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『人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか』(中川毅) [読書(サイエンス)]

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地球の公転軌道と自転軸の関係で、北半球の夏に降り注ぐ太陽エネルギーは増加しつつあった。つまり、氷期は時間の問題で終わろうとしていた。だが気候システムはその外力に対して非線形に応答し、太陽の変化に歩調をあわせてゆるやかに変動する代わりに、ある瞬間に大きな飛躍を見せた。それまで本質的に不安定だった気候は、一転して安定な状態に切り替わり、地球には安定した時代、言い換えるなら「近い未来なら予測可能」な時代がやってきた。予測が成り立つ時代とは、人間の演繹的な知恵が発揮されやすい時代ということでもある。氷期に巨大な古代文明が生まれなかったことと、氷期の気候が安定ではなかったことの間には、おそらく密接な因果関係がある。
 現在の安定な時代がいつまで続くのか、次の相転移がいつ起こるのかは、本質的に予測不可能である可能性が高い。
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新書版p.168


 過去7万年分の年縞が連続的に保存されている奇跡の湖、水月湖。世界の地質学的標準時計である水月湖の研究から得られた気候変動の正確な歴史、そしてそこから見えてくる将来の気候変動に関する重大な知見を、一般向けに分かりやすく紹介してくれるサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年2月、Kindle版配信は2017年2月です。


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私たちは無意識のうちに、進んだ科学技術で大きな商品価値を生み出す国を「先進国」と呼ぶことに慣れている。まるで文化も歴史も尊厳もすべて、経済という船に付随する飾り物に過ぎないかのようである。しかし、先進国を生きる私たちが「先を進んで」いるような気分でいられるのは、現代の気候がたまたま私たちのライフスタイルに適合しているという、単なる偶然に支えられてのことに過ぎない。
 人間や社会の価値を、現状における「効用」だけで測ることはきわめて危険である。だが歴史を通じて、人間はそのような過ちを何度も犯してきた。
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新書版p.207


 水月湖が世界の地質学的標準時計として認められるまでの困難な道のりをエキサイティングに描いた『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』。その著者が、水月湖の研究から得られた知見のうち、過去の気候変動に関するものを一般向けに分かりやすくまとめてくれます。ちなみに『時を刻む湖』の紹介はこちら。


  2017年01月11日の日記
  『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-01-11


 全体は7つの章から構成されています。


「第1章 気候の歴史をさかのぼる」
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 念のため強調するが、私はここで、現在の温暖化予測も70年代の寒冷化予測と同様に信頼できないと主張しているのではない(ただし、信頼できると主張しているのでもない)。
(中略)
 むしろここで強調したかったのは、寒冷化と温暖化という正反対の学説が立て続けに提唱されたにもかかわらず、そのどちらもが同時代の人々の目に「本当らしく」見えたという事実についてである。私たちの直感は、時として驚くほど脆弱な根拠の上に成り立っている。学説の寿命は、データの寿命に比べて一概にひどく短い。それでも私たちは、提示される説に対して自分なりの意見を持ち、どのような「対策」が妥当であるかを考えなくてはならない。
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新書版p.41

 過去の気候変動のデータから未来の気候変動を予測することは可能なのだろうか。現在の傾向が今後もそのまま続くという直感、同じパターンが周期的に繰り返されるという直感。70年代の寒冷化予測と現代の温暖化予測を比較することで、直感に頼ることの限界を明らかにします。


「第2章 気候変動に法則性はあるのか」
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最近の1万1600年ほどは、一定の細かな変動はあるものの、基本的には安定して温暖な状態を保っている。それに対して氷期は、安定とはほど遠い時代だったことが分かる。基本的に寒冷であることは確かなのだが、その中に急速に温暖化する時代を何度も含んでいる。温暖化の速度はきわめて早く、場所によってはグラフがほとんど垂直の線になっている。変動の振幅もきわめて大きい。氷期の中だというのに、気温が現代の水準に肉薄することすらある。このような激しい温暖化事件は、氷期を通じてくり返し起こっており、その数は大小あわせると、過去6万年だけでも17回、氷期全体では20回を超える。
(中略)
氷期の中で起こっていた気候変動が線形でもなければ周期的でもなかったことだけは、どうやら確かなようだ。線形モデルと周期モデルは、世界観としては直感的にきわめて受け入れやすい。しかしじっさいの氷期は、どちらのモデルも現実には通用しない時代だったのである。
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新書版p.47、48

