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『巨大ブラックホールの謎 宇宙最大の「時空の穴」に迫る』(本間希樹) [読書(サイエンス)]

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 著者らは現在この本の執筆中も、電波望遠鏡で巨大ブラックホールを直接写真に収めようという国際プロジェクトを推進中です。世界中のミリ波サブミリ波帯の電波望遠鏡を束ねて「視力300万」という人類史上最高の性能を達成する、EHTプロジェクトです。本書のしめくくりでは、目前にせまったEHTによる観測と、それによって期待される「巨大ブラックホールの直接撮像」についても解説します。
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新書版p.5


 いよいよ目前に迫った、巨大ブラックホールの直接撮像。国際プロジェクトEHTに参加している著者が、200年に渡る巨大ブラックホール研究の歴史、現在までに知られていること、そして残された謎について、一般向けに解説する一冊。新書版(講談社)出版は2017年4月、Kindle版配信は2017年4月です。


東京新聞 2017年4月11日夕刊記事
「ブラックホール撮影 世界の望遠鏡が協力 プロジェクト進行中」より
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 天の川銀河の中心にあると考えられている超巨大ブラックホールを撮影しようと世界の電波望遠鏡で一斉に観測する国際共同プロジェクトが今月一日から十四日までの日程で行われている。日本の国立天文台などが運営する南米チリのアルマ望遠鏡のほか、米国や欧州、南極の望遠鏡が参加することで、地球サイズの仮想望遠鏡を形作り、見ることが不可能とされてきたブラックホールの輪郭を浮かび上がらせる計画だ。
(中略)
 チームは、重力の影響でブラックホールの周囲を回転する高温のガスが発する電波を観測する計画。この結果、光や電波を出さないブラックホールが黒い穴として見える可能性がある。本間希樹(まれき)・国立天文台教授(電波天文学)は「ブラックホールや周囲の現象の解明につながる」と期待している。

 得られたデータを数カ月かけて解析して組み合わせ、早ければ夏ごろに画像を公開できる見込みだ。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201704/CK2017041102000240.html


 巨大ブラックホールを直接撮影する、早ければこの夏に画像が公開される、という新聞記事を読んでぶったまげました。まじですか。

 というわけで、新聞記事にも登場した本間希樹先生の解説書を読んでみました。基礎知識から始まって、巨大ブラックホール直接撮像プロジェクトに至るまでの流れを分かりやすく解説してくれる本です。全体は10章から構成されています。


「第1章 ブラックホールとは何か?」
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シュバルツシルト半径は厳密には相対性理論を使って求めるべきものですが、本書での説明では相対性理論を使わずに、あくまでニュートン力学の範囲内で物事を考えています。それにもかかわらず、上で求めたブラックホールの半径は、じつは相対性理論を使って求めた場合とぴったり同じになります。これはある意味偶然なのですが、ここではそれ以上深く追求せず、ニュートン力学的な考察でよしとしておきます。
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新書版p.25

 ブラックホールとは何か、それはどのようにして誕生するのか。まずは基本となる知識をおさらいします。


「第2章 銀河の中心に潜む巨大な穴」
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 このようにブラックホールは、本体に加えて降着円盤とジェットの3つの成分がセットになっている、というのが現代の描像です。ところが、じつはこの3つの主要な成分のうち、ちゃんと撮像(画像の撮影)によって観測されているのはジェットだけです。(中略)ジェット以外の降着円盤とブラックホールはまだ分解して観測された例はなく、現代天文学でも重要なフロンティアとして残されています。
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新書版p.61

 銀河の中心核に存在すると考えられているブラックホール。太陽の100万倍から100億倍という途方もない質量、驚異のエネルギー解放効率、何もかも桁外れの天体「巨大ブラックホール」の特性にせまります。


「第3章 200年前の驚くべき予言」
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じつはブラックホールの可能性が科学的に初めて指摘されたのは、今から200年以上も前のことです。ブラックホール研究の歴史は意外に長いことに驚かれる読者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。(中略)ミッチェルとラプラスは単にブラックホールの提唱者であるだけでなく、「巨大ブラックホールを初めて考えた科学者」でもあるのです。
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新書版p.64、71

 意外なことに200年前から存在の可能性が指摘されていた巨大ブラックホール。一般相対性理論に基づく現代的ブラックホール理解に至るまでの研究の歴史を概説します。


「第4章 巨大ブラックホール発見前夜」
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この数行の報告が、巨大ブラックホールに関連した「ジェット」を初めて直接的に捉えた記念碑的なものといえます。
 なお、このM87という天体は、本書の主題である巨大ブラックホールの研究において、現在注目度の最も高い天体の一つです。現在も頻繁にいろいろな波長の望遠鏡で観測されますし、本書の中でもこれからたびたび登場します。そして、うまくいけば、近い将来ブラックホールを「黒い穴」として初めて撮影できるのも、この天体かもしれません。このような巨大ブラックホール研究の重要天体であるM87の研究の原点も、カーチスの1918年の論文にあります。
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新書版p.99

 観測技術の発展により相次ぐ新発見。そのなかで、後に巨大ブラックホールとむすびついて理解されることになる活動銀河中心核と宇宙ジェットの発見について解説します。


「第5章 新しい目で宇宙を見るーー電波天文学の誕生」
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 観測可能な宇宙が一挙に広がって非常に遠い天体が見つかったことにより、これらの天体が途方もない大きさのエネルギーを放射していることが判明します。(中略)3C273の例に当てはめると、3C273はじつに太陽の2兆倍(!)の明るさを持つことになります。3C273は「準恒星状」の天体ですから、図2-5にあるように「点」にしか見えない小さな天体です。そのような狭い領域から、太陽2兆個分という巨大な銀河にも匹敵する莫大なエネルギーが出ているのです。
(中略)
そこでこのような天体の正体として有力な候補となってくるのが、エネルギーを効果的に解放することができる巨大ブラックホールです。宇宙からやってくる電波が発見されてからわずか30年、電波天文学の進歩とともに巨大ブラックホールの存在が現実のものとなっていきます。
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新書版p.138、139

