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『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅) [読書(サイエンス)]


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 本書で紹介するのは、ハンマーをマイクロメーターに持ち替えることで、泥から世界の標準時計をつくることを目指した地質学者たちの物語である。プロジェクトを成功に導いたのは、20年も前にひとりの日本人研究者が描いた「夢」と、その実現のために国境を越えて連携した研究者たちのチームワークだった。道のりは平坦ではなく、何年もの努力がほとんど水泡に帰したり、プロジェクトそのものが中断を強いられたりしたこともあった。だが努力は最終的に実を結び、水月湖は過去5万年もの時間を測るための標準時計として、世界に認知されるに至った。
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単行本p.3


 厚さ45メートル、時間にして7万年分の年縞が連続的に保存されている「奇跡の湖」。水月湖が世界の地質学的標準時計として認められるまでの艱難辛苦の道のりを当事者が描いた、興奮と感動のサイエンス本。単行本(岩波書店)出版は2015年9月、Kindle版配信は2016年12月です。


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 いくつかの立場のちがいはあったものの、カリアコ海盆と水月湖のデータはいずれも、C14年代測定の歴史の中で、20世紀最後の数年を彩る金字塔だった。そのどちらもが、20代後半から30代前半の若手によって達成されたものであることは、ここで改めて強調する価値があると思う。ふたりの仕事はいずれも、その時代の常軌を逸した量のデータに支えられて緻密である一方で、主張していることはおそろしくシンプルで美しい。何が常識的で何が非現実的であるかの判断は、しばしば経験のみに立脚している。圧倒的な能力があり、しかも経験の浅い若者でなくては、取りかかることも完遂することも難しい仕事というものがあるのだろう。
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単行本p.58


 約1万年前の出来事は、正確には今から何年前に起きたのか。それを誤差わずか34年という精密さで特定する地質学的標準時計として名高い水月湖。その可能性が示されてから、決定的な論文が「サイエンス」に掲載されるまでの研究者たちの苦闘を描いた一冊です。

 地質学的な年代決定に使われるC14年代測定技術、その補正に使われる様々なデータ、そして水月湖の年縞がなぜ重要なのかを解説すると共に、若き研究者たちが取り組んだ途方もない忍耐とそして誠実さが求められる作業が詳しく紹介され、読者の心を熱くします。

 全体は4つの章から構成されています。


「1 奇跡の湖の発見」
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何より、決定的に人と予算が不足していた。大きすぎるリスクを避けて水月湖を掘削しない理由は、見つけようと思えばいくらでも見つかったはずである。
 だが安田先生は、水月湖を基盤まで掘削する決断をした。しかも、ボーリングを請け負った川崎地質株式会社から1000万円近い借金をしての掘削である。1993年に採取され、のちにSG93とよばれることになるこのときのコアが、その後の年縞研究にどれだけ寄与したかを考えれば、この決断には語り継がれるだけの価値がある。
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単行本p.12

 水月湖の湖底堆積物を掘削して得られた40メートルを越える連続した年縞。世界にも類を見ないこの美しく貴重な年縞はどのようにして形成され、どのようにして発見されたのか。その過程を追います。


「2 とても長い時間をはかる」
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 ここで恥をしのんで告白するが、その現場に学生として居合わせた当時の私は、あくまで数えきることを目指す北川をアマチュアだと思い、その仕事を抱え込むことを選択しなかったゾリチカ博士をプロだと感じた。投入される労力は、よく絞り込まれた特定のテーマに対して必要十分であるのがスマートだと思っており、何かを度外視して徹底的につくり込まれた仕事だけがもつ、あの特別なオーラについては理解していなかった。ゾリチカ博士と対等に渡り合ったこのときの北川は、まだ30歳にもなっていない。世界に知られる業績があったわけでもなく、留学経験すらなかった当時の北川に、なぜそれほど遠くの景色を見据えることができていたのか、私にはいまでもうまく理解できていない。
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単行本p.43