 グリーンランドの氷床研究から分かってきた過去の気候データを詳しく調べると、温暖で安定した温暖期と、寒冷で極めて不安定な氷期があることが分かる。氷期における気候変動は極端な変動と予測不能性を示しており、また氷期と温暖期の切り変わりは驚くほど急激だったということも判明した。カオス的な振る舞いを示す、直感がまったく通用しない気候変動。それを理解するためには、どのような変化が正確にいつ起きたのかを「人間が実感できる」くらいの時間精度で調べる必要があることを示します。そんなことが可能なのでしょうか。


「第3章 気候学のタイムマシンー縞模様の地層「年縞」」
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 地質学は数万年や数億年といった、きわめて長い時間をあつかうことを得意としてきた。いっぽう、人間が「実感」できる時間は長くても数十年から100年だろう。人間にとって切実な気候変動の実例を、地質学的な記録の中から見出そうと思えば、かなり特殊な試料を見つけてきて詳細に分析する必要がある。福井県の水月湖から見つかった縞模様の堆積物は、そのような研究をおこなうのに最適な「奇跡の泥」だった。
(中略)
明暗一組の縞模様は、ちょうど1年の時間に対応している。1年に1枚ずつたまるこのような地層は「年縞」と呼ばれる。水月湖には、厚さにして45メートル、時間にして7万年分もの年縞が、乱されることなく静かにたまっているのである。そのような湖は、世界でも水月湖の他に例がない。
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新書版p.74

 グリーンランドの氷床研究から先に進むために古気候学者たちが必要としているデータ、それは日本の水月湖に眠っていた。なぜ水月湖は「奇跡」と呼ばれるほど特別なのか。前述した『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)の内容のうち、水月湖の特異性を解説した部分を要約します。


「第4章 日本から生まれた世界標準」
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2006年の掘削は、それ自体は単なる穴堀りであり、学術的な成果であると見なされることは少ない。成果として脚光を浴びるのは、通常は掘削試料ではなく分析データのほうである。だがひとつだけ自画自賛を許していただけるなら、その後に続いた水月湖研究の栄光のドミノ、その最初の1個を倒したのは、あの熱い夏に「完全連続」を達成するまで決して引き下がらなかった、私たちの愚直な掘削だったと思っている。
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新書版p.98

 水月湖の湖底にたまった泥を掘り出し、年縞を数える。言ってみればただそれだけのために、数十年の歳月と超人的な努力が必要だった。世界を驚嘆させた美しいデータの背後にある研究者たちの艱難辛苦。前述した『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)の内容のうち、水月湖の掘削から試料分析、ついに世界標準時計として認められるまでの経緯を要約します。


「第5章 15万年前から現代へー解明された太古の景色」
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 参考までに、私が1サンプルの花粉分析に要する時間は、前処理まで含めると平均で1時間を超える。水月湖で私がこれまで分析したサンプルの数は、そろそろ1400に届こうとしているので、単純計算でそれだけの時間を投入してきたことになる。最終的に成し遂げたいと思っている数は4500なので、最近ではそろそろ自分に残された時間が気になり始めている。
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新書版p.126

 水月湖の堆積物に含まれる花粉を分析することで、過去の気候(植生景観)を再現することが出来る。地道な分析作業を積み重ねることで、地球の公転軌道の周期的変化、地軸の歳差運動、などの天体運動が気候変動にダイレクトに影響していることがはっきりと見えてくることを解説します。


