So-net無料ブログ作成
メッセージを送る

『したたかな寄生 脳と体を乗っ取る恐ろしくも美しい生き様』(成田聡子) [読書(サイエンス)]

――――
 本書では、それらの共生関係の中でも、小さく弱そうに見える寄生者たちが自分の何倍から何千倍も大きな体を持つ宿主の脳も体も乗っ取り、自己の都合の良いように巧みに操る、恐ろしくも美しい生き様を紹介します。
 まるで犬の散歩のようにハチの意のままに付いていくゴキブリ、生きながら自分の体内を食われ続けるイモムシたち、さらに食われた後にも自分の体を食べた憎き寄生者の子どもたちを守ろうとするテントウムシ、泳げるわけもないのに体内の寄生者に操られて入水自殺するカマキリ、本来オスであったにもかかわらずメスに変えられ寄生者の卵を一心不乱に抱くカニ、そして私たち人間でさえ体内に存在する小さな別の生き物に操られているかもしれないという研究例などがあります。生物たちのそれぞれの生きる戦略がせめぎ合う共生の世界にようこそ。
――――
新書版p.13


 自分の都合の良いように宿主の行動をコントロールする寄生者たち。寄生生物の思わずぞっとするような巧みな生態を紹介してくれるサイエンス本。単行本(幻冬舎)出版は2017年9月、Kindle版配信は2017年9月です。


「1 自然界に存在するさまざまな共生・寄生関係」
――――
 ロイコクロリディウムに寄生され、脳を操られたカタツムリは、なぜか昼間に動き出し、ふらふらと鳥に見つかりやすい木に登っていき、明るく目立つ葉っぱの表面へ移動します。それだけでも、鳥に捕食される確率は上がりますが、寄生者ロイコクロリディウムはさらにあと一工夫加えます。ロイコクロリディウムはカタツムリの触角をまるで鳥の大好物のイモムシのように見せかけるのです。
――――
新書版p.17

 カタツムリを操って自殺させる吸虫。様々な共生関係・寄生関係を紹介します。


「2 ゴキブリを奴隷化する恐ろしいエメラルドゴキブリバチ」
――――
脳手術をされたゴキブリは、麻酔から覚めると何事もなかったようにすっくと自分の脚で立ち上がります。元気に生きてはいますが、逃避反射をする細胞に毒を送り込まれているので、もうハチから逃げようと暴れたりはしません。いわゆるハチの言いなりの奴隷になっているのです。ゴキブリは自分の脚で歩くこともできますし、毛繕いなど自分の身の回りの世話をすることもできます。ただし動きが明らかに鈍くなり、自らの意思では動かなくなります。
――――
新書版p.43

 ゴキブリに精密な脳手術を施して意のままに動く奴隷にする寄生ハチ。その驚異的とも言えるあくどい生態を紹介します。


「3 体を食い破られても護衛をするイモムシ」
――――
 80個もの卵を産み付けられ体の中身を食い荒らされ、そのうえ体の表面の皮のあらゆる場所が破られているのですから、さすがにそろそろ死んでしまいそうですが、寄生されたイモムシはどういうわけか死んではいません。その姿がまるでゾンビのようなのです。
 そして、寄生されていたイモムシはただ生ける屍になっているのではありません。驚くべきことに、自分の体内を食いつくしたブードゥー・ワスプの蛹を全力で守る行動をし始めるのです。
――――
新書版p.54、56

 全身を食い荒らされながらも、すぐには死なずにゾンビとなって寄生ハチの幼虫を守り抜くイモムシ。寄生バチが宿主をぼろぼろになるまで利用し尽くす無情な生態を見てゆきます。


「4 テントウムシをゾンビボディーガードにする寄生バチ」
――――
 そうして、体中を食い荒らされながらも生き続け、意思を奪われ、ボディーガードをしていたテントウムシは、最終的にどうなるのでしょうか。死を迎えて当然だと思われるでしょうが、寄生されたテントウムシの4分の1が回復し、元の生活に戻ります。しかし、せっかくゾンビボディーガードから奇跡の生還を果たしたにもかかわらず、その生還したテントウムシの一部は、再び同じ種類のハチに寄生されてしまうのです。
――――
新書版p.62

 寄生バチから脳に感染するウイルスを打ち込まれ、ゾンビボディーガードにされるテントウムシ。しかも一部は殺さず生還させ、何度も「再利用」するという寄生バチのえげつない生態を紹介します。