 5万年をこえる年縞を数えるという、おそろしくシンプルで、おそろしく困難な仕事。途方もない注意力と忍耐力を要するその仕事に「何かを度外視して徹底的に」立ち向かった若き研究者の姿を描きます。


「3 より精密な「標準時計」を求めて」
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たったこれだけのことがわかるまでに、1998年のヒューエンと北川のデッドヒートから数えて、12年もの時間が必要だった。科学の歩みとしては、信じられないほど遅い部類であろう。だが同じ結論にたどり着くために、もっと効率的な方法があっただろうかと考えてみても、とくに妙案は浮かばない。愚直な作業を、誰かが積み上げるしかなかったといまでも思っている。
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単行本p.92

 挫折、そして再挑戦。コアサンプル採取からリスタートしたプロジェクトと、利用できるようになった新しい技術、そして国境を越えた研究者たちの連携。最後の巨大な壁を乗り越えるための紆余曲折が一点に向けて急速に収斂してゆくときの興奮がつぶさに語られます。


「4 世界中の時計を合わせる」
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現代では水月湖の年代目盛りを使うことで、年代の誤差はプラスマイナス34年程度にまで縮小している。1万年にとってのプラスマイナス34年は、1日に直すとおよそ5分弱である。この精度はもちろん、現代のクォーツ時計や原子時計にはかなわないが、しかし一昔前の振り子時計程度にはなっている。地質学の時間が、時計の精度を視野に入れはじめた。これはごく控えめに言っても、地質学のパラダイムを切り替えるほどの進歩である。
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単行本p.106


 ついに完成した論文、世界会議での採択、そして「サイエンス」への掲載と異例の記者会見。水月湖データの意義と影響が語られます。


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「若者の理科離れ」などと言われることもあるが、真に挑戦的な科学には必ず当事者の血を沸き立たせる要素があり、その魅力には普遍性があると信じている。私たちが実際に味わった興奮の一部を、本書を通して少しでもお伝えすることができれば、水月湖に深く関わった者として非常に嬉しく思う。
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単行本p.4



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『量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語』(レオン・レーダーマン、クリストファー・ヒル、青木薫:翻訳) [読書(サイエンス)]


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われわれは加速器、つまりは強力な顕微鏡のことを語りたかった。また、科学はいかにして、自然という玉ねぎの階層を一枚一枚剥いできたのか、そして未来の加速器はどうなるのかにも焦点を合わせたつもりだ。とにかく、「もろもろの理論」にはできるだけ距離を置くようにした。なにしろ近年では、加速器はどんどん少なくなり、実験もやりにくくなって、やれば金もかかるというのに、理論はむやみにたくさんあって、作るのにほとんど金がかからない。科学とは結局のところ、測定と観測をやってなんぼのもので、純粋数学のような理論や、反証できない突飛な思弁だけではだめなのだ。(中略)ヒッグス粒子のその向こうには、未解決の問題がたくさんある。そういう問題への答えを得るまでには、われわれはまだ長い道のりを歩かなければならない。
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単行本p.265


 ヒッグス粒子の存在が確認されたことで、素粒子物理学における標準理論は完成した。しかしそれは「物質とは何か」をめぐる長い探求の通過点に過ぎない。「神の粒子」として有名になったヒッグス粒子を中心に、素粒子物理学と加速器の歩みを活き活きと紹介してくれる一冊。単行本(文藝春秋)出版は2016年9月、Kindle版配信は2016年9月です。


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では、ヒッグス粒子とは何だろう? なぜヒッグス粒子は存在するのだろう? ヒッグス粒子を加えれば、素粒子のリストは完全になるのだろうか? ヒッグス粒子が登場したことで、たくさんの疑問が生まれた。ひとことで言えば、ヒッグス粒子に関しては、「誰がこいつを注文したんだ?」という状況なのである。
 素粒子の階層に踏み込むことは、量子力学に支配された不思議な領域に、そしてその領域だけに、頭のてっぺんまでどっぷりとはまり込むことだ。そこでは「質量とは何か」という問いが、いよいよ深い謎となり、いっそう大きなパズルとなる。そうして話はますます面白くなるのだ。
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単行本p.139


