So-net無料ブログ作成
検索選択
メッセージを送る
読書(サイエンス) ブログトップ
前の5件 | -

『理化学研究所 100年目の巨大研究機関』(山根一眞) [読書(サイエンス)]

――――
 理化学研究所は、1917年(大正6年)3月20日に、財団法人理化学研究所として発足した。欧州で第一次世界大戦が勃発して3年目、ロシアではロマノフ朝による帝政が崩壊した直後の時代だ。
(中略)
1990年代後半からは続々と新しい研究所、研究センターが生まれており、研究室の総数は今ではおよそ450にのぼる。また、世界各国・地域と研究協力協定、覚書の締約も重ねてきた。理研は、日本の理研から世界の理研に育ち、協力関係にある海外の研究機関の数は約460(53カ国・地域)におよんでいる(2016年3月末)。
――――
新書版p.47、69


 450の研究室、3000人の研究者、500人の事務職からなる巨大研究機関。今年で創立100周年をむかえた理化学研究所で行われている研究や施設の一部を紹介してくれるサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年3月、Kindle版配信は2017年3月です。

 113番元素、粒子加速器、スパコンなど、理研で行われている研究とそのために使われている施設を広く取材した一冊です。全体は11個の章から構成されています。


「第1章 113番元素が誕生した日」
――――
 2011年3月、東日本大震災による電力の大幅な使用制限は、新元素探査にとって大きな危機だった。なにしろ、たった1個の原子核を得るために、加速器とGARISは2メガワット(=200万ワット)もの電力が必要だからだ。あの電力危機の日々、理研の他の研究チームは、それぞれ実験を止めて電力を節約し、コジェネ(自家発電装置)からの電力を森田グループの実験にまわしてくれたという。それでも、2012年8月18日に劇的なイベント(成果)を得るまでの延べ照射日数は570日を超え、亜鉛原子核の照射は実に400兆回におよんでいた。
――――
新書版p.35

 加速器によって113番元素「ニホニウム(Nh)」を作り出す実験はどのように行われたのか。新元素の生成と検出に至る道のりを描きます。


「第2章 ガラス板の史跡」
――――
 ピストンリング、ふえるわかめちゃん、オフィス機器を製造する3つのメーカーは、一見、何の関係もないように思えるが、いずれもそのルーツは同じなのである。それは、社名が物語っている。ピストンリングは「株式会社リケン」、ふえるわかめちゃんは「理研ビタミン株式会社」、オフィス機器は「株式会社リコー」(発足時の社名は理研感光紙)。いずれも、理研から生まれた企業なのである。
――――
新書版p.46

 理研の創設から今日に至るまでの歴史を概観します。


「第3章 加速器バザール」
――――
 和光市の理化学研究所の敷地の東北端に、とんでもない地下実験施設がある。
 私がそこをちょっとだけ見せてもらったのは数年前のことだが、実験施設という言葉で思い浮かべていたイメージは完全にぶっ飛んでしまった。数多くの実験装置が並んでいるのだが、その一つは平べったい六角柱をしており、2階建て住宅ほどの7.7メートル。直径18.4メートルなので床面積は約270平方メートル(約80坪)という、とてつもなくごつい装置だ。ごつく見えるのも当然で、総重量が8300トン、東京タワー2つ分の重さというのだ。
――――
新書版p.73

 様々な粒子加速器が点在する実験施設「RIビームファクトリー」を中心に、総面積4万4643平方メートルという加速器研究センターの全貌を紹介します。


「第4章 超光の標的」
――――
放射光は、円形の加速器では粒子の加速速度を落とすじゃまものとされていたが、きわめてシャープにモノの立体構造を見ることができる光であることがわかり、いわばスーパー顕微鏡として世界で放射光施設の建設が始まった。これは、放射光を作り出すことに特化した円形加速器だが、物質の分子や原子のナノサイズ(1メートルの10億分の1)世界の構造を見ることができるため、今では科学研究のみならず産業界でも広く利用されている。
 なかでもスプリングエイトは、世界で最大、最強の放射光施設としてデビューし(電子エネルギー80億電子ボルト)、今もその地位は揺るがない。
――――
新書版p.93

 分子原子のスケールでモノの立体構造を見ることが出来るスーパー顕微鏡、放射光。スプリングエイトなどの放射光施設とそこから生みだされた成果について語ります。


「第5章 100京回の瞬き」
――――
光は1秒間に地球を7周半、30万キロメートル進みますが、1アト秒では0.3ナノメートル(30万分の1ミリメートル)、ほぼ水の分子サイズを通過する距離です。このアト秒の光の瞬きを使い原子の挙動がわかれば、新しいエネルギーや新しい機能を持った新素材が開発できるでしょう。
――――
新書版p.123

 光の速度でさえ分子サイズの距離しか進むことが出来ないほど極めて短時間の光パルスを作り出し、超高速現象を撮影する。量子・原子光学、アト秒科学、超解像イメージング、テラフォトニクスなど光・量子技術を探求するテラヘルツ光研究グループの研究テーマを紹介します。


「第6章 スパコンありきの明日」
――――
 原子の数で約1000~10万個分にもなるタンパク質分子のシミュレーションには膨大な計算が必要です。原子1個のサイズがサッカーボール1個分とすると、タンパク質は大きなもので50メートルプールくらい。タンパク質や水、脂質といった分子の集合である細胞1個ともなると、例えば赤血球(幅10ミクロン、厚さ2ミクロン程度)は4000メートル級の山が20キロ続くような山脈くらいの大きさになります。
 細胞の動きを追うためには、とてつもなく大きな空間の中でひしめき合うたくさんの原子同士がお互いに力を及ぼしあっている状態を計算しなければならないのです。しかもタンパク質分子などの動きは非常に速いため、1000兆分の1秒(1フェムト秒)刻みで計算させる必要があります。
――――
新書版p.142

