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『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』(ケン・リュウ:編集・英訳、中原尚哉・他:翻訳) [読書(SF)]

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 中国SFは中国に関する物語ばかりではない。例えば馬伯庸(マー・ボーヨン)の「沈黙都市」はオーウェルの『一九八四年』へのオマージュであり、同時に冷戦後に残された見えない壁の描写でもある。劉慈欣(リウ・ツーシン)は「神様の介護係」で文明の拡大と資源の枯渇という一般的な主張を、中国の地方の村を舞台にした倫理をめぐるドラマの形で探求した。陳楸帆(チェン・チウファン)の「沙嘴の花」はサイバーパンクの陰鬱な雰囲気を深圳付近の海岸沿いの漁村にまで広げ、その「沙嘴」という架空の村をグローバル化した世界の小宇宙とも病状とも取れる形で描いた。わたし自身の「百鬼夜行街」は巨匠たちによる作品――ニール・ゲイマンの『墓場の少年』、ツイ・ハークの「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」、宮崎駿の映画で脳裡をよぎったイメージを取り入れている。わたしの見るところ、これらまったく異なった物語も共通のあるものを語っており、中国の幽霊譚とSFの間に生まれる緊張関係が同じアイデアを表現するまた別の手法をもたらすのだ。
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新書版p.404


 あまりにも急激な時代変化と分断された世代や階層や地域、テクノロジーの爆発的発展と世界観の相転移、目まぐるしい経済発展と苛烈な競争、伝統的文化と文学の系譜、そして強圧的な政治体制。それらの共存する場所にこそ、まさにSFの最前線がある。沸き立つ現代中国SFの今を知らせるために、ケン・リュウが7人の作家と13本の短篇(+エッセイ3本)を厳選し英訳した現代中国SFアンソロジー。新書版(早川書房)出版は2018年2月、Kindle版配信は2018年2月です。


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 中国の作家の政治的関心が西側の読者の期待するものとおなじだと想像するのは、よく言って傲慢であり、悪く言えば危険なのです。中国の作家たちは、地球について、たんに中国だけでなく人類全体について、言葉を発しており、その観点から彼らの作品を理解しようとするほうがはるかに実りの多いアプローチである、とわたしは思います。
 文学的メタファーを使用することで、異議や批判を言葉にするのは、中国の長い伝統であるのは確かです。しかしながら、それは作家たちが文章を著し、読者が読む目的のひとつに過ぎません。(中略)こうしたことを無視し、地政学にだけ焦点を当てると、作品を大きく棄損することになります。
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新書版p.14


[収録作品]

『鼠年』(陳楸帆 チェン・チウファン)
『麗江の魚』(陳楸帆 チェン・チウファン)
『沙嘴の花』(陳楸帆 チェン・チウファン)
『百鬼夜行街』(夏笳 シア・ジア)
『童童の夏』(夏笳 シア・ジア)
『龍馬夜行』(夏笳 シア・ジア)
『沈黙都市』(馬伯庸 マー・ボーヨン)
『見えない惑星』(ハオ(赤へんにおおざと)景芳 ハオ・ジンファン)
『折りたたみ北京』(ハオ景芳 ハオ・ジンファン)
『コールガール』(糖匪 タン・フェイ)
『蛍火の墓』(程ジン波 チョン・ジンボー)
『円』(劉慈欣 リウ・ツーシン)
『神様の介護係』(劉慈欣 リウ・ツーシン)
『ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF』(劉慈欣 リウ・ツーシン)
『引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF』(陳楸帆 チェン・チウファン)
『中国SFを中国たらしめているものは何か?』(夏笳 シア・ジア)


『鼠年』(陳楸帆 チェン・チウファン)
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 鼠だ。何百万匹という鼠が、畑や、森や、丘や、村から出てきている。歩いている。そう、直立してゆっくりと歩いている。まるで世界最大の観光ツアーのようだ。小さな集団も合流し、小川が大河になり、海になる。まだらの毛が大きな模様を描く。均整と美がある。
 冬の枯れ野や、同様に無味乾燥な人間の建物を飲みこみ、波打ちながら鼠の海は進む。
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新書版p.48

 遺伝子操作されたネオラットを駆除するために組織された鼠駆除隊に動員された大学生たち。「国を愛し、軍を援けよう。民を守り、鼠を殺そう」なるスローガンのもと、劣悪な環境で鼠と戦わされ、無意味に命を落としてゆく。一方で、改変遺伝子(ただし違法コピー)を持つ鼠たちは勝手に知性化を進め、独自の社会と文化を築きつつあった……。

