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『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(高野秀行、清水克行) [読書(教養)]

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 それぞれ無意識に〈民族〉〈国家〉〈言語〉が主題になっている。本書は、二人のお気楽な読書体験録として読んでもらってもうれしいが、読みようによっては、そういった重要な問題群を考える何らかのヒントになるかもしれない。
 歴史をひもとけば、地球を駆けまわれば、私たちの社会とは異なる価値観で動く社会がたくさんある。「今、生きている世界がすべてではない」「ここではない何処かへ」という前著のメッセージに共感してくれた読者の皆さんの期待を、本書も裏切らない内容であると思うし、前著を読んでいない方々にもきっと楽しんでもらえるのではないかと思う。私たちの読書会の三人目の参加者として、どうか新たな超時空比較文明論を楽しんでもらいたい。
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単行本p.5


 日本中世の古文書を研究する歴史家。世界の辺境を旅するノンフィクション作家。それぞれ時間と空間を軸に「ここではない何処か」のあり方を探求してきた二人が、同じ本を読んでは互いに語り倒す知的興奮に満ちた一冊。単行本(集英社インターナショナル)出版は2018年4月、Kindle版配信は2018年6月です。


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 否応なしに正面からテーマ――辺境と歴史――に向き合わざるを得なかった。すると、これまでぼんやりと映っていた辺境や歴史の像(イメージ)がすごくくっきりと見える瞬間が何度もあった。解像度があがるとでもいうのだろうか。同時に、「自分が今ここにいる」という、不思議なほどに強い実感を得た。そして思ったのである。「これがいわゆる教養ってやつじゃないか」と。
 思えば、「ここではない何処か」を時間(歴史)と空間(旅もしくは辺境)という二つの軸で追求していくことは、「ここが今どこなのか」を把握するために最も有力な手段なのだ。その体系的な知識と方法論を人は教養と呼ぶのではなかろうか。
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単行本p.218


 話題作『世界の辺境とハードボイルド室町時代』の続編です。歴史や地理の教科書的な認識をぶちやぶり、知識の境界と世界観を大きく広げてくれる好著。読書好きにもお勧めです。全体は8つの章から構成されています。


[目次]

第1章『ゾミア』
第2章『世界史のなかの戦国日本』
第3章『大旅行記』全8巻
第4章『将門記』
第5章『ギケイキ』
第6章『ピダハン』
第7章『列島創世記』
第8章『日本語スタンダードの歴史』


第1章『ゾミア』
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清水 いや、面白かったですよ。これは逆転の発想ですよね。従来の人類学では、ゾミアの丘陵地帯に住む焼畑農耕民は「古い生活を残している人たち」と考えられてきたじゃないですか。むしろ、この人たちの現在の生活実態から前近代の生活を逆推したりしてきた。でも、ここで言っているのは、その見方を完全にひっくり返して、定住型国家から逃げていった人たちがそこに「戦略的な原始性」をつくり出したということですよね。

高野 事例や文献は以前からあったけど、多くの研究者は先入観を抱いていて、平地国家が発達させた文明の恩恵にあずかれなかった人たちが山間部に残ったというふうにしか見てこなかったということですよね。

清水 この本を読むと、そういう歴史観が成り立たなくなりますよね。彼らはある時期から意図的に「未開」に立ち戻ったんだ、ってわけでしょ。やっぱり研究者によっては拒絶反応を示す人もいるんじゃないですか。
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単行本p.16

 中国西南部から東南アジア大陸部を経てインド北東部に広がる丘陵地帯に暮らす山地民を「未開で遅れた人々」とする従来の発想を逆転させ、彼らは国家から逃れるためにあえて文明から距離を置いたと見なす視点。国家と文明についての対話が始まります。


第2章『世界史のなかの戦国日本』
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清水 グローバルヒストリーって記述が大味なんですよね。もちろん、疫病とか飢餓とか地政学とか人智を超えた要素を歴史叙述の中に組み込んだという功績は大きいし、そこは面白いと思うんだけど。あんまり出来の良くないクローバルヒストリーって、結局、国家間の主導権争いであり、パワーゲームに終始するじゃないですか。
 だけど、この『世界史のなかの戦国日本』は、そういのからこぼれ落ちる世界に目を向けているし、そういう歴史の方が僕はリアルで面白いと思うんです。