 電波天文学の誕生、電波干渉計の原理、そして後に巨大ブラックホールものものと判明することになるクェーサーの発見にいたる流れを解説します。


「第6章 ブラックホールの三種の神器」
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 このように、クェーサーのエネルギーを説明するのにブラックホールが必要と考えられるようになり、またX線の観測での恒星質量のブラックホールの発見や、VLBIによるジェットの超光速運動の発見などと合わせて、活動銀河中心核の正体がブラックホールであるという説が確立されていきました。
 さらにこれと並行し、理論的なブラックホールの研究も進み、巨大ブラックホールの基本的な描像が確立されていきます。中心には巨大ブラックホールが存在し、そこへ降着するガスが降着円盤を形成しつつ莫大なエネルギーを放射するとともに、ガスの一部がジェットとしてそこから飛び出していく、というのが基本的な描像です。
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新書版p.169

 ついに明らかになったクェーサーの正体。そしてX線天文学が明らかにした恒星規模のブラックホールの存在。活動銀河中心核に存在する巨大ブラックホールの基本的な描像が確立されていくまでのプロセスを解説します。


「第7章 宇宙は巨大ブラックホールの動物園」
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1970年代中頃までに巨大ブラックホールの概念が基本的に確立し、活動銀河中心核は巨大ブラックホールとその周囲の降着円盤、そしてジェットという3つの成分からなるシステムとして考えられるようになりました。わずか3つの成分ですし、そこで行われていることといえば、重力によってガスを集めてブラックホールに落とすだけですから、きわめて単純なシステムということができます。ところが多くの活動銀河中心核を観測していくと、非常に多種多様な性質を持っていることが明らかになります。
(中略)
じつは、活動銀河中心核のこのような多様性を比較的簡単に説明するシナリオが提唱されています。活動銀河中心核の「統一モデル」というものです。
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新書版p.174、

 活動銀河中心核の多様性を説明する「統一モデル」の確立、そして活動性を示さない銀河(私たちの天の川銀河を含む)の中心部に存在する「隠れた巨大ブラックホール」の発見。巨大ブラックホールが観測の対象となるまでの動きを解説します。


「第8章 巨大ブラックホールを探せ!」
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ブラックホール存在のより確からしい証拠を得るためには、ブラックホールにより近いところで非常に大きな速度を測定することが鍵なのです。1990年代に入ってこれが実現した画期的なケースが、NGC4258という近傍の銀河にある活動銀河中心核と、私たちの銀河系の中心にある、いて座Aスターになります。速度を測る測定の原理は同じですが、前者はVLBIの手法を用いて、また後者は赤外線の補償光学(大気のゆらぎを打ち消す手法)の技術を用いて、それを実現しています。
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新書版p.197

 質量測定、降着円盤の回転速度の測定。銀河中心核に巨大ブラックホールが存在する証拠をつかむために行われてきた観測について解説します。


「第9章 進む理解と深まる謎」
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 ここまで見てきたように、巨大ブラックホールの存在はほぼ確実と考えられる一方で、現在でもまだまだ多くの謎が残されています。(中略)これらの謎がいまだ未解決で残っている最大の理由は、何よりも巨大ブラックホールそのものがとても小さくて観測できなかったからです。しかし、今後数年以内に巨大ブラックホールの直接撮像が実現する可能性が高まってきており、それが実現するとこれらの謎の解明も劇的に進むことでしょう。
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新書版p.232

 巨大ブラックホールの起源、中間質量ブラックホールの存在、連星ブラックホール合体、降着円盤からガスが供給されるメカニズムの詳細、ジェットの加速および絞り込みメカニズム、そして巨大ブラックホールの直接的観測。いまだ残されている謎と課題についてまとめます。


「第10 章 いよいよ見える巨大ブラックホール」
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 このようなミリ波サブミリ波帯での地球規模のVLBI観測網の実現を目指すのが、EHT(Event Horizon Telescope)と呼ばれる国際プロジェクトです。"Event Horizon"とは「事象の地平線」を意味し、これはブラックホールが「事象の地平線」で覆われていることにちなんだ名前です。文字どおりブラックホールを事象の地平線のスケール(シュバルツシルト半径)で分解し、本当に「黒い穴」であるかどうかを直接に証明することを目指しています。
(中略)
 日本でも、著者ら国立天文台の研究者を中心とするグループが、すでに10年近くこの国際プロジェクトで活動してきています。
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新書版p.243、246

 「月面に置いた一円玉を地球から撮影するのに匹敵する」という巨大ブラックホールの直接撮像。国際プロジェクトEHTとそこに用いられる観測技術について解説します。


『痛覚のふしぎ 脳で感知する痛みのメカニズム』(伊藤誠二) [読書(サイエンス)]

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痛みに関する総説や専門書は数多くありますが、生化学・分子生物学の立場から、分子に基づいた痛みに関する一般読者向けの単行本がないことが、『痛覚のふしぎ』を書こうと思った最大の理由です。同時に、痛みの研究が成熟期にあり、今後、執筆内容が大きく変わることがないとも考えました。
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新書版p.5


 生活の質を著しく下げることになる「痛み」という苦痛。それはどのようなメカニズムで知覚されるのか。原因が除去されてもなお痛みが慢性的に続くことがあるのはなぜか。分子生物学の立場から見た「痛み」に関する最新研究成果を一般向けに紹介する一冊。新書版(講談社)出版は2017年3月、Kindle版配信は2017年3月です。


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痛みを客観的あるいは定量的に評価することは、いまもってできていません。患者の痛みの強さは図7Aに示す11段階で測る数値的スケール、長さ100mmの線を引いた細長い紙で痛みの程度を測る視覚的アナログ目盛法や質問表による心理的な評価など、主観的な評価方法に頼っているのが現状です。
(中略)
 痛みを理解する上で重要なことは、痛みが五感と異なり、不快な感覚的・情緒的体験で、慢性痛の多くは痛みの原因が体内にあり、原因が除去されないと持続すること、痛みの感じ方は個人差があり、意識レベルや情緒的な要因により変化することにあります。
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新書版p.52、59


 意識レベルや情緒的な要因の影響を強く受け、いまだ客観的・定量的な測定が出来ない「痛み」という感覚。しかし、分子生物学の発展により、受容体から脊髄を経て脳で処理されるまでの「痛み」のメカニズムについてはかなりの知識が得られており、その成果は鎮痛剤などの創薬に活かされています。

