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『サボり上手な動物たち』(佐藤克文、森阪匡通) [読書(サイエンス)]

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少しずつ見えてきた野生動物の本当の姿は、私たちが抱いている「常に全力投球、ど根性」というイメージに比べると明らかに「サボって」いる。手は抜くし、利用できるものはとことん利用する。そして当然、休むし、寝る。でもそれは効率を上げ、または死ぬ確率を下げるための、やむにやまれぬ選択である。
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単行本p.117


 動物に小型カメラや行動記録計を取りつけて、野生環境における行動を観測するバイオロギング。音響解析によるクジラ類の行動研究。それらが明らかにしたのは、野生動物が周囲の環境を利用して労力を節約する、つまり巧みに「サボる」姿だった。様々な野生動物の生態イメージを刷新するサイエンス本。単行本(岩波書店)出版は2013年2月、Kindle版配信は2017年8月です。


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 動物を調べるための基本的手段は観察だ。一見、観察可能に思える海の中は、実はほとんど見えていなかった。そんな海で暮らしている動物を調べる場合、バイオロギングや音響という特殊なやり方がとても役に立つ。海の動物の暮らしぶりや、驚くべき能力が判明する一方で、「野生動物はいつでも一生懸命」といった、人間の一方的な期待を裏切る結果がいくつも得られた。常に最大能力を発揮しないどころか、同種他個体や他種、あるいは人間に大きく依存して暮らしていたのである。
 そんな野生動物たちの姿は、サボっているようにも見える。しかし、よくよく考えてみれば、このやり方こそ厳しい自然環境で生き抜いていく動物たちの本気の姿なのだ。
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単行本p.109


 バイオロギングとクジラ類の音響分析、それぞれの専門家が一般向けに研究成果を紹介してくれる本。様々な野生動物たちの生態が取り上げられていますが、特に「手を抜くことで効率を上げる」という行動パターンに注目するところが特徴です。全体は5つの章から構成されています。


「1 実は見えない海の中」
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 バイオロギングや音響という新たな手段を得て、これまで「チラ見」しかできなかった海の大型動物を研究対象にできるようになった。そして、バイオロギングや音響という手段は、観察に準ずる隔靴掻痒な手段ではなく、観察を主たる方法として進める研究とは異なる視点をもたらしてくれることもまたわかってきた。
 例えば、バイオロギングによって得られるパラメータとして、加速度がある。観察できない動物の動きを、加速度センサーによって捉え、一秒間に数十データという細かさで記録する。これによって、例えば、泳いでいるときのペンギンやアザラシが、どれだけ一生懸命に翼やひれを動かしているのかがわかる。しかし「動かしていない」こともまたわかるのは「想定外」だった。
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単行本p.17

 通常の方法では観察できない野生動物の海中における行動。それを研究するために開発されてきた技術とその歴史を概説します。そして「観察しようと思っていなかったこともひっくるめて記録してしまう」というバイオロギングの特性から、思わぬ発見が得られることを示します。


「2 他者に依存する海鳥――動物カメラで調べる」
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不思議なのは、深いところに生息している魚種も頻繁に胃の内容物に見つかる点だ。マユグロアホウドリは、その他のアホウドリと同様に細長い翼を持ち、長距離飛翔に特化した形態を持っている。そのため、水中に潜るのはあまり得意ではない。(中略)アホウドリが、どうやって深いところに生息する餌を食べているのかという疑問に対し、得られた映像データから「シャチのおこぼれを頂戴する」のがわかった。
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単行本p.29

 アザラシ、ペンギン、海鳥など様々な動物に対するバイオロギングから分かってきた、彼らの潜水行動、採餌行動、子育て行動などを解説します。


「3 盗み聞きするイルカ――音で調べる」
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ある一頭のイルカに、見ることはできないが音は通過するスクリーンの向こう側に物体を提示し、それをエコーロケーションで調べさせた。別のイルカがすぐ横で頭部を水上に出させた状態(=自分ではエコーロケーションできない)でスクリーンの向こうにある物体が何であったかを報告させるという実験を行った。その結果、自分ではエコーロケーションできないイルカも物体をきちんと当てることができたので、他のイルカのクリックスを聞いて、前方の情報を知る能力を持っていることがわかった。
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単行本p.54

