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『夏の周波数』(タケイ・リエ、装幀/制作:カニエ・ナハ) [読書(小説・詩)]

 フランス装(アンカット)、ポップアップ、立体展開図など、読者が自ら手を加えることで世界に一冊しか存在しない自分だけの詩集を完成させる。カニエ・ナハさん装幀/制作によるペーパークラフト詩集最新作は、タケイ・リエさんの無限めくり絵オリガミ詩集。発行は2018年7月15日です。

 タケイ・リエさんの「7月の出来事」を題材にした詩が印刷された四枚の紙を、こう、組み合わせて折り畳んで、めくり絵というのでしょうか、無限にめくり続けられる折り紙にしたという驚きの装丁。めくると次の詩が現れ、さらにめくると次の詩、めくり続けると最初の詩に戻って、以下好きなだけめくりめくり。


1986年7月15日 ファミコンが任天堂から発売された日
『ファミコンの詩』より
――――
とうとう
ぼくのたましいは
火を噴いて
これからはひとりでもへいきだ
いっぱいあそべるぞ
まいにちあそべるぞ
――――


1919年7月7日 カルピス販売開始
『カルピスの詩』より
――――
これは夜空に走る白い川
とろりとしろい液
冷蔵庫に入れなくてもよいのです
のみたいときは水で五倍にうすめ
ときどきかき氷にかけるシロップ
地面に垂らすと蟻にたいへん人気
――――


1971年7月20日 日本マクドナルド1号店が銀座に開店した日
『ハンバーガーの詩』より
――――
何度も何度も
何度も会って
彼はマクドと呼んでいたけれど
私は頑固にマックと言い続けて
一緒に食べることはなかった
――――


1868年7月17日 江戸から東京に改称された日
『東京の詩』より
――――
川をはげしく遡上する
ゴジラの幼生を君は観たか
あれは
狂言そのものだったな
天ぷらうなぎ牛鍋どぜうもいいが
浅草観音仲見世通りを歩いて
(あなたとわたし)
人形焼きをいくつかたべて
芋ようかんをいくつかたべて
もうすぐやってくる
次の時代を
待ちぶせしよう
――――



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『森のシェフぶたぶた』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

――――
 シェフ? このぬいぐるみが料理を作るの? フレンチだよ!?
 いや、和食だって変なんだけど。
 しかし、フレンチと言えば、かっこよくフランベしたりするところが見せ場ではないか。ここはオープンキッチンなのだ。(中略)ぬいぐるみがフランベとともに燃え落ちていくシーンが頭に浮かんで、クラクラしてくる。
「お肉は、牛、豚、鶏から選んでいただけます」
 豚!? ぶたのぬいぐるみが作る豚料理とは!? 大丈夫なの!? これまたいろいろな意味で。
――――
文庫版p.19


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、中身は頼りになる中年男。そんな山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。大好評「ぶたぶたシリーズ」は、そんなハートウォーミングな奇跡の物語。

 今回は、森の中にあるオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)を舞台に、ぶたぶたシェフが活躍する5つの物語を収録した短篇集です。文庫版(光文社)出版は2018年7月。

 森の中にある小さなオーベルジュ「ル・ミステール」、宿泊した人だけが知ることが出来るこの店の秘密とは。


――――
 ここは、フランス語で「謎」を意味する店名どおり“謎のオーベルジュ”と言われているらしいが、実際はディナーと宿泊が一日一組なので予約がとても取りづらく、それで「謎」とか「幻」とか言われているのだ。
 ただこのオーベルジュ、“ル・ミステール”の最大の謎は、おそらくディナーを楽しみ、そして泊まらないとわからない。
――――
文庫版p.48


 むしろ最大の謎は、採算がとれているのかどうか。


[収録作品]