 本書は、この「痛み」という不思議な感覚、体験の研究成果を解説する一冊。全体は5つの章から構成されます。


「第1章 痛いとはどういうことだろう」
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 慢性痛には身体的、心理的、行動的、社会的な要因が密接に関与しますが、その関わり方は個人差があります。そのため、各要因の関係を明らかにして、慢性痛の症状を治療することから、慢性痛を持った患者を治療する全人的医療が必要になります。慢性腰痛で紹介した認知行動療法がその例でしょう。慢性痛の治療が成功するためには、心理的要因、社会的要因の比重が大きくなる前の侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛の段階で適切に治療することが求められます。
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新書版p.55

 まず誰もが知っていながら、実は意外に分かっていない「痛み」という感覚、体験についての基礎知識をまとめます。痛みの役割、急性痛と慢性痛の違い、麻酔の発見と作用原理、そして痛みに関する総合的な理解へと進んでゆきます。

 個人的には、長引く腰痛などの慢性痛には脳の記憶が強く関与していることがあり、認知行動療法なども取り入れた全人的治療が有効、という指摘が印象的でした。


「第2章 痛みはどのように生じ、脊髄に伝えられるのだろう」
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 脊髄には、感覚受容器から受け取った情報を脳に送り出すニューロン(P)以外に、送り出すニューロンに働きかけて門番の役割をする介在ニューロンがあります。痛い時に痛い部位をさすることで痛みが和らぐことがあります。反対に、帯状疱疹後神経痛では、肌着がふれる、さわるだけで強い痛みが生じます。このように、脊髄には体性感覚のさまざまな情報が集まり、大脳皮質に情報を伝えるかどうかの門番の役割をしているのです。
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新書版p.119

 カプサイシン(トウガラシの主成分)の受容体が熱侵害受容器でもあることの発見から始まって、イオンチャネルと受容体の動作メカニズム、触受容体、化学侵害受容体、後根神経節ニューロンと感覚神経、先天性無痛症、脊髄ゲートコントロール説。侵害刺激(痛みを引き起こす強い刺激)が侵害受容器にとらえられ、その情報が脊髄まで到達するまでの仕組みを解説します。


「第3章 痛みの中枢はどこにあるのだろう」
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痛みにとって重要かつ興味深い問題は、「侵害刺激を受けた時に活性化され、痛みを識別する共通の脳の部位があるのだろうか」「人によって、時によって痛みの感じ方が違うのはなぜなのだろうか」「急性痛が慢性痛に変わる時に脳の中にどのような変化が起きているのだろうか」「慢性痛の患者の感情面に関わる共通の脳の部位があるのだろうか、いいかえると痛みの司令部はあるのだろうか」など、取り上げるとわからないことばかりです。
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新書版p.123

 受容器から脊髄まで到達し感受性レベルが決定した「痛み」は、さらに脊髄から脳へどのように伝わるのか、そして脳はどのような処理を行っているのか。「痛み」の脳への伝達経路、脳の「痛み」中枢、下行性疼痛抑制系とデフォルトモードネットワークの連結など、脳の中で生じている「痛み」の処理についての知見を解説します。


「第4章 なぜ痛みは増強し、持続するのだろう」
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痛みの研究が進歩することにより、痛みに伴う「脊髄の中枢性感作」に関係する分子・機構は、海馬の記憶学習で見られる長期増強など神経回路の可塑的変化に関わる分子・機構と驚くほど共通性のあることがわかってきました。
(中略)
痛みの原因が取り除かれないと、痛みは持続し、慢性化します。慢性痛では、痛みの役割は失われ、覚えなくてもいいことを学習し、脳に記憶することになります。その強度が強くなればなるほど痛みは弱い刺激でも感じるようになり、長く続きます。
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新書版p.187、188

 痛覚過敏反応、脊髄の中枢性感作、触刺激が痛みに変わる仕組み、記憶学習と慢性痛の関係など、痛みの持続・増強・慢性化の仕組みを解説します。


「第5章 痛みの治療はどこまで進んでいるのだろう」
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 痛みの研究成果が創薬と結びついて、新しい治療薬が次々と慢性痛の患者の治療に用いられています。(中略)これまで製薬会社は、化学合成した低分子化合物をスクリーニングして、その中から動物実験でその安全性と有効性を確かめ製品化してきました。しかし最近、治療薬として生物を起源とするモノクローナル抗体やワクチンといった高分子の生物製剤が脚光を浴びています。(中略)1980年代以降の分子レベルの痛み研究はめざましいものがあり、慢性痛の原因の的確な診断により、患者に合わせた治療ができる時代になっています。
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新書版p.192、193

 様々な痛みの治療薬・治療法を紹介し、今後の高齢化社会における意義、さらには精神の痛み(スピリチュアル・ペイン)まで、「痛み」と私たちの生活や社会との関わりを見てゆきます。


『宇宙に「終わり」はあるのか 最新宇宙論が描く、誕生から「10の100乗年」後まで』(吉田伸夫) [読書(サイエンス)]

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 宇宙はやがて終わる。この宇宙は遠い遠い未来に静かな終焉を迎えることが、始まりの瞬間から運命づけられている。そのような宇宙で、ビッグバンから138億年後という、“宇宙誕生直後”の時代に、われわれという構造は形成され、生きているのである。
(中略)
 こうした構造形成が可能なのは、ビッグバン以降の数千億年程度にすぎない。特に活発な構造形成は、ビッグバンから百数十億年という短い期間に集中して起きる。この時期を過ぎると、大量の光を放出する恒星は次々と燃え尽き、天体システムは崩壊して生命の存続は危うくなる。
 われわれ人類は、長期にわたって安定している宇宙に次々と登場する無数の知的生命の一つではなく、混沌から静寂へと向かう宇宙史の中で、凝集と拡散が拮抗し複雑な構造の形成が可能になった刹那に生まれた、儚い命にすぎない。
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新書版p.6、8


 ビッグバンによる誕生から「10の100乗年」の後、この宇宙は「ビッグウィンパー」と呼ばれる終焉を迎えることになる。長大な宇宙史のなかで生命のような複雑な構造が存在できるのはごく短い期間に過ぎない。現代宇宙論が明らかにした宇宙のはじまりから終わりまでの全宇宙史を解説するサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年2月、Kindle版配信は2017年2月です。