「5 入水自殺するカマキリ」
――――
川の渓流魚が得る総エネルギーの60パーセント程度が、寄生され川に飛び込んでいたカマドウマであることがわかったのです。(中略)カマドウマが飛び込めないようにした区画では、渓流魚は水に飛び込む大量のカマドウマを食することができないので、他の水生昆虫類をたくさん捕食していました。そして魚のエサとなったこれら水生昆虫類のエサは藻類や落葉だったため、河川の藻類の現存量が2倍に増大し、川の虫の落葉分解速度は約30パーセント減少したことがわかったのです。
 このように、小さな寄生者であるハリガネムシが、昆虫を操り、入水させることは、河川の群衆構造や生態系に、大きな影響をもたらすことが実証されました。
――――
新書版p.70、71

 ハリガネムシに寄生され入水自殺させられるカマキリなどの昆虫の総量は、何と河川にすむ渓流魚が得る総エネルギーの60パーセントに達するという。河川の生態系を支えるほど大量の昆虫を自殺させるハリガネムシの驚くべき生態を紹介します。


 きりがないのでこのくらいにしておきますが、他にも

「アリを操り死の行進をさせる菌類や吸虫」

「アリを薬物中毒にして自分が分泌する蜜しか消化できないように改造する樹」

「カニを奴隷化してひたすら自分の卵を育てさせるフジツボ」

「エビに群れを作らせるサナダムシ」

「カエルの手足を増やして奇形化させる寄生虫」

などのびっくりするような寄生のやり方が次から次へと紹介され、最後は私たち人類も寄生者に操られて性格や行動をコントロールされているかも知れないというトピックに至ります。

 知らなかったことも多く、また知っていた寄生行動についても最近の研究により明らかになった新しい情報が追加されていたりして、最後まで飽きさせません。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『大野一雄について』(川口隆夫) [ダンス]

 2017年12月3日は夫婦で彩の国さいたま芸術劇場に行って、川口隆夫さんの公演を鑑賞しました。伝説的な舞踏家、大野一雄さんの公演を記録映像から完コピして再現したという2時間(+プレパフォーマンス30分)の舞台です。

 個人的に、大野一雄さんの記録映像といえばただ一度だけ、詩人の吉増剛造さんと一緒に映った映像を観たことがあるだけです。

  2016年08月01日の日記
  『声ノマ 全身詩人、吉増剛造展』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-08-01

 まず開演時間の30分前から、屋外でのプレパフォーマンスが始まります。大野一雄さんの『O氏の肖像』(1969年)を再構成したもので、あちこちに一見無造作に置かれたゴミのような雑多なアイテムを使って、川口隆夫さんがうろつき周りながらパフォーマンスを繰り広げます。

 観客はその周囲を取り巻くようにしてぞろぞろと移動。川口隆夫さんが急に突進してくると海が割れるように左右に避けたり。そうこうするうちにも、新たに到着した観客が次々と集まってきて、屋外はかなりの混み具合に。

 開演時刻が過ぎてもパフォーマンスは続き、やがて「O氏の肖像」という垂れ幕を下ろした後、川口隆夫さんはよろめくようにホールに入ってゆきます。そのまま後をついてゆく観客たちに必死で「チケットを拝見します!」と叫ぶ劇場スタッフの皆さん。

 という具合に最初から心をつかむ公演です。大野一雄さんの代表作である『ラ・アルヘンチーナ頌』(1977年)、『わたしのお母さん』(1981年)、『死海』(1985年)からの抜粋シーンを、記録映像の音声だけを流して、舞台上で画像を再現してゆきます。

 様々な感情がダイレクトに胸に刺さってくるような感じ。ちょっとした手の動きからも、視線の動きからも、情動がほとばしるようなダンス。

 川口隆夫さんが目の前の床を「どんっ」と踏みならすとき、わずかにずれて、古い録音の中から大野一雄さんが立てているであろう「どんっ」という足音がかすかに響く。この数秒のずれが効果的で、まるで40年の時差が数秒に圧縮されたような、あるいは40年の時を隔てて二人がいっしょに踊っているような、そんな不思議な感慨を覚えます。

 終演後の花束贈呈(これも映像のコピーなのでしょうか)と、それに続くパフォーマンスが胸にせまってきて、けっこう泣きそうになりました。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:演劇

『ななめライン急行』(ホナガヨウコ企画) [ダンス]