 巨大な加速器を「顕微鏡」として使い、極微の世界を探求し続ける科学者たちの道のりを、実験物理学の第一人者が描きます。類書にありがちな「たとえ話に頼った説明」(猫箱とか)を極力排し、ひたすら観測結果とその解釈という王道に沿って素粒子物理学の基礎を解説。並行して、加速器の必要性(もっと俺たちのフェルミ研究所に予算をくれ)を繰り返し訴えます。

 全体は九つの章から構成されています。


「第一章 宇宙の始まりを探る旅」
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科学者たちは、ジュネーヴ近郊の地下およそ百メートルに置かれた、その強力なリングを使って、夜を徹して働いている。そんな苦労の末に作り出されるのは、黄金ではない。それは黄金とは比べものにならないほど価値のある、かつて誰も見たことのない粒子だ。ニーベルング族は魔法の力を解き放ち、指輪をはめた者にその力を与えたが、物理学者たちは、これまで誰も見たことのない謎の力の正体を暴こうとしている。それは、あらゆる力のもとになる根源的な力であり、その力を握っているのは自然だ。
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単行本p.9

 2012年にヒッグス粒子の存在を確認した大型ハドロン衝突型加速器LHC。大型加速器の建造とその目的を概観し、その意義(そして予算を理由にそれを逃した米国政府に対する嫌味のかぎり)を語ります。


「第二章 その時、ニュートン物理学は崩れた」
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自然の中でわれわれが目にする「複雑さの構造」は、玉ねぎのように層状になっていて、それぞれの層ごとに、起こる現象が異なるらしいのだ。それぞれの層は、それを調べるために必要なエネルギーによって特徴づけられる。(中略)原子核の層は、数百万から数億eV程度のエネルギーで特徴づけられる。逆に言えば原子核を探るためには、数億eVのエネルギーを持つ粒子が必要になるということだ。
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単行本p.56

 巨大加速器が極微の世界を探るための「顕微鏡」だというのは、どういう意味か。物質の存在スケールの階層を一つ一つ下って観察してゆくために何が必要なのかを具体的に解説します。


「第三章 世界は右巻きか左巻きか」
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「やあ、ディックか、すごいアイデアを思いついたよ。びっくりするぐらい簡単に、パリティの破れを検証できそうだ」。わたしは急いでその実験のことを説明すると、「研究所に来て、手を貸してくれないか?」と言った。ディックはうちと同じ、スカーズデールにに住んでいた。午後八時には、ディックとわたしは、事情がわからず動転している大学院生の目の前で、彼がこれまでせっせと準備してきた実験装置を解体していた。マーセルは、自分の博士論文のために用意していた実験装置が解体されるのを、ただ呆然と眺めているしかなかった。
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単行本p.107

 素粒子の世界では対称性が破れている? パイ粒子とミュー粒子の崩壊過程におけるパリティの破れを確認した重大な実験。その一部始終を、張本人であるレーダーマンが活き活きと語ります。対称性の破れ、その発見はヒッグス粒子へと向かう重大な一歩でした。


「第四章 相対性理論の合法的な抜け道」
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ヒッグス粒子とは何なのか? この粒子はなぜ存在しているのか? ヒッグス粒子はこれだけなのか、それともほかに仲間がいるのか? この先しばらく、新たな発見はできそうにないのか? それとも、今われわれは新たな発見の時代に入ろうとしているのか? この発見をどう受け止めたらいいのだろう? ヒッグス粒子のその先には、どんな謎が待ち受けているのだろう? これらの問いの中心にあるのが、次の大きな問いだ。――質量とは何なのだろう?
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単行本p.116

 質量とは何か。「物質の“量”を示す値」という漠然とした理解から始まって、それは素粒子に内在されている本質的な性質ではなく、とりまく場との相互作用から生じている、という根本的な理解の転換へと読者を導いてゆきます。