 実験と理論に続く「第三の科学」であるコンピュータシミュレーション。タンパク質分子の挙動解析、防災環境、エネルギー問題、新素材開発まで、あらゆる分野で活用されているスーパーコンピュータ「京」。「京」の運用、スパコンネットワークHPCI構想、そしてポスト「京」開発計画まで、スーパーコンピュータをめぐる状況を概説します。


「第7章 生き物たちの宝物殿」
――――
科学の神髄は「再現性」です。実験によって大きな発見があったと発表したあと、第三者が同じ実験をして同じ結果が得られたと確認できて、初めて科学として成立します。同じ結果が出せなければSFにすぎません。その「再現性」のためには、同じ実験材料、生物資源を使わなくてはいけない。マウスや細胞は、同じものを保存、維持し、必要とする研究者に提供する必要があるわけです。バイオリソースセンターは、そういう役割をもつ施設なのです。
(中略)
細胞は1万855株。「株」というのは遺伝的な特性が均一な集団のことですが、100パーセントが凍結保存です。実験植物は83万3285株、これは99パーセントが凍結、冷蔵。微生物材料は2万5176株、遺伝子材料となると380万8264株、いずれも100パーセント凍結や冷蔵です。
(中略)
大村先生の放線菌も大隅先生のオートファジーの細胞株も、がんのヒーラ細胞も、高松塚古墳とキトラ古墳のカビも、黒マフラー姿のハツカネズミも、そしてシロイヌナズナも、そういう手数料で発送しています。山中先生からバイオリソースセンターに寄託されたヒトiPS細胞やそのマウスを完璧に品質管理してきたからこそ、研究者に提供でき、再生医療の研究が進んでいるわけです。我々が発送したリソースをもとに、その約10パーセントが論文になっていることがそれを物語っています。
――――
新書版p.158、159、161

 医療、生物分野の実験に使われる細胞、微生物、実験動物などの生物資源を保管し研究者に提供するバイオリソースセンター。あらゆるバイオ研究を支えているその品質管理へのあくなき取り組みを熱く語ります。


「第8章 入れ歯とハゲのイノベーション」
「第9章 遺伝子バトルの戦士」
「第10章 透明マントの作り方」
「第11章 空想を超える「物」」

 再生医療、オーダーメイド医療、脳科学、人工知能、創発物性科学、など様々な研究分野が紹介されます。それでも書き切れなかったテーマ(アルマ電波望遠鏡など)は「おわりに」で駆け足で紹介されています。


『人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか』(中川毅) [読書(サイエンス)]

――――
地球の公転軌道と自転軸の関係で、北半球の夏に降り注ぐ太陽エネルギーは増加しつつあった。つまり、氷期は時間の問題で終わろうとしていた。だが気候システムはその外力に対して非線形に応答し、太陽の変化に歩調をあわせてゆるやかに変動する代わりに、ある瞬間に大きな飛躍を見せた。それまで本質的に不安定だった気候は、一転して安定な状態に切り替わり、地球には安定した時代、言い換えるなら「近い未来なら予測可能」な時代がやってきた。予測が成り立つ時代とは、人間の演繹的な知恵が発揮されやすい時代ということでもある。氷期に巨大な古代文明が生まれなかったことと、氷期の気候が安定ではなかったことの間には、おそらく密接な因果関係がある。
 現在の安定な時代がいつまで続くのか、次の相転移がいつ起こるのかは、本質的に予測不可能である可能性が高い。
――――
新書版p.168


 過去7万年分の年縞が連続的に保存されている奇跡の湖、水月湖。世界の地質学的標準時計である水月湖の研究から得られた気候変動の正確な歴史、そしてそこから見えてくる将来の気候変動に関する重大な知見を、一般向けに分かりやすく紹介してくれるサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年2月、Kindle版配信は2017年2月です。


――――
私たちは無意識のうちに、進んだ科学技術で大きな商品価値を生み出す国を「先進国」と呼ぶことに慣れている。まるで文化も歴史も尊厳もすべて、経済という船に付随する飾り物に過ぎないかのようである。しかし、先進国を生きる私たちが「先を進んで」いるような気分でいられるのは、現代の気候がたまたま私たちのライフスタイルに適合しているという、単なる偶然に支えられてのことに過ぎない。
 人間や社会の価値を、現状における「効用」だけで測ることはきわめて危険である。だが歴史を通じて、人間はそのような過ちを何度も犯してきた。
――――
新書版p.207


 水月湖が世界の地質学的標準時計として認められるまでの困難な道のりをエキサイティングに描いた『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』。その著者が、水月湖の研究から得られた知見のうち、過去の気候変動に関するものを一般向けに分かりやすくまとめてくれます。ちなみに『時を刻む湖』の紹介はこちら。


