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『SFが読みたい! 2018年版』 [読書(SF)]

 今年もやってきました、昨年のベストSF発表。自分がどれだけ読んでいたか確認してみました。2017年におけるSF読書の結果です。

 国内篇ベスト30のうち読んでいたのは7冊、海外篇ベスト30のうち読んでいたのは6冊。総計して、2017年のベストSF60冊のうち、13冊しか読んでいませんでした。ヒット率22パーセント、過去最低記録を着々と更新中。パトラッシュ、僕はもう疲れたよ……。

 参考までにベストSF2017のうち私が読んでいた作品について、読了後に書いた紹介をリストアップしておきます。これから読もうかと思っている方に参考になれば幸いです。


2017年11月06日の日記
『公正的戦闘規範』(藤井太洋)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-11-06


2017年06月06日の日記
『あとは野となれ大和撫子』(宮内悠介)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-06-06


2017年03月23日の日記
『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』(宮澤伊織)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23


2017年10月26日の日記
『機龍警察 狼眼殺手』(月村了衛)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-10-26


2017年08月30日の日記
『行き先は特異点 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、藤井太洋、宮内悠介、上田早夕里)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-08-30


2017年02月21日の日記
『AIと人類は共存できるか?』(早瀬耕、藤井太洋、長谷敏司、吉上亮、倉田タカシ、人工知能学会:編集 )
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-02-21


2017年01月26日の日記
『カブールの園』(宮内悠介)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-01-26


2017年09月06日の日記
『母の記憶に』(ケン・リュウ、古沢嘉通・幹遙子・市田泉:翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-09-06


2017年09月28日の日記
『時間のないホテル』(ウィル・ワイルズ、茂木健:翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-09-28


2018年02月01日の日記
『猫は宇宙で丸くなる 猫SF傑作選』(中村融:編集・翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-02-01


2018年01月11日の日記
『J・G・バラード短編全集3 終着の浜辺』(J.G.バラード、柳下毅一郎:監修、浅倉久志他:翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-01-11


2017年01月17日の日記
『伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ』(ヘンリー・カットナー、フリッツ・ライバー、フレデリック・ポール、他、伊藤典夫:翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-01-17


2017年07月26日の日記
『ピンポン』(パク・ミンギュ、斎藤真理子:翻訳)
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-07-26



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『子ら子ら』(康本雅子、小倉笑) [ダンス]

 2018年2月11日は、夫婦でYCCヨコハマ創造都市センターに行って康本雅子さんの新作公演を鑑賞しました。


[キャスト他]

振付・演出: 康本雅子
出演: 小倉笑、康本雅子


 シアタートラムで観た『絶交わる子、ポンッ』から5年。ついに康本雅子さんのダンスを再び観ることが出来ました。小倉笑さんと二人で、母と子のあれこれを演じます。突然のぐずりに絶叫、キレる母、暴れる母、意味不明な激突、唐突な仲直り、差し込む暴力、発作的愛情表現、何だかもうよく分からないやりとり、吹っ飛び散り散り母子の会話。

 もう焼けたかな(子どもひっくり返し)、まだかな(子どもひっくり戻し)、もう焼けたかな(子どもひっくり返し)、まだかな(子どもひっくり返し)。

 康本雅子さんも今や二児の母とのことで、おそらくご自身の体験が存分に活かされているであろう爆裂子育て発狂育児リアリティ吹き荒れる80分。あまりの不穏さに観客席の子どもが泣き出してしまうという。

 康本雅子さんがソロで踊るシーンには思わず見入ってしまいます。特に奇矯な動きはしてないのに、意表をつかれまくる不思議な踊り。うまく把握できないでいるうちに、どんどん踊っていっちゃう謎のダンス。とても心地よいのに、なぜだか居心地悪さも同居しているような、独特の雰囲気に会場がのまれてゆきます。



タグ:康本雅子
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『ホロホロチョウのよる』(ミロコマチコ) [読書(随筆)]