 2017年12月2日は夫婦で吉祥寺シアターに行って、ホナガヨウコ企画の公演を鑑賞しました。2014年に初演された人気作の再演です。客演の新谷真弓さん、振付のホナガヨウコさんを含む5名が踊る90分の舞台です。


[キャスト他]

脚本・演出・振付: ホナガヨウコ
音楽: さよならポニーテール
出演: 新谷真弓(ナイロン100℃)、池田遼、上田創、杉山恵里香、ホナガヨウコ


 開演前から軽快でポップな「さよならポニーテール」の楽曲がメドレーでずっと流れており、気分はすっかりガーリー。そのまま主題曲『ななめライン急行』になだれ込んで、にぎやかに始まります。

 全体は四つの独立した短編から構成されています。ちょっと人生つまずいてナナメっちゃってる人が、気がつくと乗っているという「ななめライン急行」。あらぬ方向に人生迷走してる主人公がいつのまにか乗車、やがてその事情が明らかになり、何となく解決したり、どうでもよくなったりして、降車しては自分の人生に戻ってゆく。その繰り返しの連作短編集です。全四話。

 どのプロットもいかにもありがちな少女漫画のネームなんですが、何しろ、さよポニの楽曲に乗せて大抵いつも誰かが踊っているので、細かいことは気になりません。「ふりつけされたえんげき」と宣伝にもあるように、いつも踊ってたという印象です。

 各シーンの中心人物のセリフの多くはあらかじめ録音されており、そのセリフに合わせて中心人物が踊る。相手役も踊りながら対応する。背後にいる何名かがバックダンサーとして踊る。特にセリフのない脇役が手が空いたからという感じで踊る。90分、踊る。

 日常的な動きをうまく取り入れた割とひょうきんめの振付は全体的に明るくポップ。上演時間90分はけっこう長いのではないかと危惧していましたが、ふわふわ楽しんでいるうちに、軽やかに終わってしまいました。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:演劇

『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』(宮澤伊織) [読書(SF)]

――――
「言えるうちに言っとかなきゃなって。ほら、何があるかわかんないじゃん」
「やめてってば。手を動かして」
 私が嫌がっているのに、鳥子は話を続けた。
「あなたの人生を壊したままいなくなったら、どうなっちゃうのか心配だったけど、空魚、ちゃんとやっていける。私、ずっと見てたから」
――――
Kindle版No.3072


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第2巻。文庫版(早川書房)出版は2017年10月、Kindle版配信は2017年11月です。


 『路傍のピクニック』(ストルガツキー兄弟)をベースに、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。第1巻の紹介はこちら。


  2017年03月23日の日記
  『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
  http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1959388551&owner_id=558373


 裏世界の探検を繰り返すうちに深まってゆく、あるいはこじれてゆく二人の関係。それと共にやばーい感じにあっち側に近づいてゆく空魚。裏世界から持ち帰ったアーティファクトを高額で買い取っている謎組織の実態。裏世界との接触により心身に異常を来した「第四種」の姿。そして鳥子が探し続けている、裏世界で行方不明になったという冴月が、ついにラスボス然として登場。

 設定が広がってゆくにつれて謎も深まってゆく第2巻には、先行してKindleで配信されたファイル5からファイル8を収録。さらにオマケとして『特別コラム第2回! 空魚と鳥子のだらだら怪談元ネタトーク』が収録されています。


[収録作品]

『ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦』
『ファイル6 果ての浜辺のリゾートナイト』
『ファイル7 猫の忍者に襲われる』
『ファイル8 箱の中の小鳥』
『特別コラム第2回! 空魚と鳥子のだらだら怪談元ネタトーク』


『ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦』
――――
 寄り添う私と鳥子の前まで少佐がやってきた。
「温存してきた燃料をすべて使う。君たちが最後の希望だ。われわれを家に連れ帰ってくれ」
 気圧された私は、何も言えずに頷いた。
――――
Kindle版No.616

 『ファイル3 ステーション・フェブラリー』で裏世界に残してきた米軍を、二人が救出に向かう話です。圧倒的な戦闘力を持つ軍を民間人が救出に向かうというのも変な話ですが、語り手である紙越空魚が持っている「視る力」なしには、どんなに火力があっても無意味。逆に、彼女の支援さえあれば、なんなく敵地を突破できる可能性が出てくるのです。