高野 こぼれ落ちるわりには広い世界ですしね。海に向かって開いているから。

清水 そうそう。年表風に政治的な出来事だけを並べていくと、それだけで世界史がなんとなくわかるような気もするけど、実は国家が押えているエリアって案外狭い。こぼれ落ちている世界のほうがよっぽど広いかもしれない。
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単行本p.66

 蝦夷地、琉球、対馬など、教科書的な日本史では注目されることの少ない「周辺」の歴史を取り上げ、それを世界史な文脈でとらえ直す本。国家を中心に考える従来の史観をひっくり返すことから見えてくる、広大でダイナミックな世界についての対話が始まります。


第5章『ギケイキ』
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高野 源義経をはじめとする登場人物は、みんな現代のすごく俗っぽい言葉で語ってますけど、当時の人たちがしゃべっていた感じに実は近いんじゃないかなと思いました。

清水 僕もそう思いました。もちろん、このまんまということはないですけど、中世のスピリットみたいなものをくみ取ったセリフになっていますよね。それと、この義経の、なんていうんでしょう、無軌道で破天荒なところ、ここなんかも中世人らしく描写されています。

高野 『ギケイキ』では、『義経記』には書かれていないことを義経自身が説明している箇所も多いですよね。

清水 そうそう。それがかなり適切な説明なんですよ。

高野 『ギケイキ』は義経の魂が現代も生きているという設定だから、中世を俯瞰で説明できるわけですよね。
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単行本p.122、124

 室町時代初期の軍記物『義経記』をぶっちぎり現代文学として語り直したギケイキパンク長篇小説を通じて、日本中世のリアルについての対話が始まります。本書で取り上げられている書物のうち、個人的に読んでいたのは本書だけでした。ちなみに紹介はこちら。

  2016年07月05日の日記
  『ギケイキ 千年の流転』(町田康)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-07-05


第6章『ピダハン』
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清水 僕がまずびっくりしたのは、ピダハン語には数の概念がないっていうことですね。それから左右もない。彼らは方角を川の「上流」「下流」で表すんですよね。

高野 他のアマゾンの民族みたいに体に羽飾りをつけたりペインティングしたりしない。たぶんそれは儀礼や呪術がないからで、つまり、ピダハンには非日常がないんですね。だって神もいないし、創世神話もないんだから。

清水 ハレとケがないんだ、そもそも。
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単行本p.144

 アマゾン奥地に暮らすピダハンの人々の特異な文化。数も左右の概念もなく、呪術や儀式や宗教など非日常的なものもなく、具体的な直接体験しか話さない人々。外界との接触も多く交易を通じて文明の利器も手に入れながら、なぜこんなに異質な文化が保たれてきたのか。人類文化の幅広さと言語の普遍性をめぐる対話が始まります。


第7章『列島創世記』
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高野 この本では、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代までが、文字がなかった時代として一つにくくられていて、近年、発達している認知考古学というアプローチで描かれているわけですよね。

清水 ええ。かつてのマルクス主義を支えた唯物史観では、歴史を動かすのは生産力や生産関係だと考えられてきたんですが、認知考古学では「ホモ・サピエンスの心」に着目するんですね。松木さんの場合は、土器の造形美とかデザインとか、そういうものの変化に目を向けている。
 キーワードは「凝り」ですよね。人が石器や土器などに、実用としての必要性以上に手を加えてメッセージ性を付与することをそう表現しています。

高野 「凝り」って、すごい言葉ですよね(笑)。
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単行本p.169

 石器や土器などのモノの造形と変化から、ヒトの心や行動や社会を読み解いてゆく。認知考古学の手法を駆使して追求された文字以前の日本古代社会、そのあり方についての対話が始まります。



タグ:高野秀行
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