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『ドラゴンの塔(上) 魔女の娘』(ナオミ・ノヴィク、那波かおり:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 わたしは、なにかを習得しようと苦闘した数ヶ月の時に感謝した。自分のすべての失敗に、この石室で〈森〉の嘲笑を浴びながら過ごした時間に感謝した。そのおかげで、わたしは呪文を継続させる強さを身につけたのだから。〈ドラゴン〉が魔法書の呪文を唱えつづけていた。動じることのない声が背後から聞こえてくる。その声が、どっしりとした船の錨のように、わたしをつなぎとめていた。
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単行本p.240


 東欧にある王国の辺境に位置する小さな谷。そこに建つ白い塔には〈ドラゴン〉という通り名の大魔術師が住んでいた。邪悪な〈森〉の侵略から谷を守る代償として、彼は十年ごとに村から若い娘を一人召しあげて塔に連れてゆく。この年選ばれたのは平凡な娘アグニシュカ。だが、彼女のなかには魔女としての才能が眠っていたのだった。『テメレア戦記』の著者による冒険ファンタジー長篇、その上巻。単行本(静山社)出版は2016年12月です。


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〈ドラゴン〉は十年ごとに十月生まれの十七歳の娘をひとりだけ選ぶ。この谷に村の数はそう多くはないから、この条件に当てはまる娘もそう多くはいない。(中略)〈ドラゴン〉がつねにいちばん美しい娘を選ぶとはかぎらないのだけれど、いつも、なにかしらに秀でた娘が選ばれた。だれよりも美しいとか、とびぬけてかしこいとか、いちばんの踊り手だとか、とりわけ気づかいができるとか――とにかく、〈ドラゴン〉は言葉を交わすこともなく、そういう娘をぴたりと選びとった。
 そして、カシアはこのすべてに当てはまった。
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単行本p.8


 十年に一度、〈ドラゴン〉の通り名をもつ大魔術師が一人の娘を選んで〈塔〉に連れてゆく。今年は美しいカシアが選ばれると誰もが思っていたのに、選ばれたのはカシアの親友であるアグニシュカだった。なぜ自分が選ばれたのか。混乱するアグニシュカは、しかし〈ドラゴン〉ですら予想しなかったほどの魔法の才能を持っていた。

 自分のことを取り柄のない平凡な娘だと思っていたヒロインが、理由も知らされないまま選ばれ、そのことで自分の秘められた才能に気づく。そして師匠のもとで修行に励み、成長してゆく。そんな物語です。

 凡庸なプロットに感じられますが、邪悪な〈森〉が故郷の村への侵略を開始するあたりから物語は一気に緊迫感を増し、そのまま軍事作戦に巻き込まれてゆく展開はさすが『テメレア戦記』の著者。


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 わたしたちは沈黙した。頭のなかには、〈森〉がじわじわと冷酷に、わたしの家に、わたしたちの谷に進軍し、やがてはこの世界を支配するさまが浮かんでいた。そのとき、塔の窓から外を見渡すところを想像する。塔を包囲して果てしなく広がり、風に揺れてざわざわと憎悪のささやきを皮し合う交わし合う黒い木々、おぞましい樹海。そこに生きものの姿はない。〈森〉はすべての生きものの息の根を止めて、木々の根の底に埋めてしまおうとするだろう。
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単行本p.220


 あらゆる動物を化け物に変え、人間の魂を穢して悪意に満ちた怪物にしてしまう恐るべき〈森〉。捕えられた親友のカシアを救うために、師匠の制止も聞かず〈森〉へと向かうアグニシュカ。巻き込まれた〈ドラゴン〉ですら対抗できない、あまりにも強大で邪悪な〈森〉の力。だが、アグニシュカと〈ドラゴン〉の、まったく性質の異なる魔法がひとつに重なったとき、奇跡が起きる。

 最初はゆっくりとした物語に思えるのですが、途中から手に汗握るような戦闘シーンが連発されるようになり、派手な魔法もばんばん発動しまくる展開になります。二人の魔法が共鳴し重なってゆく場面の描写は特に素晴らしい。下巻は『テメレア戦記』ばりの大規模戦争が描かれるとのことで、楽しみです。


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『黄色いボート』(原田彩加) [読書(小説・詩)]