「第五章 初めに質量あれ」
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宇宙が誕生してまもない頃は、あらゆる粒子は質量がゼロで、標準理論の対称性が壮麗な塔のように高くそびえていた。ところが宇宙が膨張して冷えるうちに、対称性は次々と崩れて瓦礫の山となり、粒子は質量を背負わされ、人間が今日目にしている低エネルギーの物質世界が姿を現した。その世界では、基礎となる標準理論はほとんど見えなくなっている。あえてたとえ話をすれば、対称的な世界は、ウォータン(オーディン)のワルハラだった。しかし神々の黄昏が訪れて、対称性は打ち砕かれ、ワルハラは廃墟になった。ウォータンの娘であるワルキューレのブリュンヒルデがその出来事の引き金を引いたように、原初の宇宙で成り立っていた標準理論の対称性が崩れ去るという出来事にも、その引き金を引いたものがいる。それがヒッグス粒子なのだ。
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単行本p.146

 加速器から得られた知見を積み重ね、ついに物理学者たちは標準理論にたどり着いた。素粒子に質量がなく、対称性が保たれている、すべての基礎となるその状態を説明する標準理論。それを元に、真空の構造、カイラリティ(スピンの右巻きと左巻きの違い)、そして二つのカイラリティの間を往復する振動(チッターベベーグング)を解説し、対称性の破れと「質量」の関係に踏み込んでゆきます。


「第六章 何もないところになぜ何かが生まれたのか?」
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標準理論から引き出される予測の多くは、すでに実験で証明されており、実験上、この理論の不具合はただのひとつも見つかっていない。
 標準理論がこうして作り上げられたことは、1970年代のはじめに素粒子物理学に起こったひとつの革命だった。陽子、中性子、パイ粒子などを構成しているクォークという小さな粒子が、初めて実験でその姿を現したのも、ちょうどその頃のことである。1970年代の十年間には、自然の力はすべて、「ゲージ対称性」という包括的な対称性原理に支配されていることが理論と実験の両面から明らかになった。
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単行本p.191

 標準理論から「質量」を説明するために必要となるヒッグス場。真空を満たすヒッグス場がどのようにして素粒子に「質量」を与えているか、そのメカニズムが解説されます。そして今や読者は、2012年7月4日の「ヒッグス粒子を確認」という歴史的発表がどのような意義を持つのかを理解したことになります。


「第七章 星が生まれた痕跡」
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そのとき発せられる強烈な光が、いわゆる「超新星」として観測されるものだ。それはビッグバン以降、この宇宙で起こるもっとも激烈な爆発である。
「あらゆる爆発の母」というべき激しい爆発を引き起こすのが、粒子の中でもとりわけ地味で目立たないニュートリノだというのは、なんとも不思議なめぐり合わせではないか。星の中心部から猛烈な勢いで飛び出してくるニュートリノは、星の外殻を作り上げているすべての物質、その星の中心部で新たに合成された重い元素のすべてを道連れにして、銀河に輝く星たちをすべて合わせたよりも、さらに数千倍も明るい閃光を放たせるのである。
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単行本p.222

 ニュートリノの質量問題、フレーバー振動、ニュートリノにおけるCP対称性の破れが持つ意味など、ニュートリノ物理学の現状をざっと見てゆきます。


「第八章 加速器は語る」
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 フェルミ研究所は、長基線ニュートリノ実験(LBNE)の準備を進めており、最終的にはダコタ州のホームステーク鉱山に向けてニュートリノ・ビームを打ち込むことになるが、それと並行して、世界一大きなビーム強度を持つ粒子加速器、「プロジェクトX」の準備も進めている。プロジェクトXは、フェルミ研究所とアメリカの高エネルギー物理学の将来計画において、要となるものである。
 それは大強度陽子加速器で、「陽子ドライバー」と呼ばれることもある。なお、この加速器に「プロジェクトX」という謎めいた名前がついたのは、何か隠さなければならないような秘密があるからではなく、単にもっと良い名前を誰も思いつかなかったからにすぎない。
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単行本p.242

