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『J・G・バラード短編全集3 終着の浜辺』(J.G.バラード、柳下毅一郎:監修、浅倉久志他:翻訳) [読書(SF)]

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「終着の浜辺」はわたしが「内宇宙」と呼んだもののもっとも極端な表現だ――外部の現実世界と内なる心理が出会い、融合する場所。この領域でのみ、成熟したサイエンス・フィクションの真のテーマは見出せるのだ。
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単行本p.400


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カタストロフの頂点となる中間地帯、休戦、空位期間には特別な力があるように思える――川に降りていく階段、なかば水没した飛行機機体の水による屈曲、夜と昼との境となる休止時間。わたしはそんな領域で永遠に生きていきたいと思うし、ひょっとしたらすでにそこにいながら自分でも気づいていないだけなのかもしれない。それこそが我々の心の中で夢と郷愁が永遠に立ち上がる場所なのである。
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単行本p.405


 ニュー・ウェーブ運動を牽引し、SF界に革命を起こした鬼才、J.G.バラードの全短編を執筆順に収録する全5巻の全集、その第3巻。単行本(東京創元社)出版は2017年5月です。


 第1巻と第2巻の紹介はこちら。

  2017年10月12日の日記
  『J・G・バラード短編全集2 歌う彫刻』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-10-12

  2017年05月16日の日記
  『J・G・バラード短編全集1 時の声』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-05-16


 第3巻には、60年代中頃(1963年から1966年まで)に発表された19編が収録されています。


[収録作品]

『ヴィーナスの狩人』
『エンドゲーム』
『マイナス1』
『突然の午後』
『スクリーン・ゲーム』
『うつろいの時』
『深珊瑚層の囚人』
『消えたダ・ヴィンチ』
『終着の浜辺』
『光り輝く男』
『たそがれのデルタ』
『溺れた巨人』
『薄明の真昼のジョコンダ』
『火山は踊る』
『浜辺の惨劇』
『永遠の一日』
『ありえない人間』
『あらしの鳥、あらしの夢』
『夢の海、時の風


『ヴィーナスの狩人』
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「ほとんどの人はチャールズ・カンディンスキーのことを狂人だと思っている。だけど実際には、今日の世界においてもっとも重要な役割を果たしているんだ、来るべき危機を人々に警告する予言者の役割をね。彼の幻想の本当の重要性が見いだされるのは、原水爆反対運動同様、あくまでも意識とは別の次元、うわべの合理的生活の下でたぎっている膨大な精神パワーの表現なんだ」
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単行本p.32

 天文台に赴任してきた天文学者が、奇妙な男と出会う。彼は砂漠で金星人とコンタクトしたと主張しており、そのとき撮影した「空飛ぶ円盤」の写真を含む彼の著書は、地元で大きな話題となっていた。トンデモを論破してやろうと思って近づくうちに、天文学者は次第に相手の精神世界へと引き込まれてゆく……。いわゆるアダムスキー事件を題材に、オカルトがもたらす影響を生々しく描いた印象的な作品。


『スクリーン・ゲーム』
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 光点の数がふえた。一瞬後には、テラスぜんたいが宝石の反射で輝きわたった。急いで数をかぞえると、二十ぴき近かった――トルコ玉の蠍、大王冠のようにトパーズをいただいた紫かまきり、そして一ダースあまりの蜘蛛――その頭からは、エメラルドとサファイアの鋭い光が、槍の穂先のように放たれている。
 彼らの真上では、バルコニーのブーゲンヴィリアの陰にかくれて、青いガウンを着た背の高い女の白い顔が、こちらを見まもっていた。
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単行本p.112

 テクノロジーと芸術と倦怠が支配する砂漠のリゾート、ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの一篇。映画の撮影のために大量の背景スクリーンを製作する仕事を受けた画家の前に、白昼夢のような美女が現れる。十二宮を描いたスクリーンの配置が作り出す砂漠の迷宮、宝石を象嵌された輝く虫たち、そして幻の美女。現実と幻想の区別がなくなってゆく、ヴァーミリオン・サンズらしい作品。


『消えたダ・ヴィンチ』
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 パリのルーヴル美術館からレオナルド・ダ・ヴィンチ作の『磔刑図』が消え失せた――いや、もっとありていにいえば――盗まれたのが明らかになったのは、1965年4月19日の朝だった。これは史上空前のスキャンダルを引き起こした。(中略)ルーヴルの不運な館長は、ブラジリアで開かれていたユネスコの会議から呼びもどされ、いまはエリゼー宮の絨毯を踏んで、大統領にみずから報告しているところだし、第二局は非常態勢にはいっており、すくなくとも三人の無任所大臣が任命されていた。彼らの政治生命は、その絵を回収できるかどうかにかかっていた。
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単行本p.157

