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『時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体』(松浦壮) [読書(サイエンス)]

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 自然界のより深い領域が姿を現し、それに基づいて運動法則が更新される度に、時間の認識もまた確実に進化・深化してきたのです。
 特に20世紀に入ってからの進展は飛躍的で、私たちが素朴に描いていた自然観を大きく塗り替えるような発見がいくつもありました。そして21世紀を迎えた今、最先端の物理学は、人類史上初めて、時間の真の正体を捉えつつあるという静かな興奮の中にいます。このワクワク感を多くの人たちと共有したくて、私もこの本を書きはじめたという訳です。
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新書版p.8


 時間とはなんだろう。この素朴な疑問を軸にして、古典物理から相対性理論へ、量子力学から量子場理論へ、さらに量子重力理論へと、物質と運動に対する理解が深まる度に起きてきた時間観の変遷を一般向けに解説してくれるサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年9月、Kindle版配信は2017年9月です。


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 この本のお話は、「時間」と刻まれた小さな石を手がかりに、そこに連なる建物を掘り起こす発掘の旅路です。小さな石だと思っていた「時間」は、「時空」「重力」「量子場」と刻まれた建造物を絶妙に繋ぐ要石でした。これらの建物はそれ自体美しく壮麗ですが、どうやらこれらは、さらに深く埋もれた巨大な構造物の一部のようです。「量子重力」と刻まれていると伝えられるその巨大で荘厳な建物は、今まさに地中から姿を現そうとしており、そこには間違いなく、宇宙開闢の物語が壁画として刻まれているはずです。
 非常に近い将来、その物語を皆さんにお伝えできる日が間違いなく来ることでしょう。
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新書版p.229


 全体は8つの章から構成されています。


「第1章 時を数えるということ」
「第2章 古典的時間観 ――ガリレオとニュートンが生み出したもの」
「第3章 時間の方向を決めるもの ――「時間の矢」の問題」
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 私たちが思い込んでいる「時間」という存在は、物体の運動が持つ性質を説明するために導入された仮説だった、というのが事の真相です。
 おそらく、人類が周期運動の便利さに気付くのと時を同じくして、この「時間仮説」は人々の間に自然発生したはずです。実際、身の周りにはこの仮説と矛盾するような現象はひとつもありません。そんな訳で、この仮説はごく当然のように「真実」として私たちの世界観の中に組み込まれ、今日では時間ありきで世界を眺めるのが当たり前になってしまっている、という訳です。
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新書版p.31

 時間とはなにかを考える第一歩として、「時間」という概念がもともと「物体の運動が持つ性質」を理解するための作業仮説であったことを確認し、古典力学が到達した「絶対時間」の概念を解説します。


「第4章 光が導く新しい時間観の夜明け ―― 特殊相対性理論」
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 時間経過と空間の移動は見方の違いに過ぎないことになります。時間経過とは、比喩ではなく、本当に時空内の運動なのです。時間とは本来、時間と空間が一緒になった「時空」という枠組みの中で捉える必要があることがはっきりと分かります。
(中略)
 特に、空間方向の移動も時間経過の一部とみなせるというのはニュートンの時代には考えられない価値観です。相対性原理はこうした革命的な時間観に私たちを導くガイドラインの役割を果たしてくれました。
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新書版p.108、112

 特殊相対性理論から導き出された「ミンコフスキー時空」の概念を示し、「時間と空間は別々のものではなく、一つの枠組み(時空)を構成している交換可能な要素である」という、現代物理学に基づく時間観を解説します。


「第5章 揺れ動く時空と重力の正体 ―― 一般相対性理論」
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 観測者が勝手に決めた「時間方向」が、物体にとっての自然な時間方向(時空の最短ルート)からずれていると、その物体の時間経過は加速運動に見えて、重力が働いていると解釈されます。重力は時間経過の別名なのです。
(中略)
 このように、重力は、観測者の基準と慣性系の間の歪み(ずれ)に反応して発生する力です。その意味で、観測者の立場から見た時空の歪みは「重力場」と呼ばれます。
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新書版p.136

 加速によって時間経過に生ずる歪み、それを私たちは「重力」と呼んでいる。一般相対性理論によって明らかにされた時空と重力の関係を示し、「重力とは時間経過の別名である」という新しい時間観を解説します。


