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『ウイルスは生きている』(中屋敷均) [読書(サイエンス)]


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 ヒトゲノムの解読が完了して10年以上経つのですでに旧聞にはなるが、その成果の驚きの一つはゲノム中の「遺伝子」、すなわちタンパク質になる領域が約1.5%と極めて少ないということだった。一方、本書の主役であるウイルスや転移因子などは、ヒトゲノムで増殖を繰り返し、その約45%もの領域を占めるに至っていることも同時に明らかとなっている。こうなると、我々ヒトのゲノムとは一体、誰のものなのか? という気分になる。
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新書版p.125


 それは生物なのか、単なる物質なのか。生物進化史のなかでウイルスが果たしてきた役割に焦点を当て、生命観の拡張をうながす一冊。新書版(講談社)出版は2016年3月、Kindle版配信は2016年3月です。


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我々が「ウイルス」と聞いた時に頭に浮かぶ、「災厄を招くもの」というイメージは、決してウイルスのすべてを表現したものではない。生命の歴史の中で、様々な宿主とのやり取りを続けてきたウイルスたちは、「災厄を招くもの」という表現からはかけ離れた働きをしているものが実は少なくない。(中略)ウイルスは生命のようであり、またそうでないようでもあり、「生命とは何か」を考える上で実に興味深い存在である。
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新書版p.32


 宿主を利用したり、宿主の道具として働いたり、ときには宿主の遺伝子に入り込んで一体化してしまう。ウイルスという不思議な存在に関する様々な最新知見を通して、生命観の拡張をうながす本です。次々と登場するエピソードがどれも驚きに満ちており、ときに本筋を見失うほどの面白さ。

 ウイルスだけでなく、独特のテンションで語られる研究者の描写にも、多大なるインパクトがあります。


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 マルティヌス・ベイエリンクの研究者としての特徴を一言で表現するなら「枠を突き抜けた純度の高さ」ではなかったかと思う。ベイエリンクにとっては、研究が人生のすべてだった。(中略)精度の高い実験を計画遂行する能力と、そこから得られた結論がたとえ常識外れのものであっても、正しいと信じる心の強さをベイエリンクは兼ね備えていた。それは真実を求めて幾重にも積み重ねられた彼の時間が、あたかも何かの内圧を高めるように蓄積され、枠を突き破る力となったかのように、私には映る。彼は常識の枠を越えることを目的とはしていない。ただ、何が常識かというようなことが、彼には無関係であっただけである。ベイエリンクは紛れもなく「ウイルス」という存在の、この世界での在り方を初めて発見した人間であった。
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新書版p.37、44


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 転移因子は1950年前後にアメリカの植物遺伝学者バーバラ・マクリントックによって初めてその存在が提唱された。(中略)彼女は真っ暗な闇の中にある何かに、幾度も幾度も手探りで触れ、まるでそれと一体化するように、その実体に近づいていった。そしてそれを自分の内的なビジョンに少しずつ具現化していったのだ。それは冷徹な観察と沈み込むような深い思考の繰り返しにより、原木を削って仏像を削り出すような、何か形のないところから、そこに秘められた「実体」を探り出す作業であったろう。彼女は漆黒の闇の中で、目を大きく見開いて対象を見据えることができる、明らかに何か突き抜けた研究者であった。この意味で、バーバラはウイルスを発見したマルティヌス・ベイエリンクとどこか同じ匂いがする。
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新書版p.69、71


 全体は五つの章から構成されており、その前後に序章と終章が置かれています。


『第1章 生命を持った感染性の液体』
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その発見が与えた最大の驚きは、それまで自明のものと考えられていた生命と物質の境界を曖昧にしたことである。成長する、増殖する、進化するなどの属性は生物に特有なもので、生物と物質とは明確に区別できるという常識が大きく揺らいだ。
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新書版p.49

 ウイルスの発見に至る過程を解説し、それにより自明と思われていた「生物と物質の境界」が大きく揺らいだことを示します。


『第2章 丸刈りのパラドクス』
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 ウイルス、転移因子、そしてプラスミド。これらの因子たちは、発見の経緯やよく研究されてきた典型的なメンバーの性質からくる印象の違いはあるものの、実際には一つながりとなっている。(中略)言うまでもなく、人間の作った仕切りの枠内に収まるか、収まらないかは、因子たちにとってはどうでも良いことであり、ウイルスと呼ばれようが、転移因子と呼ばれようが、プラスミドと呼ばれようが、結局の所、安定して増殖し子孫を確実に残していったものが、ただそのようにして現在も増えて存在している。恐らくそれ以上でも、それ以下でもないのだ。
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新書版p.82

