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『イヴのいないアダム』(アルフレッド・ベスター、中村融:編) [読書(SF)]

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「そうですね、その新鮮な題材に飽くなき飢えをいだいているという点ですが、なぜほかの作家のように自分の知っている題材で作品を書くことに満足しないのですか? なぜ狂ったようにユニークな題材を――まったくの未踏の分野を求めるんです? なぜわずかな目新しさに法外な代価を喜んで払おうとするんです?」
「なぜかって?」ブラウは煙を吸いこみ、食いしばった歯の隙間から吹きだした。「きみが人間ならわかる。その、人間じゃないんだろう……?」
「その質問には答えられません」
「それなら理由を教えよう。生まれてからずっとぼくを苦しめてきたもののせいだ。人間は生まれつき想像力をそなえている」
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文庫版p.302


 長篇『分解された男』『虎よ、虎よ!』で名高い米国SF界の鬼才、アルフレッド・ベスターの日本オリジナル短篇傑作選。文庫版(東京創元社)出版は2017年11月です。


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先にあげた二長篇は、いずれも大胆なタイポグラフィの実験をまじえて、超能力者の心理を迫真的に描きだした傑作であり、華麗な未来社会の描写とあいまって、後世のSFにおよぼした影響には絶大なものがある。おそらくこの二作がなかったら、サミュアル・R・ディレイニーやマイケル・ムアコック、あるいはウィリアム・ギブスンやブルース・スターリングの諸作もなかっただろう。
 だが、二大長篇の陰に隠れて、その短篇群が見過ごされているとなったら、黙ってはいられなくなる。ベスターの短篇は、長篇とは趣がちがうものの、これはこれで珍重すべき逸品ぞろいなのだ。
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文庫版p.391


 2004年に河出書房新社より刊行された単行本『願い星、叶い星』収録の8篇に新訳2篇を増補し、改題文庫化。これだけでベスターの短篇代表作を網羅できるという充実した一冊です。


[収録作品]

『ごきげん目盛り』
『ジェットコースター』
『願い星、叶い星』
『イヴのいないアダム』
『選り好みなし』
『昔を今になすよしもがな』
『時と三番街と』
『地獄は永遠に』
『旅の日記』
『くたばりぞこない』


『ごきげん目盛り』
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「じゃあ、なんであの子を殺したんだ?」ヴァンデルアーがわめいた。「刺激のためでなかったら、なんで――」
「念のため申しあげますが」とアンドロイド。この手の二等船室は防音ではありませんよ」
 ヴァンデルアーは革紐を落とし、荒い息をつきながら、所有する生きものをじっと見つめた。
「なんでやったんだ? なんであの子を殺したんだ?」とわたしは訊いた。
「わかりません」とわたしは答えた。
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文庫版p.15

 普段は正常に機能しているのに、何かのきっかけで突然おそるべき殺人マシンと化してしまうアンドロイド。そんなアンドロイドと共に星から星へと逃亡の旅を続ける男。やがて警察に追い詰められた二人は……。凶悪犯罪、逃亡劇、盛り上がるサスペンスと並行して、一人称の混乱が読者の心に引っ掛かりを残しつつ、最後のクライマックスへとなだれ込んでゆく。ストーリー展開と文体上の実験を見事に融合させた傑作。


『願い星、叶い星』
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「例の少年には武器がある。自分で発明したなにか。ほかの連中のようにばかげたなにかだ。(中略)その子は天才だ。危険きわまりない。どうすればいいんだ?」
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文庫版p.92

 少年は人類をはるかに超越する天才だった。その行方を追う教師は、犯罪のプロと手を組んで彼を探し出そうとする。だが、次々と返り討ちにあって姿を消してゆく一味のメンバー。少年が持っている能力とは何か。ミュータントテーマの定番的展開をうまくひねった作品。