 イルカは、自分は手を抜いて音を出さず、他の個体が出した探査音の反響を聞いてエコーロケーションすることが出来る。また天敵であるシャチに探査音を盗み聞きされ居場所を特定されないよう周波数をずらすなどの工夫をしている。視覚より聴覚が大切な海中環境における音響探知の駆け引きを解説します。


「4 らせん状に沈むアザラシ――加速度で調べる」
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意外なことに、ドリフト中のアザラシは腹を上に向け、足ひれを動かさずに、まるで木の葉が落ちるように、くるくると旋回しながらゆっくりと沈んでいた。キタゾウアザラシが二か月半の採餌旅行中に延々と潜水を繰り返すという発見がなされて以来、彼らはいつ休み、いつ寝るのかという疑問を皆が抱いていた。くるくると旋回しながらドリフトするアザラシの動きは、この間に休息ないし睡眠していることを示唆している。アザラシのなかには、ドリフトした後、そのままコツンと海底にぶつかり、そのまま五分間仰向けになってじっとしている者もいるそうで、その情景を思い浮かべるとなんだか笑えてくる。
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単行本p.76

 翼を動かさずに浮上してくるペンギン、らせん状に潜水しながら寝るアザラシ、垂直に立った姿勢で眠るクジラ。動物に取りつけた加速度センサーから得られるデータが明らかにした彼らの意外な行動を紹介します。


「5 野生動物はサボりの達人だった!」
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 魚類から哺乳類に至る水生動物に、共通の装置を取り付けてその動きを調べてみると、本当はもっと深く長く潜ることができるのに、浅く短い潜水が主であったり、最大速度よりもずっと遅い速度を通常の移動に用いているといった日々の暮らしぶりが見えてきた。
(中略)
 我々人間は、ついつい動物の最大能力に目を奪われがちだが、動物の真の能力は最大値ではなく平均値にこそ現れる。ごくまれにしか行われない最大限の動きより、日々の暮らしぶりに着目することで、彼らの生き様を正しく理解できる。
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単行本p.109

 深く長く潜ったりしないペンギン、なるべくゆっくり泳ぐアザラシやウミガメ、消費エネルギーを節約して飛ぶオオミズナギドリ。動物たちの「最大能力」に注目しがちな癖を改め、普段の「手抜き節約モード」で発揮している能力に注目することで彼らの姿が見えてくる。バイオロギングや音響解析によって次第に分かってきた動物の生態について解説します。



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『「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで』(平山令明) [読書(サイエンス)]

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視覚や聴覚に関する研究に比較して、嗅覚に関する科学的研究は大きく立ち遅れているのが現状です。もっと合理的で明快な説明を期待された読者は少し落胆されたかもしれません。科学の進歩はあらゆる分野で歩調を合わせて進むものではありませんが、嗅覚に関する研究はただ単に疎かにされてきたのではなく、実は研究を非常に難しくしている原因があることを読者は気づかれたと思います。
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新書p.250


 他の感覚に比べて研究が遅れている嗅覚。しかし、化合物の分子構造と匂いとの関係、香りが心と身体に及ぼす作用の生理メカニズムなど、少しずつ解明は進んでいる。嗅覚に関する最新知見を一般向けに解説するサイエンス本。新書(講談社)出版は2017年6月、Kindle版配信は2017年6月です。


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一体私達は何種類の匂いを識別できるのでしょうか? 実は、この質問に対する明確な答えはまだ見つかっていません。2014年までは、大体1万種類の匂いを嗅ぎ分けられるというのが通説でした。ロックフェラー大学とハワード・ヒューズ医学研究所の研究者が、2014年3月21日の『サイエンス』誌に衝撃的な論文を発表しました。私達はなんと1兆種類以上の匂いを嗅ぎ分けられるというのです。匂いの研究や仕事に従事している人達は、この数字に非常に驚きました。しかし、この学説には反論も多く、アリゾナ大学の研究者達は、せいぜい5000種類の匂いしか、嗅ぎ分けることはできないと、2015年に主張しています。この数字は2014年までの通説の数字より、逆に少なくなっています。
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新書p.66