 著者たちがいるフェルミ研究所の将来計画を紹介し、加速器の未来を語ります。そしてもちろん、それが経済価値につながる(だからもっと予算をくれ)というポイントを力説することも忘れません。


「第九章 ヒッグス粒子を超えて」
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 しかしこれを書いている現在、ダークマターに関する理論は、シカゴに生息する野良猫よりも多いというのに、加速器実験でダークマターを作り上げている粒子を作って検出することはできていない。(中略)
 このように、ダークマターは今も、宇宙論と素粒子物理学という、深く結びついた二つの分野にまたがる、謎の物質であり続けている。高性能の「顕微鏡」を作ろうとする素粒子物理学と、やはり高性能の望遠鏡を作ろうとする宇宙論とは、科学の分野として大きく重なり合っている。(中略)素粒子物理学と宇宙論は、密接に結びつきながら、互いのために役立っているのである。ダークマターは、れわわれがまだ理解していない何か、標準理論という枠組みを超える何かが、すぐ目の前にあるということを思い知らせてくれる。標準理論を超える何か、ヒッグス粒子を超える何かが、間違いなくそこに存在しているのだ。
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単行本p.268

 ヒッグス粒子が他の素粒子に「質量」を与えることは分かったが、ではヒッグス粒子それ自身の質量はどこから来るのか。天文学がその存在を明らかにした「ダークマター」は未知の素粒子なのか。様々な未解決問題を前に、物理学者たちは標準理論を、ヒッグス粒子を、超えて先へ進もうとしている。様々な加速器を建造し、互いに補いながら、極微の世界の完全な理論に向けての探索は続いてゆく。そして本書の最初にして最後の問い、太文字で書かれた声高な叫び声が響くのだ。「加速器の費用はそんなに大金か?」(単行本p.269)



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『アニマリウム ようこそ、動物の博物館へ』(ジェニー・ブルーム:著、ケイティー・スコット:イラスト、今泉忠明:監修) [読書(サイエンス)]


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 この「アニマリウム」は、生き物の進化の様子が見られる博物館です。あなたが今までに行ったことのあるどんな博物館とも違うのは、24時間、365日開館していて、世界でも類のないほど貴重で素晴らしい生き物たちが、どこよりも多く集まっていることです。しかも展示されている生き物の状態はどれも完璧で、とても細かいところまで観察することができます。(中略)古い動物と新しい動物、巨大な動物とちっぽけな動物、どう猛な動物とか弱い動物をいっしょに見られる博物館はここだけです。「アニマリウム」に入って活気にあふれる動物界を見てみましょう。
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単行本p.7


 カイメンから霊長類まで、160種を超える様々な動物種を進化系統樹に沿って正しく並べ、それぞれに正確で美しいイラストをつけた息をのむような動物図鑑。単行本(汐文社)出版は2016年8月です。


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さまざまな生き物が存在することを「生物多様性」と言います。生物多様性は、私たちとはかけ離れた、日常生活とは関係ないことのように思えるかもしれません。ですが、地球が私たちにとってすみやすい場所なのは、生物多様性のおかげです。ヒトもハエやクラゲ、キリンと同じように動物の1つの種なので、生物多様性のなかに組みこまれています。私たちは、この地球をありとあらゆる種と共有しているのです。
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単行本p.102


 A3サイズの大型図鑑です。最初に「動物界の生命の樹」が見開きいっぱいに描かれ、それに沿って、地球に棲息する多種多様な動物種が、発生した順番に、展示されてゆきます。またそれぞれの種が多く棲息している環境についても解説されます。

 展示されているすべての種について学名、和名、体長、特徴が示されており、種によっては骨格図も。巻末には和名索引だけでなく、ラテン語の学名索引まで付いています。

 イラストはリアルで写実的。いかにも博物館的な「標本展示」という図案の配置になっているのに、個々の「標本」は自然界で生きている状態のまま描かれている、というところが心をつかみます。色合いも素晴らしく、子供が見ても楽しめるでしょう。ちなみに説明の漢字にはすべてルビが振ってあります。

