立方キロメートルになり、「アイス・キューブ」と名づけられました。
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単行本p.173

 高エネルギー宇宙ニュートリノの観測により、宇宙線の起源が探れるかも知れない。そのために「南極の氷そのものを巨大な検出器として使う」という大胆なアイデアが、アイス・キューブ実験として実現されます。アイス・キューブがとらえた高エネルギー宇宙ニュートリノ。「いままさに、高エネルギー宇宙ニュートリノ天文学が始まろうとしています」(単行本p.178)。


「第8章 太陽ニュートリノ問題の解決」
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 2002年に発表されたSNO実験の太陽ニュートリノの観測結果は、予想どおりとなりました。全ニュートリノ数の合計は理論の予想どおりでしたが、電子ニュートリノの数は理論の約3分の1でした。これまでの他の太陽ニュートリノ観測実験は、大ざっぱに言えば、電子ニュートリノだけに感度がある実験でした。したがって太陽ニュートリノが減っていることは分かっても、その原因は突き止められませんでした。この実験ではじめて、太陽ニュートリノ問題はニュートリノ振動の効果によって起こっていることが実証されたのです。
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単行本p.191

 スーパーカミオカンデによる太陽ニュートリノ観測、カナダのSNO実験、そしてカムランドによる反電子ニュートリノ測定。これら三つの精密実験により、ついに太陽ニュートリノ問題が解決に至った経緯が語られます。第6章と並んで本書の白眉となるパート。


「第9章 地球ニュートリノの観測」
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 イタリアのBorexino実験でも、地球ニュートリノが観測されました。これら二つの実験のデータから、ウランやトリウムの崩壊によって発生する熱は、地球全体で20兆ワットであることが分かりました。これはおおよそ、現在の地球の放射する熱の半分です。
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単行本p.210

 地球内部を高温に保ち続けている、放射性物質から発生する放射熱。ベータ崩壊の際に生まれる地球ニュートリノの観測により、その総量を測定する試みについて解説します。


「第10章 ニュートリノと素粒子と宇宙」
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このような背景があるため、ニュートリノの質量の発見は大きな興奮をもって受けとめられたのです。ニュートリノの質量と、それに関連する物理量(たとえば混合角など)は、私たちに大統一理論の世界の情報を運んできているのかもしれません。
 予想されていなかったニュートリノ間の大きな混合角は、きっとより深く大統一理論の世界を理解するための、何かのヒントになっているのでしょう。
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単行本p.216

 ついに明らかになったニュートリノ質量。しかしその値は意外なものだった。なぜそうなのか。その背後には、大統一理論の対象となる超高エネルギー世界の自然法則が隠されているのかも知れない。ビッグバン直後の宇宙に関する情報が得られると期待されるニュートリノ物理量についての研究を紹介します。


「第11章 これからのニュートリノ研究」
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その先の実験をどうすべきか、世界中で活発に議論されています。いまの議論の一つの中心は、ニュートリノ振動を非常に精密に測定して、ニュートリノのニュートリノ振動と反ニュートリノのニュートリノ振動にわずかなちがいがあるかどうかを確認しようというものです。
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単行本p.231

 ニュートリノを放出しない2重ベータ崩壊の観測。ニュートリノと反ニュートリノで振動に相違があるか、つまり対象性が破れているかの検証。そして「ハイパーカミオカンデ」構想。ニュートリノ研究における最先端の課題と展望を解説します。



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『サバからマグロが産まれる!?』(吉崎悟朗) [読書(サイエンス)]


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 こういう絶滅の危機に瀕した魚を何とか守りたいと考えています。言うまでもなく、川を守る、湖を守る、ダムを撤去するという方法がベストの解決策であり、多くの方に「生殖細胞などよりも、環境を守ることが重要じゃないですか」とよく言われます。そんなことは、こちらも百も承知です。いま、地球上には、そういった方法では間に合わずに絶滅してしまいそうな魚たちが多くいるのです。環境が元通りに戻るのを待っていたら絶滅してしまう魚が、世界中にたくさんいます。こういった状況において、これらの魚たちを守るために、何らかの“飛び道具”を使ってセーフティネットを張ることが重要だと考えています。
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単行本p.78