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 宇宙史の到達点を求めるならば、われわれ人類がたまたま生きているという恣意的な出来事に着目した“ビッグバンから138億年後の現在”ではなく、むしろ、宇宙が「ビッグウィンパー」と呼ばれる終焉に達した時点――本書では、ビッグバンから「10の100乗年」後を一つの目安とする――が、よりふさわしいだろう。
 宇宙カレンダーの例にならって10の100乗年を365日に置き換えると、ビッグバンから現在に至る138億年は、大晦日どころか、元日の午前0時0分0.000…004秒頃である(「…」では、0が77個ほど省略されている)。宇宙が終焉に至るまでの長久の歳月に比較すれば、ビッグバンから138億年後の現在は、宇宙が誕生した“直後”にすぎない。
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新書版p.4


 「宇宙」というと、「銀河や恒星が果てしなく広がる空間」「誕生から138億年を経てついに知的生命を生みだすに至った悠久の時間」といったイメージがぱぱっと脳裏に浮かぶのですが、これはたまたま現在の宇宙の姿、私たちの存在、といったものにとらわれた偏狭な発想であり、宇宙史全体を見渡せば、恒星も生命もすべて「宇宙誕生直後の限られた期間に生じる一時的事象」に過ぎないわけです。

 こうした、ビッグバンからビッグウィンパーに至る宇宙史全体というものを広く見渡す視点を与えてくれるのが本書です。宇宙史を11個の時代に区分し、それぞれの時代について特徴的な現象をざっくり解説してくれます。

 通して読むことで宇宙史のイメージを把握できる(あるいは把握できないほどのスケールだと認識できる)と共に、「私たちが存在できる期間」の特殊性とその宇宙史全体と比べた短さが分かります。

 さらに凄いのは、インフレーションとビッグバン、加速膨張、素粒子論の基礎、背景放射、銀河形成、恒星の一生、陽子崩壊、ブラックホールなど、天文学まわりのトピックを網羅的に学べるようになっているということ。300ページに満たない新書でこれだけの内容をごく自然にカバーする構成は驚きです。現代宇宙論入門書として強くお勧めします。


「第1章 不自然で奇妙なビッグバン ――始まりの瞬間」
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 ビッグバンは、巨大な爆発などではない。異常な高温状態にある一様な空間が整然と膨張を始めたものである。整然とした膨張だからこそ、その後に続く宇宙の進化が可能になったのである。
「高度な一様性」「異常な高温」「膨張の開始」――この三つの性質は、宇宙に多くの天体が形成され生命が誕生するために欠かせない。
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新書版p.37

 インフレーションを続けるマザーユニバースの一部でインフラトン場が変化し、それに伴ってポテンシャルエネルギーが解放された。それがビッグバンである。高度な一様性、異常な高温、膨張の開始、という「私たちの存在にとって必須だったとはいえ、いかにも不自然に感じられる」ビッグバンの三つの特質がどのようにして生じたのかを解説します。


「第2章 広大な空間、わずかな物質 ――宇宙暦10分まで」
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この宇宙が誕生したのは、インフラトン場がポテンシャルエネルギーを解放した結果だと考えられる(少なくとも、そういう説がかなり有力である)。このとき、解放されたエネルギーによって物質の場が激しく振動し始めたため、膨大な数の素粒子が生まれてきたのである。
(中略)
 大量のエネルギーを獲得した場の振動から生じたビッグバンの混沌状態は、空間膨張によるエネルギー密度の低下と対消滅を通じての粒子数の減少が起きたため、しだいに終息していく。こうして、現在のように、何もない広大な空間の中にわずかに天体が点在する宇宙が実現されたのである。
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新書版p.51、55

 ビッグバンの直後、場のエネルギーが無数の素粒子に変換された。この宇宙を特徴づける「物質の存在」に至るプロセスを解説します。


「第3章 残光が宇宙に満ちる ――宇宙暦100万年まで」
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温度が4000度以上で電子が自由に動き回っているときには、光は電子に散乱されてまっすぐには進めない(電子の2000倍近く重い陽子は光の振動に追随できないため、影響は小さい)。ところが、宇宙空間が膨張して温度が下がり、電子と陽子が結合して電気的に中性な水素原子に変化し始めると、光はしだいに散乱されにくくなる。宇宙暦38万年頃、温度が3000度付近まで低下すると、宇宙空間はほぼ透明になって、光はまっすぐ進むようになる。
 こうした変化は、ちょうど、霧がかかって見通しの利かない状態から、光を散乱していた微小な水滴が蒸発し霧が晴れた状態へと変わる過程に似ているので、「宇宙の晴れ上がり」と呼ばれる。
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新書版p.73

 空間膨張に伴う温度低下により光が電子に散乱されず真っ直ぐに進むようになった。それが今も宇宙背景放射として検出され、誕生から38万年後の宇宙のスナップショットを私たちに届けてくれる。「宇宙の晴れ上がり」と背景放射について解説します。


「第4章 星たちの謎めいた誕生 ――宇宙暦10億年まで」
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 ビッグバンから100万年も過ぎると、かつては熱放射によってギラギラと輝いていた空間も冷えて可視光線をほとんど放射しなくなり、宇宙全体は暗闇に包まれる。暗黒時代の訪れである。しかし、可視光線がなく真っ暗だからと言って、何も起きないわけではない。暗黒時代のさなかにも、宇宙史のハイライトとも言える最初の星の誕生に向けて、物質の凝集が着々と進行していた。
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新書版p.89

 フィラメント状に凝集してゆく暗黒物質(ダークマター)。フィラメントの交差点に集まった太陽質量の10万倍から100万倍の暗黒物質ハローがその重力により水素原子を引き寄せてゆき、そして暗黒時代の終わりを告げる輝きが生まれる。最初の恒星、ファーストスターが核融合を起こすまでのプロセスを解説します。


「第5章 そして「現在」へ ――宇宙暦138億年まで」
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あと数百億年も経つと、恒星の多くは暗い赤色矮星が占めるようになり、銀河も、星形成をあまり行わない楕円銀河が主流となる(銀河と恒星の進化に関しては、それぞれ第6章と第7章で解説する)。宇宙のステージが華やかなのは、宇宙暦数十億年から百数十億年、せいぜい数百億年の間という、宇宙史全体からするとごく短い期間にすぎない。
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新書版p.107