「第6章 時空を満たす「場」の働き ―― マクスウェルの理論と量子としての光」
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 光子は「波でも粒子でもある」というよりは、「波でも粒子でもないけれど、どちらの側面も併せ持つ何か」と言うべきなのでしょう。この二重性をどのように理解したら良いかは次の章で改めてお話ししますが、このような存在を一般に「量子」と呼びます。
 光は量子である。これが、20世紀初頭に人類が到達したひとつの理解です。
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新書版p.170

 光子は「波でも粒子でもないけれど、どちらの側面も併せ持つ何か」である。初期量子力学の概要を示し、「量子」の概念を導入します。


「第7章 ミクロ世界の力と物質 ―― 全ては量子場でできている」
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 このように、時空はその各点各点に動的な内部空間である場を構えていて、その量子的な振動状態が素粒子の正体です。物質を作る量子場と、力を伝える量子場であるゲージ場が調和し、(広い意味で)共振し合いながら運動する。これがミクロ領域における物質世界の姿です。
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新書版p.204

 「物質」も「力」も量子場の振動状態であり、これらの共振が「運動」を形作る。量子力学から量子場理論へと理解を広げ、量子重力理論の紹介に向けた準備を整えます。


「第8章 量子重力という名の大統一 ―― 時間とはなんだろう?」
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 一般相対性理論は時空の理論です。この理論が小さい領域で姿を変えるということは、今私たちが想像している「時間」は、図8-1の泥団子のようなもので、もっと小さい領域では全く違った姿をしていることを物語っています。この小さい領域を支配している重力理論を「量子重力理論」と呼びます。そして、量子重力理論が描き出す超ミクロ世界での時空の姿こそが、私たちが求めていた「時間とはなんだろう?」という問いへの答えに他なりません。
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新書版p.214

 量子場理論と一般相対性理論を統合した「量子重力理論」の完成に向けた歩みを解説し、そこから「時間とはなんだろう」という問いに対する究極の答えが見つかると考えられる根拠を示します。


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『佐藤文隆先生の量子論 干渉実験・量子もつれ・解釈問題』(佐藤文隆) [読書(サイエンス)]

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量子力学を学習した多くの学生は初め、何か腑に落ちないモヤモヤしたものを感じ、それを先輩たちにぶつけると、ただ「先を勉強しろ」と諭され、確かに先にいくと痛みのない傷として忘却し、あれは大人になる通過儀礼のようなものだったかと納得する。本書はこの「モヤモヤ」の傷をいまだに抱え、感じている人を意識して執筆した。
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新書版p.3


 観測が行われるまで物理量は確定してないのか、それとも「本当は」確定しているのだが観測できないだけなのか。量子力学にまとわりつく“納得の出来なさ”に挑んできた様々の実験を紹介しながら、その「モヤモヤ」感の意味を探求するサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年9月、Kindle版配信は2017年9月です。


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完成後、すでに90年を経た量子力学は成熟段階にあり、各分野で共有されている見方や解釈が少しずつ違っていても、支障なく各分野の発展を支えている。「支障なく」とは自然に切り込んでそれを操作するツールとして支障がないということである。ツールと思えば各分野の課題に適した趣向が凝らされるのは理解できるが、「ツールだ」というと必ず「いや自然の法則だ」という声が飛ぶ。基礎にさかのぼると意見が分かれるのに「支障なく」役立っている。これが成熟した現代量子力学の不思議な姿である。
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新書版p.68


 いくら数式を解いても、理論通りの実験結果が得られても、どこかすっきりしない感触が残る量子力学。その納得の難しさをテーマとした異色のサイエンス本です。全体は6つの章から構成されています。


「第1章 量子力学とアインシュタイン」
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 発表当時、超大物のEPR論文なのに反応したのはシュレーディンガーとボーアぐらいで、一般の研究者は全く注目しなかった。ところが半世紀も経た頃から異変が現れた。(中略)図1-8はこのEPR論文の年間当たりの引用回数の径年変化である。半世紀近くも経た1980年頃から急激に注目されだしたことが分かる。何かが動いたのである。
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新書版p.58

 コペンハーゲン解釈、ボーア・アインシュタイン論争。量子力学に納得できない科学者たちによる批判と、実験によって決着をつけられるようになるまでの流れを概説します。


「第2章 状態ベクトルと観測による収縮」
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 この「粒子・波動二重性」の実験的発見は、テクノロジーが進歩してミクロの世界に分け入ってみたら、二重性格の珍獣がいたというだけである。驚きではあるが、論理矛盾があるという意味での深刻さではない。この事態に対応するために新たに波動関数という数理概念を持ち込んで量子力学が完成したのである。深刻なのは、この数理概念の素性が従来の物理学での数理概念と著しく違うことである。
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新書版p.71