  2017年01月11日の日記
  『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-01-11


 全体は7つの章から構成されています。


「第1章 気候の歴史をさかのぼる」
――――
 念のため強調するが、私はここで、現在の温暖化予測も70年代の寒冷化予測と同様に信頼できないと主張しているのではない(ただし、信頼できると主張しているのでもない)。
(中略)
 むしろここで強調したかったのは、寒冷化と温暖化という正反対の学説が立て続けに提唱されたにもかかわらず、そのどちらもが同時代の人々の目に「本当らしく」見えたという事実についてである。私たちの直感は、時として驚くほど脆弱な根拠の上に成り立っている。学説の寿命は、データの寿命に比べて一概にひどく短い。それでも私たちは、提示される説に対して自分なりの意見を持ち、どのような「対策」が妥当であるかを考えなくてはならない。
――――
新書版p.41

 過去の気候変動のデータから未来の気候変動を予測することは可能なのだろうか。現在の傾向が今後もそのまま続くという直感、同じパターンが周期的に繰り返されるという直感。70年代の寒冷化予測と現代の温暖化予測を比較することで、直感に頼ることの限界を明らかにします。


「第2章 気候変動に法則性はあるのか」
――――
最近の1万1600年ほどは、一定の細かな変動はあるものの、基本的には安定して温暖な状態を保っている。それに対して氷期は、安定とはほど遠い時代だったことが分かる。基本的に寒冷であることは確かなのだが、その中に急速に温暖化する時代を何度も含んでいる。温暖化の速度はきわめて早く、場所によってはグラフがほとんど垂直の線になっている。変動の振幅もきわめて大きい。氷期の中だというのに、気温が現代の水準に肉薄することすらある。このような激しい温暖化事件は、氷期を通じてくり返し起こっており、その数は大小あわせると、過去6万年だけでも17回、氷期全体では20回を超える。
(中略)
氷期の中で起こっていた気候変動が線形でもなければ周期的でもなかったことだけは、どうやら確かなようだ。線形モデルと周期モデルは、世界観としては直感的にきわめて受け入れやすい。しかしじっさいの氷期は、どちらのモデルも現実には通用しない時代だったのである。
――――
新書版p.47、48

 グリーンランドの氷床研究から分かってきた過去の気候データを詳しく調べると、温暖で安定した温暖期と、寒冷で極めて不安定な氷期があることが分かる。氷期における気候変動は極端な変動と予測不能性を示しており、また氷期と温暖期の切り変わりは驚くほど急激だったということも判明した。カオス的な振る舞いを示す、直感がまったく通用しない気候変動。それを理解するためには、どのような変化が正確にいつ起きたのかを「人間が実感できる」くらいの時間精度で調べる必要があることを示します。そんなことが可能なのでしょうか。


「第3章 気候学のタイムマシンー縞模様の地層「年縞」」
――――
 地質学は数万年や数億年といった、きわめて長い時間をあつかうことを得意としてきた。いっぽう、人間が「実感」できる時間は長くても数十年から100年だろう。人間にとって切実な気候変動の実例を、地質学的な記録の中から見出そうと思えば、かなり特殊な試料を見つけてきて詳細に分析する必要がある。福井県の水月湖から見つかった縞模様の堆積物は、そのような研究をおこなうのに最適な「奇跡の泥」だった。
(中略)
明暗一組の縞模様は、ちょうど1年の時間に対応している。1年に1枚ずつたまるこのような地層は「年縞」と呼ばれる。水月湖には、厚さにして45メートル、時間にして7万年分もの年縞が、乱されることなく静かにたまっているのである。そのような湖は、世界でも水月湖の他に例がない。
――――
新書版p.74

 グリーンランドの氷床研究から先に進むために古気候学者たちが必要としているデータ、それは日本の水月湖に眠っていた。なぜ水月湖は「奇跡」と呼ばれるほど特別なのか。前述した『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)の内容のうち、水月湖の特異性を解説した部分を要約します。


「第4章 日本から生まれた世界標準」
――――
2006年の掘削は、それ自体は単なる穴堀りであり、学術的な成果であると見なされることは少ない。成果として脚光を浴びるのは、通常は掘削試料ではなく分析データのほうである。だがひとつだけ自画自賛を許していただけるなら、その後に続いた水月湖研究の栄光のドミノ、その最初の1個を倒したのは、あの熱い夏に「完全連続」を達成するまで決して引き下がらなかった、私たちの愚直な掘削だったと思っている。
――――
新書版p.98

 水月湖の湖底にたまった泥を掘り出し、年縞を数える。言ってみればただそれだけのために、数十年の歳月と超人的な努力が必要だった。世界を驚嘆させた美しいデータの背後にある研究者たちの艱難辛苦。前述した『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)の内容のうち、水月湖の掘削から試料分析、ついに世界標準時計として認められるまでの経緯を要約します。


「第5章 15万年前から現代へー解明された太古の景色」
――――
 参考までに、私が1サンプルの花粉分析に要する時間は、前処理まで含めると平均で1時間を超える。水月湖で私がこれまで分析したサンプルの数は、そろそろ1400に届こうとしているので、単純計算でそれだけの時間を投入してきたことになる。最終的に成し遂げたいと思っている数は4500なので、最近ではそろそろ自分に残された時間が気になり始めている。
――――
新書版p.126

 水月湖の堆積物に含まれる花粉を分析することで、過去の気候(植生景観)を再現することが出来る。地道な分析作業を積み重ねることで、地球の公転軌道の周期的変化、地軸の歳差運動、などの天体運動が気候変動にダイレクトに影響していることがはっきりと見えてくることを解説します。