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自分のことを書くのがこんなに難しいとは知らなかった。
打ち合わせの後、牧野さんと徳留さんと焼き鳥屋さんでお酒をのみながら私の小学校時代の作文を読み、「文章の書き方が何も変わっていない」と3人で大笑いした。まさかその作文が口絵に使われるとは。
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文庫版p.124


 独特のタッチと色彩で描く動物画や植物画で多くの人々を魅了する画家、ミロコマチコさんのエッセイ集。文庫版(港の人)出版は2011年9月です。

 まず、ミロコマチコさんの画風をご存じない方は、次のページを眺めてみて下さい。

  ミロコマチコ公式ページより「絵のいろいろ」
  http://mirocomachiko.com/painting/

 どこか懐かしく、楽しい気分になってくるこういう絵は、いったいどのようにして生まれるのでしょうか。その秘密が明らかに。


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 まず、黒いスプレーでもぐらの形を描く。少し離れて見る。いい。予想とは違うけど、いい。うんうん。ちえちゃんが後ろで眺めている。黒い目をグリグリ描いてみた。少し離れて見る。かわいい。うんうん、かわいい。たまごが半分に割れたようなギザギザした手を描いてみた。少し離れて見る。最高。いいよ、かわいいよ。

「いつもそうやって描くんですか」。突然ちえちゃんが話しかけてきた。「何かおかしいことがあるかい?」と聞くと、「すごく自分の絵を褒めるんですね」と言う。
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文庫版p.16


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 ある時、いつもの曲がり角にタイル張りの壁がどーんとあらわれた。タイルの一つひとつがぷかぷか波打って、まるでワニの背中みたいだと思った。歩きながら、あの壁がワニの背中だったら、私の駅までの道のりはどんなにエキサイティングでデンジャラスなんだろうと想像する。
 次の日、ワニの背中を見に同じ道を通ると、昨日のぷかぷかのタイルが嘘のように整然と平らに並んでいた。訳が分からず、私の頭がぷかぷかしてしまった。
 あのワニがどこへ行ったか誰も教えてくれない。だから私はこの場所に作ることにした。そしてこのワニがまた町に戻ってくることを願っている。
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文庫版p.28


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 クジラの体は、フジツボが付いていたり、食べる時に格闘するイカの吸盤の痕が付いていたり、ひどい時にはサメがかじっていったりするので、傷だらけだ。だから、群青色の体の上に銀色の絵の具を撒いた。絵の具を撒くと、布と養生シートに当たって、雨が降り始めた時のような音がする。銀色をたっぷりつけた筆を振ると、絵の具が飛び散る。パッパッパッ。もう一度振る。パッパッパッ。どんどん振ると、小さな星のように見えてきて、まるで宇宙のようになった。星を撒く。パッパッパッ。急にぐーんと頭の中が広がる。大きなクジラの中には宇宙があったんだ。ここは無重力の世界だ。浮かんでいるかのようにふわふわ踊りながら星を撒く。パッパッパッ。宇宙の音楽、パッパッパッ。
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文庫版p.96


 こんなに楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、絵を描く人はどんな人なんだろうと思っていると。


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 恐怖心はふいにやってくるけれど、一度想像を始めると止まらなくなって困る。引き出しが少し開いているあの隙間から誰かのぞいていたらどうしよう。私が出かけている間に、流しの下の棚に誰か入りこんでいたらどうしよう。鉄三があらぬ方向を凝視している。猫は幽霊が見えるんだ。「おーい、そっちを見ないで、私を見てよ!」と叫んでいる。小さい頃に聞いたくだらない話が走馬灯のように頭を巡りだす。
 怖いと心臓がどきどきしてくる。「怖がっている人には、おばけが面白がって余計出てしまうんだ!」などと考えだすと、どきどきがどんどん激しくなって体が揺れだす。そうしたら、「もはや地震かも!」と勘違いして、鉄三を抱いて風呂場へ走る。つけっぱなしのテレビを見ても地震速報が流れない。なんだ、勘違いか、と横になるがまたどきどきして体が揺れる。今度こそ地震だ! 鉄三を抱いて風呂場へ! 地震速報はまたもやないぞ! 横になる! どきどきする! 体が揺れる! 地震だ!
 こんなことを繰り返しているうちに空が明るくなり、ようやく体がぐったり重くなって眠りに入る。そんな日々が続いたりした。
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文庫版p.22