 苦労して大学を卒業したのに良い仕事につけず、都市部で低収入・不安定な底辺労働者として鼠のように生きることを強いられる若者たち。一部の富裕層が外貨をどっさり稼ぐその足元で、知らされることなき非情なグランドプランに基づいて、鼠族と鼠が共食いさせられる。社会問題を風刺しつつ、感傷的な筆致で読者の心を打つ作品。


『麗江の魚』(陳楸帆 チェン・チウファン)
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 飛行機は離陸した。市街、道路、山、川……。すべてが遠ざかって、さまざまな色の四角が集まった小さなチェス盤のようになった。それぞれの四角のなかで時間は速く流れたり遅く流れたりしている。地上の人々は見えない手にあやつられた蟻のように集められ、グループごとにそれぞれの四角に押しこめられている。労働者、貧困者、つまり“第三世界”の時間の流れは速い。裕福で有閑の“先進国”では時間はゆっくりと流れる。為政者、偶像、神々の時間は止まっている……。
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新書版p.69

 あくなき生産性向上、激しい出世競争、毎日激変してゆく世界に追いつけなければ脱落するという強烈なプレッシャー。過酷なストレスにさらされ続ける現代中国の都市生活者である主人公は、激務のせいでメンタルヘルスに問題を抱え、リハビリのため麗江の街に十年ぶりに戻ってくる。美しい自然、のんびりと流れてゆく時間、謎めいた女との逢瀬。しかし、語り手はそのすべてが人工的に管理されていることに気づく。

 「万人に平等に与えられている唯一の資源」といわれる時間でさえ社会階層による格差が広がっているストレスフルな現代中国の都市生活を、SF的なアイデアを用いて表現した作品。


『百鬼夜行街』(夏笳 シア・ジア)
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 どの幽霊も生前の逸話をいくつも持っています。体が荼毘に付され、灰が土に還っても、逸話は生きつづけます。百鬼夜行街が眠りにつく昼間、逸話は夢となって、巣のない燕のように軒先を飛びまわります。ただ一人その時間に通りを歩くぼくは、飛ぶ夢を見て、その歌を聴きます。
 百鬼夜行街で生者はぼくだけです。
 ぼくはここの住人ではないと小倩は言います。大人になったら出ていかなくてはいけないと。
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新書版p.98

 幽霊と妖怪が跋扈する百鬼夜行街で、女幽霊に育てられる少年。彼はこの街の唯一の生者だった。伝統的な幽霊譚とサイエンス・フィクションを融合させた幻想小説。


『沈黙都市』(馬伯庸 マー・ボーヨン)
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「『一九八四年』の作者は全体主義の伸長を予言している。しかし技術の進歩は予言できなかった」
 ワグナーは見かけによらず鋭敏な人物だと、アーバーダンは思った。とても洞察力のある技術官だ。
「物語のオセアニアでは、秘密のメモを渡して秘めた思いを相手に伝えることが可能だった。しかし現代はちがう。関係当局は人々をウェブに住まわせている。そこでは秘密のメモを渡そうとしても、ウェブ統制官から丸見えだ。隠れる場所はない。では物理的な世界ではどうか。こちらはリスナーに監視されている」
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新書版p.186

 ネット統制と会話監視テクノロジーが普及した世界。「健全語」に指定された言葉以外は使うことが許されないその国で、言語も、会話も、文学も、そして思考すら滅びてゆく。オーウェル『一九八四年』を現代にアップデートした作品。


『折りたたみ北京』(ハオ景芳 ハオ・ジンファン)
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 “交替”が始まった。これが二十四時間ごとに繰り返されているプロセスだ。世界が回転し始める。鋼鉄とコンクリートが折りたたまれ、きしみ、ぶつかる音が、工場の組立ラインがきしみを上げて止まるときのように、あたりに響き渡る。街の高層ビルが集まって巨大なブロックとなり、ネオンサインや入口の日よけやバルコニーなど外に突き出した設備は建物のなかに引っこむか、平らになって壁に皮膚のように薄く張りつく。あらゆる空間を利用して、建物は最小限の空間に収まっていく。
(中略)
 その頃には、地面が回転しはじめている。
一区画ずつ、地面が軸を中心に百八十度回転して、裏側の建物を表に出していく。次々に展開して高く伸びていく建物は、まるで青灰色の空の下で目を覚ます獣の群れのようだ。オレンジ色の朝日のなかに現れた島のような街は、開けて広がり、灰色の霧をまとわせて静かに立ち上がる。
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新書版p.234、237