 ウイルスに関する基礎知識と共に、転移因子、キャプシドを持たないウイルス、プラスミドなど生命と物質の境界に位置する存在について解説。どこまでが生物なのか、という線引きの困難さ、というより無意味さが、次第に明らかになってゆきます。


『第3章 宿主と共生するウイルスたち』
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 寄生をめぐる昆虫同士の戦いの中で、寄生バチ側はポリドナウイルスを用いて寄生しようとするし、宿主側はAPSEファージを用いて、寄生者を撃退しようとする。さながら両陣営が戦闘機のミサイルのように、ウイルスを飛び道具としてバトルを繰り広げているかのようである。
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新書版p.102

 寄生バチと獲物との激しい抗争。そこには互いにウイルスを兵器として用いる巧妙な戦術がある。ウイルスと宿主が協力関係を築いている例を解説し、「災厄を招くもの」というイメージから「他の生命と相互作用している生命の輪の一部」としてのウイルスという視点へと導いてゆきます。


『第4章 伽藍とバザール』
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 2005年には我が国の国立遺伝学研究所のグループが116種の原核生物の全ゲノム配列を用いて網羅的に水平移行遺伝子を調査した結果、驚くべきことにそれらの種では平均して14%、最も多い種で26%もの遺伝子が水平移動によって獲得されたと推定された。解析されたサンプルの規模から考えて、原核生物の世界では少なくとも遺伝子の1割以上は親からではなく、行きずりの「他人」から譲り受けるようなことが「常識」となっているようである。
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新書版p.130

 ウイルスが一役買っていると考えられる遺伝子の水平移動。種を越えて遺伝子が交換され広まってゆく現象は、生物界全体にどのように影響しているのか。ウイルスが生命進化に果たしている大きな役割を見てゆきます。


『第5章 ウイルスから生命を考える』
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確かにウイルスの多くは自己ゲノム内に代謝関連遺伝子を保有しないが、それを根拠に生物から除外することは本当に妥当なのだろうかと思う。開き直るようであるがウイルスに言わせれば、自ら代謝などせずとも、そこに自らの存在を維持できる環境があれば、それを利用して増殖して、一体何が悪いのか? お前だってアミノ酸作れないだろ、となる。
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新書版p.155

 自己の維持に必要な代謝系を外部環境に依存している、ということをもってウイルスは生物ではないと見なすのは妥当なことだろうか。逆にウイルスを含む生物進化の全体を見渡した上で「生命とは何か」を考え直す方が適切ではないか。生命観の拡張あるいは刷新を提言してゆきます。



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『解決人』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「あなただけじゃありません。僕らはみんな、自分の思い込みだけで生きてる。世の中の役になんか立たない、生きる価値などそれほどありゃしない人間ばかりなんです」六原は田辺の肩を叩いて言った。「そのことに気づいてるやつと、気づいてないやつの二種類がいるだけです」
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単行本p.155


 戦場で、映画撮影現場で、教室で、空手道場で、そして、あの世で。わけの分からない災難やトラブルはいつどこで降りかかってくるか分からない。困ったときはトラブルシューター六原にお任せあれ。七編を収録したミステリ短篇集。単行本(光文社)出版は2017年01月、Kindle版配信は2017年01月です。


[収録作品]

『上司交替』
『パトロンがいるから』
『天使虐殺』
『静かな教室』
『道場破り』
『いかにもげ』
『実験』


『上司交替』
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“それをわかってくれたのなら、私も条件をつけやすい。君が契約を取れなければ、ここにいる全員を殺す。この契約が取れないなら生きていても仕方がない。誰もかれもだ”
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単行本p.36

 某国で発生した内戦に巻き込まれた日本のビジネスマン。外国人が脱出するための最後の飛行機が数時間後に飛び立つというのに、本社の上司から、契約を取るまで帰国は許さん、業務命令に従わないなら他のスタッフを皆殺しにする、というお達しが。進退窮まったそのとき思い出したのは、トラブルシューターを名乗る不思議な男、六原。そうだ、彼なら何とかしてくれるかも知れない……。めちゃくちゃ強引な状況設定で六原が初登場する第一話。


『パトロンがいるから』
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 自意識過剰の盗作作家(まずそれに間違いない)が、異常者につかまった。警察に知らせても、時間内に桑島を救出することはむずかしいだろう。
 私は焦った。あまりにも非現実的な事態のうえ、時間は三十分たらずしかない。警察にも頼れないとすれば、どうしたらいい? 誰に相談すれば――。
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単行本p.62