 銀河の形成、惑星の誕生、化学反応の進展、そして生命の誕生へ。現在のような宇宙がどのようにして出来上がったのかを解説し、それがわずか数百億年しか続かない、宇宙史全体から見るとごく短期事象だということを解説します。


「第6章 銀河壮年期の終わり ――宇宙暦数百億年まで」
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銀河は100億年程度で老化の徴候を見せ、星形成率が低下していく。巨大銀河同士が衝突・合体すると、あっと言う間に星をほとんど生み出さない楕円銀河となってしまう。ビッグバンから100億年少々という現在は、星形成率がピークとなった時期(宇宙暦40億年~60億年)から生命進化に必要な期間を経た時期に当たり、宇宙における第1世代の生命が最も繁栄している頃だと推測される。だからこそ、そうした生命の一つである人類も、この瞬間を生きているのだろう。
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新書版p.152

 銀河の分類と特徴、成長と進化、そして老衰。銀河に関する基礎知識と共に、私たちが存在している「今」が宇宙誕生から百数十億年後であることの必然性について解説します。


「第7章 消えゆく星、残る生命 ――宇宙暦1兆年まで」
――――
銀河はしだいに恒星を生み出さなくなり、太陽のように明るく輝く星は次々に寿命を終えて死んでいく。1000億年も経つと、生き残っているのは赤く暗い星ばかりとなり、その周囲に生命がどれほど繁栄しているか、おぼつかない。
 そして、宇宙暦1兆年に達する頃には、最も長い寿命を持つ暗い星たちでさえも、徐々にその灯を消していく。宇宙の黄昏とも言うべき時代である。
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新書版p.155

 銀河の星形成率の低下、星の老衰と死。宇宙から光が消えてゆく。恒星がどのように最後を迎えるのかを解説します。


「第8章 第二の「暗黒時代」 ――宇宙暦100兆年まで」
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局所銀河群から見て、他の銀河団が遠ざかる速度はしだいに加速され、ある時点で光速を超えて、もはや光すらやって来ない“地平線の彼方”に去ってしまう。840億年後には、地平線の手前に残っている銀河団はおとめ座銀河団だけとなり、それも880億年後には地平線の彼方に去って、決して見ることができなくなる。こうして、アンドロメダ銀河と天の川銀河が合体して誕生した巨大な楕円銀河以外には、観測可能な宇宙空間にはほとんど何もないという空虚な宇宙が実現される。
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新書版p.184

 宇宙の加速膨張によって他の銀河団がすべて観測不可能となり、さらにビッグバンの痕跡もすべて失われてしまう。最後まで残っていた赤色矮星も燃え尽きてゆき、宇宙は再び闇に包まれる。宇宙の第二次暗黒時代について解説します。


「第9章 怪物と漂流者の宇宙 ――宇宙暦1垓(10の20乗)年まで」
――――
銀河を構成する天体は、周辺から少しずつ“蒸発”して、広大な宇宙空間を漂流するようになる。残された天体は、しだいに中心部へと凝集し、そこに存在するブラックホールに呑み込まれていく。こうして、天体集団としての銀河は終わりの時を迎え、巨大なブラックホールと、バラバラに散らばった漂流天体へと解体される。
(中略)
 宇宙暦1垓年の宇宙は、空間が加速膨張を続けた結果としてほとんど何もない虚空が果てしなく拡がっており、ごく稀に漂流天体と超巨大ブラックホールが存在するだけの世界となる。
――――
新書版p.193、214

 銀河の解体。中心部の巨大ブラックホールとわずかな漂流天体だけが残される。ブラックホールの生成過程と物理的特性、銀河とブラックホールの共進化について解説します。


「第10章 虚空へ飛び立つ素粒子 ――宇宙暦1正(10の40乗)年まで」
――――
ほぼ絶対零度まで冷え切った天体は、何も起こさない物質の塊として、そのまま永遠に宇宙空間を彷徨い続けるようにも思われる。しかし、陽子や中性子が崩壊するとなると、そうもいかない。こうした漂流天体は、長い時間を掛けて壊れていき、いつかは天体の形を保てなくなって消滅する。
(中略)
 こうして、宇宙暦1正年(10の40乗年)頃には、陽子や中性子は宇宙空間から完全に姿を消し、電子、陽電子、ニュートリノ、光子が薄く漂うだけとなる。
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新書版p.228

 陽子と中性子が崩壊してゆき、ついに物体は消滅する。電子や光子など崩壊しない素粒子が薄く漂う空間には、今や巨大ブラックホールが点在するのみ。反物質、陽子崩壊など素粒子論のトピックを解説します。


「第11章 ビッグウィンパーとともに ――宇宙暦10の100乗年、それ以降」
――――
凝集の到達点とも言えるこの天体も、永遠ではない。巨大なものでは10の100乗年という気の遠くなるほどの長い時間だが、それでも有限な時間のうちに蒸発してしまう。
(中略)
 すでに第8章で、ビッグリップ、ビッグクランチなどを紹介したが、全てのブラックホールが蒸発し、物理現象がほとんど何も起きなくなった熱死に近い状態を迎えるという最後は、「ビッグウィンパー」と呼ばれることがある。
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新書版p.250

 ホーキング放射によるブラックホール蒸発メカニズムと共に、全ての陽子と中性子が崩壊しブラックホールが蒸発してしまった後の、物理現象の終わり(すなわち宇宙の終焉)である「ビッグウィンパー」を解説します。

 さらに終章、補遺という形で補足説明があり、最後に1ページの年表「宇宙「10の100乗年」全史」が付いています。


『理化学研究所 100年目の巨大研究機関』(山根一眞) [読書(サイエンス)]

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 理化学研究所は、1917年(大正6年)3月20日に、財団法人理化学研究所として発足した。欧州で第一次世界大戦が勃発して3年目、ロシアではロマノフ朝による帝政が崩壊した直後の時代だ。
(中略)
1990年代後半からは続々と新しい研究所、研究センターが生まれており、研究室の総数は今ではおよそ450にのぼる。また、世界各国・地域と研究協力協定、覚書の締約も重ねてきた。理研は、日本の理研から世界の理研に育ち、協力関係にある海外の研究機関の数は約460(53カ国・地域)におよんでいる(2016年3月末)。
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新書版p.47、69