 「粒子であると同時に波動でもある」という二重性は、真の「モヤモヤ」ではない。本当に深刻な問題は、その背景となる「状態ベクトル」にこそ内在されている。ここで量子力学の基本を復習します。


「第3章 量子力学実験ー干渉とエンタングル」
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 これらの実験は「物理的存在は予め確定値を持って存在しているわけでない」ことを示している。GHZの議論は、ベルの不等式の統計的な判定でなく、それこそ1回の実験で判別できる実験である。(中略)「参加者」による自然への介入があって初めて「自然」からの応答が返ってくるのである。あくまでも問いを発する「人間」に起点があるのである。
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新書版p.144

 干渉実験、KYKS実験、HOM実験、ZWM実験、GHZ実験。エンタングル、ベルの不等式。EPR論争に決着をつけるべく行われてきた数々の実験を紹介し、量子力学における最も不可解な側面に切り込んでゆきます。


「第4章 物理的実在と「解釈問題」」
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解釈論争の歴史はここで述べたような「科学のメタ理論」との位置付けでなされてきたわけではない。またこのテーマが科学界のメジャーな課題ではなかったという歴史のために、相互の対決が少なく、様々な主張が並列して放置されている、いわば「いいっぱなし」の世界であったという事情がある。
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新書版p.159

 先導波、物理的収縮、多世界解釈、コペンハーゲン解釈、隠れた変数、デコヒーレンス、QBism。量子力学の不可解さを何とか納得しようと、次々に考え出された解釈モデル。その混乱と苦闘の跡をたどります。


「第5章 ジョン・ホイラーと量子力学」
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 ホイラーの時空への関心ははるか以前からのものであり、二つの種を秘めていた。一つは観測とも結びついた天体宇宙の解明であり、もう一つは本書の主題である量子力学の解釈問題である。そしてこの第二の種が「すべては情報」へと飛躍させたのである。
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新書版p.181

 「参加者」が観測することで立ち現れる「宇宙」。ブラックホールで有名なジョン・ホイラーが量子力学にどのように取り組んだのかを解説します。


「終章 量子力学に学ぶ」
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 量子力学のモヤモヤは、雲が晴れるように、一冊の本を読んで晴れるなどということは決してない。ファインマンが言うように、こうあるべきだという「思い込み」と現実の間の齟齬にモヤモヤの火種があるのだ。計算問題の正答は一つだが、誤答の種類は無数にあるように、個人により「思い込み」の種類は違っていて無数にある。だからこういうモヤモヤの考察は、自分の「思い込み」を自覚する、自分との格闘なのである。世の中で大事なことはこの量子力学のモヤモヤだけではないが、これが挑戦しがいのある第一級の課題の一つであることは間違いない。
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新書版p.190

 どうしてもすっきりと納得できないものが残る量子力学。そのモヤモヤの先にある現代的危機感を、むしろ科学という営みそのものを見直す契機ととらえることは出来ないだろうか。解釈問題から科学観の問い直しへと進んでゆきます。



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『あなたの脳のはなし 神経科学者が解き明かす意識の謎』(デイヴィッド・イーグルマン、大田直子:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 脳が私たちの生活の中心であるなら、なぜ社会は脳についてほとんど語らず、有名人のゴシップやリアリティショーで放送電波をふさぎたがるのか、私には不思議だった。しかしいまでは、この脳への無関心は不備ではなく証拠ととらえられると思っている。つまり、私たちは自分の現実のなかにがっちり閉じ込められているため、何かに閉じ込められていると気づくのがことさら難しいのだ。
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単行本p.10


 自分の脳が実際に行っていることを、私たちはほとんど意識していない。知覚から意思決定まで、脳の働きについての思い込みを一つ一つ覆してゆく刺激的なサイエンス本。単行本(早川書房)出版は2017年9月、Kindle版配信は2017年9月です。

 脳科学の研究成果をもとに「私たちの意識は、自分の言動をほとんどコントロールしていない」ということを示した『意識は傍観者である』の、いわば続篇です。ちなみに前作の紹介はこちら。

  2016年10月05日の日記
  『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-10-05

 本書では、様々な実験結果を元に、脳はどのように機能しているのか、なぜ私たちの意識はそのことに気づかないのか、ということを詳しく解説してくれます。

 例えば、危機的状況において「時間の流れが遅くなり、周囲のあらゆるものがスローモーションで動いているように感じられた」という、いわゆるフロー体験。このとき本当に精神のスピードが加速されるのかどうかを検証した実験が紹介されています。


