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『J・G・バラード短編全集4 下り坂カーレースにみたてたジョン・フィッツジェラルド・ケネディ暗殺事件』(J.G.バラード、柳下毅一郎:監修、浅倉久志他:翻訳) [読書(SF)]

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バラードの書いた文字列を追っているうち、私の脳裏には、刻々と姿形を変える得体の知れない視覚の産物が突如としてよぎっては砂のように消えていく。そして、生み出されたそれらのイメージのあまりの奇矯さに、いつのまにかすっかり夢中になってしまっている自分に気づくのだ。だからといって物語の筋までもが消えてしまうことはないけれども、時にはそれを追いかけるのが億劫になってしまうくらい、バラードの小説の細部に宿るこうした視覚喚起力は強烈だ。
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単行本p.409


 ニュー・ウェーブ運動を牽引し、SF界に革命を起こした鬼才、J.G.バラードの全短編を執筆順に収録する全5巻の全集、その第4巻。単行本(東京創元社)は2017年9月です。


 第1巻から第3巻の紹介はこちら。


  2018年01月11日の日記
  『J・G・バラード短編全集3 終着の浜辺』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-01-11

  2017年10月12日の日記
  『J・G・バラード短編全集2 歌う彫刻』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-10-12

  2017年05月16日の日記
  『J・G・バラード短編全集1 時の声』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-05-16


 第4巻には、60年代後半から70年代中頃(1966年から1977年まで)に発表された21編が収録されています。


[収録作品]

『下り坂カーレースにみたてたジョン・フィッツジェラルド・ケネディ暗殺事件』
『希望の海、復讐の帆』
『認識』
『コーラルDの雲の彫刻師』
『どうしてわたしはロナルド・レーガンをファックしたいのか』
『死亡した宇宙飛行士』
『通信衛星の天使たち』
『殺戮の台地』
『死ぬべき時と場所』
『風にさよならをいおう』
『地上最大のTVショウ』
『ウェーク島へ飛ぶわが夢』
『航空機事故』
『低空飛行機』
『神の生と死』
『ある神経衰弱にむけた覚え書』
『六十分間のズーム』
『微笑』
『最終都市』
『死者の刻』
『集中ケアユニット』


『希望の海、復讐の帆』
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 二時間たらずでわたしたちはリザード・キイに着いた。わたしがそれからの三週間を送ることになったこの島は、さながら宙に浮かぶように熱波のうねりの中から高く盛りあがり、テラスと張出しのある別荘が、もやの中にかろうじて見分けられた。三方を砂礁脈の高い尖塔にとりかこまれて、別荘と島とはある無機的な幻想のように砂漠から現われ出ていた。別荘へ向かう通路のそばにそそり立った岩の螺旋塔は糸杉の並木そっくりで、天然の彫刻作品がそれらをとりまくようにして生えていた。
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単行本p.16

 テクノロジーと芸術と倦怠が支配する砂漠のリゾート、ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの一篇。砂漠に棲む砂エイのせいで怪我をした語り手は、謎めいた美女に助けられ、彼女が世捨て人のようにひっそりと隠れ住んでいる家に運び込まれる。モデルの姿を反映して有機的に変化し続ける能動肖像画に、少しずつ立ち現れてゆく真実とは。


『コーラルDの雲の彫刻師』
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 わたしたちが手がけた雲の彫刻の中でとりわけ異様なそれは、レオノーラ・シャネルの肖像である。いまにして思うと、去年の夏のあの昼下がり、白いリムジンに乗った彼女がコーラルDの雲の彫刻師たちをはじめて見物にきた当時には、この美しい、だが、狂気をはらんだ女性が、うららかな空にうかぶ彫刻をどれほど真剣にうけとめているかを、まだわたしたちはほとんど認識していなかったのだ。それからほどなく、竜巻の中に彫りあげられた肖像は、その彫刻師たちの骸の上に雷雨の涙をふらすことになったのである。
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単行本p.49