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人件費削減しようそうしよう浮ついている春の会議は
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壇上に追いたてられてスピーチをさせられている手負いの獣
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こんなにもひとを嫌っている春は胸の底までぬかるんでいる
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帰ったら上着も脱がずうつ伏せで浜辺に打ち上げられた設定
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バファリンが効くまで床にうずくまり鵺のことなど考えていた
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買ったもの思い出せずにAmazonの箱を開ければまた箱がある
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 仕事がつらい。職場がつらい。何でこんな理不尽ばかりまかり通るのか。職場や生活に対する怒りを吐き出すような非正規女性労働歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2016年12月です。


 とにかく仕事がつらい。何もかもつらい。そもそも通勤がつらい。

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淡い空 女性専用車の床を踏みしめている無数のヒール
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往来で転んだけれど無関心決め込まれている世界がいいね
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やってくるひとは途切れず永遠に誰かのためにドアを押さえる
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 ようやく職場に到着すると、そこで待っているのは理不尽と意味不明な苦役ばかり。

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一斉に鳴っているのに誰ひとり取らない電話駆け寄って取る
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そうですねおそれいります意味のない言葉の先でねじれるコード
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壇上に追いたてられてスピーチをさせられている手負いの獣
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 つのる怒り、あふれるストレス。非正規だからか。女だからか。

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花が咲くように怒りはいちどきに溢れてキーボードが壊れそう
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ひといきに陸へとあがる苦しさだ誰もわたしに話しかけるな
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こんなにもひとを嫌っている春は胸の底までぬかるんでいる
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もう二度と開かぬ窓と決めている窓を覗くな窓を叩くな
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 でも他人のおかげで状況は悪化してゆくばかり。

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引火して辺り一面燃えているなかでようやくひとりになった
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もう君に相談したりしなくても火の輪くぐりはひとりでできる
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まだ何も失ってない 真四角の窓から見えるアンテナに鳥
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 もちろん業績など上がらず、責任だけは下へ下へとスムーズに。

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人件費削減しようそうしよう浮ついている春の会議は
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議事録は上書きされて 断定で書いたところを直されている
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辞めるって決めたら楽になったよと踊り場へ来て同僚はいう
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 疲れ切って帰宅しても、ぜんぜん楽にならない。しんどい。

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終電のドアに凭れて見ていればこのまま夜明けになりそうな空
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帰ったら上着も脱がずうつ伏せで浜辺に打ち上げられた設定
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バファリンが効くまで床にうずくまり鵺のことなど考えていた
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 こんな毎日の繰り返しがいつまで続くのか。なぜ続くのか。

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買ったもの思い出せずにAmazonの箱を開ければまた箱がある
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コーヒーはこんなに黒い飲み物か深夜の街に雨が降ってる
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夢で長く生きてしまった明け方に目覚めたときのとおい心音
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眠ったら遠くへ行けた/目覚めたらまだここにいた 雨の日曜
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 どんどんひどくなってゆく労働環境。全方位こづきまわされるような非正規女性社員の扱い。せめて仕事させろよ。そんな状況にあっても決してくじけず、戦い、働き、生き延び、そして苦々しいユーモアにくるんで短歌にする。言葉のちからで理不尽に反撃する、そんな怒りの力強さがひしひしと感じられる労働歌集です。



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『いぬと、ねこと、わたしの防災 いっしょに逃げてもいいのかな? ペット防災の基本BOOK』(LEONIMAL BO-SAI/Lucy+K、平井潤子:監修) [読書(教養)]

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「もしも」を考えると浮かぶ、さまざまな疑問。
「キャリーに入ってくれるかな?」
「持っていかなければならないものは?」
「避難所では、別々に過ごすの?」
「ペットのための備蓄やケージはあるの?」
「ペットを嫌がる人もいるよね?」

――そもそも、本当に、
「いっしょに逃げていいのかな?」
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単行本p.3


 地震が起きたとき、大切なペットを守るには。どうやって助けるのか、避難所ではどうすればいいのか、ペットを連れて避難していいのだろうか。ペットを飼育する人々のための防災知識。単行本(株式会社ドリーム)出版は2016年9月です。


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いっしょに逃げても
いいんだよ。

いっしょに逃げるとは、
つまり、いっしょに生き抜くこと。
同行避難だけにこだわらず、
みんなで生き抜くことを、一人よがりではなく考えること。
それこそが、本当の防災だと
LEONIMAL BO-SAIは信じています。
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単行本p.65


 2016年4月23日から5月22日にかけて開催された「いぬと、ねこと、わたしの防災 いっしょに逃げてもいいのかな?展」の内容をもとに作成された防災ブック。全体は五つの章から構成されています。