 450の研究室、3000人の研究者、500人の事務職からなる巨大研究機関。今年で創立100周年をむかえた理化学研究所で行われている研究や施設の一部を紹介してくれるサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年3月、Kindle版配信は2017年3月です。

 113番元素、粒子加速器、スパコンなど、理研で行われている研究とそのために使われている施設を広く取材した一冊です。全体は11個の章から構成されています。


「第1章 113番元素が誕生した日」
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 2011年3月、東日本大震災による電力の大幅な使用制限は、新元素探査にとって大きな危機だった。なにしろ、たった1個の原子核を得るために、加速器とGARISは2メガワット(=200万ワット)もの電力が必要だからだ。あの電力危機の日々、理研の他の研究チームは、それぞれ実験を止めて電力を節約し、コジェネ(自家発電装置)からの電力を森田グループの実験にまわしてくれたという。それでも、2012年8月18日に劇的なイベント(成果)を得るまでの延べ照射日数は570日を超え、亜鉛原子核の照射は実に400兆回におよんでいた。
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新書版p.35

 加速器によって113番元素「ニホニウム(Nh)」を作り出す実験はどのように行われたのか。新元素の生成と検出に至る道のりを描きます。


「第2章 ガラス板の史跡」
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 ピストンリング、ふえるわかめちゃん、オフィス機器を製造する3つのメーカーは、一見、何の関係もないように思えるが、いずれもそのルーツは同じなのである。それは、社名が物語っている。ピストンリングは「株式会社リケン」、ふえるわかめちゃんは「理研ビタミン株式会社」、オフィス機器は「株式会社リコー」(発足時の社名は理研感光紙)。いずれも、理研から生まれた企業なのである。
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新書版p.46

 理研の創設から今日に至るまでの歴史を概観します。


「第3章 加速器バザール」
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 和光市の理化学研究所の敷地の東北端に、とんでもない地下実験施設がある。
 私がそこをちょっとだけ見せてもらったのは数年前のことだが、実験施設という言葉で思い浮かべていたイメージは完全にぶっ飛んでしまった。数多くの実験装置が並んでいるのだが、その一つは平べったい六角柱をしており、2階建て住宅ほどの7.7メートル。直径18.4メートルなので床面積は約270平方メートル(約80坪)という、とてつもなくごつい装置だ。ごつく見えるのも当然で、総重量が8300トン、東京タワー2つ分の重さというのだ。
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新書版p.73

 様々な粒子加速器が点在する実験施設「RIビームファクトリー」を中心に、総面積4万4643平方メートルという加速器研究センターの全貌を紹介します。


「第4章 超光の標的」
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放射光は、円形の加速器では粒子の加速速度を落とすじゃまものとされていたが、きわめてシャープにモノの立体構造を見ることができる光であることがわかり、いわばスーパー顕微鏡として世界で放射光施設の建設が始まった。これは、放射光を作り出すことに特化した円形加速器だが、物質の分子や原子のナノサイズ(1メートルの10億分の1)世界の構造を見ることができるため、今では科学研究のみならず産業界でも広く利用されている。
 なかでもスプリングエイトは、世界で最大、最強の放射光施設としてデビューし(電子エネルギー80億電子ボルト)、今もその地位は揺るがない。
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新書版p.93

 分子原子のスケールでモノの立体構造を見ることが出来るスーパー顕微鏡、放射光。スプリングエイトなどの放射光施設とそこから生みだされた成果について語ります。


「第5章 100京回の瞬き」
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光は1秒間に地球を7周半、30万キロメートル進みますが、1アト秒では0.3ナノメートル(30万分の1ミリメートル)、ほぼ水の分子サイズを通過する距離です。このアト秒の光の瞬きを使い原子の挙動がわかれば、新しいエネルギーや新しい機能を持った新素材が開発できるでしょう。
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新書版p.123

 光の速度でさえ分子サイズの距離しか進むことが出来ないほど極めて短時間の光パルスを作り出し、超高速現象を撮影する。量子・原子光学、アト秒科学、超解像イメージング、テラフォトニクスなど光・量子技術を探求するテラヘルツ光研究グループの研究テーマを紹介します。


「第6章 スパコンありきの明日」
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 原子の数で約1000~10万個分にもなるタンパク質分子のシミュレーションには膨大な計算が必要です。原子1個のサイズがサッカーボール1個分とすると、タンパク質は大きなもので50メートルプールくらい。タンパク質や水、脂質といった分子の集合である細胞1個ともなると、例えば赤血球(幅10ミクロン、厚さ2ミクロン程度)は4000メートル級の山が20キロ続くような山脈くらいの大きさになります。
 細胞の動きを追うためには、とてつもなく大きな空間の中でひしめき合うたくさんの原子同士がお互いに力を及ぼしあっている状態を計算しなければならないのです。しかもタンパク質分子などの動きは非常に速いため、1000兆分の1秒(1フェムト秒)刻みで計算させる必要があります。
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新書版p.142

 実験と理論に続く「第三の科学」であるコンピュータシミュレーション。タンパク質分子の挙動解析、防災環境、エネルギー問題、新素材開発まで、あらゆる分野で活用されているスーパーコンピュータ「京」。「京」の運用、スパコンネットワークHPCI構想、そしてポスト「京」開発計画まで、スーパーコンピュータをめぐる状況を概説します。