 新人賞を受賞したデビュー作が評判になったものの、その後はろくな作品が書けないでいる作家が、パトロンを名乗る異常者に監禁された。受賞作が盗作だと認めろ、さもないと殺す、というのだ。電話で泣きつかれた語り手は、事態を収拾すべくトラブルシューター六原に連絡する。


『天使虐殺』
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「ここ一番という時に飛び降りられない臆病娘であっても、使い続けざるをえないわけか。一方で、スタントマンを使うことは監督の意向でできない――内田監督が四十年ぶりに撮る新作が、こんなことでスタックするとは」
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単行本p.85

 巨匠が撮っている新作映画の撮影現場で、何度もNGが出る。どうしても飛び降りることが出来ない若い主演女優、スタントなし長回しで撮ることにこだわる監督。さらに、主演女優に対する脅迫状が届く。エキストラとして出演する美川麗子(本名、安田和子)から事情を聞いた六原は、彼女にある行動を依頼するのだが……。


『静かな教室』
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「すまん」〈生徒〉たちに向き直った田辺は、手で涙をふきながら言った。
「君たちがあまりにもいい生徒なので、つい感激してしまって――君たちにはわからないかもしれないね。こういう静かな授業、誰も騒がず、誰も走り回ったりしない授業というものが、今の時代、どれほどありがたいものか――」
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単行本p.128

 学級崩壊への対応で疲弊し休職した教師。ケアのために行われている模擬授業。だが、次第に現実と虚構の境界が曖昧になり、精神的に追い詰められてゆく。ついに自殺を図った彼を止めたのは、六原だった。


『道場破り』
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「僕がこの目で見ただけでも、師範は十一回道場破りに勝っている。総数は数十回になるはずだ。そのころはもう師範の強さが評判になっていて、全国から道場破りがおしかけるようになっていたんだ」
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単行本p.160

 六原がかつて所属していた空手道場。そこの師範が道場破りに殺された。相手は卑劣にも刃物で刺して逃げたという。恩師の仇ということで真相を探ってゆく六原。だが、現場に居合わせた道場生たちは、全員が何かを隠していた。


『いかにもげ』
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「お父さんが来たの!?」買い物から帰ってきた母親の政子は、驚いて言った。
「わけのわからないことを、一人でわめくだけわめいてから、飛び出して行ったわ。『こうしちゃいられない。地球を救わなければ!』とか言って」麗子は食後のお茶をすすりながら言った。「五年ぶりに姿を見せて、何を言うかと思えば」
「相変わらず『いかにもげ』ねえ」政子はため息をついた。
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単行本p.199

 一応、シリーズを通したヒロイン役である美川麗子(本名、安田和子)再登場。五年ぶりにふらりと現れた父親が、自分はとてつもない秘密を抱えている、誰にも言うなよ、言うなよ、そうだこうしちゃいれらない、などと思わせぶりなことを口走って姿を消した数日後、死体となって発見された。事故か、偽装殺人か。そして秘密とは何か。真相をめぐるトラブルに巻き込まれた麗子は、六原に相談するが……。


『実験』
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“四人をむだに殺したが、やっと見込みのありそうな相手に出会えた。ここにいる女は数字を持っている。きっと「扉」の向こうへ行かせてみせる”
「そして殺すのか?」六原は静かにたずねた。
“やむをえない。おれという人間のための尊い犠牲だ”
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単行本p.260

 拉致監禁した被害者に臨死体験を強いることで、死後の世界に関する情報を手に入れようと企む男。すでに四人を殺した連続殺人犯が、一応ヒロインである美川麗子(本名、安田和子)を拉致する。このままでは彼女の命が危ない。六原には心当たりがあった。犯人は、かつての自分の親友ではないか。あのとき一緒にやった臨死体験実験を再開したのではないか、と。長篇『デスダイバー』を彷彿とさせる最終話。



タグ:両角長彦
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『ニュートリノで探る宇宙と素粒子』(梶田隆章) [読書(サイエンス)]


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太陽の核融合のようすはニュートリノを使って観測すればよいという考えで始まった太陽ニュートリノ実験が、太陽ニュートリノ欠損を発見し、また陽子崩壊を探すためのバックグラウンドであったはずの大気ニュートリノは、μニュートリノ反応の数が予想とまったく合わないことを発見しました。
 これらの二つの予想されなかった実験データを地道に理解しようとして、最終的にニュートリノ振動が発見されました。ニュートリノ振動は理論的には予言されていた現象でしたが、発見されてみると、ニュートリノ混合が大きいということを知り、私たちに新たな問題をつきつけています。
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単行本p.239