「Chapter1  「もしも」災害シミュレーション」
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災害発生時、自分とペットに起こりうることを
想像したことがありますか?
実際の状況はさまざまですが、まず、「もしも」について
具体的に考えを巡らせておくことが
“自分なりの防災”を始める第一歩です。
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単行本p.13

 災害発生時に生じるペットまわりの問題を具体的な例をもとに考えます。健康管理、避難訓練、自宅の防災対策強化、飼い主グループとの共助、ペットの社会化、迷子予防。


「Chapter2  「いつも」からできる「もしも」の備え ~ワーク~」
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実は、ペットの安全を守ることは、
自分自身の安全を守ることにも直結しています。
ずっといっしょに生きていくために、
ひとつずつ実行に移していきましょう。
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単行本p.21

 前章で挙げられた問題について、一つ一つ普段から対策しておくべきことを示します。
ペットの居場所の安全性チェック、飼い主グループの構築、ペットを人馴れさせておくこと、迷子対策。


「Chapter3  日本の地震とペットとの被災に関する実例」
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この章では、過去の震災で
被災したペットと飼い主への支援体制や、
避難の状況を紹介します。
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単行本p.33

 最近の震災を取り上げ、ペットとの同行避難などがどのように行われ、どのような問題が生じたのかを見て行きます。新潟県中越大震災(2004年10月)、岩手・宮城内陸地震(2008年6月)、東日本大震災(2011年3月)、熊本地震(2016年4月)。


「Chapter4  「いっしょに逃げてもいいのかな?」同行避難のこと」
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災害時において、避難所はひとつの「社会」です。
ペットを飼っていない人たちも大勢いる中で、非常事態を生き抜いていくために、
協力し合い、理解を得て、
受け入れてもらう努力が必要です。
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単行本p.39

 ペットと一緒に避難所に逃げる「同行避難」。飼い主とそうでない人の間で生じがちなトラブルをどう予防するか。アンケート調査から見えるそれぞれの気持ちを理解し、共存のための行動指針を示します。


「Chapter5  「いつも」からできる「もしも」の備え ~グッズ~」
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いつ起こるかわからない
「もしも」に備えて
ペットのいのちを守るために、
揃えておくとよい「モノ」の備えをご紹介します。
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単行本p.49

 ペットのための防災グッズをまとめます。飼育手帳・治療記録、包帯、ゴミ袋、ビニール袋、新聞紙、ケージ、ペットシーツ、ウンチ袋、避難用具、薬・療養食、鑑札・迷子札、数日分のフード、カッター・はさみ・ガムテープ、洗濯ネット、トリミング・ドライシャンプー用品、数日分の水。

 その他、リュック型ペットキャリー、トレーニングなどの情報が載っています。


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『日本の中でたのしく暮らす』(永井祐) [読書(小説・詩)]


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窓の外のもみじ無視してAVをみながら思う死の後のこと
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大みそかの渋谷のデニーズの席でずっとさわっている1万円
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『とてつもない日本』を図書カードで買ってビニール袋とかいりません
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 都会で孤独に生きる若者の寒々しいリアルを詠み続ける都市生活歌集。単行本(BookPark)出版は2012年5月です。

 「季節のうつろい」であるとか「秘めた恋心がどうのこうの」といったことを詠むのがふつうの短歌、という古くさい偏見を捨てきれないでいるのですが、そういうのぶっ飛ばしてくれる歌集です。

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窓の外のもみじ無視してAVをみながら思う死の後のこと
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 あ、季節とか、恋とか、関係ないんで。ぼくが生きてるリアルはそういうのじゃないんで。目をあわせないまま、もぐもぐとそうつぶやいているような感じ。でも、絶対に譲らない、合わせない、最後まで自分の都市生活実感をうたう。そんな若さがまぶしい。まぶしくない。

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リクナビをマンガ喫茶で見ていたらさらさらと降り出す夜の雨
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大みそかの渋谷のデニーズの席でずっとさわっている1万円
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昨日と今日の睡眠時間を足してみる足してみながらそば屋へ向かう
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 この圧倒的な生活感。どうにもやるせない気持ちになります。仕事も、虚ろな明るさに満ちた感じで、しんどい。

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はじめて1コ笑いを取った、アルバイトはじめてちょうど一月目の日
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三十代くらいのやさしそうな男性がぼくの守護霊とおしえてもらう
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次の駅で降りて便所で自慰しよう清らかな僕の心のために
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 心を癒してくれる動物を詠んだ作品もありますが、やっぱりこういうことに。