「第6章 過去の気候変動を再現する」
――――
水月湖の堆積環境は、おそらくある1年を境にとつぜん変化した可能性が高い。つまり氷期は、まるでスイッチをパチンと切ったかのように、本当に急激に終わったらしいのである。スイッチが切り替わった後では、水月湖のまわりの気候は温暖になり、しかも数十年スケールで激しく変動することをやめて安定になった。それは、人間にライフスタイルや価値観の変更を迫るほどの本質的で急激な変化だった。(中略)また、水月湖とグリーンランドのそれぞれの年代目盛りを用いて変化のタイミングを推定すると、両者は実質的に同時だったらしい。おそらく氷期の終わりは、一瞬で北半球全体、ひょっとすると全世界をも巻き込む、本当の意味での大事件だったのだろう。
――――
新書版p.167

 これまでの古気候学の成果により明らかになった過去の気候変動を見ると、地球の運動による周期的な変動に加えて、予測不可能な急激な変動があったことが分かる。特に氷期の終わりは極端で、おそらく「1年」で地球全体の気候が相転移する、という劇的な変化が起きている。このような激変が、その当時を生きていた人類の文化と歴史にも後戻りのきかない本質的な変化を与えたと考えられることを示します。


「第7章 激動の気候史を生き抜いた人類」
――――
 気候が安定しているときに、農耕をおこなって生産性を高めるか、あえて狩猟採集段階に留まるかは、人口さえ過剰でないなら、突き詰めれば「哲学の問題」に帰着すると述べた。だが気候が不安定な場合には、事態はそれほど牧歌的ではなくなる。来年が今年と似ていることを無意識のうちに期待する農耕社会は、気候が暴れる時代においては明らかに不合理である。
 言い換えるなら、氷期を生き抜いた私たちの遠い祖先は、知恵が足りないせいで農耕を思いつけなかった哀れな原始人などではなかった。彼らはそれが「賢明なことではない」からこそ、氷期が終わるまでは農業に手を付けなかったのだ。
――――
新書版p.200


 地球の運動から生ずる大きなサイクルに加えて、非線形的でカオス的な振る舞いを見せる気候変動。その本質的な予測不能性に、人類はどのようにして対処してきたのか。そして現代の社会は対処できるのだろうか。気象が極めて安定した時期に発達した人類文明は、予測不能かつ極端な気候変動という試練をどう乗り越えてゆけばいいのかを考えます。


 水月湖の湖底掘削から人類レベルの文明論へと駆け上ってゆくドライブ感。泥に刻まれた年縞を数え上げ、花粉サンプルを一つ一つ分析してゆく地道な努力に対する感動。十万年周期の地球の動きが、気候変動を通じて、過去の植生変化を決めていたという驚き。そして、私たちが生きている時代が例外的な気候安定期であり、しかもそれはどうやら終わりつつある(それこそ1年で相転移するかも知れない)という衝撃。

 様々な観点からエキサイティングなサイエンス本です。古気候学の入門書としても、いわゆる「人類の活動が引き起こしている(最近の「緩やかな」)温暖化」とは別スケールで見た激しい気候変動史の解説としても、天体現象と気象と人類史の関係を包括するサイエンス本としても、また『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)の続篇としても非常に面白く、広くお勧めしたいと思います。


『ウイルスは生きている』(中屋敷均) [読書(サイエンス)]


――――
 ヒトゲノムの解読が完了して10年以上経つのですでに旧聞にはなるが、その成果の驚きの一つはゲノム中の「遺伝子」、すなわちタンパク質になる領域が約1.5%と極めて少ないということだった。一方、本書の主役であるウイルスや転移因子などは、ヒトゲノムで増殖を繰り返し、その約45%もの領域を占めるに至っていることも同時に明らかとなっている。こうなると、我々ヒトのゲノムとは一体、誰のものなのか? という気分になる。
――――
新書版p.125


 それは生物なのか、単なる物質なのか。生物進化史のなかでウイルスが果たしてきた役割に焦点を当て、生命観の拡張をうながす一冊。新書版(講談社)出版は2016年3月、Kindle版配信は2016年3月です。


――――
我々が「ウイルス」と聞いた時に頭に浮かぶ、「災厄を招くもの」というイメージは、決してウイルスのすべてを表現したものではない。生命の歴史の中で、様々な宿主とのやり取りを続けてきたウイルスたちは、「災厄を招くもの」という表現からはかけ離れた働きをしているものが実は少なくない。(中略)ウイルスは生命のようであり、またそうでないようでもあり、「生命とは何か」を考える上で実に興味深い存在である。
――――
新書版p.32


 宿主を利用したり、宿主の道具として働いたり、ときには宿主の遺伝子に入り込んで一体化してしまう。ウイルスという不思議な存在に関する様々な最新知見を通して、生命観の拡張をうながす本です。次々と登場するエピソードがどれも驚きに満ちており、ときに本筋を見失うほどの面白さ。

 ウイルスだけでなく、独特のテンションで語られる研究者の描写にも、多大なるインパクトがあります。


――――
 マルティヌス・ベイエリンクの研究者としての特徴を一言で表現するなら「枠を突き抜けた純度の高さ」ではなかったかと思う。ベイエリンクにとっては、研究が人生のすべてだった。(中略)精度の高い実験を計画遂行する能力と、そこから得られた結論がたとえ常識外れのものであっても、正しいと信じる心の強さをベイエリンクは兼ね備えていた。それは真実を求めて幾重にも積み重ねられた彼の時間が、あたかも何かの内圧を高めるように蓄積され、枠を突き破る力となったかのように、私には映る。彼は常識の枠を越えることを目的とはしていない。ただ、何が常識かというようなことが、彼には無関係であっただけである。ベイエリンクは紛れもなく「ウイルス」という存在の、この世界での在り方を初めて発見した人間であった。
――――
新書版p.37、44


