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『湖畔の愛』(町田康) [読書(小説・詩)]

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 いま女が運んできた花も安っぽかった。配色もどことなく田舎くさく野暮で、壺の大きさに比べて分量が少なく、花を飾ることによって余計に貧寒とした感じになったような、そんな観があった。女はそのことを悲しんでいるのか。答えておくれ。湖の上空を飛ぶ小鳥よ。
 という前に問うことがいくらもある。
 そもそもここはホテルらしいが、どこにあるなんというホテルなのか。この女はだれなのか。るほほほいっ。そんなことは小鳥に聞かなくたってわかりそうなもの、っていうか、わかる。わかることは記すし、言う。
 ここは俗化した湖からやや登ったところに建つ九界湖ホテル。物語化された屁のような神秘を追い求める人々の求めに応じて変化していった他の施設とは一線を画す、典雅で優美な、独自路線を行くホテルだった。そして女は……。
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単行本p.130


 シリーズ“町田康を読む!”第63回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、湖畔に建つ古風なホテルを舞台とした愛の物語。単行本(新潮社)出版は2018年3月です。

 龍神が棲むともいわれる山中の湖。その湖畔に建つ古風なホテルが舞台となります。謎の異言ジジイ、地球気候変動レベルの雨女、大量殺傷兵器クラスのお笑い対決。愛とあんまり関係ないような気もする三話を収録した、定型とクリシェを駆使しつつ細かく細かくひっくり返し続ける文芸奥義を堪能する連作形式の長編です。


『湖畔』
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 両親が高速道路から墜落してきた牛に押しつぶされて死んでからこっち、事情があって十六歳まで吉林省で育ち、東京都港区にある建築設計事務所で働いていたオーナーが、弟の陰謀によってホテルをやらされることになって、その矢先にこんなことになり、日々の仕入れ、毎月の支払いに苦しみ抜いているのだ。私の冗談に付き合っている暇などないに決まってる。
 いまもおそらくは資金繰りの相談に行ってきた帰りなのだろう。
 うまくいかなかったに違いないのがその表情から知れた。
 苦しみと悲しみの色が瞳に現れていた。
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単行本p.8

 経営危機に直面している九界湖ホテル。そこの支配人と従業員は、先行きを悲観しつつも、目の前の仕事に忙殺されていた。そんなところにやってきた、まったく意味不明の言語を話す謎のジジイ。もりげんじゃあ、べるしんぼうにくんげ、べるしんぼうにくんげ。ホテルは深い霧に包まれ、いよいよ先は見通せない。


『雨女』
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 となれば。やはり、船越恵子を虐め抜いて苦しめるしかないのか。と、大馬と吉良以外の全員が思った。
 そして自分が助かるために罪のないものを犠牲にしてよいのか、とも思った。その思いは大馬と恵子を除く全員の心に重くのしかかっていた。
 それは夫夫にとってそして夫夫と夫夫の関係にとって重苦しく、嫌な匂いのする問いだった。
 しかしそれを問わないわけにはいかなかった。このまま豪雨が続けばもっと大規模な土砂崩れ、地滑り、山体崩落という事態にまで発展する可能性があった。
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単行本p.84

 ぼくを愛しているのなら湖畔のホテルに来て下さい。愛の力で必ず呪いを解いてみせます。という感じで待ち続ける男のもとにやってきた美女。たちまち豪雨降り注ぎ、土砂崩れで道路は封鎖、湖はあふれ、山体崩落の危機が迫る。彼女はかつて喜びのあまりアメリカの一州を壊滅させたこともある地球気候変動レベルの雨女だったのだ。雨を止ませるには彼女を落ち込ませる他はない。いや、暴力はいかんよ暴力は。嵐の山荘状態になった九界湖ホテルを救うために、彼女を苦しめ落ち込ませなければならないという訳の分からない極限状況に陥った人々の決断は。


『湖畔の愛』
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「おまえに取られるくらいやったら」
「どないするっちゅうねん」
「俺がやったるわ」
「儂と勝負するっちゅうんかい」
「おお、そうじゃ。いまから宴会場行って漫談やって、よりおもろかった方が気島と結婚するっちゅうわけや」
「おもろいやないかい。受けたろやないかい。けど、おまえ、儂に笑いで勝てると思とんのか」
 言われて大野は俯いて唇を噛んだが、すぐに顔を上げて言った。
「勝つ」
 ほおっ、と新町が感嘆の声を挙げた。圧岡は胸のあたりで小さく手を叩いた。
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単行本p.235

 才能のある男には無条件で惚れる美女。彼女のハートを射止めるべく、男たちの戦いはヒートアップする。こうなったらお笑いで勝負。というわけで、奥義炸裂必殺技直撃。たまたま会場にいて巻き込まれた人々は胸部痙攣呼吸困難半死半生阿鼻叫喚。大量殺傷兵器のような話芸の応酬の果て、最後に立っているのは誰か。湖畔に建つ古風なホテルを舞台にした愛の物語がこういう展開でいいのか。それは湖だけが知っている秘密。



タグ:町田康
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