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寒いと嫌なことの嫌さが倍になる気がする動物の番組を見る
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ミケネコがわたしに向けてファイティングポーズを取った殺しちまうか
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思い出を持たないうさぎにかけてやるトマトジュースをしぶきを立てて
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 淡々とした日々の暮らしを詠んだ作品も、ユーモラスなのに笑えない。というか、寒々とした心象風景を前に、思わず立ちすくむような、真顔のまま乾いた笑いでその場をしのいでいるような気持ちになります。

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『とてつもない日本』を図書カードで買ってビニール袋とかいりません
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グーグルの検索欄にてんさいと書いて消すうんこと書いて消す
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今日は寒かったまったく秋でした メールしようとおもってやめる する
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さて義務をはたさなきゃコーヒーを買いさて義務をはたさなきゃコーヒーを飲んだら
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 というわけで、リアルな都市生活実感を直球でぶつけてくる作品ぞろい。いたたまれないような気持ちになる、でも不快ではなく、むしろ若々しさに対する敬意のようなものを感じてしまう、いやそれは本当なんですよ、そして最後まで読んでからタイトルが実に挑発的だということに気づく。そんな歌集です。


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『大阪的』(津村記久子、江弘毅) [読書(随筆)]

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 そういうわけで、地方に行って、東京の人でも大阪の人でもない人と話すと、なぜか大阪の反省点のようなものが勝手に見えてくるようになったのだった。これは実は、仕事で東京と行き来する中では一切見えてこなかったものである。東京の人と話したり、東京で過ごしたりする分には、自分は「ありのままの大阪人」というなんだか迷惑な字面の生き物でいて結構、と思い込んでいたのだが、大阪でも東京でもない場所に行くたびに、大阪の欠点のようなものが思いだされるようになった。具体的に言うと、大阪つまらんと言い続けてきたけど、それは「住んでいるから」というエクスキューズなしにつまらん場所なのかもしれない、という危機感をはらんだ感情である。別にわたしが大阪の危機を憂おうと誰も気にしないわけだけど。
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単行本p.7


 大阪とは何か。大阪てなんやねんほんま。故郷である大阪を内と外の両方から見てきた作家と編集者が、大阪的なるものについて大いに語りあう一冊。単行本(ミシマ社)出版は2017年3月です。


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このへんの、「なんだか変なところでおとなしい」という感じは、大阪の次女っぽい部分を象徴しているのではないかと思う。長女には対抗意識がある。なんだったら自分のほうが美人やしと思っている。個性もあると思い込んでいる。でも本当は、六女や七女みたいに自由ではないし、個性もない。そのことはつゆ知らず、上ばっかり見ているうちに、どうでもいいところでは口数が多くてうざがられてるのに、見た目は誰かの真似で結局無難なだけになってしまっている。
 大阪は、自分で思っているほど美人でもないし、個性もないし、ましてや自由ではない。
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単行本p.17


 というわけで、生まれも育ちも大阪という二人による、大阪に対する屈託あふれる対談とエッセイをまとめた本です。全体は四つの章から構成されています。


「1.大阪から来ました」
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 長女へのコンプレックスを持った次女。自分は姉より美人だと言い聞かせながらも、どこかで姉の影響を振り切ることができない。姉のことをさしてかまわないという態度をとりつつ、わたしお姉ちゃんに似てる? とときどき誰かにたずねている。
 おばちゃんはあるいは、お姉さんのほうが美人やねと言われたことをずっと根に持っているのかもしれない。ときどき夜中に思い出して泣いているのかもしれない。
 わたしの大阪のイメージは、そういう屈託を持った女の人たちである。かわいいところもあるけどたまにめんどくさくて、めんどくさいけど料理がうまいので、ついつい話を聞いてしまう。
 でももう、そろそろ「お姉ちゃんのほうが美人やね」と言われたことは忘れたっていいと思うのだ。なぜならもう、人口では横浜市に抜かれてしまったのだから。日本の第二の都市ですらないんだよ大阪は。実は次女じゃなかったんだよこれが。
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単行本p.22

 津村記久子さんによる大阪エッセイ。大阪の、主にあかんとこを、ずけずけ指摘しまくります。


「2.どこで書くか、大阪弁を使うか問題」
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江 もし僕、慶應とか立教とか行ってたら、たぶんファッション誌なんかやってて、ごっつぅうっとうしい編集者になってたと思いますよ。もう、お洒落なだけのね。