『春の女子会〈春〉』
『サプライズの森〈夏〉』
『二人でディナーを〈秋〉』
『ヒッチハイクの夜〈冬〉』
『野菜嫌いのためのサラダ〈春〉』


『春の女子会〈春〉』
――――
 部屋に帰ってから、それについて反省会という名のおしゃべりが始まる。
「オーベルジュで気取りたいっていう意気込みが空回りして終わったわ」
 美也があきれたように首を振る。
「仕方ないよ。ぶたぶたさんを見て平静でいられる?」
 育美の言葉に、誰もがうなずく。
「せっかくおしゃれしたのに――」
 美也の言葉に利津香が、
「でも、みんなで集まったらだいたいこんな感じじゃない? 今日はぶたぶたさんというイベントもあったけど」
「まあ、そうだよねー」
 千紗子も同意する。そして全員で笑った。
――――
文庫版p.36

 森の中にあるオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)「ル・ミステール」に集まってお泊まり女子会を開いた四人は、シェフがぶたのぬいぐるみだと知って衝撃を受ける。

 まずは今回の舞台を紹介する、幸福感に満ちた導入話。


『サプライズの森〈夏〉』
――――
「他人をうらやましいと思ったことはありますか?」
 つい、そんなことを訊きたくなった。というより、勝手に言葉が漏れてしまった。
「もちろん、ありますよー」
 だから、ぬいぐるみの返事には心底驚く。
「うらやましいというのは、健全な気持ちだと思いますよ。だって無理じゃないですか、そういう思いを抱かないようにするのって。それを抑えつける方が不健全だと思いますね」
 ぬいぐるみは点目の間にシワを寄せてそう答えた。
――――
文庫版p.85

 「ル・ミステール」を探して迷子になってしまった語り手は、森の中で動いてしゃべる不思議なぶたのぬいぐるみを目撃する。さては新種のUMAか、というか、なにそのメルヘン。彼のおかげでようやく「ル・ミステール」に到着した語り手は、気がつけばぬいぐるみに向かって自分の悩みを話していたのだが……。


『二人でディナーを〈秋〉』
――――
「ぎゃああああーっ!!」
 静かな空間に、ものすごい叫び声が響いた。
「いやあああーっ、なんなのこれぇー!?」
 叫んだ須美代は、自分の足元にあったぬいぐるみをつかんで、店の奥に放り投げた。
「こんなの詐欺よーっ!」
 彰文は、彼女が何を言っているのかわからなかった。
「イケメンのシェフって聞いたのにーっ! なんなのいったい!?」
――――
文庫版p.97

 デートで「ル・ミステール」を訪れたカップル。だが、シェフの姿を見た途端、女性は絶叫して山崎ぶたぶたを引っつかんでえいやと投げるや店から飛び出して行方をくらませてしまう。残された男は呆然。いや、この事態に呆然とすべきか、それともシェフがぶたのぬいぐるみだったことに呆然とすべきか、まずはそこから整理しなければ。

 山崎ぶたぶたに出会って、いきなり「人をバカにしてる」「気持ち悪い」「詐欺」と激怒する非常に珍しいパターン。次の『ヒッチハイクの夜〈冬〉』と対をなす印象的な作品です。


『ヒッチハイクの夜〈冬〉』
――――
 後ろのフランス人(仮)が驚いたような声をあげる。ということは、彼にも見えてるっていうこと? 自分だけの錯覚ではない?
「そちらがフランスからいらした方ですか?」
 そう言って、何やらまたわからない言葉を話し出す。日本語よりもこっちの方がしっくりくる気がする!(中略)フランス語がしゃべれるの、このぬいぐるみは!? なんか名乗ってたけど――すごくぴったりな名前な気がしたけど、度重なるショックで忘れてしまった。
――――
文庫版p.154

 妻が怒って実家に帰ってしまった。何とか仲直りしようと人気オーベルジュの予約を入れたものの、妻はにべもなく拒否。仕方なく一人で店に向かう途中で、謎のフランス人を乗せてしまう。言葉が通じないので困っていたところ、何しろフレンチレストランだけあってシェフはフランス語が堪能。親切にも通訳をしてくれることになった。夫婦でディナーの予定が、気がつけば謎のぬいぐるみの通訳で謎のフランス人と食事している、この状況どうすればいいの……。