「第7章 生き物たちの宝物殿」
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科学の神髄は「再現性」です。実験によって大きな発見があったと発表したあと、第三者が同じ実験をして同じ結果が得られたと確認できて、初めて科学として成立します。同じ結果が出せなければSFにすぎません。その「再現性」のためには、同じ実験材料、生物資源を使わなくてはいけない。マウスや細胞は、同じものを保存、維持し、必要とする研究者に提供する必要があるわけです。バイオリソースセンターは、そういう役割をもつ施設なのです。
(中略)
細胞は1万855株。「株」というのは遺伝的な特性が均一な集団のことですが、100パーセントが凍結保存です。実験植物は83万3285株、これは99パーセントが凍結、冷蔵。微生物材料は2万5176株、遺伝子材料となると380万8264株、いずれも100パーセント凍結や冷蔵です。
(中略)
大村先生の放線菌も大隅先生のオートファジーの細胞株も、がんのヒーラ細胞も、高松塚古墳とキトラ古墳のカビも、黒マフラー姿のハツカネズミも、そしてシロイヌナズナも、そういう手数料で発送しています。山中先生からバイオリソースセンターに寄託されたヒトiPS細胞やそのマウスを完璧に品質管理してきたからこそ、研究者に提供でき、再生医療の研究が進んでいるわけです。我々が発送したリソースをもとに、その約10パーセントが論文になっていることがそれを物語っています。
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新書版p.158、159、161

 医療、生物分野の実験に使われる細胞、微生物、実験動物などの生物資源を保管し研究者に提供するバイオリソースセンター。あらゆるバイオ研究を支えているその品質管理へのあくなき取り組みを熱く語ります。


「第8章 入れ歯とハゲのイノベーション」
「第9章 遺伝子バトルの戦士」
「第10章 透明マントの作り方」
「第11章 空想を超える「物」」

 再生医療、オーダーメイド医療、脳科学、人工知能、創発物性科学、など様々な研究分野が紹介されます。それでも書き切れなかったテーマ(アルマ電波望遠鏡など)は「おわりに」で駆け足で紹介されています。


『人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか』(中川毅) [読書(サイエンス)]

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地球の公転軌道と自転軸の関係で、北半球の夏に降り注ぐ太陽エネルギーは増加しつつあった。つまり、氷期は時間の問題で終わろうとしていた。だが気候システムはその外力に対して非線形に応答し、太陽の変化に歩調をあわせてゆるやかに変動する代わりに、ある瞬間に大きな飛躍を見せた。それまで本質的に不安定だった気候は、一転して安定な状態に切り替わり、地球には安定した時代、言い換えるなら「近い未来なら予測可能」な時代がやってきた。予測が成り立つ時代とは、人間の演繹的な知恵が発揮されやすい時代ということでもある。氷期に巨大な古代文明が生まれなかったことと、氷期の気候が安定ではなかったことの間には、おそらく密接な因果関係がある。
 現在の安定な時代がいつまで続くのか、次の相転移がいつ起こるのかは、本質的に予測不可能である可能性が高い。
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新書版p.168


 過去7万年分の年縞が連続的に保存されている奇跡の湖、水月湖。世界の地質学的標準時計である水月湖の研究から得られた気候変動の正確な歴史、そしてそこから見えてくる将来の気候変動に関する重大な知見を、一般向けに分かりやすく紹介してくれるサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年2月、Kindle版配信は2017年2月です。


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私たちは無意識のうちに、進んだ科学技術で大きな商品価値を生み出す国を「先進国」と呼ぶことに慣れている。まるで文化も歴史も尊厳もすべて、経済という船に付随する飾り物に過ぎないかのようである。しかし、先進国を生きる私たちが「先を進んで」いるような気分でいられるのは、現代の気候がたまたま私たちのライフスタイルに適合しているという、単なる偶然に支えられてのことに過ぎない。
 人間や社会の価値を、現状における「効用」だけで測ることはきわめて危険である。だが歴史を通じて、人間はそのような過ちを何度も犯してきた。
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新書版p.207


 水月湖が世界の地質学的標準時計として認められるまでの困難な道のりをエキサイティングに描いた『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』。その著者が、水月湖の研究から得られた知見のうち、過去の気候変動に関するものを一般向けに分かりやすくまとめてくれます。ちなみに『時を刻む湖』の紹介はこちら。


  2017年01月11日の日記
  『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-01-11


 全体は7つの章から構成されています。


「第1章 気候の歴史をさかのぼる」
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 念のため強調するが、私はここで、現在の温暖化予測も70年代の寒冷化予測と同様に信頼できないと主張しているのではない(ただし、信頼できると主張しているのでもない)。
(中略)
 むしろここで強調したかったのは、寒冷化と温暖化という正反対の学説が立て続けに提唱されたにもかかわらず、そのどちらもが同時代の人々の目に「本当らしく」見えたという事実についてである。私たちの直感は、時として驚くほど脆弱な根拠の上に成り立っている。学説の寿命は、データの寿命に比べて一概にひどく短い。それでも私たちは、提示される説に対して自分なりの意見を持ち、どのような「対策」が妥当であるかを考えなくてはならない。
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新書版p.41

 過去の気候変動のデータから未来の気候変動を予測することは可能なのだろうか。現在の傾向が今後もそのまま続くという直感、同じパターンが周期的に繰り返されるという直感。70年代の寒冷化予測と現代の温暖化予測を比較することで、直感に頼ることの限界を明らかにします。


「第2章 気候変動に法則性はあるのか」
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最近の1万1600年ほどは、一定の細かな変動はあるものの、基本的には安定して温暖な状態を保っている。それに対して氷期は、安定とはほど遠い時代だったことが分かる。基本的に寒冷であることは確かなのだが、その中に急速に温暖化する時代を何度も含んでいる。温暖化の速度はきわめて早く、場所によってはグラフがほとんど垂直の線になっている。変動の振幅もきわめて大きい。氷期の中だというのに、気温が現代の水準に肉薄することすらある。このような激しい温暖化事件は、氷期を通じてくり返し起こっており、その数は大小あわせると、過去6万年だけでも17回、氷期全体では20回を超える。
(中略)
氷期の中で起こっていた気候変動が線形でもなければ周期的でもなかったことだけは、どうやら確かなようだ。線形モデルと周期モデルは、世界観としては直感的にきわめて受け入れやすい。しかしじっさいの氷期は、どちらのモデルも現実には通用しない時代だったのである。
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新書版p.47、48

 グリーンランドの氷床研究から分かってきた過去の気候データを詳しく調べると、温暖で安定した温暖期と、寒冷で極めて不安定な氷期があることが分かる。氷期における気候変動は極端な変動と予測不能性を示しており、また氷期と温暖期の切り変わりは驚くほど急激だったということも判明した。カオス的な振る舞いを示す、直感がまったく通用しない気候変動。それを理解するためには、どのような変化が正確にいつ起きたのかを「人間が実感できる」くらいの時間精度で調べる必要があることを示します。そんなことが可能なのでしょうか。