「第6章 過去の気候変動を再現する」
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水月湖の堆積環境は、おそらくある1年を境にとつぜん変化した可能性が高い。つまり氷期は、まるでスイッチをパチンと切ったかのように、本当に急激に終わったらしいのである。スイッチが切り替わった後では、水月湖のまわりの気候は温暖になり、しかも数十年スケールで激しく変動することをやめて安定になった。それは、人間にライフスタイルや価値観の変更を迫るほどの本質的で急激な変化だった。(中略)また、水月湖とグリーンランドのそれぞれの年代目盛りを用いて変化のタイミングを推定すると、両者は実質的に同時だったらしい。おそらく氷期の終わりは、一瞬で北半球全体、ひょっとすると全世界をも巻き込む、本当の意味での大事件だったのだろう。
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新書版p.167

 これまでの古気候学の成果により明らかになった過去の気候変動を見ると、地球の運動による周期的な変動に加えて、予測不可能な急激な変動があったことが分かる。特に氷期の終わりは極端で、おそらく「1年」で地球全体の気候が相転移する、という劇的な変化が起きている。このような激変が、その当時を生きていた人類の文化と歴史にも後戻りのきかない本質的な変化を与えたと考えられることを示します。


「第7章 激動の気候史を生き抜いた人類」
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 気候が安定しているときに、農耕をおこなって生産性を高めるか、あえて狩猟採集段階に留まるかは、人口さえ過剰でないなら、突き詰めれば「哲学の問題」に帰着すると述べた。だが気候が不安定な場合には、事態はそれほど牧歌的ではなくなる。来年が今年と似ていることを無意識のうちに期待する農耕社会は、気候が暴れる時代においては明らかに不合理である。
 言い換えるなら、氷期を生き抜いた私たちの遠い祖先は、知恵が足りないせいで農耕を思いつけなかった哀れな原始人などではなかった。彼らはそれが「賢明なことではない」からこそ、氷期が終わるまでは農業に手を付けなかったのだ。
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新書版p.200


 地球の運動から生ずる大きなサイクルに加えて、非線形的でカオス的な振る舞いを見せる気候変動。その本質的な予測不能性に、人類はどのようにして対処してきたのか。そして現代の社会は対処できるのだろうか。気象が極めて安定した時期に発達した人類文明は、予測不能かつ極端な気候変動という試練をどう乗り越えてゆけばいいのかを考えます。


 水月湖の湖底掘削から人類レベルの文明論へと駆け上ってゆくドライブ感。泥に刻まれた年縞を数え上げ、花粉サンプルを一つ一つ分析してゆく地道な努力に対する感動。十万年周期の地球の動きが、気候変動を通じて、過去の植生変化を決めていたという驚き。そして、私たちが生きている時代が例外的な気候安定期であり、しかもそれはどうやら終わりつつある(それこそ1年で相転移するかも知れない)という衝撃。

 様々な観点からエキサイティングなサイエンス本です。古気候学の入門書としても、いわゆる「人類の活動が引き起こしている(最近の「緩やかな」)温暖化」とは別スケールで見た激しい気候変動史の解説としても、天体現象と気象と人類史の関係を包括するサイエンス本としても、また『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』(中川毅)の続篇としても非常に面白く、広くお勧めしたいと思います。


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『ドラゴンの塔(下) 森の秘密』(ナオミ・ノヴィク、那波かおり:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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故郷にいないと、自分の中身がからっぽになったような気がした。谷を出て山を越えたときから、毎日、故郷をなつかしんだ。根っこ……そう、わたしの心には根っこがある。その根は、穢れと同じくらいしぶとく、あの谷に根を張っている。(中略)なぜ〈ドラゴン〉があの谷から娘を召し上げるのか――それがふいに、わかったような気がした。なぜ、彼はひとりの娘を召し上げるのか、そして、なぜその娘は、十年の月日がたつと、谷から去っていくのか。
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単行本p.96


 邪悪な〈森〉に捕らわれていた親友カシアと王妃を救出したアグニシュカ。だがそれは狡猾な罠だった。人の悪意を操る〈森〉の策略により崩壊してゆく王国。アグニシュカたちが立てこもる〈塔〉は軍に包囲され、ついに武力と武力、魔法と魔法が激突する壮絶な攻城戦が始まる。『テメレア戦記』の著者による冒険ファンタジー長篇、その下巻。単行本(静山社)出版は2016年12月です。