 偶然のなりゆきでまったく異なる境遇の三人が出会い、一夜の小さな奇跡が行方を照らす。いかにもぶたぶたシリーズらしいハートウォーミングな作品。


『野菜嫌いのためのサラダ〈春〉』
――――
「でも、ぬいぐるみさんなら、僕も食べられるもの作れるでしょ?」
「なんでそう思うの?」
「だって……ぬいぐるみだから」
 点目がぱちくりしたように見えた。
「あ、僕の名前は山崎ぶたぶたっていいますからね。自己紹介が遅れてごめんね」
 ぶたぶた!? すごい!
 「ぴったりな名前だね!」
 そう言うと、ぶたぶたは両手を広げて足をむんっと踏ん張る。まるでコアリクイの威嚇みたいだ(そういう動画を見た)。
――――
文庫版p.210

 「ル・ミステール」に野菜を届けている農家、そこの子供は野菜が嫌いで食べられない。野菜農家のうちの子なのに。悩める子供は、「ル・ミステール」のシェフに相談。野菜を食べられるようにしてほしい。きっと、この人なら野菜嫌いをなおす料理を作ってくれるに違いない。だって、ぬいぐるみなんだもん。

 山崎ぶたぶたシェフが、子供の野菜嫌いをなおす料理、という難題に挑む。「コアリクイの威嚇ポーズをとる山崎ぶたぶた」のシーンは、本書のハイライトではないかと、個人的にはそう思います。



タグ:矢崎存美
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『モーアシビ 第35号』(白鳥信也:編集、川上亜紀・小川三郎・川口晴美・他) [読書(小説・詩)]

 詩、エッセイ、翻訳小説などを掲載する文芸同人誌、『モーアシビ』第35号をご紹介いたします。今号は、緊急で「川上亜紀さん追悼特集」が組まれました。


[モーアシビ 第35号 目次]
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『輪郭線』(北爪満喜)
『細胞はもっと生きたい、と先生は言った』(サトミ セキ)
『純潔』(小川三郎)
『風の道』(島野律子)
『肥大器官』(森岡美喜)
『二〇一七山岳作業記録』(浅井拓也)
『かゆい』(白鳥信也)
『椅子』(森ミキエ)

川上亜紀さん追悼特集
『光の林檎』(川口晴美)
『氷と蝶と』(北爪満喜)
『川上亜紀さんとほんとのことば』(水越聡美)
『亜紀さんへ』(森岡美喜)
『川上亜紀さんのこと』(森ミキエ)
『川上さんの「思い出」』(島野律子)
『風の吹く向き』(大橋弘)
『川上亜紀さんとモーアシビ』(白鳥信也)

散文
『部落総会』(平井金司)
『ふたつよいことさてないものよ』(清水耕次)
『風船乗りの汗汗歌日記 その34』(大橋弘)

翻訳
『幻想への挑戦 9』(ヴラジーミル・テンドリャコーフ/内山昭一:翻訳)
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 お問い合わせは、編集発行人である白鳥信也さんまで。

白鳥信也
black.bird@nifty.com


 以降、川上亜紀さん追悼特集から引用します。


――――
またこんど、は遠ざかる
だけど詩はなくならないから
わたしは詩集を開く
林檎を剥くように頁を開けば白い光はあの十二月よりも鮮やかに
亜紀さんの言葉を輝かせている
――――
『光の林檎』(川口晴美)より


――――
まなざしの奥へ木洩れ日の文字は落ち
私の氷は溶け出して
すこしずつすこしずつ冷気からほどかれ
深い闇のなかへ悲鳴を眠らせる
――――
『氷と蝶と』(北爪満喜)より


――――
「わたしには林檎遺伝子があるの。林檎が好き」
 と川上さんは言った。大粒の冬の新鮮な苺が、薄いクリーム色の林檎の横に並べられる。川上さんはその苺も美味しそうに食べた。あまりに美味しそうに食べるのにつられて、わたしたちも林檎を音を立てて食み、大粒苺の甘さを噛み締めた。あの束の間の幸福な時間を、「林檎遺伝子」という言葉と共に思い出す。
――――
『川上亜紀さんとほんとのことば』(水越聡美)より