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 時間の流れが遅くなる主観的経験は、たとえば自動車事故や路上強盗などの命にかかわる経験だけでなく、子どもが湖に落ちるなど、愛する人が危険にさらされているのを見るような出来事でも報告されている。このような報告すべての特徴として、その出来事が通常よりゆっくり展開し、細かいことが鮮明にわかるという感覚がある。
 私が屋根から落ちたとき、あるいはジェブが崖で跳ね返ったとき、脳のなかで何が起きていたのだろう? 恐ろしい状況では、時間の流れは本当に遅くなるのか?
 数年前、私は教え子とともに、この未解決問題に取り組む実験を考案した。人々に極端な恐怖を誘発させるため、45メートル上空から落とす。自由落下で。後ろ向きで。
 この実験で、被験者は落下するとき、手首にデジタルディスプレイを装着する。私たちが発明した知覚クロノメーターという装置だ。被験者は自分の手首に固定された装置で読み取れる数字を報告する。本当にスローモーションで時間が見えるのなら、数字を読み取れるだろう。しかしできた人はいなかった。
 ではなぜ、ジェブも私も、事故はスローモーションで起きていたと回想するのだろう? その答えは、記憶の保存のされ方にあるようだ。
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単行本p.84


 こんな風に、興味深い実験結果を元に、脳に関する様々なトピックが語られてゆきます。全体は六つの章から構成されています。


「第1章 私は何ものか?」
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あなたが何ものであるかは、あなたがどう生きてきたかで決まる。脳はたえず形を変え、自分の回路をつねに書き換えている。そしてあなたの経験はあなた固有のものなので、あなたの神経ネットワークの果てしない入り組んだパターンもあなた固有のものである。そのパターンがあなたの人生を変え続けるので、あなたのアイデンティティは常に移り変わる目標であり、けっしてそこには到達できない。
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単行本p.14

 最初の話題は、脳の可塑性、記憶、そしてアイデンティティ。人間が成長する過程で脳はどのように変化してゆくのか、記憶はどのように書き換えられてゆくのか、私が私であるとは脳神経科学的には何を意味するのか、などのテーマを扱います。


「第2章 現実とは何か?」
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 ほとんどの感覚情報は、大脳皮質の適切な領域にたどり着く途中で視床を通る。視覚情報は視覚皮質に向かうので、視床から視覚皮質へと入る接続がたくさんある。しかしここからが驚きだ。逆方向の接続がその10倍もある。
 世界についての詳しい予想、つまり外にあると脳が「推測」するものが、視覚皮質から視床に伝えられている。そして視床は目から入ってくるものと比較する。(中略)視覚皮質に送り返されるのは、予想で足りなかったもの(「エラー」とも呼ばれる)、すなわち予測されなかった部分である。
(中略)
 したがって、どんなときも私たちが視覚として経験することは、目に流れ込んでくる光よりも、すでに頭のなかにあるものに依存している。
 だからこそ、コールド・ブルー・ルークは真っ暗な独房にすわっていながら、豊かな視覚経験をしていたのだ。
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単行本p.70

 感覚、知覚、認識といった機能に、脳がどのように関与しているかが語られます。私たちが体験している現実とは、事前に脳が作り上げたモデルを元に、感覚情報による修正を加え、編集されて出来上がったものであるという驚くべき事実を、様々な実験によって明らかにしてゆきます。


「第3章 主導権は誰にある?」
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興味深いことに、被験者はTMSに操られている手を動かしたかったのだと報告している。言い換えれば、画面が赤のあいだに左手を動かすと心のなかで決めたのに、次に画面が黄色いときの刺激を受けたあとには、初めからずっと本当に右手を動かしたかったのだと思いかねないということだ。TMSが手の動きを起こしているのに、被験者の多くは自由意志で決定したかのように感じている。パスカル=レオーネの報告によると、被験者は選択を変えるつもりだったと話すことが多い。脳内の活動が何を決めたにせよ、それが自由に選択されたかのように、被験者は自分の手柄だと思っていた。意識は自分が主導権を握っていると自分に言い聞かせるのが得意なのだ。
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単行本p.121

 私たちの行動の大半は、無意識に、自動操縦のように実行されている。行動だけでなく、様々な判断も脳が自動的に行っており、意識はそれに介在することが出来ない。では、私の行動を支配している「私」はどこにいるのだろうか。


「第4章 私はどうやって決断するのか?」
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 タミーは脳に外傷性損傷を負った人のようには見えない。しかし五分でも彼女と一緒に過ごせば、日常生活の決定を処理する能力に問題があるとわかるだろう。目の前の選択肢の損得をすべて説明できるにもかかわらず、ごく単純な状況でも決断ができない。体が送ってくる感情の概要を読み取れないので、決断は信じられないほど困難である。どの選択肢も別の選択肢と明白なちがいがないのだ。意思決定なしには、ほとんど何もできない。タミーはよく一日中ソファで過ごすと報告している。
 タミーの脳損傷から、意思決定に関する極めて重要なことがわかる。脳は高いところから命令を出していると考えられがちだ――が、実際にはつねに体とのフィードバック関係にある。体からの物理的信号は、何が進行しているか、それについて何をなすべきか、簡単な要約を伝える。選択を行うために、体と脳は密にコミュニケーションを取らなくてはならないのだ。
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単行本p.139

 脳が何かを決めるとき、それは具体的にはどのようなプロセスで実行されているのだろうか。脳のどこかに、最終判断を下す「意志」があるのだろうか。意思決定の背後で働いている身体と脳の相互作用を解説します。


「第5章 私にあなたは必要か?」
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 教育は大虐殺を防ぐのに重要な役割を果たす。内集団と外集団を形成したいという神経の欲求――そしてこの欲求をプロパガンダであおる計略――が理解されないかぎり、大規模な残虐行為を生む非人間化への道を断ち切ることは望めない。
 このデジタル・ハイパーリンクの時代、人間どうしのリンクを理解することはかつてないほど重要である。人間の脳は根本的に相互作用するように生まれついている。私たちは見事なほど社会的な種である。私たちの社会的欲求は操られることもあるかもしれないが、それでも人間のサクセスストーリーの中心に堂々と鎮座している。
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単行本p.197

 他人とのつながりを断たれたとき、孤立した脳はどのようにふるまうのか。大量虐殺から架空のキャラクターへの感情移入まで、脳が他の脳と相互作用することの意義を探求します。


「第6章 私たちは何ものになるのか?」
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 科学は私たちに、その進化の物語を超越するためのツールを与えてくれるかもしれない。いまや私たちは自分自身のハードウェアをハッキングすることができる。その結果、私たちの脳は私たちが受け継いだときの状態のままである必要はない。私たちは新たな種類の感覚的現実と、新たな種類の体のなかに存在することができる。そのうち、私たちは肉体を脱ぎ捨てることができるのかもしれない。
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単行本p.249

 感覚器官の拡張/追加から脳の仮想化まで。私たちの脳を構成しているハードウェアをハッキングする可能性と、それが私たちにどのような影響を与えるかを考察し、トランスヒューマニズムへと進んでゆきます。


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『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(川上和人) [読書(サイエンス)]

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鳥類学の成果はあまり世間に知られていない。これでは、人類が刻んできた文化に対して、申し訳が立たない。おそらく、一般に名前が知られている鳥類学者は、ジェームズ・ボンドぐらいであろう。英国秘密情報部勤務に同姓同名がいるが、彼の名は実在の鳥類学者から命名されたのだ。隠密であるスパイに知名度で負けているというのは、実に由々しき事態である。スパイの名前が有名ということも、英国秘密情報部としては由々しき事態である。
 実利の小さい学問の存在理由は、人類の知的好奇心である。縄文人の土偶製作も、火星人の破壊工作も、ダウ平均株価には一切影響を与えない。それでも人は土偶や火星人の動向を知りたくてしょうがない。
 しかし、好奇心があってもきっかけがなければ、興味の扉を開くどころか扉の存在に気付きもしない。鳥類学者を友人に持たぬことは、読者諸氏にとって大きな損失である。そこで、ボンドに代わって鳥類学者を代表し、その損失を勝手に補填することに決めた。
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単行本p.4


 あるときは絶海の孤島に挑み、またあるときは外来種駆除に駆け回り、ときにキョロちゃんの生息環境やジオングの頭部が赤くない理由を考察する。知られざる鳥類学者の生態を紹介してくれる鳥類学者ウォッチングガイド。単行本(新潮社)出版は2017年4月、Kindle版配信は2017年5月です。

 以前に著者による『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』を読んで、そのユーモラスな文章に驚いたことがあります。ちなみに紹介はこちら。

  2015年03月27日の日記
  『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-03-27

 本作は鳥類学者の研究活動や生活について紹介する本です。内容は非常に真面目なのに、やはり最初から最後まで強引に笑わせに来るというのがすごい。全体は6つの章から構成されています。


「第1章 鳥類学者には、絶海の孤島がよく似合う」
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 夜の沖縄にはハブがいる。夜の海にはサメがいる。夜の中南米にはチュパカブラがいる。しかし、小笠原の無人島にはいずれもいない。夜間調査では比較的安全である。おかげで、私はあまりにも油断していた。
 入念に油断を研ぎすませていた丑三つ時、突如として頭に暴力的な衝撃が走った。
 頭がガンガンする! いや、バタバタする! さらに、ギチギチする! エイリアンに脳を乗っ取られたかのような強烈な頭痛だ。ワケがわからない。
(中略)
 頭の中に、虫がいる。
 夜間調査にヘッドランプは欠かせない。しかしランプには虫が寄ってくる。光に魅入られた蛾が耳穴に飛び込んだのだ。世界はこんなに広いのに、なぜその軌道を選んだ。
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単行本p.46

 鳥類研究のために絶海の孤島を駆け回る鳥類学者の生態を紹介します。


「第2章 鳥類学者、絶海の孤島で死にそうになる」
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 霧の中に点々と鳥の死体が落ちている。日常生活では、鳥の死体は反物質と対消滅してしまうため目にする機会は少ないが、南硫黄島には反物質がないので消滅しない。それどころか、ネズミやカラスなど死体を食べる脊椎動物もおらず、死体はゆっくり分解される。よく見ると、蔓や枝にも死体が引っかかっている。生体よりも死体が好きな私には、天国のような地獄絵図である。
(中略)
 突如わき上がったのは、口内の不快感と嘔吐の声だった。ランプに集まる無数の小バエが、呼吸とともに口と鼻から侵入してくる。このまま電送機にかけられたら、恐怖のハエ男も夢じゃない。死体天国は、分解者たるハエ天国でもあったのだ。豊かな死体に支えられた豊満なハエどもが、息のたびに肺腑に達する。
 もちろん息と共にハエも吐くが、不思議なことに入ったハエより出て行く数の方が少ない。
(中略)
 血の付いた手を洗うべく海水に指をひたす。次の瞬間、水中の石の隙間からエイリアンの口吻が飛び出してくる。鳥を殺した報復かと思ったが、そうではない。気味の悪い小型ウツボが血の臭いに反応したのだ。紙一重で避けると、一瞬前まで指のあった場所で数匹が絡みのたうつ。一見平和な自然の情景も突然牙をむく。
(中略)
 持ち帰ったサンプルを分析している頃、南硫黄島の映像がテレビで放映された。調査には映像記録班が同行していたのだ。そうして吃驚仰天した。なんと、画面に映った南硫黄島は非常に美しかったのだ。これは私の知る島じゃない。足元の死屍累々、未だ口内に感触の蘇るハエ呼吸、波打ち際にのたうつ地球外生命体こそが、あの島の真実である。
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単行本p.61

 南硫黄島の調査、それはどのような体験だったのか。臨場感たっぷりに語ります。


「第3章 鳥類学者は、偏愛する」
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ハイジとペーターには気の毒だが、小笠原では1970年ごろからヤギ駆除が実施されることになった。
 生態系保全といえば聞こえは良いが、現実は大型哺乳類を殺す行為である。これに抵抗を持つ人もいるだろう。実際のところ、駆除事業に対して厳しい意見が寄せられたこともある。しかし、放置するのは容易いが、目の前で進化の歴史性が失われていくのを見過ごすことはできない。何もしないことは現状維持にはならないのだ。研究者は殺しを推奨し、担当者は文字通り血と汗にまみれる。環境保全という綺麗な言葉の裏にある泥臭い現実を忘れてはならない。
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単行本p.80

 標本収集、外来種駆除、鳥の糞を経由して島へ渡るカタツムリ、鳥の頭部が赤く進化したのはシャア専用ザクと同じ理由なのかどうか。鳥類学者の幅広い研究活動を伝えます。


「第4章 鳥類学者、かく考えり」
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 毒による駆除はしばしば賛否の議論を引き起こすが、ネズミの存続により失われる生命と生物多様性を考えると、効率的な駆除の推進は不可欠である。
 その一方でネズミは生態系の中で重要な役割を果たしている。それは、オガサワラノスリの食物となることだ。この鳥は小笠原に固有のタカで、その食物の約半分がネズミとなっている。このため、ネズミがいなくなると彼らは食物不足に陥るのだ。私が調査している西島では、ネズミ駆除後にノスリが姿を消してしまった。別の無人島では駆除後にノスリの繁殖成功度が低下している。ノスリにとってネズミの喪失は、小麦粉抜きのお好み焼きに匹敵する衝撃的な事象である。それじゃただの野菜炒めだ。
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単行本p.126

