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『タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源』(ピーター・ゴドフリー=スミス、夏目大:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 頭足類は、無脊椎動物の海に浮かぶ孤島のような存在である。他に彼らのような複雑な内面を持つ無脊椎の生物は見当たらない。人類と頭足類の共通の祖先は遠い遠い昔の単純な生物だったから、頭足類は大きな脳も複雑な行動も、私たちとはまったく違った実験を経て進化させてきたことになる。頭足類を見ていると、「心がある」と感じられる。心が通じ合ったように思えることもある。それは何も、私たちが歴史を共有しているからではない。進化的には互いにまったく遠い存在である私たちがそうなれるのは、進化が、まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくったからだ。頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう。
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単行本p.9


 研究者をひとりひとり識別し、嫌いな人間には水を吹きつけ、実験器具で遊び、ときにわざと壊して邪魔をする。純粋な好奇心で人間に接触したり、カラフルな表皮色彩言語で情報発信したりする。
 タコやイカなどの頭足類は私たち人間とはまったく無関係に進化した「知能」や「心」を持っている。進化の道筋も脳構造もまったく異質な生物が、なぜ私たちと似た能力を獲得し、「気持ちが通じ合う」体験すら共有できるのか。タコの意識に関する考察を通して、神経系から心や意識が生ずる秘密に迫る異色のサイエンス本。単行本(みすず書房)出版は2018年11月、Kindle版配信は2018年12月です。


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 人間にとってタコ、イカなどの頭足類は、独立して進化を遂げたにもかかわらず、同じようなmindを持った非常に不思議な生物だ。この点だけを見れば、ほとんど「異星人」と同じということになる。(中略)本書を読んでいると、私たち人間という存在、そして人間の持つ心や知性を「相対化」できる。私たちとはまったく別の進化を遂げ、まったく異質なmindを持つ生物について知ると、生物には、またmindには自分たちとは別の可能性があり得るのだとよくわかる。そして相対化することで、自分のことがより深く理解できる。また、本書を読むと、私たちが海という広大な世界についてあまりにも無知だということも痛感させられる。宇宙を探検しなくても、異星人に遭遇しなくても私たちの身近にはたくさんの驚異がある。
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単行本p.252、254


[目次]

1. 違う道筋で進化した「心」との出会い
2. 動物の歴史
3. いたずらと創意工夫
4. ホワイトノイズから意識へ
5. 色をつくる
6. ヒトの心と他の動物の心
7. 圧縮された経験
8. オクトポリス


1. 違う道筋で進化した「心」との出会い
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 私はどの生物についても、その主観的経験がどう進化したかに関心を持っている。しかし、本書で何より注目するのは頭足類だ。私が注目するのは、頭足類という生物に驚くべき特徴があると考えるからである。もし彼らに話ができたら、きっと私たちに多くのことを話してくれるだろう。ただ、理由はそれだけではない。私が頭足類のことを書きたいのは、私の哲学的探求に彼らが大きな影響を与えてきたからだ。(中略)哲学には他者の持つ「自我」について考える「他我問題」というのがあるが、タコはこの他我問題の格好の題材と言える。これ以上の題材はないかもしれない。
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単行本p.11


 人類とはまったく異質な進化の道筋と脳構造から生ずる「知性」と「心」を持った頭足類を研究することにより、主観的体験や自意識がどのように進化してきたのか、そのような能力はどのようにして生み出されているのか、などの問題に光を当てることが出来る。本書全体のテーマを示します。


2. 動物の歴史
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 エディアカラ紀にも、何種類もの動物が同じ環境の中で共存していたことは間違いない。だが、動物たちが周囲の他の動物たちと深く関わることはなかった。カンブリア紀には、どの動物も、他の動物にとって環境の重要な一部となる。動物どうしの関わり合い、そして、それに伴う進化、いずれも、結局は動物の行動と、行動に使われる装置の問題ということになる。この時点以降、「心」は他の動物の心との関わり合いの中で進化したのだ。
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単行本p.42