 スーパーカミオカンデは具体的に何をどう観測することで、ニュートリノ振動を確認したのか。ノーベル物理学賞を受賞した著者が、ニュートリノ天文学について実験と観測を中心に解説してくれる一冊。単行本(平凡社)出版は2015年11月、Kindle版配信は2015年12月です。

 スーパーカミオカンデによる大気ニュートリノ観測によって、ニュートリノ振動が実際に起きていることを確認した功績により2015年のノーベル物理学賞を受賞した著者。しかし、その受賞のもとになった観測がどのようなものだったのかは、例えばカミオカンデによる「超新星爆発の際に放射されたニュートリノを検知した」というのに比べると、いまひとつ分かりにくい印象があります。

 そこで本人がニュートリノ振動の確認に至る研究内容を、理論中心ではなく実験と観測に軸を置いて解説してくれるのが本書です。素粒子論の基礎から、反ニュートリノ振動まで、全体は11個の章から構成されています。


「第1章 ミクロの世界に分け入る」
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 量子という考え方は光の研究から生まれた、と書きました。それが原子の構造を理解するために再登場し、そしてこのとき以来今日に至るまで、量子力学は物理学の基礎になる理論です。
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単行本p.33

 まずは量子力学の基礎をおさらいします。


「第2章 素粒子の三つの世代」
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素粒子の種類が増えるにつれて科学者たちは、もっと根本的な物質の構成要素があるのではないかと考えるようになりました。一方、これらの素粒子をいくつかの性質に基づいて分類し、基本粒子を見極めようとする試みが、いくつも提案されました。このような試行錯誤が、今日の素粒子世界の理解につながっているのです。
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単行本p.44

 素粒子論の基礎を見てゆきます。ここでようやく本書の主役となるニュートリノが登場し、ニュートリノといっても複数の種類があることが示されます。ニュートリノ振動という現象を理解するための最初のポイントです。


「第3章 宇宙線とニュートリノ」
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 陽子崩壊を探すカミオカンデにとって、ニュートリノは邪魔者でしかありませんでした。どんなに測定器を地下深く設置しても避けられないバックグラウンドが、大気ニュートリノ反応なのです。
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単行本p.79

 宇宙線による大気中でのニュートリノ生成、すなわち大気ニュートリノについて解説すると共に、大統一理論検証のための陽子崩壊を観測するために作られたカミオカンデにとって、それは除去すべきノイズに過ぎなかったことが示されます。これまで理論中心に語ってきた内容が、ここからは実験観測が中心となります。


「第4章 太陽でつくられるニュートリノ」
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 カミオカンデはもともと、「大統一理論」で予言された陽子の崩壊を探すために、東京大学の小柴昌俊教授(当時)の発案のもと、岐阜県神岡町(現飛騨市神岡町)の鉱山の地下に設計・建設された実験装置でした。直径約16メートル、高さ16メートルの鉄製の水槽に、純水3000トンを蓄えた装置です。私も大学院学生としてこの装置の建設に参加し、研究者としてまたとない貴重な経験をしました。
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単行本p.93

 太陽から放射されているニュートリノ、太陽ニュートリノの観測をめざし大規模な改造を加えられたカミオカンデ。太陽ニュートリノの観測値が理論値に比べて大幅に少ないという「太陽ニュートリノ問題」への挑戦。大学院生としてカミオカンデ建設に関わった思い出を活き活きと語ります。


「第5章 超新星爆発とニュートリノ」
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 情報はすぐに神岡に伝えられ、データを東京に送って解析をすることになりました。当時は神岡には研究施設がなく、解析はすべて東京にあるコンピュータで行っていたのです。いまなら、たとえコンピュータが東京にあっても、ネットワークでデータを転送するのでしょうが、当時は磁気テープにデータを書き込み(といっても若い人は、磁気テープを知らないでしょう。いまのハードディスクやDVDに相当するものです)、それを宅配便で送りました。
 当時、フレデリック・ライネスを中心とした米国のIMBという陽子崩壊実験も、1982年から観測をしていました。もし宅配便で送ったために、競争相手に遅れをとるようなことになったら、とりかえしのつかないことでした。
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単行本p.115

 1987年2月。超新星1987Aの爆発により放射されたニュートリノをカミオカンデがとらえたかも知れない。すぐに観測データを磁気テープに書き込み、宅配便で東京へ。一週間で論文を書き上げ、郵便で投稿。しかし後から誤りに気づいて郵便を差し止め、修正して出し直し。ライバルとの、今からは想像が難しいようなじりじりした競争の様子が淡々と、しかし臨場感たっぷりに語られます。