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 20代前半だったと思う。身の周りでやたらと事故や事件が起こるようになった。大きな交差点の角にあるお店でバイトをしていた時、何気なく窓の外を見ていたら大きなトラックと乗用車が衝突した。トラックはひっくり返った。車を4台も乗せているトラックだったので大惨事になった。別の日も、私の横を通り過ぎていったバイクが目の前で車に衝突した。電車に乗っていると、真後ろで殴り合いが始まった。私の乗っている電車に人が飛び込んだ。家に帰る途中、消防車や救急車がたくさん停まっていて道が通れない。隣の家が放火されていた。その家は全焼したが、私の家は奇跡的に無事だった。
 世の中物騒だな、と思っていた。こんなに事件が増えて、日本も怖いなー、なんて。ある日友だちとお酒を飲んでいてこの話をしたら、「それはおかしいから、私の母に会いに来い」と言われた。友だちのお母さんは、律師と言って、分かりやすく言うと偉いお坊さんなのだそう。そこで後日会いに行ってみると、友だちのお母さんは開口一番、「あんた、ぼーっとしてたらあかん」と言った。
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文庫版p.58


 そして、もちろん、猫エッセイもあります。


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 こうやっていざ、文章に書こうと思っても愛おしい。毎日、愛でる。胸が高鳴る。
(中略)
 飼い主の私であっても、突如噛まれたりひっかかれたりすることは日常茶飯事だ。毎朝顔を叩かれたり足の指を噛まれたりして起こされるのだが、かといって、鉄三は抱っこをされるのも撫でられるのも大っ嫌い。だけど、どれだけ攻撃されても私は懲りずに抱っこしてグリグリ顔を押し付ける。私の腕は傷だらけだが、最高に幸せだ。
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文庫版p.69、72


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しろねこのうた

  せんせいは どうして しろい ふくを きているの
  しろねこと くらして いるからよ

  むずかしい はなしを すると めが しろくなるね
  しろねこと くらして いるからよ

  とれたことのない とりを まいにち ねらう
  ほんものの ねずみを みたことない
  めを ダイヤにして いぬと たたかう

  わたしが おどりくるうのを くろめで みている
  うたを うたうと ひっくりかえる
  あしたも ぜったい とりを ねらう
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文庫版p.80


 何となく、はじめて翻訳家の岸本佐知子さんのエッセイを読んだときの感激がよみがえってくるような気がします。



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『DNAの98%は謎 生命の鍵を握る「非コードDNA」とは何か』(小林武彦) [読書(サイエンス)]

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 もうひとつのヒトゲノムプロジェクトによる発見は、研究者たちにさらに大きな衝撃を与えました。ヒトゲノムプロジェクトで分かった30億塩基対の全ゲノムのうち、なんと98%がタンパク質をコードしていない「非コードDNA領域」だったのです。これは、多くの研究者の予想以上でした。なぜかというと、ヒトの体はタンパク質でできています。そのため、ゲノムはそのタンパク質を指定する情報(コードDNA)がメインだと考えられていたからです。実際、ヒトゲノムプロジェクトよりも前にゲノムが決定された細菌や酵母菌では、ゲノムの大半がコードDNA領域でした。
 では、この「非コードDNA領域」はいったい何なのでしょうか。
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新書版p.42


 遺伝子、すなわちタンパク質合成に使われる「コードDNA領域」がヒトゲノムに占める割合はわずか2%でしかない。では残りの98%である「非コードDNA領域」はいったい何をしているのだろうか。