 テクノロジーと芸術と倦怠が支配する砂漠のリゾート、ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの一篇。巨大な雲の周囲をグライダーで飛び回りながら、薬品を雲に吹きつける雲の彫刻師たち。薬品がふれた部分は水蒸気が凝結して雨となって地上に降り注ぎ、雲はその部分だけ「切り取られ」て、ごく短時間しか存在できない巨大な彫刻作品へと変わるのだ。コーラルDの周辺で活動していた雲の彫刻師グループが、謎めいた美女にパーティでの余興としての雲彫刻を依頼される。だがパーティ会場には、渦巻く愛憎の象徴のような嵐と竜巻、そして悲劇が訪れる。


『死亡した宇宙飛行士』
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 一ダースの宇宙飛行士が軌道上の事故で死亡し、カプセルは新しい星座を作る星のように夜空を経巡っていた。最初のうち、ジュディスはほとんど無関心だった。その後、流産してから、頭上を経巡る死亡した宇宙飛行士の姿が、時間へのオブセッションとともにジュディスの心に再登場した。何時間も、何かが起きるのを待っているかのように、ジュディスは寝室の時計をじっと眺めていた。
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単行本p.81

 事故で回収不能となり、死亡した宇宙飛行士を乗せたまま軌道上をめぐり続ける有人宇宙カプセルたち。ときおり誘導ビーコンに引き寄せられて、すでに廃墟となって久しいロケット発射場を目指して落下してくる。宇宙飛行士だった恋人の「帰還」を、ロケット発射場で待ち続ける女と男。見捨てられた宇宙時代の遺物が、時をこえて彼らにもたらすものとは。


『ウェーク島へ飛ぶわが夢』
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 磨滅した砂とコンクリートの組み合わせ、滑走路の傍で錆びていく金属の無線小舎、そんな人造風景総体の心理的還元が、彼の心をあいまいだが強力に捉えたのだった。不毛にも洋上に孤立していながら、ウェーク島はメルヴィルの意識の中で、やがて強烈な可能性の圏域となっていった。彼は太平洋を島づたいに軽飛行機でウェーク島まで飛ぶ白昼夢をみた。
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単行本p.169

 墜落して砂に埋もれた軍用機を掘り出し続ける男。決して飛び立つはずのない残骸を掘り出しながら、彼はひたすらウェーク島へ飛ぶ夢を見ていた。そんな男の前に、夢をかなえる現実的な手段が現れるのだが……。


『低空飛行機』
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 四十年前はこれとは対照的に、世界人口の著しい落ち込み、出生率の明らかな暴落、さらにもっと不穏なことには、奇形の胎児の大増加が万人に知れ渡ると、不安の病が蔓延して収拾がつかない有様だった。(中略)その反面、当初こそパニックがあったものの、本物の絶望はついぞみられなかった。三十年間、人々はシーズンの終わりにテントを解体して動物を殺すサーカス勤めの一団よろしく、さばさばと割り切ってわが子を抹殺し、西半球を店仕舞してきたのだった。
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単行本p.205、206

 重度の奇形児しか生まれなくなった近未来。パニックが過ぎ去った後に残されたわずかな人々は、それぞれに静かな終末風景の中を生きている。正常児を産むという希望にかけた女性とその夫は、ほぼ無人となったリゾート地にたどり着く。そこで出会った、野外で低空飛行を繰り返す医師。なぜ彼はそんな無意味に見える行動を繰り返しているのだろうか。


『死者の刻』
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 道路からそれて、サトウキビ畑のあいだの小道を進みはじめると、みんながそろったという奇妙な慰めをおぼえた。“家族”といるという安心感めいたものが生まれたのだ。同時に彼らと縁を切りたいという衝動はまだ残っており、機会があれば――通りがかった国民党軍の車輛に便乗させてもらえるかもしれない――最初の機会で彼らを置き去りにしただろう。しかし、からっぽの風景のなかで、彼らはすくなくとも安心の要素をもたらしてくれた。とりわけ敵意のある日本軍パトロールと出くわした場合に。おまけに彼らに対する忠誠心が、そして彼ら――死者――が、わたしを見捨てた生者よりも生きているという感覚がはじめて芽生えていた。
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単行本p.362

 太平洋戦争の集結直後。大陸における日本軍の捕虜収容所に収容されていた青年が、多数の遺体を墓地まで輸送するよう命じられる。途中で遺体を廃棄してそのまま逃走する予定だった青年だが、次第に死者だけが自分の仲間だという感覚にとらわれてゆく。自身の体験を元に書かれた、後の長編『太陽の帝国』の原型となる作品。



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