津村 自分はすごい大阪におることを売りにしてるし、働いてたことも売りにしてるし、大阪で書き続けることも売りにしてる。今度は大阪に居ながら大阪じゃないとこに行って大阪人として振る舞って、もらってくるものも売りにしようとしてて、貪欲やなって思います。

江 いや、今僕なかなかええ質問した。それはね、なかなか言われへんことですよ。

津村 いやいや。

江 ほんまやって。自分わかってへんのとちがいますか。
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単行本p.51

 津村記久子さんと江弘毅さんの対談。大阪という土壌が仕事に与える影響などを語り合います。


「3.大阪語に「正しさ」なんてない」
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 船場の商売人が話す言葉や北新地の古い花柳界、あるいは文楽や落語などの上方伝統芸能に携わる人々の言葉遣いが、正統的な大阪弁だとよく言われているが、それは間違いだと思う。大阪語あるいは大阪弁を話すこととは、東京の山の手言葉を「標準語」として措定し、誰もが「学校で教育され制度化された言葉」を話すこととは違う。大阪語に「正誤」なんてないし、「正しさ」を求めてもおもろくも何ともない。
(中略)
大阪弁というのはそれが「現に話された」現場と、そこから電車で一時間以内ぐらいの距離にあるところのそれぞれの違った「○×の大阪弁」があり、例えば阪神や阪急、京阪、近鉄や南海といった土地柄の違いによる「母語」の違いみたいなものをハッキリ区別できるのが、大阪語(関西語)話者の共通点である。それが大阪弁のテロワール(代替不可能な土壌)なのであろう。
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単行本p.67

 江弘毅さんによる大阪エッセイ、というか大阪弁エッセイ。大阪弁と土地との結びつきについて学術的に語ります。


「4.世の中の場所は全部ローカルだ」
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津村 高校の友だちがニューヨークに嫁に行ったんですけど、(中略)その子に「トランプってヅラなん?」って話をしたら、そんなん旦那にも友だちにも聞けないって言うんですよ。大阪の人やのに。絶対にその子、ヅラかどうか確かめてくれると思ってたのに。(中略)これが大阪の人だったら聞けるじゃないですか。「これはニューヨークに染まってしまったな」と思った。本当にヅラかどうかはわりとどうでも良くて、みんなヅラだと思ってるのかどうか、ってことを聞きたかったんです。

江 大阪のやつってヅラとか言うの好きやからな。俺もそんなん好きです(笑)。

津村 (中略)私は大阪におるから、トランプ見て「ヅラかな」とか言ってるけど、友だちはニューヨークに行ってヅラかどうかなんて聞けない雰囲気になる。どっちがいいかって言ったら、私は「ヅラかな」って言い続けたいと思いますけどね。

江 「邪魔じゃハゲ!」とか言うもんな、僕ら。ハゲてなくても七三分けでもハゲやもんな。
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単行本p.84、85

 津村記久子さんと江弘毅さんの対談の続き。大阪から見るグローバルとローカル、というテーマなんですが、ほぼ雑談に。


 以下余談。

 昨日の日記(http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-04-04)で紹介した『関東戎夷焼煮袋』(町田康)のなかに次のような一節があります。


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 津村記久子という大阪に住む小説家に、「京都に住まおうと考えたことがあったが、うどん玉が七十八円もして絶望、断念した。自分はうどん玉が四十円以下で買えぬ地域に棲むことはできない」という話を聞いたことがある。
――――
『関東戎夷焼煮袋』(町田康)単行本p.19


 ところが、本書の対談中、次のような発言が出てくるのです。


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江 津村さん、スーパーでうどんが三十円の土地にしかよう住まん、みたいなこと言ってはりましたよね。それがめちゃくちゃおもろくって。

津村 京都のね、友だちが下宿してるとこの近くでうどんがひと玉四十円して、びっくりしたんですよ。
――――
単行本p.81


 はたして京都のうどん玉は七十八円なのか、四十円なのか。津村記久子はうどん玉ひとつ三十円の土地にしか住めぬのか、それとも四十円以下ならOKなのか。さらに、この矛盾の原因は町田康の記憶違いなのか、それとも津村記久子が相手によって話を変えてるのか。

 おそらくこの問題はいずれ日本文学研究における一大論争テーマとなるであろう。将来のために、ここであえて指摘しておくものである。



タグ:津村記久子
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