 心や知性の進化的起源はどこにあるのか。エディアカラ紀からカンブリア紀にかけての生物進化の歴史を概説します。


3. いたずらと創意工夫
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 タコに何ができるのかを見ようとすると、すぐに難題に突き当たることになる。まず問題なのは、学習や知性に関して実験室内で行われた多数の研究の結果と、タコの行動に関して知られる数々の逸話の間に矛盾が見られるということだ。偶然、タコがこのようなことをするのを見た、というような逸話が数多くあるのだ。もちろん、これは動物心理学の世界ではよくある話である。ただ、タコの場合、その矛盾があまりにも大きいということだ。
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単行本p.61


 人間ひとりひとりの顔を識別し、嫌いな人間には水を吹きつけるなど嫌がらせをする。実験室内の電球を消す。飼育担当者の顔をじっと見つめながら、気に入らない餌をこれ見よがしに捨ててみせる。水流を利用した遊びを発明する。数々の逸話を持つタコの知能は、実際のところどのくらい高いのかについて解説します。


4. ホワイトノイズから意識へ
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 私たち人間のように複雑な脳を持った動物以外、主観的経験など持ち得ないのではないか。そう考える人は多いだろう。「その動物になったらどんな気分か」という問いは、そういう動物にだけ関係があるということだ。複雑な脳を持った動物は人間以外にもいる。しかし、哺乳類と鳥類だけで、それ以外にはいないだろう。これは、主観的経験を持ち得るのは「新参者」のみという考え方である。(中略)だが私は、「新参者」説の見方に異議を唱えることは十分に可能だし、別の観点から考察する価値は絶対にあると思っている。
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単行本p.112、113


 主観的経験を持っているのは、哺乳類や鳥類など「私たち人類と進化的に近い」種だけなのか。タコと人間を比較しながら、主観的経験や意識がどのようにして生ずるのかを考察します。


5. 色をつくる
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 頭足類は、歴史的に擬態の必要があったためか、非常に高い表現力を持つ。そしてテレビの画面のような機能を持つ皮膚は、脳に直結されている。その機能により、コウイカをはじめとする頭足類は、多数の信号を発する。生きている間は絶えず信号を発し続ける。この信号の少なくとも一部は、他者に見られるために進化したのだと考えられる。時には擬態のために、また時には敵や交尾の相手に見られるために。頭足類はそれ以外にも、皮膚という「スクリーン」を使って絶えず何かを話し、つぶやき、また偶然何かを表現しているように見える。
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単行本p.162


 イカの表皮は、テレビスクリーンのように鮮やかな色彩信号を発し続けている。たとえ周囲に他者がいなくても。頭足類のディスプレイが持つ意味について考えます。


6. ヒトの心と他の動物の心
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 外界の状況を感知し、外に向かって信号を発する能力が内面化して、ついには神経系を生んだ。それを進化史上の重要な内面化の一つとすれば、思考のための道具として言語が使われたのはまたもう一つの重要な内面化だった。どちらの場合も、自分以外の生物とのコミュニケーションの手段だったものが、自分の内部でのコミュニケーションの手段に変化したことになる。この二つは、どちらもここまでの認知機能の進化の歴史の中でも画期的な事件だった。
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単行本p.186


 神経系の発達、そして言語を使った思考。主観的経験や意識につながる進化はどのようにして起きたのか、その経緯について考察します。


7. 圧縮された経験
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 彼らに与えられた時間はあまりにも短い。この寿命の短さを知ってから、頭足類の大きな脳は私にとってさらに大きな謎となった。生きるのがわずか一年、二年なのに、これほど大きな神経系を持つ必要がどこにあるのだろうか。知性のための機構を持つコストは高い。それをつくるコストも、機能させるコストも非常に高くなる。大きい脳があれば学習ができるが、学習の有用性は、その動物の寿命が長いほど高くなる。寿命が短ければ、せっかく世界について学んでも、その知識を活かす十分な時間がない。ではなぜ、学習のために投資をするのか。
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単行本p.193