『イヴのいないアダム』
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 それが海であることはわかっていた――古い海のなごり、さもなければ、できかけの新しい海だと。しかし、それはいつの日か、乾いた生命のない岸に打ち寄せる、空っぽで生命のない海になるだろう。この星は石と塵、金属と雪と氷と水の惑星になるだろう。だが、それですべてなのだ。もはや生命はない。彼ひとりではどうしようもない。彼はアダムだが、イヴはどこにもいないのだ。
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文庫版p.118

 無謀な実験のせいで破滅した地球。荒涼とした終末風景のなかをひたすら這い続ける男。目指すは海。だが、もはや人類は彼一人しか残されておらず、生物の絶滅は確定しているというのに、なぜ海を目指すのか。それは彼自身にも分からなかった……。地球最後の人間テーマですが、その迫力に驚かされます。


『昔を今になすよしもがな』
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日付――1981年6月20日。氏名――リンダ・ニールセン。住所――セントラル・パーク模型船用池。職業または勤め先――地球最後の男。
「職業または勤め先」については、はじめて図書館に押しいったときから、しっくりこないものを感じていた。厳密にいえば、彼女は地球最後の女だが、そう書いたら、女性優位主義的なきらいがあるような気がするし、「地球最後の人物(パーソン)」と書いたら、酒をアルコール飲料と呼ぶみたいにばかげて聞こえる。
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文庫版p.151

 何らかの異変により人類は消滅。生き延びた最後の男女が出会う。同じく地球最後の人間テーマですが、無人の街で好き勝手する気の狂った男女、という設定だけでぐいぐい読ませるパワーが凄い。


『時と三番街と』
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「インチキして、ゲームに勝って楽しいですか?」
「ふつうは楽しくない」
「ディスニーなんでしょう? 退屈だ。飽きあきする。意味がない。非調和的です。あなたは正直なやりかたで勝ちたかったと思う」
「だろうな」
「それなら、この本を見たあともそう思うでしょう。あなたの行きあたりばったりの人生を通じて、あなたは人生というゲームを正直にプレイしたかったと思うでしょう。その本を見たことをヴァーダッシュされる。後悔される。われわれの偉大な詩人・哲学者、トリンビルの名言を身にしみて思いだすことになる。彼は明晰でスカゾンな一行にそれを要約しました。『未来は勝ちテコンされるものである』とトリンビルはいったのです。ミスター・ナイト、インチキをしてはいけません。お願いですから、その年鑑をわたしにください」
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文庫版p.224

 書店で統計年鑑を購入した男。だが謎めいた相手が現れて、その年鑑はずっと未来の版であり、手違いでこの時代に紛れ込んだものだと告げる。これからの世界の趨勢があらかじめ分かってしまう本。うまく活用すれば富も名声も思いのまま。それを無償で自主的に返してほしいと説得する相手に、男は迷うが……。タイムパトロールテーマですが、会話に混入する未来語(たぶん)がよい味を出しています。オチもクール。


『地獄は永遠に』
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「あなたがたひとりひとりが、好きなようにこしらえていい現実を。あなたがたご自身が作る世界を提供しましょう。そのなかでミセス・ピールは喜んで自分のご主人を殺せる――それなのに、ミスター・ピールは自分の奥方を手放さずにいられるのです。ミスター・ブラウには作家の夢である世界を提供し、ミスター・フィンチリーには芸術家の創造力を――」
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文庫版p.255

 放蕩のかぎりを尽くしていた数名の悪徳グループの前に現れた悪魔(たぶん)が「皆さんそれぞれの望んでいる世界を創り、永遠にその理想現実の中で生きられるようにしてあげましょう」と提案してくる。しかも無償で。
 自分が望んだ世界(内世界?)に転移したメンバーがそれぞれに辿る皮肉な運命を描く作品。メンバーのなかに作者自身をモデルにしたと思しき人物(生年月日がベスターと一致する作家)がいて、饒舌に自分語りするのが興味深い。



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