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『絶滅できない動物たち 自然と科学の間で繰り広げられる大いなるジレンマ』(M・R・オコナー、大下英津子:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 環境保護がいいことなのは当たり前というわたしの信念は、実は社会的、文化的なバイアスだったのだ。キハンシヒキガエルが繁殖していたタンザニア奥地の熱帯雨林にたどりついたときには、昔なら野蛮と思ったに違いない考えを抱いていた。
「人間はこのカエルを絶滅するに任せるべきだったのではないか」
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単行本p.iii


 環境から切り離されガラス箱の中だけで繁殖しているカエル。絶滅を避けるため遺伝子を強化すべく人為的交配で生まれたパンサー。ゲノム編集とクローニングによる「復活の日」を期待して冷凍保存されている様々な遺伝子。保護するために自然に手を加えて別物にする行為は、はたして自然保護活動といえるのだろうか。絶滅種の「復活」テクノロジーを中心に、自然保護活動が抱えるジレンマをあぶり出す一冊。単行本(ダイヤモンド社)出版は2018年9月、Kindle版配信は2018年9月です。


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 わたしたちの上に大きくのしかかっている倫理上の問題は、人間は、自分たちが種に及ぼしている進化の影響を認識したうえで、そうなってほしいと望む方向に意識的に進化を誘導したり、操作したりすべきか否かだ。
 ときに「規範的進化」や「指向性進化」とも呼ばれるこうした進化は、今後、環境の影響を生きのびていくうえで助けとなる特徴を、種に植えつけるかたちをとる可能性がある。もしくは、動物を別の場所に移したり、回復力の高い新しい交配種をつくりだしたりする可能性もある。このように生物学的プロセスを操作するのは、自然保護主義者にとっては悪魔と取り引きするようなものだ。
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単行本p.x


 飼育下繁殖され一度も「自然な」環境にいたことのない個体を育てることが自然保護といえるだろうか。環境変化への適応を促進するために人為的に遺伝子操作を加える行為は、種の保護ではなく、自然種をあえて絶滅させて新種を創り出しているだけではないのか。棲息環境が失われたのに冷凍庫の中で遺伝子を保存し続けることにどれほどの意味があるのか。そしてリョコウバトからネアンデルタール人まで、ゲノム編集とクローニングによる「復活」は倫理的に問題ないのか。

 投入できる資源に厳しい制限があるなかで、何をどのように「保護」すればよいのか。様々な実例を紹介しつつ、現実の自然保護活動が抱えている深刻なジレンマを解説する衝撃的な本です。


[目次]

第1章 カエルの方舟(アーク)の行方
 「飼育下繁殖」された生きものは自然に帰れるのか?

第2章 保護区で「キメラ」を追いかけて
 異種交配で遺伝子を「強化」された生きものは元と同じか?

第3章 たった30年で進化した「砂漠の魚」
 「保護」したつもりで絶滅に追いやっているとしたら?

第4章 1334号という名のクジラの謎
 「気候変動」はどこまで生きものに影響を与えているのか?

第5章 聖なるカラスを凍らせて
 「冷凍標本」で遺伝子を保護することに意味はあるか?

第6章 そのサイ、絶滅が先か、復活が先か
 「iPS細胞」でクローンをつくれば絶滅は止められるのか?

第7章 リョコウバトの復活は近い?
 「ゲノム編集」で絶滅した生きものを蘇らせることは可能か?

第8章 もう一度“人類の親戚”に会いたくて
 「バイオテクノロジーの発展」がわたしたちに突きつける大きな問い


第1章 カエルの方舟(アーク)の行方
 「飼育下繁殖」された生きものは自然に帰れるのか?
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 危機が次々と浮上して、生物構成バランスを崩しそうな種が増えるにつれ、人間と自然との現代的な関係について回る多数の道徳的な難問が未解決で残ることになる。種の保全を人間の要求よりも優先すべきか。科学者は種の絶滅を防ぐためにどこまでやればいいのか。わたしたちが救ったあとで、種ははたして野生に戻れるのか。
 これらは、キム・ハウエルがタンザニアの熱帯雨林にある滝の底から小さな黄色いカエルを取りだしたときに浮上したジレンマのごく一部にすぎない。
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単行本p.22