 いまだに「人間は何種類の匂いを識別できるのか」という単純素朴な疑問にすら満足に回答できないほど難しい嗅覚の研究。本書はその最新成果を紹介してくれます。

 第1章から第4章は基礎編で、身の回りにある香料、植物からエッセンシャルオイルを抽出する技術、嗅覚の基本的な仕組み、香水の分類、香りを表現するための語彙やフレグランス・ホイールなど香りの分類方法、といった話題が扱われます。


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嗅覚以外の視覚、聴覚、味覚および触覚の情報はまず視床に届き、そこで中継され、その後に大脳皮質の感覚中枢に入り、感覚として認識されます。つまり大脳新皮質で情報処理がされて、感覚が生じます。ところが嗅覚神経は2つのルートで脳に伝わります。
 1つのルートは、他の感覚情報と同じように、視床で中継されそこから大脳新皮質で処理されるルートです。もう1つのルートは、嗅覚神経が一番距離的に近い大脳辺縁系という領域に、ダイレクトに情報を伝えるルートです。大脳辺縁系は大脳古皮質とも呼ばれる領域で、記憶、学習、そして喜怒哀楽などを管理しています。この領域にある海馬は記憶の形成に、扁桃体は情動行動に深く関与しています。さらにその情報はその付近に位置する視床下部さらに下垂体にまで届きます。視床下部は自律神経系や免疫系に、下垂体はホルモン系に関与します。
 すなわち、嗅覚情報は大脳でその情報の解析を行う前に、原始的な脳の部分で感知され、私達の意識に関係なく、それに対処する活動がすでに体の中で起こるということです。したがって、匂いを嗅いだ瞬間、その匂いが何かを思い出す前に、ある種の感情がどっと湧いてくるという、嗅覚独特の反応が起こるのです。
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新書p.62、63


 「香り」が記憶や情緒、心理状態、そして免疫などに影響を与える生理メカニズムがある程度解明されているというのは驚きでした。

 第5章から第7章は、匂いの化学です。アロマ精油に含まれる各種分子を分離するための技術、香り化合物の分子構造、位置異性体による香りの違い、そして匂いの強さや質を客観的定量的に測定するための技術、といった話題が扱われます。


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 芳香族化合物と脂肪族化合物では、匂いの質に明らかな違いがあります。それが、これらの化学構造によることは明らかですが、現在のところ、なぜ匂いの質に差があるのか、その理由はよく分かっていません。
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新書p.116


 第8章から第11章は、匂いや香りの応用について解説します。主な天然の香り化合物のリスト(香水に使われる化合物の構造や性質をまとめた小事典)、さらに人工的に作られた香り化合物のリスト、香りが身体に及ぼす影響(有毒を含む)、などの話題が取り上げられます。


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各々の香りの分子の機能についての研究はまだまだ少ないのが現状です。アロマテラピーに携わっている人の中には、「アロマ精油は混合物であるから体に良い」と無条件に信じている人が少なくありません。彼らの多くは、各々の香り分子の効果を取り出して科学的に調べることに消極的のようです。しかし、これは誤った考え方であると著者は思います。私達は各成分分子の効果を純粋な形で明確に捉え、それらの総合的な効果を定量的に評価すべきだと思います。
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新書p.220


 というわけで、匂い化合物の分子構造特定など研究が進んでいるにも関わらず、なぜそれが人間にとっての「香り」の違いとして感じられるのか、「香り」を感じることでなぜ生理的な影響が現れるのか、という部分が意外に分かってない、それでも研究者は頑張っている、という状況がよく分かる一冊です。


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『イルミネイチャー』(カルノフスキー:絵、レイチェル・ウィリアムズ:文、小林美幸:翻訳) [読書(サイエンス)]

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チクタクと時をきざむ針が何時を指していても、
かならず、そのときに目をさまして、食べ物をさがしに出かける動物がいます。(中略)
それぞれが持っている力がどんなものであれ、動物たちはみんな、
毎日決まった時間に、すがたをあらわします。
最大の理由は、生き残るため。
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単行本p.2


 熱帯雨林、砂漠、湖、山脈、平原、海洋。地球上から10の地域を取り上げ、その生態系を構成している動植物たちの姿を、赤・青・緑という三種類の「マジックレンズ」を通すことで時間帯ごとに分離して観察できる教育絵本。単行本(河出書房新社)出版は2016年12月です。

 子供向きの「いきもの図鑑」というと、昔は「魚類」とか「鳥類」とかいったように系統ごとに分類して載っていたものですが、最近の図鑑は特定の生態系(例えば沼地なら沼地)に生息する様々な種とその関係をまとめて記載する、という構成になっていることが多いようです。幼い頃から、生態系、食物連鎖、生物多様性、といった概念を学べる子供たちがうらやましい。

 本書はこの工夫をさらに一歩進めたもので、特定の生態系を「活動時間帯」毎に分離して観察させる、というもの。

 どういうことかといいますと、見開きニページに、その生態系を構成している様々な動植物の多色刷イラストが重ねて描かれてあるのです。そのまま見ても、ごちゃごちゃした線の集まりに色がちかちかしているばかり。何が描いてあるかよく分かりません。

 この混乱した巨大イラストを、付録である三色の「マジックレンズ」(厚紙に四角い穴を三つ開けて、それぞれ赤・青・緑のセロファンを張ってある)を通してみると、あらびっくり、それぞれ対応する生物種のイラストだけがくっきりと黒く見えるという仕掛け。

 緑は、背景となる地形や植物相のイラストを見せてくれます。赤は、昼間に活動する動物種、青は主に夜間活動する動物種です。

 取り上げられている生態系は、コンゴ盆地の熱帯雨林、シンプソン砂漠、ローモンド湖、アンデス山脈、ウェッデル海とロス海、レッドウッド・フォレスト、東シベリア針葉樹林、セレンゲティ平原、カンジス川盆地、アポ礁、総計10箇所です。セレクトが渋いですね。

 それぞれの生態系について、基本情報(位置、国、環境、面積、生息種数)と解説に続いて、「展望デッキ」と題した前述の多色刷イラストが見開きでどーんと掲載。まずはこれをマジックレンズを使って自由に観察してみよう、というわけです。

 次に「夜・夕方・明け方に活動する動物9種」と「昼に活動する動物9種」に分けてガイドが載っており、これを読んで動物種の名前を確認してから、再び「展望デッキ」に戻って探してみよう、と。

 一つの生態系につき動物イラストが18種、全部で180種が「隠されて」いるわけで、すべての種を確認するのは意外に大変。探しもの系のパズルが好きな子供には大ウケしそうです。

 同じイラストが、セロファンを変えるだけでまったく異なる様相を見せる様は、実際にやってみると大人でも驚かされます。自然観察の驚きを疑似体験させてくれる優れた図鑑であり、動物絵本としても素敵です。



タグ:絵本
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『巨大ブラックホールの謎 宇宙最大の「時空の穴」に迫る』(本間希樹) [読書(サイエンス)]

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 著者らは現在この本の執筆中も、電波望遠鏡で巨大ブラックホールを直接写真に収めようという国際プロジェクトを推進中です。世界中のミリ波サブミリ波帯の電波望遠鏡を束ねて「視力300万」という人類史上最高の性能を達成する、EHTプロジェクトです。本書のしめくくりでは、目前にせまったEHTによる観測と、それによって期待される「巨大ブラックホールの直接撮像」についても解説します。
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新書版p.5


 いよいよ目前に迫った、巨大ブラックホールの直接撮像。国際プロジェクトEHTに参加している著者が、200年に渡る巨大ブラックホール研究の歴史、現在までに知られていること、そして残された謎について、一般向けに解説する一冊。新書版(講談社)出版は2017年4月、Kindle版配信は2017年4月です。


東京新聞 2017年4月11日夕刊記事
「ブラックホール撮影 世界の望遠鏡が協力 プロジェクト進行中」より
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 天の川銀河の中心にあると考えられている超巨大ブラックホールを撮影しようと世界の電波望遠鏡で一斉に観測する国際共同プロジェクトが今月一日から十四日までの日程で行われている。日本の国立天文台などが運営する南米チリのアルマ望遠鏡のほか、米国や欧州、南極の望遠鏡が参加することで、地球サイズの仮想望遠鏡を形作り、見ることが不可能とされてきたブラックホールの輪郭を浮かび上がらせる計画だ。
(中略)
 チームは、重力の影響でブラックホールの周囲を回転する高温のガスが発する電波を観測する計画。この結果、光や電波を出さないブラックホールが黒い穴として見える可能性がある。本間希樹(まれき)・国立天文台教授(電波天文学)は「ブラックホールや周囲の現象の解明につながる」と期待している。

 得られたデータを数カ月かけて解析して組み合わせ、早ければ夏ごろに画像を公開できる見込みだ。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201704/CK2017041102000240.html


 巨大ブラックホールを直接撮影する、早ければこの夏に画像が公開される、という新聞記事を読んでぶったまげました。まじですか。

 というわけで、新聞記事にも登場した本間希樹先生の解説書を読んでみました。基礎知識から始まって、巨大ブラックホール直接撮像プロジェクトに至るまでの流れを分かりやすく解説してくれる本です。全体は10章から構成されています。


「第1章 ブラックホールとは何か?」
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シュバルツシルト半径は厳密には相対性理論を使って求めるべきものですが、本書での説明では相対性理論を使わずに、あくまでニュートン力学の範囲内で物事を考えています。それにもかかわらず、上で求めたブラックホールの半径は、じつは相対性理論を使って求めた場合とぴったり同じになります。これはある意味偶然なのですが、ここではそれ以上深く追求せず、ニュートン力学的な考察でよしとしておきます。
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新書版p.25

 ブラックホールとは何か、それはどのようにして誕生するのか。まずは基本となる知識をおさらいします。


「第2章 銀河の中心に潜む巨大な穴」
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 このようにブラックホールは、本体に加えて降着円盤とジェットの3つの成分がセットになっている、というのが現代の描像です。ところが、じつはこの3つの主要な成分のうち、ちゃんと撮像(画像の撮影)によって観測されているのはジェットだけです。(中略)ジェット以外の降着円盤とブラックホールはまだ分解して観測された例はなく、現代天文学でも重要なフロンティアとして残されています。
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新書版p.61

 銀河の中心核に存在すると考えられているブラックホール。太陽の100万倍から100億倍という途方もない質量、驚異のエネルギー解放効率、何もかも桁外れの天体「巨大ブラックホール」の特性にせまります。


「第3章 200年前の驚くべき予言」
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じつはブラックホールの可能性が科学的に初めて指摘されたのは、今から200年以上も前のことです。ブラックホール研究の歴史は意外に長いことに驚かれる読者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。(中略)ミッチェルとラプラスは単にブラックホールの提唱者であるだけでなく、「巨大ブラックホールを初めて考えた科学者」でもあるのです。
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新書版p.64、71

 意外なことに200年前から存在の可能性が指摘されていた巨大ブラックホール。一般相対性理論に基づく現代的ブラックホール理解に至るまでの研究の歴史を概説します。


「第4章 巨大ブラックホール発見前夜」
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この数行の報告が、巨大ブラックホールに関連した「ジェット」を初めて直接的に捉えた記念碑的なものといえます。
 なお、このM87という天体は、本書の主題である巨大ブラックホールの研究において、現在注目度の最も高い天体の一つです。現在も頻繁にいろいろな波長の望遠鏡で観測されますし、本書の中でもこれからたびたび登場します。そして、うまくいけば、近い将来ブラックホールを「黒い穴」として初めて撮影できるのも、この天体かもしれません。このような巨大ブラックホール研究の重要天体であるM87の研究の原点も、カーチスの1918年の論文にあります。
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新書版p.99

 観測技術の発展により相次ぐ新発見。そのなかで、後に巨大ブラックホールとむすびついて理解されることになる活動銀河中心核と宇宙ジェットの発見について解説します。


「第5章 新しい目で宇宙を見るーー電波天文学の誕生」
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 観測可能な宇宙が一挙に広がって非常に遠い天体が見つかったことにより、これらの天体が途方もない大きさのエネルギーを放射していることが判明します。(中略)3C273の例に当てはめると、3C273はじつに太陽の2兆倍(!)の明るさを持つことになります。3C273は「準恒星状」の天体ですから、図2-5にあるように「点」にしか見えない小さな天体です。そのような狭い領域から、太陽2兆個分という巨大な銀河にも匹敵する莫大なエネルギーが出ているのです。
(中略)
そこでこのような天体の正体として有力な候補となってくるのが、エネルギーを効果的に解放することができる巨大ブラックホールです。宇宙からやってくる電波が発見されてからわずか30年、電波天文学の進歩とともに巨大ブラックホールの存在が現実のものとなっていきます。
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新書版p.138、139

 電波天文学の誕生、電波干渉計の原理、そして後に巨大ブラックホールものものと判明することになるクェーサーの発見にいたる流れを解説します。


「第6章 ブラックホールの三種の神器」
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 このように、クェーサーのエネルギーを説明するのにブラックホールが必要と考えられるようになり、またX線の観測での恒星質量のブラックホールの発見や、VLBIによるジェットの超光速運動の発見などと合わせて、活動銀河中心核の正体がブラックホールであるという説が確立されていきました。
 さらにこれと並行し、理論的なブラックホールの研究も進み、巨大ブラックホールの基本的な描像が確立されていきます。中心には巨大ブラックホールが存在し、そこへ降着するガスが降着円盤を形成しつつ莫大なエネルギーを放射するとともに、ガスの一部がジェットとしてそこから飛び出していく、というのが基本的な描像です。
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新書版p.169

 ついに明らかになったクェーサーの正体。そしてX線天文学が明らかにした恒星規模のブラックホールの存在。活動銀河中心核に存在する巨大ブラックホールの基本的な描像が確立されていくまでのプロセスを解説します。


「第7章 宇宙は巨大ブラックホールの動物園」
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1970年代中頃までに巨大ブラックホールの概念が基本的に確立し、活動銀河中心核は巨大ブラックホールとその周囲の降着円盤、そしてジェットという3つの成分からなるシステムとして考えられるようになりました。わずか3つの成分ですし、そこで行われていることといえば、重力によってガスを集めてブラックホールに落とすだけですから、きわめて単純なシステムということができます。ところが多くの活動銀河中心核を観測していくと、非常に多種多様な性質を持っていることが明らかになります。
(中略)
じつは、活動銀河中心核のこのような多様性を比較的簡単に説明するシナリオが提唱されています。活動銀河中心核の「統一モデル」というものです。
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新書版p.174、

 活動銀河中心核の多様性を説明する「統一モデル」の確立、そして活動性を示さない銀河(私たちの天の川銀河を含む)の中心部に存在する「隠れた巨大ブラックホール」の発見。巨大ブラックホールが観測の対象となるまでの動きを解説します。


「第8章 巨大ブラックホールを探せ!」
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ブラックホール存在のより確からしい証拠を得るためには、ブラックホールにより近いところで非常に大きな速度を測定することが鍵なのです。1990年代に入ってこれが実現した画期的なケースが、NGC4258という近傍の銀河にある活動銀河中心核と、私たちの銀河系の中心にある、いて座Aスターになります。速度を測る測定の原理は同じですが、前者はVLBIの手法を用いて、また後者は赤外線の補償光学(大気のゆらぎを打ち消す手法)の技術を用いて、それを実現しています。
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新書版p.197

 質量測定、降着円盤の回転速度の測定。銀河中心核に巨大ブラックホールが存在する証拠をつかむために行われてきた観測について解説します。


「第9章 進む理解と深まる謎」
――――
 ここまで見てきたように、巨大ブラックホールの存在はほぼ確実と考えられる一方で、現在でもまだまだ多くの謎が残されています。(中略)これらの謎がいまだ未解決で残っている最大の理由は、何よりも巨大ブラックホールそのものがとても小さくて観測できなかったからです。しかし、今後数年以内に巨大ブラックホールの直接撮像が実現する可能性が高まってきており、それが実現するとこれらの謎の解明も劇的に進むことでしょう。
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新書版p.232