 救出の見返りに強力なアサルトライフルを手に入れた空魚。元ネタの一つであるゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』で、“フルオート射撃可能な狙撃銃”というチートっぽい銃器を手に入れたときの喜びがふつふつと。


『ファイル6 果ての浜辺のリゾートナイト』
――――
「と、鳥子。憶えてる? 前に風車女に取り込まれかけたとき、鳥子が言ってたこと」
「え」
「青い光の向こうにいる何かが、人間を恐怖させて、狂わせることで、私たちに接触しようとしてる。あのとき、そう言ったの、鳥子憶えてる?」
 何も言わずに私を見返す鳥子の顔は、完全に無表情だった。
 数秒後、私の手のひらの下で、鳥子の肌がぶわっと粟立った。
「っは……」
 喘ぐように息を吸う鳥子。見開かれた目が、狂気の中で口走った自分の言葉を思い出したことをはっきりと物語っていた。
「あ、あ」
「気をしっかり持って。こ、これ、ヤバい。〈かれら〉が私たちを狂わせにくる。はっきり私たちに狙いを定めてる。私たちを個体識別してる!」
――――
Kindle版No.1452

 きさらぎ駅米軍救出作戦を生き延びた二人がリゾートビーチでいちゃつくという、まあ水着回、だと思えたのですが……。 やっぱり裏世界に放り出され、でもせっかくの無人ビーチだし、遊んじゃえ、と。裏世界に馴染みすぎではないかと思っていたら、ほーら、たぶん怖さという点ではシリーズ中でも最大級の怖い目に。海辺の怪談は恐ろしいと決まってるし。

 ただ怖いだけでなく、はっきりと「ヤバい」状況に陥った二人。ファーストシーズンでも仄めかされていた「恐怖による狂気と極限状況、それそのものがファーストコンタクト」というソラリス的設定のもと、あちら側から狙い定めてコクタクトを試みてくるという嫌状況。逃げ道を塞がれ、火力ではもうどうしようもない窮地に陥った二人に活路はあるのか。そして満を持して姿を現すラスボス、たぶん。


『ファイル7 猫の忍者に襲われる』
――――
「センパイたちは逃げてください。時間を稼ぎます」
「い、いやいや、そんなわけにいかないでしょ……」
「いえ。元はといえば私が巻き込んだわけですし」
 たいへん勇ましいけど、いくら空手が強くても、抜き身の刃物を持った猫の忍者たちは恐ろしい脅威だ。忍者二匹に対して、こっちには空手使いが一人……いや、なんだこれ、改めて考えると頭がおかしくなりそうだ。
――――
Kindle版No.2120

 猫の忍者に襲われる話。新キャラクターとして空魚の後輩であり空手使いの瀬戸茜理が登場します。食費とエアコン代を節約しようとして学食に来ていた紙越空魚に「猫の忍者に襲われて困っているんです」と真顔で相談してくるのですが、いや猫の忍者とか言われても……。

 最初は断った空魚ですが、怪しい猫の集団に付きまとわれるようになったことから、仕方なく忍猫退治に乗り出すことに。何だよ忍猫って。「猫かわいいから、撃ちたくない……」とか言っていた空魚ですが、相手はマジで殺しにかかってくるわけで。ファイル6におけるメンタル攻撃もヤバかったのですが、今回は直接的な物理攻撃ですよ。猫が、刃物で。極めて危険な状況なんですが、でも猫が、忍者で……。それと空魚が「共犯者」という鳥子の言葉に激烈嫉妬するシーンが、巧みだなあ、と。


『ファイル8 箱の中の小鳥』
――――
 箱を慎重に持ち上げて、表面をじっと観察する。寄せ木細工の上に走る銀色の線だけが、この箱を開ける手がかりだ。裏世界と表世界の境界が、複雑に折りたたまれて箱の形になっている。鳥の群れはその隙間から染み出すように出現していた。
 私がやろうとしているのは、言うなれば爆弾処理だ。とっくに起爆して、今まさに私たちをズタズタにしつつある爆弾の解体。
――――
Kindle版No.3036

 タイトルからぴんと来る人も多いでしょう、強烈な呪いの箱が二人を襲います。

 空魚と鳥子が裏世界から持ち帰ったアーティファクトを高額で買い取っているという謎の組織。裏世界との接触により心身に異常を来した「第四種」たち(つまり空魚と鳥子の先輩たち)の末路。そして鳥子が探し続けている、行方不明になった冴月。大ネタが次々と姿を現し、とどめに強烈な呪い攻撃。二人は絶体絶命のピンチに。ここぞとばかり死亡フラグ立てまくる鳥子。