 自然環境が失われた後、そこの固有種を「保護」してガラス箱に永遠に閉じ込めて飼うとしたら、それは自然保護といえるのだろうか。自然保護が抱えているジレンマが紹介されます。


第2章 保護区で「キメラ」を追いかけて
 異種交配で遺伝子を「強化」された生きものは元と同じか?
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 おそらく、この類の遺伝的「救済」は今後の保全政策の要素としてますます当たり前になっていくことだろう。生息地は、いっそう細分化されはしても、その逆はない。多くの場合、遺伝物質の流動的な交換を可能にし、近親交配を阻止できる抜け道のある境界や回廊がないので、動物の個体群はいっそう互いに孤立する。
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単行本p.76


 フロリダ州のパンサーを絶滅の危機から救うために、テキサス州からピューマを連れてきて交配させる。人為的な交配による遺伝子「強化」は、果たして種を絶滅から救っているのか、それとも野生種の根絶に手をかしているのか。自然を「保護」するために、保護しやすいように自然に手を入れる、という行為の意味について考えます。


第3章 たった30年で進化した「砂漠の魚」
 「保護」したつもりで絶滅に追いやっているとしたら?
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 人間は、種を絶滅の危機から救うために、種に進んでもらいたいと希望する方向へ急速に進化させるよう舵を切ることができる。もしわたしたちが意図的に、より強い、より回復力のある個体群へとつながる選択圧を導入したら、どうなるだろう。気候変動にもっとうまく適応する特徴を、種に付与することができるのだろうか。
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単行本p.119


 通常考えられているよりもはるかに速いスピードで生物種が進化した実例を通じて、私たちが「よかれと思って」進化の方向性に手を加えることがただの思考実験ではなく現実に可能となっていることが示されます。


第4章 1334号という名のクジラの謎
 「気候変動」はどこまで生きものに影響を与えているのか?
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 タイセイヨウセミクジラについて知識が深まるほど、この種はわたしたちが忘れがちなことを思いださせる効果抜群の存在のように思えてきた。グーグルマップ、マイクロチップ、技術絶対主義のこのご時世に、地球には大きくて複雑なもの――海、気候、クジラ――がまだ残っている。
 これらのものの前では、わたしたちの理解などちっぽけなことだ。ましてや、よくも悪くもそれらをコントロールするわたしたちの力など言うに及ばず、だ。
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単行本p.128


 生物種の進化を誘導する、コントロールする。その倫理的問題より前に、そもそも私たちは生物種についてどのくらい理解しているのか。クジラの謎を通じて、その限界を見つめます。


第5章 聖なるカラスを凍らせて
 「冷凍標本」で遺伝子を保護することに意味はあるか?
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 そして現在、この類の保管施設の数はどんどん増えている。2011年、スミソニアン協会は標本を最大42億件収蔵する施設を着工した。国際バーコードオブライフプロジェクトという遺伝子貯蔵コンソーシアムもある。この組織の目標は、50万種のDNAから500万点のバーコードを作成することだ。
 ゲノム10Kプロジェクトでは、1万7000種のDNAサンプルを採取して、1万件のゲノム配列を解析しようとしている。
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単行本p.175


 生物種の絶滅に備えて、その胚や遺伝情報を冷凍保管するプロジェクトが各地で進められている。しかし、環境から切り離して遺伝子情報だけを保護することにどんな意味があるのだろうか。環境や親、群れとの相互作用ができず行動習性を学習できない個体は、元の種とは別物になってしまうのではないか。第5章以降は、いつの日か種の「復活」を期待して胚や遺伝情報を保存することを「種の保存」と見なせるかどうかという問いが扱われます。


第6章 そのサイ、絶滅が先か、復活が先か
 「iPS細胞」でクローンをつくれば絶滅は止められるのか?
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 冷凍庫に入っているキタシロサイはまったくの別種なのだろうか。実験でリプログラミングによって誕生した細胞から生まれたキタシロサイは、生きているキタシロサイから生まれたものと同じだろうか。(中略)進化は「本物である」属性を有している種の概念を複雑かつ曖昧にしている。これが、科学者や哲学者が20種類以上の種の概念を考案した理由でもある。時間を超えて残るものは何か。正確にはサイとは何なのか。
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単行本p.216、218