 マグロの生殖細胞をサバに移植すれば、無制限にマグロを産み続けるサバが作れるのではないか。絶滅危惧種となったマグロの個体数を増やすための驚くべき生命技術を、研究者が一般向けに解説してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2014年10月、Kindle版配信は2017年2月です。

 絶滅危惧種を救うための「バックアップ」として生殖細胞を冷凍保存しておき、環境が回復した後にそれらの生殖細胞を近縁種に移植して絶滅種を復活させる。夢のような生命技術ですが、実はすでに「ニジマスを産むヤマメ」の実現には成功しており、「マグロを産むサバ」の実現まであと一息、というから驚きです。

 さらにマグロの場合、「マグロを産むサバ」を作ってどんどん海に放流することで、マグロの個体数を回復させ、絶滅を防げるかも知れない、というのです。

 本書は、この技術がどのようにして開発されてきたのかを、研究の現場から分かりやすく解説するもの。全体は6つの章から構成されています。


「1 サバにマグロを産ませる!?」
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 最近では、近畿大学を中心に、独立行政法人水産総合研究センター(水総研)やいくつかの民間養殖場が人工的にクロマグロの種苗をつくる技術を開発していますが、そのために直径が50メートルくらい、場合によっては80メートルほどの巨大なイケスの中でマグロの親を養成しています。私たちは、このような正攻法で攻めるのではなく、もうちょっとゲリラ作戦を駆使することを考えました。すなわち、サバにマグロを産ませようという作戦です。
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単行本p.6

 今や絶滅危惧種となったマグロの現状と、養殖や増殖による個体数回復の試みについて概説し、「マグロを産むサバを作る」というアプローチの意義について解説します。


「2 どうやってサバにマグロを産ませるか」
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 マグロの仔魚から始原生殖細胞を採ってきて、これをサバに移植すれば、この始原生殖細胞はサバの卵巣や精巣の中で育まれて、オスの精巣ではマグロの精子を、そしてメスの卵巣ではマグロの卵をつくるのではないかと考えたのです。これが実現できれば、この代理親サバのオスとメスを交配すれば次世代にマグロが産まれてくるということが期待できます。
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単行本p.18

 マグロを産むサバを作るための具体的な方法と、その実現に向けた困難、それを乗り越えるための工夫について解説します。


「3 ヤマメがニジマスを産んだ!」
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 最初の実験で私たちは、ニジマスの始原生殖細胞をヤマメの小さな空っぽの卵巣・精巣に移植しようとしていたわけですが、細胞が自力で仔魚の体内を歩いて卵巣や精巣にまで辿り着けるのであれば、なにもそんなに難しい移植をしなくてもよいのではないか、ということになりました。(中略)これが、私たちの研究戦略のなかの最大のブレークスルーです。
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単行本p.35

 あまりに小さすぎて移植作業そのものが困難な生殖細胞。しかし、それが誘引物質にひかれてアメーバのように自力で体内を移動し勝手に卵巣や精巣に入り込むという現象を利用することで、ついに「ニジマスを産むヤマメ」の開発に成功するまでの研究過程を説明します。


「4 精巣から卵? 卵巣から精子?」
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 私たちはこの実験の成功後ただちにマグロを産ませるプロジェクトを進めることを考えました。しかし、ここでまた一つの問題が持ち上がってしまったのです。マグロの始原生殖細胞をもっているような孵化直後の仔魚を探すのは、実はすごくたいへんなのではないかという話になりました。(中略)そこで、より大きなサイズにまで育った魚から、同じような細胞を回収できないかと考えました。
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単行本p.53、54

 始原生殖細胞を手に入れることの困難さから、成魚から容易に採取できる精原細胞を使って同じことが出来ないかと試行錯誤してゆきます。ついに精原細胞や卵原細胞から自由に卵や精子を作り出せるように。それどころか精原細胞から卵、卵原細胞から精子を作り出すことすら可能に。「これはすごい、これは『ネイチャー』級だ。『ネイチャー』いけるよ」(単行本p.71)と叫ぶ著者。


「5 希少魚を救うために」
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 そこで私たちは、絶滅が危惧されている魚から、卵や精子のもとである始原生殖細胞や精原細胞、卵原細胞を採ってきて凍結するという作戦を考えました。(中略)これらの細胞を凍結保存しておけば、もし目的の魚が絶滅してしまっても、近縁種に凍結細胞を移植することで、宿主が成熟した際には凍結細胞に由来する卵や精子をつくるようになります。そこでこれらのメス宿主とオス宿主を交配すれば絶滅種を蘇らせることができるだろうと考えたわけです。
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単行本p.79

 そのサイズゆえに凍結保存が難しい魚類の卵。そこで、極小サイズで凍結保存が容易な生殖細胞を保存しておき、任意のタイミングで絶滅種を復活させる、という計画について解説します。


「6 20XX年、ついに●●がマグロを産んだ!」
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 私たちが考えている理想形は、移植用の幹細胞を試験管の中で無限に増やして、これらの培養細胞を宿主へと移植しようという作戦です。これが現実のものとなれば、生きたクロマグロはもはや必要ありません。試験管の中で増やした生殖幹細胞を、宿主仔魚に移植すれば、クロマグロをまったく使わずに、次世代にクロマグロがどんどん産まれてくるのです。このようなことが将来可能になるのではないかと考えています。現在、移植に使う生殖幹細胞を無限に増やす実験にニジマスを使って挑戦しているところです。
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単行本p.102

 いよいよ実用化が近づいた「マグロを産むサバ」の放流によるマグロ個体数回復計画。しかし、この方法でマグロの個体数を増やすためには、移植用のマグロの細胞を常に供給し続けなければならないという課題がある。マグロを使わずに無制限に「マグロを産むサバ」を作り出すための研究について解説します。



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『ブルーバックス通巻2000番小冊子』 [読書(サイエンス)]


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 水深6500メートルの深海に潜って未知の生物を探す研究者もいれば、地上400キロメートルに浮かぶ宇宙ステーションで活動する研究者もいる。ペンと紙だけで理論と格闘する分野もあれば、何百人もの研究者が一丸となって、1周27キロメートルもの巨大加速器で実験を行う科学もある。1ミリメートルの1000分の1よりも小さな細胞小器官の働きを解き明かそうとする研究もあれば、何十万光年にも広がる銀河の謎を探る研究もある。ふつうに暮らしていたら出会うことのないような「すごい」人たちがいて、「すごい」研究があって、科学の世界は興味が尽きることがありません。
 そんな科学の面白さを、専門家ではない一般の読者に伝えることを使命とするブルーバックスは、2017年、創刊から55年目を迎え、刊行点数2000点を達成しました。
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Kindle版No.1


 講談社ブルーバックスの通巻番号2000番突破記念として発行された小冊子。出版は2017年2月、Kindle版配信は2017年2月です。


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日本が希望と熱気に満ちていた1963年9月、「科学をあなたのポケットに」を発刊のことばとしてブルーバックスは創刊した。
 有人宇宙船ボストーク1号に搭乗し、人類で初めて宇宙空間に飛んだソ連の宇宙飛行士ガガーリンが「地球は青かった」と言ったのが1961年。その言葉が人々の記憶にまだ新しく、ブルーは科学を表す象徴的な色ということで、シリーズ名称が決まった。現在も刊行している新書レーベルとしては、岩波新書(1938年創刊)、中公新書(1962年創刊)についで日本で3番目に長い歴史を持つ。
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Kindle版No.31


 というわけで、いつもお世話になっている「科学をあなたのポケットに」の講談社ブルーバックス。その通巻番号2000番突破記念小冊子です。小冊子とはいってもけっこうな読みごたえがあります。全体は4つのパートから構成されています。


「第1部 科学技術とブルーバックス2000冊のあゆみ」

 創刊から現在に至るまでのブルーバックスの歴史が語られます。ベストセラーの背後には、そのときの世相や科学界での話題が強く影響しているということがよく分かります。


「第2部 特別エッセイ」

 著者や著名人がブルーバックスについて語るエッセイ。

 著者が語る私とブルーバックス
  『物理はなぜ不人気か』(小林誠)
  『ブルーバックスのせいでサイエンス作家になってしまったオレ』(竹内薫)
  『ブルーバックスという連鎖』(池谷裕二)
  『ブルーバックスによせて』(福岡伸一)
  『インフレーション理論、天文学的実証への期待』(佐藤勝彦)
  『超弦理論が究極の基本法則となる日には』(大栗博司)
  『「死なないやつら」とは何か』(長沼毅)
  『科学者への夢を断った日』(山根一眞)