「第6章 ニュートリノ質量の発見」
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 カミオカンデの場合、約10年観測をつづけたとはいうものの、観測されたニュートリノのデータは、地球の反対側から飛んでくるニュートリノが減っているという予想と矛盾はなかったのですが、たまたま観測されたニュートリノの数が少なかっただけかもしれないという、1%くらいの可能性を排除できなかったのです。
 たった1%であれば、もうニュートリノ振動が発見されたと言ってよいのではないか、と思われる方も多いと思います。しかし、新たな自然法則の証拠を探すような研究分野では、この程度の信頼性で安心して、その先のことを考えるのは危険だということを、研究者はよく知っています。
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単行本p.140

 ニュートリノ振動、ニュートリノに質量があることの証拠。それを確実に証明するためにはカミオカンデでは小さすぎるという課題。いよいよ動き出す太陽ニュートリノ天文台たるスーパーカミオカンデ。スーパーカミオカンデ建造から大気ニュートリノ振動の観測に至る経緯を語ります。本書の中核となるパートです。


「第7章 宇宙線生成の謎に迫る」
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 南極の氷を測定器に使う方法は、1990年代に試験的な実験がなされ、実験技術として大丈夫との結果を得た後に、2004年から本格的な建設が始まり、2011年に完成しました。
 実験装置は南極点の近くの深さ約3キロメートルにもなる氷河に、直径60センチメートル、深さ2450メートルの穴を86本開け、深さ1450メートルの地点にまで数珠つなぎにした球形の検出器(光電子増倍管)を埋め込み、その後またその穴を凍らせる、という手順で建設していきます。六角形の装置の大きさは全体で約1立方キロメートルになり、「アイス・キューブ」と名づけられました。
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単行本p.173

 高エネルギー宇宙ニュートリノの観測により、宇宙線の起源が探れるかも知れない。そのために「南極の氷そのものを巨大な検出器として使う」という大胆なアイデアが、アイス・キューブ実験として実現されます。アイス・キューブがとらえた高エネルギー宇宙ニュートリノ。「いままさに、高エネルギー宇宙ニュートリノ天文学が始まろうとしています」(単行本p.178)。


「第8章 太陽ニュートリノ問題の解決」
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 2002年に発表されたSNO実験の太陽ニュートリノの観測結果は、予想どおりとなりました。全ニュートリノ数の合計は理論の予想どおりでしたが、電子ニュートリノの数は理論の約3分の1でした。これまでの他の太陽ニュートリノ観測実験は、大ざっぱに言えば、電子ニュートリノだけに感度がある実験でした。したがって太陽ニュートリノが減っていることは分かっても、その原因は突き止められませんでした。この実験ではじめて、太陽ニュートリノ問題はニュートリノ振動の効果によって起こっていることが実証されたのです。
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単行本p.191

 スーパーカミオカンデによる太陽ニュートリノ観測、カナダのSNO実験、そしてカムランドによる反電子ニュートリノ測定。これら三つの精密実験により、ついに太陽ニュートリノ問題が解決に至った経緯が語られます。第6章と並んで本書の白眉となるパート。


「第9章 地球ニュートリノの観測」
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 イタリアのBorexino実験でも、地球ニュートリノが観測されました。これら二つの実験のデータから、ウランやトリウムの崩壊によって発生する熱は、地球全体で20兆ワットであることが分かりました。これはおおよそ、現在の地球の放射する熱の半分です。
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単行本p.210

 地球内部を高温に保ち続けている、放射性物質から発生する放射熱。ベータ崩壊の際に生まれる地球ニュートリノの観測により、その総量を測定する試みについて解説します。


「第10章 ニュートリノと素粒子と宇宙」
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このような背景があるため、ニュートリノの質量の発見は大きな興奮をもって受けとめられたのです。ニュートリノの質量と、それに関連する物理量(たとえば混合角など)は、私たちに大統一理論の世界の情報を運んできているのかもしれません。
 予想されていなかったニュートリノ間の大きな混合角は、きっとより深く大統一理論の世界を理解するための、何かのヒントになっているのでしょう。
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単行本p.216

 ついに明らかになったニュートリノ質量。しかしその値は意外なものだった。なぜそうなのか。その背後には、大統一理論の対象となる超高エネルギー世界の自然法則が隠されているのかも知れない。ビッグバン直後の宇宙に関する情報が得られると期待されるニュートリノ物理量についての研究を紹介します。