――――
思い返せば、私と亜紀さんとの間には色々と共通点がありましたよね。
二人とも猫が好き。大好き。というかラブ。むしろ溺愛。お互いの飼い猫が同い年の老猫(なんと今年で十七歳!)でびっくりしましたよね。これもママ友になるのかな?
フィギュアスケートもお詳しかったですね、私はスケオタと言われても仕方ないレベルでしたが同じぐらいの熱量で語ってくださるのがびっくりでそれも嬉しかったです。
――――
『亜紀さんへ』(森岡美喜)より


――――
川上さんと初めて会ったのは川口晴美さんの詩の教室でした。自作の詩を読みあい、読まれた詩について意見や感想を初見でいうのですが、いつも思慮深く言葉を選んで、遠慮がちに発せられる意見は、外れたことはなかったように思います。何度か帰りの山手線でプライベートな話もしたりして、潔癖な心持と文章に対する真摯な姿勢に刺激を受けました。
――――
『川上亜紀さんのこと』(森ミキエ)より


――――
山手線で移動中、そろそろ詩集を出すんですかと尋ねると、今は小説の本が出したいと思ってと答えられ、川上さんはそのときどんな本を計画していたのだろう。それは別れ際の会話だったのか、具体的なことはなにも聞くことなく笑顔で挨拶をし、それ以上のことは知らないままです。
――――
『川上さんの「思い出」』(島野律子)より


――――
ずいぶん遠回りしてモーアシビで知り合って、彼女が大学の後輩と知った時には、それまでの人生で一度も吹かすことができなかった「先輩風」というものを、いよいよ吹かせられるかも、などと不遜にも思ったものだが、実際に彼女と話してみると風なんか起こせない。さまざまな面で自分に先輩的な成分が欠けているからだろうと思うけれど、穏やかで、落ち着いている川上さんに対していると、そんな風のやり取りをするような心持ちにならないのだった。
――――
『風の吹く向き』(大橋弘)より


――――
 二十七冊のモーアシビに掲載した川上さんの作品は、詩が二十編で、エッセイが五編、小説が二編。川上さんがモーアシビに書かれた詩作品の多くは詩集にまとめられているが、エッセイや小説などは未収録のままだ。(中略)
 川上さんとの二十年近い交流を思い返す。小さな声で話す川上さん、それでいて意志のある明確な意見を語る川上さん、ゆっくりと詩を朗読する川上さん、明大前のモーアシビの打ち上げに参加した川上さん笑顔、生まれて初めて僕らと一緒にカラオケボックスに行った川上さん、そのとき亡くなったお父さんに聞かせるのだとピンクレディーを歌った川上さん、楽しそうだった。色んな川上さんを思い出す。それから、川上さんの書き残した言葉たちも。
――――
『川上亜紀さんとモーアシビ』(白鳥信也)より



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『風鈴(「文藝」2018年秋号掲載)』(松浦理英子) [読書(小説・詩)]

――――
 子供が残酷な目に遭わされた事件をニュースで知った時など、わたしは恐ろしげな大人たちを怯えながら見上げていた井戸の底に引き戻される。そして、暗い井戸の底から見上げる恐ろしい地上の世界が、あんなに明るい光に満ちているのはなぜだろうと不思議に感じる。
――――
文藝2018年秋号p.287


 井戸に落ちたときの思い出。幼なじみの友だちと都会から来た中学生と三人で風鈴を作った思い出。幼い頃の記憶には、しかし、どのエピソードにも小さな影が落とされているのだった。そして、……。

 大人が見せるささやかな悪意、冷淡さ、子供を傷つける無神経なふるまい。無条件に守られ安心しているべき子供が、実際には、様々なレベルで加害されていることを静かに告発するような短篇。短いページ数で読者の感情を引っ張り回す手際が凄い。


タグ:松浦理英子
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『ウラミズモ奴隷選挙(「文藝」2018年秋号掲載)』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