 というわけで、鉄道、戦車、ライフル、水着、猫、忍者と、何かを根こそぎにする勢いで突っ走ってきたセカンドシーズンも、原点に戻ったネットロア怪談で幕を下ろしました。これまで存在がほのめかされるだけだった裏世界研究所(ソニーのエスパー研究室を起源とするらしい)がついに登場し、行方不明となっていた冴子と裏世界の背後にいる存在とのつながりが暗示される。深まったようなこじれたような空魚と鳥子の関係。次シーズンに向けた引きも満載です。長く続くシリーズになりそう。



タグ:宮澤伊織
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『スピンクの笑顔』(町田康) [読書(随筆)]

――――
 私にとってスピンクがいるということは大丈夫だということでした。生きるための杖でした。横を見ればスピンクがいて、笑っていたり、ふざけていたり、うまそうに食べていたり、寝そべっていたり、飛び跳ねていたりして、それによって私は生きていたのです。
(中略)
 スピンクがいなくなって家の中は静かです。
 静かでスカスカです。
 その静かな家の中に私は息を潜めて踏ん張って立っています。
 スピンクがいつも居た場所に立っています。
――――
単行本p.425、429


 シリーズ“町田康を読む!”第61回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、町田家の飼い犬であるスタンダードプードルのスピンクが、家族と日々の暮らしについて大いに語るシリーズ、『スピンク日記』『スピンク合財帖』『スピンクの壺』に続く第四弾、そして最終巻。単行本(講談社)出版は2017年10月です。

 いつもの通り、犬のスピンクが飼い主であるポチ(人間名=町田康)や他の家族との生活について語る楽しい連作エッセイです。


――――
 そのときポチはちょうど外出しようとしているところで、キッチンの壁のフックから家の鍵と車の鍵を上衣のかくしにしまい、引き戸を開けて出ていこうとしているところでした。このまま出ていかれると噛めないので、私は慌てて駆け寄り、後ろ足で立って両肩に手をかけ、上衣の襟首を噛んで引っ張りました。したところ主人は、
「うわっ、うわっ、うわっ、なにすんね、なにすんね、スピンク、なにすんね」
 とかなんとか言いながら他愛なく、尻餅をつくように腰を落としました。といって私が無理に引き倒したというわけではなく、半ばはポチ本人の意志で、なぜポチがそうするかというと、頑張って立っていると上衣の襟首が私の牙によって裂け、破れてしまうからです。しかし、そうなるとこっちはより噛みやすくなり、私はここを先途とポチにのしかかり、全体重で押さえつけながら、腕を噛んで引っ張り、或いは、耳をジョリジョリなめるなどしました。
 気がつくと、その周囲を、ワッショイワッショイワッショイワッショイワッショイワッショイワッショイ、と言いながらシードが尻を振りながら、まるで行司のように駆け回っていました。
――――
単行本p.299


――――
シードは、
「文学にしろ音楽にしろ、なんだって同じことだ。最後は人間性なんだよ。その人間のすべてが表れるんだよ。だから、迂遠なように見えて長い目で見れば人間としての徳を高めるのがもっとも早道なんだ。ポチ先生よろしくそうすべし」
 と言ってトットットッと壁際に歩いて行き、片足をあげ、スタンドに立てかけてあるポチの大事のギターのボディーに、シャアー、と小便をかけ、それから、椅子の背に掛けてあったポチの上着をくわえて引きずり下ろし、首を左右にムチャクチャに振ってこれを振り回し、結果的にボロボロにして、
「こんなことで怒るようじゃ、修行が足りないんだよ」
 と言い捨てて去って行きました。
――――
単行本p.396


 スピンク、キューティ、シード、そして後から加わった(またもや虐待されていた犬を引き取った)チビッキー。四匹の犬たちとの楽しい生活が、犬のスピンクの視点から語られます。主人であるポチの言動を、わりと辛辣な感じで描写しているのがたまらなく可笑しい。