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「〈森〉をあやつるやつは、愚かで猛々しいけだものとはちがう。そいつは目的のために思考し、計画し、行動する。そいつには人の心のなかが見えるんだ。そして、心に毒をたらしこむ」
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単行本p.120


 いよいよ〈森〉の秘密が明らかになる下巻。ちなみに上巻については昨日の日記を参照してください。


  2017年04月12日の日記
  『ドラゴンの塔(上) 魔女の娘』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-04-12


 〈森〉との闘いで善戦したアグニシュカ。だが、それもすべては〈森〉の策略だった。隣国との緊張関係、王国内部の政治力学、アグニシュカという異物。すべてを利用した狡猾な人心操作により、〈森〉は王国を崩壊へと導いてゆく。


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「あんなところに足を踏み入れちゃいけなかったんだ。踏みこんだうえに、兵はさらに進軍をつづけ、領土を広げ、木々を切り倒し、ついには〈森〉をふたたび目覚めさせてしまった。この先どうなるのかは、だれにもわからない」
(中略)
「そうよね、たぶん、あんな土地に住みついちゃいけなかったのよ。でも、もう手遅れだわ。〈森〉はわたしたちを放してくれない。わたしたちを逃がそうとしない。わたしたちを食い尽くし、むさぼり尽くしたいんだわ。だから、〈森〉に呑みこまれたが最後、戻ってはこられない。もう、やめさせなきゃ、そんなこと。逃げるんじゃなくて、やめさせなきゃ」
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単行本p.95、97


 アグニシュカと大魔術師〈ドラゴン〉ことサルカンがたてこもる〈塔〉を取り囲む数千の大軍。そして、武力と武力、魔法と魔法が激突する壮絶な攻城戦が始まる。どちらが勝利しても、疲弊した王国を〈森〉が取り込むだけ。分かっていながら、誰にも止められない戦争。

 まさに四面楚歌。ついに塔の大門が打ち破られ、敵兵がなだれ込んでくる。地下に逃げ込んだアグニシュカはサルカンと共に最後の魔法に挑む。奇跡は再び起きるのか。


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魔法書はすでに彼の手もとにない。『ルーツの召喚術』は消えてしまった。呪文を終わらせることはできないし、彼の力が尽きてしまったらきっと……。
 わたしは深く息をつき、サルカンの指に自分の指をからめて、呪文に合流した。彼はすぐには受け入れなかった。わたしは声をひそめ、息をはずませながら、自分の感じるままに歌った。もう地図はない。言葉も憶えていない。でも、わたしたちは、これをやり遂げたことがある。どこに向かうのか、なにを立ちあげるのか、それを憶えている。
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単行本p.257


 姿をあらわす〈森〉の正体。力でも魔法でも滅ぼすことの出来ない敵。その圧倒的なまでの悲しみと憎しみの理由を知ったアグニシュカには、はたして何が出来るのだろうか。


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 わたしは土山からおりて、池の底に広がる石を踏みながら〈森〉の女王に近づいた。女王が怒りをたぎらせてわたしに向かってくる。「アグニシュカ!」サルカンがしわがれた声で叫び、這いあがる樹皮と戦いながら、わたしのほうに片腕を伸ばした。わたしに近づいてくる〈森〉の女王の動きがしだいにゆっくりになり、止まった。召喚術の光が彼女を背後から照らし出す。女王のなかのすさまじい穢れが、長い歳月をかけて絶望がつくった苦渋の黒い雲が、召喚術の光に浮かびあがった。でも、光は彼女だけでなく、わたしの体も照らし、そして透過した。〈森〉の女王には、わたしの顔の奥に、彼女を見つけ返すほかのだれかが見えていたはずだ。
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単行本p.322


 理解と共感はヘイトを乗り越え共存への道を見つけることが出来るのか。西洋ファンタジーとして始まった物語は、現代の世界が抱えている課題へとストレートにつながり、やがて東欧民話の世界へと静かに回帰してゆきます。

