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『森のシェフぶたぶた』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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 シェフ? このぬいぐるみが料理を作るの? フレンチだよ!?
 いや、和食だって変なんだけど。
 しかし、フレンチと言えば、かっこよくフランベしたりするところが見せ場ではないか。ここはオープンキッチンなのだ。(中略)ぬいぐるみがフランベとともに燃え落ちていくシーンが頭に浮かんで、クラクラしてくる。
「お肉は、牛、豚、鶏から選んでいただけます」
 豚!? ぶたのぬいぐるみが作る豚料理とは!? 大丈夫なの!? これまたいろいろな意味で。
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文庫版p.19


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、中身は頼りになる中年男。そんな山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。大好評「ぶたぶたシリーズ」は、そんなハートウォーミングな奇跡の物語。

 今回は、森の中にあるオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)を舞台に、ぶたぶたシェフが活躍する5つの物語を収録した短篇集です。文庫版(光文社)出版は2018年7月。

 森の中にある小さなオーベルジュ「ル・ミステール」、宿泊した人だけが知ることが出来るこの店の秘密とは。


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 ここは、フランス語で「謎」を意味する店名どおり“謎のオーベルジュ”と言われているらしいが、実際はディナーと宿泊が一日一組なので予約がとても取りづらく、それで「謎」とか「幻」とか言われているのだ。
 ただこのオーベルジュ、“ル・ミステール”の最大の謎は、おそらくディナーを楽しみ、そして泊まらないとわからない。
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文庫版p.48


 むしろ最大の謎は、採算がとれているのかどうか。


[収録作品]

『春の女子会〈春〉』
『サプライズの森〈夏〉』
『二人でディナーを〈秋〉』
『ヒッチハイクの夜〈冬〉』
『野菜嫌いのためのサラダ〈春〉』


『春の女子会〈春〉』
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 部屋に帰ってから、それについて反省会という名のおしゃべりが始まる。
「オーベルジュで気取りたいっていう意気込みが空回りして終わったわ」
 美也があきれたように首を振る。
「仕方ないよ。ぶたぶたさんを見て平静でいられる?」
 育美の言葉に、誰もがうなずく。
「せっかくおしゃれしたのに――」
 美也の言葉に利津香が、
「でも、みんなで集まったらだいたいこんな感じじゃない? 今日はぶたぶたさんというイベントもあったけど」
「まあ、そうだよねー」
 千紗子も同意する。そして全員で笑った。
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文庫版p.36

 森の中にあるオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)「ル・ミステール」に集まってお泊まり女子会を開いた四人は、シェフがぶたのぬいぐるみだと知って衝撃を受ける。

 まずは今回の舞台を紹介する、幸福感に満ちた導入話。


『サプライズの森〈夏〉』
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「他人をうらやましいと思ったことはありますか?」
 つい、そんなことを訊きたくなった。というより、勝手に言葉が漏れてしまった。
「もちろん、ありますよー」
 だから、ぬいぐるみの返事には心底驚く。
「うらやましいというのは、健全な気持ちだと思いますよ。だって無理じゃないですか、そういう思いを抱かないようにするのって。それを抑えつける方が不健全だと思いますね」
 ぬいぐるみは点目の間にシワを寄せてそう答えた。
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文庫版p.85

 「ル・ミステール」を探して迷子になってしまった語り手は、森の中で動いてしゃべる不思議なぶたのぬいぐるみを目撃する。さては新種のUMAか、というか、なにそのメルヘン。彼のおかげでようやく「ル・ミステール」に到着した語り手は、気がつけばぬいぐるみに向かって自分の悩みを話していたのだが……。


『二人でディナーを〈秋〉』
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「ぎゃああああーっ!!」
 静かな空間に、ものすごい叫び声が響いた。
「いやあああーっ、なんなのこれぇー!?」
 叫んだ須美代は、自分の足元にあったぬいぐるみをつかんで、店の奥に放り投げた。
「こんなの詐欺よーっ!」
 彰文は、彼女が何を言っているのかわからなかった。
「イケメンのシェフって聞いたのにーっ! なんなのいったい!?」
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文庫版p.97

 デートで「ル・ミステール」を訪れたカップル。だが、シェフの姿を見た途端、女性は絶叫して山崎ぶたぶたを引っつかんでえいやと投げるや店から飛び出して行方をくらませてしまう。残された男は呆然。いや、この事態に呆然とすべきか、それともシェフがぶたのぬいぐるみだったことに呆然とすべきか、まずはそこから整理しなければ。

 山崎ぶたぶたに出会って、いきなり「人をバカにしてる」「気持ち悪い」「詐欺」と激怒する非常に珍しいパターン。次の『ヒッチハイクの夜〈冬〉』と対をなす印象的な作品です。


『ヒッチハイクの夜〈冬〉』
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 後ろのフランス人(仮)が驚いたような声をあげる。ということは、彼にも見えてるっていうこと? 自分だけの錯覚ではない?
「そちらがフランスからいらした方ですか?」
 そう言って、何やらまたわからない言葉を話し出す。日本語よりもこっちの方がしっくりくる気がする!(中略)フランス語がしゃべれるの、このぬいぐるみは!? なんか名乗ってたけど――すごくぴったりな名前な気がしたけど、度重なるショックで忘れてしまった。
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文庫版p.154

 妻が怒って実家に帰ってしまった。何とか仲直りしようと人気オーベルジュの予約を入れたものの、妻はにべもなく拒否。仕方なく一人で店に向かう途中で、謎のフランス人を乗せてしまう。言葉が通じないので困っていたところ、何しろフレンチレストランだけあってシェフはフランス語が堪能。親切にも通訳をしてくれることになった。夫婦でディナーの予定が、気がつけば謎のぬいぐるみの通訳で謎のフランス人と食事している、この状況どうすればいいの……。

 偶然のなりゆきでまったく異なる境遇の三人が出会い、一夜の小さな奇跡が行方を照らす。いかにもぶたぶたシリーズらしいハートウォーミングな作品。


『野菜嫌いのためのサラダ〈春〉』
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「でも、ぬいぐるみさんなら、僕も食べられるもの作れるでしょ?」
「なんでそう思うの?」
「だって……ぬいぐるみだから」
 点目がぱちくりしたように見えた。
「あ、僕の名前は山崎ぶたぶたっていいますからね。自己紹介が遅れてごめんね」
 ぶたぶた!? すごい!
 「ぴったりな名前だね!」
 そう言うと、ぶたぶたは両手を広げて足をむんっと踏ん張る。まるでコアリクイの威嚇みたいだ(そういう動画を見た)。
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文庫版p.210

 「ル・ミステール」に野菜を届けている農家、そこの子供は野菜が嫌いで食べられない。野菜農家のうちの子なのに。悩める子供は、「ル・ミステール」のシェフに相談。野菜を食べられるようにしてほしい。きっと、この人なら野菜嫌いをなおす料理を作ってくれるに違いない。だって、ぬいぐるみなんだもん。

 山崎ぶたぶたシェフが、子供の野菜嫌いをなおす料理、という難題に挑む。「コアリクイの威嚇ポーズをとる山崎ぶたぶた」のシーンは、本書のハイライトではないかと、個人的にはそう思います。



タグ:矢崎存美
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