――――
「ウンババ、ウンババ、ウンババ、イェー」ばかり言っています。けれども気味が悪いので誰もそれに触れません。
 その、「ウンババ、ウンババ、ウンババ、イェー」は午後まで続き、夕方になって漸く止みました。その止むか止まぬかの際の頃、ポチは美徴さんに、
「これ言うときって僕、やばいときなんだよね」
 と呻くように言ったのです。その後、ポチは、極端な蟹股で部屋の中を歩き回り、
「僕がなにをやっているかわかるか。睾丸が一尺もある人の形態模写だ。ウンババ、ウンババ、ウンババ、イェー。ウンババ、ウンババ、ウンババ、イェー。きいいいいいいいいっ」
 と言いました。私たちはなにも言えませんでした。
――――
単行本p.97


――――
ウェディングドレスを着用しての生活に疲れ果てたポチは美徴さんに、白無垢への変更を申し出ました。これに対して美徴さんは、ウェディングドレスと白無垢は別のものであり、白無垢への変更は認められないとしてこれを却下しました。しかしウェディングドレスをどうしても着たくないポチは粘り強く交渉、角隠しも着用することを条件に白無垢への変更を勝ち取りました。
 これら交渉の一部始終を見ていたシードは、たとえ白無垢に変更したところでポチの精神は持たぬだろう、と予測しました。
 さて、それから一ヵ月が経って実際にどうなったでしょうか。結果を先に申し上げますとさすがはシードですね、シードの予測は的中しました。
――――
単行本p.282


――――
ポチは偏屈です。意固地です。ならば、自分の変なところを改めよう、とは考えません。どうせ変と思われるのであれば、逆に攻めていこう。つまり、自分が変であることを隠して隠しきれず変、であるよりは、自ら変であることをアッピールしていこう。おまえらの評判などまったく気にしていない、というよりこっちは変であることを積極的に楽しんでいるのだ、好きでやっているのだ、という態度でいこう、と考えるのです。
 もちろんこれは虚勢です。内心では、好奇の目で見られることが嫌で嫌でたまらない、迫害されることが悲しくてたまらない。孤独がつらい。孤独に耐えられない、と思っています。けれどもそれを正直に言うことができず虚勢を張り、ポチは、得意のネットオークションで蛇皮線をゲットし、外出の際にはこれを首からぶら下げるようになりました。
 そして後日の述懐によるとポチは、浜辺に座り、「花嫁」「マッハGOGOGO」「花笠道中」「喝采」「悲しみのアンジー」といった得意のナンバーを涙を流して絶唱しました。
――――
単行本p.284


 いつもの町田文学。

 そうして楽しく暮らしているうちにも、終わりは近づいています。知ってから読み返すと、ここそこに予兆や暗示が見られるのです。


――――
 交差点の真ん中に昨日見たあの美しい黒猫が長く伸びていました。
 腹のあたりから血が一筋、長く道路に伸びていました。右折レーンのある広い交差点を横断しようとして車に轢かれたようでした。それからポチは暫くの間、「なんで出てくるんだよー。なんで轢くんだよー」と言っても詮のないことを繰り返し呟いていました。
 駐車場に車を停め、園路を歩き出してもまだ呟いていました。園路の至るところにその匂いが残っていました。私は内心で「おまえは失敗したんだな」と黒猫に話しかけていました。
「シードはああ言うが私たちだって失敗する。だから心配するな。私もあと何年かすれば必ずそっちに行く。そのときはこの美しい梅の園を歩いたことやその他のことについて話そうや。おまえはいま安らかだろう」
――――
単行本p.59


――――
 私もこうして皆さんに話をするようになってから随分と老いました。私は分類的には大型犬ということになっています。大型犬の平均寿命は小型犬に比べると随分と短く、私はもう五年もすればこの世にいないと思います。
 というのは人間からすると随分と儚い命のように思うかも知れませんが、私たち犬は人間と違ってこの世から消滅するということに哲学的宗教的な意味を感じません。ただ、ぽそっ、と生じたものが、ぽそっ、と消える。それが自分であるかどうかは関係がない、ととらえています。なので飼い主の人は私たちが死ぬと嘆き悲しみますが、私たちにしたら逆に恐縮というか、こんなことでそんなに嘆く必要ないんですよ。困ったな、どうも。みたいな感じになります。もちろん、私たち自身が死んで悲しいと感じることもありません。
――――
単行本p.11


 そしてスピンクの物語は唐突に終わりを迎え、読者は最新長篇『ホサナ』に書かれていたあれこれを思い出しながら、それを見届けることになるのです。

 さようなら、スピンク。



タグ:町田康
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ: