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『公正的戦闘規範』(藤井太洋) [読書(SF)]

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現在から断絶した超技術ではなく、今ある技術が、もう少しだけ進んだとき、どのような世界が見えてくるのか(もちろんSFだから誇張はあるけれど――著者はあるところで、それを「見えないシンギュラリティ」と呼んでいる)、そして超天才ではない普通の人々の生活にそれがどう関わってくるのか。著者は実際にキーボードの上で手を動かしているようなリアリティに、SF的な想像力を加え、その具体的なビジョンを目の当たりにさせてくれる。そこにはソフトウェアの未来とともに、生身の技術者の姿がある。
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文庫版p.329


 地続きの未来、今のその先にある見えないシンギュラリティ。テクノロジーと未来に関する楽観的なビジョンで私たちを魅了してやまない五篇を収録した第一短篇集。文庫版(早川書房)出版は2017年8月、Kindle版配信は2017年8月です。


[収録作品]

『コラボレーション』
『常夏の夜』
『公正的戦闘規範』
『第二内戦』
『軌道の環』


『コラボレーション』
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 陳が「力」に取り憑かれたように、俺は、彼らと行った甘美な協力(コラボレーション)に魅せられているのだろう。きっかけを与えれば、彼らは全力で応え、無限の試行錯誤の末に、俺が考えもしなかった高みへ上りつめていく。いずれは発想でも知識でも彼ら修復機構に追い越されてしまうことは間違いない。だが、俺の身体はプログラムが動く喜びを覚えていた。
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文庫版p.51

 インターネットが崩壊し、情報インフラが量子アルゴリズムベースの認証型ネットに移行した後。語り手は、かつて自分の作ったプログラムが修復機構によって書き換えられながら旧インターネット上で今だに動いているのを見つける。その「けなげさ」に打たれ、何とか「彼ら」を助けようとする語り手は、自由で無統制な旧インターネットを使って世界を変えようとしているハッカーグループからのコンタクトを受けるが……。
 技術屋の感性と、今そこから始まるシンギュラリティへの予感に満ちたSFマガジンデビュー作。


『常夏の夜』
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 ただ、確かなことが一つある。
 人類の知の先端(エッジ)は、在る未来への挑戦に変わった。
 カートのフリーズ・クランチ法を使えば、嫌でも多宇宙(マルチヴァース)、並行宇宙(パラヴァース)と、未来の実在を感じてしまう。その世界に手を伸ばすには、因果律を超えた量子の論理が必要になるということだ。
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文庫版p.116

 大規模災害に見舞われた島を救うため、世界中の支援団体が大量の物資と配送ドローンを持ち込んだことから生じた混乱。物資と情報の流れを最適化し、復興プロジェクトをスムーズに進めるために「巡回セールスマン問題」や「ナップザック問題」のようなNP困難問題を解く量子アルゴリズムが活躍する。だが、普及した量子アルゴリズムは、人々の意識と世界観を根底から変えてゆく。

 未来を見通すことで因果が確定してしまう『あなたの人生の物語』(テッド・チャン)が古典力学ベース決定論だったのに対して、無数に重なりあって存在する過去と未来をつなぐルートのなかから最適なものを選び取る、他の可能性を刈り取る、という量子論ベース決定論への世界観の変容が描かれます。『あなたの人生の物語』では変容のきっかけは言語習得だったのに、本作ではそれがスマホゲームの習熟になっているところがリアル。


『公正的戦闘規範』
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「自爆テロが減ってるのも、80ドルやそこらで確実に人を殺せるキルバグの方が、麻薬や暴力を使う洗脳よりも圧倒的に安いからだよ。兵蜂(ビンフェン)は、戦争の形を変えたんだ」
 九摩は〈マスチフ〉のぬめりのある装甲を指の背でこつんと叩いた。
「大義のもとに人を殺す、そんなことは戦場だけに限りたいじゃないか。そう考えた米国は、このシステムを作り上げ、デモンストレーションできる機会を馬大佐と調整してきた」
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文庫版p.179

 自律判断で人を殺す安価なAI戦闘ドローンの普及は、無差別テロを世界中に拡散してゆく。その流れを止め、虐殺を「戦場だけにとどめておく」ために開発されたシステム"ORGAN"(器官)。中国におけるテロ掃討作戦で初めて実戦投入されたそのシステムに、ゲームソフト開発者である語り手は巻き込まれてしまう。

 もちろん『虐殺器官』(伊藤計劃)へのオマージュですが、テロの拡散を抑止するために使われる手段の皮肉さは強烈です。スマホのソシャゲ時代における『エンダーのゲーム』(オースン・スコット・カード)ともいうべきサブプロットも印象的。


『第二内戦』
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「〈ライブラ〉の動作プラットフォームは2.1GHzのFPGA。復号、判断、出力をそれぞれ1クロックで処理できる。売買の応答時間は7億分の1秒よ。そしてネットワークに自らの複製をばらまいて、他の〈ライブラ〉を再プログラムしていく。その時に〈N次平衡〉が現れる」
 プレゼンテーションには水色の雲が浮かんでいた。ノードとネットワークが密すぎて、雲にしか見えなくなっているのだ。雲の中には光の輪がいくつも浮かんでいた。一つの〈ライブラ〉ノードで行った処理が、周囲のノードに波のように伝わっていくところなのだろう。ハルが今までに見たものの中では、脳のニューロンの模式図が最も近かった。
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文庫版p.237

 米国のいわゆるレッド・ステートが独立してアメリカ自由領邦FSAとなってから数年。探偵である語り手は、奇妙な仕事を依頼される。金融取引プログラムが違法に使われている証拠をつかむためFSA領内に潜入捜査したいというのだ。問題のプログラム〈ライブラ〉は、極めて高性能だが単純な条件反射レベルの処理しか出来ない。しかし、複製と機械学習を繰り返し拡散してゆく膨大なノード数の〈ライブラ〉ネットワークは、誰も気づかないうちに予想を超えた能力を獲得していた。

 米国の分断というキャッチーな舞台設定で読者を引き込みながら、それをシンギュラリティのゆりかごとして活用する巧みさ。グレッグ・イーガンの初期作品を思わせるハイテクスリラー作品。


『軌道の環』
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「だが、地球に奪われるのはもううんざりだ。地球と宇宙島に暮らす1200億人の消費するエネルギーと物資は、ぼくたち木星系の10億人が掘り出したものだ。木星大気の底からね。自身の遺伝子を組み換え、排泄物をリサイクルしてまで、ヘリウムと硫黄を送り続けている」
「……だから、ユニオンはテロを計画したんでしょう?」
 あなたはそのテロを止めようとしてる――わけではないのだろうか。20万キロを超えるリボンが必要になる計画など想像がつかない。
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文庫版p.314

 木星圏に移住したムスリムたちのグループは、過酷な搾取への反発から、地球に対する大規模テロを計画していた。たまたま事故で漂流していたところをコンテナ船に救助された語り手は、そのテロ計画について知ることになるが……。

 イスラム過激派による大規模テロを太陽系規模に拡大した話。ヒロインの活躍によりテロは未然に防がれるんだろうな、という読者の予想を遥かに超えたビジョンが展開してゆきます。その先に見えてくるのは、ニーヴン・リング。事実上無限のエネルギー供給を実現すれば貧困も搾取もテロもすべて解決するという、今やむしろ珍しいほどのテクノロジー楽観主義に貫かれた作品。


タグ:藤井太洋
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