「第11章 これからのニュートリノ研究」
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その先の実験をどうすべきか、世界中で活発に議論されています。いまの議論の一つの中心は、ニュートリノ振動を非常に精密に測定して、ニュートリノのニュートリノ振動と反ニュートリノのニュートリノ振動にわずかなちがいがあるかどうかを確認しようというものです。
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単行本p.231

 ニュートリノを放出しない2重ベータ崩壊の観測。ニュートリノと反ニュートリノで振動に相違があるか、つまり対象性が破れているかの検証。そして「ハイパーカミオカンデ」構想。ニュートリノ研究における最先端の課題と展望を解説します。



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『サバからマグロが産まれる!?』(吉崎悟朗) [読書(サイエンス)]


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 こういう絶滅の危機に瀕した魚を何とか守りたいと考えています。言うまでもなく、川を守る、湖を守る、ダムを撤去するという方法がベストの解決策であり、多くの方に「生殖細胞などよりも、環境を守ることが重要じゃないですか」とよく言われます。そんなことは、こちらも百も承知です。いま、地球上には、そういった方法では間に合わずに絶滅してしまいそうな魚たちが多くいるのです。環境が元通りに戻るのを待っていたら絶滅してしまう魚が、世界中にたくさんいます。こういった状況において、これらの魚たちを守るために、何らかの“飛び道具”を使ってセーフティネットを張ることが重要だと考えています。
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単行本p.78


 マグロの生殖細胞をサバに移植すれば、無制限にマグロを産み続けるサバが作れるのではないか。絶滅危惧種となったマグロの個体数を増やすための驚くべき生命技術を、研究者が一般向けに解説してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2014年10月、Kindle版配信は2017年2月です。

 絶滅危惧種を救うための「バックアップ」として生殖細胞を冷凍保存しておき、環境が回復した後にそれらの生殖細胞を近縁種に移植して絶滅種を復活させる。夢のような生命技術ですが、実はすでに「ニジマスを産むヤマメ」の実現には成功しており、「マグロを産むサバ」の実現まであと一息、というから驚きです。

 さらにマグロの場合、「マグロを産むサバ」を作ってどんどん海に放流することで、マグロの個体数を回復させ、絶滅を防げるかも知れない、というのです。

 本書は、この技術がどのようにして開発されてきたのかを、研究の現場から分かりやすく解説するもの。全体は6つの章から構成されています。


「1 サバにマグロを産ませる!?」
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 最近では、近畿大学を中心に、独立行政法人水産総合研究センター(水総研)やいくつかの民間養殖場が人工的にクロマグロの種苗をつくる技術を開発していますが、そのために直径が50メートルくらい、場合によっては80メートルほどの巨大なイケスの中でマグロの親を養成しています。私たちは、このような正攻法で攻めるのではなく、もうちょっとゲリラ作戦を駆使することを考えました。すなわち、サバにマグロを産ませようという作戦です。
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単行本p.6

 今や絶滅危惧種となったマグロの現状と、養殖や増殖による個体数回復の試みについて概説し、「マグロを産むサバを作る」というアプローチの意義について解説します。


「2 どうやってサバにマグロを産ませるか」
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 マグロの仔魚から始原生殖細胞を採ってきて、これをサバに移植すれば、この始原生殖細胞はサバの卵巣や精巣の中で育まれて、オスの精巣ではマグロの精子を、そしてメスの卵巣ではマグロの卵をつくるのではないかと考えたのです。これが実現できれば、この代理親サバのオスとメスを交配すれば次世代にマグロが産まれてくるということが期待できます。
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単行本p.18

 マグロを産むサバを作るための具体的な方法と、その実現に向けた困難、それを乗り越えるための工夫について解説します。


「3 ヤマメがニジマスを産んだ!」
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 最初の実験で私たちは、ニジマスの始原生殖細胞をヤマメの小さな空っぽの卵巣・精巣に移植しようとしていたわけですが、細胞が自力で仔魚の体内を歩いて卵巣や精巣にまで辿り着けるのであれば、なにもそんなに難しい移植をしなくてもよいのではないか、ということになりました。(中略)これが、私たちの研究戦略のなかの最大のブレークスルーです。
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単行本p.35

 あまりに小さすぎて移植作業そのものが困難な生殖細胞。しかし、それが誘引物質にひかれてアメーバのように自力で体内を移動し勝手に卵巣や精巣に入り込むという現象を利用することで、ついに「ニジマスを産むヤマメ」の開発に成功するまでの研究過程を説明します。