 巨大ブラックホールの起源、中間質量ブラックホールの存在、連星ブラックホール合体、降着円盤からガスが供給されるメカニズムの詳細、ジェットの加速および絞り込みメカニズム、そして巨大ブラックホールの直接的観測。いまだ残されている謎と課題についてまとめます。


「第10 章 いよいよ見える巨大ブラックホール」
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 このようなミリ波サブミリ波帯での地球規模のVLBI観測網の実現を目指すのが、EHT(Event Horizon Telescope)と呼ばれる国際プロジェクトです。"Event Horizon"とは「事象の地平線」を意味し、これはブラックホールが「事象の地平線」で覆われていることにちなんだ名前です。文字どおりブラックホールを事象の地平線のスケール(シュバルツシルト半径)で分解し、本当に「黒い穴」であるかどうかを直接に証明することを目指しています。
(中略)
 日本でも、著者ら国立天文台の研究者を中心とするグループが、すでに10年近くこの国際プロジェクトで活動してきています。
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新書版p.243、246

 「月面に置いた一円玉を地球から撮影するのに匹敵する」という巨大ブラックホールの直接撮像。国際プロジェクトEHTとそこに用いられる観測技術について解説します。


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『痛覚のふしぎ 脳で感知する痛みのメカニズム』(伊藤誠二) [読書(サイエンス)]

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痛みに関する総説や専門書は数多くありますが、生化学・分子生物学の立場から、分子に基づいた痛みに関する一般読者向けの単行本がないことが、『痛覚のふしぎ』を書こうと思った最大の理由です。同時に、痛みの研究が成熟期にあり、今後、執筆内容が大きく変わることがないとも考えました。
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新書版p.5


 生活の質を著しく下げることになる「痛み」という苦痛。それはどのようなメカニズムで知覚されるのか。原因が除去されてもなお痛みが慢性的に続くことがあるのはなぜか。分子生物学の立場から見た「痛み」に関する最新研究成果を一般向けに紹介する一冊。新書版(講談社)出版は2017年3月、Kindle版配信は2017年3月です。


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痛みを客観的あるいは定量的に評価することは、いまもってできていません。患者の痛みの強さは図7Aに示す11段階で測る数値的スケール、長さ100mmの線を引いた細長い紙で痛みの程度を測る視覚的アナログ目盛法や質問表による心理的な評価など、主観的な評価方法に頼っているのが現状です。
(中略)
 痛みを理解する上で重要なことは、痛みが五感と異なり、不快な感覚的・情緒的体験で、慢性痛の多くは痛みの原因が体内にあり、原因が除去されないと持続すること、痛みの感じ方は個人差があり、意識レベルや情緒的な要因により変化することにあります。
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新書版p.52、59


 意識レベルや情緒的な要因の影響を強く受け、いまだ客観的・定量的な測定が出来ない「痛み」という感覚。しかし、分子生物学の発展により、受容体から脊髄を経て脳で処理されるまでの「痛み」のメカニズムについてはかなりの知識が得られており、その成果は鎮痛剤などの創薬に活かされています。

 本書は、この「痛み」という不思議な感覚、体験の研究成果を解説する一冊。全体は5つの章から構成されます。


「第1章 痛いとはどういうことだろう」
――――
 慢性痛には身体的、心理的、行動的、社会的な要因が密接に関与しますが、その関わり方は個人差があります。そのため、各要因の関係を明らかにして、慢性痛の症状を治療することから、慢性痛を持った患者を治療する全人的医療が必要になります。慢性腰痛で紹介した認知行動療法がその例でしょう。慢性痛の治療が成功するためには、心理的要因、社会的要因の比重が大きくなる前の侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛の段階で適切に治療することが求められます。
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新書版p.55