 なぜ回転運動により移動する動物がいないのか。森永チョコボールのキョロちゃんはどのような環境で進化してきた鳥なのか。熊に襲われたとき「死んだふり」をしても本当に無駄なのだろうか。たとえ暇そうに見えるときでも、鳥類学者は常に鳥について考えていることを教えてくれます。


「第5章 鳥類学者、何をか恐れん」
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シカの研究をしている上司が、茶飲み話にニホンジカを襲うハシブトガラスを見たと話してくれた。まぁそんなこともあるだろう。奈良公園ではカラスがシカの耳にシカ糞を詰め込んで遊ぶという話を師匠から聞いたこともある。しかし、今回の襲い方は尋常ではなかった。なんと、血を吸うというのだ。(中略)こんな興味深いテーマを茶飲み話で終わらせるのはもったいない。シカの生き血をすする恐怖のカラスについて、早速論文にまとめることにした。
(中略)
 カラスはシカの背中をつついて皮膚を傷つけ、にじみ出た血液を飲む。思ったより地味だな。私の脳内には、嘴を突き刺してチュウチュウと血を吸うキャトルミューティレーション的カラカラ死体が横たわっていたが、事実は空想より凡なり。シカには悪いが若干残念だ。とはいえ、時には治療が必要なほど大きな傷を開けることもあるそうだ。
 そんなにされて、シカはイヤじゃなかったのだろうか。狙われるのは主に老齢の雌で、どうやら諦めムードが漂っていたようだ。壮絶なイジメにより無気力化していたのである。
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単行本p.168、169

 研究途中で突如コーヒー農場と化してしまったインドネシアの調査地。小笠原のヒヨドリに関する意外な事実の発見。吸血カラスの調査研究。鳥類学者の奮闘を描きます。


「第6章 鳥類学者にだって、語りたくない夜もある」
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 チャンスから目を背け、後でやるつもりだと8月下旬の小学生のような言い訳をしながら、私はこの件をのらりくらりとほったらかしてしまった。
 そして2011年8月を迎えたのである。
 ブライアンズ・シアウォーターは、アメリカにとって37年ぶりとなる新種の鳥として大々的に報道された。
 あぁ、やってしまった。いや、やらないでしまった。
 研究の世界は論文を書いたもの勝ちだ。いかに先に事実を知っても、論文化されていなければ学術的には存在しないと言える。私の怠惰が、日本からの鳥の新種記載という千載一遇の好機を失する結果を生んだのだ。
 日本では鳥の調査が進んでいる。おそらく国内で未発見の鳥が見つかることは金輪際ないだろう。私は最後のチャンスを逃したA級戦犯なのである。
(中略)
 罪の意識から早く解放されたくて、急いで報道発表する。絶滅を心配された種が見つかったのだから、もちろんめでたい話として受け入れられた。しかし一歩間違えなければ、これは小笠原での新種発見譚として語られたはずだ。
 再発見の喜びの笑みを浮かべて取材を受けていた私は張りぼてである。笑顔の裏で、栄誉あるチャンスを逃した後悔にむせび、血の涙をこらえながら取材に答えていたのである。
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単行本p.181

 新種発見の栄誉を逃した話、英語が下手な学者は国際学会をどのようにしのぐのか、リンゴジュースが赤くない理由、そして潜水性の恐竜が存在しないという謎。鳥類学者が気にする様々な話題が並びます。



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『できたての地球 生命誕生の条件』(廣瀬敬) [読書(サイエンス)]

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これまでの生命の起源に関する研究には、初期地球の特殊な環境が十分考慮されていませんでした。初期地球環境を考える、たとえば環境中に用意された岩石や鉱物の触媒作用の解明にブレイクスルーがあるだろうと信じています。地球の起源や初期地球環境に関する研究も同じです。地質学でさかのぼれない初期の地球はこれまで想像の域を出ませんでした。しかし、生命の誕生を可能とした条件を考慮することにより、その具体像に迫ることができると考えているのです。
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単行本p.113