 冷凍保管している胚から「復活」させられた生物は、元になったものと同じ生物種だと見なせるだろうか。冷凍庫の中に「種の多様性」を保存するという私たちの努力は、実際のところ何をしていることになるのだろう。


第7章 リョコウバトの復活は近い?
 「ゲノム編集」で絶滅した生きものを蘇らせることは可能か?
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 このプロジェクトの主張は、これらの動物も人間が絶滅に追いやったのだから、環境に対して正義をなす、言いかえれば償いをする責任がある、だった。
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単行本p.268


 乱獲や環境破壊によって滅びた種を「復活」させることは、絶滅させた人類の責務である。テクノロジーの発展によって生物種「復活」プロジェクトが現実になりつつある現在、その意味について考えます。


第8章 もう一度“人類の親戚”に会いたくて
 「バイオテクノロジーの発展」がわたしたちに突きつける大きな問い
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 ネアンデルタール人復活の煽情的な面の裏をつつくと、ほかの種の脱絶滅を検討したときに直面するのとこわいくらい似た問いが浮上した。これは生態系の正義をなすひとつの形態なのだろうか。それとも、自然の法則をわたしたちが支配するための、そして象徴的な意味では、いずれ迎えるわたしたちの死への究極の賭けに過ぎないのだろうか。
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単行本p.301


 生物種「復活」プロジェクトのなかでも、ネアンデルタール人の復活は特に倫理的な問題を引き起こす。知能と意志、そして尊厳と人権を持つ種を勝手に蘇らせたとき、私たちはその運命について責任をとれるだろうか。そもそもその試みは自然保護の一環といえるのだろうか。



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『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(ドニー・アイカー、安原和見:翻訳) [読書(オカルト)]

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 そうして著者はついに、ロシアへと旅立ってゆく。ネットの情報(ノイズ)で汚染された泥の山をかきわけ、60年前に学生たちがみたままの純白の雪原を掘り起こすために。それは真冬のウラル山脈という到達不能な「未踏」を巡る過酷な探検であると同時に、ネット社会の「圏外」へと旅する、知の探検でもあったのだ。そして現代もなお検索不能な「未踏」は、暴風吹き荒れる白い雪原の向こう側に、確かに存在していたのである。
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単行本p.351


 1959年、ウラル山脈で起きた奇怪な遭難事故。通称「ディアトロフ峠事件」。経験豊富な登山パーティの若者たちが、全員、テントを内側から切り裂いて極寒の雪原に飛び出し、確実な凍死に向かってためらうことなく走り続けた。いったい彼らは何から逃げていたのか。そして遺体の異常としかいいようのない状態を、どう解釈すればいいのか。この謎にとりつかれた米国人ドキュメンタリー映像制作者が真相を追ってロシアに飛び、ついに現場に立つ。零下30度、極寒の冬山、そこで著者が見たものとは。
 単行本(河出書房新社)出版は2018年8月、Kindle版配信は2019年1月です。


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 その異様な死に様はこの事件が今なお未解決事件とされ、人々の興味を惹きつける最大の理由でもある。この事件のように、一次情報が少なく、しかもセンセーショナルな出来事の場合、報道や記事そのものが、都市伝説の温床となる。(中略)そこで著者は当時の記録を綿密に調べ上げて、事件担当者の変遷から調査方法、その発見の様子まであぶりだし、曖昧な情報を排除している。つまりこの記録を読めば、ディアトロフ峠事件における基本的な事実、少なくとも「公開されている事実」のほとんどは俯瞰できると言っていいだろう。
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単行本p.350


 ディアトロフ峠事件を真正面から扱ったノンフィクションです。1959年にウラル山脈に向かった若者たちの旅程、遭難現場を調査した捜索隊の体験、そして著者自ら現場に向かうまでの道のりが、さすがドキュメンタリー映像制作者が書いただけあって、まるで再現ドラマのように展開してゆき、最後まで読者を飽きさせません。翻訳も手堅く、というかまずタイトルが素晴らしい。直訳すれば「死の山」となるところを、一文字変えるだけで不穏さが段増しに。