 三層構造になっている北京。地図上の同じ場所を共有する三つの北京が、時間を区切って交替することで、経済成長と雇用確保を両立させているのだ。“交替”時刻がやってくると、それまで存在した北京の街は物理的に折り畳まれ、次の階層がポップアップ絵本のように展開する。階層間の行き来は厳しく制限されている。あるとき「プライベートな手紙を第一階層へ届けてほしい」という依頼を受けた第三階層の貧しい住民である主人公は、高額の報酬を手に入れるため危険を覚悟で「越境」を試みるが……。

 支配層、都市住民、農民工という三層に分かれた階級社会、急激に広がる苛烈な経済格差、所属階層によって世界観そのものが分断された、そんな現在中国。もう文学的暗喩とかそういうぬるい手法では表現しきれないような状況を、徹底的に“物理的に”表現してのけた驚異の作品。


『円』(劉慈欣 リウ・ツーシン)
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「陛下、円周率計算のためにわたしが開発した手順には序列があります。ご覧ください――」荊軻は壇の下の計算陣形をしめした。「――待機している兵の陣形を、硬件(ハードウェア)と呼びます。対してこの布に書かれているのは、計算陣形にいれる魂のようなもので、軟件(ソフトウェア)と呼びます。硬件と軟件の関係は、古琴と楽譜のようなものです」
 政王はうなずいた。
「よろしい。はじめよ」
 荊軻は両手を頭上にかかげて、おごそかに宣した。
「大王陛下の命により、計算陣形を始動する! 機構の自己点検!」
 石の壇から半分下がったところに立つ兵の列が、手旗信号を使って命令を反復した。たちまち三百万の兵による陣形で小旗が打ち振られた。まるで湖面が波立ち、きらめくようだ。
「自己点検完了! 初期化進行を開始! 計算手順を読み込み(ロード)!」
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新書版p.326

 あらゆる情報は数字列にコード化できる、循環しない無限小数である円周率にはすべての数字列が含まれる。従って、円周率を計算すれば、必ずや不老不死の秘密が「書かれた」箇所を見つけることが出来る。

 始皇帝より不老不死の探索を命じられた荊軻は、円周率を計算するために驚くべき戦略を考案した。三百万もの兵士を秩序正しく整列させる。中央演算の陣、情報格納の陣、入出力制御の陣。一人一人の兵士は単なる論理演算門(ゲート)として単純な指示に従って小旗を上げ下げするだけだが、その巨大陣形が一糸乱れぬ動きをすることで、円周率の計算を高速実行できるのだ。これぞ大型計算陣の計(アーキテクチャ)なり。そして始まるデスマーチ。馬鹿SFテイストに違和感なし。


『神様の介護係』(劉慈欣 リウ・ツーシン)
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 一方で地球の人口はいきなり二十億人増加した。増えたのは高齢者なので、生産性はなく、大半が病気がちだ。これは人類社会に前例のない重荷になった。どの政府も神を介護する世帯にかなりの額の補助金を出した。健康保険制度やその他の公共インフラは破綻寸前となり、世界経済は崩壊の危機にさらされた。
 神と秋生一家の和気藹々とした関係も崩れた。神は空から降ってきた厄介者と見なされはじめた。(中略)玉蓮はしきりに神を責めるようになった。あんたが来るまでうちは豊かに、不自由なく暮らしてたのよ。あの頃はよかった。いまは最低。なにもかもあんたのせいよ。こんなぼけ老人に居座られて大迷惑だわ……。玉蓮はこんなふうに毎日暇さえあれば神を面罵した。
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新書版p.356

 あるとき空から大量に降ってきた老人たち。すわファフロツキーズ現象かと思ったら、実は神でした。若い頃に老後の備えとして地球に種をまいておいたところ、そこから発生した人類は今や立派な若文明に育ってくれた。ありがたいありがたい。どうか創造主に対する恩を感じて飯を食わせてほしいのじゃ。

 いきなり20億人もの神を介護するはめになった人類大慌て。最初は「神を大切にするのは伝統的価値観」とかいってた人々も、段々と「うざい」と思うようになり、やがて頻発する神虐待事件。ああ、若者の敬神精神はどこへいったのか。風刺ドタバタSFテイストに違和感なし。



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