 まず誰もが知っていながら、実は意外に分かっていない「痛み」という感覚、体験についての基礎知識をまとめます。痛みの役割、急性痛と慢性痛の違い、麻酔の発見と作用原理、そして痛みに関する総合的な理解へと進んでゆきます。

 個人的には、長引く腰痛などの慢性痛には脳の記憶が強く関与していることがあり、認知行動療法なども取り入れた全人的治療が有効、という指摘が印象的でした。


「第2章 痛みはどのように生じ、脊髄に伝えられるのだろう」
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 脊髄には、感覚受容器から受け取った情報を脳に送り出すニューロン(P)以外に、送り出すニューロンに働きかけて門番の役割をする介在ニューロンがあります。痛い時に痛い部位をさすることで痛みが和らぐことがあります。反対に、帯状疱疹後神経痛では、肌着がふれる、さわるだけで強い痛みが生じます。このように、脊髄には体性感覚のさまざまな情報が集まり、大脳皮質に情報を伝えるかどうかの門番の役割をしているのです。
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新書版p.119

 カプサイシン(トウガラシの主成分)の受容体が熱侵害受容器でもあることの発見から始まって、イオンチャネルと受容体の動作メカニズム、触受容体、化学侵害受容体、後根神経節ニューロンと感覚神経、先天性無痛症、脊髄ゲートコントロール説。侵害刺激(痛みを引き起こす強い刺激)が侵害受容器にとらえられ、その情報が脊髄まで到達するまでの仕組みを解説します。


「第3章 痛みの中枢はどこにあるのだろう」
――――
痛みにとって重要かつ興味深い問題は、「侵害刺激を受けた時に活性化され、痛みを識別する共通の脳の部位があるのだろうか」「人によって、時によって痛みの感じ方が違うのはなぜなのだろうか」「急性痛が慢性痛に変わる時に脳の中にどのような変化が起きているのだろうか」「慢性痛の患者の感情面に関わる共通の脳の部位があるのだろうか、いいかえると痛みの司令部はあるのだろうか」など、取り上げるとわからないことばかりです。
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新書版p.123

 受容器から脊髄まで到達し感受性レベルが決定した「痛み」は、さらに脊髄から脳へどのように伝わるのか、そして脳はどのような処理を行っているのか。「痛み」の脳への伝達経路、脳の「痛み」中枢、下行性疼痛抑制系とデフォルトモードネットワークの連結など、脳の中で生じている「痛み」の処理についての知見を解説します。


「第4章 なぜ痛みは増強し、持続するのだろう」
――――
痛みの研究が進歩することにより、痛みに伴う「脊髄の中枢性感作」に関係する分子・機構は、海馬の記憶学習で見られる長期増強など神経回路の可塑的変化に関わる分子・機構と驚くほど共通性のあることがわかってきました。
(中略)
痛みの原因が取り除かれないと、痛みは持続し、慢性化します。慢性痛では、痛みの役割は失われ、覚えなくてもいいことを学習し、脳に記憶することになります。その強度が強くなればなるほど痛みは弱い刺激でも感じるようになり、長く続きます。
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新書版p.187、188

 痛覚過敏反応、脊髄の中枢性感作、触刺激が痛みに変わる仕組み、記憶学習と慢性痛の関係など、痛みの持続・増強・慢性化の仕組みを解説します。


「第5章 痛みの治療はどこまで進んでいるのだろう」
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 痛みの研究成果が創薬と結びついて、新しい治療薬が次々と慢性痛の患者の治療に用いられています。(中略)これまで製薬会社は、化学合成した低分子化合物をスクリーニングして、その中から動物実験でその安全性と有効性を確かめ製品化してきました。しかし最近、治療薬として生物を起源とするモノクローナル抗体やワクチンといった高分子の生物製剤が脚光を浴びています。(中略)1980年代以降の分子レベルの痛み研究はめざましいものがあり、慢性痛の原因の的確な診断により、患者に合わせた治療ができる時代になっています。
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新書版p.192、193

 様々な痛みの治療薬・治療法を紹介し、今後の高齢化社会における意義、さらには精神の痛み(スピリチュアル・ペイン)まで、「痛み」と私たちの生活や社会との関わりを見てゆきます。


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