 噂や憶測を取り除いた事実関係が詳細に記されていますが、最大の読み所は著者のほとんど狂気に駆り立てられたような旅。現場を自分の目で見る、そのためだけに貯金を使い果たしてロシアに飛び、極寒の冬山に命がけで立ち向かうのです。


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 2010年11月、初めてユーリ・クンツェヴィッチと電話で話してから三か月、ディアトロフの悲劇について知ってから九か月で、私は初めてロシアの土を踏むことになった。理想的なタイミングとは言えなかった。恋人のジュリアが妊娠七か月で、私たちは親になることの喜びと興奮を一から味わっているところだったのだ。しかし、子供が生まれたあとでは、この事件に割く時間はほとんどなくなるのもわかっていた。
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単行本p.57


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 気温は零下30度近い。膝まで積もる雪を踏みしだいて、ディアトロフ峠に向かう。この真冬のさなか、ロシア人の仲間たちとともに、8時間にわたってウラル山脈北部をトレッキングしてきた。目的地に到達したいのは山々なのだが、足を前に出すのがいよいよむずかしくなってくる。視界は悪く、地平線も見えない。空も地面も乳白色のベールに覆われているようだ。(中略)ブーツのなかで右足の指が凍ってくっつきあっている。早くも切断の悪夢が目の前にちらつきはじめる。
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単行本p.19


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 二度にわたってロシアに長期の旅行をし、2万4000キロ以上も踏破してきた。幼い息子とその母親のもとを離れ、貯金も残らず使い果たしたのは、すべてここへ来るためだった。そしていま、旅の最終目的地にあと1、2キロのところまで迫っている。その目的地こそホラチャフリ、この地に昔から住むマンシ族の言葉で「死の山」だった。ホラチャフリの東斜面で起こった1959年の悲劇はあまりに有名で、全滅したトレッキング隊のリーダーの名をとって、その一帯はいまでは公式にディアトロフ峠と呼ばれている。
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単行本p.20


 いわゆる謎解き本ではないのですが、最後の方でこれまでにいくつも提唱された説について検証してゆきます。


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 この事件の謎は煎じ詰めればこの一点だ――雪崩のせいでないとしたら、いったいなにがあって、九人は安全なテントを棄てる気になったのだろうか。
(中略)
 これまでのところ、私の戦略はただひたすら消去法だった。しばしば引用されるシャーロック・ホームズの原則――「不可能を消去していけば、どんなに突拍子もなく見えたとしても、あとに残った可能性が真実のはずだ」――に似ていないこともない。
(中略)
 不可能をすべて消去していったら、あとになにも残らなかったときはどうしたらいいのだろう。私の憶えているかぎりでは、シャーロック・ホームズはそれについてはなにも言っていなかったと思う。
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単行本p.265、277、286


 こうして既存の説をすべて「相応の確信を持って」否定した著者は、自らの体験を元に新しい仮説を立てることになります。それは読んでのお楽しみ。



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『冬に咲く花』(勅使川原三郎、佐東利穂子) [ダンス]

 2019年1月12日は、夫婦でKARAS APPARATUSに行って勅使川原三郎さんと佐東利穂子さんの公演を鑑賞しました。夢幻のように咲く花とそれを求める男の儚い交流を描く60分の作品です。

 実を結ぶことのない冬の花。それに惹かれ恋い焦がれる男。以前に観た『青い花』の高齢版というか、それぞれに残された時間の少ない者の出会いと交流、定められた別離、という印象が強い作品です。

 落ち着いたバロック音楽に時折まざる観客の心をかき乱す激しいノイズ。触れそうで触れないまま至近距離で動く二人のダンスに驚嘆。素早い動作が、動きの解像度が高いせいか、妙にゆっくり感じられたり。次第に時間の感覚がおかしくなり、現実感が揺らいでゆきます。

 勅使川原さんの動きはもちろん凄いのですが、演技も素晴らしい。ラスト近く、悲しみと諦念の表現には身震いが出ました。佐藤さんの人外存在感も強烈。繰り返し流されるバッハのあの曲が映画版ソラリスを想起させ、次の公演『ハリー』の予告編を観ているような気分になりました。