 というわけで、魔法、東欧民話、師弟ドラマ、ロマンス、宮廷政治、戦争、さまざまな要素が絶妙なバランスで配置された、誰もがわくわくしながら読めるファンタジー長篇です。『テメレア戦記』が好きな方にはもちろん、物語の魅力でぐいぐい引っ張ってゆくファンタジー作品が好きな方に広くお勧めします。



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『ドラゴンの塔(上) 魔女の娘』(ナオミ・ノヴィク、那波かおり:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 わたしは、なにかを習得しようと苦闘した数ヶ月の時に感謝した。自分のすべての失敗に、この石室で〈森〉の嘲笑を浴びながら過ごした時間に感謝した。そのおかげで、わたしは呪文を継続させる強さを身につけたのだから。〈ドラゴン〉が魔法書の呪文を唱えつづけていた。動じることのない声が背後から聞こえてくる。その声が、どっしりとした船の錨のように、わたしをつなぎとめていた。
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単行本p.240


 東欧にある王国の辺境に位置する小さな谷。そこに建つ白い塔には〈ドラゴン〉という通り名の大魔術師が住んでいた。邪悪な〈森〉の侵略から谷を守る代償として、彼は十年ごとに村から若い娘を一人召しあげて塔に連れてゆく。この年選ばれたのは平凡な娘アグニシュカ。だが、彼女のなかには魔女としての才能が眠っていたのだった。『テメレア戦記』の著者による冒険ファンタジー長篇、その上巻。単行本(静山社)出版は2016年12月です。


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〈ドラゴン〉は十年ごとに十月生まれの十七歳の娘をひとりだけ選ぶ。この谷に村の数はそう多くはないから、この条件に当てはまる娘もそう多くはいない。(中略)〈ドラゴン〉がつねにいちばん美しい娘を選ぶとはかぎらないのだけれど、いつも、なにかしらに秀でた娘が選ばれた。だれよりも美しいとか、とびぬけてかしこいとか、いちばんの踊り手だとか、とりわけ気づかいができるとか――とにかく、〈ドラゴン〉は言葉を交わすこともなく、そういう娘をぴたりと選びとった。
 そして、カシアはこのすべてに当てはまった。
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単行本p.8


 十年に一度、〈ドラゴン〉の通り名をもつ大魔術師が一人の娘を選んで〈塔〉に連れてゆく。今年は美しいカシアが選ばれると誰もが思っていたのに、選ばれたのはカシアの親友であるアグニシュカだった。なぜ自分が選ばれたのか。混乱するアグニシュカは、しかし〈ドラゴン〉ですら予想しなかったほどの魔法の才能を持っていた。

 自分のことを取り柄のない平凡な娘だと思っていたヒロインが、理由も知らされないまま選ばれ、そのことで自分の秘められた才能に気づく。そして師匠のもとで修行に励み、成長してゆく。そんな物語です。

 凡庸なプロットに感じられますが、邪悪な〈森〉が故郷の村への侵略を開始するあたりから物語は一気に緊迫感を増し、そのまま軍事作戦に巻き込まれてゆく展開はさすが『テメレア戦記』の著者。


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 わたしたちは沈黙した。頭のなかには、〈森〉がじわじわと冷酷に、わたしの家に、わたしたちの谷に進軍し、やがてはこの世界を支配するさまが浮かんでいた。そのとき、塔の窓から外を見渡すところを想像する。塔を包囲して果てしなく広がり、風に揺れてざわざわと憎悪のささやきを皮し合う交わし合う黒い木々、おぞましい樹海。そこに生きものの姿はない。〈森〉はすべての生きものの息の根を止めて、木々の根の底に埋めてしまおうとするだろう。
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単行本p.220


 あらゆる動物を化け物に変え、人間の魂を穢して悪意に満ちた怪物にしてしまう恐るべき〈森〉。捕えられた親友のカシアを救うために、師匠の制止も聞かず〈森〉へと向かうアグニシュカ。巻き込まれた〈ドラゴン〉ですら対抗できない、あまりにも強大で邪悪な〈森〉の力。だが、アグニシュカと〈ドラゴン〉の、まったく性質の異なる魔法がひとつに重なったとき、奇跡が起きる。