「4 精巣から卵? 卵巣から精子?」
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 私たちはこの実験の成功後ただちにマグロを産ませるプロジェクトを進めることを考えました。しかし、ここでまた一つの問題が持ち上がってしまったのです。マグロの始原生殖細胞をもっているような孵化直後の仔魚を探すのは、実はすごくたいへんなのではないかという話になりました。(中略)そこで、より大きなサイズにまで育った魚から、同じような細胞を回収できないかと考えました。
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単行本p.53、54

 始原生殖細胞を手に入れることの困難さから、成魚から容易に採取できる精原細胞を使って同じことが出来ないかと試行錯誤してゆきます。ついに精原細胞や卵原細胞から自由に卵や精子を作り出せるように。それどころか精原細胞から卵、卵原細胞から精子を作り出すことすら可能に。「これはすごい、これは『ネイチャー』級だ。『ネイチャー』いけるよ」(単行本p.71)と叫ぶ著者。


「5 希少魚を救うために」
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 そこで私たちは、絶滅が危惧されている魚から、卵や精子のもとである始原生殖細胞や精原細胞、卵原細胞を採ってきて凍結するという作戦を考えました。(中略)これらの細胞を凍結保存しておけば、もし目的の魚が絶滅してしまっても、近縁種に凍結細胞を移植することで、宿主が成熟した際には凍結細胞に由来する卵や精子をつくるようになります。そこでこれらのメス宿主とオス宿主を交配すれば絶滅種を蘇らせることができるだろうと考えたわけです。
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単行本p.79

 そのサイズゆえに凍結保存が難しい魚類の卵。そこで、極小サイズで凍結保存が容易な生殖細胞を保存しておき、任意のタイミングで絶滅種を復活させる、という計画について解説します。


「6 20XX年、ついに●●がマグロを産んだ!」
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 私たちが考えている理想形は、移植用の幹細胞を試験管の中で無限に増やして、これらの培養細胞を宿主へと移植しようという作戦です。これが現実のものとなれば、生きたクロマグロはもはや必要ありません。試験管の中で増やした生殖幹細胞を、宿主仔魚に移植すれば、クロマグロをまったく使わずに、次世代にクロマグロがどんどん産まれてくるのです。このようなことが将来可能になるのではないかと考えています。現在、移植に使う生殖幹細胞を無限に増やす実験にニジマスを使って挑戦しているところです。
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単行本p.102

 いよいよ実用化が近づいた「マグロを産むサバ」の放流によるマグロ個体数回復計画。しかし、この方法でマグロの個体数を増やすためには、移植用のマグロの細胞を常に供給し続けなければならないという課題がある。マグロを使わずに無制限に「マグロを産むサバ」を作り出すための研究について解説します。



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『SFマガジン2017年4月号 ベスト・オブ・ベスト2016』(上田早夕里、宮内悠介) [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2017年4月号は、「ベスト・オブ・ベスト2016」として『SFが読みたい! 2017年版』で上位に選ばれた作品の作者による短篇が掲載されました。


『ルーシィ、月、星、太陽』(上田早夕里)
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私はあなたを導く者、そして、改変する者。あなたの名前は、ここへ連れてきたときに私がつけました。あなたの名前は『プリム』。
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SFマガジン2017年4月号p.18

 〈大異変〉と全球凍結による人類滅亡から数百年後。人為的に作られた種族ルーシィたちは深海で生き延びていた。やがてそのうちの一人が海面まで上昇し、アシスタント知性体と接触。旧人類とその歴史を教えられることになった。待望のオーシャンクロニクル・シリーズ最新作「ルーシィ篇」その第一話。


『ちょっといいね、小さな人間』(ハーラン・エリスン、宮脇孝雄:翻訳)
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彼は誰も傷つけなかった。花の盛りにあったときでも「ちょっといいね、小さな人間」という程度の、他愛ない感想を人から引き出しただけだった。
 だが、私は人間の本性を支配する法のことを何も知らなかった。二人ともわかっていたが、こんなことになったのはすべて私の責任だった。発端も、波瀾万丈の時期も、今、すぐそこまできている結末も。
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SFマガジン2017年4月号p.34

 無害な「小さな人間」をヒステリックに攻撃する人々。社会を覆う不寛容と排外主義の恐ろしさを描いた短篇。


『エターナル・レガシー』(宮内悠介)
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 いや、胸の奥ではわかっていた。
 誇らしげに過去を語る男が、本当は自分自身を“終わったもの”と見なしていること。そして、ぼくが男に自分を重ね合わせていることに。部屋に来てからも、男は自分のこれまでの業績をいやというほど並べ立てた。
 そして名を訊ねてみると、
「俺か。俺はZ80だ」
 どうだとばかりに、男は自分の胸を指さすのだった。
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SFマガジン2017年4月号p.41