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2018年を振り返る(8)[サイエンス・テクノロジー] [年頭回顧]

 一般向けのテクノロジー解説本に感動することが多い年でした。山ほど出ているAI技術解説書のなかで最も感銘を受けた『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』、いたずらに不安を煽ることなく誰にでも分かるようにサイバーセキュリティについて教えてくれる『サイバー攻撃』、家電や文房具など身近な製品に使われている意外なハイテクを図解してくれる『雑学科学読本』など。


2018年07月30日の日記
『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』(川添愛、花松あゆみ:イラスト)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-07-30

2018年03月13日の日記
『サイバー攻撃 ネット世界の裏側で起きていること』(中島明日香)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-03-13

2018年12月20日の日記
『雑学科学読本 身のまわりのすごい技術大百科』(涌井貞美、涌井良幸)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-12-20


 物理天文まわりでは、時間と空間の「果て」という難問に取り組む『宇宙の「果て」になにがあるのか』、これからの発展が期待される重力天文学の展望を語る『重力で宇宙を見る』、そして科学とキリスト教信仰は両立するのかという問いかけに「理論物理学者でかつカトリック教会の助祭」というこれ以上ないくらい最適なポジションにいる著者が応じる『科学者はなぜ神を信じるのか』の三冊が印象的でした。


2018年01月15日の日記
『重力で宇宙を見る 重力波と重力レンズが明かす、宇宙はじまりの謎』(二間瀬敏史)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-01-15

2018年07月31日の日記
『科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで』(三田一郎)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-07-31

2018年10月17日の日記
『宇宙の「果て」になにがあるのか 最新天文学が描く、時間と空間の終わり』(戸谷友則)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-10-17


 進化生物学まわりでは、何といっても人類進化という意外に全体像が把握しにくい領域に切り込んでゆく『我々はなぜ我々だけなのか』が圧倒的な面白さ。一筋縄ではゆかない進化の複雑さをストレートに解説する『すごい進化』と、これまでジャンク(ゴミ)と見なされがちだった非コードDNAが果たしている重要な役割の数々を解説する『DNAの98%は謎』が刺激的でした。


2018年01月25日の日記
『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(川端裕人、海部陽介:監修)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-01-25

2018年02月07日の日記
『DNAの98%は謎 生命の鍵を握る「非コードDNA」とは何か』(小林武彦)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-02-07

2018年03月15日の日記
『すごい進化 「一見すると不合理」の謎を解く』(鈴木紀之)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-03-15


 生態系まわりでは、魚と鳥の研究者が大活躍。『魚だって考える』『湿地帯中毒』『「おしどり夫婦」ではない鳥たち』の三冊は、生物進化と生態系の関わりの奥深さを教えてくれます。


2018年03月27日の日記
『魚だって考える キンギョの好奇心、ハゼの空間認知』(吉田将之)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-03-27

2018年06月28日の日記
『湿地帯中毒 身近な魚の自然史研究』(中島淳)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-06-28

2018年09月19日の日記
『「おしどり夫婦」ではない鳥たち』(濱尾章二)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-09-19


 異色の古生物学本として、現代の風景に古生物(なまもの)を配置した写真集という『リアルサイズ古生物図鑑』のインパクトが凄かった。


2018年08月01日の日記
『古生物のサイズが実感できる! リアルサイズ古生物図鑑 古生代編』(土屋健、群馬県立自然史博物館:監修)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-08-01


 医学生理学まわりでは、感覚知覚情報が脳内でどのように処理されているのかを解説した『「こころ」はいかにして生まれるのか』と『嗅覚はどう進化してきたか』が記憶に残っています。


2018年12月05日の日記
『「こころ」はいかにして生まれるのか 最新脳科学で解き明かす「情動」』(櫻井武)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-12-05

2018年11月22日の日記
『嗅覚はどう進化してきたか 生き物たちの匂い世界』(新村芳人)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-11-22