 私の本棚にあるブルーバックス
  『ポケットサイズだからこそ』(上橋菜穂子)
  『私が「常備」する4書目』(佐藤優)
  『「理系の知の世界」を知るための地図』(森田真生)
  『ブルーバックスから広がる想像力』(山崎直子)
  『立ち読み気分で手軽に楽しめる科学新書』(松尾貴史)
  『私にとってのブルーバックス』(松本大)

 ブルーバックスを彩るイラスト
  『ブルーバックス2000番によせて』(永美ハルオ)


『ブルーバックスのせいでサイエンス作家になってしまったオレ』(竹内薫)より
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オレもすでに56歳になった。最近は朝の3時から夜の7時まで、一日16時間も働いているし、土日もない。こんな状態では、いつ地獄からお迎えが来るかわからないので、編集長さま、どうか、「しゃべる」企画でブルーバックスからベストセラーを出す、というオレの夢をかなえておくれ。
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Kindle版No.501


『ブルーバックスによせて』(福岡伸一)より
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 ブルーバックスは理系少年のスイートスポットを実に巧みにくすぐってくると思う。本棚からは『図解・地下鉄の科学』や『図解・超高層ビルのしくみ』も出てきた。わたしたちオタクはこういう図解ものに極めて弱いのである。つい買ってしまう。
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Kindle版No.575


「第3部 データでみるブルーバックス」

 ブルーバックスシリーズに関する様々なランキング。

・歴代発行部数ベスト10
・21世紀の発行部数ベスト10
・歴代刷数ベスト10
・著者別冊数ランキング

 歴代発行部数ランキングでは、2位と3位がそれぞれ累計63万部で並んでいるのに対して、1位だけ76万部と突出したベストセラー。この三冊の書名を当てられればブルーバックスマニアといえるでしょう。

 21世紀の発行部数ランキングでは、21世紀になってから発行されたブルーバックスのうち最も売れた本が、実は21世紀に入って最初に出版された一冊だという豆知識。書名が当てられますか?

 歴代刷数ランキングでは、100刷に達した本がブルーバックス全体でもわずか一冊しかないという事実が意外です。しかもその本は歴代発行部数ベスト1ではないという。

 著者別冊数ランキングでは、6位の著者が10冊、2位の著者でも12冊なのに、1位の著者だけ17冊という著書数をほこっているのに驚きます。誰だか分かりますか?


「第4部 編集部が選ぶ30冊一気読み」

 選ばれた30冊から、序文や「はじめに」などの導入部を抜粋して掲載してくれます。例え話をしたり、エッセイ風だったり、煽ったり、はったりかましたり。とにかく様々な工夫により何とか読者を読む(買う)気にさせようと払っている涙ぐましい努力に刮目。



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『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅) [読書(サイエンス)]


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 本書で紹介するのは、ハンマーをマイクロメーターに持ち替えることで、泥から世界の標準時計をつくることを目指した地質学者たちの物語である。プロジェクトを成功に導いたのは、20年も前にひとりの日本人研究者が描いた「夢」と、その実現のために国境を越えて連携した研究者たちのチームワークだった。道のりは平坦ではなく、何年もの努力がほとんど水泡に帰したり、プロジェクトそのものが中断を強いられたりしたこともあった。だが努力は最終的に実を結び、水月湖は過去5万年もの時間を測るための標準時計として、世界に認知されるに至った。
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単行本p.3


 厚さ45メートル、時間にして7万年分の年縞が連続的に保存されている「奇跡の湖」。水月湖が世界の地質学的標準時計として認められるまでの艱難辛苦の道のりを当事者が描いた、興奮と感動のサイエンス本。単行本(岩波書店)出版は2015年9月、Kindle版配信は2016年12月です。


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 いくつかの立場のちがいはあったものの、カリアコ海盆と水月湖のデータはいずれも、C14年代測定の歴史の中で、20世紀最後の数年を彩る金字塔だった。そのどちらもが、20代後半から30代前半の若手によって達成されたものであることは、ここで改めて強調する価値があると思う。ふたりの仕事はいずれも、その時代の常軌を逸した量のデータに支えられて緻密である一方で、主張していることはおそろしくシンプルで美しい。何が常識的で何が非現実的であるかの判断は、しばしば経験のみに立脚している。圧倒的な能力があり、しかも経験の浅い若者でなくては、取りかかることも完遂することも難しい仕事というものがあるのだろう。
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単行本p.58


 約1万年前の出来事は、正確には今から何年前に起きたのか。それを誤差わずか34年という精密さで特定する地質学的標準時計として名高い水月湖。その可能性が示されてから、決定的な論文が「サイエンス」に掲載されるまでの研究者たちの苦闘を描いた一冊です。

 地質学的な年代決定に使われるC14年代測定技術、その補正に使われる様々なデータ、そして水月湖の年縞がなぜ重要なのかを解説すると共に、若き研究者たちが取り組んだ途方もない忍耐とそして誠実さが求められる作業が詳しく紹介され、読者の心を熱くします。

 全体は4つの章から構成されています。


「1 奇跡の湖の発見」
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何より、決定的に人と予算が不足していた。大きすぎるリスクを避けて水月湖を掘削しない理由は、見つけようと思えばいくらでも見つかったはずである。
 だが安田先生は、水月湖を基盤まで掘削する決断をした。しかも、ボーリングを請け負った川崎地質株式会社から1000万円近い借金をしての掘削である。1993年に採取され、のちにSG93とよばれることになるこのときのコアが、その後の年縞研究にどれだけ寄与したかを考えれば、この決断には語り継がれるだけの価値がある。
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単行本p.12

 水月湖の湖底堆積物を掘削して得られた40メートルを越える連続した年縞。世界にも類を見ないこの美しく貴重な年縞はどのようにして形成され、どのようにして発見されたのか。その過程を追います。


「2 とても長い時間をはかる」
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 ここで恥をしのんで告白するが、その現場に学生として居合わせた当時の私は、あくまで数えきることを目指す北川をアマチュアだと思い、その仕事を抱え込むことを選択しなかったゾリチカ博士をプロだと感じた。投入される労力は、よく絞り込まれた特定のテーマに対して必要十分であるのがスマートだと思っており、何かを度外視して徹底的につくり込まれた仕事だけがもつ、あの特別なオーラについては理解していなかった。ゾリチカ博士と対等に渡り合ったこのときの北川は、まだ30歳にもなっていない。世界に知られる業績があったわけでもなく、留学経験すらなかった当時の北川に、なぜそれほど遠くの景色を見据えることができていたのか、私にはいまでもうまく理解できていない。
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単行本p.43

 5万年をこえる年縞を数えるという、おそろしくシンプルで、おそろしく困難な仕事。途方もない注意力と忍耐力を要するその仕事に「何かを度外視して徹底的に」立ち向かった若き研究者の姿を描きます。


「3 より精密な「標準時計」を求めて」
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たったこれだけのことがわかるまでに、1998年のヒューエンと北川のデッドヒートから数えて、12年もの時間が必要だった。科学の歩みとしては、信じられないほど遅い部類であろう。だが同じ結論にたどり着くために、もっと効率的な方法があっただろうかと考えてみても、とくに妙案は浮かばない。愚直な作業を、誰かが積み上げるしかなかったといまでも思っている。
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単行本p.92

 挫折、そして再挑戦。コアサンプル採取からリスタートしたプロジェクトと、利用できるようになった新しい技術、そして国境を越えた研究者たちの連携。最後の巨大な壁を乗り越えるための紆余曲折が一点に向けて急速に収斂してゆくときの興奮がつぶさに語られます。


「4 世界中の時計を合わせる」
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現代では水月湖の年代目盛りを使うことで、年代の誤差はプラスマイナス34年程度にまで縮小している。1万年にとってのプラスマイナス34年は、1日に直すとおよそ5分弱である。この精度はもちろん、現代のクォーツ時計や原子時計にはかなわないが、しかし一昔前の振り子時計程度にはなっている。地質学の時間が、時計の精度を視野に入れはじめた。これはごく控えめに言っても、地質学のパラダイムを切り替えるほどの進歩である。
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単行本p.106


 ついに完成した論文、世界会議での採択、そして「サイエンス」への掲載と異例の記者会見。水月湖データの意義と影響が語られます。


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「若者の理科離れ」などと言われることもあるが、真に挑戦的な科学には必ず当事者の血を沸き立たせる要素があり、その魅力には普遍性があると信じている。私たちが実際に味わった興奮の一部を、本書を通して少しでもお伝えすることができれば、水月湖に深く関わった者として非常に嬉しく思う。
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単行本p.4



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