――――
 その日私はみたこ様にいのりました。私は巫女になりたいので男断ちをしているのだ。みたこさま、美しいお遣い女さまよ、イカアナは今私のパンツをとっていきました、どうか私を選挙に勝たせてください。もし負ければ私はもう何も拝まない。ただあの糞イカアナキストを本当に殺します。刺してやります。突いてやります。死体の血を一滴も残しません。全部飲み干します。レトルトを貰って食べたくらいで人の尊厳を何ですか、尊厳という言葉を私はみたこから習いました。イカアナからすると悪の言葉らしい。だが悪が何だろう、私は悪が好きだ。悪に憧れる。あの汚らしい、五十がらみの坊っちゃまに胸や尻を踏まれたりつねられたりして起こされる位なら、どんな悪にでもなるよ。悪の女帝になるよ。
 だって、投票所にはとうとう国連の監視団が来ていたのです。
 そしてさらに神ではないものに私は祈りました。ウラミズモよ、「悪のウラミズモ」よ、女にセックスを断る自由を与えた、「権力の警察」よ、どうかひょうすべと、イカアナとヤリテとイカフェミを宇宙一汚い、便所に、叩き込んでください。なんぼ「正しく」ても「自由」でも私は自分の輝く玉の肌を、イカアナの便所にされるのは嫌です、と。
――――
文藝2018年秋号p.224


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第119回。

 おんたこ、ひょうすべ、TPP。だいにっほんシリーズ、舞台はついに女人国ウラミズモへ。原発利権の真相、エリート高の若者たち、火星人遊廓の発祥、みたこ教団、そしてついに詳細に書かれる(うわーっ)男性保護牧場の実態。2016年のTPP批准(作中設定)から、2067年に始まったウラミズモによるだいにっほん占領を経て、2086年のだいにっほん事実上の滅亡まで、歴史を一気に駆け抜ける、堂々たる『水晶内制度』続編。


――――
 ひょうすべは女の子なのよただおなかがすいているだけ、かわいそうな子供、お願い食べさせて苛めないでひょうすべに人間を喰べさせてちょうだい
――――
文藝2018年秋号p.217


 さて、2018年6月29日(忘れるな)、現実の日本において、TPP11関連法が可決・成立いたしました。作中の「にっほん」は、当初予定通り2016年にTPP批准をしています。2年の差はありますが、大した違いはありません。結果も似たようなものでしょう。


――――
 で? 現実の日本も、パラレルのにっほんも、いつしか気がつけば公文書は全て偽造、議会は多数決だけ。公約は破られるだけ。民を世界企業に売り渡す人喰い条約のTPP、それを使って一家を根こそぎにする事しか(両方の)政府は考えていない。故に民を煮るため鍋釜、下で燃やす薪、何もかも揃えて、政権は殺戮以外ではもう、興奮しなくなっていた。
 だって連中は既に、ただ搾り取るのにも飽きてしまったのだ。既に民を絶滅させなければ、寿司もうまくないし、風俗でも射精も出来なくなっているし、ただもう国民を苦しめて喰う事だけを楽しみにして、それで射精をしたいとだけ思っているのである。
――――
文藝2018年秋号p.135


 なぜそんなことばっかやってて政権支持率が下がらないのか。むしろ喝采を叫ぶような声が目立つのか。それはつまり、多くの国民が、別に騙されているわけでもなく、本当にまじに支持しているから。たとえ結果がわかっていても、面倒だから支持を続けるに違いないから。そのことを政権も確信しているから。