「第3章 気候学のタイムマシンー縞模様の地層「年縞」」
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 地質学は数万年や数億年といった、きわめて長い時間をあつかうことを得意としてきた。いっぽう、人間が「実感」できる時間は長くても数十年から100年だろう。人間にとって切実な気候変動の実例を、地質学的な記録の中から見出そうと思えば、かなり特殊な試料を見つけてきて詳細に分析する必要がある。福井県の水月湖から見つかった縞模様の堆積物は、そのような研究をおこなうのに最適な「奇跡の泥」だった。
(中略)
明暗一組の縞模様は、ちょうど1年の時間に対応している。1年に1枚ずつたまるこのような地層は「年縞」と呼ばれる。水月湖には、厚さにして45メートル、時間にして7万年分もの年縞が、乱されることなく静かにたまっているのである。そのような湖は、世界でも水月湖の他に例がない。
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新書版p.74

 グリーンランドの氷床研究から先に進むために古気候学者たちが必要としているデータ、それは日本の水月湖に眠っていた。なぜ水月湖は「奇跡」と呼ばれるほど特別なのか。前述した『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)の内容のうち、水月湖の特異性を解説した部分を要約します。


「第4章 日本から生まれた世界標準」
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2006年の掘削は、それ自体は単なる穴堀りであり、学術的な成果であると見なされることは少ない。成果として脚光を浴びるのは、通常は掘削試料ではなく分析データのほうである。だがひとつだけ自画自賛を許していただけるなら、その後に続いた水月湖研究の栄光のドミノ、その最初の1個を倒したのは、あの熱い夏に「完全連続」を達成するまで決して引き下がらなかった、私たちの愚直な掘削だったと思っている。
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新書版p.98

 水月湖の湖底にたまった泥を掘り出し、年縞を数える。言ってみればただそれだけのために、数十年の歳月と超人的な努力が必要だった。世界を驚嘆させた美しいデータの背後にある研究者たちの艱難辛苦。前述した『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)の内容のうち、水月湖の掘削から試料分析、ついに世界標準時計として認められるまでの経緯を要約します。


「第5章 15万年前から現代へー解明された太古の景色」
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 参考までに、私が1サンプルの花粉分析に要する時間は、前処理まで含めると平均で1時間を超える。水月湖で私がこれまで分析したサンプルの数は、そろそろ1400に届こうとしているので、単純計算でそれだけの時間を投入してきたことになる。最終的に成し遂げたいと思っている数は4500なので、最近ではそろそろ自分に残された時間が気になり始めている。
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新書版p.126

 水月湖の堆積物に含まれる花粉を分析することで、過去の気候(植生景観)を再現することが出来る。地道な分析作業を積み重ねることで、地球の公転軌道の周期的変化、地軸の歳差運動、などの天体運動が気候変動にダイレクトに影響していることがはっきりと見えてくることを解説します。


「第6章 過去の気候変動を再現する」
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水月湖の堆積環境は、おそらくある1年を境にとつぜん変化した可能性が高い。つまり氷期は、まるでスイッチをパチンと切ったかのように、本当に急激に終わったらしいのである。スイッチが切り替わった後では、水月湖のまわりの気候は温暖になり、しかも数十年スケールで激しく変動することをやめて安定になった。それは、人間にライフスタイルや価値観の変更を迫るほどの本質的で急激な変化だった。(中略)また、水月湖とグリーンランドのそれぞれの年代目盛りを用いて変化のタイミングを推定すると、両者は実質的に同時だったらしい。おそらく氷期の終わりは、一瞬で北半球全体、ひょっとすると全世界をも巻き込む、本当の意味での大事件だったのだろう。
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新書版p.167

 これまでの古気候学の成果により明らかになった過去の気候変動を見ると、地球の運動による周期的な変動に加えて、予測不可能な急激な変動があったことが分かる。特に氷期の終わりは極端で、おそらく「1年」で地球全体の気候が相転移する、という劇的な変化が起きている。このような激変が、その当時を生きていた人類の文化と歴史にも後戻りのきかない本質的な変化を与えたと考えられることを示します。


「第7章 激動の気候史を生き抜いた人類」
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 気候が安定しているときに、農耕をおこなって生産性を高めるか、あえて狩猟採集段階に留まるかは、人口さえ過剰でないなら、突き詰めれば「哲学の問題」に帰着すると述べた。だが気候が不安定な場合には、事態はそれほど牧歌的ではなくなる。来年が今年と似ていることを無意識のうちに期待する農耕社会は、気候が暴れる時代においては明らかに不合理である。
 言い換えるなら、氷期を生き抜いた私たちの遠い祖先は、知恵が足りないせいで農耕を思いつけなかった哀れな原始人などではなかった。彼らはそれが「賢明なことではない」からこそ、氷期が終わるまでは農業に手を付けなかったのだ。
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新書版p.200


 地球の運動から生ずる大きなサイクルに加えて、非線形的でカオス的な振る舞いを見せる気候変動。その本質的な予測不能性に、人類はどのようにして対処してきたのか。そして現代の社会は対処できるのだろうか。気象が極めて安定した時期に発達した人類文明は、予測不能かつ極端な気候変動という試練をどう乗り越えてゆけばいいのかを考えます。


 水月湖の湖底掘削から人類レベルの文明論へと駆け上ってゆくドライブ感。泥に刻まれた年縞を数え上げ、花粉サンプルを一つ一つ分析してゆく地道な努力に対する感動。十万年周期の地球の動きが、気候変動を通じて、過去の植生変化を決めていたという驚き。そして、私たちが生きている時代が例外的な気候安定期であり、しかもそれはどうやら終わりつつある(それこそ1年で相転移するかも知れない)という衝撃。

 様々な観点からエキサイティングなサイエンス本です。古気候学の入門書としても、いわゆる「人類の活動が引き起こしている(最近の「緩やかな」)温暖化」とは別スケールで見た激しい気候変動史の解説としても、天体現象と気象と人類史の関係を包括するサイエンス本としても、また『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)の続篇としても非常に面白く、広くお勧めしたいと思います。


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