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『去年マリエンバートで』(林和清) [読書(小説・詩)]

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沈黙のなかに棲みつく黒い犬を見ながら話す、いや話さうとする
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虫襖といふ嫌な青さの色がある暗みより公家が見詰めるやうな
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足音に呼応して寄る鯉たちの水面にぶらさがるくちくち
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くりかへし見る殺人の夢があるいつもはじまりは発覚の場面
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運河から上がりそのまま人の間へまぎれしものの暗い足跡
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旅がかさなる夢がかさなる目の前の瀧に記憶の水が落ちる
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 嫌な光景、不安な記憶、忍び寄る鬱。心が沈んでいるときの感覚を生々しく伝えてくる抑鬱歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2017年10月、Kindle版配信は2018年2月です。


 まず、うつ状態、およびそれが迫ってくる気配をうたったと思しき作品が、どうにも強烈で、読んでいて苦しくなります。


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沈黙のなかに棲みつく黒い犬を見ながら話す、いや話さうとする
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陽のあるうちから見てゐる空にひろひろと蝙蝠が闇を殖やしてゆけり
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気がつけば背後ひたひた気配して唐突に荒い息がかぶさる
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冬の雨のなかを走つてくる影ありいつしか人の骨を咬むもの
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見たことのない鬱の景色がかたはらに展けゐてビルの奥の細道
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かういふときに人は死ぬのかビル街の黄金の日日の無人の真昼
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 全体的に陰鬱な雰囲気の作品が並びますが、特に、他人および対人関係の嫌なところをストレートに表現した作品に、何というか、へこみます。


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虫襖といふ嫌な青さの色がある暗みより公家が見詰めるやうな
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夜桜の青い冷えのなか酔ふ女を死にゆくもののやうに見つめる
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人間の廃墟が居りぬ自殺した友の葬儀にうすわらひ浮かべ
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人間には他人を死ぬまで傷めつけたい衝動があつて校庭の砂つぱら
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あいつらはペンギンがゐれば腹を蹴りフラミンゴがゐれば首をへし折る
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 なかでも鯉が登場する作品は、かなり嫌ーな感じ。


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ドイツ鯉がぬめつて肌に寄り来ると梅雨の末期の雨を籠りぬ
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足音に呼応して寄る鯉たちの水面にぶらさがるくちくち
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隅田川に逃れたひとは助からなかつた鯉鯉一面の鯉鯉
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 また、悪夢を題材にした作品もけっこう、きます。


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くりかへし見る殺人の夢があるいつもはじまりは発覚の場面
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運河から上がりそのまま人の間へまぎれしものの暗い足跡
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夜の道に呼ばれてふいをふりかへるそこには顔があまたありすぎ
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時間がない車がない自転車の鍵がない! 夢にくるしむ畳寝の朝
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駆けてゐたはずの足はもうすでに水を何度も蹴るしかなかつた
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「ダリアが恐かつたあまりに大きくて赤くて爛れてて」過ぎ去つた夏
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 ときに嫌さの表現が、ついついユーモラスになってしまったような作品も。


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善も悪もみんな燃やせば簡単だアメリカの洗濯機はごつつう廻る
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ご遺骨をダイヤモンドにいたします明日は雨のち雪になります
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もう来ることはない家なのだリビングにチワワわななくわななくをる
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殺伐といふ形容は酷ではないこの路線は人を苛だたしめる
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数件のメールのなかに緊急がひとつある鰐がテラスに来てゐる
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 そして過去の記憶を扱った作品。


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目の端にひつじがゐるよ震へてる生まれたときから見てゐるひつじ
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ちいさいひとがいくにんも座つてゐたといふジャングルジムの鉄の格子に
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旅がかさなる夢がかさなる目の前の瀧に記憶の水が落ちる
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やり直すことができるかあの午後の亀が眠れる池へ戻つて
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 というわけで、鬱の気配を引き寄せそうで、ちょっと怖い歌集です。



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