――――
 転移因子は1950年前後にアメリカの植物遺伝学者バーバラ・マクリントックによって初めてその存在が提唱された。(中略)彼女は真っ暗な闇の中にある何かに、幾度も幾度も手探りで触れ、まるでそれと一体化するように、その実体に近づいていった。そしてそれを自分の内的なビジョンに少しずつ具現化していったのだ。それは冷徹な観察と沈み込むような深い思考の繰り返しにより、原木を削って仏像を削り出すような、何か形のないところから、そこに秘められた「実体」を探り出す作業であったろう。彼女は漆黒の闇の中で、目を大きく見開いて対象を見据えることができる、明らかに何か突き抜けた研究者であった。この意味で、バーバラはウイルスを発見したマルティヌス・ベイエリンクとどこか同じ匂いがする。
――――
新書版p.69、71


 全体は五つの章から構成されており、その前後に序章と終章が置かれています。


『第1章 生命を持った感染性の液体』
――――
その発見が与えた最大の驚きは、それまで自明のものと考えられていた生命と物質の境界を曖昧にしたことである。成長する、増殖する、進化するなどの属性は生物に特有なもので、生物と物質とは明確に区別できるという常識が大きく揺らいだ。
――――
新書版p.49

 ウイルスの発見に至る過程を解説し、それにより自明と思われていた「生物と物質の境界」が大きく揺らいだことを示します。


『第2章 丸刈りのパラドクス』
――――
 ウイルス、転移因子、そしてプラスミド。これらの因子たちは、発見の経緯やよく研究されてきた典型的なメンバーの性質からくる印象の違いはあるものの、実際には一つながりとなっている。(中略)言うまでもなく、人間の作った仕切りの枠内に収まるか、収まらないかは、因子たちにとってはどうでも良いことであり、ウイルスと呼ばれようが、転移因子と呼ばれようが、プラスミドと呼ばれようが、結局の所、安定して増殖し子孫を確実に残していったものが、ただそのようにして現在も増えて存在している。恐らくそれ以上でも、それ以下でもないのだ。
――――
新書版p.82

 ウイルスに関する基礎知識と共に、転移因子、キャプシドを持たないウイルス、プラスミドなど生命と物質の境界に位置する存在について解説。どこまでが生物なのか、という線引きの困難さ、というより無意味さが、次第に明らかになってゆきます。


『第3章 宿主と共生するウイルスたち』
――――
 寄生をめぐる昆虫同士の戦いの中で、寄生バチ側はポリドナウイルスを用いて寄生しようとするし、宿主側はAPSEファージを用いて、寄生者を撃退しようとする。さながら両陣営が戦闘機のミサイルのように、ウイルスを飛び道具としてバトルを繰り広げているかのようである。
――――
新書版p.102

 寄生バチと獲物との激しい抗争。そこには互いにウイルスを兵器として用いる巧妙な戦術がある。ウイルスと宿主が協力関係を築いている例を解説し、「災厄を招くもの」というイメージから「他の生命と相互作用している生命の輪の一部」としてのウイルスという視点へと導いてゆきます。


『第4章 伽藍とバザール』
――――
 2005年には我が国の国立遺伝学研究所のグループが116種の原核生物の全ゲノム配列を用いて網羅的に水平移行遺伝子を調査した結果、驚くべきことにそれらの種では平均して14%、最も多い種で26%もの遺伝子が水平移動によって獲得されたと推定された。解析されたサンプルの規模から考えて、原核生物の世界では少なくとも遺伝子の1割以上は親からではなく、行きずりの「他人」から譲り受けるようなことが「常識」となっているようである。
――――
新書版p.130

 ウイルスが一役買っていると考えられる遺伝子の水平移動。種を越えて遺伝子が交換され広まってゆく現象は、生物界全体にどのように影響しているのか。ウイルスが生命進化に果たしている大きな役割を見てゆきます。


『第5章 ウイルスから生命を考える』
――――
確かにウイルスの多くは自己ゲノム内に代謝関連遺伝子を保有しないが、それを根拠に生物から除外することは本当に妥当なのだろうかと思う。開き直るようであるがウイルスに言わせれば、自ら代謝などせずとも、そこに自らの存在を維持できる環境があれば、それを利用して増殖して、一体何が悪いのか? お前だってアミノ酸作れないだろ、となる。
――――
新書版p.155

 自己の維持に必要な代謝系を外部環境に依存している、ということをもってウイルスは生物ではないと見なすのは妥当なことだろうか。逆にウイルスを含む生物進化の全体を見渡した上で「生命とは何か」を考え直す方が適切ではないか。生命観の拡張あるいは刷新を提言してゆきます。



『ニュートリノで探る宇宙と素粒子』(梶田隆章) [読書(サイエンス)]


――――
太陽の核融合のようすはニュートリノを使って観測すればよいという考えで始まった太陽ニュートリノ実験が、太陽ニュートリノ欠損を発見し、また陽子崩壊を探すためのバックグラウンドであったはずの大気ニュートリノは、μニュートリノ反応の数が予想とまったく合わないことを発見しました。
 これらの二つの予想されなかった実験データを地道に理解しようとして、最終的にニュートリノ振動が発見されました。ニュートリノ振動は理論的には予言されていた現象でしたが、発見されてみると、ニュートリノ混合が大きいということを知り、私たちに新たな問題をつきつけています。
――――
単行本p.239