 数学まわりでは、面白さで定評あるイアン・スチュアートの数学トピック本最新作『無限』と、数学における定番ジョークやネタを集めた『笑う数学』の二冊を読みました。


2018年06月07日の日記
『無限』(イアン・スチュアート、川辺治之:翻訳)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-06-07

2018年02月28日の日記
『笑う数学』(日本お笑い数学協会)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-02-28



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2018年を振り返る(7)[教養・ノンフィクション] [年頭回顧]

 女性をエンカレッジする本が立て続けに出版された年でした。『キュロテ』や『世界を変えた50人の女性科学者たち』など無視されがちな女性の功績をまとめた本に加えて、『問題だらけの女性たち』のように痛烈な一冊も。


2018年04月02日の日記
『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』(ペネロープ・バジュー、関澄かおる:翻訳)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-04-02

2018年05月24日の日記
『世界を変えた50人の女性科学者たち』(レイチェル・イグノトフスキー、野中モモ:翻訳)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-05-24

2018年05月21日の日記
『問題だらけの女性たち』(ジャッキー・フレミング、松田青子:翻訳)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-05-21


 好奇心刺激という点では、ナショジオの大型本がすごかった。地図に載っているのに実際には存在が確認できない島や都市を集めた『世界をまどわせた地図』、構想されたものの実現しなかった奇想天外野心的建築物を集めた『まぼろしの奇想建築』の二冊です。


2018年09月27日の日記
『世界をまどわせた地図 伝説と誤解が生んだ冒険の物語』(エドワード・ブルック=ヒッチング、ナショナル・ジオグラフィック:編集、関谷冬華:翻訳)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-09-27

2018年11月05日の日記
『まぼろしの奇想建築 天才が夢みた不可能な挑戦』(フィリップ・ウィルキンソン、ナショナル・ジオグラフィック:編集、関谷冬華:翻訳)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-11-05


 特定の事物に焦点を当ててそこから世界史を語るというジャンルの本はコンスタントに出版されていますが、昨年は『紙』と『宝石』を読みました。


2018年03月29日の日記
『紙の世界史 歴史に突き動かされた技術』(マーク・カーランスキー、川副智子:翻訳)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-03-29

2018年05月10日の日記
『宝石 欲望と錯覚の世界史』(エイジャー・レイデン、和田佐規子:翻訳)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-05-10


 書評集としては、河野聡子『あるときはぶかぶかの靴を、あるときは窮屈な靴をはけ』が刺激的でした。


2018年11月27日の日記
『あるときはぶかぶかの靴を、あるときは窮屈な靴をはけ』(河野聡子)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27


 さて、オカルトです。ついに書籍化された人気サイト『オカルト・クロニクル』、ASIOS恒例の謎解き本『UMA事件クロニクル』、そして「幻の同人誌」から商業出版へとこぎつけた驚異の『日本現代怪異事典』まで。


2018年08月28日の日記
『オカルト・クロニクル』(松閣オルタ)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-08-28

2018年07月24日の日記
『UMA事件クロニクル』(ASIOS)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-07-24

2018年01月23日の日記
『日本現代怪異事典』(朝里樹)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-01-23


 オカルト的なものの文化的研究本としては、幻獣イメージの源を古生物化石に求める『怪異古生物考』、ドイツの都市伝説を紹介する『ヒトラーとUFO』、日本と台湾の妖怪を身体感覚から探ってゆく『何かが後をついてくる』の三冊が面白かった。


2018年07月18日の日記
『怪異古生物考』(土屋健、荻野慎諧:監修、久正人:イラスト)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18

2018年07月25日の日記
『ヒトラーとUFO 謎と都市伝説の国ドイツ』(篠田航一)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-07-25

2018年10月04日の日記
『何かが後をついてくる』(伊藤龍平)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-10-04


 最後に、なつかし系のオカルト本として、『日本懐かしオカルト大全』と『日本昭和トンデモ児童書大全』を読みました。子供の頃から自分がいかに成長してないか、今ここにはっきりと。


2018年01月31日の日記
『日本懐かしオカルト大全』(寺井広樹、白神じゅりこ、並木伸一郎:監修)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-01-31

2018年11月08日の日記
『日本昭和トンデモ児童書大全』(中柳豪文)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-11-08



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