 遺伝子の発現調節から進化の加速まで、かつてはジャンク(ゴミ)と見なされていた「非コードDNA領域」が果たしている驚くべき働きについて、最新の研究成果を教えてくれる興奮のサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年10月、Kindle版配信は2017年10月です。


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 ヒトのゲノムを大雑把にひとことで言うなら、「細胞の外から飛び込んできたトランスポゾンがゲノム中で勝手に増えまくり、加えてDNA合成酵素が空回りして同じ配列を何度も合成して繰り返し配列を増やし、その結果ゲノムの大部分は膨大な非コードDNAによって占領されてしまい、肝心のコード領域(エクソン)はぽつんぽつんと離れ小島のように浮かんでいる」といった状態なのです。(中略)ヒトのゲノムは、98%が非コードDNA領域であり、ここがゲノムの本体と言っても言い過ぎではないでしょう。ということは、非コードDNA領域がなんらかの機能を持っていると考えるのが普通です。では、その機能とはいったいなんなのでしょうか。
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新書版p.46、56


「内容が難しいというわけではなく、最新のデータとそれをもとにした著者の考えを織り交ぜて、非コードDNAの凄さを紹介します」(新書版p.110)とのことで、基礎から最新情報までを教科書的にまとめるだけでなく、そこから一歩踏み込んで、まだ分かってないことや、専門家としての著者の見解も、積極的に書いてくれる、どうにもワクワク感が止まらない一冊です。

 全体は4つの章から構成されています。


「第1章 非コードDNAの発見、そしてゴミ箱へ」
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 ヒトゲノムプロジェクトは完了したことになっていますが、じつは繰り返し配列が多い非コードDNA領域は正確には読めていません。それでも「ゲノムの解読は完了した」と言っているのは、「遺伝子領域は読めた。非コードDNA領域にはどうせ大した機能はないだろう」という見込みがあったからです。つまり、非コードDNA領域は意味のないものとして「ゴミ箱」に捨てられてしまったのです。
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新書版p.52

 まずは基礎のおさらいから。DNAの構造判明からヒトゲノム計画までの歴史を振り返り、非コードDNAの発見に至る経緯を再確認します。


「第2章 ゴミからの復権」
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 転写調節領域は遺伝子の発現の時期と量のみならず、遺伝子を転写し始める位置も変化させます。(中略)選択的スプライシングの情報も、非コード領域に存在します。以上のように遺伝子発現は非コードDNA領域によって制御されているのです。

 上で述べた遺伝子の発現の調節に関する非コードDNA領域の役割は、染色体の持つ「ソフトウェア」的な部分です。ゲノムを設計図にたとえれば、そこに書かれている内容に相当します。それ以外にも非コードDNA領域の「ハードウェア」的な、つまり設計図の複製、折りたたみ方、保存などに相当する役割も存在します。
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新書版p.80、81

 非コードDNAの短期的な仕事について。遺伝子の発現を調節する、DNAの折り畳みや展開を分子的に制御する、ゲノムの再編成を促す。ジャンク(ゴミ)と見なされていた非コードDNAが果たしている重要な役割の数々について、研究途上の最新情報も含めて詳しく解説します。


「第3章 非コードDNAと進化」
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 オートファジーのような一時的な転写誘導に加えて、長期的な変化というのもあります。その多くは、ゲノムの配列の変化によるものです。長期的な転写量の変化では、長期間にわたり特定のタンパク質の量が少なかったり、逆に多かったりするので、形態や生活習慣に変化をもたらす、いわゆる進化の選択因子になることがあります。
(中略)
 非コードDNAは、遺伝子の発現バランスを変化させることで、ヒトとサルの違いを生み出すきっかけを作りました。やがて遺伝子そのものが変化して進化が進行したと考えられます。ここではさらに踏み込んで、具体的に非コードDNAがいかに進化を加速してきたか考えてみます。
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新書版p.111、117