 スーパーカミオカンデは具体的に何をどう観測することで、ニュートリノ振動を確認したのか。ノーベル物理学賞を受賞した著者が、ニュートリノ天文学について実験と観測を中心に解説してくれる一冊。単行本(平凡社)出版は2015年11月、Kindle版配信は2015年12月です。

 スーパーカミオカンデによる大気ニュートリノ観測によって、ニュートリノ振動が実際に起きていることを確認した功績により2015年のノーベル物理学賞を受賞した著者。しかし、その受賞のもとになった観測がどのようなものだったのかは、例えばカミオカンデによる「超新星爆発の際に放射されたニュートリノを検知した」というのに比べると、いまひとつ分かりにくい印象があります。

 そこで本人がニュートリノ振動の確認に至る研究内容を、理論中心ではなく実験と観測に軸を置いて解説してくれるのが本書です。素粒子論の基礎から、反ニュートリノ振動まで、全体は11個の章から構成されています。


「第1章 ミクロの世界に分け入る」
――――
 量子という考え方は光の研究から生まれた、と書きました。それが原子の構造を理解するために再登場し、そしてこのとき以来今日に至るまで、量子力学は物理学の基礎になる理論です。
――――
単行本p.33

 まずは量子力学の基礎をおさらいします。


「第2章 素粒子の三つの世代」
――――
素粒子の種類が増えるにつれて科学者たちは、もっと根本的な物質の構成要素があるのではないかと考えるようになりました。一方、これらの素粒子をいくつかの性質に基づいて分類し、基本粒子を見極めようとする試みが、いくつも提案されました。このような試行錯誤が、今日の素粒子世界の理解につながっているのです。
――――
単行本p.44

 素粒子論の基礎を見てゆきます。ここでようやく本書の主役となるニュートリノが登場し、ニュートリノといっても複数の種類があることが示されます。ニュートリノ振動という現象を理解するための最初のポイントです。


「第3章 宇宙線とニュートリノ」
――――
 陽子崩壊を探すカミオカンデにとって、ニュートリノは邪魔者でしかありませんでした。どんなに測定器を地下深く設置しても避けられないバックグラウンドが、大気ニュートリノ反応なのです。
――――
単行本p.79

 宇宙線による大気中でのニュートリノ生成、すなわち大気ニュートリノについて解説すると共に、大統一理論検証のための陽子崩壊を観測するために作られたカミオカンデにとって、それは除去すべきノイズに過ぎなかったことが示されます。これまで理論中心に語ってきた内容が、ここからは実験観測が中心となります。


「第4章 太陽でつくられるニュートリノ」
――――
 カミオカンデはもともと、「大統一理論」で予言された陽子の崩壊を探すために、東京大学の小柴昌俊教授(当時)の発案のもと、岐阜県神岡町(現飛騨市神岡町)の鉱山の地下に設計・建設された実験装置でした。直径約16メートル、高さ16メートルの鉄製の水槽に、純水3000トンを蓄えた装置です。私も大学院学生としてこの装置の建設に参加し、研究者としてまたとない貴重な経験をしました。
――――
単行本p.93

 太陽から放射されているニュートリノ、太陽ニュートリノの観測をめざし大規模な改造を加えられたカミオカンデ。太陽ニュートリノの観測値が理論値に比べて大幅に少ないという「太陽ニュートリノ問題」への挑戦。大学院生としてカミオカンデ建設に関わった思い出を活き活きと語ります。


「第5章 超新星爆発とニュートリノ」
――――
 情報はすぐに神岡に伝えられ、データを東京に送って解析をすることになりました。当時は神岡には研究施設がなく、解析はすべて東京にあるコンピュータで行っていたのです。いまなら、たとえコンピュータが東京にあっても、ネットワークでデータを転送するのでしょうが、当時は磁気テープにデータを書き込み(といっても若い人は、磁気テープを知らないでしょう。いまのハードディスクやDVDに相当するものです)、それを宅配便で送りました。
 当時、フレデリック・ライネスを中心とした米国のIMBという陽子崩壊実験も、1982年から観測をしていました。もし宅配便で送ったために、競争相手に遅れをとるようなことになったら、とりかえしのつかないことでした。
――――
単行本p.115

 1987年2月。超新星1987Aの爆発により放射されたニュートリノをカミオカンデがとらえたかも知れない。すぐに観測データを磁気テープに書き込み、宅配便で東京へ。一週間で論文を書き上げ、郵便で投稿。しかし後から誤りに気づいて郵便を差し止め、修正して出し直し。ライバルとの、今からは想像が難しいようなじりじりした競争の様子が淡々と、しかし臨場感たっぷりに語られます。


「第6章 ニュートリノ質量の発見」
――――
 カミオカンデの場合、約10年観測をつづけたとはいうものの、観測されたニュートリノのデータは、地球の反対側から飛んでくるニュートリノが減っているという予想と矛盾はなかったのですが、たまたま観測されたニュートリノの数が少なかっただけかもしれないという、1%くらいの可能性を排除できなかったのです。
 たった1%であれば、もうニュートリノ振動が発見されたと言ってよいのではないか、と思われる方も多いと思います。しかし、新たな自然法則の証拠を探すような研究分野では、この程度の信頼性で安心して、その先のことを考えるのは危険だということを、研究者はよく知っています。
――――
単行本p.140