 最初はゆっくりとした物語に思えるのですが、途中から手に汗握るような戦闘シーンが連発されるようになり、派手な魔法もばんばん発動しまくる展開になります。二人の魔法が共鳴し重なってゆく場面の描写は特に素晴らしい。下巻は『テメレア戦記』ばりの大規模戦争が描かれるとのことで、楽しみです。


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『黄色いボート』(原田彩加) [読書(小説・詩)]

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人件費削減しようそうしよう浮ついている春の会議は
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壇上に追いたてられてスピーチをさせられている手負いの獣
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こんなにもひとを嫌っている春は胸の底までぬかるんでいる
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帰ったら上着も脱がずうつ伏せで浜辺に打ち上げられた設定
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バファリンが効くまで床にうずくまり鵺のことなど考えていた
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買ったもの思い出せずにAmazonの箱を開ければまた箱がある
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 仕事がつらい。職場がつらい。何でこんな理不尽ばかりまかり通るのか。職場や生活に対する怒りを吐き出すような非正規女性労働歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2016年12月です。


 とにかく仕事がつらい。何もかもつらい。そもそも通勤がつらい。

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淡い空 女性専用車の床を踏みしめている無数のヒール
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往来で転んだけれど無関心決め込まれている世界がいいね
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やってくるひとは途切れず永遠に誰かのためにドアを押さえる
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 ようやく職場に到着すると、そこで待っているのは理不尽と意味不明な苦役ばかり。

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一斉に鳴っているのに誰ひとり取らない電話駆け寄って取る
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そうですねおそれいります意味のない言葉の先でねじれるコード
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壇上に追いたてられてスピーチをさせられている手負いの獣
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 つのる怒り、あふれるストレス。非正規だからか。女だからか。

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花が咲くように怒りはいちどきに溢れてキーボードが壊れそう
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ひといきに陸へとあがる苦しさだ誰もわたしに話しかけるな
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こんなにもひとを嫌っている春は胸の底までぬかるんでいる
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もう二度と開かぬ窓と決めている窓を覗くな窓を叩くな
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 でも他人のおかげで状況は悪化してゆくばかり。

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引火して辺り一面燃えているなかでようやくひとりになった
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もう君に相談したりしなくても火の輪くぐりはひとりでできる
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まだ何も失ってない 真四角の窓から見えるアンテナに鳥
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 もちろん業績など上がらず、責任だけは下へ下へとスムーズに。

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人件費削減しようそうしよう浮ついている春の会議は
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議事録は上書きされて 断定で書いたところを直されている
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辞めるって決めたら楽になったよと踊り場へ来て同僚はいう
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 疲れ切って帰宅しても、ぜんぜん楽にならない。しんどい。

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終電のドアに凭れて見ていればこのまま夜明けになりそうな空
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帰ったら上着も脱がずうつ伏せで浜辺に打ち上げられた設定
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バファリンが効くまで床にうずくまり鵺のことなど考えていた
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 こんな毎日の繰り返しがいつまで続くのか。なぜ続くのか。

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買ったもの思い出せずにAmazonの箱を開ければまた箱がある
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コーヒーはこんなに黒い飲み物か深夜の街に雨が降ってる
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夢で長く生きてしまった明け方に目覚めたときのとおい心音
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眠ったら遠くへ行けた/目覚めたらまだここにいた 雨の日曜
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 どんどんひどくなってゆく労働環境。全方位こづきまわされるような非正規女性社員の扱い。せめて仕事させろよ。そんな状況にあっても決してくじけず、戦い、働き、生き延び、そして苦々しいユーモアにくるんで短歌にする。言葉のちからで理不尽に反撃する、そんな怒りの力強さがひしひしと感じられる労働歌集です。



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『いぬと、ねこと、わたしの防災 いっしょに逃げてもいいのかな? ペット防災の基本BOOK』(LEONIMAL BO-SAI/Lucy+K、平井潤子:監修) [読書(教養)]