 というわけで、これ一冊で、生命と進化、環境と生物多様性、といった難しい概念をビジュアルに学ぶことが出来るように工夫された美しい動物図鑑。子供にプレゼントしたい一冊です。



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『おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』(今泉忠明:監修) [読書(サイエンス)]


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この本に登場するのは、ものすごく不便そうな体や、
なんだか大変そうな生き方、意味のなさそうな能力など、
はたから見れば「ざんねん」な感じがする生き物たち。
どうしてかれらが「ざんねん」になってしまったのか、
どんな運のよさのおかげで生き残ってこれたのか……。
そんなことを考えてみるのも、
おもしろいですよ。
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単行本p.23


 生物種は進化によってどんどん環境に最適化してゆく……とわけではなく、とにかく生き延びて子孫を残しさえすれば、ちょっとアレな感じのままでも大丈夫。
  「カメガエルは水に入るとおぼれる」
  「ワニが口を開く力はおじいちゃんの握力に負ける」
  「ミジンコはピンチになると頭がとがるが、効果はない」
など、人間から見てちょっと「ざんねん」に思える特徴を持った生物を取り上げて解説する、大人も子供も楽しめる生物図鑑が本書です。単行本(高橋書店)出版は2016年5月。

 進化は決まった方向に進むものではなく、偶然の変異と自然選択によって起きるので、割と雑というか「まあ致命的でなければいいか」くらいの特徴が残されたりします。本書は、そんな進化の不思議を集めた一冊。各ページに、タイトル、生物のイラスト、解説、その生物の基本情報(名前、生息地、大きさ、とくちょう)、さらに「ざんねん度」が表記されています。


  「ダチョウは脳みそが目玉より小さい」

  「ウォンバットのうんこは四角い」

  「バイオリンムシの羽の膜には、なんの意味もない」

  「ウナギの体が黒いのは、ただの日焼け」

  「ワニが口を開く力は、おじいちゃんの握力に負ける」

  「ムカシトカゲには第3の目があるが、よく見えない」

  「キツツキは頭に車が衝突したくらいの衝撃を受けている」

  「バクはおしりを水につけないとうんこが出ない」

  「カメガエルは、はねられないし、泳げない。水に入るとおぼれる」

  「ミジンコはピンチになると頭がとがる。しかし、ほとんど効果がない」

  「サソリは紫外線を当てると光るが、意味はない」


 なかには、ほっといてやれよ、というか、ただの難癖レベルの「ざんねん」も。


  「キクガシラコウモリは鼻の形が変」

  「シロヒトリのプロポーズは気持ち悪い」

  「カブトガニの脳みそは、ドーナツ形」

  「アライグマは食べ物をあらわない」


 解説もツッコミ満載。


「とにかくおしりに対してはものすごいこだわりがあるようです」(ウォンバット)

「人間がかば焼きにする前に、すでにこんがり焼けていたのですね」(ウナギ)

「第3の目をもっているのに、あえてそれを封印しているなんて、まるでマンガのキャラクターのような設定です」(ムカシトカゲ)

「理由はよくわかっていませんが、ヒマすぎてやることがないから、というのがおおむね有力な説のようです」(アライグマ)

「脳が小さいことから致命的なダメージは受けないようですが、そもそも脳が小さくなければそんなばかげたまねはしない気もします」(キツツキ)


 こんな感じで、子供が笑いながら「進化」について学び、ポケモン的な「進化とはパワーアップしてつよくなること」という思いこみを覆してくれる楽しい図鑑です。



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『サイボーグ化する動物たち ペットのクローンから昆虫のドローンまで』(エミリー・アンテス、西田美緒子:翻訳) [読書(サイエンス)]


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生命をあれこれいじりまわすのに必要な新しいツール一式を科学が用意してくれたおかげで、私たちはまったく新しい方法で動物に手を加えられるようになった。今では遺伝コードの書き換え、壊れたからだの再建、自然に備わった感覚の強化が進められている。一風変わった新しい生きものの誕生が新聞の見出しをにぎわすことも多い。バイオニックビートル! 光るネコ! スパイダーゴート! ロボラット! こうしたブレークスルーは驚異的であるとともに不可解でもある。その生きものは、厳密に言うと何なのか? どんなふうに見えるのか? 誰が、どんな理由で作っているのか? そしてそれらの動物はほんとうに、今までになかったものなのか?
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単行本p.6