 非コードDNAの長期的な仕事について。非コードDNAが遺伝子発現を調節し、それにより加わる淘汰圧に応じて、遺伝子構成が長期的に変化してゆく。進化を先導、加速するメカニズムとしての非コードDNA、という驚くべき発見について解説します。


「第4章 非コードDNAの未来」
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Y染色体の進化速度から計算した今後の運命予測では、500万年後にはY染色体は消滅するという説もあります。オーストラリアの女性研究者ジェニファー・グレイヴスが主張している仮説です。テレビの番組で彼女が、なぜか嬉しそうに「500万年後には男性は地球上からいなくなるのよ」と言っていたのが印象的でした。
 いずれにせよ、Y染色体の運命としては悲観的な見方が多いようです。
(中略)
 Y染色体がなくなると予想される500万年後というのは、ゲノムが約1%変化するのに十分な時間です。ヒトとチンパンジーのゲノムの違いが約1%ということを考えれば、Y染色体消失以上のもっとショッキングな変化が人類に起こっていても不思議ではありません。
(中略)
 非コードDNA領域はコード領域を守りつつも、少しずつ変化しコード領域に影響を与えて進化を促します。すなわち非コードDNA領域は人類の行く末を決める重要な領域なのです。
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新書版p.186、196

 深刻なダメージからゲノムを保護しつつ、進化を加速する非コードDNA。ゲノムに占める割合がひたすら増え続けてきた非コードDNAが導く人類の未来とはどのようなものか。Y染色体消滅など大胆な仮説も含めた、自然進化によるポストヒューマンというテーマについて論じます。



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『DOPE』(平山素子:ダンス、加藤訓子:パーカッション) [ダンス]

 2018年2月4日は、夫婦で彩の国さいたま芸術劇場に行って平山素子さんと加藤訓子さんの共演を鑑賞しました。スティーヴ・ライヒの初期代表作『ドラミング』全曲演奏とダンス、公演時間は70分です。

 『ドラミング』を使ったダンス公演というと、個人的にはローザス版とローラン版を観たことがあります。いずれも十名を超える出演者たちによる渾身の舞台でした。


  2015年04月20日の日記
  『ドラミング』(アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル、ローザス)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-04-20

  2009年10月06日の日記
  『La Vie qui bat (躍動する生命)』(ジネット・ローラン、オー・ベルティゴ)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2009-10-05


 それが今回のバージョンは、演奏者もダンサーも1名ずつ、2人だけのデュオ公演という最小限構成というので驚きました。加藤訓子さんが『ドラミング』の各パート演奏を多重録音して流し、録音されてないパートを生演奏して共鳴させ、それをバックに平山素子さんが踊る、という舞台です。

 DOPEというのは薬物摂取(ドーピング)の略ですが、日本語にすると「ヤバい」に近い言葉。両名ともヤバさ全開の勢いで観客を引き込んでゆきます。

 平山素子さんのダンスは、ドラミングの強烈なリズムにそのまま乗るのではなく、その酩酊効果を背景にした小さな動きや姿勢変化(音に操られているような印象を受けます)から始まって、痙攣や転倒などの動きが加わり、観客の感情を刺激してゆきます。音とリズムに翻弄されつつも冷徹な視線で観客をまっすぐ見つめてくるので、正直ビビります。

 加藤訓子さんもダンスといってよいほど大きく、激しく動きます。演奏しながら両足でくっきりとしたステップを踏み、ここぞというタイミングでは腕を高く振り上げ劇的に振り下ろす会心の一撃。生演奏も録音も全パートを本人が演奏しているので、全体の統一感は素晴らしく、複数パートの共鳴による「うねり」効果も強烈。目眩が誘発されます。

 最後は加藤訓子さんも太鼓を叩きながら前に出てきて平山素子さんといっしょに踊り、まぶしい照明が観客席に向けられ目がくらむ中、何もかもが天国的というかヤバいもんキメた感が炸裂するなか唐突に舞台が暗転するという、まあ何かの過剰摂取による死を疑似体験してしまいました。



タグ:加藤訓子
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