 大きな脳、発達した神経系を持っているにも関わらず、わずか数年で死んでしまう頭足類。なぜ彼らの寿命はこれほど短いのか。逆になぜ頭足類の学習能力は、それを活かすための時間がなさそうなのに、これほど高いのか。寿命をもたらす進化的な淘汰圧について考察します。


8. オクトポリス
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 タコが集まっている場所があるという話は以前から時々、耳にすることがあった。しかし、何年にもわたって、いつ訪れてもタコに会うことができ、タコどうしの交流もよく見られる、という場所はオクトポリスがはじめてだった。(中略)オクトポリスの生物の密度は、そのすぐ外の場所に比べて異常に高い。タコたちは、貝殻を集めるという行動により、自分たちの手で「人工的な」岩礁をつくったと言える。そして、この自らつくり上げた環境のおかげで、数多くのタコが一箇所に集中し、絶えず互いに交流しながら生きるという、通常よりも「社交的」な生活を送り始めたらしい。
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単行本p.216


 タコは単独行動する種だが、オーストラリアの東にある通称「オクトポリス」は例外だ。そこには多種多様なタコが集まり、互いに交流し、「社交生活」を送っているらしい。フィールドワークを通じて、タコには社会性がどれほど備わっているかという問題を探求します。



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『『サトコとナダ』から考えるイスラム入門 ムスリムの生活・文化・歴史』(椿原敦子、黒田賢治) [読書(教養)]

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 世界にはいろんなムスリムがいて、イスラムについてのいろんな考え方があるという話は、読めば読むほど「わかった」感覚から遠ざかるような、心細い気持ちになるかもしれません。でも、それでいいのです。
 難解に感じることはきちんと理解している証拠です。分かったつもりになって疑問を抱かないことが最も危ないのです。それが知らない相手と一緒にうまく暮らす上でまずは覚えておくことでしょうか。
(中略)
 近年、多文化共生がますます盛んに言われるようになりましたが、共生は相手の気持ちや考えに共感することとは違います。そんなに頑張って相手のことを理解しよう、仲良くしようと努めなくても、言葉のかけ方やちょっとした行いで、お互いが気持ちよく過ごす方法が現実的な意味での共生のやり方でしょう。
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新書版p.202、205


 イスラム教とはどんな宗教なのか。ムスリムと呼ばれる人々はどのように考えて暮らしているのか。隣人として付き合うために、一歩踏み出すためのイスラム入門。新書版(星海社)出版は2018年12月です。


 『となりのイスラム』(内藤正典)と並んで、イスラムと付き合ってゆくための基礎知識をやさしく教えてくれる本です。ちなみに『となりのイスラム』の紹介はこちら。


  2017年02月09日の日記
  『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-02-09


 個人的に『サトコとナダ』が好きなので、その解説本かと思って読んだのですが、そうではありませんでした。引用(漫画)があちこちに散りばめられていますが、本文中には一切『サトコとナダ』への言及はありません。先に本文が完成して、後から『サトコとナダ』の断片をイラストとして混ぜ、タイトルにも追加したのではないか、という気もします。


[目次]

第1章 暮らしのなかのイスラム1日、1年、そして一生
第2章 おさえておきたいイスラムの成り立ち
第3章 世界に17.3億人! 世界にひろがるイスラム
第4章 現代世界のイスラム
第5章 ムスリムさんのおもてなしーー共存から共生へ


第1章 暮らしのなかのイスラム1日、1年、そして一生
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 本章を読んでみるまで「豚肉は食べない」、「女性は全身を隠す服を着ている」という姿こそがムスリムだと思っていなかったでしょうか。あるいは「1日に何度もお祈りをして大変」、「女性は男性の意見に従わなければいけない」などと窮屈な暮らしをしているイメージをもっていなかったでしょうか。その姿やイメージも間違いではありません。しかし、ムスリムにもいろんな人がいるという、当たり前のことに気づいてもらえればと思います。
 日本も韓国も中国もアジア人だし全員いっしょだよね、と言われたらちょっと待て結構違うよ!と突っ込みたくなりますよね。それと同じことです。世界中にいるムスリムが同じ見た目や生活をしているわけではありません。
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新書版p.75