 できたての地球、つまり初期地球の環境はどのようなものだったのか。そして生命はどうやって誕生したのか。この二つの難問を合わせて研究することによりブレイクスルーを目指す地球生命研究所の研究活動を、一般向けに紹介してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2015年5月、Kindle版配信は2017年9月です。

 生命がどのようにして誕生したのかを考えることは、それが可能になるような環境とはどのようなものかを考えること。「生命の誕生」という条件から初期地球の環境を推測し、検証する。東京工業大学地球生命研究所で行われている研究テーマを中心に、初期地球と生命誕生との関係を探る本です。全体は5つの章から構成されています。


「1 四六億年前に何が起きたのか」
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 このように、地球がいま1AUのところにあるからといって、できたときに1AUだったかどうかはわからないのです。そう断言することが、太陽系外惑星が見つかって修正を図られている、理論の見直しが迫られています。かたや中心星に飲み込まれないようにするためには、回転の各運動量を失わせないようにするのが必須ですが、それをどう理論的に説明するか、いま研究の最中にあります。
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単行本p.11

 地球の年齢は46億歳。しかし、その根拠は何だろうか。地球が誕生するまでの過程を探ります。


「2 地球の水はどこから来たのか」
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スノーラインの外側から飛ばされて来た小惑星はたっぷりの氷を含んでいたはずです。それが地球に取り込まれることで、地球の水成分になった、すなわち水は小惑星帯からもたらされたというのが多くの研究者の考えていることです。(中略)多くの水がマグマに溶け込んだおかげで、なんと地球の内部には、現在の海洋の何十倍もの水(正確にいえば、その成分である水素も含めた量)が含まれているようです。
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単行本p.17

 太陽からの距離2.7AUに位置する境界線、スノーライン。このラインの内側では、氷は生成されないことが明らかになっている。つまり、出来たばかりの地球には水はほとんど存在しなかった。では、生命誕生に不可欠な水は、いったいどこからやってきたのだろうか。地球を満たす水の起源に迫ります。


「3 地球コアが地球の起源を解くカギ」
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 地球にあとから運ばれてきたのは、水だけではありません。生命の起源との関係でいえば、炭素や窒素が重要です。スノーラインの向こうで、水蒸気が氷として凝縮したように、炭素も有機物として、また窒素もアンモニア氷などとして小惑星に取り込まれたと考えられます。できたての地球には、水のみならず、炭素や窒素ももたらされたはずです。
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単行本p.64

 生命を支える物質である炭素や窒素は、いつどのようにして地球にもたらされたのか。それらは、地球内部を含め、どのように取り込まれたのか。生命誕生の前提となる物質的環境がどのようにして出来上がっていったのかを探ります。


「4 生命が生まれる場とはなにか」
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 なにも証拠らしい証拠が残っていない初期地球でどんな代謝をしていたのかを考えるのは容易ではありません。しかし、地球生命研究所でいま取り組んでいるのは、代謝のなかでも、生化学で解糖系といわれるクエン酸回路の逆回しのようなものです。
(中略)
 なぜクエン酸回路の逆回しに注目しているかというと、面白いことに、その途中途中でできてくる産物が、生命に必須のパーツになるためです。たとえば脂質や、アミノ酸、ヌクレオチドなどの前駆物質ができてきます。(中略)つまり、このクエン酸回路の逆回しが、できて間もない地球上に反応システムとして存在していれば、生体必須分子をどんどん作ってくれるので、生命の誕生にはとても都合がいいのです。
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単行本p.76

 最初の生命はどのような場所、どのような環境で誕生したのか。初期地球の環境を使って機能する「生命の部品となる物質を持続的に供給する化学反応システム」という、生命誕生の前段階となる代謝を探る研究を紹介します。


「5 生命誕生の条件と初期地球」
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 これまで話してきたように、現在の地球にはほとんど証拠が残っていないと思われる初期地球のイメージが、少しずつ明らかになってきました。わたしたちは、地質学や惑星科学の観点だけでなく、地球に生命が誕生したという事実を踏まえて、そのためには、どういう初期地球でなければならなかったかという観点で考えようとしています。地球の起源を考慮して生命の起源を考える、また逆に、生命の誕生を可能にする地球の起源を考える、これこそ地球生命研究所の目指すところです。
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単行本p.104

 誕生から進化まで地球環境によってコントロールされてきた生命。逆に生命活動により影響を受けてきた地球環境。そのような相互作用の理解を目指す研究の最前線を紹介します。


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