 人間が囲碁ソフトに負ける時代、自分はレガシーに過ぎないのだろうか。悩める囲碁棋士が出会った不思議な男。彼は「俺はZ80だ」と名乗る。レガシー同士の奇妙な連帯感。だが語り手の恋人は、男に向かって「身の程をわきまえること。だいたい何、Z80って。乗算もできない分際で」などと辛辣なことを言うのだった。気の毒なZ80。MSXだって現役で頑張ってるのに……。


『最後のウサマ』(ラヴィ・ティドハー、小川隆:翻訳)
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「わからぬのかね? 人を殺すだけではだめなのだ。人とはただ肉と筋と骨と血だけではない。人を殺しても、それはただ人のイメージを残してしまうだけだ。そのイコンを。一人の男を殺せば、信仰と信念の何千という胞子が、思想の胞子が世に放たれる」
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SFマガジン2017年4月号p.97

 911テロの主犯、アルカーイダの指導者、ウサマ・ビン・ラーディンを殺せ。米軍の強襲により殺害されたウサマの身体からは、大量の胞子がばらまかれた。その胞子に触れた人間は、ウサマになるのだった。ならばすべてのウサマを殺せ。米国が総力をつくして殺しても殺しても、空爆しても空爆しても、そのたびに増えてゆくウサマ、ウサマ、ウサマ。世界はウサマであふれてゆく。テロリストと難民を増やすばかりの「テロとの戦い」を、ゾンビ・アポカリプスになぞらえた作品。


『ライカの亡霊』(カール・シュレイダー、鳴庭真人:翻訳)
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「筋の通る説明をしてくれよ」その晩遅く、ゲナディは電話していた。「あいつはロシア当局とNASA、その上グーグルに追われてるといっているんだぞ?」
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SFマガジン2017年4月号p.103

 カザフスタンの荒れ地を歩く二人の男。一人はIAEAの査察官にしてシリーズの主人公、ゲナディ。彼は「ガレージで作れるほど格安な水爆製造法」という途方もなく危険な情報を追っていた。もう一人は、遠隔操縦による火星探査のさいにピラミッドを発見して、ロシア当局とNASAとグーグルから追われている技術者。この二つがどこでどうつながるのか、よく分からないまま二人は謎の追手から逃げ回るはめに。都市伝説レベルのネタを駆使しつつ終始シリアスに展開する冒険SF。個人的にお気に入り。


『精神構造相関性物理剛性』(野崎まど)
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 私は、この折り紙を作った人間の丁寧さに負けたのだった。自分は丁寧なつもりで、なおかつ丁寧であることに愛想をつかしかけていた私は、自分などが及びもつかないような本物の丁寧に、正面から打ち負かされたのである。
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SFマガジン2017年4月号p.126

 三十年間、丁寧に実直に蕎麦を作ってきた男がリストラにあう。自分の人生が否定されたように感じて落ち込んだ男は、飲み屋でふとみかけた折り紙に目をとめる。その仕事の丁寧さに心を打たれる。その仕事をなした精神のありように感銘を受ける。

 いや、昭和の人情噺もいいですし、例えば徳間書店『短篇ベストコレクション 現代の小説』に掲載されているのを読んだのなら私だって気にも止めないでしょうが、なぜにこれがSFマガジンに、なぜに野崎まど氏が、そしてなぜにこれがTVアニメ「正解するカド」のスピンオフ作品だと。当惑しつつ紹介文を読むと「野崎氏の頭の中が気になる作風」とさり気なく書かれていて、やはり編集部も困惑したのだろうと思われ。


『白昼月』(六冬和生)
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 あたしの専門、それは探偵稼業だ。
 月面といえどもそこに人間が生活していれば、浮気やご近所トラブルや寸借詐欺が発生する。気になるあの人の素行を調べたくなったら、お気軽にお電話ください。
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SFマガジン2017年4月号p.321

 月面都市で探偵をやっている若い女性。舞い込む仕事といえば「ゴミ出しルールを守らない住民が誰かをつきとめる」といった日常的なものばかり。だがあるとき、ある人物が毎週シャトルに乗って月面と中継ステーションの間を往復していることに気づく。なぜそんなことをするのだろう? 新井素子さんの初期作品を思わせる軽快で楽しいミステリ作品。



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