 バイオテクノロジーの発達により、動物と機械を融合させることや、遺伝子に手を加え新しい生きものを創り出すことが可能になった。しかし、本当のところそれは何を意味するのだろうか。生物工学の最先端を紹介しつつ、その社会との関わりについて論じるサイエンス本。単行本(白揚社)出版は2016年8月です。


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生きものの形をいくらでも変えられるようになった今、私たちが何を選んで作るかは、私たちがほかの種に何を望んでいるのか、そして私たちがほかの種のために何をしたいかを明白にする。だが、たとえこの地球を共有している生きものたちに特別な愛着を感じないとしても、動物を大幅に作りかえることは人間にとっても重要な問題だ。それは自分たちの未来を垣間見ることにもなるからだ。
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単行本p.14


 遺伝子操作により創り出された鑑賞魚や薬品生産動物、失われたペットや絶滅危惧種のクローニング、障害を負った動物のための人工装具、そして動物の脳神経をハックして「操縦」する技術。様々なバイオテクノロジーの驚異とともに、それがどのような論争を引き起しているのかを詳しく紹介してくれる本です。全体は8つの章から構成されます。


「第1章 水槽を彩るグローフィッシュ」
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こうした借り物の遺伝子によってゼブラフィッシュは蛍光色に変わり、ブラックライトまたはブルーライトで美しく光る。これがグローフィッシュ――米国初の遺伝子組み換えペットだ。
 人間はこれまで選択的な品種改良によってたくさんの種に干渉してきたが、この魚の登場はまったく新しい時代の幕開けとなる――私たちは友だちである動物の遺伝コードを直接操作できる力を手にしたのだ。この新しい分子技術は世の中を一変させるだろう。
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単行本p.18

 米国で一般販売が許可された初の遺伝子組み換え生物、グローフィッシュ。その実現と認可に至る道のりを追います。


「第2章 命を救うヤギミルク」
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「ファーミング」の分野は急速な拡大を続けていて、世界中の研究室と企業が独自の家畜小屋や放牧地を用意し、血友病から癌まで、さまざまな慢性病に効く薬を量産する動物の飼育に取り組んでいる。(中略)動物が役立つものになればなるほど、ますます動物を「利用」する可能性は高まる。遺伝子組み換え技術によって、私たちはほかの種を新しい理由と新しい方法で利用できるようになり、生きものの商品化がますます広がっている。
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単行本p.48

 遺伝子組み換えにより、動物を「薬品生産工場」に変えてしまうファーミング技術。その普及は、動物愛護という理念と両立できるのだろうか。あるいは動物の福祉と権利を守るために人間の難病患者を見捨てることは倫理的に正当化されるだろうか。新しい技術が生み出した価値観の対立を浮き彫りにしてゆきます。


「第3章 ペットのクローン作ります」
――――
クローニングの効率の悪さは動物の福祉についての懸念をさらに強めている。イヌ一匹を複製するために、実にたくさんの雌イヌに麻酔をかけて卵子を採取しなければならない。(中略)スナッピーを作り出すために、韓国の研究者たちは合計1095個のクローン胚を123匹の雌イヌに移植した。その結果生まれたのは二匹のみで、生き残ったのは一匹だった。(中略)ペットのクローニングをめぐる論争は、動物を愛するとは何を意味するかの議論であり、そこではさまざまな価値観や意見が絡み合い、全員が賛同することはあり得ないと思われる。
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単行本p.95、98