 ルーヴル美術館から盗まれた名画の行方を追う語り手は、知人からとてつもない仮説を聞かされる。今回の美術品盗難は、数百年にも渡って途切れることなく続いているパターンの最新事例に過ぎないというのだ。ストレートな美術ミステリかと思わせて、次第にオカルト的世界観に踏み込んでゆく巧みな作品。


『終着の浜辺』
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「この島は心の状態なのだ」古い潜水艦ドックで働いている科学者のひとりであるオズボーンが、のちにトレイヴンに語ることになる。このことばが真実であることは、到着して二、三週間もしないうちに、トレイヴンには明白なものとなった。砂とわずかなみすぼらしい椰子をのぞけば、島の風景のすべてがつくりものであり、遺棄された広大なコンクリートの高速道路網とあらゆる点で共通する人工物であった。核実験の一時停止(モラトリアム)以来、この島は原子力委員会によって放棄され、兵器と通路とカメラタワーと管制建造物(ブロックハウス)の雑然とした集合体は、それを自然状態にもどそうとするいかなる試みも受けつけなかった。
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単行本p.182

 遺棄された核実験場である無人の孤島に到着した男が、死んだ妻子を幻視しながら、ただひとりコンクリート製の終末風景のなかをさまよう。内宇宙を探索し続けたバラード作品の特徴を決定づけるような、代表作の一つ。


『光り輝く男』
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 昼には幻想的な鳥たちが石化した森を飛びまわり、宝石で飾られたアリゲーターが結晶化した川の土手に紋章のサラマンダーのようにきらめいた。夜には光り輝く男が木々のあいだを走っていったが、その腕は黄金の車輪のようで、顔は幽霊の王冠のようだった……
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単行本p.207

 あらゆるものが結晶化して宝石のように輝いている森。異変が起きた森の奥地へと迷い込んだ語り手は、そこで光り輝く男、そして死につつある女と出会う。時間そのものが凝縮して結晶化しつつある、時の流れが失われた森。そこでは人の愛憎も宝石と化して永遠のものになるのだった。SFオールタイムベスト長篇『結晶世界』の原型となる作品。


『溺れた巨人』
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 嵐の去った朝、市の西北八キロの海岸に、巨人の水死体が打ちあがった。この第一報は近在の農夫の一人がもたらしたもので、つづいて地方紙の記者や警察官が、それを確認した。(中略)両腕を体の脇にのばして、仰向けに横たわった安らかな姿勢は、まるで濡れ砂の鏡の上に眠りこけているようで、波がひくにつれて、水面に映った真白な肌の色がしだいに薄れていく。澄みきった日ざしの下で、その肉体は、海鳥の白い羽毛のように、きらきらと光っている。
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単行本p.263

 鯨に匹敵するほどの巨大な水死体が海岸に打ち上げられる。物珍しさで集まってくる見物人。最初は威厳に満ちていた巨人の死体は、やがてありふれた景色となり、少しずつ解体されて肥料や見せ物やトロフィーとなり、ありふれた日常へと還元されてゆく。


『永遠の一日』
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そして、はじめてほんとうの夢を見た。真夜中の空の下に古典的な廃墟が広がり、その死者の都の中に、月光に照らされた人影が行き来する夢を。
 この夢は、その後ハリデイが眠るたびにくりかえされた。夜の迫った砂漠を見おろす窓ぎわの、長椅子の上で目ざめると、彼はいつも自分の内的世界と外的世界の境界が、溶け去りつつあるのをさとった。マントルピースの鏡の下にある時計の中で、すでに二つがとまっていた。それらの死とともに、彼ははじめて、古い時間の観念から解放されるのだ。
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単行本p.322

 自転が止まり、すべての都市がそれぞれ一日の特定時刻に固定された世界。明暗境界線上に位置する都市にやってきた語り手は、永遠の黄昏のなかで、時間という観念から解放されてゆく。


『あらしの鳥、あらしの夢』
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 翌年の秋には、第二世代のいっそう大きな鳥たちが現れた――鷲のように猛々しい雀、コンドルなみの翼長を持つ鰹鳥や鷗。人間の胴回りほどもあるたくましい体を備えた、これらの巨大な生き物は、嵐をものともせず海岸ぞいを飛び交い、牧場の家畜を殺し、農夫やその家族をおそった。この猛烈な成長の拍車となった汚染作物のもとへ、なにゆえか舞いもどってきた彼らは、やがて全国の空を覆いつくした数百万羽の空中艦隊の先遣隊だった。飢えにかられて、彼らは唯一の食料源である人間をおそいはじめたのだ。
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単行本p.364

 環境汚染によって巨大化した鳥の群れ。狂暴になった彼らは人間を次々に襲って殺戮してゆく。たった一人で巨大鳥の群れと戦い、彼らを殲滅した男が、地面に降り積もった鳥の死体の真っ白な山にわけいっては羽を集めてゆく狂った女と出会う。ヒッチコックの名画へのオマージュながら、どこまでもバラードらしい作品。



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