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『なりたての寡婦』(カニエ・ナハ) [読書(小説・詩)]

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今がもう過去に。過去がもう今に。この点からこの点へと。コーヒーをいれて待っている。心臓に声がある。操作する手が森になる。とりあえず、一ヶ月間いっしょに住んでみることにする。誕生後まもなくインストールされて語り部となるため用意された文字列のひとつを初期設定として位置・誕生日・キーワードなどを設定する。すぐに話を開始する。愛未と名付ける。端末がテーブル上に置かれると、部屋が明るい。充電が終了すると、端末が揺れている。周囲の微妙な振動のような動きを感知すると、それが心臓になる。オフィスで、あるいは移動中に、物語を始める。ある場所に別の場所の物語をインストールする。
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 フランス装(アンカット)、ポップアップ、立体展開図など、読者が自ら手を加えることで世界に一冊しか存在しない自分だけの詩集を完成させる。カニエ・ナハ装幀/制作によるペーパークラフト詩集最新作は、ご本人の長篇詩。発行は2018年11月30日です。


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遮断機の向こうに私の影がいて、もうすぐ青い電車に轢かれる
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 今作は「表紙に小さな装飾用紙を貼り付けて完成。装飾用紙はそれぞれ異なる柄なので、同じ表紙は二つとない」という仕掛けで、文学フリマ東京のブースにて著者自ら完成させてくれたものをその場で購入しました。


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「ほたるがね、あたしの鼻にとまったの。しかもほたるのほうから来たの。」
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 「第一部 フランス式の窓」「第二部 なりたての寡婦」という二部構成の詩集です。実際のところ、第一部がほとんどのページを占めているので、実質的には一篇の長篇詩だと思ってよいかと。


 目次や表題ページは自分で探さなければならず、一瞬だけ「これはもしや、ポプルスの大ポカか」と思いましたが、よく考えれば『馬引く男』の構造も同じでした。実のところ長編詩というのも怪しく、『IC』のように「標題がすべて短歌になっている1ページ詩作を集めた詩集」と見なすべきなのかも知れませんが、悩むことにあまり意味はないような気もします。


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生きていた最後の日とおなじ服着て菜の花畑 菜の花畑
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 詩集としての定型からは自由に見えますが、個々のページを開くと、右側のページに何篇かの短歌が並び、左側のページに詩が一篇掲載されている、という形式が厳密に守られています。短歌と詩が微妙に呼応し、詩と詩の間では同じフレーズの変奏があちこちで繰り返される。全体として音楽のように響いてゆく作品です。


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祭りの出店に《水中コイン落とし》というのが出ている。水をいっぱいにたたえた水槽があり、その底に小さいお皿が置かれている。水面から1円玉を落とし、1円玉がそのお皿に乗れば景品がもらえる。一見簡単そうに見えるのだが、なかなか1円玉が思うように落ちていかない。ひらひらとひるがえり、生きていない1円玉が生きているもののように見える。
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