――――
 ばかりか、問題は民、そのものであった。というのもにっほんはいつしか自分で自分を奴隷化し奴隷的でいることを美徳とする国となっていった。それもけして勤勉が好きなのではなく、弱者に押しつける不要の苦しみが好き。女に向かって嫌な我慢をさせる事が生き甲斐。(中略)……男は職場奴隷、女はハウス奴隷、双方選挙権のある奴隷のカップル。またその一方で少女虐待国家というのも連綿と続いてきた流れである。つまり国家奴隷のそのまた下に、女奴隷家事奴隷メイ奴隷で性奴隷。
 実際は奴隷状態で使われていても「あれは奴隷じゃない○○婦だ」などと、言い口、表現を変えてすべてごまかす、つまり実態と表現を切り離した態度で通す。そもそもそれ以前に、奴隷というものがあまりにも全土にすべてに浸透しすぎていて、特に「強制」されなくてもいつも、誰かの所有物になっていて魂を売っている。
 にっほん人とは何か? それは奴隷とは何かについてまともに考えたことが一度もない国民。というよりかそれ以前に、自分とは何で今どんな状態かさえ、思考して言語化した記憶のない奴隷集団。
(中略)
 奴隷は選挙に行かない。行っても行かなくても奴隷根性に変わりはないし、奴隷でなくなった自分というものを想像出来ないから。
――――
文藝2018年秋号p.150、155


 で、TPPに種子法廃止、水道民営化。お得なバリューセットでこんなことに。


――――
水道料金の払えない人が増えていて、彼らは飲み水だけ買う。むろんペリエとかではなく、その安い川の水を。しかしそこには農薬ばかりか寄生虫も化学物質も入っている。その一方で、使える井戸などはお役所に見つかれば水源自主管理規制法等で埋められるそうだ。つまり、水源は世界企業が買い占めているのである。
 そんな中S倉には空っ風で、古新聞が飛んでくる。すると紙面ではまだ大都会の人間が「にっほんの水と自由は無料、いい気な国家批判」などと冷笑している。しかし県部では既に、庭に生えた七草も零れた種も、勝手に使っているとお縄になる。
 最近のにっほんでは、自分の取った種でも自分で汲んだ井戸水でも、勝手に使うことが禁じられていた。その原因は、世界的な大会社がお金を取りたいから。基本、全部の生存行為から手数料を取る。しかも、その値段を遠い外国で、勝手に決めてくる。
――――
文藝2018年秋号p.158


 これマジですよ。もう、ディストピアSF、とか言ってる場合じゃないです。でも、にっほんの男たちは、女を性的搾取する特権だけ与えておけば、どんな境遇にも堪えてくれます。お上に文句は付けません。むしろ文句をつける人を寄ってたかって叩いて黙らせてくれるのです。


――――
 電鉄会社は男性が快く女性に痴漢出来るようにと、痴漢し易い環境を男性客に提供し続け、それを一種のサービスと考え、痴漢を煽るような広告を駅に貼り続けた。女性専用車は今では痴漢に遭った恐怖でそこにしか乗れない女性を集めておいて、そこに集団でもっとも嫌ったらしく汚い卑怯者の痴漢に侵入させて嫌がらせをするという、そういう攻略プレイを無料でさせる、場所になっていた。
 女しか買わない商品の広告は一種類になっていた。出来るだけ多くの女性差別を盛り付けた挙げ句に、侮辱口調で買うように命令するものだった。しかもそうされたにっほんの女性は、買わないと殴ると脅されたも同然の状態なので恐怖のあまりに買ってしまうのであった。
 商売は強奪で価格は強制、選択は不可能、それが自由貿易である。
 かつてはにっほんの人口の半数を占めていた女性、その体力も労働力も破壊されていった。さらにはそこから、消費という消費が冷えていった。一方、男の経済効果は買春あるのみ。
――――
文藝2018年秋号p.145


――――
 取り敢えず少女と見たら因縁を付けて性的虐待、しかもそれだけでは欲ボケの身にはもの足りぬので、泣いている親や被害者に二次加害する、しかもこいつらときたらそれでもまだ足りないというので、どうやったら口汚く被害者を貶められるか、こうやってデマを流したら向こうはショックで自殺するか、それを朝から晩まで考えていて二十四時間、少しでも多く他人様から、何の理由もなく毟り取ろうとする。しかし実はそれはけしてただの極悪汚ないどすけべ、というそれだけではない、そう、大変に深い意味のある行為だった。
 むしろそれこそ、地球を滅ぼす不毛な「ネオリベ経済行為」と同じものなのだ。
――――
文藝2018年秋号p.152