 死んだ犬猫を「復活」させたい。そんな愛犬家や愛猫家の夢を実現するクローニング技術。だがそれは、人間とペットとの関係を豊かにするのだろうか。


「第4章 絶滅の危機はコピーで乗り切る」
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今や種の保護は総力をあげて取り組むべき事業だ。たしかに、クローニングで本物の成功を実現させるためには、研究室の科学者が自然保護活動家と協力しなければならない。研究者は必要な動物相をそっくり複製できるが、研究室生まれの赤ちゃんには住む場所が必要になる。
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単行本p.130

 絶滅危惧種を救うためのクローニング技術の活用は正しいことだろうか。生息環境の破壊をとめない限り無意味、さらには逆に環境保護運動の足を引っ張ることになる、という批判とどのようにして折り合いをつけてゆくべきなのか。


「第5章 情報収集は動物にまかせた」
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最新世代のタグでは、動物たちが日々の暮らしを送っているあいだ、そのからだに取りつけられたコンピューターが動物の移動を記録するばかりか、海洋および変化する周囲の状況に関するデータも収集している。(中略)電子タグの小型化が進み、ほとんど目に見えないまでになるにつれ、追跡が可能な海と陸の生物はますます多種多様に広がってきている。カナダの企業が販売している無線発信器は指の爪より小さく、重さも0.25グラムと、ないに等しい。
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単行本p.137

 センサと追跡用の電子タグを野生生物の身体に取りつけ、その生物の生態のみならず人間が到達困難な場所の調査を代行させることまでが今や可能となっている。研究者にとって極めて有用なこの技術は、対象生物に対して、あるいは自然保護運動に対して、どのような影響をもたらすのだろうか。


「第6章 イルカを救った人工尾ビレ」
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からだの一部を失った動物にとって、これまでになく恵まれた時代だ。炭素繊維複合材や形状が変化する柔軟なプラスチックなど、実に多彩な素材が開発されたおかげで、飛んだり駆けたり泳いだりする患者のために人工の付属器官を作れるようになっている。義肢装具士はこれまで、ワシには新しいくちばし、カメには交換用の甲羅、カンガルーには義足を作ってきた。外科技術の発達により、獣医師はイヌやネコのからだにバイオニック義足(生体工学を用いて製作した義足)を埋め込み、そのままずっと使えるようにすることもできる。さらに神経科学の発達で、脳から直接制御できる人工装具も夢ではなくなった。
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単行本p.158

 事故で尾びれを失ったイルカのケースなどを取り上げ、動物に対する人工装具の発達とその意義を追います。


「第7章 ロボット革命」
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現代の野生動物追跡装置の開発を可能にした科学技術の進歩――サイズの小型化と、マイクロプロセッサー、受信機、電池のパワーの増大――によって、本物のサイボーグ動物の作製も可能になろうとしている。こうしたマイクロマシンを動物のからだと脳に埋め込めば、人間がその動作と行動をコントロールできるようになる。遺伝学の成果を利用すれば新たな選択肢も可能で、科学者は動物の遺伝子を組み換えて、操作しやすい神経系を作ることもできる。
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単行本p.188

 遠隔操作できるサイボーグ昆虫など、サイボーグ生物の実用化と普及がもたらす倫理的、社会的、そして軍事・諜報に関わる問題を明らかにしてゆきます。


「第8章 人と動物の未来」
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 私たち人間が、責任をもって新しい技術を利用したいと少しでも思うなら、この議論を避けて通ることはできない。私たちが遺伝子組み換えで病気に強い家畜を作りたいのは、そうすれば工場式畜産場の劣悪な飼育環境と不十分な医療をうまく言い逃れて、最大の利益を上げられるからなのか? それともそうした生きものを、家畜の暮らしを向上させる大規模キャンペーンを繰り広げる機会として利用したいからなのか? ある意味、これらの技術に対して私たち自身が感じる不安は建設的なものだ。私たちは、それが動物たちにどのような影響を及ぼすかについて、評価と再評価を繰り返していかなければならない。
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単行本p.221

 これまでに見てきたようなバイオテクノロジーの急激な発展を前に、人間と動物の関係、文明と自然との関係、私たち自身を改変することの是非、などの議論を避けることはもはや出来ないことを示し、道筋の整理を試みます。



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