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『風のアンダースタディ』(鈴木美紀子) [読書(小説・詩)]

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笑いながら「これ、ほんもの?」と指で押すサンプルだって信じてたから
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覚め際で最後の一段踏み外しひとりのベッドに放りだされた
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うまい棒コーンポタージュ味でごまかしたさびしさという空腹がある
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ガリガリ君冷凍庫のなか生き延びて目が合う度に老け込んでゆく
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今日もまた前回までのあらすじを生きてるみたい 雨が止まない
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ほんとうはあなたは無呼吸症候群おしえないまま隣でねむる
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 日常生活や恋愛のささいな光景から、ふと生じる不思議な感覚や空想、それをリアルに表現した生活妄想歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2017年3月、Kindle版配信は2017年4月です。


 まず、普通はくっつかない複数の言葉や状況をあえて組み合わせることで、日常のなかで感じる奇妙な感覚や空想を巧みに描いた作品が印象に残ります。


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だとしてもいつまでたってもとけきらぬオブラートの味すこしこわくて
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「最近は眠れてますか」と問う医師の台詞のあとのト書きが知りたい
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笑いながら「これ、ほんもの?」と指で押すサンプルだって信じてたから
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覚め際で最後の一段踏み外しひとりのベッドに放りだされた
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会見の総理の横の手話だけが本当のことを伝えてくれそう
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うまい棒コーンポタージュ味でごまかしたさびしさという空腹がある
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カラコロと返却口へ落ちてゆくコインの気持ちをつかみかけてた
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わたしが、と思わず胸にあてた手がピンマイクを打ち爆音となる
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できるだけ人道的に捨ててきたサンドイッチのパンの耳なら
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できるなら絶対誰ともかぶらない(仮名)を探りあてたい
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押しボタン式だとずっと気づかずに見つめ合ってた横断歩道
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単3か単2か迷うその間ひかりのことだけ思っていたい
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さくらにも運命はありあんぱんのへそにすわってしっとりと咲く
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 また、実際にはありえないけれど、なぜか不思議なリアリティというか実感のこもった妄想を扱った作品もたくさんあります。


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早送りすればテレビの画面から通過電車のような風受く
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ガリガリ君冷凍庫のなか生き延びて目が合う度に老け込んでゆく
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〈*画像はイメージです〉というテロップを見つけてしまう星空の窓
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ペンネームだったんですかと戸惑いぬトマトを包む生産者の名に
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今日もまた前回までのあらすじを生きてるみたい 雨が止まない
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〈散骨の代行サービスございます〉海のきらめくパンフレットに
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路地裏でひっそり月を待っている〈刃物研ぎます〉という看板は
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わたしからはみ出したくて真夜中にじわりじわりと伸びてゆく爪
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イソジンのうがい薬の褐色でひとり残らず殺せる気が、した
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自販機に〈なまぬるい〉のボタン見つけたらわたしはきっと次の段階(ステージ)
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プラチナのペーパーナイフで空を裂き回想シーンから出て行かなくては
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 定型的あるいは形式的で陳腐な表現を、巧みに「ずらす」ことで、何とも言えないおかしさと不気味な緊張感が同時に漂う作品。


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私を何でお知りになりましたか? ①ブログで②口コミで③真夜中の悲鳴で
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今後の参考にさせて下さい。その他に○がついていますね
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参考になったでしょうか失敗をしない訂正印の捺し方なども
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「ありのままのあなたを誰も愛さないでしょう」にこやかに告ぐ気象予報士
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紅茶葉をひらかせながらこの秋も平年並のさびしさでした
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これ以上きみには嘘をつけないと雨は霙に姿を変えた
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 恋愛妄想(準備中)


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見つめられ息を止めれば皮膚呼吸 器用にできてる 進化している
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好かれたいひとにはいつも好かれないシステムだけがわたしを守る
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取説の「故障かなと思ったら」の頁に差し込む指がほしくて
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ほしいのは「トイレの電気点けっぱなし!」と叱ってくれるアンドロイド
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 恋愛妄想(前期)


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ああ君が空を見上げてるってことはもうこの世にわたしがいないってこと
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本心が読み取れなくて何回もバーコードリーダー擦り付けてた
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前髪の分け目をひだりに変えました今度はあなたがひざまずく番
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〈起こさずにこのまま行くよ〉と右頬にポストイットを貼られた夜明け
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同罪だ。魚肉ソーセージのビニールを咬み切るわたしとみているあなた
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帰るならウェットスーツ脱ぐようにあなたのからだ置いていってよ
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伝書鳩の味がしたんだほろほろと君を想って食むハトサブレー
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 恋愛妄想(後期)


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「一時間経ったら起こせ」と言ったきりあなたは隣で内海になる
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この指輪はずしてミンチをこねるときわたしに出来ないことなんてない
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ほんとうはあなたは無呼吸症候群おしえないまま隣でねむる
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車いす押して海辺を歩きたい記憶喪失のあなたを乗せて
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無意識に肩紐のよじれ直すだろうあなたが死んで号泣する夜も
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 というわけで、親近感しみじみあふれる妄想が群れなす歌集です。



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