 実際、ネットで見られる性犯罪被害に対する女性の声(しばしば「リプ欄が地獄」などの紹介付きで引用リツイートされてくる)からして、これは現実そのもの。出来ればディストピアSFであってほしかった。しかし、すでににっほんは、いや日本は、ものすごい勢いで高度ひょうすべ成長を遂げてニホンスゴイなことに。


――――
 要するに何もかも短期決戦で人材を育てず、人間主体の幸福追求をさせず、数字の発展が、個々からの収奪が、経済の達成であるかのような、見せ掛けを作り込んだ上で格差を広げていき、なおかつ国全体の赤字と災難は少女がもたらすのだ、その分の責任を少女が被れとまで宣伝し続けた。こうなると数字を信じて疑わず、その収奪ぶりを我が利益と思い込んで喜ぶ人間は、全員が弱いものいじめを徹底させる事で権力からなんとか褒められようとした。
――――
文藝2018年秋号p.153


 あまりの惨状に、選挙という合法的手段によってにっほんから独立しTPPからの離脱をはかる特区が続出。そのまま女人国ウラミズモに併合されてゆきます。住民の半数を切り捨てる(男は国外追放か、あるいは……)しかないところまで追い詰められた人々の決断。悔しさと祈りがウラミズモを呼ぶ。

 だいにっほん三部作でも、『ひょうすべの国』でも予告されていた、ウラミズモによるだいにっほん侵攻の始まりです。


――――
「さあ、笙野様、今からはもうウラミズモが侵攻してまいります。半年以内に、ここはウラミズモの植民地になるのですよ。私達にとっては有利かもしれません。でも、あなたにここに残られては作者は困ります」
――――
『だいにっほん、ろりりべしんでけ録』単行本p.214


――――
二千六十七年春、ウラミズモはだいにっほんを占領した。
――――
『植民人喰い条約 ひょうすべの国』単行本p.183


 その翌年、2068年。今やウラミズモ占領下にあるS倉から新たな物語が始まり、やがて舞台はウラミズモ本国へと移ってゆきます。男から人権を奪い弾圧することが国是となっている国。思想統制を隠さない警察国家。「民主主義が死んだ後の世界」(文藝2018年秋号p.130)。しかし、……。


――――
自分は今生きている、机も水もある。昔と比べれば、やはり天国だ。しかし実は相当なディストピ天国、……。
――――
文藝2018年秋号p.201


――――
 これはもしかしたら、クリーンだがホラーな政治かもしれないと思う事があります。ただ、そう批判する自由もここにはあるのです。
――――
文藝2018年秋号p.190


――――
「私達は三百年後の男女平等を目指しています。けして男性を不幸な迷妄に閉じ込めてはおきません、その日が来たらきっときっと解放して、女性と同じ地位にしてあげようと、それまでは大切に保護してあげようと誓っております」
――――
文藝2018年秋号p.170


 『水晶内制度』発表から15年。おんたこ、ひょうすべ、を経て、ついに舞台はウラミズモに戻ってきました。「化粧していると国民的美少女、していない時は世界的美少女」(文藝2018年秋号p.197)な高校生や、政権中枢で働いている人など、様々な登場人物(土俗の古代神含む。金毘羅や荒神シリーズとの接近の予感も)を視点として、読者はウラミズモを見て回ることに。

 そして舞台は男性保護牧場に移るのですが、このあたりの紹介は今は勘弁してください。男性読者としては色々と、すくむのですよ。代わりにこういうの引用しておきます。


――――
至上のウラミズモギャグ、文金高島田、または「勝訴ストリップ」と呼ばれるものを自分の代で実現したい
――――
文藝2018年秋号p.189


――――
「百合にも百合イカがいる。リョナにもリョナイカがある。フェミにもイカフェミがある」
――――
文藝2018年秋号p.190


 というわけで、何しろあの『水晶内制度』の続編ですよ、「笙野頼子さんの近作は自分には向いてないようなので」などとおっしゃらず、ぜひ読んで頂きたいと思います。



タグ:笙野頼子
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