 ニュートリノ振動、ニュートリノに質量があることの証拠。それを確実に証明するためにはカミオカンデでは小さすぎるという課題。いよいよ動き出す太陽ニュートリノ天文台たるスーパーカミオカンデ。スーパーカミオカンデ建造から大気ニュートリノ振動の観測に至る経緯を語ります。本書の中核となるパートです。


「第7章 宇宙線生成の謎に迫る」
――――
 南極の氷を測定器に使う方法は、1990年代に試験的な実験がなされ、実験技術として大丈夫との結果を得た後に、2004年から本格的な建設が始まり、2011年に完成しました。
 実験装置は南極点の近くの深さ約3キロメートルにもなる氷河に、直径60センチメートル、深さ2450メートルの穴を86本開け、深さ1450メートルの地点にまで数珠つなぎにした球形の検出器(光電子増倍管)を埋め込み、その後またその穴を凍らせる、という手順で建設していきます。六角形の装置の大きさは全体で約1立方キロメートルになり、「アイス・キューブ」と名づけられました。
――――
単行本p.173

 高エネルギー宇宙ニュートリノの観測により、宇宙線の起源が探れるかも知れない。そのために「南極の氷そのものを巨大な検出器として使う」という大胆なアイデアが、アイス・キューブ実験として実現されます。アイス・キューブがとらえた高エネルギー宇宙ニュートリノ。「いままさに、高エネルギー宇宙ニュートリノ天文学が始まろうとしています」(単行本p.178)。


「第8章 太陽ニュートリノ問題の解決」
――――
 2002年に発表されたSNO実験の太陽ニュートリノの観測結果は、予想どおりとなりました。全ニュートリノ数の合計は理論の予想どおりでしたが、電子ニュートリノの数は理論の約3分の1でした。これまでの他の太陽ニュートリノ観測実験は、大ざっぱに言えば、電子ニュートリノだけに感度がある実験でした。したがって太陽ニュートリノが減っていることは分かっても、その原因は突き止められませんでした。この実験ではじめて、太陽ニュートリノ問題はニュートリノ振動の効果によって起こっていることが実証されたのです。
――――
単行本p.191

 スーパーカミオカンデによる太陽ニュートリノ観測、カナダのSNO実験、そしてカムランドによる反電子ニュートリノ測定。これら三つの精密実験により、ついに太陽ニュートリノ問題が解決に至った経緯が語られます。第6章と並んで本書の白眉となるパート。


「第9章 地球ニュートリノの観測」
――――
 イタリアのBorexino実験でも、地球ニュートリノが観測されました。これら二つの実験のデータから、ウランやトリウムの崩壊によって発生する熱は、地球全体で20兆ワットであることが分かりました。これはおおよそ、現在の地球の放射する熱の半分です。
――――
単行本p.210

 地球内部を高温に保ち続けている、放射性物質から発生する放射熱。ベータ崩壊の際に生まれる地球ニュートリノの観測により、その総量を測定する試みについて解説します。


「第10章 ニュートリノと素粒子と宇宙」
――――
このような背景があるため、ニュートリノの質量の発見は大きな興奮をもって受けとめられたのです。ニュートリノの質量と、それに関連する物理量(たとえば混合角など)は、私たちに大統一理論の世界の情報を運んできているのかもしれません。
 予想されていなかったニュートリノ間の大きな混合角は、きっとより深く大統一理論の世界を理解するための、何かのヒントになっているのでしょう。
――――
単行本p.216

 ついに明らかになったニュートリノ質量。しかしその値は意外なものだった。なぜそうなのか。その背後には、大統一理論の対象となる超高エネルギー世界の自然法則が隠されているのかも知れない。ビッグバン直後の宇宙に関する情報が得られると期待されるニュートリノ物理量についての研究を紹介します。


「第11章 これからのニュートリノ研究」
――――
その先の実験をどうすべきか、世界中で活発に議論されています。いまの議論の一つの中心は、ニュートリノ振動を非常に精密に測定して、ニュートリノのニュートリノ振動と反ニュートリノのニュートリノ振動にわずかなちがいがあるかどうかを確認しようというものです。
――――
単行本p.231

 ニュートリノを放出しない2重ベータ崩壊の観測。ニュートリノと反ニュートリノで振動に相違があるか、つまり対象性が破れているかの検証。そして「ハイパーカミオカンデ」構想。ニュートリノ研究における最先端の課題と展望を解説します。



『サバからマグロが産まれる!?』(吉崎悟朗) [読書(サイエンス)]


――――
 こういう絶滅の危機に瀕した魚を何とか守りたいと考えています。言うまでもなく、川を守る、湖を守る、ダムを撤去するという方法がベストの解決策であり、多くの方に「生殖細胞などよりも、環境を守ることが重要じゃないですか」とよく言われます。そんなことは、こちらも百も承知です。いま、地球上には、そういった方法では間に合わずに絶滅してしまいそうな魚たちが多くいるのです。環境が元通りに戻るのを待っていたら絶滅してしまう魚が、世界中にたくさんいます。こういった状況において、これらの魚たちを守るために、何らかの“飛び道具”を使ってセーフティネットを張ることが重要だと考えています。
――――
単行本p.78


 マグロの生殖細胞をサバに移植すれば、無制限にマグロを産み続けるサバが作れるのではないか。絶滅危惧種となったマグロの個体数を増やすための驚くべき生命技術を、研究者が一般向けに解説してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2014年10月、Kindle版配信は2017年2月です。