 ヒジュラ暦ってなに? 礼拝はどんな具合にやるの? ラマダーンには絶食するの? ハラルフードしか食べないの? お酒は厳禁? どうしてヒジャブをかぶるの? 恋愛や結婚はどんな風なの? 基本となる知識から、ひとくちにムスリムといっても実に様々な生き方や考え方があることを教えてくれます。


第2章 おさえておきたいイスラムの成り立ち
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 ハディース学の発展により、ムハンマドが何を伝え、行い、黙認したのかが明らかになると、ムスリムとしての振る舞いや信条についても吟味されることになります。こうしてイスラムに関する学問は、更に系統立てて体系化されていきました。
 単純化していえば、外面の行為に関しては法学が、内面の行為に関しては神学が規定しています。これらの規定に加え、神の存在を体験する実践的な学問として、スーフィズムが現れました。
 これら三つの学問は、中東から南アジア、東南アジア、アフリカに広がった歴史的なイスラム社会の知識人のあいだで共有された知識でした。
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新書版p.106


 ムハンマド、コーラン、様々なイスラム分派、ハディース。イスラム教の起源から現代までの歴史を概説します。


第3章 世界に17.3億人! 世界にひろがるイスラム
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 ジハードを、なぜあるムスリムは「聖戦」の意味として正当化し、別のムスリムは内面の自己研鑽として正当化するのかという問題に明確な答えはありません。結局はその人次第としか答えられません。
 どう思うかは思想・信条の自由ですので、私たちとは相いれない過激な思想というだけでは否定も処罰もできません。
 過激派の問題を考えるときに忘れてはならないのは、イスラムに目覚めたムスリムが全員、同じ方向に進んでいくわけではないということです。また聖典に則った「正しい」イスラムを目指すといっても、それは一つとは限りません。
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新書版p.146


 世界中で暮らしているムスリムの地域ごとの事情をざっと見てゆき、中東問題から過激派テロまで、現代世界におけるイスラム問題を解説します。


第4章 現代世界のイスラム
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 近年ヨーロッパは国内のムスリム住人に目を向けることで不安に駆られ、アメリカは他国のムスリムの存在に目を向けることで不安に駆られています。
 ムスリムが身近な存在であるはずのヨーロッパでは、何が問題とされることでイスラム恐怖症が復活し、ムスリムへの排斥が強まってきたのでしょうか? 反対にアメリカでは何が見落とされることで、イラスム恐怖症が生まれてきたのでしょうか。
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新書版p.159


 難民問題からイスラム排斥まで、イスラモフォビア(イスラム嫌悪、イスラム恐怖)の背後にある事情を解説します。


第5章 ムスリムさんのおもてなしーー共存から共生へ
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 イスラムやムスリムの生活や文化、歴史について学んだことで、さまざまな驚きや戸惑いの気持ちも浮かんできたのではないでしょうか。ムスリムとのお付き合いのために本書を手に取った方ならなおさらのことと思います。
 知っていても、受け入れられないかもしれない。
 でも、全てを受け入れられなくても、お付き合いはできる、と著者たちは考えます。
 それは、どんな気持ちで接するかという心の問題ではなくて、どう接するかという行動の問題だからです。
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新書版p.188


 日本に定住しているムスリムをめぐる事情を解説し、精神論ではなく現実的に共生してゆくためにどうすればいいのかを考えてゆきます。



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『エノーマスルーム』(ストップギャップ・ダンスカンパニー) [ダンス]

 2019年3月9日は、夫婦で世田谷パブリックシアターに行ってダンス公演を鑑賞しました。英国のストップギャップ・ダンスカンパニーのメンバー6名(総勢9名)が出演する80分の舞台です。


[キャスト他]

アーティスティックディレクション: ルーシー・ベネット
出演:
 デーヴィッド・トゥール(デイブ)
 ハンナ・サンプソン(サム/デイヴの娘)
 エイミー・バトラー(ジャッキー/サムの母)
 エリア・ロペス(ジャッキー/デイブの妻)
 クリスチャン・ブリンクロウ(トム/サムの友人)
 ナデン・ポアン(チョック)