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「もしも」を考えると浮かぶ、さまざまな疑問。
「キャリーに入ってくれるかな?」
「持っていかなければならないものは?」
「避難所では、別々に過ごすの?」
「ペットのための備蓄やケージはあるの?」
「ペットを嫌がる人もいるよね?」

――そもそも、本当に、
「いっしょに逃げていいのかな?」
――――
単行本p.3


 地震が起きたとき、大切なペットを守るには。どうやって助けるのか、避難所ではどうすればいいのか、ペットを連れて避難していいのだろうか。ペットを飼育する人々のための防災知識。単行本(株式会社ドリーム)出版は2016年9月です。


――――
いっしょに逃げても
いいんだよ。

いっしょに逃げるとは、
つまり、いっしょに生き抜くこと。
同行避難だけにこだわらず、
みんなで生き抜くことを、一人よがりではなく考えること。
それこそが、本当の防災だと
LEONIMAL BO-SAIは信じています。
――――
単行本p.65


 2016年4月23日から5月22日にかけて開催された「いぬと、ねこと、わたしの防災 いっしょに逃げてもいいのかな?展」の内容をもとに作成された防災ブック。全体は五つの章から構成されています。


「Chapter1  「もしも」災害シミュレーション」
――――
災害発生時、自分とペットに起こりうることを
想像したことがありますか?
実際の状況はさまざまですが、まず、「もしも」について
具体的に考えを巡らせておくことが
“自分なりの防災”を始める第一歩です。
――――
単行本p.13

 災害発生時に生じるペットまわりの問題を具体的な例をもとに考えます。健康管理、避難訓練、自宅の防災対策強化、飼い主グループとの共助、ペットの社会化、迷子予防。


「Chapter2  「いつも」からできる「もしも」の備え ~ワーク~」
――――
実は、ペットの安全を守ることは、
自分自身の安全を守ることにも直結しています。
ずっといっしょに生きていくために、
ひとつずつ実行に移していきましょう。
――――
単行本p.21

 前章で挙げられた問題について、一つ一つ普段から対策しておくべきことを示します。
ペットの居場所の安全性チェック、飼い主グループの構築、ペットを人馴れさせておくこと、迷子対策。


「Chapter3  日本の地震とペットとの被災に関する実例」
――――
この章では、過去の震災で
被災したペットと飼い主への支援体制や、
避難の状況を紹介します。
――――
単行本p.33

 最近の震災を取り上げ、ペットとの同行避難などがどのように行われ、どのような問題が生じたのかを見て行きます。新潟県中越大震災(2004年10月)、岩手・宮城内陸地震(2008年6月)、東日本大震災(2011年3月)、熊本地震(2016年4月)。


「Chapter4  「いっしょに逃げてもいいのかな?」同行避難のこと」
――――
災害時において、避難所はひとつの「社会」です。
ペットを飼っていない人たちも大勢いる中で、非常事態を生き抜いていくために、
協力し合い、理解を得て、
受け入れてもらう努力が必要です。
――――
単行本p.39

 ペットと一緒に避難所に逃げる「同行避難」。飼い主とそうでない人の間で生じがちなトラブルをどう予防するか。アンケート調査から見えるそれぞれの気持ちを理解し、共存のための行動指針を示します。


「Chapter5  「いつも」からできる「もしも」の備え ~グッズ~」
――――
いつ起こるかわからない
「もしも」に備えて
ペットのいのちを守るために、
揃えておくとよい「モノ」の備えをご紹介します。
――――
単行本p.49

 ペットのための防災グッズをまとめます。飼育手帳・治療記録、包帯、ゴミ袋、ビニール袋、新聞紙、ケージ、ペットシーツ、ウンチ袋、避難用具、薬・療養食、鑑札・迷子札、数日分のフード、カッター・はさみ・ガムテープ、洗濯ネット、トリミング・ドライシャンプー用品、数日分の水。

 その他、リュック型ペットキャリー、トレーニングなどの情報が載っています。


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