 絶滅危惧種を救うための「バックアップ」として生殖細胞を冷凍保存しておき、環境が回復した後にそれらの生殖細胞を近縁種に移植して絶滅種を復活させる。夢のような生命技術ですが、実はすでに「ニジマスを産むヤマメ」の実現には成功しており、「マグロを産むサバ」の実現まであと一息、というから驚きです。

 さらにマグロの場合、「マグロを産むサバ」を作ってどんどん海に放流することで、マグロの個体数を回復させ、絶滅を防げるかも知れない、というのです。

 本書は、この技術がどのようにして開発されてきたのかを、研究の現場から分かりやすく解説するもの。全体は6つの章から構成されています。


「1 サバにマグロを産ませる!?」
――――
 最近では、近畿大学を中心に、独立行政法人水産総合研究センター(水総研)やいくつかの民間養殖場が人工的にクロマグロの種苗をつくる技術を開発していますが、そのために直径が50メートルくらい、場合によっては80メートルほどの巨大なイケスの中でマグロの親を養成しています。私たちは、このような正攻法で攻めるのではなく、もうちょっとゲリラ作戦を駆使することを考えました。すなわち、サバにマグロを産ませようという作戦です。
――――
単行本p.6

 今や絶滅危惧種となったマグロの現状と、養殖や増殖による個体数回復の試みについて概説し、「マグロを産むサバを作る」というアプローチの意義について解説します。


「2 どうやってサバにマグロを産ませるか」
――――
 マグロの仔魚から始原生殖細胞を採ってきて、これをサバに移植すれば、この始原生殖細胞はサバの卵巣や精巣の中で育まれて、オスの精巣ではマグロの精子を、そしてメスの卵巣ではマグロの卵をつくるのではないかと考えたのです。これが実現できれば、この代理親サバのオスとメスを交配すれば次世代にマグロが産まれてくるということが期待できます。
――――
単行本p.18

 マグロを産むサバを作るための具体的な方法と、その実現に向けた困難、それを乗り越えるための工夫について解説します。


「3 ヤマメがニジマスを産んだ!」
――――
 最初の実験で私たちは、ニジマスの始原生殖細胞をヤマメの小さな空っぽの卵巣・精巣に移植しようとしていたわけですが、細胞が自力で仔魚の体内を歩いて卵巣や精巣にまで辿り着けるのであれば、なにもそんなに難しい移植をしなくてもよいのではないか、ということになりました。(中略)これが、私たちの研究戦略のなかの最大のブレークスルーです。
――――
単行本p.35

 あまりに小さすぎて移植作業そのものが困難な生殖細胞。しかし、それが誘引物質にひかれてアメーバのように自力で体内を移動し勝手に卵巣や精巣に入り込むという現象を利用することで、ついに「ニジマスを産むヤマメ」の開発に成功するまでの研究過程を説明します。


「4 精巣から卵? 卵巣から精子?」
――――
 私たちはこの実験の成功後ただちにマグロを産ませるプロジェクトを進めることを考えました。しかし、ここでまた一つの問題が持ち上がってしまったのです。マグロの始原生殖細胞をもっているような孵化直後の仔魚を探すのは、実はすごくたいへんなのではないかという話になりました。(中略)そこで、より大きなサイズにまで育った魚から、同じような細胞を回収できないかと考えました。
――――
単行本p.53、54

 始原生殖細胞を手に入れることの困難さから、成魚から容易に採取できる精原細胞を使って同じことが出来ないかと試行錯誤してゆきます。ついに精原細胞や卵原細胞から自由に卵や精子を作り出せるように。それどころか精原細胞から卵、卵原細胞から精子を作り出すことすら可能に。「これはすごい、これは『ネイチャー』級だ。『ネイチャー』いけるよ」(単行本p.71)と叫ぶ著者。


「5 希少魚を救うために」
――――
 そこで私たちは、絶滅が危惧されている魚から、卵や精子のもとである始原生殖細胞や精原細胞、卵原細胞を採ってきて凍結するという作戦を考えました。(中略)これらの細胞を凍結保存しておけば、もし目的の魚が絶滅してしまっても、近縁種に凍結細胞を移植することで、宿主が成熟した際には凍結細胞に由来する卵や精子をつくるようになります。そこでこれらのメス宿主とオス宿主を交配すれば絶滅種を蘇らせることができるだろうと考えたわけです。
――――
単行本p.79

 そのサイズゆえに凍結保存が難しい魚類の卵。そこで、極小サイズで凍結保存が容易な生殖細胞を保存しておき、任意のタイミングで絶滅種を復活させる、という計画について解説します。


「6 20XX年、ついに●●がマグロを産んだ!」
――――
 私たちが考えている理想形は、移植用の幹細胞を試験管の中で無限に増やして、これらの培養細胞を宿主へと移植しようという作戦です。これが現実のものとなれば、生きたクロマグロはもはや必要ありません。試験管の中で増やした生殖幹細胞を、宿主仔魚に移植すれば、クロマグロをまったく使わずに、次世代にクロマグロがどんどん産まれてくるのです。このようなことが将来可能になるのではないかと考えています。現在、移植に使う生殖幹細胞を無限に増やす実験にニジマスを使って挑戦しているところです。
――――
単行本p.102

 いよいよ実用化が近づいた「マグロを産むサバ」の放流によるマグロ個体数回復計画。しかし、この方法でマグロの個体数を増やすためには、移植用のマグロの細胞を常に供給し続けなければならないという課題がある。マグロを使わずに無制限に「マグロを産むサバ」を作り出すための研究について解説します。



前の5件 | - 読書(サイエンス) ブログトップ