 人種、性別、年齢、障害の有無に関わらず、ダンサーたちの個性を活かして一つの作品を作り上げてゆくスタイル、ダイバーシティ/インクルージョンを特徴とするストップギャップ・ダンスカンパニーの公演です。

 舞台上には、どこか古めかしく、懐かしい印象を受ける部屋のセット。置かれている家具、ラジカセ、小型モノクロテレビ受像機など、半世紀前の平均的な家の居間という感じ。開幕前から出演者たちによる芝居が無限ループで繰り返されており、そのまま本編に入ってゆきます。どこから始まったのか観客には分かりません。

 最初はそれこそ古めかしいホームドラマの一シーンのような展開が繰り返され、そのうち設定がだんだんと分かってきます。妻が急死して、残された夫と娘が不在感を持て余しながら暮らしているとか。

 舞台上の「現実」からふわふわと遊離したように同じ動作を繰り返す(レコーディング型)幽霊たちも、夫にとっての妻、娘にとっての母親、だということが飲み込めてきて、やがて部屋の「壁」についた戸棚などの扉から唐突に出演者が出てきたり消えたりしてゆき、妄想と現実の区別がなくなってゆく。ここまでが前半。

 後半は舞台上のセットが片づけられ、オレンジ色のノスタルジックで幻想的な照明のもと、抽象ダンスが繰り広げられます。フォーメーション変化が巧みで、動きの先が読めないせいか、途中をすっ飛ばして場面が切り替わってゆくような印象が強く、観ているうちに現実感が失われてゆきます。色々な現実がそぎ落とされて、最後に残るものは何か。ベタといえばベタですが、じんわりと感動が積もってゆくような作品です。



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『平均律』(勅使川原三郎、佐東利穂子) [ダンス]

 2019年3月8日は、夫婦でKARAS APPARATUSに行って勅使川原三郎さんと佐東利穂子さんの公演を鑑賞しました。バッハの平均律クラヴィーア曲集から抜粋したピアノ曲(演奏はリヒテル)に乗せて踊る上演時間60分の舞台です。

 しばらくアップデートダンスでは原作付き公演が続きましたが、ひさしぶりの抽象ダンス作品です。舞台中央と手前に電球(天井から長いコードで床すれすれの高さでぶら下がっている)、取り囲む三方の壁面にもオレンジ色の照明、そして天井からの照明。これらの照明を駆使して、広がりのある空間が作られてゆく様は、まるで奇跡のように感じられます。影の使い方が素晴らしい。

 ほぼ1時間ずっと踊り続ける作品で、それぞれのソロダンスもたっぷり観ることが出来ます。勅使川原三郎さんはもちろんですが、佐東利穂子さんの動きが魔術のよう。滑らかに宙を切る腕の動きが残してゆく残像、背後に伸びる影、そしてご本人、すべての視覚要素が巧みに組み合わさって一つのダンスを作り上げている、という印象を受けます。



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『宮内悠介リクエスト! 博奕のアンソロジー』(梓崎優、桜庭一樹、山田正紀、宮内悠介、星野智幸、藤井太洋、日高トモキチ、軒上泊、法月綸太郎、冲方丁) [読書(小説・詩)]

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 集められた原稿を、いまあらためて読んでみて思う。
 これってもしかして、ぼくがこれまでなした仕事のなかで最高傑作なのではないか?
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単行本p.4


 宮内悠介さんのリクエストに応じて9名の作家が書き下ろした作品に、宮内悠介さん自身の新作を加えた全10編を収録するギャンブルテーマの短編アンソロジー。単行本(光文社)出版は2019年1月です。


[収録作品]

『獅子の町の夜』(梓崎優)
『人生ってガチャみたいっすね』(桜庭一樹)
『開城賭博』(山田正紀)
『杭に縛られて』(宮内悠介)
『小相撲』(星野智幸)
『それなんこ?』(藤井太洋)
『レオノーラの卵』(日高トモキチ)
『人間ごっこ』(軒上泊)
『負けた馬がみな貰う』(法月綸太郎)
『死争の譜 ~天保の内訌~』(冲方丁)


『獅子の町の夜』(梓崎優)
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「本当に、考え直しませんか」
「考え直せるなら、最初からこんな馬鹿げた博奕、しないと思わない?」
 口調は穏やかで芝居気もなく、だから僕は悟らないわけにはいかなかった。
 いくら言葉を尽くしたところで、夫人の決意は覆らないだろうことを。
 それでも、あるいはだからこそ、僕は話を止めるわけにはいかなかった。
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単行本p.38


 異国の高級レストランで、知り合ったばかりの女性と食事をともにしていた語り手。彼女は、コースの最後に出るデザートが何であるかに重大な決断を賭けると言い出す。馬鹿げた賭けを止めさせるための方法はただ一つ。これが「賭け」として成立しないと証明する。つまりデザートが何であるかを推理してみせるのだ。コース料理が終わるまでに。制約の厳しい状況下での推理を扱ったミステリ。


『人生ってガチャみたいっすね』(桜庭一樹)
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「はい、きっと。あと、その件は、あれですね。〈過去に祈る〉しかないっす……」
 夜市が「神に?」と聞き返す。久美は「いや、過去にっす。えーと……」と思いだしながら説明する。夜市も「あぁ、その話、ぼくも聞いた記憶がありますよ。でもよくわかんなかったな……」と首をひねる。
「オメルは、祈りってのは効くかどうかわからないから、賭けみたいだな、って言ってたっす」
――――
単行本p.87


 すでに結果が出ていて覆らない過去に対して、人は祈る。そもそも時間はそんなにきっちりまっすぐ流れているものなんだろうか。若者たちの活き活きとした会話が魔術的な効果をあげている傑作。


『開城賭博』(山田正紀)
――――
 お二人の談合は行きづまり、堂々巡りをくり返すばかりになった。
 すると、ふいに勝先生が顔を上げ、こう突拍子もない提案をしたのさ。
「このままじゃ埒があかない。どうだえ、西郷さん、ここは一つ、チンチロリンで決めることにしねえかい」
 妄言といえば妄言、あまりに奇天烈なこの提言に、一瞬、西郷も言葉を失ってしまったようだ。
――――
単行本p.117


 勝海舟と西郷隆盛、江戸開城交渉という大勝負。日本の将来は三つのサイコロに託された……。とんでもない奇想で、双方引くに引けない状況を無血で切り抜けるための方便としての博奕を描いた作品。


『杭に縛られて』(宮内悠介)
――――
 船がまた大きく傾ぎ――そして、揺り戻した。なんとか、沈没は避けられたようだった。
 これで、残る席は一つ。
「いいか」
 親番となったソロモンがルーレット台の裏についた。いまさら後悔がよぎったが、まあいい。もとから、そのつもりであったのだ。
 船はというと、すでに三分の二ほどが沈んでいた。
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単行本p.151


 沈没しつつあるオンボロ貨物船に乗り合わせた人々。救命ボートは一隻のみ。誰が助かるかを選ぶ公平な方法として選ばれたのは、ルーレットだった。文字通り命をかけたルーレット勝負を描いた、ストレートなギャンブル小説。


『小相撲』(星野智幸)
――――
 ここにいる観客は全員、誰かに人生を賭けているんだよな、とあたりを見回す。相撲賭博師は複数の依頼者を抱えているため、場内にはおらず、賭博師のブースでモニター観戦している。
 この全員が人生の岐路にいて、どちらに進むことになるのか、自分の意志が通るのか、運を点に任せているのだ。
――――
単行本p.187


 賭博のためだけに行われる相撲、小相撲。それは、観客が自分の人生を決めるためにあえて運を天に任せるための相撲、ある意味で純粋な「神事」としての相撲であった。社会問題としてクローズアップされる相撲賭博を鮮やかにひっくり返してみせた作品。


『それなんこ?』(藤井太洋)
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 下卑た遊びだが、金銭をかけるわけでもないし、正座で向きあい、芝居がかった仕草で騙し合うナンコ遊びが、わたしはそう嫌いではなかった。
 だけどこの夜、わたしは、全員を負かして帰ってもらうつもりだった。今日はツル叔母が朝から熱を出していたし、ナンコに必勝法があることに誰も気づいていなさそうだったからだ。
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単行本p.210


 フラッシュボーイズ。10億分の1秒で取り引きを繰り返すHFT(超高速取引、High Frequency Trading)による必勝の金融取引。そんな仕事に就いている語り手は、帰郷のおりにナンコ(薩摩拳)のことを思い出す。酒席のたわいない遊び。そして必勝法を見つけたと思った幼い頃。「賭け」の意義をめぐる思索が印象的な作品。


『レオノーラの卵』(日高トモキチ)
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「二十五年前のその日、叔父が呼び出した男は三人。ピアノ弾きと時計屋、そしてやまね、あんたもその場にいたんだよな。長生きな鼠だ」
「いたっけなあ」眠そうな答えが返ってくる。
「よく眠るのが長生きのヒケツだって、赤木しげる先生も仰せだからなあ。あれ、水木だって、斉木だっけ」
「あんたの記憶は当てにはならんね」
 工場長の甥は、白い歯を見せて笑った。
「ここはひとつ、時計屋の首に教えてもらおうと思う。この場所で、四半世紀前に何があった」
 煙に霞む時計屋の首は、そのときたしかに笑っていたように思う。
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単行本p.244


 工場長の甥、チェロ弾き、やまね、首だけの時計屋。『不思議の国のアリス』風の登場人物たちが集ったのは、お茶会のためではなく、ギャンブルのため。レオノーラが産んだ卵から孵るのは男か女か賭けようというのだ。同じ賭けがその昔、レオノーラの母エレンディアのときにも行われた。そして一人の男が撃ち殺された。何があったのか。ルイス・キャロルとガルシア・マルケスを混ぜて独特の風味を生み出して見せた傑作。


『人間ごっこ』(軒上泊)
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 つまり、我々のやってる芝居は劇中劇だ。人間は生まれた時から演技をしているからだ――。かつて所属していた劇団の代表から聞かされた言葉が、今ごろになってやたらとざわめく。じゃあとおれは卑屈な呟きを漏らす。制服に制帽姿で立ってる四十九歳の男はこの世を舞台に、警備員Aとしてここにいるってわけか。その役はト書きにすら記されておらず、こんな記述の中に埋没している、と。
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単行本p.266


 競馬場の警備員をしている敗残者が、女のために、自分の人生を取り戻すために、ある「博奕」に挑む。ハードボイルド調の作品。


『負けた馬がみな貰う』(法月綸太郎)
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「モニターというのは、具体的に何をしたらいいんでしょう? 高報酬を約束されましたが、新薬の治験みたいなことですか」
「いいえ。簡単に申し上げますと、あなたには数週間ないし数か月の間、競馬で負け続けるように努力してもらいたいんです」
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単行本p.300


 競馬で連続で負けている限り高報酬を支払うが、一度でも勝てばそこでクビ。奇妙な仕事を引き受けた男。意外と「競馬で確実に負け続ける」のは難しかった。うっかり勝ってしまったとき、彼はイカサマをやるのだが……。異色の設定だがある意味王道的なギャンブル小説。


『死争の譜 ~天保の内訌~』(冲方丁)
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 因徹は投了しなかった。盤上で黒は四分五裂の有様となった。
 ――早く投げろ。もう投げろ。
 丈和の一手一手が、容赦なく因徹に投了を迫った。剛力の丈和である。他にこの若い碁打ちにしてやれることがなかったともいえる。だが因徹は、生気の欠けた目をなおも盤上に漂わせ、歯をかちかち鳴らしながら、なおも打った。むしろ丈和のほうが青ざめるほどの、その場にいる全員の心胆を寒からしめる、悲愴の一語に尽きる打ち姿であった。
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単行本p.355


 江戸時代に行われた伝説の囲碁勝負。因縁の棋士ふたりが盤上で命を削り合ったその決着は。宮内悠介さんを強く意識して返したと思しき卓上ゲーム時代小説。



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